「兎の眼」 灰谷健次郎 ★★★★+
---理論社・74年、路傍の石文学賞---

新任の小谷先生が受け持った一年生クラスに、鉄三という少年がいた。口も聞かず
心を開かない鉄三、おまけにゴミ処理場近くに住む彼はハエを飼っているらしい。困惑する
小谷先生だが、懸命に鉄三に接していくうち鉄三の良さにも気づけるようになっていく。

いい話だ。小谷先生が鉄三と向き合おうとゴミ処理場近くの家へ行き、近所に住む生徒達や
鉄三と親しくなっていき、同僚の教師らとともに教育者としても成長していく物語である。
苦手に感じる人がいるとすれば、子供達が優しく純粋すぎるところだろうか。小学校の
道徳の時間で扱われていそうなくらい『いい話』だった。読んでてほんのりしてしまう。
相手のことを思いやる、という単純な事を真摯に伝える気持ちよさもあった。子供がこれほど
理解があり純粋で、教師もひた向きなら最高の教育現場ですね。近頃の変態教師に
読ませてやりたいよ、まったく。名作ってことで角川文庫と新潮文庫でも出てます。
子供にも読んでほしいという意図からか平仮名が少し多くて読みにくかったかも…。

「太陽の子」 灰谷健次郎 ★★★☆
---理論社・78年---

沖縄出身の両親を持つふうちゃんの家は神戸にある沖縄料理屋である。多くの沖縄出身者が客だ。
温かい人々に見守られ成長するふうちゃん。しかしお父さんは心の病を背負っていた。お父さんに
限らず沖縄は戦争と密接に関わっている。ふうちゃんはそこに気づき沖縄と戦争に向き合おうとする。

優しく明るい人達に囲まれて生き生きと暮らすふうちゃんが中心となる話。沖縄の文化に囲まれて
幸せな日常風景なのであるが、お父さんの病や片腕が無い「ろく」さん、料理屋で働くことになった
キヨシ少年の過去などちらほらと傷痕が散見される。沖縄人であることを誇っている気高さと苦しみ、
周囲のそんな様子を感じながら…優しさの裏にある悲しみに気づいていくふうちゃんの成長物語。
古処誠二のように戦争を描くのではなく、戦争の残り香を成長に合わせて遠回しに描いたものだ。
このように優しさに還元できるのが理想だろうなと思えた。しかしまぁ登場するのは良い人ばかりだ。
皆で助け合い思い合っている。良い教師になろうと努力する梶山先生、ひどい境遇ながら親のことを
理解しようと努めるキヨシ少年、優しさ一杯だ。心が温まること請け合いだ。それと反対に梶山先生以外の
本土の人はろくな書かれ方じゃない(笑)今では沖縄=日本だけど、少し時代が違ったのかな。
逆にやたら美化されてるのが鼻についたくらい。作者は物語を書く。読者はそこから各々感じる。
しかし本書は読者が何を感じるべきかまで押し付けてくるようでやや不快な面も。心温まる話なのは
確かだが説教臭いのかもしれない。…などと思うのは腐った大人になっちまった証拠かね。
「子どもの隣り」 灰谷健次郎 ★★★
---新潮社・85年---

四編の短編集。『燕の駅』→手術するために入院している千佳、「どうせ死ぬのだ」と
意地悪なことを母親に言う日々である。しかし隣りの患者と触れ合う中で少しずつ変わる。
『子どもの隣り』→四歳の男の子の目に映る大人達を描き、そして少しずつ物事を知っていく
ことの不安も描く。など四篇とも子供を主人公とした物語で、教師に対する漠然とした憤りや
不安などの移ろいやすい子供の心を描いている。子供が単純に純粋なのではなく、
いじけていたり反抗したりするところが嘘っぽくないように思えた。前に読んだ「兎の眼」と比べて
淡々と書いているような印象を受けました。「兎の眼」よりは純文学色が強いのかもしれません。

「水曜の朝、午前三時」 蓮見圭一 ★★☆
---新潮社・01年---

脳腫瘍だった四条直美という女性は死ぬ前に娘に宛ててテープを送った。
そこに吹き込まれたのは直美の人生。万博の時代、万博のホステスを務めた直美が
ある男性に恋をしたこと。男性に隠された事実、彼とのその後・・・。

直美のテープがずっと続く回顧録といった感じだ。その内容は恋が中心になっていて
万博の頃の日本を描いている。過去における恋愛、現実と恋する気持ちとの揺らぎを
しっとりとした文章で綴った小説だ。古い考えと新しい考えの中間のような時代ってのが
良い味を出している気がします。とは言え私の世代は万博なんて想像もつかない。
どういうものだったのかも日本においてどういう意味があったのかも…。懐かしいと思える
世代の方がオススメなんだろうね。個人的には普通の小説って印象だったなぁ。

「楽園の眠り」 馳星周 ★★★☆
---徳間書店・05年---

息子を虐待することをやめられない刑事の友定伸、そして男に遊ばれて妊娠・流産した女子高生の
妙子。自らも虐待を受けていた妙子は、逃げてきた友定の息子を我が子のように思い、一緒に
逃亡する。刑事として虐待が明るみに出ることを恐れる友定は、妙子と息子を必死で追い始める。

追う友定に逃げる妙子の構図が基本で、疾走感があって読みやすかった。テーマは重いが
娯楽作と言って良いはず。どこへ逃げても必ず調べ上げて追ってくる友定がパワフルで作中でも
言われてたけどターミネーターの敵っぽくて怖い。そんな逃亡&追跡劇を、間に入ってくるヒデさんや
奈緒子が事態をややこしく盛り上げてくれる。もうちょっと内面のことに触れてくれるかと期待したので
拍子抜けしたけど、娯楽作としては良作。一気に読めたし。売春や出会い系、麻薬などダークな
小道具が満載なところは作者らしいのかな。バカ・ノワール(6・6)ってとこでしょうか。
「生誕祭」 馳星周 ★★★
---文藝春秋・03年---

バブルの真っ只中の時代ディスコでくすんでいた彰洋は、大物地上げ屋の愛人だった幼馴染みの
麻美の紹介で地上げの世界へ入る。億単位の金を扱う興奮と、上司である美千隆への心酔。
騙し、出し抜き、ヤクザとの関係、汚い世界を知っていく彰洋はいつしか抜け出せない泥沼へ。

上司・美千隆に言われ大物地上げ屋・波潟のもとで勉強することになった彰洋だが、上司からは
何か足元をすくわせる情報のため逐一報告しろと言われ、波潟もそれを承知で遊ばせてる。
波潟の愛人の麻美もお金のためならジジイと寝るわ写真で脅すわ裏切るわでまったく油断がならない。
付け狙われたくない魔性の女である。さらにヤクザも登場して、弱みを握ったり騙したりと命に関わる
秘密をたくさん抱え込んだまま何食わぬ顔で仕事をしなきゃいけない主人公は疲労困憊でカワイソー。
それを補うための麻薬でさらにヘロヘロ。金銭欲・独占欲・性欲とにかく欲望にまみれた裏切りの
連続なもんで「えーと、いま誰が誰を出し抜こうとし、この事は誰が知ってて…」と頭で整理することが
多いうえに十ページに一回くらいの割合で誰かがセックスするし読者としてもヘロヘロ。上下巻の大半が
それだったのでわりとあっさり書く馳節が苦手だと途中からついてけないかも。金の亡者達の黒さと
マミのパワフルさが際立つバブリーでダークな一冊。バカノワール(2・9)進呈。あぁ疲れた。
「この闇と光」 服部まゆみ ★★★★
---角川書店・98年、このミス12位---

レイア姫は王である父とレイアを邪魔者扱いするようなダフネという侍女と住んでいる。
レイアは盲目、父の話や別荘内のことしかわからない。絹のドレスを纏い、中庭で食事を取り
花や色の名前、文字も教わっていく。父に愛される世界…そんな世界が崩れ落ちる日が来る。

幻想的な世界に引き込まれて読んでいって、幾度かひねりを効かせた展開には驚きました。
優雅な世界が突然つまらないものに思える感覚や、それでもそれが根づいて離れないのであると
いう心理はうまいですね。今までの世界観が脆弱に思えたり、やっぱり確固なものに思えたりという
心理の無気味さ。う~ん、ネタバレが恐ろしいので何を言っても抽象的な説明になりますね。
ただ文庫解説でも触れてますが、内容に明らかではない部分があるようです(別に矛盾が
あるわけではないんですが)。知りたい気持ちはわかりますが、勝手にミステリ的ルールを
作って読む必要はないと思うし、本作は小説として充分面白かったという感想です。
闇と光を知り迷ってしまうような不思議な世界へ誘われたい方はどうぞ。
「水の時計」 初野晴 ★★★★
---角川書店・02年、横溝正史ミステリ大賞---

問題を起こして警察に追われていた暴走族「ルート・ゼロ」の高村昴。逃走中に
タキシードを着た男に声をかけられる。嫌疑を免れるかわりに仕事をしてみないかというのだ。
そうして連れられた先には機械に繋がれた死んだような少女の姿があった。

順序は逆だが「漆黒の王子」で興味を持ってデビュー作もチェックしてみた。
昴少年が仕事であるものを運んでいく過程が連作短編集のように続いていきますが伏線などが
あるので一応長編です。簡単に感想を言えば「今回も面白いんだけど欠点を上げようと思えば
上げられる発展途上な印象」だ。やっぱり荒削り。強引に思えて気になる部分がないではないし、
以前に出た名前が唐突に出てきて「誰だっけ?」とわかりにくい部分もあった(←バカなだけかも)
でも魅力も多くある。特筆すべきは短編風になっているエピソードが秀でていること。人間くささも
感じられて上手。うまくまとまっていて長編部分で感じた粗もないし、いっそ短編集だった方が
良かったかもと思えたくらいだ。「漆黒の王子」ではヤクザでしたが本作は暴走族…性悪な人間が
出るし死の匂いもするというダークな部分を、ファンタジックな設定や雰囲気でかわす作者の特徴も
個人的には好きである。文章も新人ながら読みやすいし今後の期待値も含めて四つ星~。

「漆黒の王子」 初野晴 ★★★☆
---角川書店・04年---

<上側の世界>…非常なこともやりながら大きくなってきた暴力団、その組員が次々と
眠ったまま息を引き取るという謎の死を遂げていた。<下側の世界>…私は気づくと暗渠にいた。
記憶がなく傷を負っていた私は浮浪者に助けられたようだ。彼らは自分の職業名を名乗る。
「王子」「時計師」「ブラシ職人」「墓掘り」…私はしばらくの間暗渠で過ごすことになる。

上と下の異なる雰囲気の物語が交互に続きます。上側で起こるヤクザの抗争は興味が持てない
自分なので「ゲッ」と思いましたが、眠り病という不可思議さを加えてあるし挿入される<下側の
世界>が面白かったので普通に読めました。<下>は伊坂幸太郎「オーデュボンの祈り」に通じる
微小な幻想性を感じる世界ですね。二つの世界がどういうふうに交わるのかワクワクしたのだが
あまり関わらなかったので中だるみした印象。もう少し絡んでくるのかと思ってた。物語の
基本線はヤクザ側だったせいで暴力が横行する暗めの話になったのも好きではなかったなぁ。
一連の事件を振り返って「その目的のためにそこまで面倒な事件を起こしたのか」と思えて
消化不良な読後なのも惜しい!荒削りな感じはしたけど構成も展開も上手だし今後期待だ。

それと最後までよくわからない部分があってスッキリしてないのだ。下に伏字で書いておくので
既読の方はわかるなら教えてください。(ここから)
①結局暗渠の生活ってガネーシャが頭の中
だけで体験したってこと?(下の世界では最初から壊れてた腕時計が斜面で目を覚ました時に
動いていることから)②12時頃に撃たれて斜面を落下したガネーシャ、気づくと6時だった。
それから水樹と紺野が追ってきた。彼らは六時間も斜面を探してたのか?そんなバカな。
③下側の世界を去る時ガネーシャが王子に言った「防災備蓄倉庫なんて嘘までついて…
みんなして私をだまして…」というセリフの意味は何だろう
(ここまで)誰かおせーて。
「賞の柩」 帚木蓬生 ★★★☆
---新潮社・90年---

ノーベル医学・生理学賞にイギリス人のアーサー・ヒルが選ばれた。しかしそれ以前まで
ヒルと競い合っていた二人の学者は白血病でこの世を去っていた。うち一人の学者・清原に
指導を受けていた津田は、恩師の死やヒルの論文パクリ疑惑などを調べ始め、渡欧する。

ノーベル賞という華やかで栄誉ある賞を題材に、人の欲が現れてしまった姿を描いています。内容も
著者の文章もお堅くてしっかりした雰囲気ですね。受賞した者と貶められた者、そしてその周りにいる
人達の人生を、ヨーロッパを移動する淡々とした描写に散りばめていました。中には事件を調べる津田と
ヨーロッパにいる恩師の娘との良い雰囲気も混ざってたりして、帚木蓬生風の人間味も感じられました。
すごい作品ではないけど読みやすい。ところで、不審な死に関するネタですが『クロス探偵物語』という
ゲームを先にやった人は知ってますね。それが主流の謎解き小説ってわけじゃないからいいんだが…。
「アフリカの蹄」 帚木蓬生 ★★☆
---講談社・92年---

アフリカに留学中の日本人医師作田は白人の黒人に対する差別に衝撃を受ける。
さらに絶滅したはずの天然痘が黒人だけに発症。劣悪な環境下で作田は黒人達に手をさしのべる。

差別のひどいアフリカの地、主人公は外科医で黒人の恋人がいる。…いきなりこの状況ではちょっと
話に溶け込みづらいぞ。差別問題を黒人側から描き、国家レベルの陰謀に立ち向かう姿を描く
壮大な物語だったのですが最後まで完全に話に入っていけず。差別問題などを交えた
冒険サスペンス。良い物語なだけに入っていけなかったのが残念。引き込まれれば…。
硬派な人間ドラマって感じでした。

「三たびの海峡」 帚木蓬生 ★★★★★
---新潮社・92年、吉川英治文学新人賞、このミス9位---

当時韓国を支配していた日本により強制連行された十七歳の河時根、日本では炭坑での地獄の
強制労働の日々が待っていた。やがて日本の敗戦、地獄を乗り切った時根は愛する女性と故郷へ
帰ったのだが…。あれから半世紀後、時根は友の手紙に呼ばれ三度目の海峡を渡る。

強制連行を題材としたフィクションだ。話が大きいので大雑把になりそうなものだが、一人の青年に
絞った書き方で引き締まっている。それに描写力が素晴らしくて、炭坑など当時の状況にしても
登場人物の心情にしても真実味を持って迫ってくる。半世紀後に再度日本を訪れた主人公と過去の
主人公が交互に描かれるが、時間の違う両者の書き分けもうまい。若き日の苦しみと、日本から
眼をそらし続けて生きたその後の人生には胸がふさがる思いがする。日本人としては幾分複雑な
心境になるが読まねばなるまい。江戸時代をダラダラやるアホな施設よりは勉強になるだろう。
大きな目で見れば「日本--韓国」という題材なのだが、細部が描かれる本書では日本人の手下となり
同胞を痛めつける朝鮮人や、逆に朝鮮人を助ける日本人もいる。細部を見れば国籍だけの
問題ではないという生々しさが物語を引き立てているのだと思う。歴史を垣間感じることもできるし
一人の人間のドラマとしても一流のオススメな本だ。唯一ラストだけは残念かな。あんなラストは
見たくはなかった…。韓国名が多くて最初のうち読みづらいので軽いメモくらいはしてもいいかも。

「臓器農場」 帚木蓬生 ★★★
---新潮社・93年---

新人看護婦として聖礼病院に入った規子は、偶然「無脳症児」という言葉を耳にする。聖礼病院の
患者らしいのだが…。気になった規子は身近な同僚や医師に話したのだが、その裏には病院に
隠された秘密があった。真相を追い求める規子らだが、やがて魔の手が襲いかかるようになる。

毎回変わったテーマを提示する作者、今回は無脳症児と臓器移植。「無脳症児の人格」という点が微妙だ。
移植すれば助けることができる誰かを前に「無脳症児も人間だ」と私には言えそうにはない。だが認めれば
本書のようなおぞましい地点に行き着いてしまうのではないかと恐ろしく思える。どこまでが命かという
その議論自体が不気味な存在である。そんなテーマを扱う本書ではあったが、ミステリーの部分が大きく
少し安っぽく感じられたのが残念。二時間ドラマのサスペンス物っぽかった。看護婦が簡単に調べられて
そして感づかれて魔の手が忍び寄るって…いくらなんでも展開が安易すぎる。無脳症児についての考察を
深くしてもっと不気味さが出てくるかと思ってたので…。文庫600Pってのも長くて、だれてしまいました。
しかし看護婦の仕事ぶりや入院患者やケーブルカーの運転手(軽度の知的障害を持つ)などの
優しさに溢れた描写は作者らしい視点である。それだけに安易なストーリーが好きになれなかった。

「閉鎖病棟」 帚木蓬生 ★★★★+
---新潮社・94年、山本周五郎賞---

過去に罪を犯し、家族や世間からうとまれる患者達。患者の視点から精神病院内を描く。

舞台がずっと精神病棟ってことでほんの少し途中だれてしまった。しかし「三たびの海峡」を思わせる
作者ならではの人物像や描写はやはり上手く、暖かさを感じるものだった。精神病院内を落ち着いた
視点で描き出します。重い内容を扱っているが希望の持てるようなラストで良かったと思う。
精神病の人に偏見は持ちたくない、小説内の人物も魅力的だし感情移入したりする。
一方で、病気で混乱したとは言え人を殺したこともあるという事実を冷静に見る気持ちもある。
この両方が折り合いを付けられない。そんな感覚が少しした小説だった。現実と同じだ。

「逃亡」 帚木蓬生 ★★★
---新潮社・97年、このミス8位、文春5位、柴田錬三郎賞---

憲兵の守田軍曹は終戦を期に憲兵隊から逃亡。憲兵の身分を隠し収容所で帰国を待った。
ようやく妻子の待つ日本へ戻った守田に訪れた戦犯容疑。九州を離れ一路東へ。再び逃亡生活へ
入った守田、冷たい目を向ける者と支えてくれる者がいる中、守田は仕えてきた国から追われている。

戦争が終わった途端に責任の所在を捜し求める国に、ろくな調査もされず極刑に処せられるのは
悲惨である。国のために働いて、故郷の人も万歳をして送り出してくれたのに、それが百八十度
変わるという空しさが描かれる。香港では収容所のわずかな食物に耐え励ましあって帰国を待ち
日本でのわずかな幸せの後は再び逃亡生活。仲間の軍曹と海岸で塩を作りわずかな金銭を
得る苦労には泣けてくるばかりだ。守田の妻も身重で闇米を担いでまわり夫を健気に待っている。
しかし国への恨み言はそんなには出ず、一緒に帰国した相手や妻子を思い出したり、拷問したことを
思い出したりと守田の人間性が真っ当であることが作品を柔らかくしていた。守田のような憲兵も
多くいたんだろうなぁ。終戦後日本がどうなったかは文献や人から聞きで知ることができる。
しかしそこにいた一人がどうなったのかを感じることは難しい。そういう意味で苦労をした人間が
いたことを残せる一冊と言え、その価値は非常に高いのだが、回想シーンが多くて憲兵隊としての
任務の状況などちょっと記録的なので娯楽として読むのが辛いのが難点かもしんない。
でも時間があるなら手を出して欲しい。属性的にはシブ知【9・10】はある大作だ。
「国銅」 帚木蓬生 ★★★☆
---新潮社・03年---

来る日も来る日も山を掘り銅を作っていた国人は、大仏造立の詔を受けて都へ向かうことになる。
任期は三年とあるがそれも定かではない。師と崇める景信や思い人・絹女を思いだし
毎日の苦役に耐える国人。多くの人足たちが数年をかけた大仏が徐々に姿を現していく。

上下巻で600Pはあるのだけれど、そこに描かれるのは天平の頃を舞台とした銅山や都での
苦役に励む人々の姿。ろくな資料もないだろうが不自然さも無く当時の生活が目に浮かぶようだった。
移動するのにも仕事をするのにも油断すると死に直結する時代。それでも故郷を思い、苦役の中にも
何かを見出してひたすら働く人足達はたくましいとさえ思えた。気づけば一緒に働いている気分にもなる。
家族を思ってひたすら年季明けまで耐える同僚が故郷に辿り着けば良いと願ったし、気が遠くなる
作業の繰り返しには逃げたくなった。自殺・事故死・病死、時代が時代だけに多くの死に彩られながら
誠実に生きる国人には気高さのようなものがあった。本書の良さはその優しい視点にあると言える。
ただ内容がひたすら大仏を造るのだからズバリ地味なのである。すごく読むのに時間がかかった。
その代わりに大仏の造り方は実に詳細で大昔の人間がいかに苦労したかが想像できる。
大仏のために途方も無い量の血と汗と涙が流されたのだ。大仏を見るたびそれを思い出すであろう。
「ロスト・ケア」 葉真中顕 ★★★★
---光文社・13年、このミス10位、日本ミステリー文学新人賞---

43人を殺害した罪で死刑判決が出た。しかし被害者遺族の中には「救われた」と感じる部分があるのも事実であった。
在宅介護で苦悩する家族や、介護施設の現場での過酷さや人手不足。事件の裏には高齢化社会が生み出す
社会制度の歪みがあった。誰もが直面する介護問題。犯人を犯行に駆り立てたものとは。

本書は冒頭から、認知症が進んだ母を自分の子供の面倒を見ながら介護する娘の修羅場が描かれていてなかなか壮絶で
引き込まれるつかみである。身近に感じられる介護問題を扱うという本書であるが、検察官の大友、その旧友で介護企業
フォレストで営業をする佐久間、フォレスト系列のケアセンターで働く斯波らが交互に語る形で事件は進んでいく。三者三様
それぞれの立場や考え方が異なるところが良かった。人は善性を持ち正しくあるべきという正義感あふれる大友に、そんなものは
偽善で制度が抜けがあれば悪事を働くのが人間という佐久間、理想論だけではやれない現場を知る斯波。介護における現場の
実態や制度の問題を描くと同時に、一筋縄ではいかない介護問題を感じられる。高齢化問題が語られて久しい日本社会なので
実際に介護していなくても身につまされる。そんな社会派な側面を持ちつつもミステリなのである。死刑判決を受けた犯人が
どのような過程で捕まったのかという点がデータを使ったあまり見ない手法だし、また犯人の正体は?という点でも魅せる
構造になっている。飛びぬけてはいないけど、問題提起でもあり娯楽としても面白い。スキのない小説と言えそう。
正義と、罪悪感と、法律、人間の心の戦いを形にした一冊だ。13年に出版されている本書から10年近く経ったが
以前のほうがマシだった…の繰り返しになっていないだろうか。インパク知(7・7)
 「絶叫」 葉真中顕 ★★★☆
---光文社・14年---

マンションの一室で見つかった白骨死体・鈴木陽子。弟を溺愛し自分には興味のない母のもとに生まれ、バブル崩壊で
父は失踪し一家離散。一度目の結婚に失敗し、保険のセールスで契約のため問題を起こした陽子はデリヘルへ。
そして家にはDV男。泥沼に陥る陽子は、さらに貧困ビジネスを行う集団と会い、さらなる犯罪へ足を踏み入れる。

陽子の半生を描いた犯罪小説である。序盤から描かれている陽子はいたって平凡だ。普通の家庭に生まれて
初恋をして、都会に憧れて…。でも少しずつ問題は降りかかってくる。母親の精神的虐待だったり、弟の事故死であったりと
起こるんだけど、まだ黒い闇に浸かっているわけではない。一つずつは決して人生を狂わすほどの不幸ではないし
陽子が平凡に描かれているがゆえに、身近に感じられる展開である。しかしそんな不幸が重なって重なってどんどん歯車が
狂っていく陽子。結婚相手に裏切られたり、保険のセールスの仕事でうまくいっていたのに成績のため自爆、社内不倫…
あたりから急にヤバイ人間になっていった感じだったなぁ。なぜにその選択をするかなぁと首をかしげるほどの転落だ。
本書は社会問題が多く取り入れられているのも特徴だった。貧困ビジネスであったり、契約を取るためにできることは
マズいこともやれよと言外に匂わせてくる企業であったり、親子の関係であったり、あと同居することになったDV男は
ネット掲示板にはりついて嫌韓だとかに洗脳されちゃってる。とまぁいろいろてんこもりだったけど、全体的に愛情の希薄さが
漂ってて重くてうす暗い雰囲気の小説である。「絶叫」って何なんだろう?とずっとわからなかったがラストシーンのやつかな。
落ちるとこまで落ちた陽子がその先で叫んだこととは…強烈なシーンであった。文庫で600ページほどあって、インパクトある
物語で面白いんだけどいまいちのめり込めなかったのはちょっと「絵に描いたような」点が多かったせいか。絵に描いたような
DV男、悪党、不倫上司、母親、過激すぎるというか極端というかせめてもう少し人間らしくあってよ…。インパク知(6・6)
 「凍てつく太陽」 葉真中顕 ★★★★★
---幻冬舎・18年、大藪春彦賞、日本推理作家協会賞---

序章→北海道の室蘭。日崎八尋は大東亜鉄鋼の工場が所有する貯炭場で、皇国臣民化した朝鮮民族ら人夫らと
ともに働く。きつい力仕事に夜は凍えるタコ部屋に押し込まれる。かつてこのタコ部屋から逃亡した者がいた。八尋の目的は
その真相を探ること…八尋の正体は特高課の刑事であり潜入であった。その後警察へと戻った八尋だったがかつて関わった
大東亜鉄鋼の関係者が毒殺される事件が相次ぎ、アイヌ出身の自分を嫌う「拷問王」御影刑事らとともに捜査に加わる。

おもしろーいっ。序章でもう引き込まれる展開。わりと長めの本だけど(文庫で約P650)一気に読んでしまった。
アイヌ出身の八尋や一緒に働いた朝鮮出身者らが、大日本帝国という国家にどのように翻弄されてるかや、特高警察による
治安維持など第二次大戦中の世相が伝わる硬派な雰囲気を持っている。だがお堅い小説かというとそうでもなくエンタメに
特価している派手さも兼ね備えている。潜入捜査、脱走、スパイ、軍事機密、正体不明の犯人。そして自分を目の敵にしてくる
嫌な刑事「拷問王」三影やかつて騙したヨンチュンとの友情など、もうたまらん。三影もただの鬼畜じゃないんだよなぁ。
亡き兄の家族を養ってたり幼少期の問題で屈折してるけど、男としてのプライドもあるんだよね。退場の仕方も含めて
いい味出してる登場人物であった。物語は二転三転する展開で、拷問されたりハメられて刑務所行きになったりするけれど、
八尋は堕ちても堕ちても這い上がるダイハードな不屈の精神を持っている。アイヌだとか朝鮮だとか国家なんて服みたいな
もんだよって自分が正しいことをするだけっていう痛快さもある。正しいことが行われない戦中の厳しさや北海道の過酷な
自然を肌で感じ続けて、ずっと寒くて厳しいんだけども爽快な物語といって良いだろうね。八尋の家族や育った
アイヌの村、潜入捜査で知り合った者ら、かつて関わった登場人物が最後まで意味があって八尋の大冒険に絡んでくるのも
気持ちいい。すべてが一つの結末のタイミングに向かってるような都合良さは娯楽作というスタンスなので気にもならない。
硬派な社会派になりそうな背景で、ここまでド派手な娯楽作品に仕上げた作者に感服。バカパク(9・10)
 「灼熱」 葉真中顕 ★★★★★
---新潮社・21年---

1934年幼くして移民としてブラジルへ渡った比嘉勇ら家族、一旗揚げて帰国するのだという夢を持ち田舎の弥栄村という入植地で
生活を始めた。村で農園を成功させた南雲家のトキオという親友もでき絆を深めていく。やがて世界大戦が始まり、日系人の間で
亀裂が生まれる。戦争相手に商売をしている者は国賊だと襲撃を受ける事態が起こっていた。南雲家も標的となりトキオは、村から
離れ都会へ移り住むこととなる。さらに玉音放送により亀裂は決定的となった。日本が勝利したと信じて疑わない者達と、敗戦を
受け入れた者達、日本人は二つに分断され対立した。親友だったはずの勇とトキオも反対の立場にいた。

ブラジルに渡った人が多かったのは知っているけれど、大戦の後に戦勝派(信念派)と認識派(敗希派)に分かれてしまって
憎み合いぶつかりあったのだという事実は知らなかった。ブラジルに生きた日本人をドラマで持って感じさせてくれる本書は
勉強になると同時に感動が味わえて素晴らしかった。希望を持ってブラジルへ来た日本人が、日本の情報もないなかで
毎日土と格闘していた苦労や喜びが丹念に描かれた前半は、ブラジルの生活や空気感、熱気が感じられるうまさ。
村での運動会や柔道で競い合ったり、恋があったり嫁を取ったり、成功した家へのやっかみの感情、リアルに想像してしまう。
そして分断が始まる後半、情報が少ない中で自分が信じているもの以外を排除しようとする盲目的に突き動かされるのが
恐ろしい。同じ写真を見ても違う解釈、諭そうとしても騙そうとしていると思われるのだ。勇とトキオは友情を失ったわけでは
ないのに、お互いに「どうしてわからないんだ!」と思っているのが切ない。同じ村で育った者達、どちらも良いやつなのに…
まったく相容れない。一体どう物語が終わってしまうのか、先が怖いような展開であった。…という感じで途中までは
情報操作の恐ろしさや自分と意見を異にする相手への対立など、現代に通じる分断を描くという帯の通りの内容であって
読み応えのある硬派で社会派の小説だなぁと思っていたんだけれども、終盤にさらに加速して楽しませてくれるのである。
実はミステリ手法も交えた謎解きっぽい面白さも兼ね備えていた。マジかぁぁ、時折はさまれる老婆との会話や、両者が
相まみえるラストでそんな展開があるとは…。そして勇とトキオ、分かたれた二人のドラマの結末は読んでいただきたいけれども
本当に胸に迫る終わり方であった。二人の姿は記憶に残るだろう。本書を通じてブラジルの空の下に生きた日本人の姿に思いを
馳せることができた。「勝ち負け抗争」について知れた。「おもしろかった」というより「読んで良かった」という感想が先に
出てくるほど小説の力を感じた。エンタメ度は「凍てつく太陽」に軍配だけど、胸に迫るのは本書だね。オススメ。バカシブ(9・10)
 「イノセント・デイズ」 早見和真 ★★★★+
---新潮社・14年、日本推理作家協会賞---

死刑囚・田中幸乃、三十歳。元彼のアパートに放火し、元彼の妻と子供たちを死へ追いやった彼女は整形シンデレラと呼ばれ
頭のおかしいストーカーとして報道された。いかにも、な犯罪者。彼女は判決後に傍聴席の誰かに向けて笑みを浮かべた。
しかし彼女は死刑判決後も控訴していなかった。彼女はなぜ孤独に、死を待つだけなのか。幼なじみ、一緒に住んでいた
義理の姉、学生時代の友人、元彼の友人、刑務官らの目から彼女の半生が描かれる。

つらい…。幸乃自身が語り手となっているわけではないのに、周りから見る姿だけでも読んでいてつらくなってしまう。
いかにもな死刑囚の転落人生…と報道ならまとめるだろう。けど、幸乃は幼少の頃から狂っていたわけではない。
幸乃は普通の女の子であり家族からも友人からも愛されていた。ただ不幸があって噂があって、少しずつ歯車が狂っていく。
DVや別離などの体験はあるが、凄絶という程ではないのかもしれない。でもこうした裏切りや諦めなどの体験が、徐々に幸乃の
自己肯定感が奪っていく。そしてこんな自分でも必要としてくれる人への執着が出てしまう。自己否定と受け身の幸乃の
「負の力」に飲み込まれてしまいそうな鬱々とした本書である。後半に、幸乃の力になろうとする幼なじみ達が活躍?するのだが
幸乃の孤独に届きそうで届かなくてもどかしい。読者としても幸乃に届けと願ってしまう。文庫の解説にもあったけれど
本書の肝はやはりエピローグに向かうあたりであろう。死刑を控えた中、幸乃を助けよう、救いを与えようと考える周囲の「正」と
幸乃の孤独「負」の戦いに息を吞んだ。本書は推理作家協会賞を受賞しているけどもミステリという意識で読まなくて良い。
動機が何であろうと、真実が何であろうと読者はあまり興味は湧かないだろう。それに田中幸乃自身がそんなことに興味が
ないのだから。わかりたい彼女の心は最後までわからない。読者はただ彼女の半生に思いを馳せてエピローグの
戦いを静かに見守るだけなのだ。幸乃、お前は逃げ切るつもりなのか、と。違う結末も用意できたと思うが、読後も
ため息ついて思い出してしまうような本書の結末だからこそ凄味があったと思う。シブパク(9・7)
 ザ・ロイヤルファミリー」 早見和真 ★★★★☆
---新潮社・19年、山本周五郎賞---

派遣会社を運営するロイヤル社の社長・山王耕造のマネージャーに就いた栗須栄治は、馬主でもあった山王と一緒に
競走馬を購入・育成して見守っていく。所有馬がなかなか結果が出せず競馬ファンから揶揄されることもある社長は、
縁あって栗須の元恋人の牧場が育てた馬を購入する。その気性の荒い「ロイヤルホープ」が頭角を現していった。
社長に馬主としての栄光をーー、栗須と社長、調教師・ジョッキーらチームの思いを乗せて「希望」は大外を駆け上がる。

おもしろいー!競馬の魅力を馬主側から読ませてくれる本書である。手に汗握る競馬のスリルももちろん味わえるけれど
所有馬に様々な思いが乗っているというのが感じられて熱い小説だ。馬を一頭所有するだけでも大変なことのようだが
牧場や調教や家族、いろんな思いを乗せているのだなぁ。本書の主人公・栗須は豪胆でワガママで素直じゃないけれど
人情味がある社長のことがすごくほっとけなくて、何だかんだ好きで社長を何とかG1オーナーにしたい思いがまた熱い。
本書は縁あって購入した馬がどんどん勝ち上がっていく夢物語のような出世譚として楽しめるけれども、競馬の魅力と
同じように親から子へ受け継がれていく物語としても描かれていて、「第一部」と「第二部」が大きく分かれているのだ。
「第一部」が山王耕造とロイヤルホープの物語、一部だけでもめちゃくちゃ面白く、これだけでいいエンディングだったなぁと
終われる内容なのだが、「第二部」はまた山王の子供とホープの子供ロイヤルファミリーの話なのだ。競馬は血筋が
重視されるものだが、本書もまさに次の世代への継承だった。社長の子供も面倒臭いやつなので、栗須的には
うんざりしていたけれども、馬も人間も子供は親を越えていかなきゃいけないという前向きな熱量が良かった。
関係者全員が活躍・出世しているので夢物語的すぎるのが気になるけど、面白さを前面に出した小説ならではの
一級品の娯楽作だ。本書のハイライトはホープにもファミリーにも訪れた大舞台でのライバルとの最後の勝負の場面だろう。
手に汗握るそのレースの意外な結果もさることながら、結果の明かし方がおもしろい。どっちが勝ったんだ?というところで
描写が途切れ、最後に競走馬の戦績として一ページで紹介されている。だから先に見ちゃいけない。バカパク(10・8)
 「店長がバカすぎて」 早見和真 ★★★★☆
---角川春樹事務所・21年---

今日も空気の読めない店長が自己啓発本を手に訳の分からないことを朝礼で話している。書店の契約社員・谷原京子は
イライラしながら聞いていた。多忙で薄給、クレームをつける常連客、社長に作家に店長に…「もう辞めてやる!」と何度も
思うが、本が好きで働いている京子は、自分を理解できる人が一人いるだけでやっていけるんだなぁ…と思いまた働く。

おもしろい。ユーモア満載で抱腹絶倒のお仕事小説である。書店員に限らず、世の中の仕事をしている人の「わかるわかる」が
溢れているのではないだろうか。京子はベテランの域の契約社員で、上には店長がいて下には若いバイトの子がいる。
それぞれの個性に合わせて対応しなくちゃいけなくて「面倒臭いなぁ」という感じもよくわかるし、出版社のおそらく高給取りの
営業と自分の待遇を比較してやっかんだり、どこか身に覚えのあることばかり。それを主人公・谷原京子が毒のある言葉で
つづっているのが笑えて仕方ない。時に「おい、このクソ店長…」とキレる始末である(笑) もう辞めるもう辞めると心で叫ぶ
京子だけど本当はこの仕事が好きで、理解のある憧れの先輩や慕ってくれるようになった後輩だったりお客さんだったり
楽しい側面もリアルに描かれるのが絶妙だ。クレームのお客さんもただただズレている店長も現実にいたら嫌だが
他人事だとたまらなく面白い。とにかく朝礼だけで人を脱力させる店長の腕は脱帽である。ぶっ飛びすぎててマジヤバい奴だが
ネタとしては最高だし、現実に職場にネタ的な人っているよな。自分もお山の大将的な中間に位置している人間だから
こんな店長みたく思われないようにしないと(汗)…と思った。いや、逆にネタとして啓発本を片手に部下をフルネームで呼んで
理解ある店長を気取ろうかな。本書はコメディであるが、一応ミステリーの側面もあるので京子とどこかでつながりが
あるらしい覆面作家の正体であったり実家の料理屋に現れる主婦など謎が散りばめられているが、読んでる限り
ただのコメディであるのであまり気にしなくて良いと思う。けど終盤の「まさか!」の展開があって急にミステリの面白さ。
ただあまりハッキリしない点を残して終わっているので残念。続編があるそうなのでそちらで明かすんだろう。バカパク(10・9)
「ぼくと未来屋の夏」 はやみねかおる ★★★☆
---講談社・03年---

『未来を知りたくないかい?』夏休み前にぼくは自称・未来屋の猫柳という青年に会った。
なぜか家に居候することになった猫柳青年と一緒に過ごすことになった夏休み、ぼくは
町に伝わる「人喰い校舎」や「神隠しの森」などの謎を考える。猫柳の助けを借りて…。

子供向けに書かれた講談社ミステリーランドの一つ。子供が主人公であることがとても
生きてますね。嘘臭くないというか、本当に子供らしい。謎の解答を自分で考え「これに違いない!」
と目を輝かせたり、プチ小説を書いて「これならメフィスト賞もいける!」って興奮したりする様子が
子供らしくて一緒にワクワクするような気分。夏休みの宿題に鬱々とするのも思い出すなぁ。
子供の目線をかなり上手に書いているんじゃないでしょうか。うっとうしいようで楽しんでもいる
猫柳青年とぼくの関係も面白かったし、ミステリーとその解答にしても複雑すぎず単純すぎず
よくできてましたね。…ん?えぇえぇ、どうせ私にゃわかりませんでしたよ(チェッ)。

 「楽園のカンヴァス」 原田マハ ★★★★☆
---新潮社・12年、山本周五郎賞---

NY近代美術館キュレーターの上司トムと一字違いでティムの元に来た手紙、そこにはアンリ・ルソーの名作を所有している
人物からの調査依頼が書かれていた。トムのふりしてスイスへ飛んだティムだが、そこには気鋭の研究者・早川織絵も呼ばれていた。
NY近代美術館にあるはずのルソーの「夢」に酷似した絵画、これは一体何なのか見極めてほしい…負けられない依頼、
しかし真贋判定の方法は、ルソーについて描かれた七章からなる物語を一日ずつ読み進めるという奇妙なものだった。

めっちゃおもしろ~い。と言っても謎解きミステリーとしてではない。美術ミステリとして面白いのだ。ティムや織絵とともに
ルソーの物語を読みながら、世間から評価されなかったルソーについて知ることができ、ルソーを評価していたピカソが登場して
新たな謎が「夢」にあるということを知る。美術の面白さを楽しめるのである。「夢」に似た絵、そもそもこの絵が何なのかということや
ルソーの物語は誰が書いたのか…といった謎が引っ張る。「夢」もしくはそれに酷似した絵、その下にピカソの絵が眠っているのでは
ないかという壮大なテーマ。美術に興味がなかったのでどこまで史実で、どこからまったくの新説・創作なのかわからないが
それでも十分にワクワクした。登場人物のルソーに対する熱意が移った感じだ。物語に描かれるルソーが、世間から酷評されても
気づかなくて若い人妻に熱中するような、結構かわいそうな…イタイ人物像だったので、何だかいたたまれない感じだったけれど
これも史実として残っていることなのかしらん。一つの絵画の奥にいろんなストーリーがあると思うとまた違って見えますね。
真贋判定の当日、絵画の行く末を決定するクライマックスがちゃんとありますので小説としても面白かった。満足やわぁ。

むしろこの小説は謎解きミステリっぽい部分が余計だったなぁ。いるはずのない人物がスイスにいたり、物語の各章についてる
アルファベットとかさ。はっきり回収しない部分もあるし、そんな意外性はいらないわ。インパク知(5・10)という感じでしょうか。
「蟲」 坂東眞砂子 ★★★
---角川ホラー文庫・94年---

夫が古い石の器を持ち帰ってから、妻のめぐみは虫送りという儀式の夢など奇妙なものを
見始める。ついには夫から虫が這い出るのを見た。めぐみは虫に怯え混乱する。

夫が変わっていくことや変なものを見る自分にどんどん不安になる女性が一人称で描かれます。
むむぅ、怖いというより気持ち悪いな、虫嫌いだし。古代の信仰を交えて日本人の心の怖さを引っぱり
だそうとしていますが、心理描写や世界の見せ方は「死国」の方が良かったかなぁと思う。
それに釈然としない終わり方のような…結局奥さんが狂っちゃっただけ?それとも?

「死国」 坂東眞砂子 ★★★★
---マガジンハウス・93年---

矢狗村に二十年ぶりに戻った比奈子は、幼少の頃の親友が死んでいることを知らされた。
そして親友の母は八十八霊場を年の数だけ逆回りする逆打ちを行い、娘を蘇らせようとしていた。

ホラーというより不気味な世界を覗いた感じでした。黄泉の国から死者が…神の谷には死者の魂が…
八十八ヶ所霊場巡りなど独特の世界です。現実に通じる異世界を味わえる感じか。日本人の心に潜む
恐怖感を古代信仰を交えて呼び覚ます。解説の言葉を借りると「土俗的感性を喚起」されます。
四国が死国と触れたとき、心に潜みし者は姿を現す…というホラー。会話文より描写文が多いかな。
田舎の方言や風景描写が世界観を引き立てます。SFというイメージではなく、日本ホラーという感じだ。

「山妣」 坂東眞砂子 ★★★★+
---新潮社・96年、直木賞---

第一部。雪深い越後で奉納芝居のために旅芸人が招かれた。両性具有の役者と家の
嫁が密通し…。第二部。遊女として暮らす女はある時、お金を持ち出して逃亡する。しかし途中で
男に裏切られ人も殺してしまう。女はマタギと出会い、その後は一人で山で暮らすこととなる。
第三部。芸人・山妣・村人…それぞれの愛憎が雪山を舞台に悲劇を呼ぶ。

(作中で会話文に使われる方言っぽく感想を。「っぽく」してるだけで使い方が正しいかは微妙)
長がった。ながなが進まなかったがんだ。片仮名が全く使われねえし、普段はあまり使わねえ漢字も多ぐ
使われてるすけえ、ページ数以上に時間が掛がったがんだ。しがしほとんど昔の越後の方言使っでて生活や
風景もこと細かに描写されるがんだが、これが濃密だったこたいさ。凄味がある。作者はそこに住んでだこと
あるんでねえかってくれえうめえがんだ。おら圧倒されたんだいね。この暮らしに比べりゃ、現代に生きる
ごとがいかに幸福かを感じずにはいられねかったがんだ。第二部の山妣になった女というのも非常に
読みごたえがあった。読みづれえだけじゃ投げ出してだがもしんねえけども、山妣や両性具有の芸人や
村人達の心情も細かく書いてるすけえ、やめらんねがったべ。意外なところで繋がりがあって、多くを
巻き込んで動き出す悲惨な愛憎劇の第三部も良かったがんだ。凄絶で迫り来るドラマだったがんだ。
とにかく全てに圧倒されたんだいね。人間がちっぽけに思える雪山、小作人として働き続ける将来が
見えていで心が揺らぐけれども受容しで生きる強さ、今も目を閉じると雪国で必死で生ぎる幼子や
雪山の岩の隙間にいる山妣の姿が浮かんでくるくれえだ。人間社会が地獄だが極楽だがわからん気分に
なったんだんし。もう少し読みやすいほうが良かったがんだが、ページに比べ展開が少なぐなるのは
越後風俗を濃密に書く代償だろうのんし仕方ないがんだ、きっと。ただパラパラ読みには不向ぎだな。

「道祖土家の猿嫁」 坂東眞砂子 ★★★☆
---講談社・00年---

土佐にある名家、道祖土家に嫁入りした猿顔の蕗。政治や戦争、家族内での軋轢などで道祖土家は
揺れるが蕗はこの家で過ごしてきた。舅姑、子や孫、道祖土家の家族達が蕗を中心として描かれる。
蕗が生きた人生と道祖土家、時代ごとに変容する人間の有り様を映し出した壮大な物語。

相変わらず濃密な物語を書きなさる。土佐に生きた者達の息吹を感じるほどである。何がこんなに
生々しく感じさせるかと言うと、便意など人間の生理現象や性衝動がさりげなく登場する所の上手さだろう。
他にも「貧乏の種は断たにゃ」と嘯いて結婚もせずに小作人として生涯を終える啓助のような平凡な人間を
描ききる上手さ。本当は結婚がしたかったのだが、貧乏なためなりたがる相手がいなかった偏屈な啓助、
生涯作男という人生の悲壮を現実味を持って伝えてくるのである。大変研究をしていることが伝わるし
風俗小説としては一級品だと思う。しかし娯楽面、人間ドラマとしては地味に感じた。リアルなのだが
それだけでは退屈なのかもしれない。蕗と道祖土家を百年分描いてリアルなのだが、「山妣」に比べれば
普通すぎる生涯だったからだろう。作中の白い猿云々の噂もよくわからぬままであった。
「ある閉ざされた雪の山荘で」 東野圭吾 ★★★☆
---講談社ノベルス・92年---

演劇のオーディションで合格した七人がペンションに集められた。そこに演出家からの指示が届く。
ここを雪で閉ざされた山荘と想定し劇を演じろというのだ。外部と連絡したものは不合格という条件で。
そして夜、仲間が一人消えた。殺害方法のメモと共に…。戸惑いながらも劇は続いていくのだった。

本格ミステリとして手垢のついた設定を用いて、ちょっと捻りを利かせた展開を見せた本書。
実際は孤立してない山荘で、実際に殺人が起こっているのか確かめられない変な怖さがある。
「誰が犯人なのか」という通常の疑問に加えて「これ本当?」という疑問がついてまわるのだ。
真相にしても単なる犯人当てではなく、一つ大きな秘密に気づかなくてはならない趣向になっている。
その秘密は初読の人でも気づくかもしれないけどね。何だろうこれ?って思ったもんなぁ。
本格好きとしてはベタな設定を利用した新しいパターンの提示といった意味で読んでおくのも
いいかもしれない。ベタな設定を用いたせいか登場人物は類型的な感じであまり怖くないのが残念。
主役に近い久我も、ホントに殺人が起こってる可能性もあるにしてはイヤに冷静でしかも嫌なやつである
意味がよくわからないし。今回は再読してみたけれど、やはりあの仕掛けは覚えていたが意外と
細かい部分は忘れていたので楽しめた。まぁまぁのバカパク(6・6)
「悪意」 東野圭吾 ★★★★
---双葉社・96年---

人気作家・日高邦彦が殺害された。事件を調べる刑事・加賀恭一郎は犯人の目星をつけ
逮捕に至った。しかし動機だけはわからない。なぜ殺したのか、加賀刑事は調べ続けた。

日高の幼なじみの児童文学作家の手記と加賀刑事の記録が交互に描かれ事件を推理していきます。
それほど複雑な構成ではありませんが、刑事と犯人の駆け引きがうまく描かれていました。
動機、そして殺させた悪意はどこから生まれたのか。余韻が残った作品でした。

「名探偵の掟」 東野圭吾 ★★★☆
---講談社・96年、このミス3位、文春8位---

13編の短編集。「名探偵」の天下一大五郎、そしてミステリーのお約束「見当はずれな
推理を振り回す刑事役」大河原警部、この二人が遭遇するミステリな事件達。閉ざされた孤島に
密室、切断死体に叙述トリック、お約束と読者の顔色を窺いつつも二人は事件に挑む。

ミステリに出てくる様々な定番、しかし謎解きを楽しむのではなく定番の滑稽さを楽しむものですね。
例えば密室の場合『密室の謎は後回しでもいい。犯人を捕まえてから聞き出せばいい』と
他の登場人物に言われ、孤島ものでは『なんでこんな場所を選ぶんだろうな』とボヤく。
通常なら不自然と思えるミステリの暗黙の了解を素直に変だなと言ってしまうおかしみがありました。
登場人物も演技していて死体が出てきてもどこかあっけらかん。警部と探偵も普段はお決まりのセリフを
嫌々言っているんですが、たまに『これで読者が納得するのか』とか『これはたぶん例のパターンだな』
とか舞台裏のように小声で喋ってて笑えます。日頃おかしいと思う部分を一緒に笑ってやりましょう小説。
ミステリのいろんなタイプが書かれ、作者もオチをつけてますが謎解きではないので記述が
あっさりしてて中盤やや飽きかけましたが、全体通して結構楽しかった一冊です。推理ファン向き?
「秘密」 東野圭吾 ★★★★★
---文藝春秋・98年、日本推理作家協会賞、このミス9位、文春3位---

平介の妻と娘が事故にあった。命をとりとめた娘、しかしそこには妻の意識が宿っていた。
本当に妻なのだろうか?娘はどうなったのだろうか?困惑のまま二人は生活を始めた。
やがて妻は娘としての生活も始めることにする。

うわ~~、読後の胸にこみ上げるものは何でしょうね。切なくて悲しいような。平介に感情移入できるほど
グッとくるんでしょうね。秘密の意味を知った時にガツンと来てしまいました。ミステリ&エンタメ好きには
お薦めだ。既婚のオジサマがたに読んでほしい一作だな。女性がどう読むのかも気になるところだ。

「私が彼を殺した」 東野圭吾 ★★★★
---講談社・99年---

結婚前の男の家で服毒自殺を計った女性、男は関わりを避けようと動く。そんな中殺人が…。
女性の持つ毒入りカプセルがどう動き誰の手にあるのか、誰が殺したのか。
容疑者は三人、それぞれの思惑が交錯する中、加賀刑事が真相に迫る。

単純明快、犯人はだ~れ?です。パズルの要素がすごく強いです。読者に情報が与えられ
加賀刑事が「犯人はあなたです」って言って終わり。犯人誰か見せないんです。袋とじの「推理の
手引き」を見て自分で考えろってかい?いろいろサイトを見た結果大半の人と同じだったので
ホッとしました。あなたはどうかな?ちなみにメフィスト掲載時とノベルス版、犯人変わったそうです
手引き二回読んでようやく気づいた。「解いてやる!」と犯人当てに燃える人にオススメの一冊。
容疑者三人の一人称がコロコロ変わって読者を飽きさせませんよ。

未読の人絶っっ対ダメ→
あるものに残っていた不可解な指紋。ピルケースについた前妻の指紋で
良いでしょう。…でピルケースが入れ替わったんなら雪笹・西口両人の指紋もないことになり、
警察がおかしいと思うだろう、という意見もありましたが、物を持ったからって指紋がつくとは
限りませんね。だからこそ加賀刑事はついてない奇怪さよりもついているはずのない奇怪さに
着目したんですよ(たぶんね)。神林兄がコーヒーラウンジで瓶に一粒入れたって?身元不明の指紋が
出てることは事実なのでそれについて説明できなくなるし…。一番しっくりくる答えは次→
ピルケースは穂高が前妻とペアで購入、前妻の思い出の品は駿河のマンション、ボーイにピルケースを
渡す前駿河は一度ポケットへ。要するにピルケースは二つありなおかつすりかえるチャンスがある彼が犯人。
いろんなサイトの方ありがとうございます、参考にしました(笑)


「白夜行」 東野圭吾 ★★★★
---集英社・99年、このミス2位、文春1位---

大阪で起きた殺人事件、犯人が特定できなかったこの事件の関係者の子供二人。それぞれの
道を進む彼らだが、二人の周囲では絶えず誰かが不幸になっていた。不幸の根源は誰なのか…
二十年あまりに亘り二人は白夜を進む、誰にも嗅ぎつけられることなく…。一人の刑事を除いては。

前回はミステリを期待して読みイマイチでしたが、はなから違うと思って読めば良質の本だと思う。
亮司と雪穂という二人を中心に物語が進行し、数々の事件や不幸が彼らの周りには生まれていく。
でもそれが彼らの仕業なのか、疑惑は現れても根拠は現れない。それどころか亮司と雪穂は
まるで関係の無い人生を歩んでいる。物語中彼らの関係性は仄めかされるだけで描かれることはない。
気持ち悪さを継続したままなのである。黒に際限無く近いグレー。黒の片鱗だけをちらりと発揮し、
自分に有利に他を排除し取り込んでいく恐ろしさとしたたかさが巧妙で精緻で不気味極まりなかった。
特に素知らぬお嬢様然とした顔で周りを灰色に染めていく雪穂は恐ろしい…。しかし彼らがわずかな
光を頼りに暗闇を歩くことになった事件の真相が明かされた時に、冷徹な彼らの後ろ姿に初めて悲哀が
感じられた。それは悲しいグレーであった。すべての時間と人間が精確に繋がりあった物語の太さと
二十年に亘る白夜行の大きさが胸に迫ってきた。…ラストの雪穂はもう褒めるしかない。強すぎるわ。
振り返ってほしかったけどな。雪穂にとって亮司は白夜における薄明かりだったはずだから。
好みで言えば重松清「疾走」の絶句するほどの暗黒が良いが、本書のしたたかな灰色もありか。

「トキオ」 東野圭吾 ★★★
---講談社・02年、このミス19位---

 話は病室から。病に臥せる息子を看取る夫婦がいる、息子の父は過去の事を妻に
打ち明け始めた。それは自分が若かった頃、息子に会ったというものだった。
で、話の中心は若い頃が中心になっています。

 感動的な場面もありましたが全体を振り返るともう一つかな?と感じました。
感動「させられてる」感が強かったように思います。素直な人にオススメの一冊。
同じSFミステリーでも「秘密」には及ばないと思います。

「ゲームの名は誘拐」 東野圭吾 ★★★
---光文社・02年---

日星自動車からの企画を担当する佐久間だったが、突然先方から外すように言われてしまう。
怒った佐久間は勢いで副社長宅へ向かうと、副社長宅の塀を乗り越え少女が出てきた。話を聞くと
副社長家の娘だと言う。佐久間は誘拐を思いつき少女に持ちかけた。「ゲームをやってみないか?」

ゲームで誘拐をやってしまう全く好きになれない男が主人公。会話文も多くポンポン誘拐劇が進んでいく
本書はまさにゲーム。被害者側の記述がないことも相俟って緊迫感の希薄さが目立つ。推理小説の
論理の遊戯性のみが全面に感じられる小説。しかしあまりに感情と緊迫感を廃しすぎていまひとつ。
誘拐劇の面白さってスリルだもんねぇ。テンポよく進む誘拐劇に警戒する読者に対する驚きは
用意されているし伏線もしっかり処理している。上手く作られてるなぁと思ったのだが…記憶に残る
驚きや感動がある作品ではない。ミステリ好きなら読んで損はしないだろうが軽く読めてあっさり。
「普通に上手いんじゃない?」としか言えない。主人公のせいか最後まで嫌な感じのする話。
「手紙」 東野圭吾 ★★★★☆
---毎日新聞社・03年---

泥棒に入った家で老婦人を殺害してしまい、刑に服することになった兄を持つ直貴だったが
強盗殺人犯の弟ということで、進学・仕事・夢・恋愛など様々な面で苦労を強いられることになる。
兄は弟の成長を楽しみに手紙を綴りながら刑に服す。しかし直貴は兄を煩わしく思い返事は滞る。

先に読んだ薬丸岳「天使のナイフ」は被害者側であったが本書は加害者側、被害者の憤りは
最もであり、罰を受けて更生することが最重要である。もちろん悪いのは加害者であるという
前提ながら普通に暮らしていた加害者の家族が辛い目に遭うのは当然の罰なのであろうか。
読んでいて身につまされる思いであった。と言っても露骨に差別される物語ではなく、皆が気を
遣ってくれるのである。でもそれがやんわりとキズをつけていく。お前は悪くない、でも自分と
自分の家族と深く関わってほしくはない、ということを遠回しに伝えられる状況が多かった。
本書の素晴らしいのはそうした物語を通して「罰を受けるってどういうことなんだろう」と考えさせて
くれるところだ。遠回しに差別する人を否定もしていない、主人公を否定もしない、どういう風に
折り合いをつけるのかを追求している。諦めたり憎んだりを繰り返す直貴だが、長い闘いの中で
一つの決断を下す、そしてそれは獄中の兄にも何かを気づかせるものだった。一つの答えを出すに
至るまでの行程が見事。そして最後の手紙、そして最後の場面は読んででも堪えてきた感情が
溢れるようだった。先の「天使のナイフ」は変にミステリらしく複雑な事件を絡めて味が薄れたが
本書は最後まで姿勢を崩さなかった。小説ってこうなんだよな、と思わせてくれた。シブ知(9・9)!
「容疑者Xの献身」 東野圭吾 ★★★★
---文藝春秋・05年、このミス1位、文春1位---

靖子と美里の母娘の元に別れた夫がやってきた。縁を切ったつもりの靖子は現れた前夫を追い返したい
のだが、揉め事になっている最中に殺してしまう…。呆然となる母娘、そこへ次に現れたのは隣人の石神
だった。靖子に想いを寄せる石神は事態を察知し、母娘が逮捕されぬように工作をすることにした。

本書は数学教師・石神と、旧友の探偵役の湯川による対決のミステリーと単純に言えばそうなる。
犯人がわかっている倒述スタイルであって、捜査を進める警察側と犯人側に位置する石神との静かな
攻防で進むのだけど、そこに存在する「なぜ石神の考えた工作を警察は看破できないのか」という謎が
大きく読者の頭を捻らせる風にできている。さらには謎を引っぱるミステリーであると同時に、石神と
靖子と靖子の親しい男性との関係性による揺れる心理で読ませるところが著者らしい。犯罪を隠してまで
想ってても所詮隣人の石神は寂しいなぁと思い、ちょっと幸せになろうかなと考えた靖子ってどうなんだと
思ったかな~。しかしそんな揺れる心理とアリバイの大きな謎を一つの解答でズバッとまとめあげたのは
驚いた。その解答は新しいわけではないのに盲点をつく見事さだ。大きな感動、純愛小説…とまでは
思わんかったけども、良いミステリーはシンプルで美しい形をしているなと思えた。オススメだ。
「赤い指」 東野圭吾 ★★★★☆
---講談社・06年、このミス9位、文春4位---

妻からの電話を受けて帰宅した前原が見たのは少女の死体だった。どうやら息子の直己が
やったらしい。母には気づかれていない。前原夫婦は口論の末、死体を捨てることにしたが
加賀刑事を含む警察の捜査がすぐに迫ってくる。焦る前原夫婦はとんでもない案を思いつく。

東野圭吾って優れた書き手なんだけど無機質っていうか人情味に欠けるとこがたまにあって
物足りないなぁと思うことがあったが、本書にそんな心配はいらなかった。大罪を隠蔽しようという
根性は人間らしからぬ夫婦であるが、ボケかけている母親と、世話をするつもりのない妻と
何を考えてるかわからない息子の間で疲れている夫には「家族」というテーマが見える。
勝手な妻と、そんな妻に強く言えない夫がちょっとリアルで良い意味でウンザリさせられる。
最悪の考えを実行に移す暗い物語が続くが、事件を解決するために加賀刑事は、前原の
薄れ掛けていた「情」を引き出そうとする。その駆け引きにしびれた。一番の見せ所だったと思う。
事件に隠された真実とともにあまり感じられなかった家族の情を引き出していた。読んでいても
少し救われたような思いがした。前原家と並行して、加賀親子の物語も語られる。死に直面している
父親の面会に行かない加賀を甥の松宮刑事は薄情だと思っているのだけど…こちらの
エンディングも格別だった。ちょうどいい長さで緊迫感が持続していて読みやすさも良かった。
「聖女の救済」 東野圭吾 ★★★★
---文藝春秋・08年、文春5位---

子供ができぬ妻に離婚を伝えた夫が毒殺された。しかしその時妻は遠く離れた場所にいた。
内海の直感は妻を示している。しかし…どうやっても毒物を特定の相手に飲ませることは難しい。
内海の相談を受けた湯川の言う「理論的にはあり得るが、現実的にあり得ない」答えとは?

ドラマ化で大人気となったガリレオシリーズだ。えらく淡白に進むので味気なかったがドラマの
配役がそのまま頭に浮かぶので結構楽しく読めた。こういうのって得ですね。それを踏まえた遊びの
シーンもありました。内海刑事が福山の音楽を聴く、なんてシーンが。…と、ドラマの話はさておき
物語の構造は基本に乗っ取ってシンプル。犯人が事件を起こし、不可能ごとに警察や探偵役が挑む、
果たしてこの謎を解けるのか、という形式である。美人で貞淑でお花を愛するパッチワーク師匠の妻と
師匠の夫と仲良くなってしまった弟子の女性という厄介な愛憎関係があったり、草薙刑事が妻に
魅かれてたりするものの、あまり人情ドラマめいたことは表立ってないので、やはり引っぱりに
引っぱったトリックのインパクトが本書の肝と言えよう。大掛かりではないが確かに現実的に
あり得ない、という驚きがあったな。単純だけど思いつかない落とし所は見事である。タイトルにも
合点。容疑者Xほどではないが、なかなかの作品。バカパク(5・8)ってところだろうな。
「鳥人計画」 東野圭吾 ★★★
---新潮社・89年---

スキージャンプ界に現われた天性の才能を持つ男、楡井が毒殺されてしまう。ジャンプ関係者の
疑いが濃厚の状況で、犯人と警察の元に密告状が届く。警察は動機も証拠もない犯人に手こずるが
捜査するうち、最近急成長を遂げた選手にまつわるジャンプ界の計画に関わることになる。

犯人の名前は序盤に明らかになるのだが、毒を仕込むという犯行の詳細は不明なままだし
急成長を遂げた選手の謎や、過去の大会で起きた三人連続転倒の謎も投げられたままなので
読者は気になります。でも謎解きよりもスキージャンプ界を使って『いい選手を作るためには?』
というどのスポーツ界でも切磋琢磨する部分の怖い面を描いた作品と言ってよろしいかと思う。
スピード感のある展開で一日で読んでしまったが、毒殺の真相自体はさほどでもなかったし
どうやったら常に見事なフォームで飛べるか、という鳥人計画も想像してみると何だか馬鹿らしい
計画だったので何だか物足りないかも。金かけてそこまでやることかと。でも実際にスポーツ界の
トップというのは少しでも相手に勝つために嘘みたいなトレーニングを多少はしているんだろうな。
スキージャンプに興味があれば私よりもっと楽しめるかもしれない作品。バカパク(5・5)
 「新参者」 東野圭吾 ★★★★
---講談社09年、このミス1位、文春1位---

日本橋で殺人事件が発生した。この町に来たばかりの刑事・加賀は捜査に加わっていた。容疑者のアリバイ調べ、
被害者宅にあった人形焼きの謎、買ったばかりのキッチンバサミ…町を歩いて少しずつ明らかにしていく加賀。
些細な謎の裏には、家族や友人らの人間関係がある。その思いを解き明かし加賀は事件の真実にたどり着く。

各章が短編として成り立ち「煎餅屋の娘」「料亭の小僧」といった具合に、それぞれの登場人物や舞台に加賀が登場して
飄々とした感じで質問を投げかけていくのだ。街の人々に嫌な印象を与えず、鋭い洞察力で一つ一つ明らかにしていく名探偵っぷりを
見せる加賀。全編を通して一つの事件が解決するという寸法で、形としてはよくある短編小説ですかね。面白いのは街の人々の
生活や家族がメインになること。不可解なことの裏には家族のドラマがあったりするんですね。仲が悪い嫁姑のあいだで困る
ダンナさんや、駆け落ち同然で出て行った娘と激怒する親父、そういったホームドラマが繰り広げられて意図せずに謎が生まれて
しまうわけです。刑事コロンボや杉下右京みたいな加賀のキレっぷりと合わせてシブい一品となっている。各ランキングで一位と
獲っているので何かあるのかと思いましたが、良作以上のインパクトはなかったなぁ。読んでも損はしないと思いますが…。
期待しすぎましたかね。内容的にはバカシブ(6・9)といった下町の街並み感じる一冊でありました。


 「ブラックライダー」 東山彰良 ★★
---新潮社・13年、このミス3位---

核が関連した六・一六で死に絶えた。少しずつ文明は戻り、人肉食も禁止されたが、食うために人が殺される荒んだ世界。
人と牛の混合種の中に時折、高い知性を持った者が現れる。そんな一人マルコはメキシコで生まれた。巷で流行し人々を
死なせている寄生虫を根絶のため感染者を殺して回る旅に出ると、神格化され人々が集まる。一方で強盗犯を追う保安官
バードケイジや荒くれ五人兄弟レイン一味なども絡み、対マルコ軍も大きくなった。そして最終決戦が始まる。

近年で一番退屈と困難に喘ぐ読書となった。世界観が面白そうだったし、評判も良いものを聞いていたので期待したけど
第一部からつまらない。西部劇とスティールボールランとfalloutを足したような荒廃した世界の設定で、馬と銃と保安官。
翻訳なのかと思う会話のセンスがまったく面白くなかった。世界観に馴染むための章かもしれんけど、文庫で300Pあるし
会話が楽しくない読み手の人は挫折するでしょうな。第二部に入ると、空気感染する可能性が高い寄生虫がメインとなって
ようやく興味が出てきた。それを防ぐためガスマスクをしたり、感染者を隔離して発症するか確認したり…どこかで聞いたような
対策である。この蟲が体内でうじゃうじゃして強烈な想像をもたらすし、感染者を殺害するという衝撃。そしてその行為が
マルコにとってどういう感覚かが怪しげで読ませる。淡々と、でも戸惑ってもいる。客観的に見ると悪魔的でもあるし
英雄のようでもある。面白かったのはそこくらいか。第三部に入るとマルコも出てこないし、ドンパチが始まっちゃう。
バードやレイン一味に興味を持ってなかったからつらいだけだったなぁ。結局、人肉食であるとか蟲であるとかは
設定にすぎずあまり登場しないんだよなぁ。バードといい仲のコカ・コーラちゃんもどうでも良く…。とにかくいくら読んでも
興味が湧かない!一体本書のテーマは何だったのかと悶絶する読後。上下巻で買ってしまったのでがんばって読了。
トンデモ世界観は好きなのでガックリ。インパクトSF(5・5)
「追いし者追われし者」 氷川透 ★★★
---原書房・02年---

---オレは香坂澄香のストーカーになった。盗聴器もつけて観察しているとどうやらモトムラという男に
困っているらしい。ストーカーとして何とかせねば。オレは彼女の故郷S市へ向かう。---私は最近
誰かに見られているような気がする。モトムラのことも気になって仕方ない。やはりS市に行くか…。

二つの視点が交互に変わる「いかにも何かあるな」という書き方だ。当然ながら何かあるわけだが
ミステリ読みには予想できちゃう程度。しかし中盤で作者の視点を用いて明かされるという凝った作りで
「おっ」と思わされる。そしてストーリーは最後にも一捻り用意されているが、これもミステリ読みは予想できる
程度のオチ。「おっ」と思った作者の視点も終わってみれば不要に思える。ありきたりなミステリを誤魔化した
って感じか。…あっいかん。文句ばっかりになってきたんだけども読んでる間は結構面白かったかな。
ストーカーの視点が落ち着いてるし行動力もあって全然ストーカーらしくないのが笑えるし、トントン拍子に
進む展開の早さも心地よい。最低限のことだけパッパと書いてるので気軽にすぐ読めた。その分
読後に心に残るなんて事は皆無なんだけどね…。図書館で借りるのならいいんじゃないでしょうか。

「永遠の0」 百田尚樹 ★★★
---太田出版・06年---

佐伯健太郎は姉に頼まれて特攻隊員だった祖父のことを調べ始めた。同年代の元兵隊達を
尋ねて話を聞いていくうちに、とても優秀な腕のパイロットであり臆病者であった祖父の姿が浮かぶ。
あの時代に「生きて変える」と公言した祖父は特攻へ向かったのか。そこには意外な事実があった。

ど真ん中の戦争ものですね。戦争小説といえば古処誠二が好きなんですけども、一個人が
戦争の中でどう苦悩したかが古処氏とすれば、本書は全体を広く見て日本のやり方や構造にも
スポット当ててるタイプ。インタビュー形式で語り続けるので悪く言えば資料的で小説らしくない。
途中で飽きちゃう人が出るんじゃない?逆に順を追って読めて良いって人もいるのかもしらん。
第二次大戦史に興味ない自分にとっては様々な証言で浮かぶ祖父・宮部像が興味を引く対象だ。
身分が上であっても丁寧な言葉遣いを崩さずに、嘲られても毅然として命を大事にしろという宮部が
現代人から見ると真っ当でカッコイイ。なぜ特攻したのかが明らかになるあたりは感動しましたね。
展開やキャラ造形はこれ以上ないくらいベタでしたけどね(笑)。どっかで見たことある気さえするよ。
でも軍の酷さや特攻の悲惨さは様々な題材で語られているから今さら感もあったかな。いずれ特攻の
世代は亡くなってしまうから継がなきゃいけないのは確かだけど。シブ知の(5・5)くらいですかね。
「BOX!」 百田尚樹 ★★★★+
---太田出版・08年、本屋大賞5位---

中学時代のクラスメートに屈辱を受けた事からボクシング部に入部した木樽優紀、ボクシング部には
天性の才能を持ち突出している親友の鏑矢がいた。木樽は鏑矢を目指し愚直なまでに努力をした。
怪物稲村、天才鏑矢、そして才能を開花させた木樽、大阪府の高校ボクシング界は燃え上がった。

おもしろいっ。『風が強く吹いている』ボクシング版というか『あしたのジョー』小説版という感じだ。
顧問の先生や新人の木樽を中心にボクシングを基礎的な技術から教えてくれるスタイルで進む。
お調子者の天才・鏑矢と、愚直な努力家の木樽という正反対の二人が成長していく物語である。
ハッキリ言ってベタな設定や展開が多くて閉口するが、ツボを抑えればベタって強いのかもしれない。
努力の甲斐あって強くなる木樽のパンチ力やかわす技術を覚えるたびにこちらまで嬉しくなってしまう。
鏑矢をスパーリングで本気にさせ稲村にまで認められていく木樽の努力を最後まで追いかけたくなった。
才能でやってきたため途中で敗北して立ち直れなかった鏑矢が成長した姿には泣けてくるほどだ。
ブスだのブタだの言われながらも鏑矢を応援し、部に無くてはならない存在となったマネージャー丸野や
口を酸っぱくして防御の技術ばかりを教える教師の沢木など個性的な設定がベタでかつ面白い。
様々な技術や戦い方が紹介されるので、ボクシングはあまり知らなかったが奥深さや面白さを
知ることができた。ボクシングの魅力を感じられて、かつ熱くなれる熱血スポーツ小説だ。子供のようで
魅力的な鏑矢だがどこぞの三兄弟長男を想像してしまっておかしかった。バカ青春(9・9)!
「セイロン亭の謎」 平岩弓枝 ★★
---中央公論社・94年---

キャスターという肩書きの矢部は取材のために神戸にある邸宅を訪れた。
紅茶輸入業のオーナー一家を紹介するためなのだが、その女社長が殺されて…。

セイロン亭を営む高見沢一族が出てきて、一族内の確執だとか血筋うんぬんの話が出ます。
過去のお茶の輸入に関して起こった事件や実は血筋がどうだこうだという複雑~な真相で
ややこしい。あまり特筆するような話でもなかったかな。紅茶輸入業の一族は当然だが
キャスターの矢部の実家もお茶を売っている、ってことでチラチラ出てくるのがお茶やお茶の話。
カップに入った紅茶の文庫表紙もどことなくエレガントっぽく見えたりして…。
ミステリーとしては期待はしすぎないほうがいいかな~。あっさりしてる文章でした。

「独白するユニバーサル横メルカトル」 平山夢明 ★★☆
---光文社・06年、このミス1位、文春7位---

八編の短編集。思ったほどグロではないが、残虐な悪意をあえて前面にだしている作品。
しょっぱなから子供らしい話に見せかけて、ホームレスのお爺さんをよってたかってボコボコにする
話なくらいだ。次の「Ωの聖餐」は人間の死体を喰うことで処分している巨体の男の世話係の話。
死体解体・人肉など不気味だが一番物語がまとまってて良かった。狂ってる感じもまた良し。
他にSFの設定を用いている作品があったが、説明が後から出たりして読んでてわかりにくいし
設定を除けば物語の構造を見ればよくある短編ミステリって感じで物足りず。最後のひたすら
拷問し続ける話はさすがにグロかった。話の方向性が理解できぬうちはただグロ話を読まされてる
みたいでキツい。ジャングルに一攫千金に行く話は現地語を無理に日本語に聞こえるようにする
悪ふざけがつまんないしイライラしちゃった。2、3作好きなのはあるけど全体通して3:7で
つまんなかった。同じ内容でも乙一なら切なさが入る。何か味わいか凄味が欲しかったと思う読後。

 「地獄の犬たち(文庫・ヘルドッグス)」 深町秋生 ★★★★
---KADOKAWA・17年---

暴力団組織・東鞘会の若頭兼高は、殺しなど荒っぽい任務を行い頭角を現していった。沖縄での殺しを終え、一息ついた矢先
東鞘会を過去に分裂させた男が暗躍している情報をもとに、東鞘会会長・十朱の護衛に抜擢されることになった兼高。
兼高の本当の目的は十朱を消すこと、兼高は警視庁でもわずかしか知らない密命を受けた潜入捜査官だった。
警察官として悪に手を染める苦悩、正体がバレたら拷問の上殺されるであろう恐怖に挟まれ兼高は会長の護衛へ。

バイオレンス!西島秀俊主演のドラマ「ダブルフェイス」を思い出す内容だね。設定は近いのだけれども、本書の特徴は
強烈な暴力描写だった。トルクレンチで顔面を破壊し殺害、女であろうとも歯を叩き折り耳を引きちぎる、敵対する連中との
闘争でドンパチの連続である。いくら暴力団を壊滅させるためでもそこまでやったら警官の前に人として終わりだろ…
という気もするが…そこはお話なので仕方ない。読者は兼高の立場で読んでいるので東鞘会側が多いのであるが、同じ殺し専門の
室岡らの仲間や東鞘会の幹部たちもクセがあって魅力的に描かれているのでちょっと愛着が湧いてしまう。最終的に裏切って
自分で手をかけることになるかもしれないという何とももどかしい感情になる。そしてすごいのが東鞘会の会長十朱と、警察側の
阿内の頭脳戦である。東鞘会に犬が入り込んでいないか何重にも罠を仕掛ける十朱に対し、自分や家族が水責めの拷問されてでも
東鞘会を欺き内輪もめを起こさせる阿内、こんなイカれた二人に挟まれて極道の演技をしなければいけない兼高のヒリヒリ感は
恐ろしすぎである。一体何人死んで、何人殺したんだろうか。とんでもない殺戮劇である。まさに「地獄の犬たち」の題に
ふさわしい。さすがに現実味がないのと、東鞘会の内幕の推移を説明することが定期的に入るので少し話の腰を折るように
思えたのがもったいないなぁ。「煉獄の獅子たち」という続編も出てるみたい。バカサス(6・10)
 「戦場のコックたち」 深緑野分 ★★★★
---東京創元社・15年、このミス2位---

19歳のアメリカ陸軍兵ティムはヨーロッパ戦線へ召集されていた。コックの役割も持つ特技兵であるが、戦場では
銃を持って闘う。パラシュートを大量に集める兵、卵の大量盗難など、過酷な日々の中でティムはコックリーダーのエドら
友人達と自由時間を使って身近な謎を解いていた。しかしその後も徐々に戦況は激化し、生死をかけた闘いは続く。

読む前は戦地に送り出す後方支援でのんびりとした名ばかり兵達が日常の謎を解いているのかと思ったけれども
バリバリ最前線に出て敵を撃ったり仲間が死んだりしている。なのでいわゆる「日常の謎ミステリ」の雰囲気じゃなかった。
前半はまだゆったりしていたし、特技兵(コック)の扱いや生活がどんなものかを読ませ、仲間との軽口が多くて緊迫感はない。
年齢的にもそうだけどまだ子供に近い感じだからね。しかし後半になるにつれ急激にヘビーになっていく。兵の死体だらけの
道を歩き、救援も食料もないまま穴を掘って敵とにらみ合う。まだ幼さの残る一人の兵隊が前線でどのような目に合うのかが
描かれる戦争小説になっていた。そこを共に生き残ることでできる絆も強く青春小説のような輝きも感じられた。死んでしまった友や
頭がおかしくなった友、それらを前にすると謎解きに興味わかないわ。前半の謎解きの答えもそんな面倒臭いことする?
って感じたし。普通にティム達を描くだけで面白いと思うが…。もちろん謎の解答は戦争ならでは、第二次大戦の最中だからこその
解答になっているのでミステリとしてもグー。外国名だらけなのでちょっと苦手意識あったが、登場人物は個性的に
書き分けられてるので気にならなかった。戦争が終わって数十年経ったエピローグが格別だ。生死を共にした友との集まり
重いものを共有していて強く結ばれている。しんみりしちゃうな。大戦の経過やヨーロッパの地理とかよく下調べしたん
だろうなぁ作者。巻末の参考文献もいっぱいだ。戦争・青春・謎解き、ライトな古処誠二って感じ。バカシブ(8・7)
「ミステリー・アリーナ」 深水黎一郎 ★★★★
---原書房・15年(講談社文庫・18年)---

おおみそかに行われる番組ミステリーアリーナ、人生の一発逆転をかけた参加者達は、番組が作成した殺人事件の
真相を当てるクイズに挑む。解答権は一度だが早い者勝ちなためどんどん答えていく参加者達。伏線・叙述トリック・
自作自演など様々な考察が出るもなかなか答えは出ない。15通りに及んだ物語の犯人とは?そして番組の秘密とは。

一つの事件で何度もウダウダ言う多重解決ミステリーってあんま好きじゃないんだよなぁ…と思いつつ読んだけど
意外と飽きずに面白かった。物語パートが少しずつ進みながら、番組パートも差し込まれるのが良かったのかな。
いろんなミステリのパターンが楽しめる物語パートもいいけれど、樺山桃太郎というクセ強の司会者が軽いノリで進行して
間違えた解答者をおちょくりまくっている番組パートが笑える。そしてこの番組って何なの?と読んでて気になってくる。
おおみそかにミステリ番組なんて普通ならそんな国民的番組にならないもんね。この司会の樺山桃太郎のノリが
好きかどうかって本書は重要な気がするなぁ。自分の脳内ではゲーム「龍が如く」に登場するドルチェ神谷しか
出てこなかった。だんだんヒートアップしてくる番組と樺山桃太郎、どうやって締めくくるのかなと思ったけれど
なかなか派手で面白い。軽く読めるミステリーを探しているならオススメできると思うな。バカパク(8・8)
「審判」 深谷忠記 ★★★★
---徳間書店・05年、このミス18位---

幼女を殺した罪で服役していた柏木喬が出所。元刑事の近辺をうろつきはじめていた。
柏木は「私は殺していない」というHPを作成し冤罪被害を訴えていた。HP内では「法律で死刑に
できないなら私がします!」と裁判で叫んでいた被害者家族へのメッセージも書かれていた。
柏木の狙いとは?あの事件の真実とは?事件の裏の断ち切れぬ人間関係が動き出した。

なかなか面白い。一つの事件を巡って被害者家族・警察側・加害者の立場を、視点を変えて見せる。
さらに「冤罪ではないか?」という謎を絡めて、錯綜した難解な事件ができあがった。誰かが誰かを
憎んで思惑が思惑を産んで…こと終盤になると連鎖ばかりで読み応えは抜群だ。柏木は証拠を
捏造されたと思い村上を恨み事件の調査をし、村上は犯人の柏木が今さら逆恨みかと憤慨し、
被害者家族は冤罪を訴える柏木の狙いをいぶかしむも気にかけている。誰かを恨み危害を加えるも
新事実に確信が揺らぎ、事件に関して熟慮してるんだけども恨みから浅慮な行動に走る登場人物が
人間臭くて話を面白くする。三人の些細な思惑まで記し、さらに数者を絡める濃密なプロットは骨太で
力作と言えそうだ。思惑の連鎖で事件が起こり、事件からまた一つの事実が推察されていく様相は
ミステリとしても優秀。風化しない事件の鬱陶しさと関係者の思惑が交錯する濃密さを持ちながら
結末に予想外の真実をつきつけてきた点はミステリファンとしては嬉しい驚き。残念なのは説明調な
文章。疲れる。ありがちな「それ調べればわかったんじゃ…」というお約束な点が少しあるのも気になる。
「川の深さは」 福井晴敏 ★★
---講談社・00年、このミス10位---

マル暴刑事をやめ警備員として適当に働いていた桃山。仕事中のある時ヤクザから
追われているらしい少年と出会う。怪我を負い武器も所持している少年を匿ってやった桃山だが
彼の周りにあるものは大きすぎた。国家を背負った様々な組織の争いに巻き込まれていく。

福井作品は初なのですがいつもこういう作風なんだろうか。だとしたら縁がなさそうだなぁ。
北朝鮮、防衛庁、公調、市ヶ谷、CIA…これらが横行する内容にせよ、武器や国防関係の名称が
説明的な文章にせよマニアックすぎないだろうか。前半は普通に読めたが後半から疲れるだけだった。
さらに陰謀が交じり合っていく展開は現実味に欠ける。簡単に人を殺してコンピュータにウィルスを
感染させ戦闘機を強奪って…メカが出てくるアニメとか派手なアメリカ映画かよ。登場人物もクサい
台詞を堂々と吐くし登場人物が嘘臭く感じた。上に書いたようにアニメや映像では面白いかも
しれないが小説で読まされたくないなぁ。読者を選ぶタイプの小説だろうという印象を受けた。
…まぁ端的に言うと「つまんなかった」ということだ。私はダメだったが好きな人にはたまらないらしく
ネットでは好評のところが多いが、その影には挫折した人もかなりいたんじゃないかと推測。
特に女性は買う前に中盤以降の部分を何ページか読んでみるなどしたほうが賢明かも。

「戦国自衛隊1549」 福井晴敏 ★★★☆
---角川書店・05年---

太陽の電磁放射による機器の障害を防ぐための実験が自衛隊により行われていた。しかし実験中
第三特別混成団が戦国時代に飛ぶという事態が起こり、それから日本には黒い穴が出現し始めた。
歴史の歪みを正すべく、彼らを現代に戻すため新たな一段が過去へ向かうこととなった。

巻物風…?横に長い本で挿絵もついてる変わった本で、内容もド派手なもの。歴史を正そうとする
自衛隊が襲い掛かる敵にドンパチやる話。偶然現代に来てしまって自衛隊と一緒にもう一度過去に
戻る侍や、助けられた雑兵などユニークな登場人物が活躍する様は面白い。不器用で一生懸命な
性格が好感だ。また自衛隊の近代的な武器と戦国時代というミスマッチが面白いね。考え方の違いや
武将が無線を使う様子などの対比が想像するとおかしい。でも全然ほのぼのはなくて人が死にまくりの
銃砲打ちまくりの炎上しまくり。無理に派手にしてる点やわからない武器の名称など細かに書く点や
クサい台詞がたまに出たりする点が気に食わないが(←おいおい意外とあるな)なかなか面白かった。
ドンパチ自体に興味は無いが斉藤道三や信長など物語が歴史に関わってくる展開がなるほどだ。
歴史がどう上手くまとまるかも見所の一つ。それほど厚くないし予想より読みやすかった。
「たそがれ清兵衛」 藤沢周平 ★★★☆
---新潮社・87年---

病弱な妻のために仕事が終わるとそそくさと帰るためついた渾名は「たそがれ清兵衛」。家老の専横が
問題視され二派に分かれている藩内で上意討ちが行われることとなったのだが、討手として実は腕が立つ
清兵衛の名が挙がる。いざ上意討ち、しかし清兵衛は女房の世話からなかなか戻らずみなを焦らせる。

八編の短編集。表題作もそうだが「うらなり与右衛門」「ど忘れ万六」「ごますり甚内」などの渾名がつき
他人から軽視されている者が主人公である。マイペースであったり変り種であったりする彼らであるが、
藩の争いに巻き込まれた時に普段は見せない刀が一瞬だけキラリと煌めくのである。いやカッコイイ。
実は正義の味方で平和を守ってるけど普段は黙って儲からない仕事してるヒーローみたい(例え長い?)
なんせ自慢や出世よりも友の仇討ちや悪行の義憤のために動くのだから。清兵衛などは上意討ちという
一大事に女房の世話に家に帰ってるのだから愉快である。一癖も二癖もあるが人間としては優しくて
強い変人達なのだ。いちいち味わいがあるし楽しく読める。しかし難点もあって話の展開が全編通して
変な渾名→藩のいざこざ→実は強い→活躍というワンパターンなので痛快だけど飽きるということだ。
「理由はいらない」 藤田宜永 ★★☆
---新潮社・96年、このミス19位---

六作からなる連作短編集。ヤクザの息子という過去を持つ治郎は探偵という職業を選んだ。
「探偵は他人の心を旅する職業」と言う彼のもとには様々な依頼が舞い込む。

ミステリに出てくる探偵より現実の探偵に近いです。一編一編はわりと短めなので軽く読めるでしょう。
後味も悪くない。ただ無駄な記述が少なくほとんどが伏線として働いていて「キレイにまとまっている」と
「なんか都合良すぎ?」の二つに分かれそう。唐突に簡単に事件を解決してしまうし…。でも『このミス』に
入っていたし、好きな人は多そうだと感じました。「現代の探偵」という響きにおっと思った人どうぞ。
なんとなく特徴のない印象の一冊でした。

「テロリストのパラソル」 藤原伊織 ★★★★+
---講談社・95年、直木賞、江戸川乱歩賞、このミス6位、文春1位---

その日アル中のバーテンダー島村が新宿中央公園で日課の酒を飲んでいた。すると公園では
爆弾テロが発生した。無関係の島村だが過去の事件のため警察と関わるわけにいかず逃走。死者の
中には大学闘争時の仲間の名前が…。そしてヤクザが店を訪れる。島村はすでに巻き込まれていた。

酒に強く、ボクシングの経歴から喧嘩に強い。なぜかヤクザとも対等に渡り合う強靭な精神…。
何かに巻き込まれ妨害がありながらも真相に近づく…絵に描いたようなハードボイルドですね。
ハードボイルドはどれも似た感じで苦手な私だがこれは面白かった。話もわかりやすいし、やはり
寡黙な島村はカッコイイ。ここまで格好つけられるといいね。さらに勤め先のバーが酒とホットドッグしか
おいてない狭い店ってのがまたシブい(笑)。爆弾テロに巻き込まれた少女や島村が昔やってた
ボクシングの話やホームレスなど小さなネタを印象的に使っている展開も上手ですね。ラストもまた
同様に印象的だった。ハードボイルドが苦手な私もOKなので、「ハードボイルドの入門書」という
位置付けと言ってもいいかもしれない。いろんな事実が主人公の周りでキレイにまとまっているので
「ちょっとそれは都合が良すぎないか~い」とも思ったが…それは言いっこなしでしょうかね。

「てのひらの闇」 藤原伊織 ★★★
---文藝春秋・99年、文春6位---

飲料会社課長の堀江は会長にCMに使えないかと一本のビデオテープを見せられる。
しかし堀江はそれが合成だと気づく。指摘された会長は自殺、堀江は理由が知りたいと思い調査する。

ヒ~ヒ~。なかなか進まない。会社・ヤクザ・政治が微妙に絡み合って…難しい。会社やヤクザの世界、
関わりあいを読みとるだけでせいいっぱい。しっかり構築されて面白いんですけどね…文章が重くって。
文春6位ですし、他のサイトを覗いてみると結構良い評価。普通に読める人は読めるみたいです。
私は読むのにかなりの時間を要しました、もっと大人になってから読むべきだったのか?

「アビシニアン」 古川日出男 ★★☆
---幻冬舎・00年---

中学を卒業した私は公園に向かった。そこにいる以前飼っていたアビシニアンと
暮らし始めた。言葉を使わずニオイと直截的な感覚を身につけて生きていく。

『サウンドトラック』が特殊なのかと思ったら、本書も『サウンド…』よりおとなしいが独特の文章が垣間見える。
で、テーマは文字なんだと思われる。言葉から文字をなくした女性の話とでも言えばいいのだろうか。
後天的な文盲という題材を扱うのは面白いですが、あまり突きつめないのは不満かな。文字はいらない、
言葉は得た…その観念は想像できるがあまり物語で生きてないような気がするのだが(要は面白くない)
それから人間以外の生物との独自の世界を生きる主人公という世界観や、壁に映る映像などを効果的に
用いることは『サウンド…』でほぼ同じ題材が出たので飽きてしまう。見たことない新しい感覚と独自の文章
古川世界に浸れるか否かは人によって割れるでしょう。私はどうも主人公の独特の価値観を「何でそう
思うのか知らん?」と立ち止まって考えてしまうから突っ走る主人公に置いていかれてしまうのだ。
「サウンドトラック」 古川日出男 ★★☆
---集英社・03年---

幼い頃に無人島に漂着したトウタとヒツジコ、紆余曲折を経て二人は東京へ
行くことになる。そして熱帯化した冬のなくなった東京で、二人は闘いを始める。

まず文章が独特だ(↓こんなふう)。思いつくままに書いてるよう、私はそう認識する。そこに読者が
存在しないように、そして読点が多い、心情よりも描写が多い、物理的な。文章が善か悪かは読者に
委ねられる。ストーリーは様々だ。踊り、舞踏に魅かれるヒツジコ、ヒツジコの踊りは他者を解放する。
性のない人物もいる、カラスを従えている、私は面白いと感じている。線ではなく点として。なぜか?
序盤の面白さが、文章の過去があまり生きてないから。長い物語だが展開が少ない、文章と相まって
無軌道に感得される。どう進みたい?近未来の東京という設定で描かれている物語でもあり、そこも魅力
なのだけれども私にはあまりリアルには感じられなかった。部分は見えるが全体の東京が、日本が見えない。
これ以上の説明は不可能だ。あああああまりに独特すぎて。私のような一般ボーイには。ただ言えるのは
疲れたこと、長かったから。そのわりに魅力的だ、面白い、という快楽が少ないから。読了後、私は多くの
人々の感想をいくつか見た。絶賛する者そうでない者、二極化の傾向があった、もちろん私が
見た範囲の話に過ぎない。最後に少し私からのアドバイス、この小説には癖がある。買う(借りる)
前に適当に開いた十何ページか試しに読んではどうか。文章に。没入したら読むといい。

「ベルカ、吠えないのか?」 古川日出男
---文藝春秋・05年、本屋大賞8位---

太平洋戦争で島に残された四頭の犬から物語は始まり、様々な場所で子孫は散らばっていく。
氷の世界・ベトナム・ソビエト…二十世紀後半の世界を犬を中心に描かれる物語。

作者は三作目であるけれども案の定ダメでした。人気作なので大丈夫かと…。やはり文章と反りが
合わないですな。短くパツパツ切れる文章が描写中心であって心情などが少なくて説明的に思えて疲弊、
かつ本書のストーリーは二十世紀後半の戦いの歴史を振り返る側面があるためにさらに説明的に
なってしまって疲弊、さらには前二作でも扱われていた「人間以外の生物と独自の世界を生きる
一風変わった子供」が本書でも登場、作者の作風なんだなぁと思ったけども以前から好きではないので
やはりつまらない。途中から退屈になったので興味ゼロ戦で流し読みしたのでオススメ度は無し、紹介だけ。
古川日出男の文章が好きで独特の世界観がカッコイイと思う人なら文句なく楽しめるんじゃない?

「猫に時間の流れる」 保坂和志 ★★★
---中公文庫(新潮文庫)・03年(97年)---

表題作→同じアパートに住む三人と二匹の猫はよく屋上に出て何ということもない時を
過ごしていた。そこに野良猫のクロシロが現れてケンカを始めるようになった。

猫本と言っていいだろう。そこらへんに転がっている猫がいる日常を静かに描いてるような感覚。
猫好きじゃないとわかんないなぁという描写が多数あってニヤリとしてしまった。わかってるんだけど
肝心な所だけはわかってないという猫との距離感がいい具合に出ていた。その中でも野良猫の
クロシロが印象に残る。飼ってるわけじゃないけど姿をよく見る猫、ケガしてると心配だけど
積極的に助けるわけじゃない猫、でも生きてると嬉しい。猫好きにはわかる距離感だよ。
ただ猫好きじゃないとさっぱりわからない本だろうなぁ…。特に何かが起こる話ではないし。
もう一つの「キャットナップ」という中編は、病院に住み着く猫達がこれ以上増えぬよう去勢手術を
しようとする物語。人間中心のせいかイマイチ。退屈と隣り合わせであった。読んだけど。

「ボッコちゃん」 星新一 ★★★★
---新潮文庫・71年---

人間同様に作られたロボット「ボッコちゃん」は美人だが、知能がなく質問にはオウム返しだった。
しかしバーの客にはそこが受けてロボットと気づかれずファンも増えた。バーのマスターは客に勧められ
酒を飲んだボッコちゃんから酒を回収してまた出していたのだが、それが引き金となって…。

また様々な趣向で数ページに一回は驚かせてくれる超短編であるが、本書はわりと宇宙であるとか
長期的な地球の姿であるとか壮大なネタが多い気がしますね。円盤からやってきた宇宙人らしき者に
美人を披露したり自動車でパレードしたりとアピールする地球人だがある少年が宇宙人を攻撃してしまう
『来訪者』とか、地球の人口が減少して諍いがなくなった世界を維持するために行われる任務を描いた
『生活維持省』とか、世界の人口が二百億を超え動物や昆虫は消え食料は人工的となり戦争どころでは
なくなった地球でようやく世界が一致して反省をした時から夫婦間で子供が一人しか誕生しなくなり
ついに最後の夫婦になるまでに減少した『最後の地球人』など。ファンタジックでとてもいいと思う。
あとは変な薬や殺されそうになる者などユーモラスなものから、すべてが賄賂やお金で計算される
世界などビターな社会設定までわかりやすくてハズレなしのショートショート50編。バカSF(8・8)
「ご依頼の件」 星新一 ★★★☆
---新潮社・80年---

殺しの依頼をした私のもとに、依頼完了を告げに男がやってきた。確かに希望通りに
飛行機事故に見せかけ実行されていた。私は何も他の乗客まで巻き込まなくても、と
思っていたのだが…。わずか数ページで意外な展開を見せるショートショート40編。

気軽に寝る前の数分にちょっとずつ読んでいたら、面白いのでつい一気に読んでしまった。
不思議な薬が出たり日常の一コマだったり宇宙人が出たり、様々な状況がありますがどれも淡々と
書かれてあるのでユーモラス。こういうのってアイデアが命だけどこれだけ思いつくの大変だろうな。
しかもそれを数ページで使い捨てるわけだ。見上げた精神です。バカSF(6・6)ってくらい。
「熊の敷石」 堀江敏幸 ★☆
---講談社・01年、芥川賞---

さすが芥川賞だ。まったく良さがわからない(泣)。今のところ芥川賞の中でも一番
わからない作品かも。友人のユダヤ人・ヤンとフランスで会って色々考えたって話。
結局何が言いたくて読者は何を感じればいいのだろう?頭に残るセリフや物語があるには
あるが、小説としては「何だこりゃ」って感じの読後でした。難解な読み取りをする人には
良い作品なのでしょうか?芥川賞だし。普通の人類にはオススメしません。

「MISSING」 本多孝好 ★★★
---双葉社・99年、このミス10位---

五編からなる短編集。人の心の汚い所なんか描いてました。静かな文章で透明感ある
作品です。でも展開が読めるのはいいとしてもクサさを感じるのは勘弁してほしい。
こういう作品ならクサいと感じさせない文章や雰囲気が欲しいのだけど・・・。
わざわざミステリーっぽくしてるのも必要なかったような気がする。他の作品の方が好きだな。
「ALONE TOGETHER」 本多孝好 ★★★☆
---双葉社・00年---

不登校の生徒が集まる場所でバイトをする僕に大した縁もない教授から
頼みごとがきた。「私が殺した女性の娘の力になってほしい」というのだ。

問題ないと思うのでバラしてしまいますが、主人公は他人と波長を合わせて隠された
心の内面を表に出すような力があるのです。何人かに使うので物語を通して「心」をよく描いています。
う~ん、人間は傷つきたくないために錯覚や嘘を信じきったりしているものかな、とか考えてしまう。
でもその裏の気持ちを認識することは、時に好転するかもしれないし情けない開き直りや
無責任だったりするんだろうね。何にせよ人の心は複雑なものだと思う。
不思議な力とかあるけど現実的な話で、雰囲気は静かなものでした。
心を描くこともあり、個人個人の感情や理屈によって好き嫌いはあるかもね。…ないかな?

「FINE DAYS」 本多孝好 ★★★☆
---祥伝社・03年---

最初の三作はノスタルジックだったり、少しファンタジックだったりしました。
でもあまり人物にどっぷり共感できなかったなぁ。いや、上手いと思うんだけど…読後感も良いし。
純文学にありがちだなと思う部分とかあって「普通」の印象は拭えなかったかな?

私が一番好きだったのが最後の書下ろし。ページ数の少なかった「シェード」だった。あらすじは…
恋人へのプレゼントの予定だったランプシェードが売り切れていた。その店の主人である老婆は
ランプシェードにまつわる昔話を男に話し始める、男は自分の生活と重ねながら聞き入る、というもの。
幻想的で悲しさも少しあるが蝋燭の火のような暖かさがあった。読後も良くこれだけなら4,5点。
管理人はこういう話が好みだ。素敵な誰かと聞きたい昔話って感じ?←さむっ。

「真夜中の五分前」 本多孝好 ★★☆
---新潮社・04年---

学生時代に恋人を亡くした僕は現在広告代理店にいる。五分遅れで進む時計のように僕は
人と比較して淡白というか熱くないと言われる。仕事にしても恋愛にしても。僕はある時かすみという
女性と出会う。親も間違うほどそっくりな双子がいるかすみは自分の存在意義に疑問を抱えている。

普通に仕事も生活もできるんだけどちょっと病んでる部分があるであろう僕が女性と出会って
比喩を使っておしゃべりされると身体中がかゆくなって「あぁ~あぁ~」って唸りたくなります。
現実に口に出すと羞恥で死にたくなるセリフを堂々と言っちゃう正々堂々とした恋愛小説だ。
主人公って理屈で物を考えて納得しなきゃそのまま「わからない」って言うちょっと元気の
無い人なだけで共感できないしピンと来なかった。主人公の出会うかすみも同様。見た目も考え方も
遺伝子も同じ姉妹を愛した場合、それって反対でも良かったのかな、じゃあ私を好きってどういう
ことだろう。…って、知らねーわ(笑)。リアルな悩みというより理屈を捏ねてる印象が強くって
入り込めなかったよ。シブ知(4・2)本書はside-Aとside-Bの二冊に別れているの理由も不明。