「道具屋殺人事件-神田紅梅亭寄席物帳-」 愛川晶 ★★★★+
---原書房・07年---

寄席中に扇子の中からナイフが現れ殺人事件が明らかになる表題作、桃屋福神漬という珍妙な
名前の落語家が、女性失踪騒動の容疑者として探偵に尾けられているらしい「らくだのサゲ」。
降りかかる事件も落語の難題も、馬春師匠の助言を受けて高座の上で解き明かす痛快落語物語。

うわっおもろ!コアな落語物やなぁ。落語ミステリってのは結構ありますけれども、これ8:2で
落語の魅力じゃないの。濃いですよ。事件は脇役になっちゃってる。いや、でもそこが大成功に
繋がっている。毎回とある謎が登場するのとは別に福の助が兄弟子から落語の難題を吹っかけられて
頭を抱える展開があってさ。「らくだ」というサゲの難しい題の新解釈をするハメになったりするのだが
師匠の助言でちゃんと寄席では意外なことをやってくれるのだ。そこまで落語の奥まで知り尽くしていない
福の助の妻の目線で読んでる読者もハラハラしてしまう。その噺の解釈としての意外性が事件を解く
カギにもなってるという二重性がうまい。噺ひとつ取ってもサゲにはタイミングや個人の考えで変わったり
という落語素人が「へえ」と思える魅力がたくさん出てきて楽しい。落語界独特の言い回しでほとんど
会話してたりしているし、噺のまくらからサゲまでいくつも紹介してくれたし、何だか楽しみながら
勉強したようで得した気分。続編の「芝浜謎噺」も是非に読まねばっ。インパク知(7・10)ですな。
「芝浜謎噺-神田紅梅亭寄席物帳-」 愛川晶 ★★★★
---原書房・08年---

病気の母親のために独演会で「芝浜」を演りたいと福の助の弟弟子・亀吉が言い出した。しかし「芝浜」は
名うての噺家でも違和感を覚えるほど別格の難題。福の助は演りやすいように「芝浜」の改良に苦心する。
そんな中起きた指輪紛失事件、しかしその謎も芝浜の改良とともに一気に解決してしまう。中編三編。

相変わらずおもしろいっ。落語の噺を紹介してくれる上に、それの疑問点や新解釈まで披露することで
噺の内容や演じ方に奥行きを感じさせてくれる落語シリーズ続編である。例えば『芝浜』は大金の入った
財布を拾った男が翌日に目を覚まして妻から「夢でも見たんじゃない」と言われて納得して働くことになる
くだりがあるのだが夢だと納得する根拠が薄くて違和感がある、というわけ。紹介だけでなく掘り下げて
演じる側の苦悩を描くことで噺の魅力を感じさせる。最初で紹介される『野ざらし』という噺の場合は
隣人宅に美人が来訪しているのを知った男が翌日「あの美人はいってえ何者だい?」と聞くと
「実は川で骨を見つけて供養したらお礼に来たのだよ」なんて聞いて「そいつぁいいや。俺も…」なんて
川へ行くんだけど実際には美人は来ず変な男が訪ねてくるという噺だ。なるほどねぇなんて落語に
造形のない私はその世界を楽しむのだけども「…で、実際隣人宅へ来てた美人は何だったの?」という
ミステリーも投げて寄こされる。落語家も頭を悩ますのだが、現実に起こる事件を解決すると同時に
落語家としてその問いに答えを出すってわけ。もう現実の事件なんて脇へ行っちゃってくださいよ
ってくらいそっちが面白い。最後の「試酒試」なんて亀吉が独演会を開く時のゴタゴタを描くもので
もはや大した事件は起こらないけど、機転を利かせて舞台を成立させる一門の絆と、馬春師匠の
活躍に感動。ともかく今回もマニアックな品質。前作がOKなら本書もどうぞ。シブ知(7・10)
 「medium-霊媒探偵城塚翡翠-」 相沢沙呼 ★★★★
---講談社・19年、このミス1位---

作家の香月史郎は後輩の悩み相談の付き合いで霊媒師・翡翠と会うことに。普段は愛らしい容姿に世間知らずのドジっ子の
翡翠だが、人の感情や亡くなった人の意識を「視る」能力があるようだ。知り合った二人は良いコンビとなり次々と巻き込まれる
事件を解き明かしていく。翡翠は能力で犯人を視ることができるものの逮捕はできないため、能力で得た情報から香月が
論理的に組みなおすのだ。そして巷で起こる連続殺人犯が次なるターゲットとして翡翠に目をつけ、相対することとなる。

なぁるほどねー。このミス1位で話題だったけれども、ミステリ構造の面白さとキャラ小説としての面白さが混在してますね。
連作短編のような形を取り事件を解決していって、最終章でクライマックスを迎えるのだが、それまで解決した事件も最終章で
またクローズアップされる別の視点が生まれる構造が面白い。霊視で答えを知る→証明のため論理を作る、という前半の
流れとは違う視点が出るのが凝った作りだなぁと思った。キャラ小説としても香月と翡翠の距離が近づいていくのだが
翡翠の可憐で天然なアニメの女の子的な萌え素材と、香月の表向きは紳士の気取ったスケベ感が型にはまった感じで
笑えるようなかゆいような感じである。そしてこの感じも最終章で生きてくる展開が面白い。まさかこのまま恥ずかしい
二人のいちゃいちゃを見せられて終わったらどうしようかとヒヤヒヤしたわ。霊媒って題材をうまく使った新しい見せ方は
面白かったけど、ミステリとしてあまりハマらなかったなぁ。最終章で別の視点から明かされる論理的な真相…
記述的には些細すぎる点が多くて自分で考える余地なかったような気がする。どっちかというと翡翠のキャラクターが
面白すぎた。今後どうなっていくのかな。可憐でドジっ子な翡翠ちゃん(笑)の続編も気になる。バカパク(6・9)
前評判からもっとぶっ飛んだ内容かと思ってたので少し拍子抜け。何かある…と思って読んではダメでしたね。
だいたい想像できてしまったしな。…とはいえ最終章の展開は美しく、なかなかの面白さかと思う。
「これから自首します」 蒼井上鷹 ★★
----祥伝社ノンノベル・09年--

映画監督としてやっていこうとする勝間の元へ友人の小鹿がやってきた。同じ友人仲間の
砂町を殺してしまったというのだ。自首したいのだが、その前に一つ気になることがあるという。
その話を聞いた勝間にも小鹿に自首してほしくない理由があり、話を聞きつつ回避する手段を考える。

つまらんぞ。作中に自首を扱った小ネタがいくつも登場するので、そういう形もあるんだなぁと
納得したのだけれどもそこは本筋とは関係ない。本筋は実に都合よく絡まりあう人間関係が
ややこしいしお世辞にも共感したりするものではないので、カラクリや構成を解き明かすことに
興味があるタイプのミステリ好きならOKかもしれない。わたしゃダメだねぇ。バカパク(1・2)だね。

 「藻屑蟹」 赤松利一 ★★★★
---徳間文庫・19年、大藪春彦賞---

福島の原発事故が起こった。雄介の町に流れ込んできたのは、復興のための土木作業員、除染作業員、そして除染避難民。
事故で何かが変わると思っていた毎日も特に変わらず金に飢えている雄介、多額の賠償金をもらう避難民への苛立ちもあった。
原発事故直後の作業員で同級生の純也に誘われ雄介は除染作業員になったが、大金が動く立場に雄介の脳は熱を帯びていく。
(第一部が大藪春彦賞、続編はその後に書かれて文庫化したそうです)

ストレートに原発事故後の地域ことを書いてる小説は意外とない気がするね。大量に使われる賠償金に復興事業は
想像できるが、自分の町へ来た原発避難民に苛立ってしまうのは考えたことなかったし、リアルに感じられますね。
故郷を奪われた被害者であるし面と向かっては言えないタブーだけど、得してるような嫉妬のような気持ちはわかる気がする。
車で追突されちゃったけど、保険で新車に買い換えたわー、と言ってる人を見たような感じか。内容は全然違うけれども。
ただちょっと避難民のイメージを損ねる感じなのが気になるか。大被害者には違いなく彼らは全然悪くないですからね。
儲かると言われる除染作業員、復興事業に絡んでくるゼネコン、地元にお金を落としていってくれるがそこにも様々な立場の者が
いるわけで、そこにうごめく不穏な空気や軋轢が感じられた。本書の根底にあるのはとにかく人を狂わすカネ、カネである。
何にでも換金しようとする同級生の純也、復興事業でゼネコンと繋がりたい会社もそうである。終盤で津波被害者の話も
少し出てくるが、弔慰金をもらうもらわないの遺族同士の溝もあった。 金でしか解決できないこともあるけど、その金が人を狂わせる。
雄介も札束の夢ばかり見るようになり金に翻弄されるタイプだが、一方で被爆した原発作業員や津波被害者に会ったことで
まともになる側面もあって、何となく小説としては救われる読み心地である。本書はエンタメ系の路線もあるので、人が死ぬような
事件も起こるし隠蔽しようとする体質や流れる裏金に巻き込まれる怪しい展開になっていくが実際にそういう部分も
なきにしもあらずなのかも。リアルとエンタメが入り混じったような味わい。バカ知(7・7)
「田村はまだか」 朝倉かすみ ★★★★
---光文社・08年、吉川英治文学新人賞---

スナック「チャオ」に同窓会の三次会メンバーが残っていた。彼らはいまだ来ない同級生・田村を
待っていたのである。記憶に残る孤高な小6・田村を思い出しながら昔話に花が咲く。皆それぞれ
いろいろあった。マスターの花輪も加わり合言葉を言うように待っている。田村はまだか、と。

待っている人達一人一人にスポットを当てながら六編続く短編集。作品の雰囲気が抜群でした。
同窓会で盛り上がった後の一時。酒をのんびり飲みながら「いろんなことがあったなぁ」なんて
浸りながら、田村という楽しみもまだ残っている。祭りの準備があらかた済んで本番を残すのみ
という期待と安らぎの混じった一時。仲間との雑談的な小説である。マスターの花輪が気に入った
セリフをノートに書き残すという癖も効果的。短編は必ず田村が登場するわけじゃないけれど
一編ごとに一人一人に愛着が湧いてきて田村にも会いたくなる。自分も一緒に待っている気にさせる。
この構成と雰囲気の勝利としか言えませんわ。未読の方の中には、結局田村は出てこないん
じゃないかとか、出る直前で終わるタイプでは…と不安な人もいるかと思うけれども、ちゃんと田村は
登場しますのでご安心を。私の頭の中の映像では麒麟の田村でした〜(笑)。のんびり愉快で
バカシブ(8・7)。ハードカバー版の目を引く表紙・花輪の絵が鶴見辰吾に見えてしょうがない。

 「平場の月」 朝倉かすみ ★★★★+
---光文社・18年、山本周五郎賞---

50年生きて体に不調が出てきた青砥は、病院の売店でレジをしていた同級生の須藤と出会った。昔気になっていた
相手だった二人は何となく飲む間柄になった。だが年を重ね男女の熱量は薄れた。別れた相手がいて、仕事があり、
施設に入っている老いた親など考えることが多くなった青砥と須藤、情熱的ではない静かでちょうどよくしあわせな関係。

ついこないだ小川糸「ライオンのおやつ」を読んだばかりである。それと同様で本書では登場人物が病気になる共通点があるが
「ライオン」がファンタジーとすると、本書はリアリティである。一般庶民の感覚をそのまま描いている。病院に行くにしても
シフトを代わり、飲みに行くにも稼ぎからよけておいたお金を使うし、入院するなら保険を使い家族の助けも必要になる。
噂の好きな同級生や愚痴の多い同僚がいたりと読んでてすごく現実味がある。そんなしがらみの中で生きている
青砥や須藤はいろいろと人生経験を経て諦めたことや譲れないものも出てきているし、意固地になることもある。
特に本書の須藤は頑固なところがある「太い」女性だから、一緒にいても「誰にも迷惑をかけない部屋」にいるような距離感だ。
でもそれは遠慮だったり思いやりだったりする相手への思いと紙一重だと思う、特に須藤の場合は。弱みなんて見せないし
別れる時のことも自分で判断する。好きだからだ。熱くなく静かに輝く二人の関係はもどかしくも優しい。本の帯に大人の
恋愛小説なんて書いてあったが、読んでる途中はそんな感じはしなかった。でも読み終わり、あっけない別れの後に
あぁこれは恋愛小説だったなと思った。特に不満のない平坦な日々に二人は静かに深く深くつながっていた。
たまたま続けて読んだが「ライオンのおやつ」と対極みたいでおもしろいな。 バカシブ(1・10)
「いつかの人質」 芦沢央 ★★★☆
---KADOKAWA・15年---

幼い頃に誘拐されて失明してしまった宮下愛子、中学生となり友人とライブへ出掛けていた。開始前にトイレに行こうとした時に
介助を申し出た何者かに誘拐されてしまう。その一方で、人気漫画家の江間礼遠の妻・優奈が失踪していた。幼い頃に
愛子が誘拐された事件の加害者の娘が優奈だった。十二年後に被害者と加害者が再び事件に巻き込まれた裏には何が…。

読ませるサスペンスとしては面白いが、誘拐ミステリのネタとして読むと弱い、という感じでしょうかね。
読んでる時はとても面白い。中でも目が見えない状態の愛子のパートが上手でドキドキする。ライブ会場でトイレを探すだけで
ハラハラ、車に乗せられて突然痛みが走ることの恐怖、相手が誰か、ここがどこかわからない恐怖が想像できてしまう。
ギクシャクした夫婦とか親子とか、そうういう描写も自然に読ませるなぁ。なもんであっという間に読めてしまったけれども
振り返ってネタとしてみると、あまり広がらなかったかもね。誘拐なんて手が出つくしているのでしょうがないけれども
登場人物が少なめなんで、ある程度予測できちゃうしね。心に残るような感じではないけれど読みやすいし
ちょうどよい誘拐ドラマ。本屋でやけに文庫が並んでるの見るなこれ。バカサス(6・6)
 「神の悪手」 芦沢央 ★★★★
---新潮社・21年---

「弱い者」→震災から二か月、将棋の指導対局のため被災地を訪れた北上八段は、大会を勝ち上がった少年と
対局をしていた。しかし実力的に見逃すとは思えない七手詰めを見逃した、そして次の詰みのチャンスも棒に振った。
無言の少年はなぜ最善手を拒むのだろうか…。「神の悪手」→プロ入りがかかる三段リーグの最終戦、対戦相手には
昇進がかかった一局。その前日啓一に勝ってほしい棋士は、自分の研究した棋譜を相手にぶつけてほしいと教えてきた。
人の研究を指すことを断った啓一だが…指さなければ自分が破滅する状況となるが…。「ミイラ」→詰将棋雑誌に
自作の詰将棋を投稿してきた少年がいた。しかしその出来はめちゃくちゃだった。その後、少年は過去の大事件の
関係者と判明するのだが…一体少年の詰将棋にはどんな秘密があるのか。「盤上の糸」→失認症のある若い挑戦者と
ピークを過ぎたタイトルホルダー、AIが台頭し数値化される将棋と、盤上の二人にしかわからない感覚を描く。
「恩返し」→将棋の駒を彫る駒師の兼春は、タイトル戦前日の駒選びに望んでいた。自分と師匠の駒が並ぶ中、
タイトル保持者が本番で使う駒として選んだのは、兼春の駒だった。しかし喜びも束の間、一転して師匠の駒が
選びなおされた。一体自分の駒の何がダメだったのか。そこにはタイトル保持者のどんな思惑があったのか。


将棋を題材とした五編の短編集。細かな戦法などが書いているわけではないし、物語としては楽しめるのだろうけど
短編の中には指し手の棋譜だったり詰将棋などあるので、まったく知らない人は楽しみが半減するのではないかと
思いますね。逆に将棋ファンとしては、将棋界ならではの言い回しなども多くて楽しみ倍増の一冊。ところどころ
マンガ「三月のライオン」に似たシーンや心境の描写があったりしたけど、作者も読んだんだろうなぁ、きっと。
本書は将棋小説ではあるけれど、作者がミステリ畑の作家なので意外な真実や、隠された謎、アリバイ…など
引っ張る面白さ、明かす面白さもありますね。「神の悪手」「盤上の糸」は棋士の業みたいなものが描かれ、物語としては
続きが気になる終わり方。好きな一編は冒頭「弱い者」でした。謎と、真実と、人間ドラマ、震災という設定が融合して
シブい一編となっている。ベテランのオジサンが書いてるみたい(笑) ともあれ何か一つの世界に打ち込む人間の姿って
おもしろい。将棋界の様々な立場が描かれたバラエティに富んだ佳作と言えそう。バカパク(8・8)


※物語には無関係だけど「弱い者」で少年が見落とした七手詰めのシーン。玉方に3四龍がいるのに2三金までで詰み…。
同龍ができちゃうのでは??角や香で間接的に玉をにらんで龍が動けない設定でもなさそうだが…。何か気になった。

「紅蓮館の殺人」 阿津川辰海 ★★★★
---講談社タイガ・19年、このミス6位---

合宿を抜け出して大物作家の館に向かった高校生で探偵の葛城と助手的な存在の田所は、山火事に遭遇して館に避難した。
その仕掛けの多い館で一人の少女が圧死した。事件か、事故か、避難してきたメンバーに犯人がいるのだろうか。
何をしに来ているかわからない謎の女性・小出、以前に連続殺人犯に遭遇したことから探偵をやめた飛鳥井の過去、
葛城は真相を探るのか、救助・脱出のために協力し抜け穴を探すのか。山火事のタイムリミットは近づいてくる。

逃げ場のない状況に、仕掛けのある館、怪しげでわかりやすい登場人物、もう本格ミステリの鉄板、矢倉囲いである。
そこに探偵を名乗る高校生、自分を「オレ」とかいう女性、美少女に連続殺人犯…うひゃ!何だかかゆくなってきちゃう。
はいはい、現実感なんてありゃしませんよ。…でも、そういうの好きだろぅ?と言われているような設定だ。ま、このタイトルで
手に取ってる人は好きに決まっているのだ。トリックやら正体やら意外な真相てんこもりでお祭りみたいな展開だけど
設定から現実味はない感じなのでその点は気にならないし、肝心の推理のところが論理的に見せてくれるのでグー。
久しぶりにこういうの読むとワクワクしますね。図面も載せてくれているので、館の仕掛け〜とか物理的なものが
苦手な人でもわかりやすいし大丈夫。吊り天井の死体のあたりでちょっと理屈に合わなげな部分もあるけど
終盤でそれも回収してくれるので心配いらない。主人公葛城と、元探偵の飛鳥井が、探偵とは何ぞや、僕にとって彼は、
みたいな問答をマジメなトーンで語るのがイタイ。ちょっと読んでて恥ずかしいぞ。そんなとこがなけりゃ良かったのにな。
文章の技術あがったらもっとドキドキしそうな作者。綾辻館シリーズとか読んでた人達にオススメな一冊。
バカパク(7・9)
 「透明人間は密室に潜む」 阿津川辰海 ★★★☆
---光文社・20年、このミス2位---

四編の短編集。いろんな突飛な設定のミステリがあってカラフルな印象の一冊。透明人間が当たり前にいる世界、
耳が異常に良い探偵調査員が録音された犯行現場の音を頼りに解決に挑むミステリ、謎解き脱出ゲームに参加中に
実際に監禁されてしまった事件など様々。アイドルオタク達の裁判員裁判がとくにそうだけど全体的にコミカルなとこが
あって怖くない。おもしろ設定を楽しむ短編集って感じか。自分では脱出ゲームの一編が好きかな。参加者に向けた
謎解きも次々と紹介されて、それとは別に現実の事件という二重構造がどちらも凝っていておもしろい。
パタパタと反転して解決していくのも鮮やかだ。途中から面倒臭くて流し読みしてしまったけれども(笑)
本書はこのミス2位などすごく評価されているけど、そんな感じは受けないなぁ。読み心地も軽いし。
重厚な作品の合間にちょうどいいくらいかと思う。「館」シリーズのほうがオススメしたい。バカパク(6・4)
 「蒼海館の殺人」 阿津川辰海 ★★★★+
---講談社タイガ・21年---

紅蓮館事件以来、不登校になった葛城に会うために同級生・三谷とともに蒼海館を訪れた田所。政治家・弁護士・警察官など
華麗なる一族の葛城家は、祖父の四十九日の法要の日。田所達の他には、招待状によってゴシップ記者・家庭教師・医師も
呼ばれていた。その夜、残忍な殺人が起こり…。祖父の死、泥棒、部屋の交換、招待状…数々の謎を前に、探偵として自信を
失っていた葛城は真相に迫ることができるのか。外では大雨が下の村を飲み込み、蒼海館へ避難民の受け入れが始まっている。

…というわけで、ど真ん中直球のミステリ好きにはオススメだ。それらしい登場人物に、殺人が起こって、時間が迫って、
謎があって、探偵がもったいぶってから犯人を明かす。いいですね。どいつもこいつもうさんくさいのがまたいい(笑)
怪しい記者の持っているネタ、理屈に合わない子供の証言の謎、隠し通路などミステリ小道具が盛り沢山だ。
正直言うならば、いろんな人が(田所君ですら)いろんなことやってて誤解もしていたりと複雑な絡み合いになっていて
読者的には推理の余地がない気がするのは難点かも。細かいとこ理屈が合ってるのかどうかもよくわからない。
しかし後半に、葛城が探偵として復活して家族を二人ずつ呼び出して対話していく「五組のホームドラマ」という過程が
俄然おもしろい。一つずつ絡まった部分をほぐしながら最終的な謎解きへ向かっていくスピード感がたまらない。
引っ張って引っ張っての真犯人も、その明かし方も劇的で面白い。久々にワクワクが止まらぬ後半の謎解き感だった。
やはり探偵とはこうでなくてはいけない。もったいぶって最終的に大活躍するのだ。バカパク(10・8)

前作同様だけど、葛城の探偵とはどうあるべきかとかで悩んだりするのは相変わらず興味なかったなぁ。
泥棒のくだりもそんなに必要じゃなかった気が…。ちょっとてんこもりすぎたかもね。真犯人の正体に関しても
途中であまりフェアじゃない記述があったようだけど、まぁ面白ければ良い。自分は気づかなかったしね。
あと第一刷版だけど、間違い直してね。p555、コーヒー黒田に差し入れ…正しくは「坂口」ね。あと部屋割り「梓用」…誰や。
 「此の世の果ての殺人」 荒木あかね ★★★★
---講談社・22年、江戸川乱歩賞---

あとわずかで九州に小惑星が衝突し地球が壊滅することになった日本、略奪や逃亡や自殺の混乱状態で
人もまばらになった大宰府で、小春は誰も通わない自動車教習所で練習していた。するとある時、教習者から
他殺体が発見される。そこらじゅうで人が自殺し死体だらけ、機能不全の警察の捜査もないというのに、誰がなぜ
こんなところに…。小春と教官イサガワのコンビは連続殺人の可能性も視野に地球の終わりに犯人を捜す。

これはもう設定が面白いわ。地球壊滅が報道されてからの、人がいなくなって水もガスも携帯も止まってしまって
それでも備蓄を頼りに淡々と暮らす状況が妙な味わいだ。親の自殺体があっても、埋めたほうがいいかなぁ…くらいの
感覚だ。車もろくに走ってないし無免許でも誰も気にしないのに、教官を乗せて運転の練習をするという滑稽な設定だが
主人公小春の淡々としているところと、教官イサガワの凶暴な正義感のキャラ設定も対比が良くって、世界観と
合わせて楽しく読める。正義もクソもない世界の終わりで、自主的な捜査をするうちにいろんな人と出会っていく
ロードムービーみたいな感じもあるね。脱獄してきた人だったり、精神を弱らせた人を支配して虐待するような人など
いろいろと出てくる。捜査の過程は単調な部分もある気はするけど、やはり設定が面白いので読まされちゃうな。
終盤はしっかりミステリしてた。なぜこの世界で人を殺して隠すようなことをしたのか、犯人の正体、迫りくる危機と
盛り上げ上手な展開であった。世界の終わりに日常を守ろうとする前向きなところもあって読後感も良かった。
こういう設定でよく思うけど、そんなに社会が機能しなくなるのかね?どんどん自殺して、誰も仕事をしなくなるの
だろうか。ギリギリまでは何となくそれまでどおり過ごしてしまいそうだけど…どうなんだろうね。バカSF(8・8)
こういう設定好きな人は伊坂幸太郎「週末のフール」もオススメ。
「絶叫城殺人事件」 有栖川有栖 ★★★☆
---新潮社・01年---

黒鳥亭や壺中庵など六つの館を舞台とした殺人事件に犯罪学者の火村英生と推理作家の
有栖川有栖コンビが関わる短編集。井戸から見つかる死体や、密室殺人事件、目撃証言の違い
自殺にはありえない傷、ゲームの殺人鬼を模した連続殺人と無作為に見える被害者達などなど。

○○殺人事件と題してパターンの違う事件を堪能できる本書。辺鄙な場所でホームレスやら
少女やら登場人物も様々だし、魅力的な謎を手軽に楽しめる。中でも似たような年恰好の女性が
続けて殺害される表題作がおもしろい。ナイトプローラーと名乗る犯人と、現場に残るメッセージ。
四人目を数えた時に意外な真相が明らかになるのだが、絶叫城というゲームと上手く絡めたオチと
犯人像と動機が終盤に収束するのは見事。ミステリを読みたい気分の時にオススメな短編集。
楽しんで読めるバカパク(5・8)。「雪華楼殺人事件」のような真相はどこかで聞いたことがあるなと
思いましたが、作者のあとがきで触れられていて思い出しました。例の映画の一場面ですね。
「乱れからくり」 泡坂妻夫 ★★★★
---角川文庫、創元推理文庫・77年(初出)、日本推理作家協会賞---

玩具メーカーの依頼人に妻の行動調査を頼まれた新人・勝敏夫と上司の舞子、しかしその最中に
依頼人に隕石が降ってきて死んでしまう。妙なことから関わることになった勝たちは依頼人の一族の
住む迷路やカラクリのある「ねじ屋敷」へ向かうのだが、そこでも次々と殺人が起こる。

久しぶりにミステリらしい物を読むと妙に面白い。一つの奇天烈な屋敷を舞台にしながらも
からくり玩具の薀蓄を披露し、時には大野弁吉を調査するために金沢まで訪れてくれちゃったり
修善寺まで逃避行したりと何かと忙しい物語である。犯人当ての面白さもあるのだけれど
それよりも何か秘密がありそうな巨大迷路と隠された謎の洞窟といった探検要素が物語を
盛り上げてくれている。事故死した依頼人の妻を懸想する勝青年という暴走ぶりも愉快である。
ミステリとしては突っ込みどころが多く、例えば(ネタバレ反転)
睡眠薬を五十錠も飲んでる途中に
寝てしまうだろ、とか海外にいても万華鏡トリック見れば怪しすぎるだろ
(終了)などいろいろあるし
予想はつくが、三十年前の小説だから仕方ない。その古き良きミステリ臭さも感じて全体通して
楽しい読み物であった。これで隕石直撃まで何らかのトリックであったら最強のバカミスなんだけど
さすがにそれはなかったね。今年(2009)永眠。ご冥福を祈りながら読了バカパク(6・7)
 「代償」 伊岡瞬 ★★★★+
---角川書店・14年---

(前半)小学生の圭輔が五年生の時、近所の団地に遠い親戚一家が越してきた。そこの息子・達也はよく家に来るようになった。
しかし物が無くなったりタバコを吸ったりと不審なことだらけで嫌な毎日を過ごすことに。そんなある日、圭輔の家は火事に
見舞われてしまい、達也の家に引き取られることになった。その後、圭輔は虐げられる生活を過ごした。達也の狡猾ぶりは
増していった。(後半)大人になり圭輔は弁護士となっていた。そこへ逮捕された達也からの依頼が来る。無実で捕まったから
弁護してほしいという。達也が更生していないと思う圭輔は、有罪になることを望みつつも弁護を引き受けることに…。
しかし裁判では思いがけない展開が待っていた。達也は何を企んでいるのか。

こりゃぁすごいわ。前半からどうしようもない絶望的な気分。家に入り込みやりたい放題の親戚、母親をいやらしい目で見るとか
火事にあった家の残骸からゲーム機を持っていく。母親もお金のことばかり。表向きはそこそこ良く見せて、最後の部分は
手を下さない巧妙・狡猾、欲望のままに動き罪悪感なんてない。よくこんなくそったれを描けたもんだ。まったく救いなし!
イライラしっぱなしだけど読む手がとまらんなぁ。後半に入るとあの家から解き放たれた圭輔が、真っ当な生活をしていて
良かった良かったと一安心。結局また達也に関わることになってしまうけど、終盤に向けてようやく反撃らしい展開になる。
少しずつ情報を集めて達也の企みを暴いていく正統派に戻る。うん、この展開に少しホッとした。嫌な気分がわずかだけど
マシになった。真っ黒な悪に正義が一方的に負けてはいけない。本書のほとんどは頭おかしい人間に周囲がひどい目に
あっている内容だが、このままだと他の人にオススメできない(笑) しかし一方で前半の黒さのまま、後半も突っ走ったら
どうだったろう、とも思う。とんでもないノワール小説の傑作ができたかもなぁと思わなくもない。それくらい嫌なやつだ。
もう途中から、お前ら達也に騙されるなぁぁ!圭輔もっとしっかりせんかいぃぃ!達也絶対シバく!と思いながら
エキサイトして読んでいた。圭輔おとなしいんだよなぁ…。こんなに不愉快な思いになった小説は珍しい。にもかかわらず
先が気になった小説もあまりない。雫井秀介「火の粉」にも似てる気がするわ。バカサス(7・10)
 「事件持ち」 伊兼源太郎 ★★★★
---角川書店・20年---

報日新聞の永尾は警察に取材するサツ回りの二年目の記者。管内で起こっている殺人事件の捜査情報を、他社との
競り合いで取ろうとしていた。一方県警は捜査の進展が乏しかった。一人の関係者からの聞き込みを逃していたが
その関係者は永尾記者が聞き込みをした後姿が見えなかった。自分たちの仕事は社会の役に立っているのか…。
そう自問する記者の永尾、県警の津崎。自分は何をするべきなのか、事件の進展とともに彼らは成長していく。

新聞記者と刑事の二人の目線で交互に進んでいく物語。ミステリとして読むといまひとつかもしれないが職業小説や
記者の成長譚として読むと面白い。刑事が主役はよくあるけど日々の記者にスポット当たるのはって少ないですね。
リアリティがある、のかはわからないけれど新聞記者の永尾の地道な取材が多くて派手さはないが興味深く読めた。
聞き込みにいけば「人の不幸を何だと思ってる」と関係者に冷たくあしらわれ、警察からは信頼がなければ捜査の情報も
もらえない。情報だけならネットで早く手に入れられる世の中。そんな世界で記者としてどうあるべきかとすごく真摯に働く
永尾が素敵である。刑事の津崎も同じなので、好感の持てる小説だ。二人ともマジメ、というキャラかぶりなのが
少し難点かも。いまどっちのパートだっけ?ってなるよ。めんどくさい上司以外は職場の人にも恵まれているし
自分の仕事にプライド持って突き進む。世の人が皆こんなふうに仕事していたら良い世の中になりそうだな
と思う小説だね。殺人事件もクライマックスに向けて盛り上がり二人が交錯するラスト〜なんだけど
誰が犯人とか、そういう楽しみじゃないですね。記者と刑事、これにつきる。バカシブ(6・9)
「耳をふさいで夜を走る」 石持浅海 ★★★
---徳間書店・08年---

特殊な状況で心に傷を負った女性をサポートしてきた並木だったが、その女性達が「覚醒」するのを
防ぐため殺さなくてはならなくなった。いつか確実に…そう思っていた並木だが同じくサポートをしていた
奥村あかねが何故か邪魔をしてきたため、急遽一気に殺害計画を実行にうつすことにした。

石持浅海といえば殺人にいたる動機に納得はいかずとも、それはそれとして殺人者や探偵役が
あーでもないこーでもないと論理をこね回して打開策を探るその肯定に面白味があるのだが
本書の場合、あーでもこーでもはやってんだけど結局行き当たりばったりで行動してるだけだから
何か無駄に考えてる気がする。強引な理屈で殺人を納得しちゃってるだけだしね。それよりは
サスペンスを楽しむ方が強いかな。「覚醒」に関してもSFかと思ったけど何だか説得力のない
事実だったしね。冷静に殺しまくって興奮して勃起して、さぁ次を殺しにいかんならん…って
物語に入っていけんわ。エロで狂ってる無茶な連続殺人犯であった。ノワールサスペンス(6・3)
「SOSの猿」 伊坂幸太郎 ★★★☆
---中央公論新社・09年---

子供の頃は憧れたがいまや不惑の辺見のお姉さんに頼まれ、ひきこもり息子の悪魔祓い…という名の
カウンセリングをするお人好しの遠藤二郎、そして300億の損失を出した株の誤発注事件を調査する
理屈っぽいミスター因果関係の五十嵐真、彼の物語の語り手・孫悟空はどこから来て誰を救うのか。

遠藤二郎とひきこもり少年の物語と、孫悟空が語る因果関係の物語、一見関係がなさそうに思えるが
虐待が疑われる少年や、中学生の悪意に晒される老婆など、どこかすれ違いながら進んでいくので
気になる構成だ。現実的な物語なのに孫悟空が現われたり牛魔王が出てきたり…ファンタジーなのか?
と思ってしまう世界観に馴染みにくかったかな。実際に孫悟空が誰に語り、どういう存在なのかが
わかりかけてからの後半はなかなか面白い。語られた物語と、現実の物語の答え合わせなんて
趣向はなかなか。お人好し遠藤二郎や理屈屋の五十嵐真、コンビニの店長などの登場人物は
作者らしい愉快な面々だが、会話が伏線になる部分の少なさとか世界観のとっつきにくさがあって
全体的にイマイチ。期待が大きいからというのも原因だけど。ちょっと本作は伊坂幸太郎のスカッと
さわやかな風が少なくて微風くらいだったかな。変な設定なのでバカSF(6・5)という感じか。
「夜の国のクーパー」 伊坂幸太郎 ★★★★
---東京創元社・12年---

猫のトムの住む国は、隣国・鉄国との戦争に敗れた。支配するためやってきた鉄国の兵士は、国王を射殺して住民を
震え上がらせている。住民は国のピンチに戻るとされる「クーパーの兵士」が今こそ戻ると密かに期待していた。
動く巨大な杉の木を倒すため毎年選ばれる「クーパーの兵士」…塀の外からほぼ彼らは戻ってくることはないままだったのだ。
猫の秩序、隣国との戦争、不思議な言い伝え、現実とは少し違った場所に起こる世界の秘密の物語。

この国に流れ着いた「私」と、話の通じる猫トムの視点から綴られる物語。車もなく、銃もないような、現実とは少し離れた
不思議な時代設定の物語である。嗜虐的な性格の酸人や、医者の医医雄、長老の頑爺、クーパーの兵士を選ぶ複眼隊長など
ネーミングが面白いですよね。クーパーを倒した後透明になってしまうという兵士の言い伝えや、鉄国との関係性や戦争など
不透明な部分や違和感を残しつつ物語は進むミステリ作家らしい手法は健在。国に流れ着いて猫のトムに話を聞いただけの
「私」が銃を持った鉄国の兵士を相手にどう活躍するのか、??と思っていたけど…笑っちゃうサプライズがありました。
住民たちが協力して自国を何とかしようとする奮闘に何だか温かくなって、残虐で保身のためにすぐ裏切る国王の息子・酸人に
イライラしちゃった。何とわかりやすいキャラ設定。猫たちの活躍も含めて、寓話の世界に紛れ込んだような体験ができました。
正直こんなに猫が人間のこと観察してあれこれ噂してたら嫌だなぁ。猫ってそんな風に見えちゃうからまた嫌だなぁ(笑)
猫たちとネズミの会談とか中盤でダラダラしたのが少し残念。現実離れした世界観の魅力。バカSF(4・9)
 
「火星に住むつもりかい?」 伊坂幸太郎 ★★★★
---光文社・15年---

 『安全地区』に設定されてた街で行われる『平和警察』による統治。住民からの密告やカメラによる監視体制があり
『危険人物』とわかればギロチンにより住民の前で殺される。恐怖と興奮、相互監視により犯罪は減っているというのだが…
その実は現代の魔女狩り。平和警察の決める『危険人物』がそうなのであり、見せしめに殺されているようなものである。
この巨大権力に謎の武器を手に一人立ち向かう『正義の味方』が現れた。彼は何者で、助けられる人物の共通点とは?

残虐な人間が選ばれる『平和警察』によって、普通に生活していた誰かが連行されていく。誰かの些細な噂話などが
キッカケで危険人物は作り上げられる。あとは拷問と自白、そして処刑。いわゆるサディスティックな捜査が行われる。
顔をしかめつつ処刑を見に来る住民とかさ…いくらこの伊坂節でもなかなか読んでて気持ちのいいものではないよな。
かと言って作風が重苦しいかと言えばそうでもなく『正義の味方』と対決する体制側の真壁捜査官が、組織を気にせず
個人プレーで自由に動き回る飄々としたキャラクターなので爽快感がありましたね。昆虫の話になるといきいきする
子供みたいなキャラは名探偵然としていた、あくまで体制側ですが。そのため作者ならではの軽い読み口になっていた。
…ともあれ期待は『正義の味方』の活躍に向けられました。まずその正体には驚きましたが、なかなか切ないものがありましたな。
正義を行い偽善だと言われた家族の教訓をもとに、手の届く範囲だけでも助けようとする彼の正義がいいですね。

巨大な力「国家」と、それに翻弄される民衆と個人、「モダンタイムス」や「魔王」のあたりからこのような流れが出てますね。
地球にはびこる人間行動も大きな視点から見れば、宇宙人へのメッセージになっているのかもしれないというような
大きな視点で仕組みを見るような作風は、個人的には結構気に入ってるんだよなぁ。中東で起こっているあの国も存在も
近いと思うし(意識してる?)集団とか仕組みとかって恐ろしいと思う。何だかんだ娯楽作なのでバカパク(8・7)
 「フーガはユーガ」 伊坂幸太郎 ★★★☆
---実業之日本社・18年---

幼い頃から虐待を受けていた優我と風我の兄弟、彼らには年に一日だけ二時間おきに不思議な入れ替わり現象が起きる。
周囲に隠しながらも様々な体験をしてきた兄弟、いじめられている同級生を助けたり、同じく虐待にあっている風我の彼女を助けたり…。
そしていま、大人になった優我は制作プロダクションの男とファミレスにいる。不思議な現象が映ったビデオについて説明を求められている。

今までの伊坂作品にもあったけど、暴力や残虐に喜びを見出す「悪」の人間が出てきますね。子供を水槽に落として苦しむさまを
お金を払って見る者達。女児を車で故意に何度も引く犯人。気が重くなりますな。もちろん優我と風我はそれとは逆の者達。
「悪」に対して一矢を報いるというか、ぎゃふんと言わせる痛快な物語が、ばらまかれた多くの伏線を回収しながら物語の終盤に
収束する!というのが特徴の作者ですが…本書のその系統。でもいつもよりはパワーダウンな印象ですかね。虐待してた
お父さんが後半急にただの極悪人みたいな感じで登場するのがすごい違和感。一応それまでお金を稼いで一緒に住んできた
人間とは思えないんだが…。伏線回収のミステリ度も少なめでしたかね。いじめられてた同級生のワタボコリ君がいいキャラでした。
大人になったから再登場するのはニヤリですね。本名そんなだったのかよ。いつも通りコミカルで読みやすい
けど題材が重くって少し悲しくてスカッとしなかった。バカパク(7・2)

「サブマリン」 伊坂幸太郎 ★★★☆
---講談社・16年---

家裁調査官の武藤は無免許運転で死亡事故を起こした棚岡少年を扱っていた。事件に関して語らない棚岡は小さい頃
交通事故で両親を亡くし、さらに幼い頃にも事故を経験をしていた。この過去と何か関係があるのだろうか。そして武藤の
上司・陣内…自由奔放なこの無責任上司が事件に踏み込んでいく。何やら陣内の過去ともかかわりがありそうで…。

だいぶ前に読んだのでちっとも覚えていないけれども「チルドレン」の続編的な感じですが、別に覚えてなくても大丈夫。
前回登場の陣内君が活躍?する物語である。遠慮や配慮なくずけずけものを言い、さっき言ったことをすぐ忘れたり
撤回したりする陣内君(もういい年の大人)と迷惑しながらもちゃんと振り回されてくれる武藤がとってもいい相棒である。
普通なら怒りそうなもんだ。テーマとしては被害者と加害者、罪と罰というちょい重めのテーマなんだけれどもとてもポップ。
そしてコミカル。作者ならではの例えや軽口でこのテーマを語るとこうなるんだね。故意に殺そうとして失敗する者と
自己で死なせてしまった人ってどっちが怖い?わかりやすく感じさせてくれる。どこかの会社の飲み会に乱入して
ドラムを叩き歌う陣内君たちという小気味よいエピソードが満載で痛快。一気読みしてしまった。そういったエピソードも
のちのち収束していくのもミステリ風で楽しい。ちょっと強引なまとまりかたなのが気にかかるけど。バカパク(7・4)
 
 「ホワイトラビット」 伊坂幸太郎 ★★★☆
---新潮社・17年、このミス2位---

誘拐グループに属している兎田孝則は、愛する妻の綿子ちゃんを誘拐されて脅され立てこもり事件を引き起こした。
妻を取り戻すのに誘拐コンサルタントの通称「オリオオリオ」を探さなくてはいけない。一方、泥棒家業の黒澤三人が
詐欺師宅の金庫を狙っていた。兎田、黒澤、そして立てこもりされた家族それぞれに抱えた問題が交錯し事件は進む。
警察の特殊部隊に囲まれた絶対絶命の中「オリオオリオ」を探し出し綿子ちゃんを助けることができるのか。

誘拐・立てこもり・警察特殊部隊と物騒な単語が登場するけれども軽妙な語り口からコメディのような雰囲気で進む。
警察に囲まれた一軒家でどうやっても切り抜けられない状況なのだけども、そこは手練れの作者のことだし
他の作品でも見た泥棒の黒澤が登場しているものだから何か打つ手があるのだろうと思っていたけれども
その時点ですでに術中にはまっていたりする。あまり考えずに読むほうが楽しいと思うけれども、物語の進行に
一捻りしてありミステリちっくな展開に。偶然のトラブルが重なる不幸な事件も一気に解決へと向かうのである。
黒澤も出るし「ラッシュライフ」的な精緻な仕掛けかと思ったけどそうでもなかったですね。読んでれば普通に
わかります。読みやすくて楽しいが期待しすぎちゃったかしら。バカパク(6・6)
「肝心の子供」 磯崎憲一郎 ★★★★
---河出書房新社・07年、文藝賞---

小国の王子ブッダはやがてラーフラ(束縛)という名の息子を生し出家する。ラーフラは蛙一匹まで
識別できる性質と、この世の全てに魂がある思想に埋もれやがてブッダについていく。ラーフラにもまた
ティッサ・メッテイヤという息子がいた。彼もまた小さな生命を理解する性質をもっていた。

様々に思索しながら生きるブッダ一族の男達と、生活観溢れる女達を描いた小説である。
男は実に理屈っぽい。ブッダは「夫婦も武士も時間とともに成長するが親子は生まれながらにして
親子だし、時間を携えた子供は有限の時を生きる私の足枷になりそうだ」みたいなことを言いだすし
ラーフラも小さな生物や物にまで魂を感じ執着してしまう性質から「老いることは懐かしさに耐え切れ
なくなることだ」なんて解釈をする。まだ若いのに。ティッサ・メッテイヤはそこまで理屈っぽく言葉で
思索しないけれども似ている。とにかく知恵によって物事を分析しようとする男達なのである。
そしてティッサ・メッテイヤがとある事情から自然の真っ只中で太陽を目にするラストなのであるが
あれは息子という執着や束縛を持ったブッダよりも、そしてラーフラよりも先に、執着の無い
ティッサ・メッテイヤが悟りを開き解脱に至ったことを暗に示しているのではないかと思った。
だから設定がブッダなのかなって。ブッダ達の理屈っぽい分析も面白いし、自然の風景の描写も
生き生きして良かった。でも最終的には言葉を超えたところにある悟りを描いたのかなと思う。
わずか100Pで三代を描いているため言葉足らずな面もあって断定的に解釈してはいけない
雰囲気があるし、ちょっと解釈の幅が広くてスッキリしないけどなかなかグーな読み物でした。シブ知(6・9)
 「スモールワールズ」 一穂ミチ ★★★★☆
---講談社・21年---

六編の短編集。短編集というと一つ、二つ当たりが入ってるイメージなんだけれども本書はほとんどが
当たりだった気がするなぁ。すごく面白い。読後感も設定も感触もどれも異なっている作品集となっている。
「魔王の帰還」→豪快で気丈で、巨体の姉が離婚すると言って実家に帰ってきた。過去に部活で問題を起こし
クラスで浮いた存在だった弟の鉄二だったが、姉がきっかけでクラスメイト菜々子と仲良くなった。やがて
あの姉が離婚と言い出すことに疑問を持った鉄二は菜々子と夫のもとを訪ね、その理由を知ることとなる。
キャラ濃くて面白くて切なくて、前を向ける要素もある。姉のせいか脳内再現がアニメで浮かんできた。
「ピクニック」→裕之・瑛里子夫婦と、瑛里子の母・希和子の物語。母親の希和子が積極的に子育てに
参加してくれるはいえ、育児ノイローゼ気味になって裕之と諍いが増えていた。そんな時に、たまには
夫の赴任先へ行ってきたら?と希和子に薦められ従うことに。しかし離れた日に赤ちゃんに悲劇が起こる…。
虐待を疑われる母、心が揺れ動きながら信じたい瑛里子、物語の着地に驚いた。物語に語り手がいたこと。
読後感の温かいような冷たいような感じ。ミステリみたい…と思ったら推理の短編賞取ってたらしい。
「花うた」→兄を殺害された被害者・深雪と、獄中の受刑者・秋生との往復書簡。攻撃的な深雪、
漢字を知らずひらがなばかりの秋生、少しずつ変化する感情、頭を打って予後が良くない秋生。
その出所後の二人の結末と、秋生が刑務所時代に書いた物語の続きを完成させるラストに涙。
「愛を適量」→自分の生活もかけて熱心に教師をしていたが、事故を起こしたことをきっかけに
今は熱意のない教師となっている慎悟。ある日、男に変貌している娘が転がり込んでくる。
一人の荒れた生活に変化が生まれ張りが出てきたが…。適量を間違えて失敗してきた男。
開始すぐに遠藤憲一で脳内再現された(笑)。くたびれ男が人生を悲哀を眺めてる切なさ、はまり役。
物語はイヤな展開なんだよなぁ。読後感もいいのか悪いのか。でも読んで良かった。
↑の四編が好き。ほっこりからひんやりまで色とりどりでした。バカシブ(9・9)

 「光のとこにいてね」 一穂ミチ ★★★★+
---文藝春秋・22年、本屋大賞3位---

一章→立派な家に住み習い事ばかりの毎日である小学生の結珠は、母親に連れられ団地へやってきた。その一室に
母親がいる間待たされていると、団地に住む果遠という少女に出会う。環境が何もかも違う果遠と結珠は週に一度だけ
三十分間会い仲良くなったが、ある時から母親が団地へ行かなくなり約束は守れず交流は途絶えた。二章→お嬢様学校へ
エスカレーター式に進学した結珠、そこへ途中編入で果遠が入学してきた。裕福ながら母親に逆らえず家や進路に
息苦しさを覚える結珠と、貧乏で毒母だが朝も夜もバイトして結珠との思い出を胸に強く生きている果遠は再び
絆を深めるが二人がまた別れ別れになってしまう。三章→あれから十年あまり。仕事を休職し移り住んだ土地で
偶然に再会した二人。お互いに家庭を持った大人になったが、心の底に支えとして互いを想い合っていた二人。

不思議な関係の二人が主人公。すべてが正反対のような二人だから、べったりでもないし距離が遠いわけでもない。
自分には無いものを持っていることへの憧憬みたいな感じでもある。恋愛でもないし友情っぽくもないのにすごく強い。
タイトルは幼少の頃の些細な約束なのだが、自分とは反対の輝きの中にいる存在としてずっとそこにいてほしい
という意味も含まれているのかな?一章・二章とコンパクトなエピソードがサクッと読めるし、二人が絶妙な距離感で、
親の支配下で苦しく生きる結珠と、オーガニックや無添加に傾倒し子供に押し付ける親を持つ果遠の対比がすごく良く
大傑作の予感があった。悩みとかもどかしさとか上手に描かれて一気読みしてしまった。三章になるとちょい長くて
二人の距離も縮まってさすがに中身も大人になって変わっているし家庭があって…二人の秘密の絆が表向きの
生活に影響してる部分があるので、うーんと思う部分もあったかも。完全に二人にしかわからないままが
美しかった気がする。それでもクライマックスがとても印象的だから読んでほしいな。また離れ離れになるのか、
それとも…。余韻の残る終わり方がすごく好きだ。藤野も幸せになれ。シブ青春(8・7)
「T.R.Y.北京詐劇」 井上尚登 ★★★★+
---角川書店・06年---

上海で過ごしていた詐欺師・伊沢修の元に革命党が訪れた。辛亥革命後に孫文から革命を盗み
権力を得ている袁世凱を失脚させるため騙してほしいという。盟友・関虎飛のこともあり引き受けた伊沢。
女料理人・江燕らを交え、料理対決・遺跡捏造・収容所脱走、あらゆる手段で袁世凱に近づこうとする。

前作が楽しめた人にはお奨め!今回も実際の歴史に伊沢を放り込み、大物達と騙しあいの
活躍をしてくれる。辛亥革命に詳しくなくともわかりやすい形で説明されるので良し。伊沢もあれこれ
考えるけれど、袁世凱も大物ですから抜け目なく、イギリス人の財閥も絡んでくるまさに騙しあい。
普通に読んでて何度か裏切られます。わざと窮地に陥るふりしたり嘘や演技だったり気が抜けない。
それに袁世凱を暗殺しようとする者や、頑固に料理を追及する江燕、格闘シーンは上手いがドラマは下手な
自称・映画監督など個性豊かな面々が楽しい。彼らにも必ずどこかで見せ場がくるんですよね。ちょっとした
登場人物のエピソードまで伏線として回収されるのは爽快だ。そういうとこはミステリっぽいな。袁世凱の
宴席のために江燕が料理長に任命されるが男社会の厨房で支持を得られず、腕利きの男料理人と
料理対決をするシーンなんてあんまり筋と関係ないのにめちゃくちゃ盛り上がる。全体通してみんなが
活躍して丸く収まる何とも娯楽に溢れたシリーズだ。伊沢修はやはり織田裕二を想像して読みました。
前作のメンバーに加えまた楽しい仲間が増えたしまた読みたくなるシリーズだ。愛鈴や喜春婆さんは
何か無理やり登場させたっぽかったけどね。バカパク(9・8)な楽しさ。
「C.H.E.」 井上尚登 ★★★☆
---角川書店・00年---

キューバの隣国リベルタの旅行代理店に老女マリーナが訪れた。隣国へ行くのに同行しろという。
ヤザワと大友、そしてたまたま同席した旅行者・智恵も加え空港に向かうが、警察軍が追ってきた。
一方リベルタでは、歌手シルビオら反体制の人物が「消失」する事件が相次いで起こっていた。

「TRY」シリーズでは辛亥革命や袁世凱など歴史上の人物が癖のある表情で登場して楽しませてくれたが
今回は中米の小国。しょっぱなからカストロが少し登場するけれど、どこまで本当なのかわからなかった。
リベルタってキューバの近くに存在するのかと思ったらこれ自体がフィクションのようですね。サルサを
愛する陽気な人々とメンドゥーサ一家が警察軍までも牛耳っている不穏な国内情勢は雰囲気があって
面白かった。リベルタで反体制側に巻き込まれた大友が、メンドゥーサ家ら追っ手から逃走しながら
マリーナ婆さんの狙いや失踪した歌手シルビオの秘密に関わっていく物語は、今回も目まぐるしい展開で
ハイスピードな娯楽作に仕上がっている。あまりに都合よくまとまる終盤や狭い範囲で絡み合う人間
関係などはあまりに強引でスッキリしないけど、読みやすさと登場人物の明るさは作者らしさを感じます。
いまだ人気のチェ・ゲバラとサルサを背景にした中米の派手な明るい活劇と言えよう。バカパク(7・6)
 「刀と傘」 伊吹亜門 ★★★★
---東京創元社・18年、このミス5位---

慶応三年、大政奉還があったのち政権側と幕府側で争いが起こっていた。政府に登用されている鹿野師光は
争いを治めるべく動く中、江藤新平と出会う。佐賀の地位をあげるため政権でのし上がろうとする、のちに
司法卿となる男である。彼らは幾多の事件に遭遇し解決へと導く。しかしいつしか真っ直ぐに生きる鹿野と
出世のため何でもする江藤の距離は広がっていく。

江藤が突飛なタイプの探偵で、鹿野が助手なのかなと思ったけれども、二人とも毛色の違う探偵役のようで、
しかも二人の関係も短編が進むごとにその関係性も変化するのが面白い。生真面目な鹿野と、少々やりすぎな江藤と
両方魅力あるんだよなぁ。幕末という時代設定もいいですね。政府と幕府の対立だったり、時代が変わっていくことへの
旧体制の人間の虚しさとか古い時代が行動に影響しているのが面白く読める。犯人当て、密室、斬首当日の毒殺、など
バラエティに富んでいて、単純にミステリのトリックとか見ちゃうとそれほどでもない気もするけれども、いろんな
思惑があって複雑な味わいにしてて物語が進むほど面白く読めた。日本史に詳しくないので全然知らずに読んだが
江藤新平は実在の人物なんだそうだ。鹿野は架空の存在。知ってる人だともっと面白く読めたのかな??
「幻月と探偵」でもあったけど、虚実怪しく混ぜてくるのがうまい作者なんだろね。バカシブ(6・7)
 「幻月と探偵」 伊吹亜門 ★★★★
---KADOKAWA・21年---

満州のハルビン、退役軍人・小柳津の屋敷で行われた晩餐会で、孫娘の婚約者が毒殺された。岸信介に依頼された探偵の
月寒三四郎は、関東軍やハルビン憲兵隊など様々な力関係に翻弄されながら調査を続ける。事件前に届いていた脅迫状、
毒は主の小柳津を狙ったものだったのか?やがて第二の事件も起こり…。事件の裏には満州の利権と戦争の闇が眠っている。

歴史小説って言っちゃうと帯刀したちょんまげをイメージするけど、1938年の満州が舞台なのでこれも歴史小説なのかな。
内容は探偵が事件の調査をして巻き込まれるミステリなのだが、満州の当時の空気を想像することができるのが面白い。
五族協和を謳っていながら、関東軍が出張ってきていて日本の官僚が経済を動かしているという背景が見て取れた。
個人的に近代史がとんと苦手だったので、満州ってどんな経緯でできたんだっけ?と検索してしまいました。本書は岸信介が
登場するのも物語に味付けになっていて良かった。まだ時代が浅く、近い子孫もいて歴史上の人物って感じがしないから
終盤探偵と岸が向かい合ってる場面など、いろいろと勝手に描いているけど大丈夫なの?と思って斬新に感じた。
ミステリとしては手堅くって面白い。ほとんどが探偵による聞き込み調査という地味この上ないものなんだけれども
少しずつ情報が小出しにされて、脅迫状・第二の事件と動いていくので、何というか…ちょうど良い間隔だ。屋敷にいろんな
人種がいるという点もいろいろとわからなくしてくれる憎い設定だな。事件が起きて最後に探偵が犯人に気づいて幕引きという
オーソドックスな展開なんだけど、舞台設定も含め玄人受けしそうな感じの堅牢なミステリ。インパク知(8・8)
 「屍人荘の殺人」 今村昌弘 ★★★★☆
---東京創元社・17年、このミス1位、文春1位、鮎川哲也賞---

大学生でミステリ愛好会の葉村と明智は、映研の夏合宿に参加でペンションを訪れた。その夏合宿では去年にトラブルが
あったという噂も。そして今年は脅迫状のようなものも。ペンションには去年の参加者に加え、美少女探偵らしい剣崎の姿も。
ミステリ的設定にワクワクする明智達であったが予想外の事態からペンションに孤立し、案の定殺人まで起こってしまう。

まず第一に読んでて思ったのは「懐かしい〜」ということだった。大学生達が集まるペンション、男女が混じってて少し甘酸っぱく
登場人物には活発・寡黙・デブ・感じの悪いやつなど様々。そして殺人が起こる…。怖い〜、気になる〜…いや、それよりも
懐かしい〜が勝ってしまう。こんな直球設定なかなかなかった気がする。新本格ブームでこんな感じのミステリがいっぱい出てた頃を
思い出しますね。クローズドサークルの設定がトリッキーなことが目に付くかもしれないけれど、ミステリとしての解決方法が
実にロジカルで納得できる。ワトソン役の葉村が主人公として語られてるんだけれども、ホームズ役が二人いるもんだから
どっちで決着がつくのか、途中で退場したやつはひょっとしてどこかで登場するのかという部分も読めない部分があって
良かったですね。まさかの登場だったけれども(笑)。閉じ込められたペンションで、恐怖の連続みたいな設定ながら
キャラクターや会話がどこかコミカルなので怖さ半減してる部分があって、これが吉なのか凶なのかは不明だけれども
面白さは損なわれなかったんじゃないかな?あの頃のミステリが好きな人には超オススメしたいです。バカパク(9・9)
「かか」 宇佐見りん ★★★☆
---河出書房新社・19年、文藝賞、三島由紀夫賞---

母親と弟と従妹と住んでいるうーちゃん、母親の違う従妹は家族に心を開かずに困らすようなことばかりするし
浮気されて離婚した母は、心に傷を作ってその溝が深くなるばかりで自傷したり喚いたりする。憎しみだけではない
家族という繋がりに、SNSでも癒されきれない鬱屈を抱えたうーちゃんは、ある祈りを抱えて旅へ出た。

かかが精神的にやわこくなってるので大変だけんど、うーちゃんはかかがただ憎いんじゃなくって、愛してもいるから
その狭間で苦しんでるん。それどころかまともだったのにうーちゃんを産んだからおかしくなった気いさえしてるかん
かわいそうにも思えてるのです。でもそいは同じ女だから、なのかもしれん。勝手な男も嫌いやし、翻弄される女も嫌いやし
出産するという女という性別への葛藤なのかもしれん。そいが我慢ならんくなって旅に出たんよ。そいなこと悩んでも
どうしようもないのかもしらんけど、若さの力ゆえなんかもしれん。旅の目的とかはわけわからんオカルトみたいな
突飛なこと言うんだけんど、物語は生活感もあるし悩みやモヤモヤがリアリティ持って伝わってくるんです。離婚した
父親が来た時の気まずさと拒否感に支配されたやりとりなんて息遣いまでわかるし、ボケた祖母や弱ってる母のいる
食卓の場面は切なくてうーちゃんを通じて寂しさが胸に流れ込んでくるんです。性別やら家族やらSNSやら
うーちゃんについてくるものへの苛立ちが独特の文体で入ってきました。危うくてひりひりするんよね。女やったらもっと
迫るんかな。でもうーちゃん何だかんだ優しいよね、たぶん。ラストが呆気なかったのが良かったか悪かったか。
印象的な感じで終わってほしかったぁ。これがデビュー作とは、パチパチ。バカシブ(4・9)
「密室殺人ゲーム2.0」 歌野晶午 ★★★
---講談社ノベルス・09年---

<頭狂人><044APD><aXe><ザンギャ君><伴道全教授>らが映像と音声のAVチャットで
殺人事件に関する問題を出す。アリバイ崩し、密室事件、バラバラ事件、あーでもない
こーでもないと議論する彼らの推理ゲームは、実際に人を殺して行われているものなのだ。

いやぁ何とも不謹慎な内容だねぇ。推理ゲームのために殺人を犯してチャットで語り合う五人は
人の死を何とも思わず、映像に死体や現場を映しながら問題のヒントを出したりしあっているのだ。
単なる推理の素材として殺して死体を切り取ったりして仲間に見せたりするわけ。何て不謹慎な。
チャットの軽いノリの会話とは裏腹に残虐で鬼畜というアンバランス感が奇妙な小説ですね。
ゲーム感覚で盛り上がる彼らを見るのは嫌な気分だが、実際本格ミステリなんてそんなもんだしね。
密室からアリバイまでなかなか凝ってるし、彼らも実行の際は念入りに準備して体を張っているので
問題としては難しかったですね。意外性もありました。小ネタもあったけど。どうだ!と言わんばかりに
出題され、解答までに猶予が与えられる展開は読みやすくチャットに参加してる気分でした。設定の
せいもあってパズルっぽく説明的なので途中でちょっと飽きちゃいましたが、逆にその割り切った
クイズっぽさが好きな人もいるかもしれないですね。本格ファン向け。バカパク(6・7)
「海と毒薬」 遠藤周作 ★★★★+
---文藝春秋・58年、新潮社文学賞---

戦時中のこと。九州のとある大学病院で米軍捕虜の生体実験が行われた。人間はどこまですると
死に至るのか。その実験に立ち会うことになった研究生の勝呂と戸田。彼らは罪の意識はあったのか。
そして罪の意識とは何に由来するものなのか。唯一神のいない日本においてそれは…。

自分は唯一神を信じておらないけれども道徳はあるし間違ったことはやらない。と常々思っているが
ではそれはどこから来たかというと、社会から教わったり学んだりしたものと言っていいかもしれない。
他人から「最低な行為だ」と思われるのは「恥」だと感じ自制したり、罪を犯すと罰があるから自制したり。
確かにそうなのかもしれない。では社会自体が崩壊している場合や、恥や罰がなければ、自分を
律するものは残っていないのであろうか。そこには空白しかないのか。社会が今と違えば罪の意識も
変わるのだろうか。そんなことを考えてしまう。いや、それでも日本には「神」という形ではない良心は
あると思うしそう信じたい。これは「神」が必要なのだという小説ではない。自分達が思っている規律が
実は根拠のない脆弱なものではないかと思わせる小説だ。実にそれは恐ろしく不気味なことである。
作中に登場する社会的にはうまく立ち回りながら、実験を前に本当の意味で自分の良心を疑う戸田と
運命に悩む勝呂、どちらも日本人の姿だ。自分の心の原点を考えさせられる実にわかりやすい形で
投げかけられた問いであると思う。日本人にとっても読みやすいし。お堅くシブ知(8・10)進呈。
「神」を信仰する者は時に強く見えるが、「神」が社会に適合しない場合もあるし、戦争を起こしてしまう
こともある。人間を律している存在は、社会であれ宗教であれ実に難しくて頼りないのだと痛感した。
「死海のほとり」 遠藤周作 ★★★☆
---新潮社・73年---

幼少の頃から信者だがキリスト教を棄てかけている作家の私と、学生時代に信者となり聖書学を学ぶも
知るほどにイエスの実像に触れられず迷っている戸田、年をとった二人がエルサレムを旅する物語と、
イエスがどのような人間でどう死んでいったか、同時代の様々な視点から描く二つの物語が交互に語られる。

信仰とはどこまで信ずることか、神はどこまで史実として信ぜられているのか、ということさえ
理解できずに悩みながら読んでいる日本人の自分には作者の小説は毎度頭がこんがらがってます。
しかし本書に登場する「私」も日本人だし、イエスの実像がハッキリと描けずにもやもやしている点では
同じかもしれない。文化や立場、今までの人生で感じた矛盾などにより、自分なりのイエスが描けずに
探索している信者もまた多いのかもしれない。エルサレムで迷いながら進む「私」は、学生時代にいた
立派だったノサック神父や、ネズミと呼ばれた情けない修道士コバルスキのその後を追い始める。
収容所で彼らユダヤ人達に起こったことを知り想像するにつれ、信仰の無力さと美しさを知っていく。
そうして自分なりのイエスの姿を「私」はぼんやりと構築し始めるのである。それは「私」の物語と交互に
語られるイエスの物語とつながってくる仕掛けになっているのだ。イエスは何の奇跡も起こせず期待を
していた人々から蔑まれて、それでも人々の痛みを共に分かち合おうとする無力で惨めな愛の人として
描かれている。なぜ「私」はイエスを捨てきれないのか、惨めで何もできずに死んでいったイエスが残した
ものとは何かが静かに描かれる。自分にはこれが画期的なイエス像なのか、変わった解釈なのかも
わからないが、信仰に迷った男が辿りつくまでの過程がわかりやすくて上手。しかし本書を読むと
自分の心で紡ぎだされた解釈というものが真実心の支えになるのか、また絶対の真実と思っていること
こそが信仰とせずに良いのか。ますます疑問に思えてくる。日本人である遠藤周作独自の視点なのか
それとも皆悩みながら信じているのか。いつもわかったようなわからないようなシブ知(5・9)な内容。
「深い河」 遠藤周作 ★★★
---講談社・93年、毎日芸術賞---

信じているわけではないが死んだ妻の生まれ変わりを探す磯辺、戦争中に死んだ仲間を弔う木口、
様々な目的を乗せインドへのツアーは始まる。美津子は大津という男を探しに来ていた。キリストを
信じていた大津を学生時代にからかい、信仰を捨てさせようとした美津子だが、大津はその後も
フランスの修道院へ。そして今はインドへ。ヒンズー教とガンジス河のインドで彼らが見たものは…。

キリスト教と日本人について多く手がけた作者であるが、本書も大津という男を中心に描いていた。
日本人だが家庭が信者だったのでキリスト信仰だった大津は、神はいろんな形でこの世界に存在し
包んでいる「愛」のような存在だと例える。あくまでそれは自分にとってイエスの愛だと思っているが
どこかで厳しい西洋のキリスト教に違和感を覚えていて、教会からは汎神論だと異端視されている。
日本人としては大津の考えはとても自然な唯一神の捕らえ方のように思うが、作者を苦しめてきた
思想はここなのかもしれない。大津は自分においてはイエスだが、その対象が誰であれ信仰すること
自体が救いなのだと思っている。大津の何があっても一生懸命に祈る姿を、美津子がいちいち
気にしたり変化したりしたことがそれを表していると思う。世界はインドの喧騒のように混沌としている。
だから作中で描かれた新婚夫婦のように、何をも祈らないよりは何かを祈っている光景の凄まじい
力のほうが信じられるのだという作者のメッセージであろうか。シブ知(7・6)といったお堅い内容だ。
輪廻転生を扱い、戦争中の罪の意識を扱い、大津やインドで信仰を扱った。正直言うとどれも
中途半端だったし、宗教全体を扱って「祈る」ことの圧倒的な沈黙を描いているんだろうと思うが
「これ」という苦悩が描かれず、漠然としてモヤモヤした読後だ。結局大津が日本人的な感覚で
宗教を述べてはいかんと思う。宗教以前に宗教がもたらすものを見つめてしまっている大津は
本当の意味で信じることなどもはやできてない気がする。小説としては微妙な仕上がりだと思った。
 「ライオンのおやつ」 小川糸 ★★★★☆
---ポプラ社・19年、本屋大賞2位---

残りの人生の時間を知った海野雫は、瀬戸内海の島にあるホスピス「ライオンの家」へやってきた。代表のマドンナや
料理を作ってくれる姉妹のもとに、残りの人生を過ごす人たちがいた。ここでは食事と別に日曜の午後三時にお茶会があり
各自が思い出を書いてリクエストしたおやつが忠実に再現して出されるのだった。雫の安らかな最後の旅。

「いい本」である。人生とは恵まれていて豊かなものなのだと思わせてくれる心に栄養をくれる本である。
死を目前にしている女性を描いているにも関わらず温かい。残りの時間を知った雫の目から語られるからこそ
当たり前のことに感動して感謝したくなる。体に染み渡るおかゆ、島の風景、生っているバナナ、一つ一つが輝いている。
懐いてくる犬やマドンナ達、周囲の人もみな優しい。物語が進むにつれて雫はどんどん弱っていってしまう。それは悲しい。
読んでいて涙が止まらない。でもこれほど温かいものに囲まれた雫の最期の日々は「しあわせ〜」だったに違いないと思える。
最期を迎える人が多く出てくるけれどもパステルカラーの光に満ちている。「死」は怖いものだが、死んだらどうなるのか、
遺されたものにどう継がれて繋がるのかを丹念に描いていき救いとなっている。ここが日本人の死生観にちょうどいい具合に
寄り添って感じられやすいんじゃないかなと思う。生きてて良かった、当たり前にある周りのものに感謝したくなるような
大切な本に出会った気分だ。たまに自分の家に帰ったら扉の前に以前に死んだ猫が待っている幻影が見えて、何となく
心の中で話しかけているがそういうことなんだなと思った。死生観の解釈は人それぞれですがね。シブ知(10・8)

「彼岸の奴隷」 小川勝己 ★★★☆
---角川書店・01年---

妻に出て行かれ別居中の刑事・蒲生、暴力団とも繋がりのある、いわゆる裏の顔が強い刑事・和泉。
手首と頭部のない死体が発見されたのを期に二人は組むことになる。レイプ・拷問・人肉食など残虐
非道な暴力団・矢木澤ら異常者を巻き込み、事件は狂気の渦の中、壮絶な打ち合いとなる。

エログロ暴力変態刑事大暴れ小説である。なんて紹介したら読む気なくすかもしれないから
フォローするけれどギリギリのラインでちゃんとしてる本である。刑事は一応仕事してるし、ラーメン屋で
メシ食ったり病院のオヤジを見舞ったりしてる。それに変態ちっくな部分も、過去のトラウマなどが
きっかけで妄執に捕らわれてるわけで、まぁギリギリセーフ(?)と言えよう。物語は読み進めるうちに
だんだんと刑事達の過去のことも明らかになっていき、どんどん凄惨になっていく。もう最初に出てきた
死体のことよりも異常者達が進む道が気になって読んでしまう。「気持ち悪いもの見たさ」とでも言えば
良いんでしょうか。邪魔するやつは片っ端から撃ち殺すのはちょっと爽快であった。こんな内容だけども
ユーモアもあるし結構引っ張る文章力であった。バカノワール(8・8)ってとこですかね。
「眩暈を愛して夢を見よ」 小川勝己 ★★★☆
---新潮社・01年---

憧れの先輩でありAV女優の柏木美南が失踪し、知り合いと共に探すことになった須山隆治こと「ぼく」
刑務所から出てきて柏木美南を殺そうと探す「おれ」、人を殺し続ける「わたし」、柏木美南関係者が
殺される事件はやがて解決を見る。しかし事件すべての矛盾点に気づき世界の根底が揺らぐ。

何とも説明しがたい物語ですな。第一部は上記の通り視点を変えながら行われる失踪サスペンスで
他人との距離がわからないイタイ柏木美南の姿をあぶりだしていくのだが、第二部に入ると一転して
柏木美南が作った短編小説とミステリサークルにおける酷評が現われる。イタイ柏木美南なので
小説もイタイと批判されまくりです。基本的には一部の続きなので「ぼく」が柏木美南の作品を
読んでいることになるのだが、第一部の「おれ」が柏木の小説であったように登場したり今までのことが
創作なのか現実なのかわからない酩酊した雰囲気が出て、一体これは何なのだ??と混沌に
叩き込まれるわけである。その混沌のまま第一部の柏木美南失踪および関係者連続殺害が
驚きの解決を見るわけだが、さらに第三部があるのだ。この事件は何だったのか。「ぼく」「おれ」
「わたし」は誰なのか。柏木美南の居場所などが明かされるのだ。いやぁ、この時点で頭が
パニックです。めちゃくちゃになりそうだけど嫌いじゃないですね。作中作やシナリオライターを目指す
女性の脚本まで挿入されて何だかわけがわからなくなります。まさに眩暈を愛する人にオススメだ。
バカパク(5・10)ですな。わかりにくいので簡単なネタバレページを作りました。
「海」 小川洋子 ★★★★
---新潮社・06年---

五つの短編小説と二つの掌編小説。文庫には著者インタビューがついておりやす。
いつもどおり無国籍な不思議世界の日常を切り取る作風の短編だが、本書はこれまででも
一番わかりやすい内容かも。小川洋子入門書としても絶好かもしれない。例えばタイプライターの
活字が壊れた時に新しいものを用意する「活字管理人」が出てくる話なんてのがある。睾丸の「睾」が
壊れた時も「膣」が壊れた時も、タイピストと活字管理人の間でその漢字についての会話がなされる。
「淫らな感じが漂ってます。特にまだれの中の上部のあたり」何とも怪しい会話である。
「ガイド」という短編は、観光ガイドをしている女性の息子が観光中にはぐれた紳士と、団体へ合流する
までのあいだ交流する物語。その紳士は人の思い出に名前をつける「題名屋」なのである。これが一番
好きな短編かな。題名屋と少年が川沿いをタクシーで走っているその安らかな風景が心地良い。
あり得ないはずの職業が、まるで存在するかのような世界観。どこかの国にあるんじゃないかと
思わせる静かな世界。ファンにはお馴染みの小川節でありました。シブSF(7・8)
 「人質の朗読会」 小川洋子 ★★★
---中央公論新社・11年---
遠い国で、ゲリラに拉致された人質達。彼らは自分の思い出を一部朗読しあって時を過ごした。
気難しい大家さんとの日々、公民館の談話室で行われる様々な会に参加した日々のこと、奇妙なぬいぐるみを
売る老人の話、それぞれの人生には印象に残った些細な一コマが存在するのである。

通勤途中に見た槍投げの青年だったり、手作りの変な生き物のぬいぐるみを売るボロボロの爺さんだったり
記憶の片隅に居ついて離れない物語が語られる。普通の人生を歩んでいると、大事件なんて起こらないわけで
こうした心に残る誰かや何かのささやかな思い出が大きな影響力を持っていたりするのかもしれない。
作者特有の奇妙な人々や、静けさの漂う文体はいつも通りである。個人的には、動物園のゾウと整理整頓が好きな
偏屈な大家の老婆と、そのアパートに住むビスケット工場で働く女性が少し打ち解け、できそこないのビスケットを
一緒に食べる日々を描いた「やまびこビスケット」という短編が好きだ。ちょっと寂しげな登場人物を書かすとうまいよね。
ただゲリラに拉致された人質というテーマはあまり意味が無かった気がします。普通の短編集として読んでも
何も変わらないと思う。本書は本屋大賞で5位だったそうだが、普通の小川作品という印象。シブ知(7・5)ですね。
「噂」 荻原浩 ★★★★
---講談社・01年---

「レインマンが出没し女の子の足首を切り取り殺す。でもミリエルの香水をつけてる娘は狙われない」
ある広告代理店が新作の香水を売り出す口コミ戦略として噂を広げた。効果はあり渋谷の女子高校生を
中心に噂は瞬く間に広がった。しかし現実に足首を切り取り殺された女子高校生が発見されることとなる。

高校生の娘をもつ妻を亡くした警察官と、男の子をもつ夫を亡くした女性刑事がコンビを組んで
レインマンを追いかけるサスペンス。事件が起こるたびに徐々に噂の中心へ近づいていく王道の
展開であるが、家庭を持つ刑事の悩みであるとか渋谷の女の子とかキャラ造りがすごい巧みなので
スイスイ進みますね。いくらなんでも刑事が若い世代についていけなさすぎだが…。広告代理店側も
描かれて『あ〜この中にレインマンがいるんだろうなぁ』という中で特定させずに持っていくのは
サスペンスのお手本みたい。犯人のイッちゃってる度もすごいですね。文体のせいか怖くはないし
サッと読めてあぁおもしろかったとスッキリ本を閉じられる手軽なバカサス(7・7)な一冊だ。
…なんて思ってたら最後に作者はオマケを用意しているから見逃してはいけないぞ。
ちゃんと読んでたらわかるはず。あぁスッキリが何処かへ消えていく…。
 「恐ろしくきれいな爆弾」 越智月子 ★★★
---小学館・20年---

元総理の忘れ形見、奇跡の四十六歳などと国民に人気の議員・福永乙子が初入閣。「輝け!女性活躍担当大臣」となった。
彼女の人気を利用しようとする内閣だが、逆に乙子は蹴散らしのし上がっていく。阿保総理こと阿東総理、切れ者官房長官の渡
幹事長の芳賀沼。策略をめぐらし脅しを使い、女を使い、嘘をつく。裏の顔を持つ人気大臣は頂点を目指し階段を駆け上がる。

政治家のトップ達の騙しあい、ということでまず舞台設定が魅力的で興味をそそられた。現役の大臣が裏の顔を持ち
極道まがいのことをしているという恐ろしい設定。リアリティがあるような、やっぱりないようなトンデモ先生がたである。
相手の弱みを探らせ、駆け引きをしながらの権力闘争。ヤクザの話にありそうな展開だ。実際にこんなだったら嫌すぎる。
乙子はいろいろと過去があり、その筋とも繋がりがあることが少しずつわかってくるが全編通して「ワル」ですね。
国を良くしてくれる気もするけど…ワル。そんな権力闘争を楽しめれば良かったんだけれども、本書はあまり感情面が
書かれてなかったような気がした。何をした、という事実部分が多かったのであまり感情移入して読めなかった。
苦悩だとか怒りだとか人間らしい抒情的な部分を廃したのはわざとなんだろか。政治ハードボイルドとでもいうべきか。
だから何だか淡泊な感じに思えて楽しめなかったなぁ。昔の大物政治家の名称が角田長英に福永貫介とか
経済政策アトウノミクスとかちょっと現実を交えてくるのは想像してしまっておかしい。また乙子みたいな
女性議員っていそうなんだよなぁ…それに人気も出そう。怖い怖い。バカサス(5・6)
 「箱庭図書館」 乙一 ★★★☆
---集英社・11年---

読者投稿作を作者がリメイクした六編の短編集。投稿中に拾った鍵に合うドアを探す少年が殺人現場に
遭遇してしまうサスペンス調の「ワンダーランド」、存在しえな叙情的い雪面の足跡から、現実とは少し違っている
パラレルワールドの女の子と出会い、メッセージ交換が始まる。結婚しているもう一人の自分や
生きていないはずの人、現実との違いを前に二人は…「ホワイトステップ」など文善寺町を舞台とした物語。

リメイクするとどれも乙一っぽくなりますなぁ。いろんなテイストが味わえるお得な一冊ですかね。
ありがちなネタやわかりにくいのもありますが、後半の三つがいいので投げ出さないで。少年や少女を
書かすとうまい作者だけに、青春の痛さが出ててグーです。「青春絶縁体」ってのがまたイタイ。友達のいない僕が
過ごす、女子の先輩と二人しかいない文芸部での日々。口の悪い罵り合いをしたり、小説を書きあったりする
二人だけの世界は、通じ合ってる楽しさと、そこでしか生きられない痛さが同居して青春真っ盛りって感じだ。
やっぱり「ホワイトステップ」がオススメですね。近藤君とほのかさんのすぐ消えてしまう雪面の雪がメッセージだけの
やりとりって設定がオサレでございました。雪が消えれば出会えないのも切なくていい。些細なことで全然違った
もう一つの世界って、設定は古いですけど、とある事故のために出会えなくなった二人のために懸命にやりとりする
近藤・ほのかの二人の懸命さにほっこり暖かい気持ちになるのでした。ところで乙一って頭で映像化しながら読むと
いちいちアニメっぽいですよね。なぜだろう。全体を通すとフツーの一冊、バカ青春(5・6)ってとこ。

 「ひと」 小野寺史宜 ★★★★
---祥伝社・18年、本屋大賞2位---

突然に両親を亡くした柏木聖輔は大学を中退せざるを得なくなった。葬儀も終わりとりあえず一人で生活しなくてはならなくなった。
縁あって商店街の「おかずの田野倉」でバイトを始めた聖輔は、真面目な性格から店主や仲間に信頼されていく。
大学時代のバンド仲間や、故郷鳥取での同級生にも支えられながら、聖輔は自分の将来を考えるようになる。

良くも悪くもクセのない温かい人情話である。本屋大賞2位だったみたいだが、飛びぬけてすごいこともないし
嫌な点もない。いい本であることは間違いない。本もたまにはいいよ、って薦めたくなる誰に対しても「いい本」だと思う。
本書の主人公は、突然家族を失って自分で生きていかなければいけなくなった聖輔だけども、自暴自棄になったり
悲観してすねたりしない。ホント草食系の淡々とした子である。自分の状況を受け入れて、やってたベースをやめてバイトを
真面目に勤め、親の足跡を追って、将来どうなりたいのか考える。慎ましい生活をしながら、免許を取ったり勉強したり…
控えめでマジメだ。となれば読者的には好感度が高いに決まっている存在なのである。そんな聖輔に関わってくる人たちも
真っ当な人たち、というか聖輔がマジメなので聖輔を邪険に扱えないって感じかな。実直に生きていれば「ひと」は
寄ってくる。仲間はできる、ということか。こんなに素直に前を向いて一歩ずつ生きていける頭と心が自分にも
あればいいなぁと思った。何といっても惣菜店「おかずの田野倉」のメンバーがいいね、子供のいない店主夫婦や
ちょっとだらしないけど自覚が芽生えてきた先輩の映樹さんとか、ただの雇用関係なんだけど、そこに縁を感じる。
自分の店を継がせてもいいな、と思える存在がいるのは素敵なことだ。昭和でいうとこのねじめ正一か、重松清か、
令和の市井の人情作家になるのかもしんない。バカシブ(6・9)