「青空の卵」 坂木司 ★★☆
---東京創元社・02年---

僕の友人・鳥井はプログラマーで料理が得意で…ひきこもり気味だ。僕はそんな鳥井を
表に出そうと彼に会いに行く。すると彼は出かけた先で起こったことや僕が遭遇した
出来事などの真相を見抜いていくのだった。四季が移り変わる四編の連作短編集。

優しい主人公に日常の謎、最初のうちは加納朋子の「ななつのこ」を連想しました。
でもメインが謎解きだけでなく、その裏にある心理を鳥井も含め登場人物が乗り越えていく
ところも見所ですね。ただねぇ、主人公と鳥井が相互に依存しあう関係が、乳離れしてない
小学生みてるみたいでホモっぽくてついていけず。「そばにいるから!」とかセリフもちらほらと
クサすぎてついていけない〜。主人公がとても優しくていいやつで道徳的に間違いない人間だが、
ちょっと考え方が甘ったるすぎて理屈屋の自分にはついていけない〜。それからすぐ心を打たれて
泣き出すのが一番ついていけない〜。…とにかくついていけないことずくめの小説でした。
そこが評価の分かれ道になりそうですね。受け入れられる人は感動するのかな。
主人公たちの友人達は個性的で温かな雰囲気なのは好きだし、日常の謎系も好きなので
クサみが取れてることを願いつつ続編に期待しておこう。

「駆ける少年」 鷺沢萠 ★★★☆
---文藝春秋・92年、泉鏡花文学賞---

『銀河の町』…目立たない所にある飲み屋、昔は美人だったらしいママと常連のおじさん達。
客は減り常連達も年老いて減っていく古ぼけた飲み屋とそこにいる人達を描く。
『駆ける少年』…夢がきっかけで死んだ父の過去を調べ、父と自分に気づいていく青年を描く。
『痩せた背中』…父と父の愛人と暮らした息子、父の浮気に翻弄されて精神を病んだ愛人と
父の姿、それを見てきた自分、三者の複雑な思いを描く。

この小説は深い寂しさを秘めているような気がした。『銀河の町』では活気付いていた飲み屋が
ふと振り返ると死にかけていたような寂しさがあった。『痩せた背中』は家に引っ込んでしまった
愛人の諦めにも見える本当の思いや父や息子のもどかしさ、それも終わってしまえば寂しいだけに
思えた。むなしさも感じるが、優しい視点も内包していそうでした。なかなかの一冊だったんですが
受賞作の『駆ける少年』はあまりピンと来ませんでした。繊細な心を持たない私には高尚な文学は
理解できないんですかねぇ、フン。ちなみに作者は先日自殺しましたので追悼読書でした。

「四万十川(あつよしの夏)」 笹山久三 ★★★☆
---河出書房新社・88年、文藝賞、坪田賞---

貧しい大家族の一員の少年篤義は、自然に囲まれ親兄弟に見守られて成長していく。
処分されそうな子猫やいじめられている女の子のために篤義は悩み、立ち上がる。

小さい子の心情をうまく書いてると思う。篤義が実直に悩み、親兄弟に温かくサポート
する姿は目を細めてしまう。いい話だ。小学校の国語や道徳の教科書に載ってそうな話。
簡単に言うと篤義のひと夏の成長期。方言が多く懐かしくも清々しい雰囲気でした。
こういうことを繰り返して成長するのだろう、子供のひと夏はきっと短くも濃密。

「不思議じゃない国のアリス」 沙藤一樹 ★★☆
---講談社・03年---

表題作→中学の修学旅行を休んだ日、バスが転落しクラスメイトは全員死んでしまったという
過去が胸につっかえていた由記子は、大人になったある日不思議な少女と出会った。熊の木彫りの
置物を連れた関西弁の少女、何度か会ううち由記子は自然と自分の気持ちを話していくようになる。

珍しいことに表題作が一番つまらない…。五編とも認識する世界と他者とのズレがテーマでしょうか。
自分にしか見えない人物、ネットRPGのやりとり、周りの人間がニセモノだと思う僕の話…などなど。
短編ごとにまるきり違いますが、暗くも不気味な世界を形作るのはなかなかうまいんじゃないかと
思います。悲劇的なラストを迎えるのもこの世界の空気に合っていてヒヤリ。でも味気なさも
感じられて読後なんとなく物足りなかったなぁ。しばらくしたら忘れちゃいそう。何行かごとに
区切られて時系列バラバラに見せる短編があって読みにくいだけだな〜というのも気になるところ。

「ジャンプ」 佐藤正午 ★★★☆
---光文社・00年、文春7位---

リンゴを買いに出た恋人は消えてしまった。不安になった彼は彼女を追う。
「どうして」という疑問の果ては?「死にもの狂いで犯人を追う刑事」とは違い、たんたんと歩く姿は
印象的でした。ちょっとした驚きが最後にありますよ。読後に残った「そうか…」みたいなモヤモヤ
嫌いじゃなかったですね。だいぶ前に読んだので感想はこんなとこ。

「イグアナくんのおじゃまな毎日」 佐藤多佳子 ★★
---偕成社(中公文庫)・97年---

あたしの誕生日にパパの大叔父の徳田ジジイがイグアナをプレゼントしてきた。ジジイはパパが
勤める学校の理事長で、気に入らない教師はクビにするようなやつだからパパは断れないのだ。
かくしてイグアナは増築したてのサンルームを占拠、うちは貧乏、あたしは毎日世話するはめに…。

名は体を現す、タイトルがすべてを説明しちゃってます。イグアナを飼いはじめ、毎日毎日
振り回されて…という内容。ほのぼのするかっていうと、そうでもなかったな。出てくる大人が
ワガママで一本筋の通ってない子供みたいな大人ばかりで全然好きになれなかったし…。終盤は少し
イライラが解消される内容だったのが救いでした。しかし、イグアナを飼うってのは大変のようです。
これ読むと全然飼おうなどとは思えないなぁ。子供向けなのか平仮名が多い文章でしたが
子供に読ませるには登場人物がちょっと嫌なヤツすぎやしないだろうか。そうでもない?

「しゃべれどもしゃべれども」 佐藤多佳子 ★★★★★
---新潮社・97年---

落語を愛する粋な噺家の今昔亭三つ葉、そんな彼が落語を教えることになった。生徒は
吃音癖のある青年、元気はあるが関西弁のせいかクラスで孤立(喧嘩?)する少年、口が
悪い女、野球は好きだが解説は苦手な元選手。話し方を習おうと落語をはじめ、それぞれに
問題もあるし、ぶつかりもする。それでも集まる彼らに三つ葉もおせっかいを焼いてしまう。

面白〜い!夜中に一気読みしてしまった。先が気になって気になって仕方がない。
語り手が噺家で、文章がいい。センスがあるのだ。登場人物はみな生きていて魅力的だし。
三つ葉も恋に落語に悩みながら生徒におせっかいを焼き、皆で苦しんだり立ち向かったりする中で
何かが変わったような気がする…そんなほんのりした温かみもあった。ニヤリとさせられたり
切なかったり、けれどやっぱり温かい物語。あまり現代っぽいものが出てこないところも
雰囲気を壊さず良い。素直じゃないけどまっすぐな人々ばかり、読後感も抜群〜。

「神様がくれた指」 佐藤多佳子 ★★★☆
---新潮社・00年---

刑務所から出所したスリ師の辻は、家に帰る途中でグループスリにあってしまう。高校生
くらいの犯人達の一人を追いかけたが怪我を負ってしまった。そこを通りかかったギャンブルで
お金の無い占い師に辻は助けられた。お礼にと占い師が滞納している家賃を払った辻。
こうして出会った二人、辻は犯人グループを探す間、何となく占い師の家に居つく。

登場人物に人間くさい所があるのは佐藤多佳子らしいのかな?スリ師の辻は受け入れてくれる
家があるのに素直に帰れなかったり、占い師はギャンブルやったり占いで食べている状態に
グズグズしたものを感じていたり…。辻と占い師が次第に、そして密かに心通わせているのも
見物だった。ただ「しゃべれども〜」ほど登場人物が好きになれなかった。占い師は好きだが
辻の方はスリだし。信念持ってようがプロ根性・職人根性があろうがスリはスリだしねぇ。
「しゃべれども〜」のようなものを想像していた読んだ私には肩すかしを食ったような感じでした。
基本的にドタバタものの派手なエンタメ。特に後半のスリグループとの闘いは派手だった。

「黄色い目の魚」 佐藤多佳子 ★★★☆
---新潮社・02年---

8編による連作短編集。いろんなことが嫌いで毎日イライラしているみのりはイラストレーターの
叔父の家に入り浸り。ある時、同級生の木島が書く似顔絵を見てから木島の絵が
気になり始める。自分に悩むみのりと木島が絵を通じて変わっていく青春小説。

若い心を描く話であり、後半はややちょっと恋愛ものも含まれる。やけに世間の評価が
高いのだけどあまり好きじゃないです。短編ごとに木島かみのりの語りで進むんですが
これに馴染めない。リアリティ感じにくくて、おまけにツンツンした口調で嫌な感じだった。いろいろ
悩んだり頭にあるのに口に出せなかったりという若さはわりとうまく書いてるんですけどね
例えば…「本気になるのは自分の限界を見てしまいそうで怖い」とかなるほどこりゃそう思ってた
気がするなぁなんて思いました。でも人物を好きになれなきゃ魅力半減なわけで。何だかんだ
自分のことばかりだもんなぁ。青春とはこういうものだったかしらんとは思うのだが。とはいえ
内容は前向きになったり乗り越えたり…そういう部分があって良かったね。でもこういう
若い心を書くなら重松清のほうが近くに感じられるなぁと個人的な好みでは思いました。

「イラハイ」 佐藤哲也 ★★☆
---新潮社・93年、ファンタジーノベル大賞---

架空の王国イラハイを舞台にした物語。隣国との攻め合い、王と民の争い、
若者の冒険などなど流れのままに自由に動くストーリー。

説明が難しいんですが、イラハイという国の様々な場面が描かれてます。あちこちに話が飛んで
様々な出来事(イラハイの歴史?)が語られます。何かの教訓がありそうな、理屈そのままでの
やりとりが多く問答でも聞いているような文章でした。そんな文章が続き、理屈のまま行動する
滑稽さなどが描かれる部分部分は面白くはあるのですが、ストーリーはあって無いようなものなので、
全体を通じての面白さがイマイチわからなかった。同じような感じでずっと続く文章もちょっと嫌に
なりましたね。買うつもりの人はその前に本屋で何ページか読んでみることをオススメします。

 「デンデラ」 佐藤友哉 ★★★★
---新潮社・09年---

家事に育児に仕事の水汲み、年を取っても家畜や孫の世話、休む暇なく年老いた斎藤カユは、七十歳になると村の掟に従い
「お山参り」で山に棄てられた。息絶えて極楽浄土へ行くはずだったが、気が付くとそこは棄てられた女達の生き残りが少しずつ
集まり作った山奥の共同体デンデラ。そこでおよそ五十人の年老いた女達は自分達を棄てた村への復讐を企てていた。
しかしそこへ熊が襲い仲間が殺され備蓄を奪われる。厳しい冬、老婆達は生き残るため熊と戦うことになる。

なんともしわくちゃな話だなぁ。姥捨て山よろしく口減らしのため棄てられた、ハツだのホノだのノコビだの登場人物50名ほどが
すべて老婆である。寒さとひもじさに震えながら藁にくるまって眠るような過酷な雪だらけの山奥、70歳ですら若者と呼ばれる
共同体デンデラが舞台となるが、序盤はとにかく面白く期待が高まる設定だった。デンデラには、自分を棄てた男尊女卑の
「村」へ復讐を誓う「襲撃派」と平穏に暮らしたい「穏健派」がいて、主人公カユは山で死んで極楽浄土へ行くのが真っ当で
生きながらえるのは恥だと思っている。そんな思想のぶつかり合いも面白いし100歳の婆が襲撃をもくろみ鍛錬してたり
ののしりあったりとパワフルである。婆の一人称「おれ」には笑ってしまう。どんなふうに「村」への復讐をするのかと楽しみに
読んでいたが、中盤以降の敵は熊と疫病になってしまってちょい残念。度重なる熊の戦いばかりでスピードダウンして
もったいなかったな。しかしながら熊の一撃で首がもげたり臓物が飛び出したり、仲間が殺されても生きるために老婆には
あり得ぬパワーで戦いを挑むとても壮絶な物語であった。中盤だらけちゃったけど、終盤に入ると「村」を蝕む疫病の
正体とは何か、というミステリのような展開も輝いていたし残り少ないデンデラ老婆がそれぞれ最後の作戦に出る。
あのラストシーンは映像として浮かぶインパクトあるものだったなぁ。シリアスなんだかギャグなんだかわからぬ
混沌とした物語だが、印象に残る力が溢れてた。個人的には「村」の襲撃が見たかった…。バカパク(9・9)
「人形-ギニョル-」 佐藤ラギ ★☆
---新潮社・03年、ホラーサスペンス大賞---

うらぶれた酒場で教えられたギニョルという名の男娼。美しい顔だちだが全身傷だらけで
尻には謎の言葉が刻まれたギニョル、一度会った私はどうにも忘れられなくなってしまった。
かくして私は友人とギニョルを監禁し、湧き上がるサディズムに身を任せる。

ギニョいな〜これ。もはや関心の外側だ。監禁してSM…エログロというんでしょうか。
気持ち悪いだけで引き込まれないし別に怖いわけでもない。理解することもできない。
ではキャラが立っているかと言うとそうでもない。ギニョルは傷だらけなのだが必死で
抵抗するでもなく気が触れてるわけでもない。かといって喜ぶわけでもないし逃げようともする。
どういう人物かイマイチわからない。選考委員の宮部氏は「もうひとつわからないところが
多かったです。これはエンターテイメントだろうか」とコメントしてますが、私も同感である。
まずこの世界を喜ぶ人は少ないんじゃないかと思われる。

 「騙し絵の牙」 塩田武士 ★★★☆
---KADOKAWA・17年---

薫風社という出版社でトリニティという雑誌の編集長をやっている速水輝也。本が売れない時代、薫風社も
苦戦をしておりトリニティも廃刊の可能性があった。生き残るために大物作家との関係を作り、パチンコ業界、
人気俳優の連載と奮闘する。組織のしがらみの中で飄々と動く速水だが、その裏では苦労もあるのだった。

ミステリが読みたい気分だなと思って手に取ってしばらくしてミステリじゃなくね?と気づいた一冊。
お仕事小説という感じですね。タイトルに騙し、と入ってるのと作者名とカバーの大泉洋のニヤリに騙されちゃった。
本書はいわゆる中間管理職の物語、部下を持ち上司からの意見もある。やりがいもあるけど息苦しい立場だけども
出版業界が苦境なので余計に息苦しい感じがする。本を作ることに熱い思いを持っている速水なんだけど、
何をやっても上昇する気がしない状況だし、家庭はうまくいってないしでつらめのお仕事小説である。
口が達者でユーモラスな速水が無双する痛快小説かと思いきやそんなこともなかったし、相手に取り入るため
道化を演じるのも疲れそう。最後に明らかになる速水の胸のうち、そして失意と思われたがただでは転ばない
速水が騙しの部分なのかな。まずまずおもしろい。バカシブ(5・7)それにしても紙媒体は苦しいのかねぇ。
電子書籍も増えているんだろうし他に娯楽が多いもんなぁ。本好きからすると複雑な読み心地。
「ナイフ」 重松清 ★★★☆
---新潮社・97年、坪田譲治文学賞---

ある日を境にミキはクラスでいきなり無視され始めた。何をしたと言うわけでもないのに…。
それは唐突に始まったゲームのようないじめ、それは確実に誰かを傷つけていく。

重松清の描く者は弱っちい、そしてどこにでもいる庶民である。そんな彼らが日常を舞台に
悩んだり後悔したり…そんな姿がいとおしく思え、またそっと勇気付けられることもある。
今回もそんな重松節は一応あった、悩んでも最後に前を向くような終わり方も毎回胸を打たれる。
しかし今回はいじめがテーマになっており、陰湿で凄惨な描写が多かった。惨たらしさと痛々しさに
人間はかくも汚らしい生き物かと気分が悪くなってしまう。どんなに主人公達が素朴で前向きでも
あまりの救いの無さに、せっかくの温かい部分も少し損なわれて感じられてしまった。読んでて主人公に
変わって全員ブン殴りたくなる程ひどい。でも現実には『コンジョーやキアイのないコっている』わけで
そういう人が標的になるんだろうね。テーマはいじめですが、子供達だけが主役というわけではなく
親達の存在も大きく描かれていました。いじめの汚さを描き、心のナイフを与えてくれるかもしれない
一冊ってとこでしょうか。私の好みは「ナイフ」と「キャッチボール日和」

「定年ゴジラ」 重松清 ★★★★
---講談社・98年---

東京郊外にあるニュータウン・くぬぎ台。定年を迎えた山崎さんは暇を持て余していた。
そんな折定年仲間ができる。定年後に自分の居場所を探す男達のたわいもなくも暖かい物語。

居場所のない男・熟年離婚された男・娘の結婚などありふれた家族の題材を扱う重松小説ですが
文章や視点が暖かさが良い。大泣きしてしまうような話ではないが心の底をくすぐるような感じだ。普通の人が
出てきて普通のことが起こるのになぜかとても良い話に思えてしまうな。登場人物が善人でマジメだから
なんだろう。人生の階段を登ってきてふと踊り場に立ったような感覚も素直に綴られているようで
リアルに感じられた。現時点で私は21だがもっと年を重ねていればより共感できるのだろうな。

「ビタミンF」 重松清 ★★★★☆
---新潮社・00年、直木賞---

七編収録。主人公は四十前後の男たち。息子や娘、妻、年老いた両親などとの関係。
日々の悩みがあり、悪戦苦闘するオジサンたちの姿を描く。直木賞。

別に大事件が起こるわけでもない。普通でそのへんに転がっているような家庭の話。
子供としっくりこない、娘が悩んでる、喧嘩してはいないが妻と何かがすれ違っていると感じる、など。
しかしその等身大ぶりが良かった。心にしみいるようです。年齢は違うがすごく伝わる普通さでした。
悩みに対して見つめなおしたりささやかなを抵抗してみたり、ニヤリとしたりホロリとしたりしました。
オジサン達の栄養剤や活力剤という感じである。どこにでもありそうな普通の家庭を舞台に、
どこにでもありそうな出来事を題材にしている。それをグイグイ読ませる上手さがある。
すぐ側に感じられる小説でした。
「流星ワゴン」 重松清 ★★★★★
---講談社・02年---

妻が家を空けるようになり息子は中学受験に失敗し引きこもる。そして自分は
リストラに会い…病気の父を田舎へ見舞いに行った帰りに僕は「死んでもいいかな」と
思った。そんな時に目の前にワゴンが停まった。大切な場所へ旅する流星ワゴンが…。

盗まれた…とたまに思うことがある。読んでいるといつの間にか心が盗まれている感覚。
重松小説の登場人物は、普通なら言葉にしにくかったり強がったりしてしまう「弱さ」をポンと口に
出している。それが読者の心を盗むのだと思う。弱くてどうしようなくて悩む姿に共感してしまうから
なんだろうなぁ。それに感情が嘘臭くない。普通の人が感じることを等身大で書かれていると思う。
今作は大切な場所への旅、なぜか現れる若き日の父親チュウさん、ワゴンに乗る橋本さん父子。
SFタッチの展開で「父親と息子」の微妙な距離間をうまく描いていた。いろんな形があっても共通する
何かがあるんだろうなぁと思いますね。女性にはわからないかもしれませんがオジサンなら大半が
「盗まれる」んじゃないかと思う。気づかなかった大きな分かれ道をやり直せたら…例え結果が
変わらなくても。そんな旅に何かを思い出して、でも前を見て温かい目をしてしまう。人生がいとおしく
なるね。唯一妻はどうなんだというキャラだが五つ星あげよう。重松清は本当に「いい話」がうまい。
「疾走」 重松清 ★★★★☆
---角川書店・03年、このミス14位---

シュウジ。おまえの生まれた町では埋め立て地の人間を差別する。やがて埋め立て地には
開発のためにヤクザが絡み、町は変わっていった。家庭では優秀で傲慢なおまえの兄がおかしくなり
それをきっかけにおまえの家族はズタズタになった。大阪へ出てもヤクザに虐待された。イジメ、差別、
バラバラの家族、虐待、おまえは暗闇で生きた。人間の欲が剥き出しになり、誰も救われない。
おまえの物語は寂莫とした悲しみに満ちていた。シュウジの駆け抜けた暗黒の、地獄の道のりを描く。

とにかく暗く、そして重い…。でも全体的には悲しくて苦しい話かな。読んでる途中は怒りが沸々と湧いてきた。
ひどい人間ばかりで少年の歩む道は最悪なのだ。主人公はまだ中学生なのだが苛酷で孤独で希望のかけらもない状況ばかり。
「ビタミンF」や「定年ゴジラ」のような、ささやかで温かなほっこり話を期待するならやめた方が良い。それから性描写が
露骨なので『いやねぇ、お下劣…』と思いそうな人は避けたほうがいいかも。暗黒をひた走る少年は不幸にすぎるが
最後に一筋の光が見えたようでもあり、悲しすぎるけど印象的な終わりだった。あまりに重い内容から読後は胸にズシリと
錘がついているようだ。上のように「おまえは…」と語りかけてくるような文章がまた重さを助長している。この物語は
何だったのだろう。シュウジはなぜ生まれたのだろう。何だか忘れられない物語だ。ブラック重松初降臨だ。

「虚貌」 雫井脩介 ★★★★+
---幻冬舎・01年---

1980年、仕事上のトラブルから四人の男が社長一家を襲撃し、夫婦二人を殺害し、
子供二人に傷を負わせた。子供のうち一人はその後自殺した。そして2000年、四人のうち
主犯に仕立てあげられた男が刑期を終えて出所した。するとその男に近づく影が…。

ガンの再発のせいで体調が思わしくない刑事、アイドルをしている彼の娘、20年前の事件の関係者が
殺されていく現在の事件など様々な見所があった。そしてそれが終盤に一つに収束していく様は面白い。
ゆったりしているようでスピード感があるところもいい。『火の粉』に比べると見劣りするのだが、
これが二作目ということを考えると良い出来だと思う。『火の粉』でも思ったが登場人物が個性的な点と
細かいけどスラスラ進む読みやすさがあっていい。印象的だったのは刑事親子。第三章の『滝中守年
最後の事件』というタイトルを作品名にしてやりたいくらいだ。いかにもエンタメ書いてますって姿勢も好き。
終盤ちょっとした展開があって、それが本格ミステリとして読むと納得いかないという声が多いのですが
物語として面白かったので私は気にならなかった。
「火の粉」 雫井脩介 ★★★★★
---幻冬舎・03年---

元裁判官梶間勲の隣に引っ越してきた男は梶間が無罪を言い渡した武内だった。
武内の人柄に梶間家はすっかり打ち解ける。「本当にいい人ね」「何かいい人すぎない?」
その頃から梶間家にはしだいに小さな異変が起こり始め…。しかし、その火の粉はどこから?

おぉぉ〜!単純な内容でかつ面白い!近くにある恐怖を描いたこれぞサスペンスという小説だ。
前半は隣に武内が越してから変化が起こる日常を描きますが、これが生々しくてすばらしい。
介護、小姑との確執、三歳の娘の子育て、日常のちょっとした「イライラ」をうまく描きます。
後半は武内に疑惑を持ち始める人間が家族に生まれ、武内に注意しろと言ってくる怪しい男も登場。
家族との不和だけでも読ませますが、誰が何をやっているのか、恐怖の所在がわからない
という部分が怖い。火の粉の主は武内なのか?他の人間なのか?わからない、ということだけで
恐ろしいのである。やがて明らかになる事実、梶間家に広がる火の粉は振りはらえるか!
娘の「まどかちゃん」がいい味出しすぎ。読み出したらしばらく止まらない作品でした。

「犯人に告ぐ」 雫井脩介 ★★★★★
---双葉社・04年、大藪春彦賞、このミス8位、文春1位---

幼児連続殺人が起こり一年近く経とうとしていた。劇場型の犯人に対抗するため警察が
打ち出した手段、それはテレビを使った劇場型捜査だった。その計画のため以前問題を
起こし地方に飛ばされていた一人の刑事、メディアの恐ろしさを知っている男が呼び戻された。

おもしろ〜いっ!密かに注目のえびせん作家(やめられない止まらないの意)ですが
やってくれました。悩みながらも懸命に事件解決に向かい、頑固なまでの主人公にとても好感が
持てましたし、姿の見えない犯人とのテレビを通したやりとりや警察内部からの不審な動きなど
ハラハラしてたまりませんでした。劇場型で派手な事件でありながらその裏をしっかり描く
警察小説でもありましたね。警察内部が非常に個性的な面々でわかりやすく、かと言って
警察に終始せずテレビ局のライバル争いや六年前の事件などを絡めてあるので飽きる暇が
ありませんでした。リアルでありつつ堅くなりすぎない良質のエンタメ小説ですね。犯人からの返答が
警察に寄せられ、報道も激化する中盤以降は続きが気になって本を置けず結局ぶっ続けで
一気読みしてしまいました。読ませる文章なんだよねぇ。ラストもうまく締めて読後感もGOOD!
犯人のマヌケな行動や「ワシ」の存在が希薄など残念な点もあるが、それを補うほど面白かった。

 「望み」 雫井脩介 ★★★
---KADOKAWA・16年---

建築デザイナーの石川夫妻には思春期の息子と娘がいる。夫妻は部活をやめてから外泊をしたりナイフを購入したりしている
息子を案じていた。そんなある日息子が帰宅せず、息子の友人が殺されたと知る。息子を含め行方不明が三名。
逃走を目撃されたのは二名…では残りの一人はどこへ?息子は被害者なのか、加害者側にいるのか?

一つの事件に、巻き込まれてしまった夫妻を描いている。事件からすぐ家に押しかけてくるマスコミ、ネットであれこれ囁かれ
嫌がらせもあったり、仕事の関係者からも距離を置かれたり。…というのはよくありがちな展開ですが、本書の特徴は
犯人か被害者か不明なまま、というところ。犯人であっても生きていてほしいと願う母親と、息子を信頼しているが
それはつまり被害者であると願うことになってしまう父親。どっちかが正しくてどっちかが間違いではないけれど
そんな意見の相違が夫妻をぎくしゃくさせる。思春期の息子とのやりとりの距離感とかはよくわかる感じだったし、
日常のささいな会話や苛立ちといった部分を読ませる作者の腕は感じられたけれど、ほとんど状況は変わらずなので
イマイチかも。優しい家族や同級生、仕事先の人、報道の人、何にも教えてくれない警察の人、何か紋切型でパッとしないなぁ。
作者ってもっとネチネチして面倒臭いキャラが上手いと思うんだけどね。読みやすくて一気読みしたけれど、あらすじのまんま
特筆することはないかな。ちなみに最終的には加害者側か被害者側かハッキリする。たまにあるうやむやエンド
タイプではないのでご安心を。終盤まで判明しなかったから「もしや…」と思ったわ。シブサス(4・4)
「贋作師」 篠田節子 ★★☆
---講談社・91年---

美術界の大物が自殺、遺作の修復を依頼された成美は、彼の弟子であった美大時代の
知り合いが代作していたのではないかと疑いを持つ。病苦の末の自殺という彼の死にも
疑惑を持ち真相を調べ始める。二転三転する真相は?

肩ひじ張った生き方をする女性が主人公で、嫌な女が出てきて騙しあって、主人公が勝手に
真相を想像して…いかにも女性作家が書いたミステリーって感じが目新しさが無くて退屈かな。
でも登場人数が少なめだし読みやすくはある。それなりに楽しめるんじゃないでしょうか。
とりあえず普通な作品。美術界を描いているが個人的に興味を持てなかった。

「逃避行」 篠田節子 ★★★
---光文社・03年---

妙子の家で飼っているゴールデンレトリバーのポポが隣の子供に爆竹でおどかされ
噛み付き死なせてしまった。マスコミの非難もあり、夫もポポの処分を考えている。
そんなことは許せないと思った妙子はポポをつれて家を飛び出した。

むむっ、二通りの感じ方がありそうな話です。一つは『家族でさえ信頼できなくても犬との絆は深い。
本当の家族を描く愛の物語』と取る人もいるだろうし、『世間知らずで甘えん坊のワガママおばちゃん
逆ギレ逃避行』とも取れますね。作者には申し訳ないですが私は後者の印象が強かったです。
子供を死なせてしまった事件も、爆竹でおどかす子供が悪いと開きなおってるみたいな主人公像は
どうなんだ?(気持ちはわかるけどさ)。おまけに娘が一緒に住んでくれないとか更年期で辛いのに
夫が冷たいとか、ちょっとした言動をネチネチ恨んでいじけちゃってるし。ちょっと被害意識が
強すぎるぞ…。マスコミがひどいのは同情してしまうが、あまりこの主人公は好きになれなかった。
でもポポと妙子の逃避行はテンポ良く魅力的な人物も多くてなかなか面白かった。
それに犬のポポが老犬なので弱っちゃう場面があるが、こういうのは動物好きの私には
ちょっと泣ける。さてこの話、犬好きにオススメというかオススメでないというか…微妙。

「炎都」 柴田よしき ★★★★☆
---徳間書店・97年---

京都で起こる地下の水位が下がる異変、一方では全身の体液のない死体が
次々と…。もはや人間の仕業ではなかった。これは千年前の物語の続き、紅姫の呪い。
やがて京都は孤立、妖怪が現れ人は殺され京都は壊滅の危機に陥った。

うおっ!期待してなかったわりに面白い!内容はとんでもないパニックファンタジー?
人喰いカッパやら竜やらが出てきて京都が大混乱。人が死んで自分も襲われて恐怖に
震えるんです、がどこか都合よかったり笑えたり安心して読めたりもする。魔物・妖怪などが
わんさかで、陰陽師の封印が…という雰囲気もあるとにかくハチャメチャな話。でも京都が
火の海になったり混乱する部分はちょっとリアル。京都に住んでる人は余計面白いかも。
私はこの世界にハマってしまった。…でも嫌いな人は嫌いかもなぁ、こういうの。
…ちなみにこのハチャメチャな話には続編も出てるんだそうだ。よ、読みたい…。

「禍都」 柴田よしき ★★★★
---徳間書店・97年---

京都のパニックから十ヶ月、京都は復興の最中だった。君行は紅姫に連れ去られたままで
珠星は別の個体として生まれていた。サイパンではアルルの謎文字が発見され、十文字と
珠星は調査に向かう。謎文字とは?京都のことと関係があるのか?

「炎都」シリーズの第二弾だ。あいかわらずハチャメチャ。新たな敵が出てきて
また京都はパニックだ。南の島まで範疇に入れ壮大な話になってくる。作者のやりたい放題。
気の抜けっぷりも健在、ヤモリの珠星は姿をコロコロ変えて人をおちょくり、しかもミーハー。
天狗がメールで恋の相談を受けてたり、「これからはISDNかのう」とか言ってたりする。
壮大なスケールなんだけど随所で笑わせる独特の世界である。「炎都」が面白かった人は
これもどうぞ。ちなみに本作後も第三弾、第四弾も出てるんだそうだ・・・。
でも個人的には「炎都」の方がパニック度が高くて好き。人喰いカッパとかウォーッと声を出して
走るだけのタイヤの妖怪とか襲ってくる自販機とかいろいろ出たが今回はなしなのでちょい残念。

「ゆきの山荘の惨劇-猫探偵正太郎登場-」 柴田よしき ★★★★
---角川書店・98年---

作家とその愛猫は山荘へ結婚式のため招待された。山荘で美猫と出会えたはいいが脅迫状やら
盗作の話題が出て何やら不穏な空気。おまけに土砂崩れが起こり…。

ぶひゃ〜ひゃっひゃっひゃっ!くだらない〜フハハ…あり得ない、けど面白い、ククク。
軽い文章でした。人間と猫がいい具合に交わりユーモアたっぷり。猫好きにはたまらんね、こりゃ。
内容は別に深くない、人は死ぬけど。「脱力し何も考えずに読める本」ですね。
そうそう、このくだらなさをより堪能するには『あとがきは先に読むべからず』です。
真相に文句を言っちゃあいけません。笑い飛ばしましょう、はっはっは!
(注)猫を飼ったことない人にとってはつまらない本です。かなりの猫好きにオススメ。

「消える密室の殺人-猫探偵正太郎上京-」 柴田よしき ★★★☆
---角川書店・01年---

推理作家の同居人(飼い主)が突如東京へ向かいだした。つきあわされる正太郎は
猫だらけの場所で泊ることになる。案の定殺人が起こるのだが、側には猫の死体が。
同居人は殺人事件に興味津々。一方の正太郎は殺猫犯を見つけようとする。

正太郎シリーズ2作目。相変わらず作者の猫好きが伝わりますね〜。
正太郎の行動や態度が笑わしてくれる。猫の視点で猫の世界が中心に描かれる。
事件の真相は強引なのかな?…というか、別に気にしてなかった(笑)
正太郎と飼い主達のやりとりが面白いのでそれで良い。力の抜けるシリーズだ。
(注)何度も言うけど猫好き以外はつまらないと思います。猫好きのツボは押えてる。

「Vヴィレッジの殺人」 柴田よしき ★★
---祥伝社・01年---

政府公認の吸血鬼たちの自治区V村。村出身で外の世界で暮らす探偵メグは
失踪人を探しに村へ帰った。そこで十字架を刺された殺人事件が・・・!?
しかし、吸血鬼は十字架が苦手、十字架で殺すことはできないはず。一体どういうことか?

吸血鬼たちは何百年か生きててのんびりした性格。山梨のハイテクタウンに住んでる。
ば・・・馬鹿馬鹿しい設定だな〜。そこが面白いけど。文字が大きめで150ページ程なので
すぐ読めます。お薦め度は2ですが、気軽に読める本をお探しならオススメです。
わざわざ「これ読んでみぃ!」って薦めるほどじゃないけど。

「占星術殺人事件」 島田荘司 判定できず
---講談社・81年---
この本、トリック自体はとてつもない。超一級品である。ただこのトリックは「金田○少年」で
アレンジ版が出ているのだ。すぐに本書のネタが何かわかる程度のアレンジなのである。
そちらを先に読んでいたのですぐに見当がついてしまった。本書はまさにこのトリック一本のみで
勝負しており、そこに行き着くまでに占星術の話など冗長にしてあって退屈である。
ネタがわかっている私は早々と辞めてしまった。100円コーナーで買ってよかった…。

「確率2/2の死」 島田荘司 ★★★★
---光文社・85年---

プロ野球チームのエースの子供が誘拐された。身代金を持って走る吉敷刑事。赤電話を
行ったり来たりと走らされることに。しかし突然子供は解放、身代金もいらないと言い出した。一体なぜ?
一方では夫との距離が遠ざかる主婦が「誰にも見えない車」に頭を悩ませていた。

背後にあるものは結構読める人は多いでしょう。それでもグイグイ読ませる島田荘司。
終盤動き出す事件に明らかになる真相。まさにお手本のような小説でした。200ちょっとの
ページ数に文字も大きめ、読みやすさをプラスして4点。古本屋で100円なら買ってもいい。
ちなみに携帯電話のない時代です。「赤電話」ってのはかつての公衆電話のことらしい。

「斜め屋敷の犯罪」 島田荘司 ★★★☆
---講談社・82年---

北海道の端にある斜めに傾いた館では、客を呼びクリスマスパーティーを行われていた。しかし不可解な
密室殺人が起こり、その上、庭に棒が立っていたり不気味な顔が窓から覗いたりという出来事まで…。

訳のわからない状況が山ほどありミステリ好きを引きつけて放さない内容ですね。真相のトリックも
すごいな、こんなことよく考えるわと呆れてしまう。やりすぎではあるが、ここまでトリックに力を入れられると
褒めるしかないわ。でも綱渡りすぎないかなぁとも思った。それに現場の状況についてやや強引な
意味づけじゃないかとか動機はそんなんで良いのかとか納得できない部分も多々。とにもかくにも
「これを解いてみよ」と言わんばかりの小説なので本格ミステリファンは読んでもいいかな。

「異邦の騎士-改訂完全版-」 島田荘司 ★★★★
---講談社・88年、このミス5位---

記憶を失くしてベンチの上で目覚めた男はフラフラするうち女性の元へ転がりこむことになった。
過去はわからなかったが女性との生活は幸せに満ちていた。しかし記憶を取り戻そうと
手がかりを探していくうち凄惨な過去に突き当たる。しかしそれは悪夢の始まりでもあった。

のっけから記憶喪失男の一人称なので非常に入りやすい出だしである。トリック中心の島田氏だが
前半は恋愛めいた雰囲気が全面に出てくるのが特徴か。記憶がなくて弱気な主人公にどっぷり
肩入れしてしまう人が多いのではないかな。同棲している女性の態度が変わるあたりからミステリ色も
混じってきます。そして島田荘司らしく緻密に練られたトリックが驚きを誘うわけだ。だが私はちょっと
納得しきれなかった。緻密だけどいくらなんでも都合が良すぎるし。それに(ネタバレ→)
西荻と西尾久
(終了)って…そんなのありですか(笑)。しかしトリックがメインというよりはドラマが魅力なのだろう。
過去を知って愕然としたり真相に嘆いたり、訳のわからないまま翻弄される主人公に同調してしまう
ところが魅力なのだろうね。もうちょいリアルならもっと良かったけど。本作は御手洗シリーズの最初に
位置する(出版は後)のだが、先に他の作品を読んでないと楽しめない部分があるのでご注意ください。
あとどうしても気になって仕方がない場面がある。それは医師によって「臨終」が宣告された人物が
口を動かす場面のことだ。これあり得るのか?医師の言う臨終は死亡ではないのか。すごく気になる

「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」 島田荘司 ★★★
---集英社・84年、文春3位---

ロンドンへ留学した漱石はホームズと出会い、ミイラ事件に関わることになる。
それは一夜にして呪いによって人間がミイラになった、というものであった。

同じ場面をワトソンと漱石の二つの視点で交互に描いています。まったく異なった
おかしな視点が愉快愉快。でも同じ場面はクドイ、と少し思いました(心が狭いだけ)。
ホームズ、漱石ともに作品を読んだことがあれば必読では? 

「奇想、天を動かす」 島田荘司 ★★★★★
---カッパノベルス・89年、このミス3位、文春4位---
たった十二円の消費税が納得できず主婦を殺した老人。しかし、この事件の裏には
ある壮大な物語と事件があった。何かあると感じた吉敷刑事は調査を始め…。

ミステリ好きならば必ず押さえなければならない作品だろう。列車内で起こる死体消失事件を
はじめ不可思議なことが次々と出てきて解き明かされていく様はさすが。しかしそうした本格部分
だけでなく老人の人生も絡んでくるのだ。読み終わる頃には、頭のおかしな老人の消費税殺人から
とてつもない心を持った人間の記録へと変貌するでしょう。歴史のうねりに巻き込まれた姿は
胸に迫りますね。吉敷刑事の正義に生きる姿も最高。本格と人間のドラマがうまく合わさった
作品だと思う。だいぶ前に読んだのであまり書けませんが、良い印象が残っています。

「水晶のピラミッド」 島田荘司 ★★
---講談社・91年、このミス5位、文春3位---

エジプトのピラミッドを再現したものがメキシコ湾の岬に立っている。そのピラミッドの横にある
塔の七階で男が溺死するという怪事件が起こった。その前日には撮影で訪れていた女優レオナが
頭が狼、体は人間、指が三本という怪物を目撃していた。不可解な謎に御手洗が挑む。

冒頭から200P程、タイタニックの話と古代エジプトっぽい話が交互に続きます。これがどういう
繋がりをもたらすのかと思いきや…怪物の正体を読者に想像させたり繋がる事もあるのですが
そんなにページを割くこととは思えなかった…。やっと事件かと思いきや、説明みたいな味気無い
文章がダラダラ。全体通してどう考えても不必要に長い。…とまあ、それはさておき内容ですが
不気味な怪物に高所での溺死というのはなかなか魅力がありますね。一方ではピラミッドという謎の
考察も行われてこれも魅力的でした。真相はいろいろと凝ったトリックも考えられて
ひっくり返す展開もありましたが、ちょっと凝りすぎのような気がします。ややこしいし。
それに最後の真相は…どうなんだそれは?と思う。調べりゃわかったんじゃ…う〜ん。

「眩暈」 島田荘司 ★★★
---講談社・92年、このミス15位、文春9位---
いきなり世界が崩壊していた!男女の死体を合成し…しかも動き出す?といった
長々とした日記から始まります。物語中盤で御手洗によりトリックは大部分明かされます。
そしてさらなる謎を解き、また日記が登場し再読。正直途中から惰性でダラダラ読んでました。
中盤のタネ明かしは「おお!」ですが、まだ続くんだ。つまらないとはいい難いですが
グダグダになった一冊です。
「あっちが上海」 志水辰夫 ★★☆
---文芸春秋・84年---

岩内亮は詐欺師である。保険金を騙し取ったりしていたのだが、偶然から
とんでもない物を拾ってしまう。それをうまく売りさばきたい岩内の周りにはCIAやら中国や
ソ連やらがウロウロ。やがて「物」を巡って駆け引きが・・・。

…と聞くと何やらすごい話ですがコメディなのである。最後までドタバタもの。世界規模の話なのに
間が抜けています。いい加減なドタバタコメディ何〜んにも考えなくて読むと良いです。

「帰りなん、いざ」 志水辰夫 ★★★☆
---講談社・90年、このミス6位---

自称翻訳家の稲葉は山奥の田舎町に家を借りることにした。地上げ騒動も起こる
老人ばかりの町、素朴ではあるがよそ者への態度は厳しく監視されているよう。
稲葉はこの町で仕事とは別に頼まれごとをしているのだが・・・。やがて奇妙な出来事も起こり始める。

雰囲気はハードボイルドっぽいが、舞台が新宿の喧騒ではなく田舎町というところが不思議に
面白かった。この町を読者にイヤと思わせたり良いなと思わせたり心をくすぐられます。でも登場人物の
気持ちの動きもっとわかるように書いてほしかった。(管理人の読解力不足の可能性大だが・・・)
解説の人が文体を褒めていたが、案外普通に読み進められたし文体の特徴には気づきませんでしたね。
文章自体に目が行く人は志水辰夫に惚れるのかも…。ともかくなかなか面白かったかな。
田舎が好きな方は読んでみては?(関係ないか) これまた4点に近い3,5点。

「いまひとたびの」 志水辰夫 ★★★
---新潮社・94年、日本冒険小説大賞最優秀短編賞---

表題作→夫を亡くして以来、車椅子の生活を送る叔母が『赤いオープンカーでドライブに
連れていってくれ』と言う。奔放な叔母に付き合っているうち、男は叔母の思いに気づく。

九編による短編集。まず目につくのが風景描写、田舎の町だったり桜だったり効果的に
用いてきます。そんな風景とバックに描かれるのは誰かの死、そしてそれに伴った静かな感情
例えば寂しさや愛情などを描きます。決して劇的な話ではありません、人生における素朴な
風景ばかりです。主人公はいずれも50〜60という年代、自分や誰かの死を感じる時の微細な
心情を丁寧に描いた短編集といったところです。ただ、ありそうな素朴さは上手いと思うのだが、
同じようなものが続いているように感じられて正直退屈してしまった。もっとバラエティに富んでる
ほうが良かったな。しかし好きな人は好きらしく「本の雑誌」の年間ベスト1に選ばれている。
私も冒頭の「赤いバス」と表題作「いまひとたびの」は素晴らしい作品だと思うんですけどね。
「国語入試問題必勝法」 清水義範 ★★★☆
---講談社・87年、吉川英治文学新人賞---

7編の短編集。表題作→受験生に国語のスペシャリストが必勝法を教える。愚問には愚答で
返せばよい。ピントのずれた答えが正解だ、などを教える話。他に昔の記憶を呼び起こしてしまう
不思議な料理を出す時代料理屋の話。ボケてきて同じことを何度も考えてしまう老人の
視点から書いた話。解説者としての長嶋・村山を対比させて書いたもの、などが面白かった。
長嶋風に感想を言うと…『え〜非常にユーモアがあって、面白いですね。読みやすくてね、ええ、
何というんですか…ページターナー、どんどん読んじゃって。え〜まあ、このような割と軽めの話を
どんどん書けるというのはインテリジェンス、頭の良さも必要でしょうかね、ええ。それからバッティング
技術でしょうね。野球で例えると〜2番打者的なね、ライト方向へパーッという二岡の右打ちのような
上手さですね。からかったりするのも、いわゆるひとつの風刺、皮肉ですね。これで笑わせるのも
なかなかできそうで難しい。トータル的には、まあユーモアということでしょうね、へっへっ』

「アキレスと亀」 清水義範 ★★☆
---廣済堂(角川文庫)・88年---

一編の短編集。マラソンの実況、動物園勤務者の飲み会のような普通の場面を
ある部分だけ強調したり皮肉ったりする短編集。例えば、マラソンの実況で日本選手を
完全に応援しきって外国選手をボロクソに実況するアナウンサーだったり、作家と評論家の
対談が険悪な言い合いになっても紙面の活字ではうまくまとまった対談になっている、などなど。
笑えるユーモア小説です。一編だけちょっと怖めの短編もありました。
読みやすくて面白かったですが、思ったより全体通してキレがない気がしたかも。
「日本語の乱れ」 清水義範 ★★★
---集英社・00年---

12編の短編集。お堅い題名ですが、作者の名前を見ればわかるように肩の凝るような
内容ではありません。ラジオ番組に寄せられた老人達の日本語の乱れに関する意見を
見ていく表題作、中には細かすぎる指摘もあって苦笑してしまったり…。他にも日本語の
人称代名詞は『お前』『あなた』『奥さん』など場所や方向に関する言葉が多いということを
検証したものなど、日本語を使ったお遊びユーモア小説。えんどうまめ、と漢字で書くと
豌豆豆と豆が続いておかしいとか『お前』という呼び方は前方と言っているようなものだ
など、言われてみれば何だかおかしかった。他に名古屋弁の人が宇宙旅行して
マイペースにわいわい好き勝手に言う話があったが、これを読んだら名古屋の人
怒るだろうなぁという内容でした。イマイチなのもあったけど、気楽に楽しめた一冊。

「おもしろくても理科」 清水義範 え・西原理恵子 ★★★
---講談社・94年---

大して理科に詳しいわけでない男が理科について話す。電車内で真上に飛んでも
その場に着地するのはなぜ?地球を東京ドームとするとジェット機は?太陽は?
地球の歴史は?人間は絶滅する?などなど。別に身構えることはない。簡単に書いてあるし
作者が軽口で冗談を交えて話すので面白く読める。馬鹿馬鹿しく読めていつの間にか
なるほどと思ってたりする。細菌の話とか興味ない部分やわかりにくい
長々した説明もあったけどね。手軽に読める雑学本って感じですかな?

 「楽園とは探偵の不在なり」 斜線堂有紀 ★★★
---ハヤカワ書房・20年、このミス6位---

世界は天使の登場によって一変した。のっぺらぼうで空を飛ぶ通称天使が空に現れ、二人以上殺すと炎に包まれ
地獄に行くのだ。探偵の青岸は天使に傾倒する常木の島へやってきた。代議士や天国研究家など怪しげな面々が
そろう中、事件が起こる。二人以上殺せば地獄へ落ちる世界、しかし被害者は一人に留まらなかった…。

このミス6位など評価高いし、クローズドサークル大好きなんでワクワクしてたんだけどもあんまり楽しめなかった。
世界観の面白さがいいのかな?天使の集まる謎の島、常世島。メイドに執事に天才料理人。舞台は好きなんだがな。
二人殺して地獄行くなら、もっと殺そうと振り切れる人間が増えた、、って設定もよくわからなかったなぁ。
普通の人は殺さないんだから、世界はあんま変わんなくないかな。クローズドサークルと言えば閉鎖空間の
ハラハラ恐怖が読みどころだけど、それもまったくなかったなぁ。一人殺された状況でも、二人殺したら地獄行きだから
これ以上被害者は出ないよ、、みたいな空気なのはどうなの。天使は、探偵は誰を幸せにしてるのか、過去に
仲間達がまとめて死んでしまった過去を引きずった青岸探偵も含めて登場人物たちがライトでポップなんで
馴染めなかったわぁ。本格ミステリとしても微妙な気がする。これ読者が真相当てられるか?バカシブ(5・2)
「都市伝説セピア」 朱川湊人 ★★★☆
---文藝春秋・03年、オール読物推理小説新人賞---

短編5編収録。自分の手で「口裂け女」のような幻想を作りたい…そうした欲求があった僕はネットで
フクロウ男の噂を流した。やがて噂は広まって行く。僕は噂に従ってフクロウ男として街を歩き始める。

ホラーと言えばホラーだがそんなに怖い空気は出していない。もちろん不気味なものもあるがむしろ
『世にも奇妙な物語』やマンガで言うと『アウターゾーン』に近いですね。私のオススメは「昨日公園」だ。
友人が事故で死んだ次の日、一日だけ過去に戻ってしまう話。友人を助けようとするのだが…しかし。
先が読めていても面白いしラストは切なくなってしまう。「月の石」もうまいですね。電車の中から見える
マンションの窓に知った顔が毎日立っている。時にはクビになった部下そして時には…ホラー風の
設定ながら悲しくも人間らしく終わっていて読後が良かった。後の三つはホラー色が強くて印象に
残るほどではないですがなかなか楽しめたなぁ。
「脳男」 首藤瓜於 ★★★★
---講談社・00年、江戸川乱歩賞、このミス16位、文春1位---

爆弾魔のアジトに踏み込んだ警察。そこには爆弾魔ともう一人の男がいた。爆弾魔は
逃走したが残りの爆弾の場所を知っていたため、もう一人の男は共犯だとされ捕まった。
心がないように思える男…精神科医の真梨子は男の過去を調べ、男のことを知ろうとする。

前半は男に関する調査など、後半は爆弾が病院に仕掛けられる派手な展開だ。スピード感もあって
楽しめる。それに登場人物も少なめだし魅力的で書き分けてあるしわかりやすい。迫力のある警部も
そうだし、謎の男が華奢で物知りなターミネーターみたいで良いキャラだ。ラストの気になっちゃうような
終わり方も良いな。結構面白かった。デビュー作にしては上手ですね。迷ったがおまけで四つ星。

「ハサミ男」 殊能将之 ★★★★
---講談社・99年、メフィスト賞、このミス10位、文春9位---

少女を殺してハサミを突き立てる快楽殺人犯「ハサミ男」は、次なるターゲットを決めていた。
時間をかけて被害者の行動を調べあげ、いざ実行に移すという時に犠牲者は殺されていた。
しかも「ハサミ男」と同じ手口で…。一体誰が?ハサミ男はもう一人のハサミ男を追う。

警察とハサミ男の視点が交互になりますが、ハサミ男の視点が変わっていて魅力かもしれない。
普通に仕事をしているけど自殺願望があり様々な手段を試したり(タバコを煮詰めて飲む・殺鼠剤を
食べる)殺す少女を見つけたら淡々と調べたり、硬質というか人間味の無さが不気味でいいですね。
あと頭の中に別人格がいるという設定も風変わりだった。その他は普通のミステリっぽく展開しますが
でもそのままでは終わらない。面白いトリックが登場するのだ。ネタバレしそうで言及できませんが
「ん?ん?」って気分になるトリックです(なんだそりゃ)。とにかく読んでみてのお楽しみということで…。
でも楽しめた一方でスッキリしない部分も多くて複雑な読後。例えば警察の捜査が甘いとか。連続犯と
推測したからって被害者の周りくらい丹念に調べるでしょ。そしたらすぐに浮上したんじゃないかな。
あとハサミ男の(ネタバレは伏字)
太っている云々の記述(終了)に関しても面白いかどうか微妙〜。
…って、そんなこと気にしないのかな普通は。ともかく本格ミステリ好きにはオススメできる本だと思う。

「美濃牛」 殊能将之 ★★★
---講談社・00年---

フリーライターの天瀬は、浸かると病気を治す奇跡の泉があるという噂をもとに岐阜県の
村へ取材に訪れた。泉のある鍾乳洞には牛鬼が棲むという言い伝えがあるらしいが
現在は立入禁止になっていた。その鍾乳洞の前でで首なし死体が現れ悲劇の幕が上がった。

横溝風だとよく言われているようだ。なるほど舞台は田舎の村、〜家の一族もいる。
古い言い伝えや見立てもある。雰囲気は横溝正史だ。作者も少し意識してるみたい。
冒頭に「岡山県に獄門島がないように、岐阜県に暮枝村はない想像のものだ」と書いてるし。
で、内容はそれほど好きじゃないかな。事件までが長い〜とイライラ。動機や真相が明らかに
なるのが唐突だったのがちょっとね。登場人物の性格がわかりやすかったのは面白くて好き。
分厚い(文庫で750P)わりに普通って印象でした。横溝ファンなら読んどくかい?

「鏡の中は日曜日」 殊脳将之 ★★★☆
---講談社ノベルス・01年---

実際の殺人事件と探偵の解決を小説にしている作家、その最新作があとわずかで
連載が休んでいるのだ。いったいなぜ?作品の題材でもあり実際に14年前に起こった
梵貝荘事件を探偵・石動が調べはじめる。現在と過去が交錯する本格ミステリ。

まず最初に痴呆にかかったらしい「ぼく」の物語があり、続いて作中作の梵貝荘事件と
十四年後の石動の調査が交互に描かれ、いかにも何かあるなという構成ですね。小説が
完結しない理由と小説では見えない真実が明らかになるにつれ、作者の仕掛けた罠も
炸裂して快感。「あれはこうだったのかぁ」というのが心地よいですね(←こうとしか書けない)
作者が強引にトリックに誘導するようなところは気にかかってしまうのだが…まぁいいか。
梵貝荘は綾辻作品の館ものみたいだし、新本格が好きな人にオススメだと思います。
内容とは関係ないが、後半に地元(石川県金沢市)が出てきて面白かったです。身近な地名が
本格小説に登場するとなんでおかしいんだろう。実際に取材で来たの?と思える描写が笑える

「草にすわる」 白石一文 ★★★★
---光文社・03年---

会社に疲れて退職し、しばらくは何もしないで待っていようとする洪冶。洪冶の恋人で
スーパーで店長代理としてあくせく働く曜子。『頑張って生きたって、きっとどうにも
ならないんだよね…』そんな二人の前には自殺に使える睡眠薬や抗鬱剤があり…。

じーん…何て清々しい小説だろう。生きていても仕方ないとぼんやりと思っていた主人公が
事件をきっかけに自分が浅はかだったと気づく物語だ。とくに説教臭いわけでもなくまるでドンヨリ
たちこめていた雲が晴れたような読後だった。カバー裏に覚醒がテーマと書かれてあるのも頷ける。
事件によって生きていることに感慨を覚えるだけでは単純だが、そこから真実を見定めて
もう一度気づく。立ち上がってるつもりだったのにまだ草の上にすわったままだったのだ、と。
これが自然で清々しい気持ちを呼ぶ。現実に心の底から主人公の境地に簡単に立てるわけではない。
しかし共感するだけでも心が洗われる気がします。クサクサした時や見えない壁にぶつかった時に
読みたい一冊だ。ほかに「砂の城」という中編も収録。こちらは表題作ほど好きではない。

「海は涸いていた」 白川道 ★★★☆
---新潮社・96年、このミス5位---

背後に暴力団を持つ会社を任されている伊勢。伊勢と有名人の妹の関係でスキャンダルを
狙う男がいた。さらに伊勢の過去の犯罪が明るみに出る危険も出てきた。警察では佐古警部が
調査に乗り出す。伊勢は妹と友人を守るため最後の賭けに出る。

主人公の近況や過去、心理をわりと長々と書くので少々くどくて途中お疲れでした。
全てを丸くおさめるために男が動いてからはノンストップで面白い。でも少しカッコつけすぎな気がした本。
過去を引きずる男って…生き方もセリフもクサい。好きか嫌いか分かれそうですね。ハードボイルド好きや
カッコつけすぎな人が好きな人は大丈夫かな?文庫表紙の渡辺謙と役所広司がカッコイイです。
「絆」という名で映画化されたらしい。ああ、上手く紹介できない…コレ

「忘れ雪」 新堂冬樹 ★★★
---角川書店・03年---

怪我を負った子犬を拾った少女は動物病院の青年に出会い助けられた。二人は七年後の再会を
約束した。そして獣医師になった青年と大きくなった少女。しかしすれ違いや恋敵も多く…。

動物病院を舞台に繰り広げられる恋愛物語。序・中盤ともに安い恋愛ドラマのようで、
少女の淡い恋心を描いたりしてクサくて読むのも辛かった。1点をつけようかとも思えたくらいクサい。
恋愛番組にでも毒されてそうな人物多し…迷惑なやっちゃな〜、と物語に入れない人もいるかも。
三角関係になっていたり「君のことは女性としてはとか恋愛番組チックなことが好きな人向きかも?
でも残り100ページあたりから事態が展開し、ハードボイルドっぽかったり凄惨だったりしたせいか
一気読みしてました。ラストがまた感動的でいつの間にかクサさも感じなかったですね。
でも個人的にどうしてもクサい部分は苦手。もっとうまく書くか序盤を縮めるかしてほしかったなぁ。

「連鎖」 真保裕一 ★★★☆
---講談社・91年、江戸川乱歩賞、このミス18位、文春2位---

牛丼チェーン店が放射能汚染の牛肉を不正輸入していることが発覚し世間を賑わせていた。
そんな中、羽川の勤める検疫所に『レストランの倉庫の肉に毒を撒いた。検査しろ』という
声明が届く。誰が何のために?その後、羽川は汚染食品の横流しを追うことになるのだが…。

羽川がいろんな業者を回ったり多くの人物が登場し、横流しのカラクリを考えて、と
途中複雑でした。数日に分けて読むと頭がこんがらがるかも。私も途中で頭を整理しながら
読んでましたから。専門的で緻密なのは結構ですが、もうちょっと読みやすければなぁ、と
ワガママを言いたくなった。二転三転するラスト付近の完成度の高さには舌を巻きました。
食品の検査・監視という舞台はなかなか独特で面白かったように思います。

「盗聴」 真保裕一 ★★★☆
---講談社・94年---

五編による短編集。盗聴器を発見することを生業にしている男達がとあるホテルでキャッチした
電波、それは殺人現場らしき音だった。そして事件後一人の男の頭には、殺人現場の電波を
見つけた「偶然」に対する疑惑が持ち上がっていた。

奪取・ホワイトアウトなど長編が人気の作家ですが、短編もなかなか上手とい印象を受けます。
一つの謎、一つの疑惑…短編向きの謎を持ってきていてわかりやすいし、組み立てや
相関もしっかりしていました。これはずっと心に残るな、というのはさすがに無かったですが
短編としてはキレイにまとまった秀作だと思います。人に薦めても問題はないくらいかな…。
他の作家に比べてややお堅い文章のイメージがあったんですが、最近だんだん気にいってきました。

「奪取」 真保裕一 ★★
---講談社・96年、日本推理作家協会賞、山本周五郎賞、このミス2位、文春4位---

あらゆる本やサイトで「これはいいぞ」と聞いていたので読みました。何か…展開が安っぽいような…。
ニセ札作りをめちゃくちゃ延々と細密画のごとく(まさにニセ札を作るように)延々と書かれても…
家電製品のマニュアルを読まされてるような気分になってしまった。千ページもあっという間、
と聞いてたんですけど私には苦悶の日々でした。

個人の意見なので真に受けないように。フォローしておきますけど評価のとても高い作品なのです。
痛快!という人も多く…。でもさ、ダメな人もいるわけよ。

「防壁」 真保裕一 ★★★★
---講談社・97年---

佐崎は警視庁警護課のSP、常に盾になり要人を守る仕事だ。火炎瓶が投げられ警戒が
強まっていた要人を守っていた時、義理の兄が撃たれた。狙撃犯は見つからなかった。しかし
この銃撃で佐崎の頭にはある疑惑が浮かぶ。任務に必要な冷静さが乱れてしまう。

四編による短編集。一編ごとにSP、海難救助員、不発弾処理隊員、消防士、と生命の
危険が伴う任務についている男が描かれます。どれも短編としてキチッと締まっていました。
危険な任にあたる男の心境と、揺れる妻や恋人の心境なども描かれます。短編だがどれも
細かく描かれ、緊張感のある内容となっている。仕事に誇りを持ち、色々な所で真面目な
主人公像が良く、全体的に硬派な感じがしました。表題作は警察ということもあり、
横山秀夫の短編に似ているかもしれない。私は表題作が一番好きでした。

「仄暗い水の底から」 鈴木光司 ★★★
---角川書店・96年---

七編からなる短編集。全て水に関わる物語でそれぞれ三・四十ページくらいです。

ちょっとしたことから次々嫌な想像をしてしまう部分が怖い話ではありましたが、
怖いと面白いの入り混じったような感想です。うまく説明できないがつまらなくないし、かと言って
めちゃくちゃ名作だ、と言うわけではない。手軽に楽しめる怖い話を探しているなら
結構オススメかな(話の説明になっとらんね)。読んだら水がまずくなります。

「図書館の神様」 瀬尾まいこ ★★★★
---マガジンハウス・03年---

学生時代はバレーに打ち込み、清く正しく生きてきたはずの清(きよ♀)。しかしある事件から
バレーを止め徐々に外れた道を歩き始めていた。その後、体がバレーに関わりたくなっていた清は
バレー部の顧問として関わろうと学校の講師になった。しかし任されたのは部員一名の文芸部で…。

運動より文学が面白いわけがない。正しいことは正しい。こういう人いたような気がするな〜
と思える頭コチコチタイプで、正しさに潰れてしまった清。彼女が担当した文芸部の垣内君や
マイペースな弟に影響されて少しずつ変わっていく物語ですね。文学は面白いと言い切ってしまう垣内君と
付き合ううちに、自分が正しいと思わなかったことに正面から触れてコチコチ頭が和らいでいくのは
素直にいい話だと感じた。垣内君の放つ言葉が魅力的だし、文章も柔らかくて読みやすかった。
それに誰かが成長する物語というのは手放しで好きなのだ。最後の墓ネタがベタでもいいのだ。
ただ不倫が出てくるのは残念だったな。特にこの話の不倫相手は都合よくいい思いするだけの
タチの悪い男だったので最悪〜。短いのでサラッと読めますが、じわっと残る話でした。

「幸福な食卓」 瀬尾まいこ ★★★☆
---講談社・04年、吉川英治文学新人賞---

父さんを辞めて仕事も辞めると宣言した父親、とある事件以来別居中で一人暮らしの母親、
頭は良いのに進学をやめ農業をしている兄、そして「私」。一見バラバラな家族だけど昔から
朝ご飯は決まった時間にみんなで食べる。そして誰かの重大な発表は決まって朝ご飯の時なのだ。

うん、まぁいい話ですな。いい話。とある事件のせいで梅雨が始まると体調を崩す「私」、同じ理由で
家を出た母、恋愛がうまくいかない兄、個人個人は問題を抱えているんだけどそれなりに支え合って
やっていっててむしろ暖かい家族だと思う。その象徴がみんなが集う朝食なんだろうな。とにかく
登場人物がみんな優しい。家族全員も恋人も、兄が付き合いだしたケバい感じの姉ちゃんまでもが
この小説ではなんだかんだ優しい存在なのだ。登場人物同士マフラーを編んだりシュークリームを作ったり
元気づけようとしたりというのは「暖かい」というよりなんか「ぬるい」感じがしたので私は物足りなかった。
最後に事件は起こるけれどもあまり心に染み渡るようなメッセージは感じなかったなぁ。何となく無難?
ニワトリに名前をつけて可愛がりへたくそな歌を歌うのんびり屋の兄を筆頭にみな個性的なのはグー。
「そして、バトンは渡された」 瀬尾まいこ ★★★★+
---文藝春秋・18年、本屋大賞---

くっついたり離れたり、両親がコロコロ変わり今は血のつながらない父・森宮さんと住んでいる優子。名字が四回も変わって
波乱の人生のようだけど全然不幸ではない。大変な時もあったけど、森宮さんは一生懸命「父親」をやっているし、歴代の
親たちも悪い人ではない。互いに気を遣うようなところもあって他の家庭とは少し違うみたいだけど、幸せに過ごしてきた。
そして、自分の選択で名前を変える時はやってくる。歴代の親たちに報告に行くのだったが…。

物語は優子が幼い頃から大人になり巣立つまでを高校生の優子を中心に振り返っていく。親の都合でコロコロ生活が
変わるのどうなの?と思うし、母親の梨花さんがめちゃくちゃな野良猫みたいな母親だし、優子もグレずに育っていくのも
現実だったらこんなうまく行く?と思うけど、親たちがみな優子を大事に想っていて、基本いい人間たちなのでどうにかなっちゃう。
ぎくしゃくしても仲直りする友達、生徒のことを温かく見ている先生、現実における理想の世界のような心地よさ。愛が溢れていて
人が繋がっている。中でもやっぱり森宮さんと優子の生活が読んでて楽しいなぁ。たかが始業式にもかつ丼を作り、優子に
友達が来たらお菓子を用意して顔を出しにくる。「父親ってこういうもんだろ?」とたえず父親を楽しんでいるのが
微笑ましくておかしい。少し遠慮はあるんだけど、互いに正しくあろうとする妙な距離感が面白いな。そしてことあるごとに
登場する料理たち、餃子、オムライス、うどん、ピザ、チーズケーキ、それを頬張る二人。幸福度が高いなぁ…。優しい
思い出って食べ物と一緒にあるのかもなぁ。それまで優子第一にしてきた森宮さんが、第二章で急に反対派になって
全然違う感じになるのもまた面白かった。逆にもう遠慮なんかしなくなったようでそれが嬉しく感じられたりもした。
ぶっちゃけ平穏な日常描写が多くて派手さはないんだけど、じわじわっと森宮さんの覚悟が伝わってくる感じだとか
ただ走ってるだけより、バトンを渡すために走ってるほうが人生に彩りがあるんだろうなぁというメッセージがまったく
説教くさくなく感じられてすごくいい読後感。でも森宮さんの気持ちになってさびしくなってしまって目がウルウルしてしまった。
こんな世界だときっとみんなが平和になる。笑って泣けてほっこりする心の癒し本。バカパク(9・9)
「八月の博物館」 瀬名秀明 ★★
---角川書店・00年---

学校の帰りに亨が訪れた博物館、そこは「ミュージアムのミュージアム」という不思議な
空間だった。博物館にいる少女・美宇と亨の時空を越えた冒険が始まる。それは19世紀の
エジプト考古学者や、小説家をしている未来の自分ともリンクする物語でもあった。

「…おもんなっ」悪いけど読後第一声がこれだ。少年と小説家とエジプト…違う時空の三つが
交互に進み絡み合う展開だ。実はこの小説なかなか凝った試みが行われている、物語の意味を
自らに問うている小説家が物語の後半に絡む展開が意表をついている。詳しくは説明できないが
物語の側から小説家に影響を与えるような部分があって目新しい。こういった変わったことをする
作品は私は好きだ。…が、しかし面白くはなかったのだ。全体的な展開として古いエジプトの
聖なる牛というやつが登場してウンヌンありまして、亨がいる不思議な博物館という世界が
壊れそうになっていく。ピ〜ンチと思った少年達は打開策を考えて時空を飛び越えて…って感じ。
…正直読んでて荒唐無稽すぎる感があったわけだ。博物館だけで充分に変わっているのに
展開が大きすぎてかえって魅力を損ねている。私などはどうでもよくなっちゃって最後の方は
ナナメ読みしてしまった。淡々とした描写ばかりの単調な文章も何度もオネムにさせられたぞ。