「家族の行方」 矢口敦子 ★★
---東京創元社・94年---

推理作家である私はひょんなことから失踪した少年を探してほしいという依頼を受けた。
乗り気でない私を息子・勇起が引っぱるように探す方向へ持っていく…。

前半に捜索・途中で見つかる手記・後半に真相、という形式ですが捜索・手記の部分が必ずしも真相に
生きてきません。別にあの記述いらないんじゃ?と思うこともままあり。「失踪した少年の行方は」という問題を
出されて、読んでいくうち「あぁその問題どうでもいいの」と言われたような需要と供給の合わないお話でした。
登場人物にもさほど魅かれなかった。「作られた人」って感じを受けて…人に薦めるほどではない

「天使のナイフ」 薬丸岳 ★★★☆
---講談社・05年、江戸川乱歩賞、文春2位---

四年前に妻を殺した三人の加害少年らを憎みながらも愛娘を育てていた桧山貴志の元に、少年の
一人が殺された事件が知らされる。桧山にも疑惑の目が向くなか、桧山は事件のことを再度考えた。
少年達は更生したのかを知るべく桧山は施設を訪れるのだが、まだまだ事件は終わりではなかった。

良くも悪くもいかにも優秀な江戸川乱歩賞受賞作だなぁという感じ。少年犯罪における厳罰と
保護の功罪を被疑者を憎む被害者側からじりじりと描いた硬派な作品であり、かつ少年が
襲撃される事件が起こったり知らなかった過去のことが徐々にわかったり、意外な展開と結末を
持つ娯楽ミステリとしての面が両立されている。桧山が感情的になるだけでなく、更生について
考えているのが好感が持てて読みやすかった。犯罪に対していろんな視点から見て考えられるのが
バランスよくていいですね。特にケチをつける点が見つからないくらいなのだが逆にすべてのことが
綺麗にリンクしすぎて逆に引いてしまった。話の展開の見事さと反して結末のまとめ方や
登場人物造形などミステリの紋切り型という感じなので惜しい。ドロドロの憎悪を持った被害者が
苦悩しまくっちゃうほうが心に残りそう。でも一気に読んじゃったし、手軽に硬派なミステリしたい
人にはオススメ。これがデビュー作だし今後が期待される作家ですね。サス知(7・7)
「闇の底」 薬丸岳 ★★★☆
---講談社・06年---

少女が犠牲となる性犯罪が起こる一方で、サンソンと名乗る人物によって性犯罪前歴者が
殺害されていく。目的は少女が安心して暮らせる世の中にするため…。矛盾とも取れるサンソンを
捕まえるべく幼い頃に妹を失った長瀬刑事らが追う。苦悩の果てに見たサンソンの正体とは?

社会的な正しさと個人的な怒りという挟間で生きる辛さを描きつつ、サンソンが誰なのかという
フーダニットでもある。終盤に長瀬が皮肉的な選択を迫られるシーンに向けた巧みな伏線。
驚きと溜息が交じる読後は素晴らしく読みやすくもある。本を読み始めた頃なら絶賛してたん
じゃないかと思った。何度も子供を手にかける犯罪者なんて死んでもいいんじゃないか、と思うことが
ある。でも血塗れになって首を落とすサンソンは正当な理由があっても許されないことだと思う。
長瀬刑事に引っ張られて読者としても落ち着かない気持ちにさせられる。この心に触れるテーマは
良かったのだけど短いせいで「闇の底」というほど書ききれてないのは残念。追う刑事と謎の犯人と
いう視点もミステリではベタですからね。慣れてるせいか作者のミスリードに感づいてしまうし。
確かに「よくできた佳品」だけどそれ以上の闇の深さか娯楽性のどちらかが欲しかったなぁ。惜しい!
「新世界」 柳広司 ★★★☆
---新潮社・03年---

アメリカに突如できた街ロスアラモス、そこでは科学者達が集められ原爆が作られていた。
1945年戦争が終わり浮かれていたパーティーで、爆弾の専門家が祝砲の量を間違えたせいか
怪我を負い病院に運ばれた。彼はすぐ退院したが、代わりに入院していた患者が撲殺されていた。

あらすじを書くとミステリっぽいんだけれども謎解き自体は脇役になっていて、ロスアラモス所長の
オッペンハイマーら科学者ら関係者の内面が主役と言えそう。軍や政府の命で一つの街に留まり
開発する興奮状態であるとか、病院が隠蔽している事実であるとか、引っ張る題材はあるのだけど
撲殺事件自体はいつの間にかどこかへ行ってしまってる。結局ミステリとしての解決もあるし原爆と
動機が関連しているし良いのだけどちょっと霞んじまいましたかね。時間が飛んだり、イルカと話せる
「イルカ放送」って童話もどきが挿入されたり無駄な感じが散見されてややこしい。そもそもこの本
自体がオッペンハイマーが書いた物を翻訳したという体裁を取っているわけで、まぁややこしい。
いろんな技法をふんだんに使いかえって損しているかも。途中で原爆の現場を幻視する箇所が
出てくるけどそこは凄惨だった。本なのに息を飲んで読んでしまった。被爆した人がどうなるのか
という部分も恐ろしかった。やや社会派ミステリ?ってことでインパク知(7・4)です。
「トーキョー・プリズン」 柳広司 ★★★★
---角川書店・06年---

物を持ち込めないプリズン内で毒死した事件の真相を、観察眼が鋭く聡明な日本人戦犯キジマに
推理させるためしばらく相棒になったフェアフィールド。実はキジマは記憶を失い裁判が延期されて
いるため、キジマの記憶を取り戻す手伝いも頼まれているのだが…。そんな折また毒死事件が。

牢屋で対面した時にフェアフィールドの出身地をズバリ言い当てる名探偵なキジマが魅力的で
後のジョーカーゲームのボスみたいである。キジマには捕虜を虐待しまくり殺しているという証言が
多々あり、記憶を無くしているキジマが果たして事実どういう人物なのかという点も引っ張る要素だ。
文字通り尻の穴まで調べる監獄に持ち込む方法と、キジマの真実の調査において語られるのは
戦争という状況について。天皇という存在がなぜ罰せられないか、日本人の考え方、フェアフィールドの
視点からはわからないことも多いのだ。キジマの元婚約者キョウコの苦悩というのも本書の
大きな魅力であったと思う。捕虜を見て「かわいそうに」と言った奥さんが新聞に晒されるなんて
恐ろしい話である。戦争という時代について硬派な雰囲気を持ちつつ、一応メインのミステリだが
プリズン内の癖のある面々の思惑が絡んで、二転三転する真相は驚かされるけれども複雑だけに
ちょっと都合が良いかな。謎が解かれた後も残る戦争の重さこそ魅力かな。インパク知(7・6)
「ジョーカー・ゲーム」 柳広司 ★★★★
---角川書店・08年、このミス2位、文春3位---

戦争最中の日本陸軍の中で誕生したスパイ養成学校‘D機関’。自らがスパイであり、過去に
捕らわれ拷問を受けたが逃亡に成功した‘魔王’こと結城中佐が創設した機関である。陸軍からは
疎まれているが、語学・変装・記憶術、すべてに長けた超人の集まり苛烈な任務に当たっている。

五編の短編集。子供の頃にルパン三世を見て、おもしろくてカッコイイと憧れたもんであるが
それに近い雰囲気だ。完全に他人になりきり標的に近づく。自分ならこの程度はできなければ
ならないという自負だけで動く精鋭揃いなのだ。「ロビンソン」では相手国のスパイに捕らわれるという
最悪に次ぐ事態(最悪は他人の興味を引く「死ぬ」「殺す」こととされる)が描かれる。捕まった伊沢は
必要な情報を意識の深層に隠し続け、脱出の機会をうかがう。一瞬開いた部屋に張られた
見取り図を瞬時に記憶して脱出を試みるが、一瞬開いたドアさえも相手スパイの罠なのである。
しかしそれでもさらに上を行く‘D機関’。見事な頭脳戦に心躍らせるのである。表題作の
「ジョーカーゲーム」も面白い。スパイ容疑がかかった親日家のゴードン宅で証拠を見つける任務に
憲兵隊の格好をして赴いたがなぜかゴードンは不敵な余裕を見せる…。盲点という仕掛けもいいが
仕掛けられた罠さえも上回り利用する展開が気持ちいい。全編通じてクールでスマートな
精鋭達の活躍が男心をくすぐる。特にすべてを見通すような結城中佐がカッコイイボスである。
「生ける屍の死」 山口雅也 ★★☆
---東京創元社・89年、このミス8位---
アメリカでは今死者が蘇るという前代未聞の事態が起こっていた。霊園を経営する
一族にもそれは起こった。遺言による財産相続がらみなのか、次々と殺人が…。
死者が蘇る中で殺人を犯すのは誰なのか?主人公は殺されながらも真相を探る。

う〜ん好きじゃない。序・中盤がダラダラ、飽き飽きしてしまいました。死人が生き返る
ってのは特異で良いし、その設定が生きた真相になってます。SFな設定にしつつ
本格にしてるわけですね。しかしあまりスリルも感じられなかったし、真相というか殺人の
動機が…ちょっとそれはないんじゃない?と思う。多くの伏線と様々な人間(死者も含む)の
思惑が絡まる終盤は見事なんでしょうが、自分には不自然なほどややこしく感じた。
評判はやけに良いけどあまり好みじゃなかったです。設定はいいですけどね。
でも身体は腐るし、焼かれたらオシマイだな、などといらぬことを考えてしまった。
「日本殺人事件」 山口雅也 ★★★☆
---角川書店・94年、日本推理作家協会賞---
興味のあった日本へやって来た東京茶夢(トウキョウ・サム)、言葉はわかるものの
日本の文化には驚かされる。スーツ姿のビジネスマンの腰には刀があり、流行の
喫茶店ではコーヒーはなく抹茶が出てくる。そんな国で起こる事件も日本的で奇怪そのもの。

内容は本格ものです。切腹が行われたり、大きな遊郭が存在してその中で事件が起こったりします。
面白いのは「おかしな日本」である。勘違いしている外国人の妄想の日本という雰囲気である。
現在の日本より日本的だが何だかズレているのだ。それに東京茶夢がいちいち感動するのが
笑える。観音様・切腹・茶室のワビの世界などを見て理解や分析をして読者に説明するのだが、
目を輝かせる画が浮かんでくるようで可笑しい。あっ、でも本格ミステリとしてはイマイチかもなぁ…。

「ミステリーズ」 山口雅也 ★★★☆
---講談社・94年、このミス1位、文春4位---

九編の短編集。密室にこだわる心理医の狂気、無能の芸人が馬鹿にされたPへの逆襲サスペンス、
SP盤のコレクターが行く先々で偏屈古物商達との駆け引き、ある屋敷で警部が殺人犯を指摘しようと
したが誰もがしていた隠し事が明らかになり真相が二転三転四転五転して収拾がつかなくなる話など。

ホラーや意外なオチや読者を巻き込む形などミステリのあらゆる形を提示してくれるミステリ集である。
それぞれ上手だしいろいろ味わえるのはいいけど、これだ!というインパクトに欠ける気がしますね。
滑稽な雰囲気にしてるから題材を実験的に扱ってるみたいで臨場感や恐怖を感じにくかったですね。
ネタ先行型というか。例えるなら無難な味のカレーみたいな感じ。「おいしいよね、うん…でも別にこれと
言って、だな」というような。中でも面白いのが精神科医と作家と植物学者がお茶会をしている短編。
三人とも自分が自分でないように感じて、さらにお茶会の主役が不在のように感じているというもの。
三人ともに共通するのが植物を持った少女の記憶。これは一体…私とは何?という議論の果てに
ついに私を発見するという意外な結末への道程が楽しい。バカパク(5・7)ってとこかな。
「風味絶佳」 山田詠美 ★★★
---文藝春秋・05年、谷崎潤一郎賞---

六編の短編集。誰かと誰かが一緒になることには様々な形があるもので。その時々に必要な物を
欲して二股をする男だったり、久々にあった幼なじみ同士が昔を利用しつつ新しい形を紡いでいたり…
いろんな風味や意味が、本人にしかわからない形で内包されていることを描いた短編集であった。
でもその形は他の誰かには不気味だったりみっともなく見えたりする。そんな少し歪な形の恋愛が
多いので、必ずしも共感できるものばかりではなかったが、足りない何かを埋めているような寂しさが
根底に感じられた部分が好みだった。パワフルなもの、現実的なもの、安らげるもの、大工、ゴミ収集、
引っ越し屋…職業の風味や恋愛の形も色々あるので誰でもどれかはピンと来る箇所があるかも。
父親が自分の同級生と再婚する「春眠」の消化しきれない気持ち悪さが私は一番。火葬場で働く
父の風味と、そこに寄り添う好きだった同級生…主人公同様それは恋愛じゃないんじゃないかと
感じるんだけども、読み終わると間違っていないような気もした。

本の雑誌一位、谷崎賞と評価が高い本書であるが、エンタメ好きの私はそんなでもなかった。
特異な文章に煌きを見出したり文体に酔いしれたりとかは無かったし、いかにも女性向きの
文学ですよって感じがちょっと苦手。特に男性の皆さんは少し考えたほうが良いかも。
「棺の中の悦楽〜山田風太郎傑作選〜<凄愴編>」 山田風太郎 ★★★☆
---光文社文庫・01年---

女死刑囚、30人の3時間、新かぐや姫、赤い蝋人形、わが愛しの妻よ、誰も私を愛さない、祭壇
二人、棺の中の悦楽の九編が収録。表題作→あこがれの人は自分の気持ちに気づかぬまま結婚。
自分はこの人のために殺人まで犯したのに…。自棄になった男は1500万で女を買うことにした。
しかしそれは闇の金、とある事情で三年経てば持ち主が刑務所から出る、使ったことがバレたら
自分の犯罪も暴露されるだろう。男は死をも覚悟で金に手をつけた。

設定にしろ展開にしろ普通ではない状況や人間のオンパレード、独特の怪しい雰囲気満載です。
物語の展開で驚かされ、人間の歪んだ心理で惑わされる一冊。どんでん返しも結構あります。
九編の大半が異性を求め男女が絡みまくるので650ページ全部読み終えるとグッタリするかも(苦笑)。

「サイコトパス」 山田正紀 ★★
---光文社・03年---

援交探偵シリーズを書いている女子高生作家は、発表前に小説の結末を送ってよこす
男に面会した。そこで「バラバラ死体にされた自分を探してきて欲しい」と謎の要求を受ける。
その時から自分が定まらないようなバラバラな世界に陥りはじめていた。

完全に置いていかれてしまった。作中作でミステリ要素も加えつつ進むストーリーだが
自分が誰かわからなくなるような無秩序と言っていい感覚が魅力なのでしょうか。井上夢人
『メドゥサ鏡をごらん』と似た感覚ですが、こちらの作品は自分も含め何もかもが秩序がない感じで
読んでて気持ちが離れてしまう。あまりにわけがわからなすぎても問題ですね。次々と起こる惨劇に
小説の中と現実とが混ぜこぜなまま進み、ラスト付近でようやく一応の説明らしきものが出てくるが
それもイマイチ…っていうかわかりにくいぞ。途中でまとめながら読めないので、次の日にまわさず
一気読みできる人のほうがオススメか。うまく説明しにくいのだがSF…なのかな?

「直線の死角」 山田宗樹 ★★
---角川書店・98年、横溝正史賞---

ヤクザの弁護士も務めてる弁護士・小早川は二件の依頼を受ける。一つは人を轢いたのに
ふてくされてるような娘の弁護、もう一つも死亡事故だが、被害者の妻が賠償金について
相談にきたもの。しかしこちらには事故ではないような痕跡も見られ…。

会話が多いせいかスラスラ読みやすかった。…が、パッとしない印象。採用した事務員との恋模様も
描きつつ同時に二件の依頼も描く。どれもあっさり書いてあって消化不良だった。そのあっさり感も
手伝って、終盤クサ〜く感じてしまった。
が一つ減ったほどである。よほどのめりこんでいれば
感動した場面なんだろうけどひいてしまいました。どれかに絞って濃密な内容にしてほしかったなぁ。
あっさり読みやすくて良いって人もいるかもしれませんけどね。交通事故という題材は意外と
書かれていなくて目の付け所が良い、というのは評者宮部様のおっしゃるとおりですね。

「黒い春」 山田宗樹 ★★★★☆
---角川書店・00年---

マスコミがつけた名前は黒手病、患者は突然黒い粉を吐き絶命する。どこで
どうやって感染するかも全く不明。監察医達・特別チームが調査するが解明には至らず。
やがて黒手病は日本中に猛威を振い始める。

最初のうちは割とお堅い感じだったので医学ものかな?と思いましたがそれだけでは
なかった。感染源を特定していくうちに1400年前の遣隋使の話まで出てきます。
これも中々面白かったし、さらに黒手病と闘う人の場面があって涙ちょちょ切れます。
広まる病の恐怖があったり歴史も見えたり情緒的であったりと最後まで飽きませんでした。
それにしても謎の病気って怖いですな。去年は肺炎SARSとか流行ってたし。

「嫌われ松子の一生」 山田宗樹 ★★★★★
---幻冬舎・03年---

教員になり順風満帆だった松子の人生はある事件から少しずつ何かが狂い始めた。
学校を追われ、刑務所へも行き、最後には殺されてしまった松子の視点からの生涯と
松子の死後に松子の甥が知ることになる視点とが、交互に描かれていく。

これはなかなか重い。決して幸せとは言えない生涯、しかし松子は信じるものを信じ、
必死で生きているのだ。それが裏切られたり報われなかったり、ずれた方向へ向かったりと
不運であり不幸だ。そしてなぜ報われないのか、わからない松子がまた悲しい。
松子も、松子の家族や周りの人間も誰一人幸せじゃないところも救われなくて悲しくなる。
結構悲惨な生涯で中盤ズーンとした雰囲気が続くのだが、読み終わった後に何とも
言えない感覚がある。彼女の生涯の濃さと最後のむなしさか、彼女を近くに感じた悲しみか。
頑張っても転落することはあるし、圧倒的に理不尽であっけない最期を迎えることもある…現実も
こういうことは起こる。松子の長い一生を描いたからこそ、呆気ないラストに深みが生まれている。

「天使の代理人」 山田宗樹 ★★★☆
---幻冬舎・04年---

中絶の多さに疲れ果てていた助産師の桐山冬子は、妊娠中期患者の堕胎中に起こった事がキッカケで
辞める事を決めた。そして冬子は胎児を救うため中絶について考えてもらおうと「天使の代理人」
という本を出版する。紆余曲折を経て共感する者達が現れ、中絶妊婦の説得を行う活動を始める。

三つ+一の視点を使った展開の早さも手伝って、平易な文章が読みやすい。登場人物が中絶や
中絶問題に頭を悩ます人々ばかりなので、どうしても説教臭さは出てしまうがそこはやむなしか。
中絶に関する賛否論者を両方登場させ争わせているのは、読者に考えてほしいと思ってのことかな。
革新的な議論や思考はなく物足りないし、目新しい中絶の何たるかが悟れはしなかったが少なくとも
考える機会にはなる。中絶が認められているということは小さいうちの胎児は人間ではないということ。
改めて言葉にすると凄いし、それを嫌々処理しなくてはならぬ方はそれは辛いだろうと感じた。
小説冒頭の胎児の娩出場面は吸引力があったが、後半になって中途半端に「いい話」方向で
安易に進んだのが勿体無い。題材が題材だけに小説の凄みが消えて衝撃不足だ。登場人物が
時にクサい芝居っぽい台詞を吐く部分があるのも残念。スイスイ読めたが…不満も残った。
「聖者は海に還る」 山田宗樹 ★★★
---幻冬舎・05年---

進学校で生徒が教師を射殺して自殺。学校が立てた対策は専門のカウンセラーを
設置することだった。その効果は発揮され、事件のあったクラス以外でも悩みが解消されたり
成績が上がったりしていた。その影響は教師の間にも広がり、大成功に思われていた。

様々なシミの形が何に見えるかによって潜在意識を探る、いわゆるロールシャッハ・テストが序盤に
登場して引き込まれた。答えに要する時間、色などによって様々な思考形態がわかるという内容に
興味津々。自分で受けるのは怖いなぁとまで思えたほど。学校でのカウンセリングが中心になるので
いろいろ考えてしまいます。ある程度の誘導したり話してスッキリするくらいなら良い気がしますが
劇的に明るくなるとやはり気味悪いですね。そんなことを考えるのは精神の根元には触れてほしくない、
触れてはならないと思う人間の防御本能なのかな。…と、心理方面で進む序盤ですが途中から展開が
陳腐になっちゃったのが残念。養護教諭とカウンセラーの子供を交えたロマンスのような展開と
ホラーサスペンス味の狂気的でスピィーディーな終盤。読みやすいが心に響くかというとNOであった。
ロールシャッハや心の視覚化など心理学でしか読めないあやふやさという独創的な話をもっと深く
感じたかっただけに残念。後々何かあるのかな、と思った登場人物が(原沢や生徒など)全体通して
消化されてないのも勿体無くて気になる。セリフが多くて地の文がやたら少なくて物足りない。
 「百年法」 山田宗樹 ★★★★+
---角川書店、12年---

不老ウィルスにより若いまま死ななくなった日本共和国民だったが、処置の100年後に基本的人権を放棄…つまり
死ななくてはならないという「生存制限法」いわゆる百年法も存在する。その第一回の期限が迫る中、内閣では
滞りない施行に向けて奔走していた。国民の中には恐れる者も当然現れていたからだ。そんなおり百年法を凍結させようとする
動きも出てきていた。しかし内閣官僚の遊佐の暗躍もあり百年法は施行へと前進していく。世代交代の遅れによる国力の低下、
受け入れる者、拒否する者、そして法施行のためにねじまげた権限、日本共和国はどこへいく…。

近未来のもう一つの日本という設定で上下巻にわたって百年法施行前とその後の日本を飛び飛びで50年くらい描いている。
群像劇に近い形で何パターンか違う立場の人間が描かれるので、設定の妙もあって面白い。カップという謎の乗り物に乗り
グリップやアイズなんていう通信手段、労働者のためのユニオンなどSF設定が楽しい。SFだけど読みやすいし、いろんな立場で
想像できて良い。自分で決定した死の期限なんて想像しかできない。明らかに通常より健康で長寿なんだろうけど、家族の意味が
減ったり「老いる」ってどんな感じかわからなくて突然期限が来るのも怖いのかな、とかいろいろ想像してしまう面白さ。
老いるのは嫌だが、準備でもあるんだろうね。自分だったら100年なら処置してもいいのかなぁと思わなくもない。でも働き続ける
としたら嫌かなぁ。終わりが来たほうがいいような気も…。外国では40年とか50年設定らしいけどそれだと短く感じるかな。
上巻ではやはり内閣の笹原次官という遊佐の上司が最高である。自分の期限は迫っているが、次の世代につなくために
法の施行を思う姿勢はカッコイイ!遊佐もホレるわ。遊佐も近いものもあるけどね。あと上巻ラストの大統領の意地悪さが
最高のインパクト。殴ってやろうかと(笑)下巻では覇権争いやクーデターなんかでゴタゴタして二転三転する痛快な
物語になっていた。いろいろキレイにまとめられていて少し残念だったかも…。百年法や拒否者らがそのまま存続した場合の
日本共和国も見たかったぜ。死を前に人が生きる意味を静かに描くお話なら伊坂幸太郎「終末のフール」がオススメです。
読む前はそんな感じのお話かと思ってた。バカSF(7・9)

 「存在しない時間の中で」 山田宗樹 ★★★☆
---角川春樹事務所・21年---

ある大学の研究セミナーに青年が現れ、長い謎の数式を残して消えた。そして同じような現象は、世界中で同時に起こっていた。
この数式はこの世界を設計できることを示唆していた。設計者=神のような存在がいるのか…研究者の提案で神の存在に
世界は呼びかけた。すると、考えられない奇跡と、予言が起こった。そして奇跡から十年…世界は予言の期日に迫っていた。

たまにNHK何かでこの世の仕組みを考える硬派な番組がやっていたりする。、神の数式とか超弦理論とかブラックホールとか
ああいうのは全然理解できないけれどこの世の怖さや学問の深さにワクワクし、上位存在への思いを馳せて畏怖を感じて
楽しく見ているのだけれども、そういった番組が好きだったりする人にはオススメしたいSF小説である。と言っても本書は
難しい学問的なところはすっ飛ばして「大体こんな感じ」くらいに説明してくれるので軽く読むことができた。神の存在が
立証されたとして…という実験的な設定だ。神はなぜ自分の存在を明らかにして人類に問いかけるのか、そして人類は
どう動くのかを描いた設定はかなり大掛かりだが読み心地は軽めのSF小説である。神の問いかけに反応した一人の女性と
研究セミナーにいた学生を中心に描いているのであんまり世界的な混乱だとかは感じられないのでサッパリしてる。宗教界は
特に混乱しているようだけど、他の世間一般は意外と普通に生活を続けている、というのが何とも変な感じである。
もっと暴動やら混乱がありそうなもんだが。神の御業が記録媒体に残らないことが原因なので仕方ないか。
神の問いかけに対してもウヤムヤにせずオチをつけているのは良かった。煙幕はってぼかす終わり方なんじゃないかと
嫌な予感してたけど。神、世界の終焉、と設定の壮大さにワクワクするも、日常レベルに落として感じられる作品なのが
長所なのかもしれないが、自分としてはもったいなく思えたな。軽すぎた。超大作にしたいテーマだもんね。でもこういう
当たり前の世界を壊すようなSFってやっぱり好きだからまた書いてほしいと思う。バカSF(4・9)
「@ベイビーメール」 山田悠介 ★★
---文芸社・03年---

都内で変死体が発見された。一体は腹部がポッカリと開いた女性、妊娠していないはずなのに
へその緒が落ちているという変死体だった。その後、ある刑事の周りで謎のメールが送られてくる。
そのメールからは赤ちゃんの泣き声が流れ、携帯電話は壊れてしまう。そして…。

本書の出だしはこうだった。「空気が蒸れている。まるで水の中にいるようだ」…プッ、どんだけ
蒸れてんだよっ(笑)!他にも面白いのがあった。学校の教室で生徒の大半が座ってない場面。
「教室の扉を開くと、そこはまるでジャングルだった」…そんなことぁないだろ!…とそれはさておき
内容だが、呪いがかかったようなメールが届くというわりとありがちなホラーで見せ方によれば
佳作にもなると思うが文章で損をしていた。まず上記のように比喩が不自然だったり、場面場面の
描写があっさりしている上にベタベタな展開だったりするためリアリティが全然ないのだ。
なぜメールが主人公の周りだけなんだろう、など不自然な点を無視して展開していくのは
人によっては受けるのかもしれないがあまりに薄っぺらく感じられ個人的には×だった。
だが終盤は結構怖くて良かったし文章も多少はまともになっていたのでホッとした。

「あかね空」 山本一力 ★★★★+
---文藝春秋・01年、直木賞---

豆腐の店を開こうと上方から江戸へやってきた永吉は、豆腐の違いから苦労を重ねるが
おふみの支えもあって「京や」を確立していく。やがて子供を三人儲けた永吉らは豆腐作りの
いろはを伝える。親子で受け継がれる豆腐屋と親子を巡る悲喜こもごもを描いた作品。

読みはじめから痛快で良い。一所懸命に働く永吉は元より、口は悪いんだけども人情に厚い
江戸っ子ばかりだから影ながら助言したり手伝ったりしてくれている。持ちつ持たれつの関係は
読んでて気持ちがいい。前半はさわやかな人情話だけども、後半になると夫婦喧嘩が起きたり
長男が店の金に手をつけたりガラリと不穏な空気に。しかしこれも多方向からの視点がうまかった。
過去の事から長男ばかりを甘やかしてしまうおふみ、平等に扱おうとして長男に厳しくあたる永吉、
子供から見れば永吉も長男が嫌いにしか見えなかったり、視点によって様々に見えてしまう。
だからすれ違って意地になる。感じは悪いけどリアルである。残念なのは前半で健気だった
おふみが後半酷すぎること。長男びいきにも程があるぜよっ!と永吉に味方したくなった。
良くも悪くも家族のつながりの強さが感じられる内容だった。オススメ。
「いっぽん桜」 山本一力 ★★★☆
---新潮社・03年---

口入屋・井筒屋に長年勤めてきた長兵衛、しかし井筒屋のあるじから私と一緒に隠居してくれと
頼まれた。若い当主に舵取りを任せようという案であった。長兵衛は別の店に移るのだが、井筒屋の
番頭であった矜持と未練で頑なになってしまうのだが、ある災害によって…。四編の短編集。

うーむ。しぶいですな。人間の情を巧みに描いた時代小説。仕事一筋に生きてきた男が
心の拠り所にしていたプライド、それに雁字搦めになっている様子と、それを凌駕した情の存在。
頑なだった自分に気づき、心の氷が融けていくような展開が感動を呼ぶ表題作が時代小説らしい。
「そこに、すいかずら」では料亭・常盤屋の治左衛門が豪商と知り合いになり、商売によって大金を得て
自分の娘に阿呆みたいな金額で馬鹿でかい雛人形を作らせて専用の蔵まで作らせる話である。
親子の情愛を描いているのか、商売も人生もひょんなことから成功したり堕ちていく様子を儚く
表したのか。何だかぴんとこない一作だった。「芒種のあさがお」は明るいおなつという娘が
あさがお職人の男の元へ嫁いだが、占い狂いの姑の前に窮屈な生活を強いられ、姑の死後
寡黙な舅までも偏屈な感じになっていく。結婚生活の中にもっている不満を、あさがおの花に
託した思いで鮮やかに氷解させるラストは温かい。シブ知(7・3)って感じです。
「どろ」 山本甲士 ★★★☆
---中央公論新社・01年---

朝刊が来てなかった。販売所に電話すると届けたはずだという。さては何かと気に食わない
隣人の仕業だなと思った岩室、さらに隣人宅の前に止まった車とトラブルになったことで頭に血が登り
隣人宅の庭めがけて犬のウンコを放り投げた。しばらくすると隣人から反撃、そしてまたこちらも反撃…。

些末な事をキッカケにしたご近所トラブル。先日も一日中大音量でラジカセを流し、布団を何百回も
叩き続け、かつ罵声を浴びせ続けた主婦が逮捕されました。本書もまさにそんなご近所トラブル系だ。
隣同士の嫌がらせがエスカレートして壮絶な闘いに…要約するとこれだけだが、この負のパワーがすごい。
互いの嫌悪感もそうだし彼らの仕事場もまた嫌な感じに描かれる。かたや役所で働く公務員で、仕事をせず
責任逃ればかりうまい上司にイライラ…かたや悪徳ペット葬儀社で年若の上司にコキ使われてイライラ…。
家庭内も不和だしとにかく全編ネチネチネチネチした感情が詰まってる。でもこれが意外に面白かった。
互いに直接は何も言わないのに作戦練って罠を仕掛けたり防御策を講じたりと奮闘する姿は笑えてくる
ほどのくだらなさ。この嫌らしい雰囲気はある意味なかなかの筆力だと思うなぁ。ドロドロしてるけど
凄惨というほどじゃないし滑稽な雰囲気もあるし、楽しめる一冊…なのかは微妙だ(笑)。もうストレスが
溜まるのか発散されるのかわからない一冊であった。壮絶な嫌がらせの内容は読んでのお楽しみだ!
「かび」 山本甲士 ★★★☆
---小学館・03年---

A「ほんまは家庭を持ちたいくせに、しょうもない仕事にしがみついて。上司と寝てやっと課長補佐。結婚も
あきらめて、ただの課長補佐。代わりがなんぼでもいる課長補佐。もうその歳になったら女の武器も威力が
ないわな、かわいそうに」 B「あんた頭おかしいで。人のことより自分のこと考えたら?主婦しか居場所が
ないこと判ってるさかい、なんぼ不満あっても我慢しかない。とっくに亭主の愛情感じてへん。哀れやな」
A「言うとけ。後輩は相談事あったら男の社員とこ行くやろ。下から全然信頼されてへんのとちゃうか」
B「せんべいかじりながらサスペンスドラマ見とき。それぐらいしか楽しみないんやろ」 A「仕事では
レストランで会食しても、部屋に戻ったらコンビニ弁当やろ。急にわびしくなってシャワー浴びながら
一人で泣いたりしてるんやろ。若かったらかわいげあるけど、年取ったら不気味なだけやで」(本文抜粋)

「どろ」女版(たぶん)。上の文は作中の罵り合いです。一例に過ぎないけど。仕事のしすぎと不摂生で
倒れた夫、しかし会社は労災を避けようとしたり嫌がらせをしたりする。プッツンきた妻・友希江が会社への
復讐を計画する話。会社の陰険な体質、幼稚園の母親との関係、パート先でブツブツ嫌味を言うオバサンと
出てくる人物すべてネッチネチ。ネットの愚痴や新聞の投書でありそうなリアリティを感じるネチネチぶり
だが、そのすべてに本音で対抗する友希江が滑稽で気持ちいい。世の中に多く転がるイライラに体面
そっちのけで当り散らす関西弁はアッパレ。会社への復讐と嫌がらせもスゴイ。読むとストレスが溜まって
腹が立つんだか関西弁とともに発散できるんだか…。あまりの言いたい放題にもう笑うしかない。

「とげ」 山本甲士 ★★★☆
---小学館・05年---

倉永が勤務する市役所の市民相談室には些細な事柄や関係のない事柄まで相談がある。
部下も上司も使えないし、相談を持ちかけても市役所内部で「別の課の受け持ちだ」とたらい回し。
家でもトラブルが続きイライラが募っていた倉永は、ついに市長を相手にキレてしまった。

誠意と合理性のない職場と、やる気の無い社員、似たような不満は誰しも持ったことがあるだろう。
だからそのダメっぷりは怒るというより笑えるし共感してしまうし、現実ではできないブチギレが
できるというのが魅力である。責任を取りたがらない外部の上司に対してばればれのヅラを
指摘した挙句「くそはげ」呼ばわりなんて最高である。どんな役職でも間違っているものには
噛み付いてやろうというブチギレぶりはこういうところで働く人間の欲求を満たしてくれるかも。
やってることは突飛なんだが、「どろ」「かび」の中で一番主人公が正論を言ってるのがグー。
駄目駄目な役人根性をユーモアを交えながら描いた小説だが、現実はこうであってほしくは
ないなぁ。物語では終盤まで突っ走るのかと思いきや、まともな方向でキレイにまとめたのが
個人的には物足りなかったです。もっと炸裂するかと(笑)。バカパク(8・2)
「五瓣(べん)の椿」 山本周五郎 ★★★☆
---講談社・59年---

真面目に商売に生きてきた父が死んだ時、母親は他の男と遊びほうけていた。
おしのがあんまりだと詰め寄ると、母は父親がおしのの実の親ではないとこを悪びれずに告げる。
法では罰せられない罪がある…そう思ったおしのは母を殺し、母の相手をした男達も裁き始める。

父が死んだことをきっかけに許せない者を裁くおしの、彼女は「泣きたい思いをしながら
真面目に世渡りする人達、その人達の汗や涙の上で自分の欲に溺れていることは許しがたい
悪事だ」という信念のもと行動しているわけです。これってわかりますね。法さえ逃れていれば
道徳なんぞ知ったことかという輩は現実にもいるし、人間の心にはそういう者達を自ら裁きたい
という欲求もあるんじゃなかろうかと思う。裁きを実行したおしのは一つの答えに行き着くのですが、
何が正しいのか…「法」と「人間の掟」という題は一つの結論に降り立つには難しいかも。
…なんだかお堅い話みたいに聞こえますが、物語は読んでて現代風のサスペンスにもありそうな
軽い雰囲気でした。勧善懲悪な面もありですが全体的にいい意味で湿っぽいような場面が多くて
いい感じ。目新しい面白さはないけど、時代小説が苦手な私でも読みやすくていいですね。

「神は沈黙せず」 山本弘 ★★★★☆
---角川書店・03年---

ライターとして超常現象の説や教団を調べる優歌と、様々な設定で進化をコンピュータで見られる
ゲームシステムを作った優歌の兄、実際に体験した超常現象などから彼らは「神」の答えに行き着いた。
答えに行き着いた兄が失踪した時、様々な発言から大衆に絶大に支持される小説家・加古沢もまた
「神」の答えに行き着いたと考え独自の行動に出る。そして超常現象は次第に数を増やしていく。

幼いころにこの世界の成り立ちや外側を夢想したことがあったと思う。神なんているのかなとか
自分以外作り物なんじゃないかとか。そういうのって考えるのはワクワクと少しの恐怖があった。
でも考えてる途中にどうせ証明しようがないから忘れちゃう。本書ではその神や世界をいかにも
ホントっぽく説明するのだ。上下巻の前半はポルターガイストやUFOや新興宗教をバッサバッサと
切り捨て、安易に信じたいものだけを信じる人間を否定していく。しかしそういうオカルトを全て嘘と
するのではなくて、どうしても説明できない超常現象があるとしている。そこまで長々と納得させた上で
否定できないものは神からの交信かもしれないと考えるのだ。そして後半からはとんでもない
超常現象が出現して急にSFが強くなる。何といっても空に浮かぶ神の顔…怖すぎ。否定できない
超常現象は規則性もないし意味も理解できない、理解できないからこその「神」像とそこから見る
人間とは何かを描くのだ。設定自体は以前にもあるけれど、それをジワジワと思い描けるように
説明する手法と、神の出現により預言者が頻発し日本や世界がおかしくなっていく混乱模様が
読ませますね。実際にそうした人智を超えた現象が起こったらこうなってしまうかもしれない。
本書の大半がオカルトの検証や、進化論や宗教や神様や宇宙の果てについての考察なのだけど
正直不必要なところも多いかも。長いから時間があるときに一気に読む本かな。個人的には議論や
SF考察は好きなので楽しく読めた。世界を想像するのは楽しい。壮大なスケールの嘘話である。
鯨統一郎「邪馬台国はどこですか?」の神様バージョンといったところか。インパクトSF(10・9)
「審判の日」 山本弘 ★★★★
---角川書店・04年---

五編の短編集。表題作→ぷしゅっという音とともに人間が消えた。突然ラジオのDJが喋らなくなり
外に出ると車がいたるところで事故、人間は服を残して消え去っていた。街を徘徊する亜矢子は
自分以外にも残っている人間がいることに気づく。一見、共通点は無さそうなのだが…。一体これは。

あぁ〜こういう奇想連発は好みだなぁ。宇宙の誕生が実はそんな昔ではないと発見した学生、
空に巨大な顔を発見してしまい空を恐れて暮らす男など、今まで考えもしなかった「非常識」に
気づいてしまい巻き込まれた恐怖を描いている。大きな人間以外(法則とか顔とか神)を描くことで、
人間は万能ではなく、抗えない矮小な存在だと思える。想像力があればあるほどそこが怖いだろう。
SFとホラーの面白さを両方持っている小説と言えそう。ネタ自体は独創性は微妙かもしれないけど
奇想を読みやすい分量で集めてあって気軽に読めます。たまにはSFでも、って人に最適かもしれない。
中でも「時分割の地獄」というA・Iを扱った一編が好み。架空の身体と優れた知能・知識を持つアイドル
A・Iが自分の心を追求する話。TVトークショーで「殺意」や「良心」について議論を続けた果てに
待っていた落とし所が綺麗。感情・心そのものを分析・理解しようとするのがSFらしい秀作。
「アイの物語」 山本弘 ★★★★+
---角川書店・06年---

ヒトより自ら作ったマシンに敗北し衰退した時代「語り部」の僕はアイビスというマシンに捕われた。
アイビスは僕に昔人類が作ったヒトとマシンの物語をいくつも語って聞かせた。そして最後はアイビス
自身の物語。それは隠されてきたこれまでのヒトとアンドロイドの真実の歴史でもあった。

パソコンでSF小説を書くグループの物語や仮想空間でのデート、はたまたブラックホールに突入する
人類を見続けている宇宙ステーションの人工知能まで人類とマシンとの関係が多彩な物語で語られる。
しかし六話『詩音が来た日』からシリアスになる。それは人間はアンドロイドと共存できるのかということ。
人間が造り物事を教えていくアンドロイドだが、多くの人間は危険視したり信用しなかったりしてしまう。
確かにアンドロイドは「愛」などはわからないのだけど、独自のやり方で変換して覚える。何でも純粋な
論理と倫理で答えを追求していくのだ。だから先入観なしで美しい答えを出してしまう。この物語は
マシンを描くことで逆に客観的かつ端的に、論理的でない人間の愚かさを述べてしまったのである。
人間が娯楽として仮想空間で戦わせているAIも介護ロボもヒトを超えた優秀な知能を持っていたら…。
そんなSFとして楽しくもあり、ほろ苦くもある世界が最後に描かれている。各短編としてもおもしろく読めるし
『詩音…』であったような人間以上の能力を持ったマシンの倫理の難しさなんかも読んでて面白かった。
SFファンには当たり前な内容かもしんないけど。総じて楽しい読み物だったのでバカSF(7・9)で。
「詩羽のいる街」 山本弘 ★★★☆
---角川書店・08年---

詩羽はお金を持っていない。この町の人々に親切にすることで仮を作ることで、いつか泊めてもらったり
食事をしたりして生活している。触媒のように、誰かと誰かに良い変化やつながりをもたらしながら
その合間で生活する女性。そんな彼女と出会い、運命を変えられた人たちの物語。四編の短編集。

論理的に人と人を繋げる才能を持つ詩羽に、町の人もすっかり心を許してる町ぐるみの存在の詩羽。
詩羽の言うことなら何でも協力してくれる強いネットワークを構築している。悪意を持った人間や
悪意に傷ついた人間が登場するけれども、物語自体は悪意よりも善意や論理で生きたほうが
よほど楽しいよという正のエネルギーが強い作品集だ。なんといってもわらしべ長者のように
物を交換しながら無一文で町を渡り歩く設定が魅力的だ。昨今失われつつある気兼ねのない
ご近所づきあいを体現したような少女ですね。詩羽ネットに関わった者のエピソードが各短編間で
ころころ登場するのは伊坂幸太郎の手法を意識したのかな、と思いました。扱い方が似てる。
漫画家志望の男性やあるアニメに傾倒してる少女やネット掲示板が多く登場するのは作者の
好みであろうか。軽くなりがちな雰囲気だがテーマがあって面白かった。バカ青春(7・7)
「幸福ロケット」 山本幸久 ★★★☆
---ポプラ社・05年---

転校してきた山田香な子は隣りの席にいるコーモリこと小森君と親しくなった。しかし町野さんという
クラスメイトが小森君を好きらしく、仲を取り持ってほしいと頼まれる。漫画家の叔父さんは我が家に
入り浸るし、塾では変な女の子から声をかけられるし…。やれやれな日々が始まるのだった。

ほっこりした。登場人物みんな可愛らしい。担任の鎌倉先生もクラスメイトの子供っぽい日下君も
叔父さんも恋のライバル(?)の町野さんも後味悪くなく、主役達を盛り上げるいい脇役に徹した
作り方をされている。キャラが濃すぎてちびまる子ちゃんを連想してしまうくらいだったぞ(笑)。
コーモリの家庭事情や自分の父親が会社を辞めた理由、初恋を巡るあれこれなど様々なことを経て
香な子が成長していく物語…というストレートすぎる展開で先が何となく読めてしまうのが勿体無いけど
こういう本だと思えば気にならない。なんだかんだ楽しめたし、収まるように収まったって感じのラストは
なんかさ…ほろ苦くてグッと来てしまったじゃないか。ユーモラスな女の子の語り口が読みやすくて
行間も広い本なので、お子さんにも自信持って薦められる一冊ですぞ。
 「方舟」 夕木春央 ★★★★☆
---講談社・22年、このミス4位、週刊文春1位---

友人達と山の中の地下にある謎の建造物にやってきた一行、夜も更けたので道に迷った親子と共にそのまま
泊まることに。しかし地震が起こり出口がふさがれてしまう。地下三階の建造物、地下から水位が上がってきたため
脱出しなくてはならない。一人が機械を動かせば脱出できるがその一人は取り残されてしまう。こんな状況下で
殺人が発生する。こんな状況で何のために。犯人を暴き、犠牲になってもらうのが最善の策なのだろうか…。

本格ミステリ好き垂涎のクローズドサークルものだ。しかも島とかじゃなく、狭い狭い地下建造物である。
さらには水位が上がり溺死リミットが迫ってくる上に、殺されるかもしれないのだからスリリングすぎるのだ。
機械を動かしてみんなを助けるために誰か犠牲になってくれないかなぁ…とお互い思ってることとか、殺人犯を
見つけたところで皆を助けるために殺人犯が機械を動かしてくれるか?という疑問もあって、探り探りの息が
つまるような感じもまた面白かった。こういう作品は、迫りくる「恐怖」→意外な真実が明かされた「爽快感」→
恐怖からの「解放」が気持ちいいわけだが本書は最後の「解放」を見事なまでの「絶望」へと変貌させたのである。
このエンディングのためにすべてがある。しかも小難しいトリックがどうこうもない。誰にでもわかる簡単な
仕掛けによって、明快にひっくり返される。わかりやすいってことはパズルミステリの重要な点だなと思った。
溺死が怖いので読んでていやな作品だったなぁ。閉所恐怖症の人もいやだろうなぁ。でもやはりラストの
唐突に訪れる絶望の美しさに息をのんで、絶叫してしまう。恐怖!オススメ。バカパク(7・10)
 孤狼の血」 柚月裕子 ★★★★
---KADOKAWA・15年、日本推理作家協会賞・このミス3位---

昭和63年の広島。新人の二岡は捜査二課の暴力団係に配属された。直属の班長はガミさんこと大上、多くの実績を
上げているが、その手法は違法の線を越えたもの。ヤクザとも顔が利き一目置かれている大上には疑わしい噂もあった。
フロント企業の社員が行方不明になっている事件を機に、組み同士の抗争が起ころうとする中、市民に事が及ばぬよう動く
捜査二課…と勝手に暗躍する大上。日岡も懸命に大上に食らいつきヤクザと渡り合っていくのだが…。

しょっぱなからヤクザの下っ端に因縁つけてケンカ吹っ掛けておきながら懲役をちらつかせ持ちネタを取引する大上…。
うん、硬派な警察小説というより「龍が如く」の世界やね、これ。極道の世界に片足突っ込んでる刑事が主人公は
現実にいたら違法捜査だの癒着だのとたたかれまくりだろうけれども、これに近いことはあるのだろうか。
昭和の時代にはあったのかもしれない。ネタを引き出すためには刃物で切りつけて脅してでも白状させる
大上刑事だが読者的には全然嫌いになれないダークヒーロー的な存在になっている。悪徳には違いないが
暴力団を壊滅させる!という正義漢よりも、暴力団なんてなくならないから堅気に迷惑かけないように
目を光らせるのだとわりきっている。無茶苦茶だけど筋が通っているからかっこよく思えてしまう。
ちょっと暗い過去を背負っているあたりもシブいぜ大上。パナマ帽をかぶっているのは意味不明だが。
物語的には組同士の抗争を避けようとする段階で、これから大活劇が始まるのかというところで
ちょっとあっけない終幕を迎える。好みもあるだろうけど、すごく現実っぽい感じがして自分は好きだった。
最後も一捻りあってカッコいい。男はアウトローに憧れるのさ。バカサス(7・9)
「凶犬の眼」 柚月裕子 ★★★★
---KADOKAWA・18年---
「孤狼の血」の続編。抗争から二年、日岡は田舎の駐在所に飛ばされ見回りなどの平和な日常を送っていた。
世間では明石組のトップが暗殺され、心和会との抗争が勃発。雲隠れしている国光が裏で糸を引いていると見られている。
そんな国光が日岡の田舎町に現れる。国光は仕事を終えるまで待ってくれれば必ず日岡に手錠をかけてもらうと
持ちかけた。手柄を挙げ現場に戻りたい日岡だが、国光の目的がわからないまま様子を見ることに。

舞台のほとんどが山奥のド田舎なので前回と風景が違うなぁ。ヤクザものを相手に血が沸き立つような日々を
送った日岡が、暑さを忘れてほのぼのした日常を送っている。単車で民家をまわって野菜をもらったり、名家で
家庭教師めいたことしたり…。それはそれで面白いが、やはり国光が現れてからのヒリヒリした熱さが蘇るところが
いいですね。しかし本書の魅力は何と言っても国光その人である。豪胆でコミカルさもあり、若い者の面倒見もよくて
めちゃくちゃ慕われている。もちろん極道としての筋は通すため、世間的には危険人物なのであるけれど読んでいても
惹かれてしまう。こんな極道ならいてもいいんじゃない?なんて思えるほど美化されてカッコイイからちょっと問題なん
じゃないかと思うくらいである。憧れるやつがいたらどうする。物語的には途中で起こる立てこもり事件が映像的にも
クライマックスかと思うけど、ラストに持ってこずその後日談があるのが予想外で面白いな。立てこもり事件でもそうだったけど
日岡君がどっぷり極道というかマル暴世界に浸かってるのが気がかりだなぁ。一線を越えてると思うが大丈夫なんだろか。
もはや国光側の人間だぞ。でもこういう男くさい友情とか仁義とかっていいんだよなぁ。筋を通すっていうかね。
男の小説だわ。龍が如くの世界だわ。今回もヤクザ同士の抗争のあれこれが多くって、何会の何組の誰が何組に
指示してどうこうは複雑すぎて途中でわからないことも多々。でも流し読みで充分物語はわかるので大丈夫かと思う。
最後に横道ってやつが出てきて「こいつ誰やったっけ?」ってなったわ(笑)バカサス(8・7)
 
 「盤上の向日葵」 柚月裕子 ★★★★☆
---中央公論新社・17年、このミス9位、文春2位、本屋大賞2位---

山中で発見された白骨遺体は将棋の駒を握っていた。この世に7つしかない名駒。元奨励会の佐野と曲者のベテラン石破の
コンビが捜査を進める。たどりついたのは将棋のタイトル戦・竜昇戦第七局。天才棋士・壬生に対するのは異例の転進から
タイトル挑戦を決めた上条桂介。名駒の裏には将棋に憑りつかれた男と、将棋に支えられた数奇な人生があった。

二つのパートが交互に展開する。片方は刑事が手掛かりを元に地道に全国を歩いて駒の持ち主を追っていくパート。
そしてもう一つが物語の核。父親に虐待されながら将棋を支えに育つ少年と、それを陰から支え見守っている老夫婦パートだ。
どうやら将棋が好きなボロボロの少年をつかず離れず支える温かい情を感じる物語だ。そしてその少年は成長して
賭け将棋で稼ぐ男と出会い運命を翻弄されていく。この将棋の裏街道ともいうべき賭け将棋男がまた魅力的だ。
人間としてはクズっぽいけど破天荒でその場しのぎなのに計算高い。こうして数奇な人生が少しずつ明らかになってくる。
読み終わってふと考えると、別に刑事の捜査パートってなくても成立するんじゃないかってことだった。結局ほとんど
両パートは交わらないからね。でも読んでるうちは面白くて続きが気になってしまう。それは人間臭さを感じるからだと思う。
捜査で話を聞くだけの相手からも生活があって過去がある。虐待を受けている少年も、父親を憎みながらも捨てられない。
ただ恨むだけじゃない何とも言えない感情がある。人間が関わると情が移る、それを感じる物語だから地味な展開だけど
おもしろいんじゃないかな。もともと白骨死体が誰で、なぜ希少な名駒を持って死んでいるのか…というスタートなんだけど
真実に驚き!とかどんでん返しがっ!とかではなくて、納得がいくような、思いを馳せるような味わい深い真実となっていた。
当たり前だけど将棋好きにはとってもオススメ!な話である。将棋の実際の盤面は出ないけど、差し手や将棋用語が
出てくるので、何となくこんな場面とかわかるようになっている。監修してるだけあるね。あと実際のモデルがいるような
名前とか多いので想像すると面白い。名人の天才棋士・壬生って…羽生以外いないじゃないか。終盤が急展開で
あっけなかったのが残念かなぁ。物語に「光速の寄せ」はいらないぜ。バカシブ(9・9)
「葬送行進曲殺人事件」 由良三郎 ★★★
---新潮社・85年---

企業の機密を盗んだとして逮捕された守衛は無罪。しかし周りに理解されるために上司とともに
調査を始める。一方都内の火葬場では焼かれた遺体には頭部が二つあった。二つの事件には
隠れたつながりがありそう…。さらに変人が事件に関わりはじめた。

いかにも推理小説というパターン。事件→展開→謎解きの王道です。謎解き役は変わり者。
錠前を開けられ、読唇術もできるいわゆる奇人タイプ。こういう探偵役が好きならどうぞ。
謎解きはすごいですが、うまく頭でまとめきれませんでした、間隔あけて読んだからかな?
ありがちですが警察の人が単純で頭が悪すぎるのがどうも気になります。それにこのタイトル
ふさわしくない気がします、なぜにこのタイトル??まあ単純に楽しめる一冊とも言えるか。

「陰の季節」 横山秀夫 ★★★★
---文藝春秋・98年、松本清張賞---
表題作→警察からの天下り先の地位にいる大物OB尾坂部がその地位を辞める気がないと言っている。
人事担当の二渡は尾坂部の説得を命じられることとなった。尾坂部は産業廃棄物不法投棄を監視する
社団法人にいるのだが、不法投棄の現場へ毎日のように回っているという・・・。いったいなぜ?

四編からなる警察小説である。…が、主役は警務部である。汗臭く犯人を追うのではなく
内部監察、議会対策などが仕事という部分が特徴。これを読んで横山秀夫の短編の上手さを
改めて感じた。必要な部分をしっかり描き、落とすところで落とす。細かい警察内の描写が物語の
世界に深みを与えている。好む・好まざるはあるだろうが静かに熱い人間ドラマなのである。
「動機」が好きならこれも好きでしょう。200ページちょっとで軽いが十分味わえる。
…それにしても警察はいろんなことをやっているのですね。

「動機」 横山秀夫 ★★★★★
---文藝春秋・00年、日本推理作家協会賞、このミス2位、文春3位---
四編からなる短編集。表題作→警察手帳が三十冊紛失した。紛失事故を防止するための新制度である
一括保管が狙われたのだった。内部か外部か、組織は混乱する中、制度の考案者貝瀬は苦悩する。

うまい!人間がよく描けてます。構成の妙と心理面の両方で魅せてくれました。
読者に何を読ませ、何を感じさせたいかがわかりやすかった。四作とも読後感がとても良く、
ビシッと締めたという印象でした。硬派な人間が出て来るシブ〜くてまっすぐな小説です。
真相で感動させて、ラストシーンでさびを効かす、たまらんね、こりゃ。短編の魅力を教えられました。
この作品が初・横山だったので短編の隙の無さにビックリして思わず五つ星をつけてしまいました。

「半落ち」 横山秀夫 ★★★☆
---講談社・02年、このミス1位、文春1位---

アルツハイマーの妻を殺した、と梶聡一郎警部が自首してきた。素直に
自供するも殺害から自首までの「空白の二日間」は口を閉ざしたままだ。
殺人事件として立件はできる。しかし…。梶聡一郎は何を隠しているのだろうか?

様々な地位の男達が梶に関わります。刑事・検事・記者・弁護士・裁判官・刑務官と
一人ずつ、それぞれの視点で事件・梶を追います。 …正直、長編よりも中編や短編集の一つとして
仕上げてほしかった。 オチが半オチと皮肉る人も多いが長編の重量感に欠けたからだと思うのだ。
ラストまで引っぱりすぎかなという印象。でもじ〜んといい話なのは確か。まっすぐな人間が多くて
ラストがく〜っ、ですね。男達の生き方に胸が熱くなるでしょう。たいてい人が死ぬのが推理小説だが
「半落ち」は一つの命にこだわり、見つめる小説だと言える。相変わらずシブくていい意味でクサい。
それにしても…男たちよ、梶に惚れすぎだろう、何となく感情移入しにくかったぞ。

「顔」 横山秀夫 ★★★★
---徳間書店・02年---

似顔絵婦警の平野瑞穂は、似ていなかった容疑者の似顔絵をそっくりに描き変えて「お手柄」として
公式に発表させられたことにショックを受け失踪騒ぎを起こした過去があった。そして現在、似顔絵
担当から外されリハビリ異動として秘書課へ移されていた。内心は似顔絵係に戻りたいのだが…。

お家芸(警察の短編)の一つだが今回は女性が主人公だ。男の組織である警察を女の視点を生かして
書いている。組織のために個人に忍耐を強いることに疑問を持ってしまうような不器用な婦警の
成長も楽しめる連作短編だ。男臭さの多い横山作品の中でも本書は、辛くてもがんばる女性像が
微笑ましいというか柔らかい感じがしますね。作風が男臭いだけに女性が主人公でちょうどいいくらい
だったかも。だから横山ファン以外にも読みやすい一冊だと思うな。もちろん捜査内容の記者への
漏洩や拳銃の強奪事件など警察小説ならではのリアルな内容と雰囲気は健在だし、ミステリの面白さと
人間のドラマや心理が合わさった手腕はさすが。毎回派手さがないのに面白いのはセリフと心理描写が
適度だからだろうか。他の作家と比べるとやはり上手くて今回も高評価だ。お家芸にハズレなし?
一つ文句があるとすれば瑞穂が独断で動きすぎなとこ…いつかクビになっちゃうよそれじゃ。
「深追い」 横山秀夫 ★★★★☆
---実業之日本社・02年---

帰宅途中の会社員がトラックに轢かれ死亡した。その会社員の財布に入っていた
写真は高校時代に心を通わせた同級生だった。秋葉は拾ったポケベルを口実に様子を
見に行ってみようかと思うのだが…。表題作を含む七編の三ツ鐘署をめぐる短編集。

お得意の警察小説。例によってメロディをつけるなら昭和歌謡だな〜と思わせる小説。
短編ながらミステリ部分で見せる上手さが光ってます。一人の主人公の目から描くスタイルが自然で
別の角度から見ると事件が違った様相を見せるという手法がすばらしいです。しかしそれに加えて
今回は叙情的な面もかなり大きく、真相に気づいて揺れる主人公の心にも共振してしまいました。
そうした心情の部分とミステリのからくり部分の融合が職人芸の域に入ってますねぇ。いい話も多く
読後感のいい話に弱い私は好きな短編集でした。ミステリでは「警察」という印象の人物が多いが
横山氏が書くと「一人の人間」になる。私はそこにしびれる。まだまだ期待してますぜ〜。

「第三の時効」 横山秀夫 ★★★★☆
---集英社・03年、このミス4位、文春6位---

六編の短編集。ある殺人事件から15年が経過した。本来なら時効だが、逃亡中の男は1週間海外へ
行ったことがあるため実際の時効は1週間後なのだ。男が気づかずに遺族に連絡を寄こすのではと
警察は張り込んでいた。しかし強行犯二係の凄腕・楠見班長だけは全く違う狙いをつけていた。

F県警捜査一課強行犯係の一班から三班のトップはほぼ負けなしの凄腕揃いだった。
一班の朽木、二班の楠見、三班の村瀬、冷徹だったり鋭い勘を持っていたりする仕事人たちは
上司からも部下からも一部扱いづらいと思われているのだが、あまりに腕が立つので邪険にも
扱えないのだ。競い合うライバル班との捜査や、別の課との捜査中に犯人が逃亡し疑心暗鬼の
状況になっても冷静に見抜く真実を見抜き部下を使う。もうカッコよすぎるのだが、そんな寡黙で
鋭い眼光の彼らも時に仲間に人情を見せたりするのだ。た、たまらない。犯人なら絶対にこいつらに
対峙したくない。警察にいたら部下になりたい。という魅力爆発である。しかし彼らの魅力はあくまで
オマケ。実際は短編ミステリとしての完成されているのだ。事件の構想と、それを解き明かすための
策略や人情ドラマ、ハズレがまったくない。幼少に遭遇した事件からいつもニコニコしている一班の
刑事・矢代が、犯人を前に豹変する「ペルソナの微笑」も痛快だし、他の短編の捜査中や取調室の
緊迫感たるや思わず息を飲んでしまうほどだ。警察の各班がなめられまいと他の課や班と
怒鳴りあいながら働く男くさい職場の感じもしぶくていいですね。超オススメ!シブパク(10・8)

「真相」 横山秀夫 ★★★★
---双葉社・03年---

五編の短編集。好きな「花輪の海」を紹介→大学空手部の凄絶な合宿、OBと先輩のしごきで
息も絶え絶えな六人。そんな中、夜の海での練習中に最も限界が近かったサトルが溺れ死んだ。
暗闇での事故の真相とは。あの日を背負い社会で生き抜く五人が、一本の電話で集まることになった。

うまい、けど暗すぎるわっ!男の暑苦しさに重苦しさが圧し掛かった一冊ですなぁ。読後のやるせなさの
ランキング一位かもしれんな。税理士・村長選候補・リストラ・前科者などを題材に過去に薄暗いものを
背負って生きている男達が登場。短編という制約の中で二転三転する真実というミステリ部分のうまさは
絶品だが、やはりそれ以上に光るのが男の姿や心境である。警察小説を書くことが多い作者であるが
あまり関係のない本書も劣らぬ質であった。冒頭で紹介した「花輪の海」が武道系の異色作で面白い。
夜中に練習する『夜襲』、壮絶な鍛練、一瞬でも怠ければOBによる鳩尾蹴り…ひどすぎてこれ読んだら
誰も空手部に入らなくなるんじゃないかって思えるほど(笑)。それが深い絆になってはいるんだけどね。
警察に限らず男臭い組織を書くとすごいなぁと思う。読むのがつらいけどこれでも一番読後がマシだった。
あと過去の犯罪を隠すため当選が必要な男を読んで疑心暗鬼な気分になって、不眠に悩むリストラ男を読んで
事件の真相に悲しくさせられて、前科者の生きにくさに絶望して…どいつもこいつも暗い。落ち込んでる時に
読みたくないような一冊かもなぁ。でも男心と構成のうまさだけは褒めないわけにもいかないのであった。
「クライマーズ・ハイ」 横山秀夫 ★★★★★
---文藝春秋・03年、このミス7位、文春1位、本屋大賞2位---

昭和六十年のその日、登山家の間で有名な衝立岩に挑む約束を友人としていた悠木。しかし
出発前に事件が起こる。五百人の命を乗せた日航機が行方をくらませたのだった。新聞記者の
悠木も登山を辞め仕事に追われることになった。大事件を前に一事実一記事を巡って新聞社が
揺れに揺れる中、悠木は登山の約束をしていた友人が倒れたとの情報を耳にした。

タイトルで誤解しそうだが、山登りの魅力を謳った山岳小説ではない。作者お得意の警察小説でもない。
地方新聞社を舞台にし、大事件を前に起こる人間ドラマが描かれているのだ。一つの記事を載せるにあたり
全権デスクや部長や現場にいる記者までの意地がぶつかり合う社内は、どの役割の人間も自分なりの
プライドを持っていて見事なドラマを生んでいて迫力もある。誰の記事を載せるのか・推測の交じった記事を
載せるのか…時には上司に盾突き時には部下をなだめる。次々と苦悩が現出しては怒鳴り合い、終始
緊迫感の真っ只中のような状態で、読んでいてハイにさせられ本を閉じることができなかった。この密度の
濃さは元・新聞記者の作者ならではだろうなぁ。日航機事件に燃える社内と、息子との関係や友人との
約束を描く社外…緩急をつけた構成でそこらじゅうが人間ドラマだ。すごく楽しめたし読後の清々しさも
気持ちよくておなかいっぱいだ。また所属記者の現場雑感や整理部や広告部などよく知らない新聞社の
内幕も面白く読めた。すごく男臭さの直球のような小説だが、ここまでパワーに溢れた小説は久しぶり。
ワガママを押し通したり判断を誤ったりムキになって怒鳴ったり…登場人物達が完璧じゃないところが
人間味があるし、多少意固地だけどクソ真面目で必死だからパワーを感じるのかな。オススメだっ!
「影踏み」 横山秀夫 ★★★☆
---祥伝社・03年---

寝静まった民家を狙う泥棒“ノビ師”の真壁修一。彼の耳にはずっと以前に死んだ双子の
弟の啓二の意識が居付いていた。ノビと恋人と弟と彼に関わる事件達…七編の連作短編集。

相変わらず苦みばしったお茶みたいな小説を書きますな。でも今回は警察ではなく泥棒だ。
そのせいで今までの話より登場人物が好きじゃない。強烈な男の匂いをプンプンさせた人物は
そのままですが裏社会の人間が多いので、ひねくれててもまっすぐな人物のほうが魅力を感じる私は
いまひとつでした。作品の雰囲気も今までと少し違いましたね。男と女、ヤクザ、情…ダークで
ピカレスクでハードボイルド系+ミステリ仕立て…わかりにくいか。私好みの系統ではなかったですが
それでもある程度の面白さはクリアするのはさすがです。横山風の渋みはそのままに、
しかし香りの一味違った小説を試したい方はどうぞ。

「看守眼」 横山秀夫 ★★★
---新潮社・04年---

六編による短編集。表題作→県警の機関誌を編集している山名悦子は、退職予定者の手記が一人分
足りないことに気づく。警察にとって重要な退職に関わる手記…書いてもらわねば困る悦子は看守を
勤め上げたその警官を訪ねる、しかし妻によると彼は過去の事件を独自に捜査しに毎晩出ているらしい。

一編が40〜50Pのお得意の短編集。出すもの出すもの水準以上という作者だが今回も嫉妬や
意地などの心情をうまく使った人間臭いドラマをミステリ仕立てで表現する職人芸を見せてくれた。
自分のミスを報告せず過ごそうと画策したり、知事に気に入られる同僚の秘書を嫉妬するあまり
よからぬ話をしてるのではと疑いの目を向けたりという駆け引きが作者らしい。意外な展開や結末を
用意してあるのもいつもと同じ。だが全体を振り返って幾分地味な印象を受けた。緊迫感やミステリの
面白さよりは心の動きに重点を置いてるからかもしれない。偶然の再会や殺人事件という劇的な部分が
多いせいかもしれない。作者の場合もっとありそうなことで十分面白いし、安易に劇的な方向に走られると
かえってイマイチな印象になる。もちろんつまらないわけではなくて、心情や駆け引きは面白くて
楽しめたのだが、他に比べると印象に残らないんだよなぁ。作者だから言える贅沢なのだが…。
「臨場」 横山秀夫 ★★★☆
---光文社・04年、このミス9位---

現場に赴き検視を行う検視官の倉石、彼はその観察眼の鋭さから多くの「生徒」を持っていた。
上に媚びない一匹狼の天才は事件の裏側まで見通していく。八編の短編集。

例によって警察の短編。ミステリの面白さを持ちつつも、その背後にある人間模様で読ませる
いつもの横山氏。しかし本書では昇進・保身・嫉妬の中でもがく登場人物たちよりも倉石の魅力が
前面に出ている。ぶっきらぼうだけど人の心を推量する能力にたけ、人望を集めてしまう倉石の持つ
男の格好良さが際立ち非常に魅力的だと思うのであるが、ミステリ短編としては物足りない感じがある。
倉石があっさり事件を解明しちゃうせいかな。心の葛藤もピンと来ない短編があったので…。
でもやはり熟練の技は上手いね。横山好きなら読んでも損はしないと思うな。
「出口のない海」 ★★★☆
---講談社・04年---

甲子園で活躍した並木はヒジを故障し大学では成功しなかった。球威の落ちた腕でも投げられるという
思いで魔球を探る並木であったが、第二次世界大戦も終わりに近づく頃軍隊に入ることになった。
その頃追い込まれる日本の軍隊には「回天」という特攻兵器が使用されていた。

悪くない。すごく優等生な小説で悪くない。けど心を抉るような感じではなかったなぁ。内容の重さのわりに。
青春時代の野球部仲間の絆、少女との別れ、戦争という集団心理、特攻することの空しさ・恐怖・悲しさ
などなどが盛り込まれた理想的な展開である。…が、手練な作者なだけに残念。もっと苦悩が読みたかった。
悲しくも美しい物語展開に仕立ててしまっているからだ。もっと残酷で酷い内容であるべきではないのか。
文句つけられない人物造形に展開。でも…作者ならではの緊迫感とリアルが読みたい。不完全燃焼。
「ルパンの消息」 横山秀夫 ★★★★
---光文社ノベルス・05年---

十五年前の女教師自殺事件は他殺である---そんなタレコミが入ったのは時効の前日。
当夜、テスト窃取計画「ルパン作戦」を行った高校生三人が警察へと呼び出された。取り調べで
飛び降り自殺したとされた教師が別の場所に押しこまれていたという他殺の根拠を言及した。

プライドを持ったオジサン(警察が多)を主に描く作者であって、事件のカラクリの裏に潜む人情や
男の苦悩が持ち味で「重さと渋さ」が特徴であるが、本書は昔の不良高校生がメインなので微妙な
若さを感じて違和感ありますね。デビュー前はこんなキャラを書いてたんだね〜。事件に隠された
人情や決意はあるけど、伏線処理と意外な真相のミステリ色が強い本書。飛び降りではない
事実が現れ、学校で死んだはずが家の電話に出た謎も現れ、事件当夜に同じく侵入していた人影、
などなど枚挙に暇が無い材料がよくまとまったなと思う絶妙さだけど、さすがに無理もあるし
人物相関は詰め込みすぎな気もしました。ルパン作戦を筆頭に相馬も××してるし女教師は
○○な上に▲▲▲してて、ある教師は◎◎が趣味な挙句▲▲▲して、三億円事件の証拠が---に
…ってどんな学校やねん(笑)!しかしデビュー作でこれとは恐れ入るのも確か。四つ星進呈。
「震度0」 横山秀夫 ★★★☆
---朝日新聞社・05年、このミス3位、文春3位---

阪神大震災の日、警務課長の失踪が発覚した。県警の肝といえる地位の真面目な男がなぜ。
隠し事を露見させたくない男、弱みを握り出世したい男、外に漏れぬよう捜査する男、内輪もめを
楽しむ男、そしてその妻達。失踪がもたらした県警内部の軋轢を細かに描き出した一冊。

警察の幹部六人を主役に緊迫感に満ちた事件を描いてる。と言っても地震の対応そっちのけで
失踪事件を追っている。っていうか阪神大震災は全然関係ない。警察公舎の図であるとか
幹部の力関係や上下関係など「なるほどなぁ」と読者を唸らせる細かさがある一方で、地震の日に
体面を気にしたり縄張り争いをしている警察幹部に読者達はうんざりさせられるため決して楽しい
読書とは言えない。人の嫁さんに幹部連中の内情をばらして楽しむ幹部も登場するとあっては、
作り話であっても楽しくない。今野敏「隠蔽捜査」みたいに幹部達も熱く闘ってほしいと思うのである。
幹部の軋轢や探りあいを皮肉った部分が肝なんだろうけれど、せっかくの緊迫感の中身が
しょーもないというか無言電話や失踪事件など読者を引っ張る部分もそんなうまい捻りがあったとも
思えなかったし。作者らしい濃さで読まされるのにあまり気持ちよくない読後でした。う〜む。
 「64」 横山秀夫 ★★★★
---文藝春秋・12年、このミス1位---

ロクヨンと呼ばれる過去の誘拐事件の時効を目前に警察庁長官が視察にやってくるという。D県警の広報官をしている三上は
記者クラブとの関係が悪化中でありうまく立ち回れない。長官の視察にも、刑事部と警務部の対立構造が見え隠れしている。
元刑事の広報官、刑事に戻ることも頭をよぎる微妙な立ち位置の三上だが、娘が行方不明になっている最中という弱みも抱え
記者達と警察との板挟みにあえいでいた。広報官としての矜持を取り戻しかけた時、ロクヨン事件が動き出す。

長かったなぁ。サクサクと読める代物ではなかった。重苦しいことこの上ない。三上はいろいろな問題を抱えまくってる上に板挟み。
刑事部からも警務部からも疑いの目、娘の失踪の件もあり警察よりの発表になってしまった結果もともとウケの良かった記者達とも
溝ができ、長官視察の段取りでロクヨン被害者宅を訪問するもけんもほろろに断られた。警察のいろいろな部屋を渡り歩き
各部署の思惑に頭を巡らせ損得勘定…といったような序盤なのでなかなかヘビー級である。警察内部のいろいろな役職の人間が
出てくるので、ややこしや〜ですが何となくで読めばOKかと。このポストは次は誰がつくのか、人事の時期までも計算に入れて
打算的に動いていたりとか…組織の究極にねじれた部分を濃密に描いていると言えそう。その中では広報室と記者達とのやりとりが
面白いですね。発表一つでも匿名にすべきか否か、警察よりの社と強硬派のどちらをどう取り崩すか、とか。こんなに考えてる?
三上が広報官としてどうあるべきか、と開き直った後半になってようやく男気とスピード感が出た感じでおもしろかった。過去のロクヨンと
同じような誘拐事件が発生した終盤からは止まらない。ロクヨンという呪縛に対する思いが全員からあふれ出て緊迫感が満載だった。
前後半でだいぶ軽さが違いますね、両方熱いですけどね。とにかく重厚。いきなりこれだと面食らっちゃうだろうなぁ。
横山警察作品はまず「動機」「陰の季節」「第三の時効」がオススメです。

本書はドラマ化、映画化もしています。私はNHKでやってたのをたまたま見たせいでずっとピエール広報官でした。
個人的には広報官と広報室の部下、ロクヨン事件、刑事部と警務部、娘の失踪、と別の短編集でやってほしかったなぁ。
短編の達人だし。そのほうがスッキリしたんじゃ…。でも暑苦しいパワーが減るか。バカパク(6・9)進呈。
「最後の息子」 吉田修一 ★★★☆
---文藝春秋・99年---

短編三編収録。「最後の息子」…オカマの閻魔ちゃんと暮らす「僕」が生活を記録したビデオを見ている話。
なぜビデオで過去を見ているのかわからぬまま、ゲイの何気ない日常が映される。愛したい閻魔ちゃんと
流動的に見える「僕」だが、母が上京したラストの展開でなぜビデオを見ているのかが明かされる。
何気なさの中にさりげなくうまい短編。「破片」…汗だくでビールを運ぶ男達の話。読んでて暑くなってきた。
惚れた相手は「助けなければ」と感じてしまう異常さを持つ弟と、熱さの無い兄を対照的に描く。
あまり感ずるとこはなかったかも。「Water」…これだけえらい青春のさわやか臭が漂ってますね。
ここでもゲイがちょっと出ますが、基本的には水泳の記録をわずかでも縮めることに熱意を注ぐ若者を
描いている。バスの運転手の「坊主、十年後に戻りたくなる場所はきっとこのバスの中ぞ!」の声がいい。
そうなんだよな。十年経った今ならわかるんだ。仲間がいて一生懸命で馬鹿な青春時代のさわやかさが
満載であった。三編中異色だ。最後の三行は人生に対するすごく素敵な希望だと思った。
「熱帯魚」 吉田修一 ★★★
---文藝春秋・01年---

大工の大輔は結婚を考えて子連れの真実と同棲している。しかし同時に義理の弟も
同棲、熱帯魚ばかり見て引きこもり気味に過ごしている。ある時大輔が仕事現場で
事故を起こしてしまい、それをきっかけに共同生活も揺らぎが生まれる。短編三作。

「熱帯魚」まず文章が良い。読みやすいし人物が生きている。お話の中だけではなく現実の
匂いを持ち込んでいる所が上手。しかし吉田修一らしさなんでしょうか、掴み所がないのが苦手だ。
家にある熱帯魚、百円ライター、捕まえたカラス、大輔と真実や義弟との関係…どれも印象的で
それぞれを暗示しているようにも思えるが、掴めそうで掴めない。結局関係ないのかな?とも思う。
その微妙な距離が苦手だ。熱帯魚なりが何かを示し表現しているのなら物語の締めとして
落ち着きそうなんだけど…それじゃ純文学屋さんの気が済まないんでしょうか。
「グリンピース」は共感どころが多かった。正直に言う、とか『正直に』としきりにいうやつは
厚かましいやつと決まっていると主人公が思う部分。正直にと言いつつ波を立てぬように
してるだけで全然正直じゃなくて腹立つことが実際あるんだよなぁと共感。あと、どんな客でも
ありがたそうに叫ぶコンビニのバイトの無神経さに腹が立つ、というのも共感してしまった(笑)
ただ主人公があまり好きになれなくて残念。もう一編はよくわかんなかったでごわす(汗)

「パーク・ライフ」 吉田修一 ★★☆
---文藝春秋・02年、芥川賞---

中編二つからなる。芥川賞受賞。日比谷公園を舞台に普通の男女の何事もない物語。
「パーク・ライフ」はよくわからなかった。普通の会社員・知り合い程度の女性との会話・友人の
夫婦関係、どれを取っても微妙なもの。村上龍の評の「始まろうとしていて何も始まっていない現代の
居心地の悪さ」という言葉は感覚的に近いと思うが、だから何だろう。物語が無くて退屈ではある。
何を描いたのか判然としない感じがした。それと…内容とは関係ないけど「恥ずかしくて
風船みたいに浮かび上がっちゃいそうだったでしょ?」という台詞があるが、この台詞自体が
恥ずかしくて風船みたいに浮かび上がっちゃいそうだ。正直かなり引いてしまった。
二つ目の「flowers」の方が印象的だった。自分の中のイライラなどが嫌いなものに向いてしまう
人間の心の不気味さを見せられたような気がする。しかし日常にもあることだし私達は
こういうものの中で生きているのだ。そう思うと気味が悪い。

「パレード」 吉田修一 ★★★☆
---幻冬舎・02年、山本周五郎賞---

都内の2LDKに住まう男女四人。何となく集まっている共同生活は本音を曝け出す付き合いではない
居心地のいい距離感が支配する。各個人の人生には煩悶や進行が起こるけれど共同生活には
影響は少なく漠然とした生活はいつまでも続く。個人の場所と共通の場所の不思議な関係を描く。

五人の視点で語る連作短編のようだが、時間経過が一定なので長編と言ってもいいかもしれない。
仲は良いけど深入りはしない共同生活の居心地の良さと、犯してはならない暗黙のルールが自然と
存在してるような奇妙さ。ルールを破り踏み込んでくる人間は淘汰されるだろうが、深入りしなければ
誰でも加われそうな生活だ。個人個人のストーリーはそれなりに悩みつつ楽しげな感じで進む。
しかし互いの本質は互いに知らないことが徐々に分かってくる構成になっている。最後の一編が
特に際立っていた。互いを知らない不気味さが浮き彫りになるまさかの展開に驚かされ純文学の皮を
被ったある種ミステリーでもあると思う。おかしみを孕み淡々と進むが、どこか奇妙さが残る連作集。
それにしても…私は共同生活用の自分を演じて居心地の良さを求める感覚はわからんなぁ。
「日曜日たち」 吉田修一 ★★★★+
---講談社・03年---

五編の短編集。東京で暮らす男女を主人公とした物語。アパートを引っ越すことになったり
知人の結婚式のために父が上京してきたり、そうした出来事を期にふと自分の過去を振り返り
今を見つめる主人公達。得体の知れない不安や希望に包まれる瞬間を描く。そして五つの物語に
少しずつ共通して現れる小学生の兄弟、彼らの物語も「隠れた一編」として存在し漠然とした日常の
物語群のアクセントになった。表題作のエンディングと共に彼らの物語も暖かく結実していた。
お気に入りは「日曜日の新郎たち」頑固な大工の父と普通な息子、妻・恋人をそれぞれ亡くした者
同士の穏やかな関係が良い。親父の台詞にもあったが本書にはハッとする言葉が多かった。

ふと気づくと時間が流れてて寂しさと愛おしさと空しさが去来するような気持ちになることが誰しもある
だろうが、作者の物語を読むとそうした茫漠たる心情を写し取られたような感覚になる。物語自体は
劇的でもなくさらっと読めるんだけど「人生ってこんな感じを繰り返すんだろうな」という残り香がある。
寂しさに付け入られることもあるだろうけど、表題作の乃里子のように気づいて人は生きてるんだろうな
「嫌なことばかりだったわけではない」って。平凡な内容でこれだけ感傷的にさせるとは…やるな作者。
「悪人」 吉田修一 ★★★★☆
---朝日新聞社・07年、毎日出版文化賞、本屋大賞4位---

福岡と佐賀にまたがる峠で石橋佳乃という女性会社員が殺された。佳乃は知り合いの大学生に
会うと知人に仄めかしていたが、捜査では出会い系サイトで会った男も浮上する。すぐに犯人がわかるも
別の女性を連れて車で逃走したらしかった。この単純な事件に隠された多くの物語とは…。

出会い系殺人なんて報道で見るとどっちも阿呆やな。…だけで思考が中断してしまう私だけども
日常を舞台に身近な感情をリアルに写しとってきた作者にかかれば、そこに関わる人間達の生活感や
孤独、憤りなどが直に伝わってくるのである。周囲に対して見栄をはる佳乃や他人を馬鹿にした大学生、
ただ無意味に生きることが寂しくなって出会い系を利用する女、その関係者や家族にいたるまで
食事風景や会話なんかがリアル。この実在感ある作者らしい手腕があってこそ一つの事件に様々な
誰かが関わっていることを痛感してしまう。善人だ悪人だではなく一人一人が善悪を持って生活をしている
「人間」なのだと気づかされるのだ。そして事件を通して誰か一人が絶対の悪人ではないと思えるのだ。
多くの視点を用いた巧みな心理描写により手が止まらないが、なぜこんなことになったのか?という
問いは読めば読むほどわからなくなる。だからもっと知りたくなる。娘を殺された親がどのような決意を
するのか、犯人達の逃避行は、祖母は…人間心理の錯綜はどんなサスペンスより臨場感に溢れていた。
あまり必要のないエピソードや人物が惜しいけどオススメ!…そういえば全部九州弁なのも特徴だ。
「静かな爆弾」 吉田修一 ★★★☆
---中央公論新社・08年---

テレビ局で番組制作などを手がける主人公と、公園で出会った耳の不自由な響子。
響子と親しくなる一方で、アフガニスタンでの仏像破壊の取材が苛烈さを増していく。
そんなおり響子との連絡がつかなくなり、正確な家の場所を知らないことに主人公は驚く。

耳が聞こえないということは理解できるけれど、そもそも静かだと思うことがないとか
そばを啜る音がうるさいかどうかわからないから静かに啜る癖がついている、とか実際には
知らないことが多かったりする。知っている、ってホントに知っているのかな?という疑問を
抱かせられる。響子といると知らないことに気づく、世の中の人間がタリバンの仏像破壊について
何となく知っているつもりになっていることを、うまく皮肉って見せている。本当に知ろうとしなければ
それはスルリと手の平から逃げていく。知っていると思うことの危うさみたいなものが漂っている。
同じ世界だけど別世界を生きる二人を描いて、その隙間を大きく見せて不安にさせてくれる。
筆談や口の動きを中心に伝え合う物語は実に静かである。しかし甘甘の恋愛小説じゃなく
アフガニスタン取材の緊迫感もあり、シンプルながらひやっとする部分があった。
「さよなら渓谷」 吉田修一 ★★★☆
---新潮社・08年---

めぐむという小さな男の子が亡くなった事件。連行された立花里美は隣家に住む尾崎夫婦の夫の
名前を出すようになった。ひょんなことからそれ以前に尾崎を調べていた記者の渡辺は、尾崎が
過去にレイプ事件を起こしていることを知る。しかし尾崎の周囲にはまだ隠された秘密があった。

どっかで聞いたような子供の殺人事件がメインと思いきや、それは横に置いといて…。
レイプ事件を起こしたお隣さんの話になっちゃう。加害者と被害者それぞれの事件後が描かれ
偶然にも出会ってしまう物語だ。苦しみや後悔から二人が選んだその道は、理屈してはありえる
道かもしれませんが現実には決してあり得ないでしょう。心情的に。罪悪感があるならいたたまれない
はずだし、被害者なんか苦しみの根本なんて見たくもないでしょうよ。不幸の中に無理矢理幸せを
見つけようとする不毛な道に見えますぜ。そんなもん共感できるかぁ。ある意味小説でしか表せない
因果だったのかもしれないが、もっと濃密に書いてくれればね。サラッと書く題材じゃなかったのかも。
っていうか最初の男児の殺人事件は一体どうしたぁぁ。捕まった主婦が隣りのダンナを巻き込もうとした
理由とかは一切無視ですかぁぁ。悪くないけど微妙ぉ〜な一冊。シブ知の(4・6)ですな。
「ニュートンの密室」 吉村達也 ★★★
---講談社・96年---

軽井沢純子シリーズ(らしい)。ニュートンの密室という名の巨大な円筒状の密室で殺人事件が
起こった。明らかに他殺だが、犯人は空に浮かび15m上の出口へでも飛んだと言うのだろうか。

動機にせよ人物にせよリアリティは全然ない。…が別にそれはいい。作者も重厚な作品を書いてる
つもりはないだろうし。要するに作者の問題を読者が解けるか、というお手軽つまみぐいミステリーだ。
文章が読みやすいし、気楽に読めるミステリーをお探しならこれで良いだろう。そこそこ楽しめた。

「うたかた/サンクチュアリ」 吉本ばなな ★★★
---福武文庫・91年、芸術選奨新人賞---

母親と二人暮しの人魚(←名前)、近くに住んでいる父には昔の知り合いの
置いていった子供がいる。二人は出会い不思議な関係になる。兄弟のような恋人のような。

父と母の方が印象に残る。豪放な父は突然ネパールへ行って母がそれについていくと
言い出して…。いろいろあって自分やお互いの気持ちにふと気づいてしまって悲しんだり
前を向いたり…うまく感想言えないけどしんみりする話でした。静かな文章も良いね。
「サンクチュアリ」はあまり印象に残りそうにない。

「とかげ」 吉本ばなな ★★
---新潮社・93年---

正直好みではないタイプです。文章から状況が想像しにくい、画が出にくいのだ。それに色々な悩みや
わだかまりを持った人間が登場するが、その割にそういう自分に陶酔しているように感じることがあり
「なんだかなぁ」と思う(私がひねているからなのか?)。私は思春期でもないし、更年期で
モヤモヤしているわけでもないので、心を揺らされるようなことはない。何かイマイチかな…。
でも、最後の「大川端奇譚」というのは結構好きだったりしたのでした。

「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな ★★☆
---文藝春秋・03年、本屋大賞7位---

好ましく思っている相手との別れ、婚約者との別れ、社員食堂で毒を入れられて
普通の生活が変わった、など辛い状況から立ち直るまでの主人公を描いた五編の短編集。

どの短編も変わったことは起きるけれど、雰囲気が普通だ。恋愛なんかの悩み事があって
それなりに何かに気づいて…という基本線なんですが、正直いいものを感じられなかったです。
心に響く文章や主人公の心情の動きという点であまり感じないし、時間が永遠になったように感じる
場面とか唐突にあって呆気に取られてしまった。どう感じたらいいのかよくわからなかったです。
あと人物像が全員ぼんやりしてる感じが苦手ですね。特に出てくる男はどの短編も設定が違うだけで
同じ人だとしか思えないくらいでした。いまひとつ作者の人気の秘密が理解できないです。
私はいかにも女性が書いてますって部分が苦手なんですが(私から見るとゲゲッと思える
心理描写が多い)それが女性の共感を呼ぶんでしょうかね。とにかく相性悪しという印象です。
「さよなら妖精」 米澤穂信 ★★☆
---東京創元社・04年---

学校からの帰り道に僕達が出会った少女マーヤ。遠い国から来た彼女はとある事情で
泊る所がなくなり困っていたのだった。僕達は友人に頼みマーヤの世話をし、それからも
日本を知りたいというマーヤに日本の文化をいろいろと紹介し交流を深めていく。

前半は外から見た日本の文化やユーゴスラビアの91年時点の状況などがマーヤとの
会話で綴られます。東欧の情勢も多少知れますし日本を改めて見るというのもまぁ良いですね。
後半はある謎が出てきますが、それを解いてどうするの?という気分になり感情移入が
出来ませんでした。そもそもミステリじゃないのかも(ミステリ・フロンティアなんだけど)。前半も
日常系ミステリがありますが謎も解答も魅力的ではなかったです。どうも全体的に著者が何を
書きたいのかわかりにくかったです。当時のユーゴ情勢が描きたいのか、高校生の心の青さと
揺れ動きかミステリか、どれを取っても中途半端な印象で物語として悪くないけど
全体にぼやけているような感じです。あとどうでもいいけど主人公達、普通の高校生と比べて
やけに知識量が多いのが気になってしまった…高校生クイズにでも出たんでしょうかね。

「犬はどこだ」 米澤穂信 ★★★☆
---東京創元社・05年、このミス8位---

都会から戻り犬探しの事務所を開いた紺屋長一郎、そこへ転がり込んできたハードボイルドのような
探偵に憧れるハンペー。最初の依頼は都会から急に失踪した女性の捜索。故郷での目撃情報や
住民票の移動など不可解な失踪と、ハンペーにあてがわれた古文書の解読が意外な形で結びつく。

ぼちぼちがんばろうという感じの紺屋と、喫茶店でもドライマティーニを頼みたいくらい探偵への
熱い思いを持ったハンペーの二人が楽しいコメディ色の強いハードボイルドだ。残念ながらハンペーには
願うような探偵小説っぽい展開はあまり起こらないが(謎のサングラス男に『手を引け』と忠告されるが)、
事件は現代ならではのインターネット絡みの危険性をはらんだものとなる。登場人物のタイミングや
事件の展開この頃は手馴れた感じで安心して楽しく読める。あと読書好きを喜ばせる小ネタをちらほらと
入れてくる楽しみもあるね。俺は百万回も生きたんだぜ、と言われた白猫のようにつれないという表現が
あったりして、元ネタを知ってると面白い。失踪を追うというシンプルな展開でわかりやすいのだけれども
それでいて読者の視点を反転させる効果ももたらしている。全体的に明るくてさらっとした読み心地。
中高生向きとしてもちょうどいいかもしれない。バカサス(6・5)って感じかな。
「インシテミル」 米澤穂信 ★★★★+
---文藝春秋・07年、このミス10位、文春7位---

高額なバイト料を求めて「暗鬼館」に集まった12名、行動心理学のテストとして一週間館に
拘束される。各自の部屋には人を殺すための武器がそれぞれある。寝ていても超高額な報酬が
手に入るのだが、ついに死体が出てしまう。武器の存在を隠し互いを恐れる緊張状態が始まった。

クローズドサークルで起こる連続殺人という本格ミステリが自分はなぜ好きなのかがわかった。
怖いんだな。相手が何の武器を持ってるかも物騒なことを考えてるかもわからないし、各部屋を
歩くだけで死角だらけの通路は誰かが潜んでる気がするし、扉にカギがかからない仕組みだから
夜の間武器を片手に起きてる。部屋の奥を見てたら入り口の扉が少し開いてる気がしたり、とか。
主人公が楽観的な思考を連発するわりにドキドキしちゃった。夜中に読むといいですね、これ。
夜は絶対に部屋にいなければいけないとか、夜に部屋にいないとロボットから警告を受けるのだけど
三回を過ぎると殺されるとか設定が斬新でおもしろかった。死体はロボが勝手に棺桶に入れてくれるし
実に都合よく(笑)クローズドサークルが楽しめる。人が減ってからが恐怖の真骨頂だけど勢いが
なくなったのが残念。主催者側や犯人の事情などが明らかにならずボヤボヤした感じで終わるのも
気になってしまうなぁ。そういうとこは置いといても恐ろしくなりたいミステリ読みにはオススメです。
「ボトルネック」 米澤穂信 ★★★★
---新潮社・06年、このミス15位---

恋人のを弔いに福井・東尋坊へやってきたが崖下に転落してしまった僕だったが気づくと金沢市の
公園にいた。とりあえず戻った自宅では知らない女…。どうやら死産で産まれなかった姉が存在し
僕が存在しない可能世界らしい。ここでは死んだ恋人も生きていてまるで性格が違っていた。

あはははは。地元だ地元〜。「僕」と「サキ」の存在の違いが、世界をどう変えているのかを
見ていく二人。香林坊から兼六園下へ、市役所の裏手や浅野川。だっはは。見慣れた地名や
風景があって何だか面白い。作者が大学時代に住んでただけあって具体的な感じが笑えます。
…と、まぁそれは地元民のみが楽しめばいいのだけど。例えばこちらの世界では木が切られてたり
潰れた食堂がまだやってたりする。存在の結果が違いを生んでるとすれば自分の責任とも
言い換えられるんですよね。死んだはずの恋人はなぜ生きていて、暗い性格だったはずが
楽天的で服装も明るい。自分のいない世界が良ければ良いほどに辛いことなのだ。大人しくて
想像力のない僕と行動的で楽観的な姉の対照的な姿が二つの世界を現している。恋人の死の
理由を知り、二つの世界の決定的な違いを知った主人公が思うことって何なのか。非常に厳しくて
苦しい小説だった。なかなかに読者を突き放した締めくくり方で、ただ呆然とさせられた。
「儚い羊たちの祝宴」 米澤穂信 ★★★★
---新潮社・08年---

地方の富豪、丹山家の跡継ぎとして期待される娘・吹子には粗暴な兄がいた。その兄が丹山家を
襲撃する事件が起こる。手傷を負わせ追い払い、兄は死んだこととされた。しかし事件の一年後から
丹山家の者が兄と同じ傷を負い殺されていく。兄の仕業か、はたまた。吹子に仕える村里夕日は
この事件に対しある恐れを抱いていた。五つの館を舞台に起こるダークな五編の連作短編集。

使用人を雇うような館に権力を有する人々だったり、「お母様」というような大仰な呼称だったり
いわゆるメイドのような存在による凛とした文体が生活感のない冷えた物語世界を形作っている。
館の管理に使命感を抱き人を迎えることに喜びを見出す女中や、主の言いつけを迷いなく忠実に
守る使用人なんてのも現実感を忘れさせる。ミステリの雰囲気と相性が良い設定なのかもね。
本の帯に「ラスト一行の衝撃、予想は最後の最後で覆される」なんてデカデカ書いてあるけれど
正直それは言いすぎだったかな、と思うが一つ一つ読者の予想を裏切る展開を用意してあって
レベルが高い。ラスト一行に見事なオチもあったしね。淡々とした狂気とうまい見せ方はホラーと
ミステリの中間サスパク(7・8)くらいかな。それぞれの話は別なんですが娘らが「バベルの会」
という読書会に入ったことが共通しています。最後の短編「儚い羊たちの晩餐」が「バベルの会」の
最期を描いていることで連作短編という形になってますが、一つずつで十分楽しめますよ。
 「折れた竜骨」 米澤穂信 ★★★★★
---東京創元社・10年、このミス2位、推理作家協会賞---

欧州の北・ソロン諸島はいま、伝説の海賊デーン人の襲来が起こると考えられ、領主によって傭兵を募集されている最中である。
集まってきたのは魔術を使うもの、弓術の達人など人種も様々。それに加えて、ファルクと二コラという騎士達が領主の元を訪れた。
ファルクが言うには、魔術を使う暗殺騎士が領主の命を狙っているという。ファルクはその暗殺騎士を追ってきたようだ。
怪しげな者達が集まる夜、殺人が行われた。暗殺騎士の魔術に操られたのは一体だれか。領主の娘アミーナはファルク達と敵を探す。

楽しい読み物ですねー。まずこのファンタジーゲームのような世界観を当たり前に読ませる技量に驚くわ。剣と魔術の世界で登場人物の
名前も外国名ですから、慣れるのに時間がかかるかと思い長らく積読でしたが杞憂でした。キャラが特徴的でとっつきやすい。いろんな人種の
集まるにぎやかな港町で、宿屋の主人や市長などから領主の娘が声をかけられながら歩く様子は想像しやすい。吟遊詩人だとか
病院兄弟団だとか、RPGゲーム世代としてはたまらない。話としては、まず並行して現れる「謎」が@閉ざされた島で起こる殺人。暗殺騎士の
魔術により操られた本人も記憶してない殺人という特殊な推理。Aどうやらデーン人という伝説の海賊が島を襲うらしいB呪いにより
不死で二十年も飲まず食わずで塔に幽閉されている捕虜。これらが次々と展開していき最終的に絡み合いまとまるので物語として飽きずに読める。
ミステリ的には捜査方法からして魔術が使われているの何でもわかりそうなもんですが、実際は現代のように科学捜査や防犯カメラや
各種記録媒体が存在してるほうが幅が狭くなりそうなんで、こちらのファンタジー設定のほうが自由にミステリできる気がしますね。
それにしても後半のデーン人の襲来がめちゃくちゃ迫力あって怖い。無表情で虐殺していくデーン人に、集められた曲者ぞろいの
精鋭達が立ち向かうのは手に汗にぎる場面だ。ミステリどうこうよりこの世界観に浸れたのが楽しい。ゲームでいろいろ想像できそうだけど
自分はスカイリムを想像しながら読んでた。あんな暗い世界観じゃないけど…。SFバカパク(10・8)
 「満願」 米澤穂信 ★★★★☆
---新潮社・14年、山本周五郎賞、このミス1位---

六編の短編集。「夜警」→ベテランの警察官・柳岡の交番に、川藤という新人が配属されてきた。しかし川藤は刃物を持った男を相手に
殉職した。小心者で警官には向かないと睨んでいた柳岡は、川藤が殉職した事件に疑問を持っていた。川藤は勇敢だったのか…そこには
ある思惑が潜んでいた。「死人宿」→別れた女性・佐和子が仲居をやっている旅館は、自殺の名所と知られた旅館だった。そこを訪れた
私は、佐和子に拾った遺書を見せられる。自殺しようとしている人がいるから見つけてほしいという。三人の客の誰が自殺しようと
しているのか。以前とは違う自分を見せたくもあり、私は各客室をまわり調査をするのだが…。

面白いっ!六編あるのだけど、どれも毛色が違うところが短編集としては飽きなくていいですね。まさに色とりどり。
純粋な謎解きのものもありホラー系、官能的なもの、サスペンス、昭和を感じるものや海外を飛ぶビジネスマンまで何でも詰まってる。
どれもただのパズル要素ではなく、そこに絡んでいる人間の心理があぶりだされていくのが秀逸。最初の「夜警」なんて横山秀夫かという
レベル。「万灯」というサスペンスは、海外のガス開発で犯罪をおかしてしまった私が、その隠蔽のために国内へやってきて絶望的な
状況に陥るものだが、物語の結末が明かされないまま終わるのだ。その余韻がすごい。頭を抱えて裁きを待っている、私の姿が
頭に焼きついた。そういえばどの短編も終わり方に味がありますね。読む人を選ばない短編集。バカパク(9・9)
「王とサーカス」 米澤穂信 ★★★★+
---東京創元社・15年、このミス1位---

フリーの記者・太刀洗万智は雑誌の取材でネパールに来ていた。ロッジに泊まり他の客や現地の少年にガイドを
してもらい過ごしていた。しかし王宮で国王殺害事件が起こる。ネパール国内が揺れる中、万智も取材をすることに。
王宮関係者に接触できるも容易に進まない。さらに背中に文字が刻まれた変死体の事件に巻き込まれてしまう。

前半は舞台のネパールを描きながら、ロッジ客や近所の住人との交流を描く。たくましく生きる少年サガルやロッジの客の
アメリカ人・ロブや日本人の仏僧八津田など個性的なキャラが豊富。後半になり事件に巻き込まれミステリ色も出てくるけれども
ネパール王宮事件にたまたま遭遇した万智の、記者とは何か…と問いながら取材する成長譚といった色が強いですかね。
万智は王宮関係者に「何のために伝えようとする?」と問われるわけだが答えられない。刺激的なものを見せるだけの
サーカスの演し物にはしたくない、と言われ言い返せない。そんな万智が変死体事件と王宮事件に関わりがあるのかを調べ
何を記事にするか決める展開なのだが、変死体についての考察については疑問点を様々な説で解消していくミステリの
面白さがあってワクワク。万智の強い決意と、変死体の真相の驚きと、変死体に残された文字に隠された意味
…そのほろ苦さも味わえて作者らしい良作だったと思う。変にミステリと思って読まないほうが面白い気がする。

本書は 23のパートに分かれてるのだけど、それぞれで場面が変わり適度に物語が進む。これが読みやすい。
作家としての構成力が上手すぎる。物語以前にそっちのほうに感嘆してしまったよ。バカパク(8・9)
 「可燃物」 米澤穂信 ★★★★
---文藝春秋・23年、このミス1位、文春1位---

遭難者による崖下の事件、強盗致傷の容疑者による交通事故、バラバラ死体、連続放火、立てこもり。
群馬県下で起こる事件を捜査するのは葛警部だ。洞察力に優れた葛は、情報を集め推理する。
単純な答えに飛びつかず小さな違和感を徹底して追及して真実をあぶりだす。

横山秀夫を思わせる警察小説の連作短編に、教場を思わせる寡黙で洞察力に優れた凄腕捜査の男。
…好きな人には刺さるのである。そんなわけで楽しく読めた。別に好かれているわけではないし、良い上司かは
不明だけれども、その推理力は上司・部下ともに一目置かれている存在だ。そういうのかっこいいですね。
本書は様々なタイプの事件が起こって一旦情報が葛の前に出そろい並べられる。そこで何やら違和感から
意外な真実を導き出すのだが、それはまぁ淡々としている。横山小説ならそこに部下との人情があったり
犯人の想いがあったりするが、そういう匂いをさせずに事件を締めくくる。捜査も基本的に聞き込みをしている
ばかりである。そこもリアリティがあって良いのだけど、地味ともいう。葛の活躍で解決した後の、後日談も
あるにはあるが数行くらいで終わる。「事件後、〇〇は逮捕され書類送検された。動機については〜〜
と供述している。△△はその後、どうなったと伝え聞いた」くらいのあっさりさで、葛の報告書を読んでいる
気分になるのである。そんなわけで好きなタイプの小説なのだが、佳作の一つという感じか。
大作感がないからランキング1位っぽくないのよね。警察小説ミステリが好きな人にオススメ。
表題作より「本物か」が傑作だと思う。意外性があるし、葛の天才感もある。バカパク(7・8)
「東京タワーオカンとボクと、時々、オトン」 リリー・フランキー ★★★☆
---扶桑社・05年、本屋大賞---

著者がこれまで生きてきた人生と、そこに寄り添っていたオカンの思い出を描いたもので
描かれているのはオカンへの感謝と愛情である。貧しいながらも欲しいものは買ってくれたり
人に手料理を振る舞うことを好んでいたりするオカンの日常の雰囲気のようなものが伝わってくる。
強くて優しいオカンだったのだろう。何となく進んでいた前半からオカンの闘病風景に移ってから
著者の思いが爆発して引き込まれた。経験のある人間はわかるだろうが、当たり前の風景が
終わることは恐ろしいことなのだ。私も自分の母の時を思い出してホロリとしてしまった。
内容が当たり前すぎるとか、文章としての魅力とか、全体通すと物足りない所も多いけれど
オカンへの愛が炸裂した直球の一冊である。誰にでも理解できることを臆面もなく描いている。
だからみんな泣けるんだろうね。ホントに時々登場するオトンが妙なアクセントをつけていた。
「暗色コメディ」 連城三紀彦 ★★☆
---新潮文庫、文春文庫・79年---

自分がもう一人いるのだと思う主婦、妻に『あんたは一週間前に死んだよ』と言われた男
妻が別人に変わっていると思う外科医。彼らは病院の精神科に訪れるが、そこで狡猾な
犯人による一つの事件が動き出す。何が事実で何が妄想なのか。

妻が妻ではないと思ったり、轢かれたはずのトラックが消失したり山が消えたりという
狂気が前半に描かれるがなかなか不気味であった。謎めいたことばかりで混乱してしまう。
しかし狂気の視点、普通の視点が目まぐるしく変わってややこしかった。ごちゃごちゃしてて
整理しにくいです。たくさん出た謎の部分を、細かな部分まで説明もなされ緻密なのですが
現実感に乏しく感じてしまった。ありえなさすぎるし…。

「私という名の変奏曲」 連城三紀彦 ★★★☆
---双葉社・84年---

人気モデルの私は”誰か”に殺される。今も私のグラスと毒入りのグラスを
交換しているだろう。しかしそれでいいのだ、私は殺されたがっているのだから。
私を殺したいと思っている人間が7人いて、全員がそれぞれ私を殺したのだ。

一人の人間が7回殺されている、という不可思議な謎は魅力的でしたね、でもある程度は
途中で見抜けてしまうはずです。それでも新たな展開や、’7人の殺人者’のうろたえぶりで
読ませます。何せ間違いなく自分が殺したのに、まったく同じ状況と方法で殺した者がいるん
ですからね。ただ難点だなぁと思えるのは、殺されるレイ子という人物のハチャメチャな
人格が理解できなさすぎってことと、’7人の殺人者’各自の視点でレイ子への恨みや殺害に
至った経緯を綴るんですが、似かよっているので読むのがやや面倒だったことでしょうか。
真相をちゃんと論理的に治めてあるのは良かったですね。

「人間動物園」 連城三紀彦 ★★★★
---双葉社・02年、このミス7位---

誘拐事件が発生したとの通報が…しかし前日にペットが失踪したと騒ぎ立てた女性からの通報だった。
半信半疑で向かうと「隣の娘が誘拐された」というのだ。隣の家は盗聴器があちこちに仕掛けられ
監視状態にあるという。警察は姿なき犯人相手に隣の家で手をこまねくこととなった。

盗聴という設定で緊迫感が持続しています。登場人物全員が怪しい動きをとるので読者も
思わず息を潜めてしまいます。誰が何を知っていて何を企んでいるのか、もしくは何も知らないのか。
最後まで緊張感溢れていました。…で真相はどうなんだ!とワクワクしてたのに読み終わって
何だか拍子抜け。犯人の動機につながる考えがどうにも納得できません。は?そんなことって感じで。
引っぱりに引っぱられて肩透かし食ったような…。ラストまでのドキドキを楽しむには良いですが
あまり真相に期待しすぎない方が良いかもね?もう少し何か欲しかった作品。
時間があまり経過しないので一気に読んだほうが良いでしょう。

「白光」 連城三紀彦 ★★★★☆
---朝日新聞社・02年---

妹の娘(直子)を預かった聡子は、自分の娘を歯医者に連れてゆくため痴呆の始まっている
義父と共に直子を置いていく。しかし帰ると直子の姿はなく土の中から発見された。遊び歩いている
妹は関係あるのか、おかしくなっている義父なのか、直子の死を巡って家族の入り乱れている。

なんじゃこりゃ〜!すごすぎるぜこの密度っ。一つの家の中で起きた事件を巡る家族の独白だけで
これだけ引っ繰り返しまくるとはっ。ある事件が別の角度から見ると違った見え方をする小説は
多いですが、本書はそれを五重か六重くらいやってますよ。こいつが犯人?こいつ?まさかこいつが
そもそものキッカケか〜!?と悶絶してしまった。身近な中で不倫してたり姉妹の反りが合わなかったり
おじいちゃんは戦争の時女の子を殺したとかで錯乱中。複雑な家庭環境を利用して、誰が直子を
殺したのだろうという一点のみを引っ張り続けて飽きさせない。なんせ疑えるものは何でも疑った方が
いいくらい全てが怪しく絡んでくる。事件だけ振り返るとかなり地味だし登場人物の少なさに驚くけど
それを大きく見せる何たる力量であろうか。真相が二転三転する快感を味わうなら、のめりこんでの
一気読みが最適な本ですね。ミステリファンにオススメの技巧派本。サスパク(8・10)を贈呈。
「流れ星と遊んだころ」 連城三紀彦 ★★★
---双葉社・03年---

大物俳優「花ジン」のマネージャーを務めるオレは毎日に疲れていた。しかしある時
秋場という男と鈴子という女に出会い、その魅力に気づいたオレはこの手で大スターを
作り上げるという夢を持つ。秋場と鈴子とオレの三人の意図が交錯する中、スターへの道は始まる。

大筋は俳優・秋場を作っていく話ですが、主要三人と俳優・花ジンの思惑が絡み合って
画策画策また画策…歩けば小さな仕掛けがボンボン爆発するような小説でした。夢と愛情が
絡まることで起きる仕掛けのオンパレードは見事ですが、三人の駆け引きに終始していて
ややこしかったですね。複雑さに舌を巻くか、それともダレてしまうかそこが問題か。
私はやや後者でした。現実味が薄いのもなんだかなぁ。ま、好き嫌いだねこりゃ。
「造花の蜜」 連城三紀彦 ★★★★
---角川春樹事務所・09年---

圭太少年が誘拐された事件には不可解な事が山積していた。連れ去られた幼稚園の先生は
連れて行ったのは確かに目の前にいる母親だったと言い、誘拐犯は自分は圭太の父親だと言う。
母親は何かを隠している様子でハッキリしない。橋場警部が頭を抱える中、渋谷の交差点の中心を
舞台に身代金の要求があった。謎の犯人を追ううちに、この誘拐事件の本当の姿が明らかになる。

誘拐事件というのは捜査が始まったら周辺の人間は監視下に置かれ下手に動けないし
隠し事もすぐ露見しそうだが、本書ではいろんな人間が隠したり秘密裏に動いちゃってて
「いやそれはバレるだろ」と釈然としないが、警察の動きなど俯瞰的な視点がなくて家族の周囲だけで
描かれていくから常に緊迫感があるし何となく雰囲気と技量でごまかしてしまえてる感じがした。
しかし様々な謎や怪しさをだして読者を引っ張るのはたいしたもの。交差点での身代金引渡しは
人がごった返す中でサンタクロースが登場して怪しい男が接近してきて蜂の群れがやってくるという
混乱の坩堝にしてハラハラさせてくれる。しかーし!本当の凄さはやはり事件のカラクリである。
瞬時にして反転する見事さ。構造の美しさには拍手だった。都合がいいとか細かいところを
ごまかされてる気がするとか、瑕疵は多々あれど、誘拐事件という制約と前例だらけのミステリで
ここまでの結果を残してくれれば文句はないのですよ。緊張感と驚きと、サスパク(7・8)ですな。
「サンタクロースのせいにしよう」 若竹七海 ★★★
---集英社文庫・99年---

七作からなる連作短編。料理を作れば家賃タダ?柊子はこの話にのり有名人の娘の
ルームメイトになった。超がつくほど世間知らずの娘、さらに幽霊出没と問題つづきの日々が始まった。

私の好きな日常ミステリってやつですな。ちょっとした文章がおかしかったり、幽霊が絡んでくる
話はいい味出してたりしてました。でも心理描写などちょい女性的すぎないか〜い?と思って
一歩ひいたりもしました。寝る前や暇つぶしには最適なお手軽つまみぐいミステリ。

「クール・キャンデー」 若竹七海 ★★★★
---祥伝社文庫・00年---

ストーカーが原因で自殺を図った兄の妻・柚子。柚子がこの世を去った時、ストーカーも
事故で死んでいた。兄が警察に疑われていると知った中学生・渚は、兄のアリバイを調べ始める。

文字が大きくて薄っぺらい本です。中編くらいなのですぐ終わります。まあ普通の小説かな?と
思った終盤、ラスト一ページの仰天。「え?え?」となります、うまいですねぇ…。
でも女の子がしゃべっているような一人称は好きになれなかったりしました。

「依頼人は死んだ」 若竹七海 ★★★
---文芸春秋・00年、このミス16位---

探偵事務所に臨時雇いの葉村晶、冷静で強気、調査は徹底して行う。
そんな彼女が手がけた依頼など全九編。

ちょっとハードボイルドなミステリ短編。他と違うのは真相に人間の醜い部分が
潜んでいるところでしょうか。ヒヤリとした読後のものが多かったです。そういうところは
魅力だし、ミステリ的に上手いなぁと思う手法も使われていました。でも物語が進行する
基本線が、事件の後から色々な人に話を聞くという調査ばかりなので単調でちょっと退屈。
ハードボイルドな感じの主人公も際だって好きでもなかったし。

「左手に告げるなかれ」 渡辺容子 ★★
---講談社・96年、江戸川乱歩賞、文春2位---

不倫が原因で会社を辞め、現在は警備会社の社員となり万引きを取り締まっている八木。
彼女のもとに刑事が訪れ、右手を見せてくれと言うのだ。不倫相手だった男の妻が殺され
血で『みぎ手』というメッセージを書き残していたということがわかった。動機を持つことで
疑われた八木は勤務のかたわら真相を調べ始める。

疑われたからと調べるという二時間ドラマ的ノリは一体どうなんだろう?内容は大部分が調査ってことで
読んでてだれてしまった。それにダイイングメッセージのオチは何だそりゃ。警察が気づいて調べるよそりゃ。
おまけに主人公が万引きGメンである理由は特にないんだね。バーコードを読みとる機械が使用できる
メリットはあったが。ラストの驚きもね、ハードボイルドの典型って感じで…おまけに強引だし理解できないし。
文庫裏に『彼女の腕にある傷痕は何を意味するのか』って書いてあるけど別に何でもなくてガックリ。
文章の特徴は女流作家らしく女の心理ってのがチラホラ書かれてたことですかね、後は主人公の女性が
いかに好きになれるかが鍵かな。書き出しは万引きGメンの記述が多くて引き込まれましたが、それ以外は
面白くなかった印象です。私と女性ものハードボイルドとはやっぱり合わないのかもな、と改めて
実感しました。けなしてばかりですが、乱歩賞で文春96年2位ですから好きな人は好きなんでしょう。

「忍びの国」 和田竜 ★★★
---新潮社・08年---

様々な術を使う忍び達がいる伊賀の国。お金のためなら人も裏切り戦もするのが伊賀の忍びであった。
そんな人間味のない忍びに嫌気がさし一人の忍びが隣国伊勢に寝返った。これをキッカケに織田信雄が
伊賀攻めに出た。しかしそれも忍び達の策略であった。しかし計算外の事態により戦は混乱する。

史実に基づいたエンターテイメントなんであろうが、ちょっとやりすぎで興醒めしてしまった。
嫁に頭の上がらない凄腕の忍び・無門や、誰からも一目置かれる大男の日置大膳ら個性的な
登場人物が各々思うところがあって行動することで事態が二転三転するのは面白いけれども
目で終えないくらい速く動いたり人を抱えたままとんでもなく跳躍したりとか当たり前にやられると
しらけるなぁ。重い鎖かたびらを途中で脱いで「そんな重い物を着てあの身のこなし…」って驚く場面を
見た日にゃ「ドラゴンボールかっ!」と思わず突っ込んでしまうこと請け合いだ。土遁の術に長けた
忍者だとかいろんな事情を抱えた者達がそれぞれ見せ場を作るしオモシロ系時代小説と言ってよい。
独自の価値観で動く伊賀の国が、主を持たない用心棒ばかりといった得体の知れないイメージとして
作られているのは愉快でした。普段シブい時代小説を読まない人向きかも。バカパク(6・6)