「世界は密室でできている」 舞城王太郎 ★★★☆
---講談社ノベルス・02年---

中学生の僕と隣りに住む名探偵ルンババ。修学旅行で出会った姉妹と殺人事件を皮切りに
見立て殺人や、十数名の惨殺死体が四つの部屋に詰め込まれている謎の事件などがルンババの
元にやってくる。難解な密室も、屋根から飛び降りたルンババの姉の死も、僕らは乗り越えていくのだ。

密室ミステリである…と言いづらい小説である。家の中で死体をウロウロ動かした形跡がある事件や
大量殺戮事件などトンデモ事件が目の前に現れたと思ったらルンババがトンデモ真相を披露して
あっという間に遥か後方に過ぎ去ってしまう舞城流だからである。密室の真相にズッコけたり、
馬鹿げすぎだわっとツッコんだりしてOK。相変わらずの言葉ダダ漏れ文章に密室のトンデモっぷりを
楽しむだけである。物語は密室の部分と離れて、椿とエノキ姉妹との交流があったり、何となく自己を
乗り越える青春小説風味で爽やかに終えるようになっている部分が多いので作者にしてはクセが少ない。
ぶっ飛びすぎずパワフルすぎず、短めの物語だし作者の味を試すのにうってつけ。バカパク(7・6)
「熊の場所」 舞城王太郎 ★★★
---講談社・02年---

まー君のランドセルから猫の切られた尻尾を発見した僕は、まー君に「殺すぞ」と言われ茫然自失。
しかし父が熊に襲われた体験談「恐怖を消すにはその源の場所にすぐ戻らねばならない」の言葉を思い出し
まー君の家へ向かう。僕は猫殺しを言い出すことなくまー君と仲良くなり、まー君の観察を続けた。

三編の短編集。表題作はまー君を恐れる反面、自分だけ知ってるまー君に魅かれてしまうという
小学生の心情をややホラー気味の展開ではあるが細かく描いている。作者の文体と小学生の思考が
合致して面白く読めた。父の体験談を使った話のまとめ方やメッセージ性も舞城作品の中ではかなり
わかりやすいほうだろう。ところで本書も全編エログロ暴力が満載。不必要だと思うがもはやこれは
作風だし仕方ないのかな。しかし猫が殺されたり(←小説でも許せん)バット男という弱者が虐げられたり
フェラチオの話を延々としたりというのは展開に関係していても、やはり読んでて気持ちいいものではない。
他の二編は疾走感のある力強い文章で、特に「ピコーン!」では頭の回転の早い少女が彼氏を酷い目に
合わせた犯人を探すパワフルな内容で、処女作に似ておりファンに受けそう。しかし町田康の文章を
好む私としては舞城節もいささか物足りなく思えてきた。疾走感はあるが面白味に欠けるんだよなぁ。
「みんな元気。」 舞城王太郎 ★★☆
---新潮社・04年---

五編の短編集。全体的に舞城氏らしいと言っていいのか家族の話が多いですね。軽々しく
死体が出るのも作者らしいかな?あらすじは紹介するだけ無駄だと。表題作は家族の一人が
無理矢理に入れ替えられてしまう話…なのだがとても読みにくいのだ。あまりに自由すぎるからだ。
竜巻に乗って空へ飛び上がったかと思えば、いつの間にやら主人公が成長しててイトウタカコという
名前の女性が殺害される事件になってて恋愛めいた内容も混ざり…まさに縦横無尽な展開であった。
おまけに些細な登場人物までフルネームでどんどん出てくるから誰が誰だかわからなくなる。ここまで
自由だと舞城ファンでない人には許容できないんじゃないかと思う。何を描いたのかわからない短編も
あった程だ。唯一「我が家のトトロ」だけは正常な小説で読みやすく満足したが全体を通して退屈した。
そもそも舞城氏に興味を持ったのはデビュー作のパワフルでスピード感のある文章があったからだが
本書ではそれも鳴りを潜めておりイマイチな一冊となった。※余談だが作者の使う擬音表現は面白くて
気に入っている。「ふううへえええむ。へえ〜む」という女の子の泣き声はそれらしくておかしかった。

「ディスコ探偵水曜日」 舞城王太郎 ★★★?????
---新潮社・08年、このミス9位---

探偵ディスコウェンズデイが同居する女児・梢の体が大きくなり、未来の梢の意識がやってきた。
紆余曲折を経て、梢を助けるために名探偵が集まっているパインハウスに向かうディスコと相棒水星C。
推理合戦に失敗すると箸で目を貫き死んでいく探偵達。時空までも対象としたトリックを使い真相を
探るディスコに訪れた解は、世界を揺るがす秘密だった。ディスコは梢と世界を救えるのか!?

も〜わけわからんっ!と唸って布団に崩れ落ちた本は久しぶりだ。まだ上巻はマシでございますよ。
不可思議な謎頻出の第一部はおいといて始まる、パインハウスでの推理。パインハウスのいたる
ところにある見立てや事件をもとに、大爆笑カレー・豆源・猫猫にゃんにゃんにゃんなどの珍妙な
名前の名探偵が「ギリシャ神話」「意味深な文字列」「占星術」「シンプルな物質トリック」あげくに
「時空」まで扱ってまで次々と推理を繰り返す。失敗するたびに新たな情報がもたらされ、それにより
新たなトンデモない推理が創造される。その推理なんと13。その一つ一つが驚愕の推理なのだが
それすらも覆されていく。もはや読者は置いてけぼりで作者の無尽蔵の想像力におけるキワモノ真相に
開いた口が塞がらず口がカラカラになるのである。一つの舞台でここまで突飛な事件を段階的に
創作できることに驚く。そんなトンデモミステリの上巻に疲れていては下巻に向かう権利すらないのだ。
なぜなら下巻になるともうしっちゃかめっちゃかSFだからだ。宇宙の造りや世界の造りが推理の
対象になってディスコを含め、複数が時空を飛び越え、過去を変え、世界の裏に世界がありーの、
精神世界ありーのはっきり言って齟齬がないのかどうかすら理解不能。ここまで行くと理屈も何もない。
もはや何でもいい。400Pにわたって理解が追いつかずただ疲れた。超絶奇天烈トンデモ本と言えよう。
上巻が★★★★で下巻は★☆くらいである。それくらい奇天烈だが、その挑戦魂は認めよう。
衝撃のバカパク(∞・10)を進呈。普通の本は読み飽きて新たな刺激を求める方は読んでみて。
「完全恋愛」 牧薩次 ★★★★+
---マガジンハウス・08年、このミス3位、文春5位---

画家・柳楽糺こと本庄究が一生愛した女性・朋音。結ばれない運命の二人の周りに起こる
奇怪な事件。凶器消失事件、福島にあったナイフが沖縄の密室にいた少女を襲う事件、そして
鉄壁のアリバイを持つ究が事件現場にいたという証言。事件の真実は、そして完全恋愛とは…。

昭和の初期から現代にいたるまで本庄究という画家を中心に進む。別の道を歩んでいく究と朋音を
追いながら、事件の真相も次第にわかってくる。盲点をつく凶器消失は見事だったし、最後の
アリバイ崩しに関連する事実にはビックリ。現実的じゃないとか抜きにしてその発想にまいった。
馬鹿馬鹿しいか超絶ミステリか微妙なラインなのだけど(笑)、伏線が回収されていく心地良さは
グーですね。そして事件と並行して描かれる朋音への思い。朋音の娘日菜への愛情、相手に明かしは
しないけれど密やかで一途な思い、これが誰にも知られない「完全恋愛」なのか。なんて思っていたら
返り討ちに遭ったりするのである。真の意味に気づかされて切なくなってしまった。ある程度予想は
してたけど、途中の感じからして「予想は外れたなぁ」なんて思ってたら不意に登場するんだもんな。
いや、なるほどなぁ。そうだったかぁ。と読後に思わず呟いてしまった。朋音一筋の本庄究の生涯を
読んでいたのに、読後はいろんな角度から考えずにいられない。この奥行きのあるオチが良い。
唯一残念なのは中だるみしたことかな。全体的に落ち着いてる。シブパク(6・8)かな。
「くっすん大黒」 町田康 ★★★☆
---文藝春秋・97年、野間文芸新人賞、ドゥマゴ文学賞---

ぶらぶらしてたら妻に逃げられた俺は、部屋にある安定せず転がるばかりの大黒が気に入らない
ことに苛立った。不愉快だ、捨てよ。でもどうやて捨てたらええねや?粗大ゴミ…ちゃうか、不燃ごみか
あかんあかん、自分で捨ててこよって新聞紙に包んだ大黒を持って外へ向かったのであった。

…などと粗筋を書いたけども全然意味は無くって、変なバイトして友人と映像制作の手伝いして
全く関係なく意味不明極まりない終息を迎えるわけである。二編目の「河原のアパラ」に関しても
冒頭からフライドチキン店で「おおブレネリ」を歌っており、フォーク並びについて二ページも書かれている
という奇怪さ、このように自由な展開と阿呆な主人公が楽しくてついダラダラと読まされてしまうわけですが
やはり饒舌体の文体が命。最初二ページを読めばわかる面妖さであって、私は慣れ親しんだ上で
本書を読んでいるので目新しさはないが、このデビュー作が出た時は多くの人が「なんじゃこら」と
ずっこけたことだろう。本書は結句下記の「夫婦茶碗」と似たような感想なんであるが
デビュー作からマーチダさんはこの調子で大して変わってないのだなと知れて面白かった。
「夫婦茶碗」 町田康 ★★★★+
---新潮社・98年---

いひひひひひ…くだらない。ふししし、馬鹿馬鹿しい。といった感想を呼ぶくだらなさと紙一重の内容と
快楽的文章で突っ走る町田小説だ。うちではサイトの性質上オススメ度なるものがついているが
本書には意味をなさないし信用する必要も無い。完成度や規模とかじゃなくて完全に好みの話に
なってしまうから。さてストーリーは金が無い男の話だ。金が無くてうるおいが無いなぁ、何かしよう、
創造的なものがいい。そうだメルヘン執筆だ。といったような堕落した男の物語だ。だが話自体が
魅力というよりは、主人公の頭の中が流れ込むような文章と描写がいい。「こんな仕事はどうだろう」と
長々と考察したり近所の猫の家計図を調べたり冷蔵庫の卵の並べ方についてダラダラと説明したりという
くだらなさの極みが笑える。口語体の文章の気持ちよさもあり「小説」というより「表現」といったほうが
しっくりくる本だ。二編とも実に主人公が一生懸命に堕落していて馬鹿馬鹿しくも癖になってしまう。
たぶん連続して町田小説を読んでしまうと疲れるのだろうが、たまに無性に読みたくなるのが不思議。
「きれぎれ」 町田康 ★★
---文藝春秋・00年、芥川賞---

ダラダラと喋っているようなリズムの奇怪な文体に脱線しては戻る展開が好きで大の町田ファンの
私でさえもついていかれなくて振り落とされて悶絶。表題作は、ランパブで知り合った女と暮らしている
のだけども金に困り、自分は見下しているけど世間的には成功している画家へ借りに行ったりする話。
で、その画家の妻とは以前にお見合いをしたことがあり…。とまぁいろいろあるけれどもわけわからん。
過去や妄想が入り乱れてストーリーなどは皆無、言語の爆裂、意味の淘汰。まったく理解を出来ぬ
ままに突如終幕。普通ならもうちと順を追った物語めいたものがあるんだけれども、馬鹿な思想に
思考に「うひゃっ」と笑えるけれども、なんていうかここまで行くとダメなんじゃないかなぁ。
町田康一冊目として選ばなかったのは僥倖だったかも。表題作の他に「人生の聖」収録。
「テースト・オブ・苦虫T」 町田康 ★★★☆
---中央公論新社・02年---

何でも本書は小説集なる扱いらしく図書館でも小説コーナーに鎮座ましましておったのだけれども
エッセイに近い気がする。それと言うのも主人公が町田康に似ている部分が散見せらるるからであるが
でもこりゃ無いだろという部分もあるので、結局創作エッセイとでも紹介することで一件落着。内容は愚にも
つかぬことの乱発。例えば成人式で暴れる若者を見て、分別ある大人が傍若無人をやったらなおおもろ、
と夢想しいざ実行にかかろうとすると車に警笛を鳴らされおばさんに突き飛ばされてしまい傍若無人が
できぬため仕方なく家に帰って踊ったという何ともくだらないことが書いてあって、一見のお客さんはこれは
一体何がおもろいかと困惑するであろうが、私はそれなりに楽しめたわけでその理由を説明致しますと
要は文体ね、饒舌体っていうのか関西弁で喋ってるようで、ぐははなんて笑声も随時入ってくる
文体がおもろいっていうか気持ち良い。私はくだらねとか言いつつ内心うひゃひゃなんて楽しんでるが、
日記みたいであって少しばかり単調な感は否めないし初めての人は避けたほうがいいのかも知らん。

【追加】「テースト・オブ・苦虫U」も読了したけれども上の続きのような感じなのでわざわざスペースは
作らないのでTが楽しめた人もしくはマーチダ中毒者は安心して手に取ったらいいんじゃないかなぁ。
今回は二週間くらいに分けて読みました。一気に読むより酒のツマミみたいな感じが心地良い一冊。
「爆発道祖神」 町田康 ★★★☆
---角川書店・02年---

一枚の写真がありそれに作者の文章が二ページほど書かれている。エッセイのようであるが
創作らしくて、いつもの町田康の思念というか妄想が爆発している。人生に何事かを与えるものが
内包されてるかというと全然なくて、町田文が習癖・中毒になっている者にすると一服の清涼剤に
なりうるわけです。…最初の一編でも紹介しとこう→心が爆発するなぁ、幼少よりこんな感じなんだと
悩む作者が、落ち着きの修行をするけどうまくいかず路上を散歩することにした。でも面白くないので
鮭弁当を購入し、灯篭・観音などが並ぶ場所で食した。そもそも俺はこんな奴になりたかったと呟く(終)
…説明しててもだから何だという感じだ。しかしこれが町田康である。何かがおもろい。やめられん。
「権現の踊り子」 町田康 ★★★★
---講談社・03年、川端康成文学賞---

六編の短編集。例によってストーリーがどうでもよく思える町田小説だ。堕落気味の登場人物の
妄想心理と、独自のリズムで進む文章が快楽を呼ぶ。読むのは三作目だがすっかり気に入った。
「工夫の減さん」…小さいことを工夫してケチるのだが、それが回りまわって損になり貧乏な減さんの話。
町田小説らしい一生懸命な堕落が面白い。「権現の踊り子」は、近所の祭りに出かけた主人公だったが
祭りはまだ始まっておらず、祭りの主催者側につきあわされて断れずドツボにはまる話。最後の一編は
水戸黄門が主人公のドタバタ時代劇でやや異色か。一癖も二癖もある奇妙な登場人物達のおかしな
人間関係の渦にはまってしまう展開、そして普段は使わない漢字や表現が多くて文章がとても楽しい。
唐突に「くだらないバーバパパの飴かなんか」なんて小道具が出たりして、笑わされたりもする。
現実離れする作品が一作あるが、それ以外は普通なので読みやすいほうだと思う。ともかく
町田小説は「百聞は一読に如かず」なので文章が合うかどうかは読んでみないとわからない。
「パンク侍、斬られて候」 町田康 ★★★
---マガジンハウス・04年---

この世界は条虫の胎内である。無意味な腹を振り続ける馬鹿な行為をすることで条虫を苦悶させ
便として排出されることで真正世界への脱出を図る…そんな教義を引っさげ「腹ふり党」が近隣の
藩を荒らしまくっている。この藩も危ないのではないかと牢人・十之進は訴え、腹ふり党を知る者として
黒和藩に自分を売り込んだ。しかし調べてみると腹ふり党は絶滅寸前。ピンチの十之進は…。

物語はスピーディーには進まんし、まとめ方も無茶苦茶であって超常現象めいたことまで
加わるので「なんだこら。常識的な頭脳を持つ私はついていかれない」と言いたくなるのである。
とりあえず腹ふり党がいないとマズイので、十之進らは腹ふり党を復活させようと画策するけれども
どんどん拡張して手に負えなくなるという騒動を中心に、正論しか言わない殿様や対立しあう家老達
二人が争って片方が猿回し奉行に左遷されるなど強烈キャラのオンパレードである。しかしやはり
一番の魅力は人物の内面を長々と描写する手法ということだろう。例えば「腹ふり党」について教える
教えないで冒頭から武士二人が子供の屁理屈のような会話を延々と続けるし、また保身意識の高い
人物の計算や思考をつらつらと、時に現代の会社になぞらえ改行無しで書き連ねたりするのは
いつもの町田さんであって会話や思考一つ一つが長い。腹を振り続ける馬鹿馬鹿しさや、時代小説
なのに口調や言葉が現代風なことなど小ネタは笑えるんだけどねぇ…物語自体には飽きちゃった。
あと難解漢字にルビが無しってのはつらかった。読めんわ。

「告白」 町田康 ★★★★+
---中央公論新社・05年、谷崎潤一郎賞、本屋大賞7位---

河内国に生まれた城戸熊太郎は、幼い頃から思弁的で考えすぎるあまり自分の気持ちが言葉に表せず
伝わらずに誤解されることが多かった。青年になってもそれは変わらず阿呆な侠客というレッテルを貼られ
ていた。そこから逃れようとする熊太郎だがますます穴にはまっていき、果てに惨殺事件が起きてしまう。

文章のリズムと堕落した人の思考・行動が快楽的な作者であるが、らしさの少ない一作かもしれない。
といっても悪い意味ではない。本書は幼い頃からの熊太郎をずっと書き続けたもので、熊太郎の思考が
澱みなく逐一文章として現出する得意の手法が、河内弁と相俟ってスラスラ頭に入り快楽的なのである。
しかし他の作品のうひゃうひゃ笑える阿呆さよりも、人に理解されず阿呆扱いされる熊太郎の悲しみや
膨大な思考がほとんどまともな言葉として現れない熊太郎の心的な苦しみが伝わってくる部分が多い。
単純ゆえに利用される熊太郎、体裁を気にしてしまって自分の本心は何処にあるのか思索する熊太郎、
普遍的な悩みだから悲しさが伝わるのであろう。そして心の深奥を追って辿り着いた熊太郎の一言が
この小説の回答なのだ。長大で滑稽で苦しい物語が昇華された回答であった。阿呆な輩を幼少時より
ここまで真面目に(←?)追求した本書は、以前の作者とは一味違う力作であることは間違いない。
ただP670と長いので辛いかもしれない。何でもない所まで細かく描いているせいなんだけどもね。
「浄土」 町田康 ★★★★
---講談社・05年---
七編の短編集であるが、やはり面白い。というか癖になって止まらぬ。止まることを知らぬ。
物語を想像するための脳細胞の働き以前に、文体が、音声が、言葉の連なりが鼓膜を刺激して
快感を及ぼすのが町田作品であって、本書でも意味なく呟いてしまうようなフレーズが現出せしめて
笑ってしまってビバカッパと呟く。内容は町内会の集まりで自分だけがどぶさらいをすることになる話や、
会社内の腹の立つ社員の話、本音しか言わない街の話など様々であるが、共通するのは登場人物の
細かな心情であって駄目な自分を演ずる男など周囲の人間に対する沸々と湧く苛立ちなどの細かな心情を
読んでいると滑稽で面白いのだけど何処かしらリアルな部分もあり一緒に腹を立ててしまうこともある。
ギャオスが出てきたりと破天荒な内容だが町田康らしさもあるし読みやすい。相変わらず阿呆なのか
文学的なのか分からぬ地点にある小説集だった。文体が癖になっている私はまだまだ追うぞ町田康!
「東京飄然」 町田康 ★★★
---中央公論新社・05年---

社会人なのでフラフラしてはおれんけれども飄然と旅に出たくなったマチダさんが日帰りの旅なんかを
思いつきふらっと歩く小説。そのへんの出来事に妄想し、出会った他人の心を勝手に推測し勝手に
恐れおののき「わぎゃあ」かなんか言う突拍子もない世界の町田節に違いはないのだけれども
実際に歩いているせいか爆発してない感じだ。もっと妄想だらけで脱線してくだらなさの極みみたいな
小説こそパンクというか町田康、芸術は爆発なのである。前半の知人とぶらりしている旅行はあまり
楽しめなかったけども後半は爆発していて笑えた。飄然とロックを見に行こうと思ってから
ロックな格好を考えてロックの精神って何ぞやと自問してロック的な思考でタクシーを止めようと
するだけでダラダラとこんなにくだらなくて笑える文章を綴ってしまう町田康が爆発しているロックな
作者である。飄然とぶらりしている作者が撮ったらしい写真が所々挿入されているけれども何やら
わからん普通の写真である。写真心がないのでわからんだけかもしれんけど。飄然とは関係ないが
ココア(町田さんが飼ってた猫)の後ろ姿の写真も混じってる。ホントに猫が好きなんだね。
「真実真正日記」 町田康 ★★★☆
---講談社・06年---
俺は作家だからフィクションばかりで疲れてしまう。だから日々のことを日記にしてみようかな。
という理由で始まった本書であるが別に町田康の日記でも何でもなく、売れない作家が仲間と
バーをやったり買い物に行ったり小説を書いたりしている。となると「テーストオブ苦虫」系の本かなと
思われるけれども日記なので同じ話題が進行する。例えば「悦楽のムラート」という小説を書くものの
話がとんでもない方向に進んで苦悩するとか、「犬とチャーハンのすきま」というパンクバンドを始めて
それがどんどん発展していくとか、一応日記っぽくなっている。けれども些細な事をつらつら思考し
無茶苦茶になっていくところは相変わらず。おかしげな言葉のチョイスがまた良い。「阪神タイガーは
全然だめな野球で…」という具合にわざと言葉を違えたり、文章に紛れ込ませていてうひゃっ!となる。
小説「悦楽のムラート」も都合が悪くなると大地震が起こったり、観音になったりまったく炸裂している。
意味だとかストーリーだとかそんなものはいらない。言葉とリズムさえあれば。バカ知(8・1)
「フォトグラフール」 町田康 ★★★★☆
---講談社・08年---

お笑いが好きな方なら手にとって欲しい一冊がこれですな。一枚の写真を題材に町田康が
それらしい短い物語を創作するという、お笑い番組のコーナーにありそうな設定なんである。
写真だけなら多少変なのもあれど別におかしくもないのに、透明建築やラクダ漫談、波止場の
無職など町田康の妄想力と筆力が相俟ってこれが異質の世界となってめちゃ面白くなる。文章を
読んだ後に写真を見るともうおかしい。ただの祭りの写真がなぜあのような馬鹿な物語になるのだ。
古い写真が多いのがまた良い。町田文体は真面目に文学するよりも笑いのほうが相性がいいんだろな。
全部で71編あるのだけど他の作品の合間に読み始めたら全部読んじゃった。人生の役に立つことは
まず無いですけども面白いです。興味がおありの方は最初の二編をちらと読むだけでもその魅力が
わかると思うので試してみてください。シブくもなく驚きもなく…ただのバカ(10)でしょ、こりゃ。
「宿屋めぐり」 町田康 ★★☆
---講談社・08年、野間文芸賞---

鋤名彦名は主の命令で大刀を奉納に行く途中、偽の世界に紛れ込んでしまう。大刀を盗まれたり
騙されたり、殺人者の汚名を着せられるもののその場その場で危機的状況を回避したり都合よく
解釈したりする彦名は、偽の世界は主が自分を試しているんじゃないかと疑念を持ちながらいる。

普通に生きてもうまくいかず、舌先三寸でうまいこと誤魔化したりしてもあまりうまく行かず
事態は悪い方向へと曲がっていき、最初の目的さえも忘れかける世の中であるけれども
気づけば大量殺戮をした男ということになっていて、すべてが嘘かというとそうでもないが、ともかく
偽の世界で酷い目に遭う、でも主に与えられた超能力のおかげで何度か切り抜ける。でもやっぱり
というのが本書の大筋だが、読んでいて何やらわちゃわちゃでようわからんというのが本音だ。
…で、その道中でも彦名が気にしているのが「主」の思惑。味方をしてくれる、突き放されている
恐ろしい、試されている、などとコロコロ変わるが偽の世界を超越した存在のように描かれているし
やはり「神」を模した感じである。偽の世界を生きてるオレを「主」はどうしたいんだ、どうしたらいいんだ
という思想が垣間見える。そして、ラストになってようやく彦名が「主」と対面する場面が現れるのである。
…が、そこに至るまでの中途のつらつらが正直飽きる。支離滅裂すぎて共感しにくい。同じ長い物語でも
「告白」は現実の中で思考がまとまらず苦悩する熊太郎という筋の元で言葉がつらつらと流れていた。
その苦悩を知った上で、それが存分に生かされた結末であった。本書は筋が爆発して四散している。
私個人としては町田康の集大成と呼べる作品はやはり「告白」なんじゃないかなぁと思ってる。
思考ダダ漏れの文体や、石抜坂抜ヌヌヌノ王子などの奇天烈な名前は作者らしいが、ここまで
行くともうファンでもキツい。バカであって反対にシリアスなところもあるバカ知(6・3)って感じ。
「似せ者」 松井今朝子 ★★★
---講談社・02年---

『狛犬』→器用な助五郎と不器用な広治、対照的な二人が舞台で相撲を演じることになる。その相撲の
激しさから広治にも人気が出始める。自分が動き回るおかげではないかと助五郎は内心面白くない。
恋にも役者にも台頭する広治に苛立ちを募らせるのであった。芝居を題材とした四編の短編集。

歌舞伎であったり三味線であったり芝居に関係した人々のプロとしての業であったり、その世界に
生きる者の人間関係を丹念に綴っている短編集だ。…が、思ったよりスラスラ進まない展開が重かった。
京の不景気や江戸の終わりなど時代時代の世相を描きながらのせいかもしれない。上記紹介の『狛犬』が
結構わかりやすかったのだけれども、全体的に「あぁこの役者の生き様を描きたいんだな」とか主題が
最後のほうまでわからなくて途中で飽きてしまった。他の人ならもっとコンパクトで感動的に仕上げそう。
その時代の雰囲気や細かな部分まで感じられていいという向きもあるかもしれないが、読みやすい方が
いい人には不向き。ちなみに表題作は、今は亡き歌舞伎俳優の坂田藤十郎のそっくりさんを二代目として
売り出そうとする元・付き人の物語。先代の俳優の業の深さと、人間としての自分を捨てない二代目という
対比が見事なラストだが、やはり中盤まで微妙な感じだった。シブ知(5・6)かな。
「吉原手引草」 松井今朝子 ★★★★
---幻冬舎・07年、直木賞---

お金持ちと、華やかな花魁たちが集う吉原には様々な独自の掟やマナーが存在する。そこで生きる
人々へのインタビュー形式で、葛城という名の知れた花魁が語られる。どうやら何か事件を起こして
語り草になっているようだ。大物の札差にも怯まなかった舞鶴屋の葛城が鮮やかに描き出される。

ってなわけで全部が全部誰かの一人語りで綴られた書なわけだ。見世番や幇間、芸者や船頭なんて
いろんな人の口からそれぞれの生活が聞けて次第に吉原に関して詳しくなってしまうって寸法さ。
それのついでに花魁・葛城に関する噂もちらほら聞けて、すっかり廓遊びに詳しいお大尽様ってな
気分になっちまう。例えば名のある大見世に入るにゃ一見さんはいけねえ。引手茶屋を通さにゃ
なんねぇとか、儲けていると思いがちの花魁だが実際は朝夕の食事と油くらいしか店から貰えず
部屋の調度や衣装代、それに若い衆への心づけなんかは自分で工面していて大変なんだそうで
さらに男女の仲になるにはさらなる難題が…っとっと。ベラベラ喋って楽しみを奪っちゃいけねえや。
ここから先は旦那が自分で読んでおくんなさいよ。華やかな吉原の舞台裏や周辺が知れるって小説で
いわば資料的な価値ってもんがあるわけだ。それでいてどうも抜け出せない吉原から失踪したのかなと
思われる葛城事件の真相が明らかになっていくのさ。それに加えてこの聞き手ってやつぁいってぇ誰で
目的は?なんて疑問も沸いてくる。なかなか凝った造作じゃねぇか。文体の工夫と専門性のある
中身なんて直木賞らしいじゃねぇかとわっちは思いましたぜ。シブ知(6・9)ってとこですかい。
「神様ゲーム」 麻耶雄嵩 ★★★★+
---講談社・05年、このミス5位---

芳雄のクラスの地味な転校生鈴木君、彼は芳雄に「自分は神様だ」と言い出した。確かに何でも知っている
鈴木君だが芳雄は半信半疑。そこで近所で起こる連続猫殺しの犯人を聞いたところ、あっさりと名前が出た。
一体彼は…?そしてクラスメイトが死んでしまう事件が起こり、芳雄は神様に犯人への天誅をお願いする。

事件を解決しようと少年探偵団が活躍する夢とロマンに満ちた活劇…と紹介できないほどの劇物本だ。
所々に落ちている毒は一体なんだろう。少年物らしい語り口なのに(子供っぽすぎる気がするが)、
猫が惨殺されて担任女教師が不倫してるらしくて友達は平気で学校をサボって正義の味方が飲酒運転。
そして暗〜い事件が起こってその真相がまた寂しい…。拙い感じの挿絵が可愛いはずなのに、かえって
ズンズン怖くなってくるよ。…とまぁ、それはおいといてこれはミステリだが猫殺しの犯人はすぐ判明。
なぜならば「僕」のクラスには神様がいるから。あっという間に犯人を示してしまうから。その事件の他に
起こる事故のような事件のような出来事が本書のメインなわけです。シンプルな密室物といえる内容で
巧緻な論理が展開されて見事。神様の発言を受けて「僕」が辿り着いた真相はどす黒くもよくできた
オチであったが、作者はそこにさらに仰天のどす黒い結末を用意していた。ホント何から何まで毒だ。
すべてを知る神様こと鈴木君も、あの子の死に様も、真相も、芳雄のこれからも…毒々しい印象ばかり。
でも子供っぽさと毒のアンバランスさが不気味で私は嫌いじゃない。既成の枠を壊す作者らしさも
なかなかだし。ただ子供に読ますと打ちひしがれるかもなぁ。残酷すぎだもんなぁ。→ネタバレへ
「螢」 麻耶雄嵩 ★★★★
---幻冬舎・04年、このミス11位---
十年前に作曲家、加賀螢司が演奏家六人を惨殺した山奥の別荘ファイアフライ館にオカルトサークルの
学生六人がやってきた。嵐で閉ざされた別荘でやはり殺人は行われた。巷を騒がす殺人鬼ジョージに
メンバーが一人殺された過去は今回と関係があるのか。それとも十年前の惨劇がまだ尾を引いているのか。

狂気をはらんだ建物に学生達が閉じ込められ殺人が起こり謎の女も目撃される。屋敷自体にも
隠し事がありそうだし、登場人物も癖のあるキャラクター。そして過去の惨劇がある。ホラー並の環境だけど
あえて「いかにも」な設定にしてるためか、作者の文章のせいか怖さは感じない。綾辻が同じものを書けば
多少怖さや怪しさを含むだろうし、他の作家なら同じトリックで違う設定を使っただろうなと思う。なので一般
読者を誘う魅力はあんまりない。けれども新本格世代を読んできた世代には何とも懐古&欣喜な設定である。
あぁ〜何か作者のトリックに騙されそう、いや、騙されまい…やはり騙されたいという身悶えを楽しんでしまう
癖がある人なら楽しめる。大仕掛けということはないながら非常にうまく組み込まれていてさすが。麻耶
作品にしてはちゃんと理解できるしサプライズの見せ方もうまい。なるほどなぁと思った。クラシカルな
本格を楽しむにはうってつけかもしんない。願わくば「パズル」でなくもっと「読書」としておもしろく読ませて。
 「さよなら神様」 麻耶雄嵩 ★★★★
---文藝春秋・14年---

周囲で起こった殺人事件について、俺・桑町淳はクラスメイトの鈴木君に犯人は誰なのか尋ねることに。鈴木君はいつも犯人が
誰か知っている。神様だからだ。少クラスメイトの親や、担任の先生。にわかには信じがたい犯人達、少年探偵団の俺は
真相を調べ始めることに…。自分の周囲を疑うのは嫌だが、鈴木君は神様だから言うことに間違いはないのだ。

子供向けのふりしてドス黒い後味であった大問題作「神様ゲーム」の続編。鈴木君が神様なのかどうかは議論の余地はなし。
神様なんです。本書は短編集で、前作とは別の学校に登場した鈴木君という設定になっている。正直最初の二編くらいは
犯人が先にわかってて、それを少年探偵団が調査する設定というだけかなと思ってしまいましたが、そこで読むのを辞めようかと
思ってるあなた!モッタイナイ!後半にいくほど神様シリーズの劇薬っぷりが発揮されます。例えば「バレンタイン昔語り」を紹介しよう。
以前のバレンタインデーに起こった事件について鈴木君に犯人を質問すると、聞いたことのない犯人の名前を告げられる。
しかししばらくして同じ名字のクラスメイトが九州から転校してくる。明らかにこの土地に来たことはなさそうのだが…以前の事件の
犯人などとあり得るのか??という話だが、ちゃんと理屈っぽく真相が明らかになるうえ、神様に質問したことで新たな悲劇が
起こり主人公が打ちひしがれる後味の悪さがクセになる。他にも「比土との対決」では、自分と仲の良い友人・市部に
好意を寄せる比土優子が犯人だと神様に指摘されたものの鉄壁のアリバイがあるが…最終的に恐ろしい事実に気付くという
後味がたまらない。そして急にクラスで孤立してる展開の絶望感漂う「さよなら、神様」だったり、この後半のダークさが凄い。
それにしてもこの学校、残酷な事件が起こりすぎるな(笑)しかも自分の周囲が死んでいったり犯人だったり…。暗くなるわ。
神様が面白がって起こしているとしか思えないんだけど。相変わらずトンデモない話なんでバカパク(10・5)
「私が語りはじめた彼は」 三浦しをん ★★☆
---新潮社・04年、本屋大賞9位---

歴史学者の村川教授。なぜか女性と関係ができてしまう教授の周囲にいる人間の視点で描かれる。
教授に惹かれた女性たちや、教授の妻や子供達の物語…6編による連作短編集。

どの短編も教授をキッカケに壊れていく誰かの話だが、肝心の教授は姿をちらつかせるだけで登場しない
という趣向だ。全体的には恋愛・不倫・家族小説で、好みではない部分が多かった。例えば不倫によって
男性を奪った女性が「次は自分が奪われるんじゃないか」と必死になる部分や、女性同士で張り合いや
エゴイズムなどが現れる部分は、どこかで何度か読まされたような手垢のついた設定なのでガッカリして
しまった。物事の発端である村川教授もいたって普通っぽいし、これといった感想も出てこない話だった。
ただ文章表現に気を使っているのを感じた。心理描写や心象風景が独特で生臭い話の中にも美しさも
見られた。そういう意味では文学的なんだろう(たぶんだけど)。しかしいかんせんストーリーに興味が
持てなかった。だって要約すると一人の浮気性男のせいで周りが不幸になっていく物語だもんな。
ドロドロしててちょっとしたお昼のドラマみたい。エンタメ好きの男が読む本じゃなかったか。
「むかしのはなし」 三浦しをん ★★★★
---幻冬舎・05年---

七編の短編集。短編ごとの冒頭に「かぐや姫」や「桃太郎」などの要約が書かれ、本編に入るのだが
特に本家を模した内容というわけではなく、一部(名前などが)重なっているという程度である。
特徴はやはり語りである。すべての短編が誰かの語りや誰かへのメッセージになっているのだ。

「ラブレス」ではヤクザに追われるホストが誰かに送るメール、「ロケットの思い出」では捕まった
泥棒の供述調書という趣向だ。昔話っぽくは全然なくむしろ近未来の話のようだが、つるつる進む語りが
心地よくて読みやすい。過去のことを思い出して語るような少し寂しげな雰囲気も好きだな。短編集ながら
全体を通した繋がりがある連作風である点も面白い。巨大隕石が三ヶ月後に地球に落下するために
抽選と選抜で一千万人だけ宇宙で生きのびるという終末の物語世界が何作かに共通していた。
終末といってもパニックものではなく、日記をつけ植物に水をやり今までの生活を崩さずに淡々と
過ごす人々を中心に描かれ、寂しさと安らぎの中間のような静かな感覚が胸に染み入る話であった。
冒頭の「ラブレス」で登場する、男が早死にする家系の話も別の話で意外な繋がりを見せるなど
驚きも見逃せない。あっさり読みやすかったけど振り返ると独特で良かったなぁと思えた短編集。
「風が強く吹いている」 三浦しをん ★★★★★
---新潮社・06年、本屋大賞3位---

才能がありながら過去に暴力事件を起こしていた走(かける)を見つけた清瀬灰二は、走を誘い格安
家賃の竹青荘・通称アオタケ荘へ。そこで清瀬は住人を巻き込んで箱根駅伝へ出ると宣言した。
陸上素人が多いのに清瀬は真剣。各自に特訓メニューを考え、まずは予選会を目指すこととなった。

大した実績もない即席チームが一年未満で箱根駅伝を目指すなんて夢物語だ。マンガかっ、へっ。
なんて最初は私も思いましたよ。っていうか読後の今でもそれは変わらない。けれどもそれを吹き飛ばす
感動っていうか爽快感があったさ。スポ根物語だと割りきって読めば腹がよじれるほど面白く、途中からは
夢中で読んでしまった。スポーツ留学じゃない黒人のムサや、元・陸上部で今はニコチン大王のニコチャン、
漫画を捨てられないために始めた王子、クイズ王のキング、十人ともに魅力溢れる面々が繰り広げる
アオタケ荘の日常が楽しい。全然ダメなタイムだった王子も地獄の特訓で少しずつモノになっていく。
かなりのページが割かれていた箱根駅伝本選には感動。襷を受けたメンバーが、走りながら成長した
自分を振り返ったり、仲間を思ったりしながら必死で走る。一人一人にドラマがあって襷と一緒に
受け継がれていくわけです。なぁんてストレートな青春ど根性友情物語だっ。そこにあるのは堂々と
口にするとまたぐらにあせもができそうな「信頼」とか「絆」ですよ。水を得た魚のように走る才能の塊の
カケルや故障して第一線で走るのを諦めつつわずかな希望を持っていたハイジらはもちろん、みんな
走ることが好きになってるもんだから、学生時代にスラムダンクを読みながら湘北を応援していたように
「がんばれ走、がんばれハイジ」と手に汗にぎる。確かに夢物語だけど走りへの熱さは嘘じゃない。
恥ずかしいくらい直球の青春スポーツエンタメだ。いやぁ笑った泣いた。バカ青春(9・10)進呈。
「まほろ駅前多田便利軒」 三浦しをん ★★★☆
---文藝春秋・06年、直木賞---

東京の外れで便利屋を営む多田、そこへ高校の同級生・行天がやってくる。高校の頃は指を
切断した時の「痛い」以外無言だった変人が、意外と喋りのらりくらりと居座った。時に危険な事件が
関わってくる多田便利軒は、危うげな行天も関わり刺激的な日々を送ることになった。連作短編集。

うーん、うまいよねぇ。そつがない(棒読み)。ぼんやりとしてるのに時おり思い切った行動をする行天が
魅力的に映るし、仕事で関わった人間が後々登場したりするその交流というか信頼関係であったりさ。
多田も行天も思うところのある過去を乗り越えていく点とかさ、いやぁ実に押さえどころをわかってる。
お互いに家庭のことや昔の辛い出来事を隠しているし、あえてつっつかない男二人の距離感が面白く
その男二人の共同生活の設定も、女性を中心にたまらん人にはたまらんのではないかと読んでて
思いました(笑)。でも「こう書いたら読者は喜んでくれるでしょう」っていう技術で書いちゃってる感が
すごくするんですよね、これ。犬の貰い手探しなんてささやかなものから、裏の人間との危険な
渡り合いまで各短編だけでも面白いしこれと言って欠点はないけど、軽い読み物以上の存在では
ないですかね〜。逆に小説を普段読まない人でもとっつきやすいとも言うが。バカシブ(7・2)
「となり町戦争」 三崎亜記 ★★★☆
---集英社・05年、小説すばる新人賞---

町の情報誌によると隣町と戦争が始まるらしい。どういうことかと思っていたが取り立てて
異常事態は無く日常と同じであった。しかし情報誌には戦死者の文字が…。日常の裏では静かに
しかし確実に戦争が行われているのだ。ある日僕のところにも偵察隊に任命するという指示が来た。

言ってみれば隔絶感をテーマにしていると思った一冊。TVで流れる異国の戦争も死も、本書で
描かれる隣町との闘いも、どこか現実感が無い。ことに最近は平和すぎて…文明が出来上がりすぎて
我々は『異常』との隔絶感を強く感じて生きている気がする。TVで殺人・病気・事故が報道されていても
「自分だけは大丈夫なんじゃないか」と思ってしまう。自分だけは死とは無縁に過ごせるんじゃないかと
思いがちだ。リアルを感じられないまま進む主人公は多少戦争を感じていくが、確実には感じられず
薄気味悪さは有したまま本書は終わる。戦争を淡々と遂行する役所勤務の女性が、実感しきれない
戦争を象徴する存在として描かれる。主人公は最後になってようやく彼女を通して少しだけ実感する
のである。あまり味わえない特殊な感覚は上手いが、人におもろいかって聞かれるとそうは言わない。
TVで報道する「緊迫した情勢」を見てるくらい緊迫していない空気だからかな。よく言えば文学的か?
「失われた町」 三崎亜記 ★★★★
---集英社・06年、本屋大賞9位---

住人が忽然と消えることを受け入れる<町の消滅>が起こる世界。町に関わると消滅する危険があるため
残った人々も消滅した町には触れず敬遠している。一方で町の消滅の意志を消すために回収員が選ばれ
消えた町の痕跡を回収していく。抗えない<消滅>とそれに翻弄され、静かに闘う人々を描いた連作短編集。

死んだとして悲しむのでなく、いなかったとして日常が過ぎる寂しさ。その寂しさ自体がなかったように
振る舞う必要のある<消滅>があるSF設定である。雰囲気は現実に近いが本体・分離・管理局など
ややズレた独自の世界観を持っているのが「となり町戦争」に通ずる。消滅した町を遠くから見るとまだ
誰か住んでるように町の灯が見える残光現象が印象的な設定ですね。<消滅>は本人が受け入れている
ところが特異だが、病気や死のようなものだろう。消滅耐性を持つがゆえに生涯を消滅に関わることになる
桂子などは先天性の病気、消滅は死に似ている。そのため全体的に悲しさというより寂しさが先行していた。
まとめれば理不尽との闘いがテーマという感じの本書。忌避される存在の消滅であるが、茜や由佳、
中西さんらがペンション「風待ち亭」に集う風景を見ると、忘れることより思い出して受けつぐことが自然で
素晴らしいなと感じる。ただ「澪引き」など桂子さんとカメラマンとの関係の話が浮いているのが気になった。
いらないように思うが。荒削りな見せ方の問題等あるけど、設定の妙が好きだったのでオマケで★四つ。
「仮面の告白」 三島由紀夫 ★★
---新潮文庫---

女性よりも男性に欲情してしまう私、思えば幼少の頃からそういった傾向があった。筋肉のある
身体とそれが傷つけられる残虐的な情景に快感を覚えていた。そんな私だが友人の妹と
付き合い始める。演技をする私であったが、徐々に自分の本性の強さに気づいていく。

ゲイってのは当時は扇情的な題材であったろうか。わからないけれどもオネエ野郎が跋扈する
現代においては題材は普通だったりする。本書の前半は幼少期における違和感を描いており
男の体への意識や、近江という同級生への恋と呼べる感情などがつらつらと様々な表現で
綴られていく。物語自体には退屈してしまったけれど、むしろ表現に美的な価値を見出す類の
小説と言っていいと思う。一つの感情にも冷静な分析と濃〜い例えがされていたが、難解というか
ちょっと面倒くさい(笑)。後半の友人の妹・園子と知り合ってからは物語も面白くなってくる。
肉体的には興味のない園子だが、園子は自分を好意的に思っていて徐々に二人の仲も近づくし、
園子の家族にも本心は突っつかれたりもする。男色であることの苦悩が実生活に影響してくるので
より身近に感じられた。しかし総じてゲイの気持ちを濃厚に表現した内容ばかりで物語である
意味がわからない。文学的なのか知らんが私と同じタイプは避けたほうがいいかも。シブ知(1・8)
「背の眼」 道尾秀介 ★★★
---幻冬舎・05年、ホラサス大賞特別賞---

作家の道尾が訪れた白峠村。過去に児童連続失踪事件が起こり、天狗の仕業だとも噂される
奇妙な村である。不気味に聞こえる謎の声、さらにその村で撮られた写真に写る「背の眼」、それが
現れた人は自殺してしまうらしい。道尾は霊現象探求所をする友人の真備をつれ再度村へ向かう。

死んだ子の眼が写る心霊写真…レエ オグロアラダ ロゴ、という謎の声。恐ろしいホラーのようだけども
蓋を開ければミステリっぽいんですよね。民俗系統の匂いもするし「村」だし、それに奇矯の探偵役に
普通なワトソン役という、まぁどこかで何度かお目にかかった設定なので飽きる。そのせいでホラー感が
失せてしまった気がする。真備の過去とか意外な犯人像とか村の過去とか…てんこもりなんだけど
無駄に冗長な気がした。見所を増やそうとしてどこ見ていいかわかんない感じ。謎解きにしたって
知ってないと無理だし、心霊現象なんかも否定するようなスタンスながら認めちゃってるような微妙な
立場なんですよね。釈然としないなぁ。恐怖なのか解明なのか。どっちを楽しめば良かったの!?
「向日葵の咲かない夏」 道尾秀介 ★★★★+
---新潮社・05年---

学校を休んだS君の家に届け物に行ったミチオはS君の首吊り死体を発見してしまう。しかし先生に
告げて戻った時には死体は無かった。しかし一週間ぶりにS君が帰ってきた。ある生物に姿を変えて
生まれ変わったのだ。ミチオたちは巷で起こる犬猫殺しとS君殺しの真相を知ろうとするのだが…。

…あらすじを書くとくだらないドラマみたいだけど、なかなか強烈な内容であった。いじめられてるらしい
S君は心が荒んでいるし、動物が殺されて足を折られる事件に加え、先生は××で、かつミチオの家は
ゴミだらけで母親は妹を溺愛しミチオを虐げている。麻耶雄嵩「神様ゲーム」を彷彿とさせる子供と残虐性
というアンバランスがビターな作風になっている。そして真相でさらにドンヨリとさせてくれるのである。
読者としては生まれ変わりが登場した時点でSFなのかな?と思うし、SFミステリとしての着地点を
探すべきなのか現実的にロジカルな解決なのか混乱してしまうんだけれども、本書では二転三転する
推理から恐るべき着地を披露し、私は狂気の渦潮の中に呑まれ呼吸もできなくなってしまいました。
まさかの狂いっぷりであった。子供や犬猫が惨い目にあうダークさ、ホラー風の描写、緻密なミステリ、
こんな感じが好きな読者にはオススメ!
「シャドウ」 道尾秀介 ★★★★+
---東京創元社・06年、このミス3位、文春10位---

母を亡くした我茂親子、洋一郎と凰介。そして親も子も同級生の水城一家、計五人の物語。
母の死後二人が抱き合うような映像が浮かぶ凰介、水城家では妻の浮気を疑う夫、娘は男に関する
嫌な記憶が浮かんでいる。二家族が悩む中、水城家の母が夫の勤める大学病院から飛び降りた。

久々にいいミステリを読んだなという感想。凰介の謎の映像や水城が妻の浮気を疑っている根拠、
洋一郎が勤める大学病院でも洋一郎の変化を示唆する記述がチラホラ、個人個人の視点で
書き分けている点がミソですね。事実が事実じゃなくなるような時ってマジックを見せられたようで
驚くなぁ、あぁ言っててネタバレしそう…。物語も誰かに疑いをかけようと誘導してくるもんだから
すっかり騙された。物語を彩るのが凰介の存在、ちょっとおとなしくて健気な少年だ。静かにいろいろ
考えている、大人のような優しさだ。悪意が充満してそうな真相が隠れていそうな雰囲気ながら
しとやかに読める文章もグー。ホント伏線だらけで読んでて気になるのだがそれをわかりやすく
見事に仕上げた。中盤で明かされるサプライズに終盤の畳みかけ、うまいっ。いいミステリだ。
「片眼の猿」 道尾秀介 ★★★★
---新潮社・07年---

探偵の三梨は耳に特徴があるため評判である。現在は楽器メーカーからライバル会社がデザインの
盗用をしているという噂の調査を依頼されている。ところが調査先の殺人現場を聞いてしまうことに…。

軽妙な探偵物という内容。目に特徴がある女が探偵仲間に入ったり、同じアパートに住む
トランプで予言する額に「神」と書いた男や双子の姉妹など妙ちくりんな住人達が登場したりと
軽快なテンポで進んでいく。しかし事件がどうこうよりも耳に特徴のある三梨が常にヘッドホンを
しているので一体どんな耳なのか気になってしまうし、トランプの予言も何なのか気になってしまった。
それも作者に踊らされていたのかと思ったのは読後だったけど。結局は登場人物も余すところなく
活躍するし、コミカルな内容ながらよく練られた小憎らしい仕掛けの連続にはまいってしまって
驚いてばかりだった。耳も予言も事件も「あぁそうか!」とうまくまとまって本を置くことができた。
名作には決してならないが軽く読める娯楽作としてはハイレベルな一冊に間違いない。
「ラットマン」 道尾秀介 ★★★★
---光文社・08年、このミス10位、文春4位---

バンドのメンバーが集うスタジオで殺人が起こった。被害者の恋人だった姫川は幼い頃に姉を事件で
失い、その事件に当時病気で療養中だった父が関わりを心に背負っていた。そして現在、姫川は
父がやったことをしようとしていた。この事件の真実は、母の心を閉ざした過去の真実も明らかとなる。

すんげー!と唸ってしまうほどに精緻なプロット。展開が二転三転するというより事件全体の構造が
ホントに二転も三転もするのだ。真実が明らかになって驚いたらまたひっくり返される。ミステリ読みに
とっては快感だ。骨組みは堅牢なのに作風としてサバサバしててあっさり読めちゃうのがやっぱり残念。
心理描写なんか細かいとこが濃密に書ければかなりの名作が誕生しそうなのに…。しかし現時点でも
プロットだけならトップレベルと言って間違いない。じわじわと気になる書き方をされるのも上手いね。
過去の事件に父が何かしたことを仄めかしながら言わない。--俺は正しいことをした--といった
父の言葉も気になりながら読む。周りに影響されて男にもネズミにも見える絵・ラットマンのように
人の思い込みを巧みに操る手腕はさすがである。冒頭の作り話は不発だったけれど。
「ソロモンの犬」 道尾秀介 ★★★★
---文藝春秋・07年---

友人達と別れ自転車便のバイトに戻った秋内は、通っている大学教授の息子・陽介の事故の
場面に遭遇する。そこには別れた友人達も居合わせていた。事故の原因は陽介の愛犬の暴走。
突然走り出した理由は何だったのか。陽介の事故死には何か隠されているのだろうか。

おもろいなぁ。青春風味の軽いミステリだ。良くも悪くもわりとあっさりした作風の作者だけども、
本書はそれがいい方向に働いている。女性と付き合ったことの無い秋内が、友人の智佳と
仲良くなりたくて夢想したり、動物学者の変人教授が登場したり軽いユーモアが漂っている。
事故自体は重いので最初の方はアンバランスだけど全体的には読みやすくて良かったと思う。
青春風味でひねりの聞いた会話の本書は、伊坂幸太郎と似てる部分が多くあった気がする。
影響されてきたのだろうか。読者を誘導し欺く物語の造りは相変わらず巧みにできている。
喫茶店で話す四人と、事故当時の様子が交互に進むのだけど、まさか喫茶店パートが
そういう風に進むとは、と思わず笑ってしまった。読者の騙し方からしてユーモラスなのだ。
自転車便のバイトが好きで、わかりやすくて単純な秋内がこの物語を明るくまとめてる。
重いような軽いような独特の空気でした。バカパクの(8・7)はあげたい。
「カラスの親指」 道尾秀介 ★★★★☆
---講談社・08年、このミス6位、文春10位---

タケとテツの詐欺師コンビが帰路に着くとアパートから黒煙が。二人とも過去に闇金業者と関わりが
あり、恨みを買ってるタケは復讐ではないかと考えた。場所を移すことにした二人だが、偶然にも
タケと関係のあるスリの少女と出会い同居することになるのだが…やがて闇金業者は追ってきた。

闇金に脅されて手伝わされて同じ立場の人間を自殺に追い込んでしまったり、妻が首くくったり
扱ってる話題は暗いんだけど、「タケさんタケさん」と慕ってくるテツさんと後悔しながら生きる武沢の
二人が読者の同情を引きつつ軽妙な会話で作品全体を和ませる。そこに訳アリ少女まひろ達や
貫太郎という同居人を加えて実に楽しげである。彼らが闇金業者に一泡吹かせて今までの生活を
変えようとする物語である。何度も何度も読者を撹乱させる仕掛けを施しながら進んでいく展開と
闇金業者への潜入する作戦などハラハラしっぱなしである。正直それだけでも楽しい読み物なのだが
何かまだあるんじゃないか…?読みながらそう思わせるのが作者である。そしてやっぱり…なのである。
「ちょっとご都合主義かなぁ」とか「作戦こういう結果で終わりかぁ」という疑問符が少し出ていた読者の
口をも封じるラスト。タケさんとテツさんの心が救われるような、読者もほっとするラストがある。
計算された驚くべき美しいエンディングだと思う。そして「カラスの親指」というタイトルの意味がここで
明かされるのがまた絶妙すぎ。正直言うと真相のヒントが出てるのでミステリ読みにはある程度
読めちゃうし、私も気づきましたがそれで作品の魅力が減じたように映らないところがまた秀逸。
笑いと涙とカラクリありの娯楽ミステリにはパカパクの(9・9)を進呈したい!読みやすい娯楽作を
探している人にはピッタリだと思う。それにしても…作風が伊坂氏にますます似てきたぞ。
「鬼の跫音」 道尾秀介 ★★★☆
---角川書店・09年---

「鈴虫」→大学の同級生Sの死体を埋めた時、周囲で鈴虫の声が聞こえていた。その後結婚して
子供も儲けたが鈴虫が過去の事件を思い起こさせた。事件から十一年後、Sの死体は発見され
私は事情を聴かれていたのだが、刑事の肩に鈴虫が見え…。六編のホラー短編集。

ミステリ色はあるけどメインはホラーかなサスパク(8・4)といったところでしょうか。
過去に自分で犯した罪に怯えながら、仕事で故郷の祭りへやってきた男が、過去の幻影に
巻き込まれる「よいぎつね」には、祭りの静かな喧騒やキツネの面などがムードを作ってる。
「冬の鬼」は左義長で達磨を燃やしている女性の幸せそうな感じの1月7日の日記から
1月6日、1月5日、と遡って明かされる。1月7日のことが何を意味しているのかがじわじわと
わかる。ヒヤッとした手触りの一編。どの短編も「カラスの親指」などの明るい作風から一線を
画した残酷さや気持ち悪さを有している。巧みではあるが読んでて楽しい代物ではないかな。
個人的には「けもの」がオススメ。家族の中で落ちこぼれの「僕」が、刑務所作業用品である
椅子の足に「父は屍、母は大」など謎のキズがつけられているのを発見し、その事件を調べて
関係者の元へその言葉を伝えに行く話。事件の真相が明かされ素敵なエンディングを予想した
自分はジャーマンスープレックスを喰らったように椅子から転げ落ちたさ。
「龍神の雨」 道尾秀介 ★★★★
---新潮社・09年---

蓮と楓には血の繋がらない父がいる。母が死んだ後、引きこもるようになり暴力をふるう父。
楓の身の危険も感じ、蓮は父が死んでもいいと思うようになっていた。一方で辰也と圭介という
兄弟には血の繋がらない母・里江がいる。里江に心を開かない兄・辰也に圭介は心を痛める。
一つの殺人を巡って、目撃・脅迫・恋・家族、二つの家族の思いが交錯する。

辰也・圭介兄弟の母が死んだ理由や蓮・楓兄妹の父の様子など思春期らしい悩みを
雨の風景で覆っているのが雰囲気ありますね。万引きを繰り返したりして里江を困らせる
辰也少年と、それを理解できない弟・圭介。まだ一人では生きていけないから目の前の問題を
解決しないといけない苦しさが重い小説だねぇ。トリックの名手なので、問題のある登場人物を
どのように見たものか読者としても困ったが、意外性のある展開は健在だった。そして二家族が
目の前の壁を苦労して乗り越えようとする結末が、龍が去ってもう少しで雨が上がりそうな
そんな空を思わせた。でも全体的に北陸の空のように雨ばかりの重く暗い空が似合う
ちょっと閉塞感のある小説であった。犯人狂ってるし。サスパク(7・7)くらいかな。
(ネタバレ反転)
結局辰也は体操服盗んでんのは事実か。何だかんだ変態なんじゃねえか(終了)
「花と流れ星」 道尾秀介 ★★★
---幻冬舎・09年---

真備霊現象探求所へ様々な依頼がやってくる。死なせた子猫が動画に幽霊として映っているという
少女、真備になりすましてる友人・道尾に「教団を見に来て」と頼む新興宗教団体の美人、バーであった
マジシャンの右手が消失の真相、友人・道尾と助手の凛を加えた三人が遭遇する五つの奇妙な事件。

真備シリーズ。少し軽い読み心地ですね。一つのアイデアを膨らまして作った短編という感じです。
もともと感情を逆撫でたりするよりトリックと構成で魅せるタイプなので満足感の薄い短編集かも。
「箱の中の隼」は、『コーヒーはちょっと…』と言いつつコーヒーを飲む奇天烈な美人に誘われて
忙しい真備に代わって道尾が宗教団体に行く話だが、狂ったような少女やヘムというちょっと
アブナイ老人に出会って、とんでもない事件が起こったりする短編ながら目まぐるしい展開で
新鮮だった。のんびりした道尾のオタオタぶりが楽しい一編。「花と氷」は孫娘を死なせてしまった
相談から始まるが、ジジイの考えがあまりに幼稚すぎてリアルじゃなくなってたのが残念。旅行先で
凛が出会った少年だったり、近所の人だったり、真備たちの日常が少しおもしろおかしく書かれた
シリーズファン向きの軽い読み物と言えそう。事件は暗いものが多いんだけど。バカパク(5・4)
「山魔の如き嗤うもの」 三津田信三 ★★★★
---原書房・08年、このミス8位、文春7位---

地方に伝わる成人の儀式に参加した靖美だが、忌み山へ迷い込む。恐怖体験の末、一軒の家を
見つけ世話になるのだが、閂のかかったまま一家は消失していた。…その話を聞いた刀城言耶は
現地入りするが地蔵の童歌をなぞるように連続殺人が起こるのであった。

ある地方の一族・楫取家と鍛炭家、その血縁関係が主な登場人物なのだが多くてややこしい。
人物表を見た時、横溝正史で難渋した経験を思い出して「げ、めんどくせ」と思った私であったが
はたして本当にめんどくさかった。内容はミステリ色が強く、見立て殺人で顔を焼かれた理由や
一家消失・不可能事の謎を散りばめて引きつけます。終盤で次々と明らかになる真相ラッシュと
考え方一つで真犯人が二転三転する手腕は見事。謎が謎として見えるように都合よく物事が
動いてたり、逃亡した女中の扱いとかも後々気になって不満なんだけど、本格ミステリでは
破綻無くするだけでも大変だろうし仕方ない。こちらも細かい論理の齟齬がないのかもう途中から
わかんなくなったし。あとホラーの描写がうまかった。迷い込んだ家で休んでたらギシギシ軋む
廊下を明かりもつけずに何者かが来る、とか斧で人間を切断している音を子供が襖越しに聞いて
立ちすくんでいたらぴたりと音が止んで襖の隙間から今度はそいつがこちらを見てる気配がしたり
人の恐怖心を煽るシーンが巧みでしたな。作風は好みでないわりに楽しめた。サスパク(9・7)
「告白」 湊かなえ ★★★★☆
---双葉社・08年、小説推理新人賞、このミス4位、文春1位---

六編の連作短編集。「聖職者」⇒終業式の日、森口悠子は教壇で語りだした。学校に来ていた
娘の愛美がプールで水死したのは事故ではなくこのクラスの生徒に殺されたのだと。その生徒を
殺してやりたいくらいだと。しかし彼女は恐ろしい別の方法を思いついていた。

いやぁ。読み始めたら止まりませんでしたな。第一章から恐ろしい。淡々としてるのに
鬼気迫る語り口、犯人と思しき生徒をA・Bと呼んでいるのに実は誰かわかるように喋っている。
娘を殺された攻撃的な怒りが内包されているのが伝わってくる。彼女の裁きの恐ろしさで完結する
一章には更なる続きがあったのである。「殉教者」「慈愛者」という具合に語り手を変えながら
クラスの委員長や犯人の生徒を主役にし、裁きがもたらした終業式以降の出来事を語るのだが
それが事件の裏に隠された事実・思惑を二転三転させる面白さを持っている。不登校になったり
イジメ受けたりするので、復讐されてザマミロと思ってたら、他の視点から見るとあれ?そんな嫌な
やつでもない?と思ったり、やっぱり最低だと思ったり、読者も翻弄されてしまう。多感な時期の
自己愛・見下し・甘え・見栄、そしてウザい保護者やエゴだらけの熱血先生など書き方が絶妙に
腹立つ。なのですごく嫌な気分になるんだけど、その後、復讐の連鎖もあってそやつらがどんどん
不幸になっていくので嫌な気分がスカッとしてしまう。作品全体を覆う悪意や復讐心の負の
エネルギーがすごいパワフルである。嫌悪すべき者が裁かれ、いい気味だザマミロとスカッと
爽やかな気分に浸れるか、それとも悪意の充満・憎しみの連鎖にうんざりし悲しく辛くなるか、
あなたはどっちであろうか。私は復讐するタイプなので面白くて仕方が無かったです。ははは。
 「物語のおわり」 湊かなえ ★★★☆
---朝日新聞出版・14年---

「小説が好きだった田舎のパン屋の娘に、人気作家の弟子になれるという話が舞い込んできたが、両親にも婚約者にも
反対されてしまう。しかし家業を継ぐ前に挑戦したいという思いもあり、単身家を出た。しかし駅に着くと婚約者が先に待っていた」
夢か、目の前の幸せか…結末が描かれていないこの物語は、それぞれの事情を抱えた様々な人の手に渡っていく。八編の短編集。

人気作家だからいろいろ読んでた気になってたけど、意外にも湊かなえ作品は「告白」しか読んでなかったんだなぁ自分。
本書は結構シブめだった。舞台は北海道、旅行で訪れている人が多いですね。悩みがあったり思い出を作るためであったり。
結末のない小説を手にした人々は、子供を宿しながらも重い病を患っている女性であったり自分には何か足りなかったと気づき
夢をあきらめ家業を継ぐ男性など。彼らがどこかで出会い、この物語が手渡されていく構成となっている。それぞれの体験や
考え方によって結末はバラバラだ、それぞれが自分の人生と重ね合わせて読んでいく。皆人生の分岐点にいて、過去を振り返る。
自分はどうだったか、これからどうするべきか。ある程度の人生を経験した落ち着きのような感じの文体なので雰囲気でいうと
マンガの「黄昏流星群」みたいな感じだなぁ。年とってから刺さる系(笑)最終的にはこの物語は、登場人物と関係のある
ところへと到着して、物語の続きがわかるようになっている。いやぁシブいね。「告白」と全然違う。シブ知(9・4)
「平成マシンガンズ」 三並夏 ★★
---河出書房新社・05年、文藝賞---

あたしは大人と子供の境界線、中学生だ。学校では普通の女子であることで排除されないよう
努めてるけど些細なことで無視される。家では父の愛人が入り込み、気持ちが悪いったらない。
そんなあたしは夢で死神を見る。彼は「誰でもいいから撃ってみろ」とマシンガンを寄越すのだった。

良くも悪くも中学生の書いた話ですなぁ。やはり学校が舞台となっている。グループを作りたがり
除外される者を見つけ、いじめる。周りの大人はといえば理解あるふりをしたがるだけで、本当に
理解しようとしない。集団で生きる術に苦しむ自立心と、まだ残存する大人への甘え…そんな不安定な
年齢を描いているのであって、当の年代で読むと共感するかもしれない。しかしこのような内容は
数多の作家が既に書いており、正直「またか」と思ってしまった。普遍的といえば聞こえは良いけれど
突出したものは無い。夢の中でマシンガンを手渡してくる死神がいて、主人公はその銃で周りの人間を
打ちまくるという設定が特異なくらいかな? 「〜のような」という比喩は頑張って使ってるけど自然な
表現力がまだついてない気がする。15歳で小説を書いたことは賞賛だ。そりゃすごい。私が15の
頃といえば盗んだバイクで走っ…ってはないけど小説など書けないだろう。しかし作品を素直に
評価するなら、時期尚早、青田買い、勇み足(しつこい!)の感が強いと私は感じましたぞ。
「蒲生邸事件」 宮部みゆき ★★★☆
---毎日新聞社・96年、日本SF大賞、このミス4位、文春3位---

予備校の試験を受けに上京した孝史はホテルで火災にあってしまう。しかしそこで時間旅行者の男に
時空を移動することで救われる。時は昭和十一年、後に二・二六事件とされるクーデターが起こる中、
蒲生邸事件についた孝史は、元陸軍大将の自決事件に遭遇した。しかしあるはずの拳銃が消える謎が…。

二・二六事件当時にタイムトリップした青年が事件に遭遇。歴史の節目を感じなが少し大きくなる
物語…というあらすじそのまんま。二・二六事件について詳しくなれるのか、とびきりの新説登場なのか
と思えば別にそうでもない。舞台がそうだというだけだった。タイムトリップを新しい形で見せたわけでもないし
「普通」な印象ですね。文章は読みやすいし意外な展開もあるし、男心をくすぐるヒロインのふきちゃんもいる。
でも全体像として何が主題だったのかに迷う読後であった。ミステリじゃなく歴史小説でもなくSFっぽくもなく…。
歴史という大津波の中で個人なんてちっぽけな存在、でもそんなうねりの中で個人はどんな姿勢でいられる
って考えさせる内容は良かったと思う。登場人物達も個性あるが自分を正そうとしているから読後も良い。
でも正直私のように近い歴史に興味薄の人間も引き込むようなものを期待してたのだけどな…。
「名もなき毒」 宮部みゆき ★★★★
---幻冬舎・06年、このミス6位、文春1位、本屋大賞10位---

社内報を作る杉村の部署のアルバイト原田が経歴詐称のうえに攻撃的な性格でとうとうクビに。
しかも事実無根の文書を会社会長のもとへ出す原田。妻の父である会長から「何とかしろ」と言われ
調査に乗り出した杉村は、巷の連続毒殺事件の遺族と出会い、そちらも気にかけ始める。

逆玉に乗った杉村という人の良いサラリーマンが主人公のシリーズ。前作に「誰か」がある。
テーマを「毒」として仕事場での対人トラブルと連続毒殺事件と土壌汚染を偏りなく絡ませてまとめる。
お手本のように上手くて逆に腹立つな(笑)。無差別に人を殺す「毒」、自分が悪くても非を認めずに
相手に反論して逆恨みし嘘をまき散らす原田の「毒」、理由の理解できない毒ってのが一番
怖いですね。原田って実際にいそうな感じがあるし、理想の自分との差異に腹を立ててその怒りを
どうしようもない。わかる気もする…だけに怖い。ああいう人と関わると自分も毒に蝕まれて
毒を出してしまうのかもね。毒の量も形も様々なんだろう。見えないし名前もわからない、そんな毒を
我々はどうすればいいんでしょう。と思わされる一冊。とまぁ毒毒毒毒言うとりますけれども本書は
実は作者らしい優しい雰囲気である。その毒は心のどういった部分から抽出されるのかな、
悲しいけれど間違ってるよなって真っ当さに包まれている。幸せそうな杉村の家庭、関係者達、
毒を持つ人とその家族の悲しさ、生活感や悲壮感がうまくて共感しちゃうんだよねぇ。
「楽園」 宮部みゆき ★★★
---文藝春秋・07年、このミス8位、文春1位---

ライターの前畑滋子の元に奇妙な依頼が舞い込んだ。事故死した息子が書いていた絵が未来を
予知している気がするので調査してほしいという。土井崎という家で娘の死体が床下から発見された
事件があったのだが、予知した絵には死んだ人間と土井崎家にしかない特別な風見鶏が描かれていた。
能力の真偽を確かめるべく、事故死した息子と土井崎家の関連がなかったか滋子は調べ始める。

長いですね。だれましたよ。あんまり予知能力というのはメインには来ず事件を引き出す
キッカケみたいな感じですね。もうちょっと物語に絡んできてほしい。すごく消化不良な素材です。
娘を殺してその上で暮らしてきた者達と、姉が殺されたと知らずに両親と暮らしてきた妹の誠子、
彼らの描写にページを使っている。あと滋子とダンナと、事故死した息子の母・敏子も基本的に
いい人で、優しい視線でたっぷり。もうちょっと刺激が欲しかったくらい。で、一体何があったのかを
じわじわと明かしていくけれど、基本的に滋子が取材してるだけなので盛り上がれなかったです。
それになんかあんま滋子好きじゃない…。シブ知(8・2)
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」 村上春樹 ★★★★+
---新潮社・85年---

壁に囲まれた街で影と切り離された僕は、この<世界の終り>の街で一角獣の頭骨から夢を読んで
過ごすことになった。一方、天才老科学者に仕事を依頼された僕はどうやら自分の意識に何かをされた
らしく「記号士」や「やみくろ」に狙われる。老科学者が意識に組み込んだ秘密とは一体何なのだろうか。

世界の終りとハードボイルド世界が交互に展開する。魅力はやはり独創的な設定だ。「世界の終り」では
高い壁に囲まれ完結した街、夢読み、自分の影との分離など非常に面白い設定である。「ハードボイルド」は
現実的だが、そこでもやみくろやシャフリングなど独自の設定がある。微妙に道具だけ交わり進んでいた
二つの世界が後半にしっかり繋がる展開と、そして全く違う世界の関係を説明し得てる点が面白い。
どちらの世界も重大な秘密を知ってしまい両方とも自分の世界と自分の終焉を意識するダイナミックな
構造だ。そしてラストの主人公がする決断の意外さで締めくくっている。本書は考えてしまうようなラストが
印象的で尾を引くが、創造性溢れる設定と物語性を併せ持っており村上作品の中でも娯楽性が高い一作だと
思うのでオススメだ(長いけどね)。個人的には幻想世界が好きなので「世界の終り」が面白く読めた。
静かに暮らす一角獣や街の人、切り離された自分の影との会話など心が弾むのだ。残念なことに本書は
ハードボイルド世界が圧倒的に長かったのだけど…。主人公のちょっとした思考や会話までつらつらと
書き連ねるから長くなるんだよなぁ。ところで本書の意外な結末は私的には気に入っている。寂しいけど
(ややネタバレ?)
この世界を理解した上で捨てずに受け入れることが自分の責任って決断は好きだな。
「風の歌、星の口笛」 村崎友 ★★★☆
---角川書店・04年、横溝正史ミステリ大賞---

死なないはずのロボットペットが動かない。マムがすべてを統治する星で何か異変が起こっていた。
また別の時、滅びそうな地球を救うべく兄弟星の探査に向かった研究員二人。しかしその星は…。
また別の時、事故から回復し退院した青年…しかしある人物に限った記憶だけがおかしくなっていた。

ミステリではなくSFかファンタジーです。ミステリ的な手法や題材(密室)がやや含まれるので横溝賞を
取ったんだろうか。選考委員も賛否があったみたい。まず言わなければならないのはSF設定に欠点が
あるらしいこと。巻末の選考委員の評にも載ってるのだが力学的に不可能な部分がありSFとしては
突っ込み所が満載なのだそうだ。そういう意味ではSFファンにとっては嫌な作品なのかもしれない。
でも私は「作り話だから何でもいいじゃん」と気にならなかったし、むしろここまで話が大きいと爽快だった。
250年かけて違う星に探査に行ったり惑星が滅んだりといった長い期間の話が魅力的だし、三つの話が
交互に語られそれが壮大なスケールで交わる展開は普段味わえない感覚があった。ただ枚数制限のためか
世界設定にせよ心理描写にせよあっさりしていて満足感が薄くオススメ度はこんなとこ。あと余談だが
未来SFの本書に「ロペット」というのがある。本物そっくりなのだがエサは不要で充電すれば生き続ける
ペットのことだが動物好きとしては不快だ。現実でも犬ロボがいるが不潔だったり死んだりしないペットを
「大事に育てている」と言う子供は何か嫌だったな。…と、こんな感想もSFの楽しみ方の一つだったりする。

「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」 本谷有希子 ★★★☆
---講談社・05年---

小さい頃から自分は特別だと思い込みが他者を否定することで自己を守ってきたプッツン澄伽が
両親の事故死を受けて、女優になるために赴いた東京から帰ってきた。高校時代の澄伽を漫画に
描いてプッツンさせた妹に復讐を始め、田舎を毛嫌いする澄伽は大暴れするのであるが…。

自己を特別だと思い周囲を否定する心理だけを膨張させたキャラ像って意外と目新しくないよね。
こないだ桐野夏生「グロテスク」で読んだし。それにここまで過剰に演出されるとリアリティ感じるより
コメディになっちゃう。そのぶん楽しくは読めましたけれども。暴走澄伽がついにしっぺ返しを
喰らうところは、ほほ、なかなか愉快。孤児だったためにいろんなことを諦めている兄嫁の待子も
強烈個性だが、打ちひしがれている澄伽に待子がとどめの一言をしれっと言うので笑ってしまった。
伏線の効いてる意外なところもあったし娯楽色が強いかな。過去のことを皆が知ってて逃げ場が
ないって感じの田舎が舞台ってのも印象的。あんなのがいたらヤだね。バカパク(6・6)
「生きてるだけで、愛。」 本谷有希子 ★★★☆
---新潮社・06年---

気持ち悪い男と女にキレてスーパーのバイトを辞めた寧子は、津奈木という覇気のない男の
部屋で過ごしている。鬱で過眠症で抜け出せない寧子は、感情が暴走しやすく津奈木に八つ当たり
するも反応は薄い。躁鬱に悩む寧子だが、津名木とよりを戻したい元カノに巻き込まれバイトを始める。

感情の起伏が激しく怒りをぶつけやすい寧子がパワフルな文体で迫りくる。世の中のいろんなことに
腹が立って怒りをぶつけるのだけども、津名木のように反応が薄くて全力で返してこない人間に
また怒りが湧いて…その怒りのぶつけどころが無くて内部で爆発してしまっている寧子なのだ。
爆発させるぞぉって手榴弾のピンを抜いたけど投げる方向がわかんなくて自爆してる感じ。
そのパワーが内側から少しずつ漏れ出て周囲は大変だ。心がもろくて他人の負のエネルギーには
滅法弱くて、打てば響くような場所で自分のエネルギーを発散させることもできなくて引きこもってしまう
寧子は実に迷惑なやつだけど、現代に結構多いタイプかもしれない。っていうか自分もそういうタイプ
かもしんないなぁと読みながら思って鬱。どっか的を射てるのかも。こんなもん共感したらあかんがな
と思うけどね。妙にパワーがあるのでインパク知(7・6)。作者石川出身だな、がんばれよ。
「カラフル」 森絵都 ★★★★
---理論社・00年、産経児童出版文化賞---

「おめでとう!抽選に当たりました」と僕の魂は天使に拾われた。あやまちを犯したらしい僕の魂は
輪廻から外れるのが通例だが、抽選に当り再挑戦を許されることになった。自分が犯した罪を
思い出すことが必要らしいが、それまで僕は自殺を計った「小林真」少年の体で暮らすことになった。

主人公が小林君として過ごす生活がメイン。家族は一癖あるし好きな女の子は売春してるしと
散々な生活ながらも大事なことに気づいていく…という児童文学よりの作品らしく内容もコミカルなので
読みやすい。中学生から大人まで読めるだろう。前向きな小説なので読後感も心地よいのが魅力。
内容はコミカルながら、思春期のあやふやな感覚を描く作者の感性や技術はしっかりしてると思う。
進路・友達・家族に関して漠然とながら自分で考えるようになった年代にある、周りのいろんなことを
整理できなくて困惑する気持ち。中途半端にものがわかるようになって陥ってしまう若さゆえの苦みが
作者はうまい。そして一つの側面の色しか見えなかった主人公が、違う角度からは別の色が見えることに
気づく大人への成長物語としてもうまい。特に前半と後半における家族の印象のギャップが印象的。
まさに色が変わったよう。売春少女が意味不明だし話のオチも読めるけどほのぼのいい話。
「風に舞いあがるビニールシート」 森絵都 ★★★☆
---文藝春秋・06年、直木賞---

「器を探して」→恋人からプロポーズされようかという日、上司からわざとらしく出張を命じられた弥生。
上司に振り回される私に恋人も呆れていた。恋人か上司か、振り回されてばかりの弥生が出張先の
岐阜で美濃焼を探すうち力を得る、という話。「守護神」→理由ある人のレポートの代筆をしてくれる
という噂がある文学部の守護神ニシナミユキ、祐介は代筆を頼もうとニシナミユキに頼みに行くのだが
文学について口論をするうちに他力本願な祐介の本当の姿を指摘される、という話。「風に舞いあがる
ビニールシート」→難民問題に携わるUNHCR勤務の里佳、上司でもあるエドと結婚したのだが
家庭の温かさが欲しい里佳と世界の難民問題が最優先のエドとの温度差により離婚してしまう。
その元夫エドがアフガンで死んだ。そのショックを引きずる里佳が、エドのことを知ったり周りの
支えもあって乗り越えていく、という話。仏像や犬などどの短編にも題材があり、主人公に拘りや
信念があってそれを獲得したり貫いたりという前向きな作品が多い。どれもうまいのだけども
優等生というかあまりにもすんなりとキレイなもんだから逆に印象が薄いかもね。シブ知(6・6)
「封印再度」 森博嗣 ★★☆
---講談社ノベルス・97年---

中にある鍵が取り出せない壺と、その鍵で開ける箱…二つの家宝を残して50年前に死んだ画家がいた。
未だ解かれていない謎に挑む犀川&萌絵コンビ。しかしその家で再び似たような事件が起こった。
50年前の画家同様、密室の中での死だった。一見自殺のように見えるが不可思議な状況なのである。

本書で扱われるのは家宝である鍵と箱の謎、それから密室での事件である。密室も含め画家の家で
起こる不可思議事件についてはパッとしませんね。都合がいいというか論理の美しさとは違う感じがする。
なので本格好きにオススメはしないな。だが本書の見所は犀川&萌絵のラブコメ部分にもある。二人の仲が
あーだこーだする部分が多かった。前回も少しあったんですが私がこのシリーズに求めている雰囲気と
合わないので好きじゃなくて退屈した。それどころか萌絵が嫌いになってきたくらい。二人が大好きな人には
面白い一冊なんだろうか。全体を通して意味なく冗長なのも疲れたなぁ。舞台が固定されてないせいかな。
S&Mシリーズ中、最も退屈だった。唯一面白かったのは家宝の鍵と箱の謎。この種明かしはスゴイな。
「そして二人だけになった」 森博嗣 ★★★☆
---新潮社・99年---

海峡大橋を支える巨大な柱部分、そこに集まった科学者・医者ら六人…しかし外部から身を守る
システムが作動したことによって密室空間になってしまう。その中で起こる連続殺人…一人また一人と
殺されていき疑心暗鬼に陥る生存者。そしてついに盲目科学者と助手の二人だけになった。

うひゃ!密閉され連続殺人、疑心暗鬼、恐怖…本格好きにはよだれが滴り落ちそうな設定である。
殺されていく中で停電になったらとか怖いな…でもそこが最高ってな感じで楽しめました。しかし恐怖に
喘いでばかりではなくて冷静に状況を分析するようなキャラが多いところが著者らしい。状況にしては
淡白な気もするけど。そしてこのような小説はただでは終わらず、意外な犯人やトリックなどの結末が
用意されているものである。本書も例外ではなく、あっと驚く真相や小説全体を包んでいた上手さなどが
明らかになる。ただ…ネタバレになるから言えんけども何とも微妙なオチをかましてくれたので
スッキリしないかなぁ。私はああいう世界を詩的に描くのは嫌いじゃないんだけどもね。
「太陽の塔」 森見登美彦 ★★★
---新潮社・03年、ファンタジーノベル大賞---

大学五回生の私は男友達と妄想ばかりを働かせ、恋愛礼賛の日本国に憂いているのだった。
私の日常は自分をフッた水尾さんという女性をストーキング…いや、研究をしているのであるが
その研究中「これ以上つきまとうな」と男に言われてしまう。しかしその男も怪しげな男であって…。

パッとしない鬱屈した大学生活を過ごす男など結構いると思うけれども、じゃどうしよう、華のあるものに
しようと外の世界へ出て行って活躍する人間もいると思うが、本書の青年は内側へ内側へと向かって
しまうタイプだ。愛自転車「まなみ号」に乗り、ビデオ屋で女人の新作によりて内的野獣を治め
ストーカー同士での嫌がらせ合戦でゴキブリキューブをお見舞いするなどのショボイ生活が
中心なんだけど、妄想を交えて自分に都合よく理屈をこねている脳内環境の文字化がユーモラス。
全然ファンタジックではないけれど怪しい世界に誘ってくるのであった。文体がやや変わっていて
流暢なのに古風な言葉や堅い表現も入れてくるあたりやええじゃないか騒ぎを企てるハチャメチャさ
などは町田康に若干だけ似てなくもないが、町田さんを読んだ時のようにリズムや言葉が脳髄を
掻き乱すほどの凄味がないので、特筆するほどではないと思う。逆に言えば誰にでも
読みやすいのかなぁ。でも単調なリズムが最後まで続くので飽きちゃったぞ。
「夜は短し歩けよ乙女」 森見登美彦 ★★★☆
---角川書店・06年、山本周五郎賞・本屋大賞2位---

大学の後輩である黒髪の乙女に惚れこんだ私は日頃から彼女の視界に入る作戦を決行中だが
気づかれてないらしい。黒髪の乙女はオモチロイとこを見つけては夜の酒場へ、古本市へと移動。
行く先々の騒動で主役となる乙女の傍らで、恋の進展を祈りつつそれなりに活躍するのであった。

古風でユーモラスな表現の多い文章に、天然キャラの主人公。パンツ総番長や空中浮遊する
自称天狗の樋口など個性の強い面々がおもしろおかしく活躍するラブコメって感じである。
学園祭でのドタバタ劇や、本を巡る我慢大会、飲み比べなどのイベントが起こり盛り上げる。
不可思議な現象も起こるし、三階建ての電車が現れたりと、どことなく不思議世界なもので
スタジオジブリのアニメっぽいとこあるかも。軽いノリで楽しく読みたいならうってつけですな。
ただホントに軽い読み物なのでサラッと読めて別に心に残るような作品でもなかったんですが。
「有頂天家族」 森見登美彦 ★★★
---幻冬舎・07年、本屋大賞3位---

人は街に、天狗は空に、狸は地に這うここ京都。真面目だが勝負弱い長兄と、世を捨てカエルと
なって井戸で暮らす次兄、化けるのが下手な弟を持つ三男の矢三郎。天狗の師匠が惚れてる
弁天という美女に喰われそうになったり、折り合いの悪い夷川家と対立したり狸界は忙しい。

上の感想で「スタジオジブリっぽい」なんて書いてしまったが本書にこそ当てはまる言葉であった。
タイトルでは全然わからないが、まさか変幻自在のタヌキ一族が主役とは。天狗の師匠がいたり
電車に変化して疾走したりの不思議な設定で起こるドタバタファンタジー。読みながら「平成狸合戦
ぽんぽこ」を想像したのは私だけじゃないはず。突飛な設定だが、内容は家族物語。矢三郎の父親は
弁天を含む人間達の所属する「金曜倶楽部」に狸鍋にして喰われたのだが、その真相が徐々に
明らかになっていったり四兄弟それぞれが持ち味を出して成長したりと、よく言えば正統派のまとまる
お話なのである。いろいろと意地悪してくる夷川家の金閣銀閣兄弟も自爆してばかりのマヌケっぷりで
盛り上げてくれる。愛すべきキャラクターと「阿呆の血のなからしむる」奇想天外なドタバタユーモアが
爽快な作品である。個人的には軽いノリのユーモアは合わないようで、流行ってるけどよくわかんない
芸人のギャグを見せられてる感じでしたわ。娯楽的で派手だし属性的にはバカSFの(9・6)はある。
「誰そ彼れ心中」 諸田玲子 ★★☆
---新潮社・99年---

旗本に嫁いだ瑞枝はある時、小者の小十郎から「殿様が殿様ではないような気がする」と聞いた。
その時は一笑に付した瑞枝だが、徐々に小十郎の言葉が正しいように思えてくる。夫に対する不審から
小十郎への身分違いの想いも生まれる。四面楚歌な家の中で疑惑は黒く大きくなるばかり。

…おもんない。夫への疑惑だけで九割ひっぱるには迫真の描写かそれなりの見せ所がほしいの
だけども、ひねりが無さすぎるっていうか。姑らの嫌味に耐えながら、変わった夫との夜に耐えながら
わずかな味方と真実を追ったりするサスペンスなのだけどもまぁ地味だわ。ホントにそれ一本槍
なんだもんな。うまいこと熱中できんとキツい。とってつけたようにベタに盛り上げて終わらすのも
何だかなぁ。時代物の雰囲気は好きなんだけどもなぁ。シブサスの(3・3)くらいですかな。