「つまをめとらば」 青山文平 ★★★★+
---文藝春秋・15年、直木賞---

武家の男たちと、その妻たち。立場や出世など惑うことも多いが、女たちは別の物差しで生きているように見える。
したたかで、繊細で、奔放で…。江戸の世に翻弄される武家たちの人生を描く。六編の短編集。「ひともうらやむ」→長倉克己は
誰しもうらやむ容姿の医師の娘・世津をめとった。美男美女の夫婦となったが、ある時世津から離縁を求められる。外来の物に
触れ過ごしてきた世津には武家の暮らしは退屈だったのだ。克己の縁戚・庄平は三行半を書くよう助言をするのだが…。
「乳付」→夫の子を出産した民恵、しかし最初乳を吸うのに慣れるまでは、四人の子を産んだ瀬紀に任せるという。自分の乳も
満足に出ないのに、我が子は乳を飲むのをうまくなっていく。民恵は容姿も美しい瀬紀に複雑な嫉妬心を抱く。

おもしろいなぁ。直木賞もこんなのばかりだと説得力あるよね。「ひともうらやむ」では美男美女のいざこざと対比して
庄平とその地味な妻がひっそり描かれているが、最終的には逆転して見える。物分かりの良さげな夫にして、それを上回り
力強く夫の今後を後押しする。読後感もいい短編だ。「乳付」の民恵も地味なタイプである。瀬紀に嫉妬するのだけど
瀬紀の境遇を知り話をすると打ち解けていく。そんな民恵を包み込むような夫がまた心地よい。自分にしっくり来る相手って
素敵である。そんなわけで上記の二編が個人的にはオススメである。他の短編は(半席でも扱われたネタですが)出世のために
武家のお屋敷へ何度も向かう「逢対」、一度行っただけで目をかけられるのには意外なワケが…という話など、別段夫婦にスポットを
当ててない短編も多いので楽しめます。戦のない穏やかな時代、武家たちも川柳などの趣味を持っている。出てくるのは
普通の男と女。でも…作中の言葉を借りると、男から見ると「ふつうの女など、いない」んだよなぁ。バカシブ(8・9)
 「半席」 青山文平 ★★★★
---新潮社・16年、このミス4位---

徒目付の片岡直人は、代々が旗本になれる家柄まであと少しの半席状態。いずれできる我が子のためにも昇進したいと思い
日々励んでいた。そんな直人に、いつも飄々とした上司の内藤雅之が裏の仕事「頼まれ御用」を持ち込んでくる。表の仕事ではないので
昇進の妨げになるが、昇進の素振りも見せない上司、内藤のことも気になりその人臭い仕事を引き受ける。老侍が突然仲間を
切りつけた事件、世話になった主を突き飛ばし死なせた事件、落着した事件の裏でわからぬ「なぜ」を直人は解き明かしていく。六編の短編集。

時代小説がこのミスにランクインしている?ということで読んでみたが(この年あまり大物小説がなかったというのもあるけど…)
ホワイダニットに武家の何たるかが絡まった非常に楽しめる短編集だった。事件の犯人はわかっているのだけれども
その理由がわからない。被害者やその家族はそれでは納得がいかない。そんなことで「なぜ」の御用が頼まれていくのだが
溜まりに溜まった心の澱を想像して見つけ出す展開が人情溢れて味わい深い。ミステリ的な部分も面白いけれど、この物語の
魅力的な部分というのは上司の内藤雅之や、インチキ家系図を露店で売っていたりする沢田源内という謎の男だ。堅物の直人に対して
雅之はくだけていて居酒屋で舌鼓を売ったり直人から見ると侍らしくない。家系図を売る源内も怪しげな商売を転々としていていつも
笑みを絶やさない男だ。しかしそんな二人は一本筋が通った何かを持っている。それに気づいた直人が少しずつ変わっていくのが
何とも愉快だ。最終話の読後感は最高ですね。果たして直人は半席を脱して昇進できるのでしょうか?バカシブ(6・10)
 「白樫の樹の下で」 青山文平 ★★★★+
---文藝春秋・11年、松本清張賞---
道場で稽古をしている御家人・村上登は、別の道場知り合いから刀をもらってほしいと頼まれる。自分の剣の腕を見込んで
ということでやむなく引き受けることに…。同じ道場の旧友の二人と、出世などを巡りぎくしゃくする中、剣の道を進んでいく。
巷では無残に切り殺す凄腕の辻斬りが民を震え上がらせていた。登も旧友たちも辻斬り事件に巻き込まれていく。

これがデビュー作のようです。過去に起きた事件によって旧友二人のうち一人が出世したこともあって乱れる
旧友との絆と、辻斬りの二つが物語を引っ張るけれどもその裏でずっとあるのは登の生真面目さ。剣の道への真摯さ。
剣を手にした時の剣気や、剣術の型なども多く描かれているのが特徴か。職業小説みたいなもんですかね?江戸の。
謎の道場破りや、学者さんや師匠など登場人物を怪しげな状態にするもんで気になる手法で引っ張ってくる。特に後半は
ミステリ的な怒涛な展開となっておりめちゃくちゃ陰惨な物語になってるんだけども、登の真摯な内面のおかげで何となく
物語として治まった感じがしますね。家族や旧友のことを慮って控えめに考えていたり、出世欲もなさそうだし剣のことで自分を
律しているのは読んでて気持ちいい。まわりのイカレっぷりがすごいから特に際立つな。極悪犯が捕まってメデタシという
感じでない読後のやりきれない感じが良かったな。エンタメ度が高いのでバカシブ(8・5)
「かけおちる」 青山文平 ★★★☆
---文藝春秋・12年

 地方の柳原藩の執政・阿部重秀は藩のために鮭事業を確立させようとしていた。またその他に、中山藤兵衛や若党の
啓吾らとともに万人が見られる文庫も作ろうとしていた。じきに引退を考える重秀は、本草学に詳しい啓吾や娘婿で江戸へ
興産掛として赴いている阿部長英の行く末を案じていた。重秀には二十年前に妻に欠け落ちされた過去があったのだが
いまだ決着をつけられずにいた。いったい欠け落ちの裏にはどんな思いが隠されていたのか。

武士の誇りはあれど戦の世ではなく、藩のために何かをしなくてはいけない時世が舞台であって、剣の道なのか書を読み
事業を興すかという葛藤が武士の中にあり、江戸の阿部長英がそのパターンである。重秀らは事業を興したり学問に触れることが
楽しそうなのだけど、時代の変化の途中なのだろう。そのような時代設定は面白いですね。刀ではなく書を持つ姿。種川で
鮭を呼び込むんだとか、養蚕を考えているんだとか、本を集めて事業についてあれこれワイワイやってるのは面白い
読物なのだけれども江戸にいる阿部長英は剣の道では結果を残すも藩の事業では結果を残せず鬱々とする姿は重く
現代のスーツ姿のサラリーマンと何も変わらないですね、切ない。大変だ。そして終盤、重秀の周辺でも再び欠け落ちが発生すると
一気に疾走感ある展開になってくる。急にすごく重い内容だけど…。温厚で思慮深い真っ当な人と読者的には思っていたし
重秀自身も自分をそう思っているだろうけど欠け落ちの理由を指摘され、過去に妻が欠け落ちた理由もわかり
打ちのめされてしまう。まさかこんな終わりが来るとは…。真面目に生きてきたのにそんなこと言われるなんて。
藩のお仕事と全然関係ない怒涛の展開なのでちょっと意外。事業の行く末が見たかったわ。でもラストは
清々しく吹っ切れたような明るいものだったから読後感はいいね。出てくる登場人物が基本的にいいやつで
真面目だからね。…ま、だとしても欠け落ちの理由納得いかんけどね!リスクだらけでリターンわずかじゃん。
誰が幸せになるんだね?本書の肝だと思うんだけど、どうもスッキリせんな。
バカシブ(2・8)
「ニジンスキーの手」 赤江瀑 ★★☆
--ハルキ文庫・01年(74年)、小説現代新人賞---

弓村高はパリで処女作と言える創作舞踏を踊った。その踊りは評価が高く新聞に
<ニジンスキーの再来>と書かれた。パリ、23歳、処女作など共通点が多かったためである。
友人の風間は弓村にバックアップするニジンスキーのイメージに不安を覚える。

5編からなる短編集です。作品の背景となっているのがバレエや能、狂言、歌舞伎などの舞台
関係でそこに生きる人物が目の見えない何かに翻弄され狂気を覚えるような、そしてその何かを
暗闇で手探りで探すような物語が多い(←どう説明してよいやら)。赤江作品らしく怪しく艶かしい耽美な
空気も全体に流れています。赤江作品はそれが癖になるのですが、本作はちょっと苦手でした。
翻弄される心理が深くて濃いのかもしれませんがわかりにくいこともあった。文体も苦手だったし…。
一編一編が濃くヌメヌメしてる印象(なんじゃそら)パラパラ読みには不向きだったかな。

「四日間の奇蹟」 浅倉卓弥 ★★★☆
---宝島社・03年、このミス大賞---

オーストリアでの事故で指を失くしピアノをやめた如月は、事故で助けた少女・千織とともに
あちこちの施設を訪れていた。脳に障害がある千織にはピアノに向いた才能があったため、リハビリも
兼ねて演奏して回っているのだ。そしてある診療所を訪れた時不思議な奇蹟に出会う。

感想は文庫解説に相づちを打つ形でお届け。---この作家の卓越した文章力(確かに文章はうまいね
説明くさい部分も飽きずに読めた)と伏線の見事さ(ん?そこまでうまい伏線なんてあったっけ?)
導入部の巧みさは実に印象的であった(ふんふん)。しかし、ファンの多くが容易に指摘するであろう
明らかな弱点があった。物語の核になる仕掛けが人気作家の先行作品「
東野圭吾・秘密」とほとんど
同一のものだったのだ(そうなんだよねぇ。やっぱり連想しちゃうよねぇ)。が、ネタそのものは
前々からあったし、物語自体は作者の完全なオリジナルに仕上がっている(当たり前だろ。物語まで
同じでどうする)。何より先行作品をも凌ぐ感銘、ラストまでの数十ページ私は感涙に咽び通しだった
(ふ〜ん、私は泣けんかったけどなぁ。感動しますよ〜って雰囲気もちょっとくすぐったかったし…)
出会えたことを感謝したくなる、本書はそんな傑作だ---(まぁいい話ではあったね。個人的には
先行作品のほうがうまさを感じるし衝撃的だったけどなぁ…。まあ、これは個人の好みの問題か)

「プリズンホテル【1】夏」 浅田次郎 ★★★
---徳間書店・93年---

ヤクザの木戸仲蔵がホテルのオーナーになった。従業員はそっち系の人が大多数、客は
任侠団体専用。人はそこをプリズンホテルと呼ぶ。そこへ来た天才シェフ、たらい回しのホテルマン
間違ってきてしまった客、心中志願一家。おかしな人々の集まったおかしなホテルは今日もドタバタ。

口も悪いし乱暴で、偏屈な人が多く登場するのだがやっぱりいい人な割合が高い。
そこが安心して読めるところだ。間違って来た客だったり、ちょっと変わった独自のやり方で
業務をする従業員など笑わせてくれる。ヤクザばかりのホテルだが、料理はうまいし
団体客とソフトボール大会をしたり幽霊が出たり、バタバタしつつ楽しそうであった。
唯一仲蔵の甥の小説家は好きになれないキャラだったが…。
関係ないが私の持っている文庫の解説が、NEWS23でおなじみ草野満代さんだった。

 「今だけのあの子」 芦沢央 ★★★★
---東京創元社・14年---

五編のミステリ短編集。「届かない招待状」→大学の友人達の中で、私だけ結婚式に呼ばれていない。親友だと
思っていたのになぜ…。その理由に気づいた私は、呼ばれていない結婚式へある企みとともに出席しようとするのだが…。
「帰らない理由」→事故死した同級生の家で向かいあう二人。最近仲たがい気味だった親友と、幼馴染でつきあい始めたばかりの
恋人…。互いに帰ろうとしない二人、その間には遺された日記。この部屋に、そして日記に、何か帰らない理由があるのか。

どす黒いものを胸に刻み込まれ放心するのと、いい気分だなぁとほっこりして本を閉じるのはどちらがお好みだろうか。
後者のほうなら本書はオススメだ。…と言っても温かいお話ばかりではない。いわゆるイヤミスとか呼ばれる類の設定が多いのだが
読後感は良いように転換され着地することが多かった。一言でいえば人間関係のねじれのお話か。人間の心というのは
単純に数値化できないから「どういうつもりだろう」「なぜこんなこと」という疑問から、不信感に変わるのはたやすいこと。
そんな心に絡めとられた人間関係から思わぬところへ発展する短編集。自分で悪いほうにばかり考えてしまって
実際は些細なことだった、なんてありますよね。うまいことミステリにしてるなぁ。個人的な好みは「答えない子供」というやつ。
神経質な私が雑なママ友の家に行った時に、目を離した時に娘の絵が紛失してしまう話。私の神経質かつ過保護っぷりも、
大雑把なママ友っぷりも上手だが、完全にイメージをひっくり返すのは見事。どの短編も読んでるときは決していい気分じゃ
ないんだけどなぁ(笑)読み終わった今は別の本も読みたくなっているな。短編同士は独立してるんですけれども
少し別の短編にも登場人物かぶってます。あまり深い意味はなさそうですね。バカパク(8・8)
 「許されようとは思いません」 芦沢央 ★★★★
---新潮社・16年、このミス5位---
「目撃者はいなかった」→誤発注をしてしまった営業マン、いつも最下位の自分が褒められいまさら間違いとも言えない…。
今回は代金を払ってごまかそうと動いている最中、交通事故の目撃者となってしまう。証言すると自分のミスも発覚してしまうため
言い出せない状況、それはどんどん悪化していき…。「許されようとは思いません」→祖母の納骨のために住んでいた村を
訪れた諒一。ゴミを回収されない、車を壊されるなど、祖母はその村から村八分状態にされていた。その原因の一つである
義父を祖母は殺した過去があった。なぜ余命わずかな義父を殺さなければならなかったのか…。など五編の短編集。

読みやすくてハラハラドキドキ、最後に「えっ」となれるミステリの短編集をお探しならオススメな本書。
冒頭からミスをごまかそうとしてドツボにはまる男なんで、何とも悪い読み心地なのだけど(笑)、どの話もゾクッとするホラサス
テイストですね。上記の二編が好みだけど、凄惨な経験を作品として描く画家が、夫を殺害する「絵の中の男」も傑作。
初めて読んだ作者だけども、なかなか面白い。ミスリード、サスペンス、トリック、ホワイダニット、こういうミステリらしいミステリって
最近なかったような気がしますね。安定した技術と文章。会心の一撃…まであと一歩の作品集。他のも読もう。バカパク(6・9)
※文庫をお持ちの方はカバーを取ってみると裏に「特別掌編」があります。表題作の諒一と水絵のなれそめ話です。
表題作も内容は暗いけど読後感はいいんですよね。この二人のせいでしょうな。ほっこりします。
「嫁洗い池」 芦原すなお ★★★★
---文藝春秋・98年(創元推理文庫・03年)---

料理うまけりゃ推理もできる。そんな僕の妻の力を頼って友人の刑事・河田がたびたび
僕の家にやってくる。様々な料理を前に河田は不可解な事件を語る。僕は余計な合いの手を
入れ、妻は事件について一つの見解を見せる。台所ちゃぶ台探偵(?)シリーズ。

『ミミズクとオリーブ』に続くシリーズですね。相変わらず笑わせていただきました。
いちおう推理ものですが、謎解きというより妻の勘の冴えが見どころってとこなんでしょうか。
個人的に推理の部分はあまり興味がなくってですね…何が面白いって「僕」と河田のやりとり。
まぬけたことを言う僕に付き合ってしまう河田の可笑しさが何とも言えず面白い。ちゃぶ台囲んで
手料理を食べる場面が主流で、三人だけ昭和初期に残っているような雰囲気がまたほのぼの。
また料理も魅力の一つですね。買いに行ったり送られてきたり河田が持ってきたりと様々な料理が
登場して…もちろん画は見えませんがなぜかおいしそうで印象に残っちゃうんだから、あら不思議。
ちょっと締まりのない作家の僕と、オジサンが『こんな妻がいたらいいなぁ』と夢想するような料理上手の
古風な妻、いかつい河田の三人のやりとりが絶妙で読んでて気持ちよくて楽しいシリーズ。

「わが身世にふる、じじわかし」 芦原すなお ★★★★
---創元推理文庫・07年---

ニューヨークに研修に行っていた悪友の河田警部が帰ってきた。しかし謎の事件を解決できない
この顔のデカい警部は、僕の妻の推理を聞こうと相変わらずやってくるのであった。
わずかな手土産と図々しい態度で妻の手料理までちゃっかり食べていくのである。

「ミミズクとオリーブ」シリーズ第三段。確立されたいつものパターンが相変わらずおかしくって。
いつも何らかの料理を作ろうとしていると、悪友河田が間のいいことに登場する。事件の解決を
妻に頼る河田を僕が馬鹿にして河田がそれに応戦して妻が「まぁまぁ」ととりなす。料理に舌鼓を
うちつつ事件を語ってると、また僕が茶々を入れて河田も返しちゃうから話が脱線していっちゃう。
妻が先をうながして事件の概要を聞いて推測する。後日僕と河田が最後の調査をして事件が
解決するパターンだ。…が、ミステリ的には期待は禁物。ほとんど妻の山勘に近いから。
おもろいのは僕と河田の漫才ですね。仲良くないと言えない口汚さがすごく笑える。
現代とは思えない時代に逆行した生活と、ユーモアたっぷりの会話に楽しくなる。
「殺人喜劇のモダン・シティ」 芦辺拓 ★★☆
---東京創元社・94年---

殺人に遭遇した女学生鶴子は、大阪に来たばかりの新聞記者とともに
犯人探しを始める。昭和初期の大阪を舞台にした連続殺人の真相は一体?

密室や時刻表など色々出てきてたまにお〜っと思うトリックも…。物語はなかなかコミカルでテンポが
良かったのですが、文章が苦手でした。思ってることがしょっちゅう(カッコ)で書いてあるのは
鬱陶しいかも。描写が変なのか少ないのか、画も浮かびづらい。ひょっとして下手なのかも…
いや、それは言いすぎか。ともかく私は物語はポンポン進むのに文章でつっかえてました。
実在の俳優などの名前も出てくる昭和のモダ〜ンな感じも知らない人間は楽しめないし〜。
全体的にそこそこ楽しめるんですけどね。なかなかツボにはまる人はいないかもね…。

「早過ぎた予言者」 阿刀田高 ★☆
---新潮社・82年---

12編の短編集です。不思議な話や推理ものなど様々なんですが、それほど好きなものは
無かったかな。前に読んだショートショートのような短くてキレがあるような作品のほうが
好みなのですがそういう話が少なかったからかも。スーッと終わるような物語が多くて、
インパクトに欠けた印象でした。面白いのもあったんですが、記憶に残るようなものがなかった。

「ナポレオン狂」 阿刀田高 ★★★☆
---講談社文庫・82年、直木賞---

13編の短編集です。表題作→ナポレオンの遺品を収集することに固執する男と
顔がナポレオン似で生まれ変わりだと信じる男、彼らが会うことになった。果たして…?
ゾゾッとするもの、SFなものなど様々です。オーソドックスでオチが読めるものもいくつか
ありましたが、どれも落差の激しい良いオチでした。不思議さと恐怖が混ざったような短編集。
適度な短さでスッキリした読みごこち、ゾッとさせるが後味はあっさり(←ビールのCMかよ)

「Another」 綾辻行人 ★★★★
---角川書店・09年、このミス3位---

 病気の療養で夜見山中学へ転向した榊原恒一は、病院でミサキメイという少女と出会う。五月に入りクラスに合流した恒一、
クラスにはミサキメイもいたのだが他の生徒からまるで存在しないかのように扱われていた。授業中に外に出ても
咎められず机も一人だけ古い…。そこには二十六年前にミサキという生徒が死んだ事件の呪いがあった。
このクラスに起こる「現象」とそれを止めるための「ルール」が存在していた。しかし今年の惨劇はすでに始まっていた。

自分がまだ小さかった頃の新本格ミステリブームの火付け役となった、イメージのある作者が久しぶりにだした長編で
話題になっていた覚えがあるけれども、その時は読み逃していたので、十年経ってから読んでみた。
理屈ではありえない不可思議な出来事と、理屈で真相を明らかにする本格ミステリ、これらは相反するようだけども
見事に成立させている本書である。不可思議現象にあるルールが存在しているからだ。文庫では上下巻になっているけれども
上巻でたっぷり世界を構築、二十六年前から続く呪いとは何かがジワジワ明かされていく。過去の死者がクラスにわからないように
紛れ込んでいる、とかね…。怖っ。その間にも惨劇は起こるし、誰かわからないまま日常は続いていく。二十六年前に
何があったか、、ではなくて今年をどう乗り切るか、という感じで主人公らが奮闘する展開だ。下巻の後半で一気に真実が明かされ
修羅場となるクライマックスがやってくる。なかなか怖おもしろかった。意外な真相にもまんまと引っかかってしまった(←毎回だが)
事実を小出しするので途中から気になって考えずに一気に読んじゃった。前半がちょっと冗長だったのがマイナスかも。
すぐ明かしてもよさそうなことを引っ張ったり恒一が主人公の文体がホラーっぽくなくてちょっと寒い(笑)でも焦らず
ジワジワ楽しめば良いかと…伏線もあるしね。下巻のスピード感と、一気に明かされるのはミステリ的な面白さ。
最後の惨劇を引き起こした人物が唐突だし理由もよくわからんのが引っかかるなぁ。そこもスッキリしてほしい…。
ファン的には面白いけどオススメまではつけられないかなぁ。バカサス(6・8)

「ロシア紅茶の謎」 有栖川有栖 ★★★
---講談社ノベルス・94年---

新進の作詞家が仲間内でのパーティー中に毒を飲んで死んだ。怪しい動きをする者もチャンスが
あった者もいなかったはず。犯罪社会学者・火村とミステリ作家・有栖川コンビが毒殺に挑む。

暗号ものなど本格六編が収録されています。『まずまず満足』というものが多かったかな。
短編なのでそれ以上の衝撃はないですが、こんなものでしょう。登場人物の心情が云々だとか
読んでて恐怖を覚えるとかではなくて、メインは謎解きという感じ。そこが退屈に思えることもあった。
↑個人的に火村・有栖川コンビに魅力を感じてないので、そのせいかもしれませんけどね。
でもこんな暗号や問題を思いつくことには感心してしまうな。ところで納得いかないのだけど
(真相に触れるので未読の人はダメ→)
表題作の犯人はまるでああいう状況になることを予見したように
計画を立ててるのはおかしくないですか?トレイを運ぶ時、被害者の妹が後ろで見てて他の人は
歌に注目している…こんな状況を予想したような計画ですね。後ろで被害者の妹が見てなかったら、
証拠がすぐわからずとも明らかに最有力容疑者になるんじゃ…。そこすら賭けだったの?
(←ここまで)
「山伏地蔵坊の放浪」 有栖川有栖 ★★★☆
---東京創元社・96年---

7編による短編集。いつもの喫茶店にいつものメンバーが集まり、話を聞きます。
語るのは地蔵坊、格好もそのまま本物の山伏なのだ。彼が遭遇した(らしい)
殺人事件の話をメンバーが聞いて謎解きを楽しむ、という形になっています。

まず、主人公の山伏が面白い、このキャラがかなり魅力的だし、喫茶店で集まって
話を聞いて、ああでもないこうでもないと話して、山伏が続き(答え)を明かすという
のんびり感も良かった。すごい真相(トリック)だな!ってのはあまりないのですが。
土曜の夜、皆さんもスナック『えいぷりる』で彼の話を聞いてみませんか?

「奇術探偵 曾我佳城全集≪秘の巻≫」 泡坂妻夫 ★★★★
---講談社文庫・03年、このミス1位、文春6位---

若くしてその世界から引退した美貌の女流奇術師・曾我佳城。今でも奇術界では
有名な彼女だが、遭遇する事件の真相を見抜くという探偵の一面も持っていた。

00年に刊行された「奇術探偵 曾我佳城全集」の上巻に当たる短編集です。
収録作品の多くが「天井のトランプ」「花火と銃声」という本からの再収録のようです。
普通の探偵ものとの違いは、奇術の世界が非常に多く出るところ。奇術師が事件に絡んでいたり
マジックの舞台上の事件というのもあります。普段見られない世界なのでマジシャンの内幕なんて
新鮮に映りましたね。ところで奇術界というとマジックばりの難しいトリックだらけでマニアックなのでは?
と思いましたが、描かれるストーリー自体も私は気に入ったものが多かったです(もちろんトリックや
物語中で紹介されてる奇術もとても面白い)。締めくくり方なんかもうまいなぁと思います。それに何より
曾我佳城が魅力的でした。華やかさ、落ち着き…カッコよかったです。登場人物も男女を問わず
魅かれる探偵です。下巻も読みたくなりますね。そういえば弟子の串目君も気になる存在。
個人的には「花火と銃声」「ビルチューブ」「七羽の銀鳩」など好みでした、お見事。

「Fake」 五十嵐貴久 ★★★
---幻冬舎・04年、このミス17位---

探偵をやっているオレは、勉強のできない浪人生を芸大に受からせるという依頼を受け
小型カメラを用いたカンニング作戦を決行。しかしある男のためにその後すべてを失うこととなる。
オレは復讐のため男の運営するカジノで十億円を賭けたポーカーに挑む。もちろんイカサマで…。

前半のカンニングは後半の大勝負への布石のパートであるけれど結構良かったかも。
でもメインは最後のポーカー。実際には探偵は指示を出すだけで、座を追われた国会議員が
十億の賭けに挑むわけですが緊張しっぱなしで、指示の声にうっかり頷いたりしてこっちまで
冷や汗もの。なかなかに緊張感があった。そしてポーカーに引きずり込んだところで落し穴。
なかなかネタとしては面白かったと思う。…が、そこまでの説明が単調で実はすごく飽きていた。
十億円を奪う相手がいかに狡猾なやつか、とかどうやってポーカーに挑むのかとか、ネタを思いついて
上だけなぞったみたいな構成・文章だし、仲間である親友の娘・加奈との関係なんて取ってつけたようだ。
ビルに侵入するにしても簡単にやりすぎで現実味が無くってさ。あんまりハラハラしなかったのが残念。
「コンビニ・ララバイ」 池永陽 ★★★☆
---集英社・02年---

七編の連作短編集。交通事故で妻子を亡くした幹郎が営むコンビニ「ミユキマート」。
店員に惚れるヤクザ、万引き学生、イマイチ劇団員…ミユキマートに現れる何かを抱えた者達が、
暗くやる気がなくもどこか温かい店長に会い悩みに向き合い自分に気づいていく。

むぅ、浅田次郎みたいだってのが第一印象。男と女のしがらみという部分が似ているように思う。
登場人物はみな暗〜いものを持ってます。借金・悩み・イライラ・ハードルのある恋…なんですが
話ごとに明るいとまで言えませんが最後にふっ切れたような、そんな微妙な後味の良さを持っています。
コンビニ店長が妻子のことを引きずって暗いのだが、その中に温かさを宿している。その人柄が
小説そのものの雰囲気に近い。でも全体的に物足りなくも感じる部分も。ヤクザ者が恋する相手のために
組をやめようとする…などありがちな展開が少し退屈だったりとかして『ぬう!浪花節がもう一つ胸に
沁みねぇぜ!』ってところです。浅田次郎の上手さやシブさにはやや及ばずという印象でしょうか。

「オーデュボンの祈り」 伊坂幸太郎 ★★★★☆
---新潮社・00年---

ふとコンビニ強盗をしてしまい失敗した伊藤、逃走していたはずが気づくとそこは見知らぬ島。
百年以上も半分鎖国状態のそこは不思議な世界。未来を知るカカシ(喋れる)、嘘ばかりの画家、
島の決まりとして人を撃つ男…何となく居つく伊藤だが、事件が起こり島が乱れ始める。

面白いっ!たまらんねこの世界。特徴を持った人物ばかりなうえ、未来を知るカカシがいるし
『島には何か欠けているものがある』という言い伝えもあったり、とても不思議な魅力のある島でした。
しかし恩田陸作品のような別の次元にあるようなファンタジーじゃなくて、よく言われるが「現実から
1メートルだけ浮かんでる」ような奇妙な世界。支倉常長なんて名前も出るしファンタジーっぽくはない。
しかし魅力的ではあるし、なによりストーリーに散らばったネタの数々がうまい。死んだばあちゃんの
回想や、百年前の出来事、島の様子や人々との会話、カカシ、出てくるものがどれも印象的で
それらが後々意味を持ったりするのがうまいですね。ミステリの伏線というより物語を見せるための
伏線という感じで、あまりミステリという印象はありませんが不思議な島を堪能して大満足でした。

「ラッシュライフ」 伊坂幸太郎 ★★★★+
---新潮社・02年、このミス11位---

泥棒を生業とする者、教祖を崇める若者、不倫相手の妻を殺害しようともくろむ女、リストラ中年…
様々なところで物語が始まった。彼らは自分たちの物語を生きていく。そして時にすれ違いながら
他人の物語にも顔を出していく。どこが始まりでどこが終わりなのか。複数の物語が迷宮を生む。

うまくできてますね。四つの物語が交互に描かれていくんですが一つ一つは独立して進んでいくわけです。
なのに、どこかで交わってたり同じ出来事や物事を経由していたりするんです。そこで作者が構成の妙を
使って困惑させてくれるんですね。時間の配列がうまく頭でできなくなって、四つの物語が騙し絵のように
堂々巡りでもしてるのか?と混乱の渦に叩きこまれます。この迷宮の真相は読んでのお楽しみだが
伏線もかなり仕掛けられているし、後半になって繋がりが見えてくると小気味よくて楽しくなってくる。
なるほどなあというパズル感覚の魅力に加え、スピード感のある物語展開の面白さが支えている。
登場人物も個性的でわかりやすく、特にリストラ中年と老いた犬は哀愁が漂うナイスコンビで気に入った。

読み終わっても引っ掛かってる点があったりスッキリしない方は「ラッシュライフ表」
作りましたので参考までにどうぞ。未読の方は絶対に見てはいけない!楽しくなくなります。
「陽気なギャングが地球を回す」 伊坂幸太郎 ★★★★
---祥伝社ノン・ノベル・03年、このミス6位---

嘘は100%見破る人間嘘発見器の成瀬、スリの達人の久遠、しゃべらせたら世界一の響野
狂いのない体内時計を持つ雪子…彼らは一流の銀行強盗だった。しかし彼らは偶然から
巷で話題の現金輸送車襲撃犯と関わるハメになった。強盗か襲撃犯か…一流はどっちだ!

楽しい話でした。ユーモア交じりの会話の面白さに加え、人間嘘発見器や強盗の最中に演説する
響野などあっという間に覚えられるキャラクターのわかりやすさ。何気ない会話にも伏線が張られた
計算高さがありながら軽いノリで展開していく心地よさが良い。各章冒頭に辞典のような注釈が
ついてる遊び心も作者らしい(類似例を下記)。男3女1という部分にしても、愉快な犯罪集団で
あることにしても雰囲気は「少し現実的にしたルパン三世」って感じでしょうか。「とっつぁん」役は
いなかったけど。ある程度カラクリが読める部分もありますが、それでも面白さは失われませんでしたね。
強盗は良くない、なんて頭に微塵も浮かばない遊び心満載な愉快で痛快で爽快なミステリーでした。
とっ−つぁん【とっつぁん】@ルパン三世に登場するルパンを専門に追う銭形警部の愛称。
A信頼できない仲間よりは信頼できる敵のこと。「不二子ならともかく、---なら大丈夫さ」

「アヒルと鴨のコインロッカー」 伊坂幸太郎 ★★★★★
---東京創元社・03年、吉川英治文学新人賞、本屋大賞3位、このミス2位、文春4位---

大学に入るためアパートで一人暮らしを始めた椎名。まずは隣人に挨拶を…のはずだったが、その隣人に
いきなり本屋を襲う計画を持ちかけられてしまう。奪うのは同じアパートに住む外国人に送るための
広辞苑一冊だと言う。その裏には過去の事件が秘められているのだが、この時の椎名には知る由もない。

う〜ん、面白い。相変わらずの独特の軽い文章が読みやすいね。この独特の感じが初めての人は
戸惑うかもしれないが、物語が展開するにつれてグイグイ読まされてしまうであろう。まず物語は
二つの時間が交互に描かれるのだが、二つの時間に共通する繋がりを見せるのだ。その手法が
上手い。ん?と思わせる部分が小出しにされ、何でもないと思っていた部分が後になって生きてくる
技術はさすが。そして今回は大筋と関係ない所でも力を発揮する。少し変わった二年後の麗子や
レッサーパンダの子供…大筋とはそれていることが妙に読後に印象に残ってしまうのだ。伊坂作品には
こういった「ミステリーとして以外の魅力」が潜在しているのだ。うまく言い表しにくいですが、登場人物の
考え方に『鮮やか』な何かを感じ取るせいかもしれない。巧緻な本格ミステリとはまた違った味わいが
あるのだ。物語に組まれたロジック以上の匂いみたいなものだろう。そんな伊坂作品特有の匂いが
強い一冊だと思う。<追加>このミスでも上位だったが、解説の西上心太氏が「それが何であるのか
名指しできない何かを書き続けている」と解説している。なるほど。自分が言いたかったことと似ている。
「うつくしい子ども」 石田衣良 ★★★
---文藝春秋・99年---

僕の街で起こった殺人事件、被害者は九歳の少女だった。そして犯人は僕の13歳の弟だった。
家族を襲う衝撃、周りやマスコミの反応…逃げては良くないと思う僕は弟の心を知ろうと調査を始めた。
増える嫌がらせにも耐え行き着いた真実とは…。

子供の起こす事件が騒がれる今日この頃、メディアや周りの反応を加害者の家族の立場から
描いているので読み始めは硬派な小説というイメージでした。ただ後半から仲間達と共に調査を始めた
あたりからミステリーっぽくなります。好みによるでしょうが私にはそれがいかにも作り物という印象を
抱かせて残念だった。題材が重いだけに、よくあるミステリーという展開は勿体無いと思ったんです。
それにもっと苦悩があるはずの主人公が突きつけられる現実に比べいやに前向きなのだ。
周りに温かい友人達がいるとはいえ、普通なら押しつぶされそうになるものではないのだろうか。
そういう本当っぽさを感じたらのめりこんだかも。しかし暗い側面ばかりお堅く書かずに、前向きで
変に暗くならないところが石田小説の魅力であると言われれば、それはそうなのかもしれない。

波のうえの魔術師」 石田衣良 ★★★☆
---文藝春秋・01年---

就職浪人中のおれはある時ジジイに声をかけられた。秘書をやってみないかと言うのだ。
ジジイに叩き込まれた経済の世界、おれは株の数字に魅せられた。ジジイの狙いは
ある大都市銀行、おれをパートナーにして復讐のため『秋のディール』作戦を仕掛ける。

結構面白いじゃないか。マーケットの世界なんてさっぱりな自分だが飽きずに読めた。
株が魅力的な世界に見えるから不思議だ。値動きに一喜一憂するところも伝わってくる。
でも全体ではわからない部分もあったなぁ。物語を楽しむ分には問題はないのだけれど。

「アイルランドの薔薇」 石持浅海 ★★★★
---カッパノベルス・02年---

アイルランドの武装勢力NCFはある作戦を前に宿屋に泊っていた。しかしそこでメンバーの
一人が殺害される。南北アイルランドの和平に関わる問題のために、残りのメンバーは
警察に届けることを制し、宿泊客の誰が犯人かを自分達で探し対処することにした。

嵐の山荘…ではなくアイルランドの宿屋ですが要するに警察もほぼ介入しない孤立状態という
本格特有の設定ですね。とても読みやすくてダラダラしてないし、アイルランド武装勢力を
使っているところも難しくないし面白い。あとNCFの雇った殺し屋も交じっていて、読者にはそれが
誰なのかもどれほど関わっているかもわからない点が面白かった。真相にとびきり驚くわけでは
ないですが、様々な伏線もありシンプルな形ながら飽きさせなかったです。マニアックで長大な
作品も多い近頃ですが、こういう作品があると安心します。
★★★☆か迷いましたが
ラストの温かさに
4つにしました。それから、一言でこの作品の雰囲気を伝えられるなら
『小説版マスターキートン』です。あの漫画を読んだことある人なら必ずそう思うはずだ。

「水の迷宮」 石持浅海 ★★★★
---カッパノベルス・04年---

水族館のために働いた片山が死んで三年目、水族館に携帯電話が送られてきた。
そこにメールが送信され、メール内容が暗示している水槽に危害が加えられていた。
対処する職員に対し、二度三度と続く攻撃。そしてついに殺人事件まで起こってしまう。

読むのは三作目ですが、お約束のように『警察が出てこない閉じた場所』である。
今回は水族館だ。どうもこういう設定に喜んでしまうので甘いかもしれないが今回も満足しました。
この人の本格は論理がしっかりしていて面白いですね。意地でも警察を呼ばない設定は強引だけど
論理は一つ一つ進むのでわかりやすく、理屈をこねて事件を検証していく様子も飽きないです。
そして水族館の裏側、水族館のために奮闘する職員がリアルでうまい。この水族館に行きたく
なりますね。それに一日に次々事件が起こるスピード感も良かった。…が、しかぁし!終盤に
『そんなんでいいのかよっ!』という点(ネタバレ)
衝動的に人を殺した者を「それは仕方ないから
許す」と言わんばかりの展開
(終了)があるので不満が残るのだ。なので全体的にとても
読ませるものがあって面白かったが、読後「あれ?」と何か胸につかえる感じ。そこは残念

「塔の断章」 乾くるみ ★☆
---講談社・99年---

辰巳まるみが書いた『機械の森』という小説のゲーム化を計るスタッフ達。うち八人が
別荘へ集まった夜、一人の女性が別荘にある塔の上から墜落死した。彼女は妊娠していた
ことがわかった。被害者の兄は真相をスタッフのうち二人に調査させることにした。

まず読み始めて目につくのが時間がてんでバラバラになっていること。墜落死した夜のこと、
その後の調査、記憶の断片…それらが短く次々と出てくるのだ。これも作者の考えによるもので
一応「ネタ」でもあるらしいが、個人的にはうっとうしい以外の何物でもなかった。読みづらいし。
そしてその意図を知ったところで「だから何だ」としか思わなかった。それからもう一つパズル的
要素のネタもありました。こちらはまあ…うまいといえばうまいんですけど、あまり驚きはしなかった。
「ふぅん」くらいですか。これをするがためにストーリー展開が取ってつけたようになってるのも不満。
文章も人物も味気ないし。…で、ここまで
★★☆。さて問題外なのは文庫の作者による解説である。
これがひどい。作者が内容について熱く、かつ満足気に語るのです…これは伏線だったのだ、とか
実はこういう意図があった、とか。その内容自体が多くの読者にとって面白いとは思えないであろう
内容なので熱く語る作者に白ける読者の構図、温度差バリバリである。ついにこうまで言った。
『小説としての面白さが足りない、という批判も正しいのだが作者に回避する手立てがない以上
それを言われてもどうしようもない』…それって小説家の姿勢としてどーなのかね?

「イニシエーション・ラブ」 乾くるみ ★★
---原書房・04年、このミス12位---

前半-メンツ合わせで行った飲み会で僕はマユと出会い恋が始まった。
後半-社会人になった僕は、東京への転勤もありマユとの関係が変わってくる。

賛否両論のようですがつまらなかったです。これがうけるのも私にはわからない。
あるネタを使って普通の物語を違った風に見せちゃうぞって小説です(詳しくは言えないが)
そのネタはよく練られていますが、肝心の男女の恋物語という主要ストーリーがつまらない。
良い小説には物語に熱中させることが必要条件だと私は思う。どんなにネタがおいしくても
米がまずくてスカスカならいい寿司ではないわけです。物語に引き込まれなければネタも
生きてこない。読後も「ああ、そうだったの」くらいの感想だった。小説というより手品という印象。
見直すと伏線もしっかりしているし破綻があるわけでもないし、単行本の
P61の二行目なんて
かなりきわどくネタとしては面白い。もっと物語でも読ませてくれればよかったのだけど…。
個人的には「否」ですが、同じ『ネタ先行型』の歌野昌午あたり好きな方には「賛」だと思います。
ネタは後半序盤で気づく人もいそうですね。この系統で群を抜いた小説というわけではなさそう。

「T.R.Y.」 井上尚登 ★★★★☆
---角川書店・99年、横溝正史賞---

詐欺師の伊沢修は上海で捕まっていた。その刑務所で命を狙われた伊沢は関という男に
助けられた。関はこれからも暗殺者から守ってやるから中国の革命に協力してくれと頼まれる。
それは革命の武器調達、日本陸軍から騙し取ってほしいというものだった。

1900年代初め、中国に革命をもたらそうと動く男達と詐欺の標的にされた陸軍の話。
面白かったです。実際の歴史にポンと登場人物を放り込んでいて、日本史で習ったような名前も
ちらほら登場します。日本陸軍の覇権争いによる内部の策略、詐欺師の策略…とても複雑で
お堅くなりそうな話をテンポの良さと展開の速さで読ませてくれた。革命・陸軍・武器…これらを
扱いながらエンタメ風の明るさを失わない所が良かった。登場人物がほとんど魅力的だからかな。
犬さえもいい味を出してました。それぞれの思惑を出しつつもうまくまとめながら話を展開させて
よくできてるなぁと感心する小説でした。久々に冒険活劇って感じの小説を堪能しました。
最初のうちは日本陸軍内部がややこしくて混乱しちゃいましたが、後は読みやすかったです。
読みながら頭で映像化しやすいな、と思いましたが織田裕二主演で映画化したらしい。

「十二人の手紙」 井上ひさし ★★★☆
---中央公論社・78年---

十三編の短編集…ですが、前に出た登場人物がひょっこり別の短編で現れたりするので微妙に
連作短編かもしれません。最後の一編は総出演でした。小説は全て手紙のみで構成されています。
家族に宛てたもの、作家に宛てたもの、ペンフレンドに…などなど。手紙というのは誰か個人の
語り口でありその誰かがすべての世界なんですよね〜。作者はそのあたりを上手〜く操って
人間ドラマを作ったり、ミステリちっくな仕掛けを用意したりしています。いろんなタイプの物語が
楽しめますね。私のオススメは『鍵』や『里親』。うまい展開やオチにしてやられました。

「ダレカガナカニイル…」 井上夢人 ★★★☆
---新潮社・92年、このミス6位、文春6位---

警備の仕事をする西岡は、村人ともめている山梨県にある新興宗教を警護することになった。
ところがその日火事が発生し教祖は死んでしまった。警備会社の処置でクビにされた西岡は
火事の日以来頭の中に誰かがいて話しかけてくるようになり苦悩していた。頭の中の声は
記憶がなく自分が誰かわからない。しかし火事の日のことが関係あるのではと考え始める。

SFですね。文庫の裏に多重人格ミステリーと書いてありますが、いわゆる多重人格障害とは
違いました。頭の中の声は何なんだ?ってことを、火事の事件との関係も調べながら
考えていく話。SFですが頭の中の声についてもちゃんとまとまっていました。恋の話も少し
入りますが私はあまり共感できなかったです、残念。読みやすかったですがちょっと
長かった気もしましたね。…ところで登場する宗教、意識を肉体から解き放つことを
『ポワ』と言います、だって。……おいおい(笑)思い出すものがあるな。
「メドゥサ、鏡をごらん」 井上夢人 ★★★★+
---双葉社・97年---

作家の藤井陽造はセメントに自分の体を埋めて死んだ。『メドゥサを見た』と言う謎の紙を
残して…。藤井の娘の婚約者が藤井の死の謎や、原稿が残っていないかを調べるのだが
何かおかしいことが起きる。自室にいたはずが、婚約者にはいなかったと責められたり
開いていたはずのカギが閉まっていたり。このズレは一体?そしてメドゥサとは?

どーなってんだ、こりゃ〜!って感じです。怖かったです。自分の記憶と食い違いが
起こったりして、自分が崩壊してしまうような気分が味わえます。自分の世界だけが、
自分だけが狂ってるようで眩暈がしそうでした。自分に自信がなくなる感覚が味わえるのは
うまい。ただ謎の全てに明解が示されるわけではないので、論理的な解釈を望む人には
不向きかもしれません。私は全てに帰結がなくてもこの話なら良いと思いましたけどね。
主人公が迷宮から出られず(混乱のまま)って雰囲気になって味だなと思ったので。
読後は鏡を見たくない気分なホラーでした。自分の顔もあの姿も…。

「風が吹いたら桶屋がもうかる」 井上夢人 ★★☆
---集英社・97年---

汚い倉庫を借りて同居している男三人。牛丼屋で働く僕、理屈っぽいイッカク、そして超能力者の
ヨーノスケである。超能力者と言っても30分かけて10円玉をちょっと動かすとか、その程度の
役に立たない趣味なのだ。しかし、超能力者と人づてに聞いて頼ってくる人がいるわけで…。

短編7つです。毎回ヨーノスケの力を頼りに人が来て、イッカクが推理してヨーノスケが
時間のかかる超能力を使うわけです。果たして悩みは解消される?ってな話。これが
同じパターンと同じやりとりが行われるんです、7編ほぼ全部。水戸黄門的お決まりの
パターンで結構笑えました。キャラクターも面白いし。でも後半になるとさすがに
ちょっと飽きましたよ…。傑作とは言いがたいですがパラパラ読みにはうってつけ。
イッカクの推理もヨーノスケの超能力もほとんど役に立ってないってのがまた可笑しかった。

「オルファクトグラム」 井上夢人 ★★★★★
---毎日新聞社・00年、このミス4位、文春8位---

出来たインディーズのCDを渡そうと姉の家を訪ねた僕は、不審な物音を聞いた。
向かった部屋では姉が全裸でベッドに縛られていた。ベルトをほどこうとする僕は何者かに
頭を殴られ気絶してしまう。そして目を覚ました時、僕の嗅覚は犬以上になっていた。

面白いぞ〜こりゃ!連続殺人犯と失踪したバンド仲間を嗅覚人間が探すという展開なのですが
この匂いの世界がたまらない。匂うというより匂いが見えるような感覚の世界が素敵すぎる。
「VS殺人犯」というサスペンスの部分はすごい驚きの展開ってことはないですが(もちろん面白いが)
嗅覚世界がメインなんです。小説の大半が嗅覚の世界の説明に費やされるんですが、まったく退屈
しなかった。もっと読みたいくらい夢中になりました。人が歩いた跡もわかり、昼に何を食べたかも
わかる世界、体験してみたくなります。この見たことも(嗅いだことも?)ない世界をもっともらしく
書き上げる力量には敬意の五つ星を進呈。読後もまだ、目を閉じると匂いの形が見えるような
気がするほどハマりました。文章も読みやすく、ラストもちょっとホロリと締めくくり大満足でした。
人間って視覚に頼って生きてるんだってことがよくわかるね。あ〜、あんな鼻が欲しい!

「金雀枝荘の殺人」 今邑彩 ★★★
---講談社ノベルス・93年---

曽祖父である弥三郎の別荘を訪れた孫達。うち一人が大学に通うため住むので掃除に
来たのだ。しかしこの別荘では以前、いとこ達が殺しあった過去があった。別荘の窓は
釘で封じられ、童話の見立てのように不可解に殺しあった惨劇であった。孫達は
飛び入りの客の影響もあり事件の真相を考え始めるのだが…また新たな惨劇が起こる。

館だけが舞台、見立てありコテコテ本格ものです。人がよく死にます、なのにリアリティが
ないというか(困)…緊迫感が感じられないのはなぜだろう。この人の特徴でしょうか。
あっさりしてて読みやすいですけどね。血筋が関わる内容の謎解きも好きじゃない〜。
パパッと読めてスカッと忘れる本格ものをお探しならいかが?ってとこでしょうか。

「七人の中にいる」 今邑彩 ★★★☆
---中央公論社・94年---

ペンションを営む晶子のもとに21年前のクリスマスイヴに起こった一家惨殺事件の復讐
予告が届く。晶子は手は下していないが共犯だったのである。犯人はあの事件の生き残り
なのか…。間もなくクリスマスイヴ、晶子の結婚祝いも兼ねて常連客が集まることになっている。
予告の主は常連客の中にいるのだろうか。元刑事の協力で客の招待を探っていく。

晶子が客の正体を探る元刑事と密かに電話連絡をするのですが、電話がかかるときの
うろたえぶりは笑えるほど、なのでリアリティはない…はずだが状況が状況だけに結構
ドキドキします。単純に楽しめる作品。客は何か隠してそうな怪しい人間ばかり、疑心暗鬼
バリバリな空気が良いです。展開はミステリーを読んでる人なら予想できるでしょうけどね。

 「月まで三キロ」 伊与原新 ★★★☆
---新潮社・18年、新田次郎文学賞、未来屋小説大賞---

六編の短編集。どの主人公も人生の迷路に迷い込んでいる。仕事や家庭がうまくいかず死に場所を探していた男性や、
真面目に生きてきたが目立たなくて恋愛にも奥手な女性、などこんなはずではなかったのになぁと思っている主人公たち。
彼らが出会うのは、天体や気象や考古学などの知識を持ち愛した人達。壮大な学問の世界や、それに熱中している
人達に出会うことで、小さな世界でくよくよしている自分の人生に光が当たるのである。そういった事柄や人物との出会いが
新しい分岐点になる、、そんな下を向いている状態から上へもっていく展開が素敵だ。科学の知識を作中に登場させながらも
人間ドラマに融合させていて読み心地が良い。こういったささやかな人間ドラマって正直よくあるんだけど飽きないのは
人生に必要な心の糧なんだろうな。個人的には「山を刻む」が一押し。ずっと主婦として自分を殺したまま家庭につくしてきた
女性が、今後の人生について自分の決意を確かめるために一人で登山へやってきた話。子供ともうまくいかなかった。
本当は登山も写真も好きだったが言わなかった。そんな彼女が、偶然出会った火山学の教授らと話しているうち、決意する。
思いやりのない夫の家庭にNOを突き付けて誰かと逃亡するのかな、、と匂わせての驚きの決断内容がすごい。
こんな思い切った大ジャンプ、自分の好きなことのために人生で決めてみたい…無理だろうなぁ。バカシブ(4・9)
「ぼっけえ、きょうてえ」 岩井志麻子 ★★★
---角川書店・99年、このミス16位、日本ホラー小説大賞、山本周五郎賞---
表題作→女郎屋の女が客に話す。『私の身の上を聞きたい?しゃあけどええ夢は
見れんなるよ。何でそねぇな顔になったんかて?いやらしいなあもう。確かに目や鼻が
左のこめかみに吊り上がっとる。目に見えん手が吊り上げとるみてぇじゃな。実はこれはな…
いや、やめとこう。それ教えたら旦那さん寝られんようになる。この先ずっとな…』

四編の短編集。どれも昔の岡山が舞台となる。豊作の年なんて滅多にない貧困の村、
村八分状態の村民は牛のように扱われ、土間にも上げてもらえない。他にも赤ちゃんが
出来た際の間引きで生活しているものもいて凄惨だ。赤子を処分する描写は最悪だが、極貧で
良心もへったくれもない村の様子がまたグロテスクであった。暗く陰惨な臭いのする村の情景が
浮かんでくる。表題作は恐てえラストもあって面白かったのですが、他の三つが読みづらくて
なかなか進まなかった。あんまり恐てくなかったし。二つも賞取ってるんですが…。

「天使猫のいる部屋」 薄井ゆうじ ★★★
---徳間書店・91年---

グラフィックデザイナーの僕は、猫の体やしぐさを作る仕事を受ける。それはやがて
コンピュータ内で猫を飼う『天使猫』という商品になり大ヒットした。その後、商品を開発した
サムが死んでしまうのだが、僕はパソコンの中にいるサムを見つける。

パソコン内で何かを育てるゲームは今ならありそうですが、もっとリアルなものが
描かれます。退屈することがあったり物を覚えて習慣があったり…本当にリアル。
そして死ぬことがあって、生き返らないのです。このゲームの中の死が微妙な感覚に
受け取られるってのをうまく感じさせます。死んだ人間がとてもリアルにパソコン内で
毎日を生活しているというシーンがありますがこれも気味悪かったですね。
メインに描かれるのはリアルな虚構と死の関係と言えるのかな?ラストは不思議に静かで
好きですね。でも猫を飼ってる私としては、このゲーム何か違うんじゃないの〜?という
嫌悪感がありますね、大体あの毛触りがないのは…。でも現実にあったら売れそうだね

「死体を買う男」 歌野昌午 ★★★
---光文社・95年、講談社文庫---

乱歩の泊った宿に、昼は普通なのに夜になると白粉を塗り女装し、月を見上げ泣くという
奇態を演じていた学生がいた。しかし崖で首吊りをしてしまう。乱歩と萩原朔太郎が
その死と謎の行動に推理を始める…という乱歩風の作品が雑誌に掲載された。一体作者は?

作中作になっており、乱歩風の作品が大部分を占めます。作品の中で謎を解いていく
部分が主流ですが、作品自体にも一捻りあるようになっている。作中作という形態もうまく
使っているし、作品も乱歩・朔太郎コンビが愉快に描かれて楽しかった。でもなぜかピンと
来なくて三ツ星…。双子ネタが使われるちょっとややこしい部分のある事件そのものに
あまり魅力を感じなかったからかもしれません。乱歩・朔太郎のキャラクターに
昭和初期という舞台はいいダシ出てました。乱歩ファンの人は読んでおくといいかも…。

「ジェシカが駆け抜けた七年間について」 歌野昌午 ★★
---原書房・04年---

ジェシカの所属する女子マラソンのクラブからアユミは離れることになった。走れなくなったことが
原因だという。しかしジェシカはその原因が監督に起因し、アユミが監督を恨んでいることを聞いた。
その後クラブを離れたアユミは死んでしまった。それから七年が経った…。

「葉桜の…」でも思ったのだが、彼の作品はトリックや見せ方に比重が大きすぎる気がします。
物語で引き込んで真相でガツンが理想なのですが、物語のほうがオマケになっている感じ。
例えるならお腹がペコペコなのに、ご飯が出ずに凝ったデザートだけ出されたような(何だそりゃ)。
そして今回に関してはデザートもおいしくなかった。誰も知らないような事実・知識に基づいて作られた
トリックだから、盲点をつかれた感もないし「ああそうなの」で終わっちゃう人が多いのではないかな。
単なる殺人事件を変わった見せ方してみました、という以上の楽しみや驚きがなかった。好みの
問題もあるけど、もう少し物語でも引きずり込んでトリックでいろんなものを崩壊させてほしい。

 「十二人の死にたい子どもたち」 冲方丁 ★★★☆
---文藝春秋・16年---

安楽死目的で廃病院に集まった十代の若者たち。十二人の予定だったが、主催者も知らないもう一人がベッドで横たわっていた。
薬を飲んで死んでいる様子だが…。一体彼は誰なのか。彼をそのままに自分達が実行してしまうことは障害となるのだろうか。
病に侵された者、金髪で喫煙の悪そうな者、マスクで正体を隠した者、ギャル、吃音…様々な事情を抱えた多様な十二人。
到着順や止められたエレベーターなど、不審なことを話し合う。全員一致のルールのもと議論を重ねていく彼らの結末は…。

クローズドサークルに似た設定なのでミステリ好きとしてはワクワクしましたね。特に彼らが集まってくる前半は廃病院の中で
マスクがあったと思ったら消えたり、一人で座ってたら後ろでドサッて音がしたり、誰かが引きずられてる足だけ見えちゃったり
ホラー風の怖さがあって期待は高まる一方でした。さらに惨劇が起こり、もっと恐怖な感じになるのかと思っていたら中盤からは
議論が停滞してあまり進まなくなってしまったのでトータル魅力減でしたかね。死のうとしている人間、そんなに気になることが
あるんだろうか。誰でもいいんじゃないだろか。最初に寝ていた人物を誰が連れてきてベッドに寝かせたのか、というミステリ的な真相は
明かされるのだけども何とも綱渡りだし必然性に欠けるよなぁ。都合よく怖く見せられてただけだったのか、という感じも。
ちょっと残念な終盤という感想でした。キャラ設定が強烈なので人数の多さのわりにはわかりやすくそこは心配いらなかった。
感じ悪いヤンキーが一番しっかり話を進めてくれたな(笑)映画化もされてるようで文庫が二重カバーになってて十二人の
顔つきカバーになってました。名のある若手俳優ばかりですごく豪華な面々ですね。4番は橋本環奈かぁ。バカパク(6・6)
「ドナウよ、静かに流れよ」 大崎善生 ★★★
---文藝春秋・03年---

ノンフィクション。19歳の女子大生と33歳の指揮者、二人の日本人がドナウ川で自殺した。
新聞でその記事を見た著者の頭に、その事件はしばらく残る。その後、自殺した女子大生が
自分の知り合いの娘であったことを知た著者は、事件を調べ書こうかと考える。

指揮者の男性、千葉は性格に異常があるのか、わけのわからない嘘をつく奇行ばかりの男。
そして留学でルーマニアにいる女子大生カミはその男についていくのだ。一人で異国へ来た
寂しさや家庭の事情など考えることもあっただろうが、正直私には奇行ばかりの男に尽くすことで
愛を見出すカミの気持ちはわからなかった。二人の暴走を止めようとする周りの人達も、死後には
二人の関係を好意的に感じたり(感じようと)する気持ちもわからない。『死んだ今はそうする
しかない』ということなのだろうか。私から見れば間違ってるような、読んでてイライラするような
行動が多く良い気分ではなかった。しかし事実を基にしたノンフィクションであるのだから、
読者によって感じ方や考え方も違えばそれは間違いではないのだろう。
「ロックンロール」 大崎善生 ★★
---マガジンハウス・03年---

二作目がなかなか書けない作家は、パリで缶詰めになり執筆することにした。そのパリに一人の
女性編集者が訪れる。彼の編集者も交えた複雑な恋がツェッペリンのロックンロールを背景に綴られる。

あり〜。大崎作品好きなんですがこれはイマイチかも〜。透明度の高い文章は感じられるものの
以前よりDOWN。今までは登場人物の大人しさや頭が固いような真面目さが透明感に繋がって
いたように思うのですが、今回の登場人物は好きになれない。語ってる内容も浅い気がしてならない。
そのせいかセリフも嘘臭く感じてしまった、女性に魅かれる心情や自分のこと…ただ例えればいいと
いうわけではないと思う、今回は伝わってこなかった。自分の感性と小説にズレを感じてるような感覚。
今までのように読みやすいし好きな言葉も出てくるのですが何かが違う…不思議な恋愛の繋がりにも
興味が持てなかったとしか言いようがない、個人の好みの問題なんですかねぇ。

「伯林水晶の謎」 太田忠司 ★★
---祥伝社・94年---

ひょんなことから財界の大物の死体を発見することになった探偵霞田志郎とその妹
死体はガラス片が降りかかっている奇妙なもの、調べていくうちに故人は遠い昔にドイツに
行っていたことがわかった。ナチスとユダヤ人の歴史的事件も絡んでいるのではと思案する…。

兄妹が事件に遭遇して、警察にコネがあるので情報を貰いつつ調査していく話。
ユーモラスというか軽いですね、ノリが。受け取る人によってはマンガチック…。せっかくユダヤ人
弾圧という重厚な題材を扱ってるのに安い雰囲気のせいで生きてなくて勿体無い気がしました。
くだらない論理で人殺す犯人に、たいした推理してない探偵。一般人でも気づくようなことを崇高な
推理によって導きましたみたいに言われても驚きゃしませんよ。この探偵ですが、解説によると
謎を解くだけでなく人の苦しみや哀しみを解くんだそうです。そ、そうだったのかぁ〜(困)探偵が
語る内容も全然心に響かなかった気がするんだが…。とにかく苦手なタイプです、この小説。
好きな人にはこの兄妹のかけ合いや、妹と刑事との微妙な仲とか面白いのかな〜?
読みやすいってのは良かったけど。『本格推理』というより『土曜ワイ○劇場』な印象。

「クラインの壺」 岡嶋二人 ★★★★☆
---新潮社・89年、このミス5位、文春7位---

ゲームの原作が採用されたことをきっかけに新開発ゲームのモニターになった上杉。
そのゲームはリアルな仮想世界を体感できるとてつもないものだった。そしてゲームを続ける上杉に
不審な出来事が起こり始める。あったはずの物が消えてしまったり、モニターの仲間が失踪したり…。

読んでるうちにある程度先が読めちゃうんですよね〜、ただそれで終わらない岡嶋二人。まさかの
展開で恐怖のラストへ…。当たり前のことに自信がなくなる感覚は作者の片っぽ、井上夢人氏の
『メドゥサ、鏡をごらん』に似てる気がします。主人公の恐怖に巻き込まれてしまいました。
文庫387ページからは完全に同化状態で「え?」でした(笑)。面白くって怖くなる作品ですね。
15年経っても色あせてないアイディアと一気に読めるところ、そしてラストもグーですね、ひ〜!

「妊娠カレンダー」 小川洋子 ★★★
---文藝春秋・91年、芥川賞---

短編3編。こういうの感想書きにくいし説明しにくいな〜。簡単に言うと、同居している姉と義兄の
間に子供ができて、妊娠して起こる姉と妹の心理を描いた話。姉はワガママになったりジャムばかり
食べたりします。妹はアメリカ産のグレープフルーツに農薬とかついてて胎児に毒かな、と頭で
知りつつ姉に作り続けたり…。変な距離感のある冷静な視点がゾッとさせるものがある。
私は『ドミトリイ』という短編のほうが好きでしたね。昔住んでいた学生寮をいとこに紹介。その後も
いとこの様子見に寮へ訪れますが、すれ違いばかりで会えず。重い障害者である管理人は調子が
悪いみたいで何となく管理人室へ通ってしまいます。管理人室の天井にはシミがついていて来る度に
シミは大きくなっていって…。寂しい描写が良いし、ちょっと怖くて「なあんだ」って感じの結末が好き。
文章、描写は映像が浮かびやすくて読みやすかったです。

「薬指の標本」 小川洋子 ★★★☆
---新潮社・94年---

私が働いている『標本室』、そこは思い出の品を標本にしたいと願う人が自然と集まる場所。
私も入ったことのない標本技術室で何でも標本になる。鳥の骨だろうと火傷痕だろうと何でも…。

表題作と「六角形の小部屋」の二編収録。後者は音が外に漏れない小部屋で
客が一人で語るだけ、ということを商売にしている話。どちらもとても奇妙な商売なのだが、
読んでいくうちに主人公同様どこかで魅了され、清廉な商売に思えてくるのが不思議だ。
著者の文章も手伝い、静けさと奇妙さの混じった物語になっている。藤子不二雄Aの
『笑ゥせぇるすまん』に似てるかもしれない。あれほど黒くない密かな奇妙さではあるけれど。

「偶然の祝福」 小川洋子 ★★☆
---角川書店・00年---

七編の短編集。嘔吐袋を集める私の伯母は失踪者の王国に愛され消えた。昔いたお手伝いの
キリコさんは何でも無くしたものを見つけた。服に作ったポケットに私の小説をいくつも所有する
不気味な自称「私の弟」。ある日愛犬のアポロが病気になる。小説家の私の奇妙な過去と日常。

途中で「バックストローク」という腕が固まった弟の話が登場人物から語られたので、あれっ?この話
知ってるな?読んだ本を買ったかな?と焦りましたが、「まぶた」という短編集に「バックストローク」が
ありますね。ややこしい。本書は七編とも同じ女性が主人公で、いつもの物静かな雰囲気と体温の
低い物語が展開される。失踪というテーマで描くのかと思いきやそうでもないし、どれもがあまり
共通の感覚がなくていつもより気持ちよくない。寂しかったり孤独だったりを感じなかった。
意味がありそうで…わかんない。もともとそういう作風が多いが、悪い方に出ちゃったかな。
「博士の愛した数式」 小川洋子 ★★★★☆
---新潮社・03年、読売文学賞、本屋大賞1位---

家政婦の私が派遣された家、そこには記憶が80分しか持たない数学好きの博士が住んでいた。
仕事中も子供は一人ぼっちにすべきではない、という博士の提案で私の息子も来るようになった。
こうして始まった私と息子と博士の、数学の魅力と互いの思いやりに満ちた暖かい物語。

最初は愉快でさえあった。メモだらけの背広を着た記憶ができない博士という風変わりな設定が。
しかし読んでいくうちに、記憶が持たず常にある記憶は1975年までという博士が悲しくなってくる。
80分しか記憶が持たないというメモを朝起きて見る博士、大好きな江夏はもう引退していると言われて
絶句してしまう博士、そのことも結局は忘れるわけだがその瞬間は胸が痛い。それでもこの小説が
暖かいのは私と息子の姿勢である。自分が忘れられても慌てず、江夏はまだ現役と思う博士を
動揺させまいとする同情ではない優しさ、そして博士が不器用ながら必死に子供に注ぐ優しさ、
全編通して暖かい空気で包まれていた。忘れてもずっと繋っていると感じさせるラストは胸が
熱くなってしまいます。作中でことあるごとに数字を持ち出して博士が数学の面白さを語るのだが、
嫌悪感を感じずむしろ魅力的に読むことができるので数学嫌いでも関係がない作品。名作!

「オロロ畑でつかまえて」 荻原浩 ★★★☆
---集英社・98年、小説すばる新人賞---

牛穴村は過疎化に苦しむ田舎の村。人も少ない現状を何とかしようと青年会は村おこしを
しようと考えた。お金を集め小さな広告代理店に頼むことにした青年会だが、よく考えると
牛穴村は特にアピールするものがなかった。そこでいちかばちか考え出した秘策とは…。

田舎の村おこし騒動を描いたコメディです。田舎と都会のギャップを利用した気の抜けた
ユーモアがたくさん。登場人物も際だってるし、文章もふざけてて笑えますね。深夜ドラマで
「TRICK」ってのが人気でしたが、あのゆるゆるジョーク感に似てますね。賭けに出た
PR作戦はどうなるのかって話が最後までゆる〜くバタバタして面白いです。
読後もスッキリだし気を抜いて楽しい話が読みたい人にはオススメの一冊ですね。

「イン・ザ・プール」 奥田英朗 ★★★★
---文藝春秋・02年---

悩みを抱えた患者が訪れる伊良部総合病院の地下にある神経科。そこにいるのは
注射フェチでオタクでマザコンの太った医師と色っぽい看護婦。カウンセリングとは
呼べないやりたい放題の治療なのだが…自然と患者は回復の方向に??

ストレス、陰茎強直症、自意識過剰、携帯依存などの症状を抱えた患者達に対し
「別に実害はないし、いいんじゃないの〜」と言って治療そっちのけで注射に見入ったり
いきなり膝蹴りを放ったり伊良部のハチャメチャな行動と、症状に苦しむ患者の姿が滑稽で
細かい笑いを誘ってきますね。特にケータイ覚えたての伊良部が嬉しそうに送るメールが
実にくだらなくておかしい(笑)。実際にいたら最悪だが見てる分には面白いキャラクターだ。
そして読めば読むほど伊良部と看護婦コンビは味が出てくる。特に露出趣味の看護婦
マユミちゃんがカッコよくて、ぜひお目にかかりたい(笑)。前半はいまひとつでしたが
後半はぶっ飛んだ患者も多くて一気読みしてしまった。読みやすいのもいいですね。

「天帝妖狐」 乙一 ★★★★+
---集英社・98年---

「A MASKED BALL」…タバコを吸う場所としてトイレを利用していた主人公は
壁にラクガキを見つけた。それを元に数名がラクガキで会話をし始める。
おもしろいね〜。要するにパソコンの掲示板と機能は同じだが、トイレのラクガキってのが
寒々しい感じでうまい設定ですね。学校で起こる怪事を舞台に伏線も張られているし
意外な結末も用意されている。短くてすぐ読めるが、あまり無駄が見えないのがスゴイ。

「天帝妖狐」…人間ではない何かに取りつかれ、包帯で顔を隠し一人で生きてきた夜木。
彼は助けられた少女に徐々に心を開いていくのだが、幸福な日は長くは続かなかった。
私はこちらが断然好きですね。設定はホラー風なんですが、描かれているのは夜木の
苦悩と少女から受ける温かさから生まれた感情。苦悩と温かさの間で揺れ動く夜木が
とても切ない。悲しい話なのだがわずかな温かさで包んでいるところが絶妙でした。
「黒いハンカチ」 小沼丹 ★★★☆
---創元推理文庫・03年(58年)---

十二編の短編集。女学院に勤めるニシ・アズマ先生、学校の屋根裏で昼寝することが
好きな彼女は探偵の素質を持っていた。鋭い観察眼を発揮し、事件を解き明かすこともしばしば…。

茲(ここ)、トラムプ、尠(すくな)い…何か変だなと思ったら58年の作品が復活したわけですね。
しかし、古さを感じる内容ではありません。今でいう「日常ミステリ」という枠に当てはまりそうです。
授業の合間にクロスワード解いたり、開き時間に屋根裏で昼寝するという現代ならば問題に
なりそうな教師が主人公ですが、のんびり感が出て良いですね。 全体的に重い空気はなく、
普通に時が過ぎていくようなところがあります。一編ごとに時が移り変わって、季節ごとの
行事などが絡むのも好きです。一般的な日常ミステリと変わっているのは、事件が起こる前から
ニシ・アズマ先生が観察眼を働かせ、何かに不審に思っていることでしょうか。事件を未然に
防いだことも多かったですしね。名作とは思いませんでしたが、肩も凝らずゆっくり楽しめる一冊
という印象です。おぬまたん、とひらがなで書くと何やらかわいい名前ですが男性作家だそうです。

「くらのかみ」 小野不由美 ★★★
---講談社・03年---

父親と本家にやってきた耕介は同じく集まっていた親戚の子供達と蔵でゲームをした。
すると来た時は四人だったはずが五人になっていた。全員知っているようで…でも一人多い。
その謎を抱えたまま、今度は跡取り問題で大人達を巡る事件が起こる。

一人誰かが混ざっている謎と大人の間の事件の謎がメインです。そして同時に二つが絡み合う
ような真相への道筋。異色本格とでも言えばいいでしょうか。でも個人的には微妙なんだな。
うまいとも思うし釈然としないような気も…。一人余計に混ざっている、それは誰だという謎で引っぱらずに
正体もあっさりわかっちゃって『あっそうなの?』くらいだったのも残念でした。読後は腹五分目な感じ。
でも親戚一同が田舎の大きな屋敷に集まるという設定は小さい頃に行った父方の実家を
思い出す雰囲気で好きでした。他に特徴としましてはルビがふりまくり、挿絵あり、行間が広い。
人物・アリバイ・家の見取り図が書いたページあり。子供向けなのでわかりやすくしてるんですね。
と言っても登場人物が多すぎて人物メモを見ても私は把握しきれなかったんですけどね(子供以下?)

「ライオンハート」 恩田陸 ★★★☆
---新潮社・00年---

17世紀・19世紀・20世紀…時を越えて人も変わって何度も出会うエドワードとエリザベス。
夢に出て…探して…結ばれるわけではないけど毎回出会って良かったと思う。
そして「またいつか」と言って別れる。時空を越えた二人の不思議な物語。

文庫裏の説明ににラブストーリーと書いてあるんですが(作者曰くメロドラマ)、臭すぎの
アホドラマというわけではなく確かにそこに恩田テイストが入ってんですね。知らないはずの
相手や情景を夢で見たり、先祖の日記に同じことが書いてあったり…ラブストーリーの上に
不思議の膜を張ってるみたいな感じ(わかりにくっ!)。まぁともかく面白かったです。
連作短編風になっていて一話ごとに絵画を冒頭に持ってくるんですが、それが効果的。
二人が出会う場所がそのまま冒頭の絵画になったような話があって「おおっ!」と思いました。
そうでなくても二人が長い間夢に見た出会いの場面、という展開なわけですから余計印象に残りました
でもこの話に限らず出会いという一場面の情景が目に浮かぶような連作短編集でしたね。
様々な時代に、長い人生でわずかだけ出会い続けて別れ続ける。でもどこか暖かい読後なのは
出会いの瞬間の煌きがあるからでしょうか。惜しいのは想像力を駆使しなければ
ついていけない話(天球のハーモニー)があるところと、好き嫌いがありそうなところ。

「蛇行する川のほとり(1)〜(3)」 恩田陸 ★★★
---中央公論新社・02年〜03年---

毬子は学校で憧れていた先輩・香澄の家に呼ばれた。演劇部の催しで必要な舞台背景を
描くための合宿だった。申し出を喜んで受けた毬子だったが、学校帰りに「香澄には関わらない
ほうがいい」と見知らぬ少年に言われる。かくして川のほとりの家で合宿は始まる…。

物語は巻ごとに別の視点から描かれます。川のほとりの家で舞台背景を作る名目で
集まった少年少女が、実は小さい頃にこの家で起こった事件について、それぞれ思惑があって
来ているわけです。それを隠したり少し見せたりしながら話が進む。何かに似てるなぁと思ったら
同作者の「木曜組曲」のようです。姿は見えるけど薄いモヤがかかったような状態に読んでて
イライラしてしまいました。さっさと話を進めればすぐ終わるだろって感じちゃうんですよね。
そこが味なのかもしれませんが…。今回も恩田陸らしいファンタジックな雰囲気は存在。なにしろ
時代感覚がまるでない。昭和なのか平成なのかも判然としない、別世界のお芝居みたいでしたね。
三冊になってますが、長くないのですぐ終わります。最初から一冊で出せばいいのにとも思うんだが。