「生きている心臓」 加賀乙彦 
★★☆
---講談社・91年---

クリスチャンの精神科医が交通事故で脳死と判定された。彼の妻は遺志を継ごうと心臓移植を
申し出た、手術は成功したが身内の反対・マスコミ・脳死を死と認めない団体などの追求を受けることに。

もし家族が脳死になったら、ということを描いています。私は脳死は死だと思っていますが実際
動いている心臓を目の当たりにしたらちょっと気持ちが揺らぐのかなぁと思いました。この小説では
わりと脳死を死と認める側が主として描かれています。…ただ脳死の状況を堂々巡りに同じような議論を
何度もするのでちょっとウンザリ。キリストの教えもたまに交えたりと、少し観念的すぎたように思えました。
(上)(下)巻なのでやや長めくらいです。一冊約300ページ。
91年に書かれたものですが…03年現在もあまり脳死者の臓器提供はされてないそうです。
脳死という考えは浸透してきてるらしいんですがね(某新聞に書かれていました)

「ワイルド・ソウル」 垣根涼介 ★★★★
---幻冬舎・03年、大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞、このミス10位---

戦後、日本政府の移住政策に日本人達。広大な土地で豊かな農業生活をする夢を
見ていた彼らだったが、現実は荒れて農業などできない土地ばかりだった。
そして四十年後ブラジルで生きた数名が外務省への復讐のため日本に降り立った。

前半で描かれるのはブラジルへ移住した人の苦労である。農作物の育たない土地で文明と離れた
暮らし…帚木蓬生ならここで一冊にまとめそうだが、本書はわりとサラリと書いて終わらせている。
もっとしっかり書いても良さげだが、後半の復讐劇がメインなので最低限の描写で終わりなのだ。
そして舞台は日本に移り、政府に復讐するための計画を実行する。この物語の魅力はキャラ造形では
ないかと思う。一人一人がわかりやすいし、特に犯人側の陽気なブラジル育ちのケイと報道側の
貴子の二人はお気に入りだ。貴子のブツブツ文句を言ってるような文章には何度も笑わされた。
題材は暗くて重いのだが、キャラで明るさをもたらし「世間に知らしめて頭を下げさせてやる」くらいの
カラッとした復讐劇という娯楽に仕上がっている。スケールの大きさと軽やかさのバランスが良いし
読後もスカッとしている娯楽だ。こういった題材を扱うこともいいね。で、文句というほどではないが
細かい部分まで書いてるせいか長いのが難点。読む手が止まらないわけでもないし四つ星だ。

「キッドナップ・ツアー」 角田光代 ★★★
---理論社(新潮文庫)・98年、産経児童出版文化賞フジテレビ賞、路傍の石文学賞---

夏休みの初日、私はいきなり誘拐されてしまった。誘拐犯は二ヶ月ほど家にいなかった
おとうさん。無計画で金もないおとうさん連れ出され、何とな〜く誘拐が始まった。

簡単に言うと…しょぼいおとうさんの誘拐に付き合ううちに、ハル(私)とおとうさんの距離が
微妙に縮まり、ハルも少し成長するってな話です。ハルが小学五年生にしては落ち着いていて
つんとした口調ながら良い目を持ってるんですね。ハルの同情交じりだけど優しいところに
しょぼいおとうさんは助けられていて…そんなところがいやに作り話めいて感じてしまいました。
終盤がとても良いので気持ちよくページを閉じられましたが、全体的にはあまり心に響きませんでした。

「黄泉がえり」 梶尾真治 ★★★
---新潮社・00年---

死んだ時の年齢のままで亡くなっていた人達が帰ってきた。当惑する家族・行政。
熊本のみで起こるこの現象にはまだ不可解なことが。彼らはなぜ戻ったのか。

設定はすごく面白い、ので正直もっと濃密に書いてほしかったかな。
家族の気持ちの揺れとか世の中の受けとめ方とかさ。あっさり話が進んでいたので。
結末に向かうラスト50ページくらいは良かった、感動したりしました。
でも浅田次郎とかが書けばもっと感動したんじゃないかなぁとか思うんだ、作者に失礼だけど。
死者が蘇生、地方が舞台、というと坂東眞砂子の「死国」を思い出すけど印象は全く違いました。

会いた〜いと〜♪の歌でも有名、草g剛主演で映画化されました(見てないけど)。
主役は映画のオリジナルなんだそうです、小説よりファンタジー色が強いそうだ。
確かに映像化しても面白そうな話だと思いました、機会があれば映画も見ようかな。

「スティームタイガーの死走」 霞流一 ★★★☆
---ケイブンシャノベルス・01年(角川文庫・04年)、このミス4位---

幻の機関車C63が玩具メーカーによって再現され、中央本線で走るという計画が実行された。
しかし出発の日、駅では殺人事件が起こり出発していた機関車も謎の二人組に乗っ取られたらしい。
そして走っていたC63はその巨体を消失させた。

バカミスと呼ばれる作品が「このミス」4位。さぞかしかっ飛んだミステリなんだろうと思いきや
結構しっかりした作品ですね。強引かつなんだそりゃ的な部分がありつつも、伏線というレール上を
真相が走ってますね。機関車消失やズルムケ死体(笑)にも普通に説明がついてるし。いくつか
ひねりの効いたラストも面白いですね、機関車だけでなくあれを消すとは。…と、なかなか
ちゃんとした部分を見せつつもバカミスだけあって「おふざけ」は満載でした。死体にも
緊迫感がないし列車強盗といってもコメディのノリだし、最後の方もワイワイしてたし読んでても
楽しかったです。ただもっと奇々怪々なぶっ飛び系を想像してたもので物足りない面は
あったかな。ともかく展開も速いし短いので軽〜く読める愉快な一冊でした。

「おさかな棺」 霞流一 ★★
---角川文庫・03年---

探偵・紅門のもとに奇妙な依頼がやってくる。別れた夫がセーラー服を着たまま車に
轢かれたという依頼だった。ところが紅門が調査を進める過程で事情を聞いた人間が
死んでしまった。この殺人は?そして依頼の真相は…?魚関連の事件が並ぶ四篇の連作短編集。

四篇とも奇妙な依頼から始まって殺人事件が起こって、魚に見立てられたりした事件を紅門が
調査して真相が…という形態になっています。正直つまんなかったです。ミステリにしてはいくらなんでも
強引すぎる真相だし、笑いがいっぱいのユーモア小説とも思えない。どこが笑いのツボなのか
わからなかった。ファンにはたまらんのかなぁ。都合よく進む話にも飽き飽きしてしまいました。
「世界の中心で、愛をさけぶ」 片山恭一 ★★★☆
---小学館・01年---

中学の頃から仲の良いアキという恋人を失った「僕」の物語。
死をどういうふうに受けとめるのかが、思い出とともに描かれる。

大崎善生の『アジアンタムブルー』に似ているかも。『アジアン…』は涙なしに読めないが、こっちは
さらっと読めた。別に泣くほどではないし。でもいい話だと思う。2人のさわやかな純な感じも良い。
文章がうまくて心に染み入るのは断然『アジアン…』なので個人的にはそちらがオススメ。
読みやすさで取ればこちらです、200ページだし手軽に読める。 正直ここまで売れる本だとは
思えないんだけど、あまり活字慣れしていない人にはちょうどいい一冊かもしれません。

「満月の夜、モビイ・ディックが」 片山恭一 ★★
---小学館・02年---

つ、つまんね〜。特に登場人物が全員嫌だな、ややナルシスト気味の普通の大学生と変な画家の
理屈と比喩連発の気障なセリフが寒い。「〜みたいな」と「〜のように」を連呼すれば透明感のある
文章になるわけじゃないぞ。比喩だらけの文章が読んでてうんざりして仕方がなかった。内容は
恋愛小説なんでしょうけど、心の揺らぎが響かない。表面的で何が書きたいのかわかりにくい。
あとタイトルの『モビイ・ディック』くらい説明しろよ。知らんやつは読まんでいいってか?おぉコラ?

「GO」 金城一紀 ★★★
---講談社・00年、直木賞---

日本生まれの日本育ちの「僕」は国籍は日本ではなかった。「僕」は在日朝鮮人をやめて
広い世界を見ようと日本の高校を受験、差別や偏見の中「僕」は闘い続ける。
ある時「僕」の前に現れた不思議な日本の女の子に恋をして・・・。直木賞受賞。

在日ってことで色々面倒なこともあるようで『国籍なんて』とか『人間のルーツは』とかいう話が多い。
正直浅い理屈にしか思えないし、胸打たれることもなかった。とはいえ本筋は恋愛小説なのだ。
ノリのいい文章と個性的な人物でスラスラ読めることは間違いない。一言で表すと「国籍ってものに
イライラしている男が恋する青春恋愛もの」です。読みやすいけど心にせまるものはなかったかな。
途中「〜が好きだ」とか「〜のような」とか映画や音楽の話が出てくるのがハッキリ言ってうざったかった。
青春のパワーを感じるという人が多いが、私は逆に自制のきかない感じが好きではなかった。
でも他では評価が高い所が多かったです。映画化もしたみたい。若い感じが好きならどうぞ

「ななつのこ」 加納朋子 ★★★★☆
---東京創元社・92年、鮎川哲也賞、文春10位---

七編による短編集。『ななつのこ』という本が気に入った駒子はファンレターを書くことにした。
身近で起こったちょっとした謎を書いて送ったところ、その謎を解き明かす助言を載せた作者から
返事の手紙が来たのだ。これを発端に駒子と『ななつのこ』の作者は手紙のやりとりを始めた。

ミステリではありますが殺人はなく小さな謎で魅了する「日常の謎」と呼ばれる種類の本ですね。
作中作である『ななつのこ』の話も挿入されながら、短大生・駒子の謎をはらんだ日常を描いた小説。
正直言ってしまうとミステリとしては大したものではなく、真相が読めるものも多いです。では何が
魅力かと言いますと作品に流れる柔らかなほのぼの空気がいいのです。大人しい駒子の
目線にしても謎の真相にしても悪意が少ないのだ。アルバムから一枚だけ写真がなくなる
事件にしてもその裏にあった心情を知って切なくも暖かくなるんですね。以前読んだ北村氏の
「日常の謎」小説は真相で現実をつきつける感覚だったが、本書は真相自体が柔らかいものが多く
読後感はこちらのほうが断然良い。子供に戻って絵本を読んでるような感覚がするミステリは
初めて読んだ時は(この感想は再読時)とても新鮮で魅了されましたね。この短編集、一・二話は
いまひとつですが三話目以降は作者の柔らかな持ち味がよく出てます。こういうミステリもあっていい。

「魔法飛行」 加納朋子 ★★★☆
---東京創元社・93年、このミス6位---

「ななつのこ」の続編にあたる四編の連作短編集。近況報告くらいの気持ちで駒子は物語を
書いてみることにした。周りの不思議な出来事を書き、瀬尾さんとやり取りをしていたのだが
なぜか物語に対して書かれた謎の手紙が瀬尾さん以外からも送られてくるのだった。一体誰が…?

う〜ん、「ななつのこ」のほうが私は好きだな。同じ駒子の目線だし短大生の日常ということで
ほのぼの感はあるんだけど前作ほど好きじゃない。前作では作中作として「ななつのこ」という
少年が主役の童話が扱われていたし、本編にもひょこひょこと小さな子供が登場していて
主役は子供という印象だった。そこが清くて暖かで絵本を読んでる感じがしたんだけど
本書では子供っぽさが減った感じがしてそれも薄い。前作同様ミステリとしては突飛なネタが
使われるわけでもなく過度の期待はしないほうがいい。ただ謎の解明もその裏にある心情で
暖かな読後感を呼ぶようなものも今回はなくって残念。あとねぇ…「誰かから来た謎の手紙」という
本書全体を通した謎に関してだけど、解明されても「迷惑なやつだなぁ〜」という感想しか出てこなくて
読後がスッキリしなかったよ。柔らかな加納節は健在だがどこか消化不良な感じがする。

「掌の中の小鳥」 加納朋子 ★★★★
---東京創元社・95年---

ある場所で出会った二人は「EGG STAND]という店へ。女は物語を始めた。
二人の主人公が仲良くなり、話を重ねるたびに謎を解き明かしていく、という短編集。前作シリーズとは
違いますが、うまさは健在。これぞ短編の魅力、というものをまた感じさせてくれますよ。

「いちばん初めにあった海」 加納朋子 ★★★
---角川書店・96年---

千波が引っ越しをしようと部屋の整理をしている時見つけた本「いちばん初めにあった海」。
覚えのない本を読んでいると差出人<YUKI>と書かれた手紙が出てきた。内容も謎で
差出人にも心当たりがない。そしてこの本は?千波はしだいに思い出していく。

「化石の樹」との二本立て。二つとも(大きな樹)と(誰かに書かれた物)が大きな役割を果たします。
途中で過去のことや手記が挿入されややこしいので一気読みに適すると思います。
心に傷を負った者の再生記のためかズバァッ!という解決ではないですね、柔らか〜く終わりを
迎えるというか…。解説の人が「後味が良い」と言うが全体としてちょっと暗めでした。
「化石の樹」の誰かに語り続けるような文が鼻につく人もいそうですね。
加納朋子を初めて読む人は避けたほうが無難と言えようぞ。まずは他の作品から。

「ガラスの麒麟」 加納朋子 ★★★☆
---講談社・97年、日本推理作家協会賞、このミス11位---

六編の連作短編集。表題作→十七歳の少女、安藤麻衣子が通り魔に殺された。その日から麻衣子と
同じクラスの野間直子に異変が起こっていることに父が気づいた。まるで麻衣子が乗り移っているように
さえ見える。その話を聞いた養護教諭・神野は何が起こっているのかに気づいた。

周りで起こる事件を通して殺された麻衣子やその周辺の人物の心を描きます。繊細な年代な女の子
なので特にアンバランスな部分を映した作品。加納作品なので柔らかく読みやすい文章に優しい読後感は
健在ですが、いつものキレがないような気がした(気のせい?)。加納作品の綺麗な人物像と
今回の麻衣子の危なっかしく自分中心な性格にズレが合ったように思えたからかもしれない。
いつもほど加納マジックにかからなかったかな、別の言い方ならいつもほど柔らかさや透明感を
感じなかった。3,5点で満足すれば良いのだが加納朋子ならもっと上を期待したいのだ。
今回はちょっと辛口だったがファンだからこそですので…。

「月曜日の水玉模様」 加納朋子 ★★★
---集英社・98年---

七作からなる連作短編小説。主人公は普通のOL、電車でよく見る男と
とある事件で知り合った。その後の日常で起こる事件や謎を二人は解き明かしていく。

加納作品の魅力は「ファンタジックな現実」というか、日常を幻想的に見せてくれるところが特徴だ、
と私は思っています。ところが今回はわりと現実的でしたので魔法にかかったような雰囲気は
少なめかな、という感想。でもあいかわらず短編上手。

「沙羅は和子の名を呼ぶ」 加納朋子 ★★★★+
---集英社・99年---

十編収録。表題作→小学生の和子の前に沙羅という女の子が現れた。しかし
そんな子は近所にいない。両親は心配になった。あり得た世界と今が交錯する不思議な物語。

今までの加納作品と違う印象。ミステリ色は薄めでちょっとホラーで不思議な物語集って感じです。
加納作品は現実にある謎をうまく解いて見せる「日常の謎」系けど、この作品は不思議なことが
実際に起こります。何かいつもと違うな、と思いましたが読んでいると文章や物の見方や感じ方は
加納作品を感じるものですね。相変わらず雰囲気上手で短編上手だ。ほんわかとは一味違いますが
私は奇妙系が好きなので楽しめました。ミステリばかりじゃなくてこういうのもっと書いてほしいな。

「ささら さや」 加納朋子 ★★★★
---幻冬舎・01年---

生まれたばかりの赤ん坊と妻のサヤ、人生これからの時に夫は交通事故で他界。
ところが内気でお人好しなサヤが心配なのか成仏せず、夫は幽霊のような状態でサヤを
見守っていた。サヤが困った時に夫は現れる。自分が見える誰かの姿を一度だけ借りて…。
一方サヤは赤ちゃんを欲しがる夫の親族から逃れ、佐々良という町に引っ越すことにした。

八篇による連作短編集。夫を亡くし傷ついたサヤが新たな地へ引っ越し、新しい友人や
近くにいる夫に助けられながら成長していく物語。人が良すぎて弱々しいサヤの設定は
面白いですね、周りも夫もほっとけないからつい集まっちゃって。ちょっと田舎な町の雰囲気も
マッチして、切なくもほのぼのしてしまいます。一応日常ミステリの一端なのか謎解きはありますが、
ミステリの印象はやや薄め。サヤ達親子を巡る心温まる物語って感じです。加納作品の中でも
特にふわふわしてましたね。加納作品を例えるならミステリ界の甘味処というところでしょうか。
同じような味に飽きたらまた立ち寄って癒されたいです。全体的に女性向きかな?

「螺旋階段のアリス」 加納朋子 ★★★☆
---文藝春秋・02年---

サラリーマンだった仁木は、会社の人員削減のよる退職システムに乗ることにして
探偵事務所を開くことにした。手始めにチラシを配ってみたところ現れたのはフリフリの服を着た
探偵志願の少女だった。彼女は事務所に居付きポツポツやってくる事件を仁木とこなしていく。

探偵と助手が依頼を解決していく連作短編集、というとありがちな話に聞こえますが不思議と
独自の味が出てるんですよね。この味に慣れると癖になってしまいます。今回も柔らかい文章があり
事件を「不思議の国のアリス」に例えたりするところが加納作品らしくてほっこり(?)しました。
すっかりオジサンの仁木と少女めいた安梨沙のコンビもほほえましくて良かった。大掛かりではない
日常の謎系なので三ツ星半ですが、この人はもう点数とかじゃないんだよなぁ。読んでて
心地よい感じがする。好きな短編は「最上階のアリス」苦味と甘味のバランスが絶妙です。

 「はるひのの、はる」 加納朋子 ★★★★
---幻冬舎・13年---

幽霊が視える幼少の頃のユウスケは、河原で「はるひ」という女の子に出会った。はるひは死んだ女の子を助けるから
手伝ってくれと頼みユウスケを連れ歩く。その後も数年おきにユウスケの前に現れるはるひ、毎回何かの手伝いを頼まれる。
そして高校生になったユウスケの前に同級生のはるひが。しかしはるひはまったく記憶にない。一体はるひとは誰なのか。

日常の謎、というにはちょっぴり事件くさいのもあるけれど、全体的にはほっこりあたたかな雰囲気がある一冊。
ユウスケの優しくてちょっと天然なキャラによるものだろう。作者らしい穏やかな人物や子供の描写が気持ちいい。
物語は六編の短編集で、マンガ連載がキツくて逃亡した作家が肝試しに参加させられる話や、私を殺したあの人に
取り殺してやるから手伝えという幽霊の女性などなど、いろんな主役とユウスケには視えるいろんな幽霊が登場する。
ちょっと仕掛けのある短編もあって、ありとすぐ見抜けるレベルだけどあったかい感じで着地する作品が多いので
やっぱりいい気分。読んでいると、どうやらはるひが現実を少し変えようとしているのだなぁというのは感じるのだが
数年おきにしか現れないしちょっとしたことだし目的はよくわからぬまま。さらにはるひにそっくりな少女の謎が
判然としないまま最終章へと向かう。各短編としても面白いし、少しずつ絡み合ってくるのも良いですね。
ちょっと残念なのは幼少の頃の最初の一編がいろいろ関わっているのだけど、ハッキリ言ってわかりにくかった。
何がどうなっているのだろう?と全編読後でさえよくわからなかったわ。うやむや系のやつかと思って最初は
嫌な予感がしたほどだ。そんなことなかったけど。ところで本書は「ささらさや」シリーズの三作目らしい。…読んだのが
二十年近く前だし何となくしか覚えていないうえに二作目を読んでいない自分であるが、別に知らなくても差しさわりはない。
デビュー当時からの相変わらずのやわらかな挿絵に、おまけ短編付きの文庫。ちょっと不思議な娯楽作。バカSF(6・7)
 「カーテンコール!」 加納朋子 ★★★★
---新潮社・17年---

六編の短編集。閉校が決まった女子大、大甘だったにもかかわらず単位が足りず卒業できない落ちこぼれ達を集めて
半年間の延長卒業合宿が始まった。朝に起きられない、腐女子の極み、死にたがり、拒食症、様々な問題を抱える彼女らが
理事長のもと共同生活を通して自分の問題と向き合っていく、生きにくい彼女たちの卒業と成長の物語。

作者らしいやわらかい連作短編だった。問題のある女性らが集まる合宿ということで、心に問題を抱えていたりするし
和気藹々といった雰囲気ではないけれども、時間が経つにつれ絆が生まれて良い方向に向かっていくのが心地よい。
自ら合宿につきあう理事長がいい味出してるなぁ。背が低くてハゲているし、痔も患っているらしいけれどもいつもニコニコ
している理事長が、陰ながら彼女らの問題点を改善するように手を貸している。ちょっとずつ気づかせてあげる優しい理事長、
なんだか癒される合宿である。最終編で語られる理事長の悲しい過去のお話、生徒たちへの思い、そして共に過ごした
合宿も卒業、という場面は寂しくて切なくなっちゃうな。傷を癒してくれ、あなたは素晴らしいんだと立ち上がるための
魔法の呪文をくれるほっこりした小説であった。「鏡のジェミニ」が特に優しくて好き。両極端な二人が少しずつ
真ん中に寄っていく感じがいい。逆にミステリ風味の「プリマドンナの休日」はヤバイだろぅ…。理事長も
気づいていないんじゃないのかぁ?まともそうな人が一番まともじゃないって…。バカシブ(7・9)
「蠱」 加門七海 ★★★
---集英社・96年---

『蠱』・・・恋敵を呪う女の話。カマキリが体内にいたり虫を食べようとしたり
…ゾーッ。気分悪くなってきた。虫嫌いなのでこういう気持ち悪さは好まず。
『浄眼』・・・よくわからない、別に怖くないかな。自分の目が不安になる人の話。
『桃源郷』・・・弥勒信仰の村から来た大学の友人の話。生体ミイラ・・・結構怖い。
『実話』・・・いかにも学校の怪談な話。ドキドキものだった。これも怖い。
『分身』・・・中学校からあまり外見の変わらない男。ある日を境に変化が現れた。ほくろが増え
しみができ、皮下を虫が走るように痒い。男は祖母の話を思い出した。これ怖っ!
どれも短めですぐ読めました。

「蛇を踏む」 川上弘美 ★★
---文藝春秋・96年、芥川賞---

三編収録。表題作→蛇を踏んだ。蛇は「踏まれたので仕方ありません」と言い、
私の部屋で待ち始めた。毎日料理を作り「私はあなたのお母さんよ」と言う。芥川賞受賞。

感想が難しい。次から次に不思議なことが起こるのだ。不思議世界に迷い込んだというか
脈絡がないところは夢の世界に似てるし、日本昔ばなしを見てる気もする。ストーリーに脈絡がなく
話が成り立たないような感じなのだ。この世界に浸れるかがカギでしょうな。柔らかいような文章は
この世界には似つかわしくて嫌いではなかった。個人的に「蛇を踏む」は好きだが残り二つは
げんなりしてしまった。これはもう好みの範疇ではないとしか言いようがないなぁ。

 「乳と卵」 川上未映子 ★★★☆
---文藝春秋・08年、芥川賞---

東京に住む私の元へ、姉の巻子とその娘・緑子がやってきた。巻子は自分の胸が気に入らずに豊胸手術をすることに
執心している。娘の緑子は口をきかなくなってしまいノートに何やら書き連ねている。自分の体の変化、
成長していくこと。やがて子供を産むということ、変化への悩みと母親への想い、緑子親子の渦巻く苦悩。

何やら町田さんのようなつらつらと話すような途切れないような文体の書物が読みたいわね、何かないかしらんと
書店で探している時に思い出した作者、ずいぶんと前に何度か話題になっていて名前は有名だし文体もどのような
ものか聞いていたけれども実際には読んだことが一度もなかった。文体と関西弁とでやはり町田さんを思い出すけども
皮膚に残る化粧品や汗で張りつく髪、乳首の色なんかをめちゃ生々しく書いているのが印象的でございます。
作品を通して緑子ちゃんの成長過程での戸惑う感じといいますか、生理が始まって胸もふくらんで大人に
なっていくことを知っている不安、豊胸にこだわる母親への不満など、漠然とした厭厭、鬱屈したもんがあるね。
豊胸手術の話をする巻子が自分でぺらぺら語って人の話を全然聞いていない暴走した感じとかがまた絶妙に
嫌な感じで描かれているし、一つ部屋で女三人がおるもんやから息苦しいような物語であった。けど終盤で
想いをぶつけるようなとこもあるし少しスッキリしたかな。こういう文体は勢いあってすぐに読み終われる。
ページも少ないし。定期的にこのような変わり種の文体を持ったその時代を象徴する作家さんが
登場する気がするね。最近は宇佐美りんが話題になってたし。シブ知(6・6)
 肉弾」 河崎秋子 ★★★☆
---KADOKAWA・17年、大藪春彦賞---

高校時代部活で挫折を味わい、現在は大学にも通わず家にいるキミヤ。会社を経営しているパワフルな父親に連れられて
北海道へ狩りへやってきたが、そこで凶暴な熊に襲われる。何とか生き延びたキミヤだが、次は首輪をつけた野犬に襲われる。
死を覚悟したキミヤだが最後まで戦うことを決意する。野犬達と熊と、奥深い山中で誰の助けもない命をかけた戦いが始まる。

父の庇護下の元軟弱なキミヤが、最後まで生きようと変貌を遂げて大バトル…と簡単に言えばそんな内容である。
そこに異質な熊と、捨てられ野犬と化した犬達の物語が絡んでくる。犬がどうして山にいるのかという経緯が切なくて
犬が主役でよかったんじゃないかと思えるほどである。一頭一頭に物語があって野犬の群れになっているのが
面白い。でもなぜか物語ってわかってるんだけど、動物が虐待されたり捨てられたりというシーンは胸が痛くなるよな。
反対に熊のほうはやけに獰猛で狂った感じで描かれていて、ちょっと気の毒な扱いだったな。いきなり山中に
投げ出されたキミヤが急激にたくましくなって戦うことに前向きになったり、犬達と戦いの後認められる展開とか
いくら何でもファンタジックにすぎるので「そうはならんやろ」とツッコミつつ読んだので、リアルな凄まじさは
感じなかったけれど登場生物も少ないしすごくスピード感あるし読みやすい一冊。バカパク(6・6)
「長い腕」 川崎草志 ★★★★☆
---角川書店・01年、横溝正史賞---

第21回横溝正史ミステリ大賞受賞作。電車内で唐突に起こった殺人。松山空港で起こるパニック。
都心部での飛び降り自殺。殺人事件発生率の高い村。これらが奇妙につながっていくってな話。

 冒頭からしばらくはゲーム制作やインターネットなどの話が続くのですが、後半に入り都会の現代的な
雰囲気が一変、閉鎖的な空気を漂わせ始めます。物語後半の加速度といい犯人の狂気を感じる姿といい
まさに横溝賞でした。それに何よりあのアイディアはたまげたなぁ。よく思いつくな、そんなこと。
緊迫感もあったし素直に面白くて怖かった。新人でここまで書けたら合格点でしょう。すごい。

「伊豆の踊子」 川端康成 ★★★
---新潮社・50年---

四編からなる短編集、全て二十から五十ページ程。表題作→一人旅をしていた青年は
旅芸人一行と出会い、その中の無垢な踊子に魅かれていく。

やはり表題作が一番良かった。話は短くサラリと終わるようだが、全体的に綺麗で心が
清々しくなるようなラストです。でもちょっとあっさりしすぎかな?短いし…。
他の短編ではわかりにくい話もあったが管理人の馬鹿がばれるのであえて何も言わないでおこう…。
全体的に文章が古いせいかかなり読みづらい、パラパラ読むよりじっくり読もうという気分の時がオススメ。
昔の名作ってことで文章のわかりづらさでの減点はしないことにした。点数は表題作だけでつけた。

「雪国」 川端康成 ★☆
---創元社、37年、ノーベル文学賞---

無為徒食の生活の島村は雪の温泉町で駒子という芸者に会う。
島村の目に映る駒子の情熱を美しくも哀しく描く不朽の名作(裏表紙引用)

ノーベル賞ね…。ズバリ言って理解できなかった。
100ページまで真剣に読んで、全く気持ちが本に入ってないことに気づいてしまいました。
描写は細かくて印象的なのかもしれませんが別に感動するわけでもないし。
含みのある言い方も「わかりにくい」の域を出ない、難解やね。所詮凡人の私には
理解しがたいよ。でも凡人に理解されないなら小説としてどうだろう?と思う(負け惜しみ)
もし中学校の読書感想文に指定されてたら本嫌いになってたこと間違いなしだな。
「自分は文学は理解できる」と思う人にオススメだね、ノーベルだもん。

 「世界から猫が消えたなら」 川村元気 ★★★
---マガジンハウス・12年---

猫のキャベツと暮らす郵便配達員の僕。脳腫瘍で余命わずかとなった僕の元に悪魔が現れた。悪魔によると寿命は明日で
終わりなんだそうだが世界から何かを消すことで一日寿命を延ばせるらしい。僕はその契約をして最初に電話が消えた。
何かを消しながら毎日を過ごす。別れた彼女、亡くなった母、疎遠な父、最後の七日間で僕が見つけた大事なものとは。

横山秀夫の「64」の次に読んだのであまりの落差に腰が抜けた。すごく読みやすい、一日で終わってしまった。
何かが世界から消失したり、悪魔の力で猫がしゃべったり、すごくファンタジックなストーリーなんだけど、自分が死ぬなら何したい?
自分にとって必要なことって?という普遍的な物語なんですね。死を前にして恐怖に怯える感じでもなく、わりとコミカルかも。
両親との思いでや猫の思い出、とても愛にあふれたあたたかい読後感にすらなった。思い出のなかのお母さんが素敵すぎるだろう。
でも★三つなのはなぜか。逆に軽すぎて明るすぎてストレートすぎて次の日には薄れてしまうような感動だぁ。お母さんも美化されすぎで
実在してる感があまりないような。偏屈なんだろか。でもいい話なのでふだん本を読まない学生さんとかに最初のとっかかりとして
オススメしたい本かな。でも猫を表紙に使うのはずるいよなぁ。気になるだろうがっ。バカSF(5・9)
「黒い家」 貴志祐介 ★★★★★
---角川書店・97年、日本ホラー小説大賞、このミス2位、文春4位---

保険会社に勤める主人公が日常に潜む怪物に触れてしまうお話。といってもSFでは
なくて人間の中の怪物。怖さ、という観点から五点をつけました。ラストに近づくともう
止まらない止まらない。助けて〜って読んでて怖かったけどページをめくる指が止まらず。
一気に読んでしまいました。

「天使の囀り」 貴志祐介 ★★★★+
--角川書店・98年、このミス5位---

ホスピス勤務の精神科医・早苗の恋人である高梨は仕事でアマゾンへの調査に加わっていた。
道に迷った時に猿を食べたことが原因なのか原住民とトラブルになり日本へ帰ってきた高梨だが、
帰国後、彼は過食になり性格が別人のようになっていた。さらには天使の囀りが聞こえると言う。
そしてアマゾン調査のメンバーは異常な自殺をしていく。一体何が起こっているのだろうか?

『あるもの』が原因で狂っちゃうわけです。狂っちゃう人間の場面(11章最後)は強烈、
とても映像化できない。想像して背筋がゾゾッとしました。『あるもの』専門の人の話やアマゾンの
部族の民話なども不気味さを増幅して良かった。終盤まで気味悪い空気満載でお届けしてます。
怖さとおぞましさが同居した話に次々ページをめくってしまいました。ちょっと夢に出そう

「青の炎」 貴志祐介 ★★★★☆
---角川書店・99年、このミス15位---

高校生秀一の家にやってきた男、曾根。曾根が来てから一家に平和がなくなった。警察も弁護士も
助けてくれない。母に手を出し、妹にも危害が及ぶと懸念する秀一は自らの手を汚す決意をする。

犯罪に手を染めていく少年の闘いを描いています。少年の周りには悲しみばっかり。
読むうちに少年の心が入り込んできて、全体的に何か悲しかったです。少年が途中で壊れて
しまってるなという印象でした。坂道を自転車で下る少年はどこに行きつくのでしょうか。
少年の若さゆえの単純な・未熟な思考を描くのがうまいです。「犯罪小説は苦手」という意識があったので
本棚に放置されていましたが…早く読めばよかった。読むなら一気に読むことをオススメしときます。

「空飛ぶ馬」 北村薫 ★★★
---東京創元社・89年、このミス2位---
日常の謎という言われ方をよくする作品。「加納さん」っぽいってことで読みました。
女子大生と落語家・円紫さんが出会い、円紫さんが見事に謎を解いていく物語。

謎を解いた時の感覚により評価は難しい。謎を解いたとき現実を突きつけられたようで
なんか物足りなかった。謎が解かれた時、救われるような感じが強い加納作品の方が私は好み。
この作品はシリーズものになっていますので、一作品だけなので評価するのは早いかもね
人気シリーズだって聞いたし。

「スキップ」 北村薫 ★★☆
---新潮社・95年、このミス7位---

つい昨日まで17歳の高校生だったはずが…真理子が目を覚ますと25年後の自分になっていた。
夫も娘もいる。職も持っている。テレビ、電話、様々なものが進化を遂げている世界だった。

いきなりこんな事態が起こったらもっとパニックになるでしょ、とつっ込みたくなる。
夫も娘も当の本人も案外あっさり受け入れているってのはどうなんだよ〜。小説なんだから
目をつぶれと言われてもそれはできないぞ。普通は頭が狂ったのかと思っていくつも病院に行くでしょ。
…まぁとにかく、本書では何だかんだ生活に慣れようとしていくわけです。高校が舞台になる
生活はそこそこおもしろいかなぁ。読後も悪くないと思います。でも…ずっと絵空事のように
感じて読んでしまった。いや、絵空事ですけど。もっとリアルに感じたかったな。
評判はいい作品なんですけどね〜。

「水に眠る」 北村薫 ★★
---文春文庫・97年---

十編による短編集。いろいろな話があります。文庫裏によると様々な愛の形を描いてるんだそうです。
私の印象としてはちょっとファンタジックで静かに切ない短編集といった感じ。印象に残るものもあったが
全体的に好みではなかった。登場人物の気持ちにピンと来ないし、文章の見せ方・表現が
どうも鼻につく。うまいと思う人もいるのだろうけど私はダメです。このような静かで切ない小説を
書く人は多いし、私も結構好きではあるのだが最後まで入れなかった。基本がミステリである作者に
この小説、畑違いではないのだろうか。…でも彼の文章が好きな人なら心地よい静けさかも
しれませんね、とフォローもしておこう。ちなみに姉は気に入ってました、女性向きなのか?

「盤上の敵」 北村薫 ★★★★
---講談社・99年、このミス8位、文春7位---

散弾銃を持った男が主婦を人質に立てこもった。カメラに囲まれた家の中の犯人と
家の主人が交渉を始める。この事件はいかなる決着を見るのか…

出だしから「心を休めたい人には不向きです」と書かれる通り北村薫らしくないようです。
事件と妻の回想が交互に書かれ断片から全体を読み取っていく物語。
意外と面白かった、事件の盛り上がりと妻の回想の静けさが相まって読みやすかった。
骨組みもしっかりした「本格物」。人間の冷たさとそれに触れた者…何か悲しい話でした

「謎のギャラリー 特別室」 北村薫【編】 ★★☆
---マガジンハウス・98年---

代表して「遊びの時間は終わらない」を紹介。警察の銀行強盗対策訓練中、生真面目な強盗役刑事は
すんなり捕まらずモデルガンで銀行に立てこもった。記者が見ている中、訓練を中止すれば警察の
威信に関わるため止めるわけにもいかず…。やがてテレビも駆けつけ滑稽な銀行強盗中継に発展した。

十二編からなる短編集。四ページの不思議な超短編から謎の漫画、古文調ものに海外物と作品は
多岐にわたります。好みの話もありましたが中途半端、わかりにくい、といった感想を持った話も少なからず。
全体を振り返って高評価につながりませんでした。一冊でいろいろな味が楽しめるので好きだ、という人は
いるでしょう。「古今東西の味を試せる傑作アンソロジー」ってとこでしょうか。

「姑獲鳥の夏」 京極夏彦 ★★★★☆
---講談社・94年、このミス7位、文春7位---

昭和二十七が舞台のようです。二十ヶ月妊娠したままの娘がいるという噂が流れた。しかも
その夫は密室から姿を消したという。関口、中禅寺らがその謎に関わっていく…。

こりゃビックリだ!すごいこと考えるなぁ京極夏彦。ミステリなのだがまさかの真相だ。人間が見る
世界という舞台のギリギリ端っこまで使ったりしてる。これはスゴイ。眩暈がする真相だな。
この小説は序盤からうんちくが冒頭からダラダラで、腹を立てて本を投げたくなるけどそれはダメ。
これ以降は最後まで複雑ですごい世界が待っているのだから。そして「あること」に気づかされた時
あの長ったらしいうんちくの意味がわかるってわけだ。でも長話は聞いてて疲れるから減点しよう。

「魍魎の匣」 京極夏彦 ★★★★☆
---講談社・95年、日本推理作家協会賞、このミス4位、文春4位---

あらすじは説明が難しいんです。巨大な箱型建築物。バラバラ死体に人間消失に謎の小説家と
様々な要素が二重三重と絡みあい結末へ向かう、といったところ。…ブ厚い。そして例によって
うんちくが長い。「姑獲鳥の夏」のうんちくは不可欠だったと理解してますけど今回は別になくても
良かったんじゃ?便秘三日目のごとくウンウン唸りながらかつ文句を垂れ流しながら読み終えた。
…でも文句のわりに得点が高いですね。雰囲気作りが上手いし、怪しげな題材が魅惑的で
いつの間にか引き込まれていたようです。読み終えたとき私も男がうらやましくなった一人になりました。
本を閉じた後にっこり笑って「ほう」と言ってしまった。長いので説明しづらいけどこの世界はスゴイ!

「狂骨の夢」 京極夏彦 ★★
---講談社・95年、このミス9位---

他人の記憶のようなものが頭に浮かぶ朱美、彼女のもとに死んだはずの夫が現れる。
夫を殺し首を何度も落とす朱美、しかし夫はまた…。海を漂う髑髏、集団自決…様々な
事件が絡み合った結末は?京極堂のシリーズ3作目。

…長い。文庫化して加筆されたそうだが、かなり読みにくかった。前の2作が良かったので
期待しすぎたか…。確かに独特なんだけど読んでて真相に興味を魅かれなかった。真相は複雑で
都合いいな〜って感じでイマイチかも。それに「歴史」と「宗教」に「夢」に関する話が長い長い。
仏教の○○流とかユングがフロイトがとか言われてもねえ。もし興味があるなら自分で文献で
調べるとかするよ…小説で読まされたくないんですけど。よっぽどのすごい話でないと京極本の
長さはだれてしまいます、今回はだれちゃった。日数もかかったし…。長いわりに特に読後に残る
印象もなかった。このシリーズ手に取るのはこれが最初、というのは避けた方がいいと思う。

「巷説百物語」 京極夏彦 ★★★☆
---角川書店・99年、このミス20位---

又市・おぎん・治平…さらに考物の百介を加えた四人が妖怪変化をあしらった仕掛けを打つ。
世にはびこる悪人達が奇怪な仕掛けに裁かれていく七編の短編集。

京極らしく妖怪奇談を扱いつつも、闇で悪を討つ勧善懲悪ものミステリ風味。例によって長いけど
語り口調を交えながらの文章は読みやすいし、不思議な雰囲気を醸し出すのも心地よい。
でも妖怪話や奇怪な見せ方はするのだが、不可思議な妖怪そのものは出ない話なんですね。
てっきり妖怪が出たりして不思議系も交じるような話だと思い込んでいた私は残念だったよ。
面白かったのだが素晴らしいというほどでもないので三ツ星半だが、京極ならではの空気が
あるのはいいね。それとミステリ風味と書いたが謎が提示されるというより、話自体が
よくわからぬまま進んで最後になって「ああそういうことか」って系統が多い。だから短編の途中で
次の日に回して何が何だかわかんなくなったことがあったよ。だから一つ一つは一気に読もう。

「霧舎巧 傑作短編集」 霧舎巧 ★★★☆
---講談社ノベルス・04年---

六編収録。後動探偵の推理小説の他に、島田荘司のシリーズ探偵・御手洗潔が主人公の
一編も収録されている。なかなか面白かったですね。無駄な描写がないのでパッパと進むし
複雑な事件もちゃんと上手くまとまっていました。強引な部分もあるものの、よく練られているし
他の短編と後々で絡んでくる短編があるのはビックリでした。ただ「事件→展開→謎解き」という
ミステリの王道パターンにはまった短編が多いので、全体的に印象薄になるかもしれませんね。
私はかえって唯一毛色の全く違う「月の光の輝く夜に」が印象に残りました。→兄弟が死んでいく
薄幸の少女と付き合い始め仲良くなっていくが、突然人が変わったようになることがあった。
一体なぜなのか?という恋愛風ミステリだが、狂気と清楚の入り混じった少女が不気味でした。
王道ミステリものでは「動物園の密室」が好き。ヒンヤリした感じで締めくくるのが味だ。

「顔に降りかかる雨」 桐野夏生 ★★
---講談社・93年、江戸川乱歩賞、文春2位---

江戸川乱歩賞受賞作。友人の恋人に疑いをかけられた村野ミロ、友人が一億円を持って
逃げたのである。この疑いを晴らそうと友人の恋人である成瀬と事件を探る。はたして事件の真相は?

ちょっと辛口で申し訳ないですが、つまんないです。いかにもハードボイルドのお手本を
真似ましたという印象。たぶんこういう展開だろうなぁとか思ってるとそうだったりして驚けず。
形に拘ることないんと違う?でも女性ものハードボイルドが嫌いな私だからこんな評価なだけかも。

「OUT」 桐野夏生 ★★★★
---講談社・97年、日本推理作家協会賞、このミス1位、文春2位---

弁当工場の夜勤でわりと仲の良い四人の主婦、うち一人が旦那を殺してしまった。
相談された雅子は死体を処分してしまうことを考える。母子家庭で娘と寝たきりの姑がいる
ヨシエや、短絡思考の浪費家邦子の利害も巻き込んで主婦達の犯罪が始まる。

『生臭い』…この小説を一言で表すとこうなる。死体処理はもちろんだが、思春期の娘と
寝たきりの姑がいて生活が苦しい主婦・ヨシエの疲れた様子や、目先のことばかりで借金も膨らみ
男にも逃げられる邦子(←こいつは読んでて腹立つほどだ)の生活まで生々しく感じられるのだ。
毎日続く生活に嫌気や疲れを感じ、それが変わるかもしれないという魅力にフラフラと道をそれていく
女達の内面の変化もうまいですね。お金が入れば喜ぶし旦那を殺した主婦はいなくなったことに
ウキウキしてしまったり…生臭いです。それに文章が読みやすい。登場人物はわかりやすいし
生々しさにすごみがあり、グイグイ読み進めてしまいました。…ただ終盤がスッキリしなかったのが不満。
二人だけが異常さを理解しあってるラスト…今までの流れにそぐわないラストな気がしないでもない。
余談ですがTVドラマ版の雅子役・田中美佐子とヨシエ役・渡辺えり子という配役は完璧だと思う。
※面白いですが心がキレイになる話ではありません。健全な主婦の方は必要以上に共感しないでください。

「廃用身」 久坂部羊 ★★★☆
---幻冬舎・03年---

廃用身という麻痺して回復することのない手足が、老人と介護者の負担になっている。
これを切除すれば本人にも介護者にもいい影響がある、そう考えた医師の漆原は廃用身を
切断する医療を始めた。やがてそれはマスコミの格好の餌食となる。これは医療か虐待か。

前半は漆原医師の手記で廃用身切断に関する考察になっている。後半はメディアに
知られたその後や被手術者のその後が編集部によって語られる変わった構成である。
リアリティがあった。まるで医学の入門書のような感覚だったし、実際に起こってそうなところが
不気味だ。読者に与える漆原医師の印象をうまく操る構成も見事だ。正義の医師に見えたり
暴走トンデモ医師に見えたりする。とにかく真面目でありリアルであり陰惨でもある。
生々しく介護問題を考えてしまう。人に薦めたいような…薦めたくないような…確かに問題作だ。

「邪馬台国はどこですか?」 鯨統一郎 ★★★★☆
---東京創元社・95年、このミス8位---

短編集です。あるバーの常連は来るたびに歴史を検証しあう、バーテンダー松永もそれに
聞き入るのだが、その内容は「邪馬台国東北説」「ブッダは悟りなんか開いてない」など
仰天するようなことばかり。しかし話を聞いていると正しいような気が…。

人によって評価は真っ二つである、と断言しておきます。トリックなんてありません。ただ奇抜な説を
証明しようとしていくお話です。「学校で習う歴史はどうして昔の文献を信じているのだろう、学会で
多数派だから教科書に載っているだけなのでは?現に発掘捏造で教科書は一瞬にして何万年以上も
変わったじゃないか」なんて学生時代に思い続けてましたよ。歴史のわからない部分は小説のように
いくつも解釈があればいいじゃないか、その気持ちを理由つきで代弁してくれた小説でした。
日本史の知識は中学レベルでOKです。ただし本当の意味で歴史に興味のない方や、歴史は
一つなんだ!と怒ってしまいそうな人にとっては面白くもなんともない小説でしょう。聖徳太子なんて
本当にいたのか?と思っていた私には「聖徳太子は誰ですか?」など痛快そのものだった、グフフフ。

「CANDY」 鯨統一郎 
---祥伝社文庫・01年---

キャンディを持ってるだけで死刑にされそうになり、千円札は高橋秀樹で、みのもんたが
この世の富を掌握している。どうやら変な世界に迷い込んだらしい。この世に存在する
3つのキャンディをなめれば助かるかもしれないと教えてもらう。

何だこりゃ…。これを本として出版する根性だけはほめてつかわす。
くだらなさすぎて笑わせようということらしい。東京ドーモ学園、シャーリーズエンジェル、
団地街平行棒など何かのパロディやダジャレばかりな世界。ストーリーはズバリ無しに等しい。
めちゃくちゃで適当に書いてある感じかな。最初ちょっと笑っちゃったけどね。
こういうの好きな人もいるんだろうけど人に薦められるような作品じゃないなあ。
短い話なのですぐ終わります。読んだら疲れがどっと出たのはなぜだろう…。

「ヒミコの夏」 鯨統一郎 ★★★
---PHP研究所・03年---

ライターをしている祐介は取材中に一人の少女と出会った。警察に連れて行こうとするが
少女は抵抗、両親が警官に殺されたというのだ。仕方なく家に置く祐介だが、少女に植物の声が
聞こえるという能力があると知る。「イネが怖がっている」と言うのだがそれはどういう意味なのか。

古代米から生まれた「ヒミコ」という米が人気爆発、コシヒカリに並びこのまま食卓を席巻する
勢いである…という設定。少女の両親が殺された謎と新種米「ヒミコ」の異常な普及の謎を
ライターが追う正統派なミステリ。正直展開が強引というか、ライターが大きな問題を
一人でどんどん知っていくのは都合良すぎな印象を覚える人が多いのではと思います。
ミステリーで言うところの犯人当てだとか「ヒミコ」に隠された秘密などの謎部分に関しては
見当がつけやすいのも残念。でもお米業界を題材にしたのは初めて読んだけど面白かったです。
日本人だしお米は身に迫る問題ですからね。総合的にはまぁ…微妙な一冊ですね。
半月経ったら忘れてそう。エンディングがあまりにベタすぎたのも嫌でした。

「謎の母」 久世光彦 ★☆
---新潮社・98年---

十五歳の少女があこがれる小説家の姿や少女の家族などの姿を描く。
少女の好きな小説家が朽木さんというのだが、これが太宰なのだそうだ。少女の目から見た
太宰が描かれるわけです。物語は少女の語りで統一されているのだが…ダラダラした感があって
正直読むのが辛かった。はまればグイグイ行くのかもしれませんが私はう〜んと唸ってました。
描かれる時代がそうですが、文章でも古い純文学を連想させます。純文学好きな太宰ファンで
なければ良いとは感じにくいのでは?逆に言えば太宰ファンなら良いと感じるのでしょうね。

「ふがいない僕は空を見た」 窪美澄 ★★★☆
---新潮社・10年、山本周五郎賞---

コミケで知り合った主婦あんずとコスプレでセックスを続ける高校生一年の斎藤くん、その主婦は姑からの不妊治療を激しく
迫られている。二人の行為が明るみに出てネットで問題化し、学校でも斎藤くんの家の助産院でもビラが撒かれたりもした。
斎藤くんのことが好きな同級生七菜、ぼけた祖母の面倒を見ながら貧しく暮らす同級生福田、助産院を営む斎藤の母、
性に翻弄されて、家族に翻弄されて、悪意に翻弄されて、失敗しても生きていく。五編の連作短編集。

短編なのかと思って読んでいたら、前の章に出てた人が主人公となり続いていく。長編といっても良い小説。
最初の一編から高校生がコスプレ小太り主婦とやりまくっているので面食らってしまった。主婦の旦那も危ない人物だし
姑も強烈だなぁ。なので二編続けて全然好きになれないやつらの乱れた生活を見せられているようであまり面白くなかったが
後半にいくほど前向きな登場人物や内容も多いので後味は良かった。中でもバイトを掛け持ちしている福田君は
応援したくなる存在。親はどこかへ行き、徘徊する婆さんを見ながら生活していて不憫だが、友達思いで勉強しててまっすぐな男だ。
だいぶ本書のイメージアップに貢献してた。本書はどの章にも性欲だったり性癖だったりの影響で道から外れ人生の歯車が
狂ってしまう部分があって、そして周囲はそんな部分につけこんで糾弾してくるという現代的な恐ろしさも繋がっている。
性が狂わす部分が存分に描かれているわけだ。しかし斎藤くんの家が助産院なので生命を誕生させるという前向きなところも
描かれている。トラブルや悪意がたくさん登場するのに、どこか前向きな小説に思えるのはそんな部分だろうな。
しくじっても、許されなくても、生まれたからには抱えて生きていくっきゃないんだよな。シブ青春(7・7)
「星降り山荘の殺人」 倉知淳 ★★★★
---講談社・96年、このミス12位、文春7位---

いかにも本格推理小説な設定、閉ざされた雪の山荘、かっとんだ登場人物たち。UFO研究家、
作家、女子大生、スターウォッチャーなる肩書きのタレント。当たり前だが殺人が起こる。

作者の言葉が度々書いてあります。語り手はワトソン役で犯人ではない、とか。
フェアにやるぞ!ってことらしい。私はわりと楽しめたほうでした。馬鹿な登場人物が
笑えるし文章にもあまり緊迫感がない。その気の抜けたところが好きだった。
まさに娯楽作って感じです。気の抜けた空気を笑える人のほうがいいでしょうかね。
いろいろ他の人を見ると大好き、嫌い、ともにいて様々。謎解きがちょっと危ういかな〜
というところも含めて賛否両論でした。物足りないとこもあったことはあったが楽しめた一冊。

「大人のための残酷童話」 倉橋由美子 ★★★
---新潮社・84年---

1話5〜10ページ程の創作童話集。一寸法師やかぐや姫、ギリシャ神話にグリム童話まで
あります。「むかしむかし〜」で始まるような話なので不思議なこともバンバン起こるし神様も
出てくる。でも結末は必ず良いものではありませんでした、その名の通り残酷なものもありました。
全体的に「自業自得」の世界なんだそうです。とにかく聞いてた話と違う昔話。
めちゃくちゃというわけではなく普通に面白い。ヒマな時にでも読みたい。

「そして粛清の扉を」 黒武洋 ★★★★+
---新潮社・01年、ホラーサスペンス大賞--

ある高校の史上最悪のクラスで担任女性教師が生徒を人質に立てこもった。教室では過去の
犯罪をもとに生徒達を「処刑」していく。教室は血の海…。警察・マスコミ・親達の見つめる中
惨劇は続いていく。教師はこの後どうするつもりなのか…。

うわ〜問題だなこれは。とことん悪いやつなら処分すれば良い、という教師の短絡思考も好きに
なれないし、悪事を犯す生徒達はもちろん好きになれない。魅力的な人物のいない、異常者ばかりの
物語でした。…しかしつくづく完全な悪人を描くのは難しい、と感じた。犯罪歴や言葉遣い程度では
読んでてそれほど憎しみ感情を逆撫でられない。しかしながらのっけから突っ走るストーリーは面白かった。
リアリティがないからできる面白さ、ドキドキしました。ちょっとしたストレス発散にもなったりして…。
法律なんて加害者に優しいだけだとか、刑の基本は教育系より応報刑だと思ってる人はスッキリするかも。
わからないのは「ちょっと」を「一寸」と書くこと。昔の小説かよ。それから(こっから未読はダメ)
地雷を仕掛けた理由は一体??あの結末からはわからなかった、何か見逃したかな〜??

「UNKNOWN」 古処誠二 ★★★☆
---講談社ノベルス・00年、メフィスト賞---

自衛隊の中で対空レーダーを扱う警戒監視隊の隊長室に盗聴器が仕掛けられていた。
仕事柄部屋の出入りには細心の注意が払われていたはずなのだが…一体どうやって?
隊の統率を乱さぬよう保全点検の名目で防衛部調査班から朝香二尉が送り込まれた。

戦争もののイメージがある古処誠二のデビュー作である本書は自衛隊基地の話であった。
普段見ることのない特殊な環境が面白いですね。どんなことしてるのかを知るのも楽しいし
呼称の際に「三曹」や「三佐」などの階級がついたりという日常を読むだけで一般人には目新しい。
ミステリとしては佳作くらいか。基地内の一つの謎に終始するので大きさはないが伏線はあるし
環境ならではの謎なので興味が持てるし楽しめた。そして文章がユーモアを含んでいてキャラも
明るめなので題材がお堅いわりにかなり読みやすいと言えますね(デビュー作ゆえか比喩が
うまくない気がするんだが)。戦争ものを先に読んでいる私はユーモアを含んだ文章に若干の
違和感があって物足りないが、いきなり戦争ものは手に取りにくい人にはピッタリかもしれない。

「ルール」 古処誠二 ★★★★☆
---集英社・02年---

第二次世界大戦、フィリピンで物資を輸送する中隊には残酷な状況になっていた。
完全にアメリカに押され原住民からも狙われる日々。食料はほとんどなく兵の大半は病人だ。
限界はもうとうに超えていた、仲間は次々と死に自分も死と隣り合いながら虫や雑草で飢えを凌ぐ。

古処誠二を読むのは初めてだがその圧倒的な筆力に舌を巻いた。徐々に追いつめられる
兵の姿がなんの嘘臭さもなく迫真に感じられる(真を知らないのに迫真というのも変だが)。
痩せ細りヒルしか食べるものがなく、死ぬことよりも死ぬ理由に恐怖を抱くまさに限界を超えた
状態。現代常識では当たり前の「尊厳」さえ消えかけるほど非情だということに胸が塞がる。
「生きること」と「尊厳」のはざまで揺れる彼らの心中は自分には想像することすら難しいだろう。
尊厳を失くした姿を見られることより死を選んだ若い兵(チョイ役だったが)の姿が印象的であった。
ストーリーがどうとかではなく限界を超えた人間の姿に感じるものがある小説なのかもしれない。
兵が密林を移動する姿がほとんどのため戦争ものが初めての人は面食らうかもしれないが
圧倒されることは間違いない。まさに傑作だと思う。エンタメというには内容があまりに
重すぎるが、フィクションでありながら多くの人間に読まれるべき小説がここにある。

「接近」 古処誠二 ★★★★
---新潮社・04年---

米軍が上陸してきた沖縄、弥一少年は日本と兵隊に憧れを抱きながら兵のために働いていた。
しかし米軍に日本は押された。兵が乱れスパイも入り込んでいるらしい。少年の信じたものが歪む。

「ルール」に続いての古処誠二だが、今回はページ数は控えめで読みやすくなっている。
しかし同時に「ルール」の時の凄まじさが影を潜めてしまっていますね。ちょっと物足りなさを感じてしまった。
今回も戦時下という舞台を生かしたストーリーが見事である。忠誠心を失くして私欲で動き出す日本兵と、米軍から日本兵の
格好をしたスパイ達が送り込まれているという情報により何も信じられなくなる状況を少年の目から描いている。国を信じ
兵を尊敬する少年の純粋な心の動きが痛い。それから冒頭で米軍で日本兵に成りすます訓練をしている男が描かれ
それが小説中の誰かという謎もある。しかしそれはメインではなく、あくまで戦時下の描写と謎の答えに気づいた時に揺らぐ心が
メインだと思う。描いているものはまったく違うが「謎が解かれた後の心情で魅せる」のは横山秀夫の上手さを
連想させた。「ルール」に比べると物足りない反面読みやすい…四つ星ってとこか。これからもチェックしたい作家だ。

 「中尉」 古処誠二 ★★★★
---角川書店・14年---

終戦を迎えようとしていたビルマ、尾能軍曹はペストの囲い込みのためにメダメンサ部落へ派遣され、そこで伊与田中尉の
サポートをすることに。しかし伊与田中尉は軍人らしからぬ風貌、住民とは親しく話しモタモタと車に乗る。住民からの評判はよく
ペスト対策も、そして戦争も終わる頃、ダコイと呼ばれる強盗団に中尉がさらわれる事件が起こる。終戦となり収容所生活になっても
中尉の行方は不明のままのようだった。死亡か、逃走か、それとも…。尾能軍曹は中尉がどこへ行ったのか想像をめぐらす。

戦争の中、軍人として気を張っている尾能軍曹と対照的な伊与田中尉が捉えどころのない人物として描かれている。
住民と仲良くすることだと説き、ピリピリとしている尾能軍曹の目を諫める。ドクターだからなのか軍人の威厳が全然ない。
そこへ来てメダメンサ部落のコサンツーという若者が尾能軍曹にあまりいい印象を持たなくなっているし、日本軍が負けたら
ビルマ人がどのような態度に変わるのか予想ができないという状況も相まって、伊与田中尉のダコイによる誘拐事件が
「謎」として機能してきている。答えはハッキリとは出ない。しかし伊与田中尉への印象は確実に逆転している。
人から軽んじられる堕落した軍医、本当にそうだったのか尾能軍曹と共に読者も変貌を遂げていくと思う。
終戦、現地のビルマ人、ペスト対策、特殊な状況における人間ドラマをうまく扱ってエンターテインメントに仕立てる。
作者ならではだ。現地ビルマ人の名前を最小限しか登場させないのも読みやすくさせている。バカシブ(5・9)
 「生き残り」 古処誠二 ★★★★+
---角川書店・18年---

北ビルマでの転進、メンバーは経験の少ない見習士官、戦地で部下を失い力を失った伍長ら六名。敵機の襲撃を受け
中州に取り残されたメンバー、そこには伍長の刺殺体が発見される。自決か、それとも…。見習士官への反発や伍長への軽侮など
様々な疑念がメンバー内に沸き上がる中、中州はゲリラに囲まれて八方塞がりの状況になっている。それからしばらく…転進中の
二人の兵の前に、単身逃れてきた兵がいた。どうやら中州の生き残りのようだが…なぜ一人なのか。中州で何があったのか。

単行本の帯がミステリっぽく仕上げてあるけど、読んでてミステリって感じはしないかな。いつもの古処戦争小説という感じ。
伍長が死んだのは自決か他殺か、誰か、なぜか、という謎は存在するが戦争という状況下において、そして兵隊達が極限で
行動しているので、複雑になる。多くを助けるために足手まといを切り捨てたり、助からないものを介錯したり、また自己の
利益のために殺害したり、行動原理が多いのでややこしくなる。それは「兵隊」という存在だからなんだろう。上官として
精一杯行動するもの、人間として行動するもの、一兵隊として行動するもの、その原理が一致しなければ疑念があったとしても
わからない。相手のことも理解できない。そんなどうしようもなさが描かれている。どの登場人物も悪意があるわけではない。
ただ相手のことが愚かに感じられるだけなのだ。読んでてつらい。閉塞感と絶望感、しかしプライドを持って行動している。
兵隊の矜持が溢れた一冊だ。しびれた。エンタメ・ミステリという読後感じゃ全然ないですね。シブ知(9・4)
敵前の森で」 古処誠二 ★★★☆
---双葉社・23年---

第二次大戦終了後、北原は捕虜の処刑と民間人の虐待に関する尋問を受けていた。インパール作戦のビルマの森で
日本軍と英国軍がにらみ合っていた中でそれらしいことは起こっていた。落命間際に懇願するインド兵を楽にしたこと、
日本軍に協力していた仲間のビルマ人が突然逃走したことだ。しかし尋問は細かな事柄を探るばかりで犯罪を
調査しているとは思えない。突然逃走したビルマ人、やけに反抗してきていた部下の兵長の行動には整合性が
欠けていた。あの森で誰が何を考えて行動していたのか。

例のごとく戦争小説だ。死が目前にある極限状況で、少尉だが見習の北原と、胆力のある部下・佐々塚、
視力・聴力を見出され日本軍に協力を志願した志願したビルマ人のモンテーウィンを中心に物語は進む。
それぞれの立場の意地がぶつかる緊迫感がずっと続き、命をかけた敗走へと繋がっていく。佐々塚兵長への疑惑と
終戦後の尋問の目的、明確なミステリーがあるわけではないが何かスッキリしない疑念がまとわりつく森の中。
物語の終盤、終戦時に英国側で起こった事件もかかわり北原・佐々塚を始め、ビルマ人、インド兵、英国側が何を考えて
いたのか明らかになる仕掛けだが、意外にも人情っぽい部分が多いためこんな凄惨な内容なのになぜか読後感が良い。
特にある人物における印象をガラッと変えるのが見事。思わず敬礼したくなっちゃうぜ。でもちょっと甘すぎるかなぁ…。
こんなヒューマンドラマが消し飛ぶ現場なんだろうよ実際は。本書は森ばかりなので他より読みにくかったのが
難点かな。指揮壕と待機壕と警戒壕と部落があってスルサーラ道がある、、と地形がさっぱり想像できなかったくて
しんどかった。実際には何となく理解できてれば物語に支障はなかったけど。バカシブ(2・8)
「玩具修理者」 小林泰三 ★★★
---角川書店・96年、日本ホラー小説大賞短編賞---

玩具修理者…玩具修理者は壊れたおもちゃは何でも動くようにしてくれる。
ある日事故で弟を死なせてしまった少女は玩具修理者に直してもらおうとする。
…まあ、そこそこのホラーという感じでした。ホラー小説大賞短編受賞。

酔歩する男…一人の女性を取り合い死なせてしまった二人の男。女性が忘れられず
ある方法を考えた。それは脳の中の時間感覚を左右する器官を壊し波動関数の
収束の理論に立ち向かうものだった。時間から解放され女性に会うというのだ。
…な、なんじゃこりゃ〜!と読んでて驚き。SFホラーというのかな?観念や理論の世界です。
それが現実になったら、という話。世にも奇妙な物語が好きな人にはオススメ。
現在の自分があやふやで怖くなります。もの忘れがひどい人、あなたもひょっとして…。

「アルキメデスは手を汚さない」 小峰元 ★★☆
---講談社文庫・74年、江戸川乱歩賞---

建設業者社長の娘が子宮外妊娠が原因で死んでしまった。死ぬ前に少女はアルキメデスという
言葉を残した。父親は娘の相手が誰か暴こうとする。しかし高校では別の事件が発生し…。

少しだけながら時刻表や密室などがあり、推理ものの雰囲気はありますが
すごい謎解きがあるわけでもないし、全体的に強引な話でした。高校が舞台になっていますが
高校生達が偉そうで理屈っぽく、何となく胡散臭い人物像なのも好きになれないです。これも時代が
違うからなのかな。乱歩賞受賞で結構売れたらしいですが、個人的にちょっと退屈しちゃった。

「凍える島」 近藤史恵 ★★☆
---東京創元社・93年、鮎川哲也賞---

友人や知り合い同士の八人が孤島へ旅行へ行くことになった。
八人の中には不倫関係もあって微妙な関係。そして例の小説っぽく一人減り…。

不倫などによる心理だとか微妙な関係とか書かれても別に面白くない。恋愛ドラマとか好きな人なら
熱狂するかも。私は苦手だ、芝居っぽくてひいちゃったよ。雰囲気に入れるかどうかで決まるだろう。
読者次第なのかも。で、内容は本格なので謎解きもメインです。話にのってないせいか個人的に
あの真相は何だそりゃな印象でした。動機なんて特にね。まぁ要するにあんまり楽しくなかったです。
ところで内容とは関係ないところで気になったのが、簡単な漢字をわざと平仮名表記してる部分。
おまけに「セエタア」に「コオヒイ」に「モォタァボォト」とか…。何か意味あるのだろうか。