「ちいさなちいさな王様」 アクセル・ハッケ ★★★☆
---講談社・96年---

あるサラリーマンの家に指サイズの小さな王様が来るようになった。王様は生まれた時には
何でも知っているが時を経るにつれどんどん体は小さくなり色々なことを忘れていくらしい。
でも頭に自由な空間ができるから小さくなっていくことがどんどん楽しくなることでもあった。

生まれたときは大きくてどんどん小さくなる王様…可能性や想像力と置き換えていいのだろうか。
物を理解するにつれて想像することは小さくなり可能性も少なくなっていく。「そんなふうに
小さくなるのはおれたちと違って、素敵じゃなさそうだな」と言う王様が少しうらやましい。
未来に対して常に楽しみを覚えて自分の好きなことをワガママいっぱいにする王様…人の心に
住む王様もどんどん小さくなってるんだろうね。なんて思わせる本であった。あっさり読み終わるので
あっけないが後からジワジワくるね。それから挿絵がすごく魅力的だ。胸ポケットから顔を出す
王様や、癇癪を起こしてコーヒーカップの横から角砂糖をブチ込む王様の絵は何だか笑える。

「13ヶ月と13週と13日と満月の夜」 アレックス・シアラー ★★★☆
---求龍堂・03年---

12歳の女の子カーリーのクラスにメレディスという変わったところのある転校生がやってきた。
ある日カーリーはメレディスのお婆ちゃんに驚くべき話を聞く。メレディスは本当は年老いた
魔女で、体を入れ替えられてしまったため本当のメレディスはそのお婆ちゃんだという。
半信半疑のカーリーもある時確信し、メレディスの身体を取り返そうとする。しかしその先には…。

女の子による語り口で、不思議でちょっと怖い物語。子供の頃にワクワクして読むような
そんな物語かもしれない。少女が魔女相手に苦労しつつ奮闘して、スッキリとした終わり方。
後半に都合の良い展開はあるが、そこは〜ホレ、そんなもんでしょ。子供向けだろうし。
子供に読ませるも良し大人が童心に帰って読むも良し、『年を取る』ということを子供に
考えさせる部分もあるかも。そこそこ楽しめた。前半のサスペンス感は好きだな。

「34丁目の奇跡」 ヴァレンタイン・デイヴィス ★★★★
---あすなろ書房・02年---

サンタの別名であるクリス・クリングルを名乗る人物が老人ホームにいた。しかし自分はサンタだと
言い張るクリスをホームは置けなくなった。そこで街へ出たクリスだがあれよあれよと人気者に。
街も明るくなってゆくのだが…クリスのことが気に食わない人物のために裁判にかけられてしまう。

おもしろいっ!まさにクリスマス(今日だ)にピッタリの物語と言えようぞ。商売のことより
子供が喜ぶことだけを望み、サンタなんていないと言う子供がいれば悲しい顔をしてしまう。
そんなクリス老人が素敵だっ!この老人はサンタか否かという裁判もおもしろいですね〜。
商売第一のデパートも、心が乾いてる子供も大人もクリスに癒されていく…そしてみんなが
ハッピーになる楽しく温かいクリスマスの物語でした。ぜひぜひクリスマスに読もう!そんなに
長くないし展開もうまく気持ちよく読めました。見たことないけど映画にもなっているようです。

「フェッセンデンの宇宙」 エドモンド・ハミルトン ★★★☆
---河出書房新社・04年---

<奇想コレクション>としてまとめられた1920年代〜50年代のSF短編九編。
表題作→科学者フェッセンデンが研究室で人工宇宙を創作、そこには様々な宇宙や惑星・生物が
いて違う速度で活動していた。しかしフェッセンデンは実験と称して小さな惑星達を滅ぼしていった。

他にも翼を持って生まれた人間の苦悩を描く「翼を持つ男」や、地球に彗星が接近した状況で
それが彗星人(←姿形が変)の策略だと偶然知った者達が地球を救うべく奮闘する「凶運の彗星」、
眠るともう一つの世界があり、そこで眠るともう一つの世界で目覚める。どちらが本当の世界なのか
わからずに生きてきた男の話「夢見る者の世界」、他にも火星探査から帰還した男の話、水星から
帰還した途端に探査局を辞めると言い出した男の話など様々だ。まさに奇想という古典であるが
宇宙を旅したり、風が生きていたりするSFであるだけに現代に読んでも色褪せてた所はない。
自分が出会った事や宇宙で見た物のために、苦悩や悲哀を覚えるような感触が多くて印象的な短編集。
SF作家同士が集まって話していたらうち一人が「ある世界を想像するとカチリと音が鳴りその世界にいる
自分が現れるんだ」という話をし始める「追放者」というショートショートが切れ味が良くて好みだった。
「十日間の不思議」 エラリイ・クイーン ★★☆
---ハヤカワ文庫---

旧友のハワードがエラリイを訪ねてきた。19日間記憶を無くしていたと言う。
また無くすかもしれない、同行して見ていてほしいと頼まれた。彼の家へ行くと
いろいろ問題のありそうな人間関係。そしてハワードはエラリイにある秘密の関係を語る。

脅迫電話がかかったりいろいろあるわけです。が、人はなかなか死なず登場人物も少ないので
心理描写に重点が置かれます。クイーン作の中でちょっと違う印象を受けました。事件もキリスト教
関係の話が絡んできて、日本人には??な印象だと思います。まあ、例によって一捻りの驚きはあるし
クイーンが真相に気づいても中々喋らなくって読者を悶えさせるのは相変わらずです。ちなみに
ライツヴィルという街が出るシリーズ。時間的には「災厄の街」「フォックス家の殺人」の後になります。
「災厄〜」は読んでからの方が良い。解説で鮎川哲也がネタバレしてたので気をつけよう。
個人的にあまり好きじゃなかったなぁ。

「黒猫ネロの帰郷」 エルケ・ハイデンライヒ ★★★
---文藝春秋・97年---

前足のみが白い黒猫ネロ。怖いもの知らずなやんちゃ猫の彼は、住む場所が変わろうとも
やりたい放題で堂々としたもの。自分で生き、年をとっていくネロを描いた作品。

ミステリ以外でこういうのをたまに読むようにしている。とても絵が気に入ってしまったので。
猫が主人公だし、猫好きだからつまらなくはないだろうと思い購入。…が、ほのぼのしようとしたら
ネロが生意気なのでほのぼのではなかった。ちょっとハードボイルドな猫の物語。
ちなみに「大人の絵本」と言われているが別にあっち系の本ではない。

「ペンギンの音楽会」 エルケ・ハイデンライヒ ★★☆
---文藝春秋・99年---

大人の絵本第二弾。うすっぺらい本です。ペンギンの語り口による、ペンギンがオペラを聴きにいく話。
「黒猫ネロ」に比べ絵が多くホントに絵本という印象。別におもしろい!という話でもないが…
いわゆる息抜きに買った本。実在のオペラ歌手、三大テノールが出てきます。
パヴァロッティの絵が笑える。まあ、ほのぼのな作品。あっという間に終わる。

「誰でもない男の裁判」 A・H・Z・カー ★★★☆
---晶文社・04年---

八編の短編集。表題作→無神論者の作家が講演中に射殺された。「もし神がいるなら
オレを殺してみろ」と叫んだ時だった。捕まった犯人は「声に命令されてやった」と言う。
現実と信仰がぶつかる大きな裁判となっていくが…謎の手紙から真実が浮かんでくる。

50年代の短編などがまとめられた一冊。不思議な感覚の短編もありますがほとんどは
ミステリーです。特にとてつもない大傑作があるわけではないですがよくできていて楽しめる短編集。
物語に余白を残す短編があったりなど締めくくり方に印象深さのある作品が多いのが魅力か。
宗教を扱った作品が多いのも翻訳ものならではで新鮮だ。まあ楽しめましたよってくらいなので
「佳作揃い」という言い方ができそうな短編集ですかね。意表をつく結末の表題作や
後味のいい「猫探し」などが好みだった。ところで毎回感じるんだけど普段日本の小説ばかり
読んでいるせいか翻訳はスラスラ入ってこない。日本風に訳せないのかな、こういうの?

「わたしを離さないで」 カズオ・イシグロ ★★★★
---早川書房・06年---

ヘールシャムの施設で育った子供達。親兄弟はなく保護官達と学びながら住んでいる。
何かを隠してる保護官や、時おり現れて生徒の絵などの作品を持っていくマダム。生徒達も
疑問を持っている。でも何となく、いずれ「提供」する使命の時が来ることを感じていたのかもしれない。

大人になり介護人として働くキャシーの追憶形式で語られる。ヘールシャムという場所が一体
何の目的で存在するのか。使命とは何か。それがじわじわと読者に感づかせるような構成であって
その真実にはわりと早い段階で確信している。だからミステリのように驚かせる仕掛けではない。
ヘールシャムの思い出は普通の学校と似ている。同級生との恋やケンカ、流行った遊びやヒイキの
先生、ありきたりな懐かしさがある。でもその中に違和感がある。真実に繋がる謎が隠れてる。
生徒達は成長とともに徐々に真実を小出しに知らされているのだ。それがとても巧妙なので生徒達は
その絶望的な真実をいつの間にか受け入れてしまっている。それがまた恐ろしく、じわじわと首を
絞めてくる感覚に似ている。大きくなってこの現実をいきなり知らされたら自分なら大暴れして
脱走するところだが、登場人物達は「提供者」としていつの間にか受け入れた運命の枠組みの中で
懸命に生きようとする。だからキャシーの追憶の文章にはずっとむなしさと諦念がにじんでいる。
それが読者は悲しいのだった。…といっても実は我々も幼少の頃に「いつか死ぬ」運命を受け入れて
生きてるんですよね。でもこれは自分のために使える人生で、皆平等だから諦めてるのだ。
「異邦人」 カミュ ★★★★
---新潮文庫---

知人のいざこざに関係してしまいアラビア人を殺害したムルソー。裁判にかけられるのだが
母親の葬儀でのそっけない態度や、葬儀の翌日に女と遊んでいたことなどが心象を悪くしていく。
銃弾を撃ち込んだことも太陽のせいだと答えた彼は処刑台へと導かれていく。

「通常の論理的な一貫性が失われている」とあらすじでムルソーを形容しているけれど、別にそんな
ことはないじゃないか。逆にムルソーは理屈を考えすぎる男のような印象だ。母が死ねば涙を流すと
いうのは道徳的で常識的だけど、必ずしもそうではない。常識・思い込み・道徳などを排除して理屈で
思考したことを是とする。だから積極的な興味は持たないが否定も少ないのだ。そして何より率直だ。
第一部のサラマノ老人との会話でも率直さとそっけなさが窺えた。感情や道徳ではなく理屈で
否定できないものを認める消極的な肯定は寒々しいかもしれないが一貫していると思う。
そして何より頑固だった。反省のふりだとか、空気を読むとか、誰かに迎合する習慣がなかった。
ムルソーは犯罪者であったがその思考自体が異常な者として見られ断罪されるのは恐ろしい。
自分もムルソーに近い見方をするタイプなのでちょっとばかり擁護したくなった。作中では裁判中の
判事や獄中での司祭もムルソーが神を信じないことを信じられず、神を信じない者などいないと
言い、最後のほうで司祭が「あなたは盲いているからわからないのです」なんて偉そうに言うから
私もイライラして読んでたらムルソーが先にキレたのでちょっと笑ってしまったが、ムルソーに
とっては不確定の事象を信じることが異常で、確かな事象を見ている自分に自信があったのだ。
自分の思考に準じられるのは少し清々しいよ。異邦人扱いだったが。シブ知(1・10)。
「閉じた本」 ギルバート・アデア ★★☆
---東京創元社・03年---

事故で全身を火傷し眼球までも失った作家ポールは、世間と離れて暮らしていた。
彼は本を書こうと口述筆記のための助手を募集する。合格したのはジョン・ライダー、彼の目を通して
世間の様々なことが伝えられるようになる。ポールが知るのは彼の言葉の世界だけだった。

目の見えない作家を主人公にほとんどが会話で成り立っています。たまに独白風の文章が
ありますが全編会話と言っていいでしょう。ただそれがサスペンスとしてあまり成功してない…。
期待してたんですが全然怖くなかった、翻訳だからでしょうか? 驚くような展開はないし
ずいぶんあっさりしたラストでしたし良い話でもない…。う〜ん、不完全燃焼〜。

「氷の女王が死んだ」 コリン・ホルト・ソーヤー ★★☆
---創元推理文庫・02年---

老人ホームに来た新しい入居者、彼女は性悪でとんでもない嫌われ者。そんな彼女が殺された。
退屈な日々に起こった事件に興味津々のアンジェラ達は探偵活動を開始する。

老人ホームが舞台なので主人公も周りも老人ばかりです。主人公達の軽快な会話や噂話、
老人ホーム内の描写が愉快でコミカルな雰囲気です。そういうやりとりが面白い小説かな。
シリーズの2作目のようです。このシリーズが好きな人は読むといいのでは?
ミステリーの真相としては別に…普通かな。

「魔術師」 ジェフリー・ディーヴァー ★★★★
---文藝春秋・04年、このミス2位---

NYの学校で生徒が殺害されたのを皮切りに次々と起こる卑劣な事件。犯人は奇術の心得があり
姿を自在に変え逃走を繰り返す。ライム&アメリアコンビは奇術師見習いのカーラに手伝ってもらい
犯人を追う。ついには犯人を捕らえた警察だが、トリックとミスリードでまたもや欺かれる結果となる。

ライムシリーズと言えばボーンコレクターが映画化されたので、デンゼルワシントンとして
記憶する方も多いと思うけれども、全身麻痺の探偵役のライムと手足となって動く助手アメリア
(映画ではアンジェリーナ・ジョリー)が活躍するシリーズだ。本書はあり得ないほどの変幻自在の
奇術の達人が敵として登場。すぐそこまで追い詰めて銃で囲まれても逃走してしまうしぶとさ。
どんなに警戒しても入り込む相手である。ミスリードのための事件や小道具を駆使してくるし
現場から老婆の格好で堂々と出て行くほど油断ならないため、ライムとの頭脳戦でありながら
緊迫感をもたらしている。実にハリウッド映画的なハデハデな相手である。逆にあり得なさすぎて
しらけちゃうほどかもしれないけど割り切っちゃえば一興かな。とにかく何かが起こる度に驚きの
手口で騙されてしまう。事件が終わり驚きの事実がわかったと思って一息ついていたら
ライムによってまた騙されてしまうオマケつきである。思わず「ホントかよっ!」と唸っちゃった。
得るものがあるというより楽しむための探偵VS悪役の対決派手エンタメ。バカパク(7・9)
「不思議のひと触れ」 シオドア・スタージョン ★★★☆
---河出書房新社・03年---

<奇想コレクション>と題してまとめられた十編収録。奇想だけあって短編ごとに
内容はバラバラ。神様が出てきたり円盤が登場したり人間に交じった異星人がいたり…。
面白いのだけど翻訳ものは慣れてないせいか、どうしてもぎこちなさを感じてわかりにくい部分や
読みにくい部分がありました。でもSF設定の使い方や落としどころには上手さが光りますし
イマイチわからないのもあったが読んで損はないでしょう。気に入ったものを↓でいくつか紹介。

『もうひとりのシーリア』…他人の生活を知るのが趣味の男、ある時同じアパートの女性宅へ
侵入したのだが、そこは生活感のまるでない部屋だった。女の生活が不気味なようでおかしい。
『影よ、影よ、影の国』…嫌がらせのように厳しい継母に部屋に閉じ込められた少年はやがて
明かりを使い影で遊び始め、そして…。オチは読めるがそれでも最後の影の描写が不気味。
『ぶわん・ばっ』…ジャズ小説。活字なのにリズムが伝わってくるのが心地よい。
『雷と薔薇』…原爆により崩壊した国。人々が死んでいく絶望の世界で敵国への憎しみと
人類への絶望が募るが、小さな希望を残すラストが印象的。私的にはかなり好き。

「老人と犬」 ジャック・ケッチャム ★★★☆
---扶桑社・99年---

愛犬のレッドと釣りをしていたラドロウ老人、そこへ少年が三人絡んできてショットガンで
レッドを撃ち殺したのである。理不尽な殺害に怒りを覚えるラドロウは、少年に反省させ裁きを
与えるために調査を始めた。ことなく少年の身元は判明するのだが、厄介な親が保護している。

何だか危うい雰囲気の小説である。いきなり愛犬を撃ち殺された老人が、泣き叫んだりせずに
静かに怒っている。そして淡々と少年達のもとへ訪れる。その淡々とした感じが何だか怖い。
少年の悪意や自分の怒りも冷静に判断しながら、諦めずに正しい手段で少年を追い詰めていく。
老人の厭世的な空気が読者を近寄らせてくれない。離れたところから、老人が少年達と壮絶な
闘いを繰り広げるのを呆然と見ていた感じだ。おもしろいタイプではないのだが、不思議な空気を
持った小説だったと思う。翻訳のせいなのだろうか。あえて言うならノワールサスペンス(6・7)
「閉店時間-ケッチャム中編集-」 ★★★★
---扶桑社・08年---

「閉店時間」→バーを狙った強盗が多発するニューヨーク、互いに思いを残すバーテンダーのクレアと
別れた恋人が偶然それに巻き込まれ…という悲劇だが、グロくなるのではないかという危惧を裏切り
運命的な悲しい結末が美しい一編だった。「ヒッチハイク」→ここらが本領発揮だ。車が故障した
女主人公がヒッチハイクしたら、それに乗ってた元・同級生の女もプッツンしててさらに殺人犯達と
出会い意気投合。非道な目に遭うのだが、犯罪者達を連れてあえて犯罪者の巣窟へ出向き生還の
望みを託す…。最期はまだホッとできたが、卑劣で残虐なことに巻き込まれる最悪さがスリリングだ。
「雑草」→シェリーとオーウェンは女をレイプして撮影するのが趣味の変態夫婦だ。時には殺して
死体を捨てることもあるが、ある時夫のオーウェンが逮捕されて…という話。うん、終わってる。
残虐非道なだけの話であるが、怖いもの見たさで見てしまう。「川を渡って」→舞台は十九世紀半ば。
女を集めてレイプや暴力など鬼畜の所業を繰り広げる場所から逃げてきたエレナ、彼女と遭遇した
ガンマンと記者ら三人はエレナの妹を助けに向かう。悪逆を尽くす集団との凄惨な撃ち合いの末
…という話。死を覚悟して乗り込む馬に乗る漢達。北斗の拳の世界だ。漢と書いて「おとこ」と読みたい。
相変わらずグロい表現連発だったけど。もはやトンデモない地点なのでバカ・ノワール(7・10)だ。
でも逆にここまで徹底的に書くのが特徴になってると癖になりますね。ひょっとして病んでる?自分。
「クライム・マシン」 ジャック・リッチー ★★★★
---晶文社・05年、このミス1位---

17編の短編集。「ルーレット必勝法」⇒マットの経営するカジノで毎晩のようにルーレットで
勝って帰る男がいた。あるはずのない必勝法を持っているというのだ。果たしてその方法とは?
…必勝法のカラクリと、皮肉な物語展開が相俟って無駄がない。「殺人哲学者」⇒思索こそが
人生と考え、その州の刑務所の独房に入れられるために無関係の少女を殺した男。捕まるために
わざと被害者のもとへ財布を置いたためすぐに犯行は露見する。…最後の一行に切れ味鋭い
オチが待ってました。短いけどうまいなぁ。「日当22セント」⇒偽証のせいで4年間刑に服してきた
男が出所。出所後に復讐するのではと周囲はヒヤヒヤしてしまう。…偽証の顛末とその日の真実、
こりゃ騙されたぁ!思わずニヤリ。紹介した三編以外にも絶妙のオチが待っているものが多い。
吸血鬼探偵シリーズや、妻殺しがいつ露見するのかドキドキしながら読んでいた読者を嘲笑う
結末を持ってきた「エミリーがいない」など傑作揃いだ。海外編このミス1位を獲得したが渾身の
メインディッシュというよりすごく美味いデザートって感じの短編だ。短編好きにはオススメ。
「ぼくはお城の王様だ」 スーザン・ヒル ★?
---講談社・02年(初71年)---

ウェアリングズ館に住むフーパー氏とその息子、そこへ住み込みで家政婦を雇われてきた。
フーパー少年と同じ年の息子を連れてやってきた家政婦キングショー、しかしフーパー少年は
気に食わない。キングショー少年をいじめ始める…陰湿に嫌らしく。

ぬあぁぁぁ〜!!最悪だ。胃が痛い。こめかみが痛い。フーパーの住む館を舞台に登場人物も少なく
展開していく物語。フーパーの陰湿極まりないいじめ、利己的でわかってくれない大人…そんなの
ばかりが続き、結末もたまらなく嫌だ。衝撃の後味の悪さだ。あまりに恐ろしすぎる。子供ってのは
残酷だとか言うものの、心に悪しかないわけではなくせめぎあっていて善悪の比率が変わるものだと
思うが、フーパーはもう悪一色である。最悪だ。もう人間を描いているとは感じられないほどだ。
これだけ読んでて頭に来る小説は珍しい。子供向けっぽい装丁ながら子供に全く読ませたくならないぞ。
普通すぎてすぐ忘れる小説よりは記憶に残るのは良いし、ねちねちとした恐ろしさを描いて予想外の
ラストを持ってきたのもスゴイが、何だこの読後の虚脱感は…全然オススメしたくならない衝撃作だ。

 「アルジャーノンに花束を」 ダニエル・キース ★★★★☆
---早川書房---

パン屋で働くチャーリイは、生まれながらの知的障害を抱えていた。しかし大学の試みで知能を上げるための
手術を受けることになる。研究室ではすでにアルジャーノンというネズミの知能が上がる結果を見せていた。
手術後からチャーリイの知能も同様に日に日に向上していく。やがてそれは常人を越えるものとなり天才となる。
学問・言語・音楽・人間関係、今までわからなかったことがチャーリイには理解できるようになる、しかし…。

言わずと知れた名作である。もはや古典だ。今回は再読。以前に読んだのはいつだったか、、学生の頃だろうから
二十年くらいは経ってるわけで、記憶には残っている作品であるものの細かいところを覚えてないので読んでみた。
昔に読んだときは知能における文章の変容が印象的だったことと、物語終盤に描かれる失われていくことへの
チャーリイの恐怖と悲しみがよく記憶に残ってる。今回もやはりそうだった。でも覚えていない部分も多かった。
例えばチャーリイに対する家族の反応。母親や妹の拒絶、それを思い出し苦悩するチャーリイだが、実際に会いに
行った時の家族の様子に切なくなる。賢くなるにつれわかる周囲の偉い人の虚勢がわかり、昔は友達がいたのに
かえって孤独を深めたりする苦悩。知能に応じて周囲の人々の対応が変容することへの戸惑いがとても細かく
描かれていてつらいものがあった。人には立場がって、裏表があって、見栄を張ったりもする。知れば知ったで
面倒な生き物よな。そして再読でもやはり終盤は悲しいなぁ。失われていくチャーリイ。知っていた言葉も
楽しんでいた音楽も日に日にわからなくなっていく。悲しいよな。これを読んでいる読者も誰しもすべてを失って
死んでいく。そしてそれを知っている。だから同調して悲しくなってしまうんだろうか。賢くなり、知ることはいいことだ、
だがイコール幸せか、人に大切なものは?という問いを見せてくる小説だ。元に戻っていくチャーリイだったけれど
覚えているうちに、知能がまだあるうちに選択し、書いた最後の経過報告が胸にささる。シブ知(9・9)
「リトルターン」 ブルック・ニューマン(五木寛之訳) ★★★★
---集英社・01年---

生涯の大半を空中で過ごす鳥アジサシ(ターン)。その一匹がなぜか突然に飛べなくなった。
体も羽も異常がないのに…。空から地上へ降りたアジサシには知らないことばかりだった。

よく知らない地上に降りたちいろいろな物を見て気づいて、飛べない状況を乗り越えていくという
短い物語ならではの不思議な魅力がある。飛べなくなってから飛ぶまでというただそれだけの
物語だがその行程をゆっくりと描く優しさがいい。 「なぜかわからないけど飛べなくなる」というように
感覚的に書いているところも自然に感じられて上手いですね。水彩画のイラストも優しい感じで
ピッタリでした。 個人的にはアジサシと仲良くなるカニがとてもいい味出していて印象深かった。
この物語について五木氏があとがきで「挫折者の物語。高く飛ぼうとする時代から飛べなくなり
呆然とする時代」とうまい解説をしている。その通りだと思うし、この本はいま地上に降りている人に
オススメな本だと思う。背中を押してくれるのではないだろうか。短いので楽に読めますよ。

「あなたに不利な証拠として」 ローリー・リン・ドラモンド ★★★☆
---ハヤカワミステリ・06年、このミス1位---

五人の女性警察官が主人公の十編収録。とても短いものから中編クラスのものまで様々だった。
男を射殺した巡査の苦悩を抱えたその後の日常を描いた物語や、家庭内騒動の通報によりかけつけた時に
銃を持っているかもしれない男とドア越しに対峙した時の緊張の物語、優秀な警察官だったがDV男だった
父と同じく警察官になった女性の物語などミステリ的なスリルはあれど、主人公の内面を色濃く描いたところが
特徴である。「傷跡」というのが衝撃的だ。通報で向かった家にいたのは胸に深々とナイフが刺さった女性、
生きているものの恐怖で怯えていた。レイプ未遂犯の仕業と目されたが警察は別の見方をし…。
という内容だが、主人公は当初被害者側のサポートの役割だったが、その後警察へ加入したため
その立場の違いや夫との関係や意見の相違もあり難しい人間関係が描かれる。話としては結局その事件が
どうとかじゃないんだねぇ。その警察としての悩ましい胸のうちを描いた作品。あちらは銃社会ってのもあって
やはり緊張と恐怖と興奮状態と日本の比じゃないだろうなと感じるところも。個人的には最後の「サラ」の二編がいいな。
死者に思いを馳せるような儀式的な行いを現場でしている女性警察官らが、ある時に現場でトラブルを起こし
しくじってしまう。その隠蔽を図ろうとする顛末を描いた物語と、その後に辞職して郊外で一人暮らしをしている
サラの心模様を描いているが、メキシコ人一家との交流で再生の兆しが感じられてほっとする。
このミス1位を獲得したらしいが、全然ミステリじゃないと思うが。警察と事件はあるからか。
おもしろさ、を求めていたので何か違うな…と思ってしまった。バカシブ(3・7)