「木挽町のあだ討ち」 永井紗耶子 ★★★★☆
---新潮社・23年、直木賞、山本周五郎賞、このミス6位---

木挽町の芝居小屋の裏手にて菊之助という若者が、父親の仇討ちとしてかつての下男・作兵衛と決闘の末その首を
討ち取る。多くに目撃されたこの仇討ちは芝居小屋を中心に語り草となっていた。仇討ちを終えて故郷に戻った
菊之助。そして二年後、菊之助の縁者と名乗る者が仇討ちについて聞きたいと芝居小屋の面々を訪れる。

このミスの6位に時代小説が入ってるなんて珍しいじゃねえか、直木と山周賞もとってんのかい、そりゃ大したもんじゃねえか。
そういや青山文平や乙川優三郎なんて好きで読んでたけれども最近はとんと時代物から離れっちまっていたからちょいと
読んでみようかと思った木挽町のあだ討ち。落語のような町田や太宰であったふうな語り口調の文体がなめらかで
気持ちいいやね。主人公が関係者に一人ずつ聞いてまわる連作短編のような体裁なんだが、仇討ちの話はそこそこに
相手の来し方ばかり聞いている。幇間(太鼓持ち)をしていたが流れて木戸芸者で芝居を語っている一八。武士を捨てて
筋書をしている金治。行き倒れ隠亡(火葬の番)に拾われ、巡って芝居小屋へ拾われたほたる。その生き方一つ一つが
壮絶でおもしろい話であって、いろんな来し方があったもんだなぁと思ったんだが、考えてみるとそんなもの仇討ちと
何の関係もないじゃないかと思うのも謎の一つなわけだ。そもそも二年前の仇討ちには目撃者もたくさんいるわけで
一体何が気になって今さら聞いて回っているんだかわかりゃしない。しかし話を聞いているとどうやら仇討ちには
裏があるんじゃねえか、と次第に見当がついちまう。だからって本書の魅力が削がれるわけじゃないよ。武士としての
生き方に固執してしまう菊之助、まっすぐな人柄にそれをほっとけない芝居小屋の面々が一つの結末に向かって集ってくる
その構図が気持ちいいんだ。人の矜持とか人情とか、それを前にしちゃ武士であることなんて大したことじゃねえ、
肩の力を抜けと言うような飄々とした面々、来し方を聞いているから説得力があるってもんだ。驚きとかどんでん返し
とかなくても、心に刺さる人情話だ。読み終わって振り返ると芝居小屋の面々が鮮やかに映ることよ。バカシブ(9・9)
「カカオ80%の夏」 永井するみ ★★★☆
---理論社・07年---

クラスメートの雪絵が「一週間くらいで戻ります」という書き置きを残して姿を消した。真面目で
福祉のボランティアまでしている大人しい雪絵がなぜ…。つい最近一緒に洋服を買いに行った手前
雪絵の母に関連を疑われた私は雪絵がしていたアルバイトを調べ始めるが事態は不穏な空気に。

一週間という期間で高校生の私が失踪したクラスメートを探し、あれこれと巻き込まれたりするという
冒険的な雰囲気のあるハードボイルド。図書館の<YA>コーナーにあったので中高生向きなんだろう。
すごく読みやすい。行きつけのカフェ兼バーのマスターや福祉セミナーで知り合ったお婆ちゃんらに
支えられたり交流したりしながら謎の中心に迫っていくのだが、そのいろいろと出会う過程が面白い。
女子高校生だから変な男が寄ってきたりもするし、今時っぽいなと思うのは失踪した雪絵が見ていた
ブログ相手(モデル志望の娘やお嬢様)との交流なんて。犯罪の匂いがして危ない目に遭ったりもする
物語だが全体的に安心して読める。ほほえましいというか何というか。でも読書好きな人達にわざわざ
読んでくれっ!とオススメするほどでもないかな。青春サスペンス(7・4)というところかな。
カカオ80%ってのは主人公が好きなビターなチョコレートのことでまぁさして意味はないぜよ。
「傍聞き」 長岡弘樹 ★★★★
---双葉社・08年、日本推理作家協会賞短編部門---

四編の短編集。最近横山秀夫が職人芸の警察小説の短編を出さないので欲求不満だと
お思いのパソコンの前のあなたにピッタリなのがこれ。消防士や救急隊員ら仕事師たちがプライドと
人情の挟間で生み出すドラマを堪能できる本書なのです。どれも短い内容ながら仕事としての責務と
個人としての打算や憤りのバランスをうまく描いている。実に横山チックだ。「899」という話は
好意を寄せる女性宅が火事になり、幼児救出に入る消防士が女性にまつわる事実に気づいて
動揺してしまう内容だ。「傍聞き」は警察官の女性が殺人犯や窃盗犯を追っている日常の裏で
子供に手を焼いているところが描かれる。以前に逮捕した男が近所にいることを知り、逆恨みを
心配するのだけど…。家庭でも仕事でも「傍聞き」という言葉を巧みに使ったオチはさすが。
個人的には好きなのは、腹部に怪我をした患者を乗せた救急車が病院を目前に隊長の支持で
ウロウロ周回し始める「迷走」。時間も限られている緊迫した中で、恨みのある患者に対し隊長が
私憤を晴らしているのかとハラハラ。横山秀夫に及ばないのは、謎のネタがバレやすい点か。
「傍聞き」は読めなかったけれどね。しかしそれで魅力が損なわれない人情ドラマはさすが。
気軽に読める短編をお探しならオススメだ。シブパクの(8・7)くらいはありますな。
 「教場」 長岡弘樹 ★★★★+
---小学館・13年、このミス2位、文春1位---

六編の短編集。最初の「職質」を紹介。宮坂と平田は職務質問での成績が悪く、次に退校させられるのは
どちらかだと言われていた。落ちこぼれ同士仲のいい二人だったが、落ちこぼれているには理由があったのだ。
警察官を志すきっかけとなった過去、男の矜持を揺さぶるその理由が、ある事件をもたらすのだった。

↑「傍聞き」の時も書いたけれど10年前の横山秀夫っぽいですなぁ。本格ミステリのプロットと
人間ドラマの融合だ。今回は警察…ではなくて警察官を養成する警察学校が舞台だ。運転技能・職務質問や
初期捜査などの警官としての技能を学ぶ学校、というか無理な人間をふるいにかけて落す場所…という舞台が
目新しくて面白い。厳しい規則と厳しい教官たちと対峙する一癖も二癖もある生徒たち。プライドや打算、劣等感や
不安などが発端で問題を起こしまくるのである。実際にこんな不祥事だらけな学校はありえんだろうけれども(笑)。
ここに出てくる風間という教官の魅力が物語に花を添えてる。ミステリでいう探偵役に近いですかね。多くは語らないけど
些細な生徒の変化から、心境や問題行動を見抜いていくのである。こいつがカッコイイ!こんな教官に呼び出されて
「君は最近…のようだが、どういうことだ」などと変化を指摘されたら震え上がってしまうわ。厳しい社会に出るための
現場と、風間という教官の魅力、どうしても男臭い小説になってしまいますなぁ。一応女性もいるんだけどもね。
「日記を書く必要があるが、少しでも創作や虚偽の事実があるとNG」とか、そうなのか!と驚くことが多くて
楽しかった。でもこういう職業意識の高い物語、たまらんなぁ。娯楽性が高いのでバカパク(8・8)だね。
 「群青のタンデム」 長岡弘樹 ★★★☆
---角川春樹事務所・14年---

八編の連作短編集。耕史と史香は警察学校を卒業後もライバルとして競い合っていた。それは新人時代から、教官になり
別の勤務地になっても、年齢を重ねて出世しても変わらない。ストーカー・数字破り・公務員事故死…友人でありライバルとして
常に近くにいて、助け合い警察官人生を駆け抜けた二人の間には友情以外にも隠された秘密があった。一つだけ紹介。
『符丁』…以前の事件で出会った薫の義父が殺害される。史香はデパートのトイレから双眼鏡である男を探していたのだが
デパートから不審人物と思われているようだ。耕史からは人の管轄で手柄を取ろうとしているとからかわれ…。

耕史と史香が主人公。警察学校卒業後の新人時代の話かと思ったら、短編ごとに時間が進んで最終的には30年以上
経ってて署長とかになってる…。島耕作かっ。各短編ごとに犯人や意外な真相があって楽しめ、最終的に連作としての
意外性もある趣向だ。面白いのは、事件の合間に耕史・史香のライバル同士の助け舟があったり、最初の事件で関わった薫という
学生が警察官として登場するドラマ的な部分があるところ。教官・巡査・署長などいろんな立場が楽しめるのはいいですね。
警察官として一定の距離があるけど、相方のような存在ってうらやましい。まさにタンデム。長い警察人生を振り返ってしみじみする
読後感がありました。駆け足すぎたんで大長編のほうが良かったんかもね。短編集としては普通に楽しめる程度ですが
本書のキモとなっているであろう『友情以外の秘密』に関しては。まぁ驚きますけども納得がいくかと言われるとちょっと
アレですわなぁ。もちろんここには書けませんけれども、いやそんなこと許されるかっ!という真実には切ない気持ちもありつつ
「ん?」とモヤッとした感じも。ま、フィクションですからね。堅いこと言いっこなしですかね。長岡作品なら↑にあります
「教場」のほうがオススメです。人情・郷愁的な雰囲気ただよってるんでバカシブ(6・6)ですかね。
「弟切草」 長坂秀佳 
---角川ホラー文庫・99年---

事故にあった公平と奈美は洋館にたどりついた。内部では鎧が動き女の幽霊が出没するなど
不気味なことが次々起こる。公平は自分の制作したゲームそっくりであることに気づく。

昔スーパーファミコンで出たサウンドノベルを元に新しく書いたもの。プレステでも出たっけ?
こんな目に現実に遭ったら怖くて死ぬな、というくらいの出来事だ。…が、全く怖くない。
笑っちゃう程文章が安っぽいのである。後半に進むにつれ盛り上がるどころかズンズン
お寒い文章・内容に…。馬鹿馬鹿しくなりました。リアリティなし、あり得ない内容ならそれなりの
雰囲気を構築して誤魔化してほしいものだ。でも乱歩賞作家なくらいだから元のゲーム版の文章を
意識してわざとこんな文章にしているのだろう(たぶんね)。読みやすいので中学生なら大丈夫かな?
読書好きにはもちろん薦められない。

「今夜、すべてのバーで」 中島らも ★★★
---講談社・91年、吉川英治文学新人賞---

小島は17年間アルコールばかり飲み続け入院することになった。小島がはまった
アルコール中毒の世界。そして入院中の周りの人々の個性的な日常を描く。

作者の体験をフィクションで書いたもののようだ。病院内の描写は強烈なキャラが多くて
面白い雰囲気だが、後半ちょっとしんみりしてしまう内容もある。『中毒』に関しても少し
わかる説明もあった。文章も読みやすいし、さらっといけるでしょう。私は酒をおいしいと
思わないので異世界の話だが、酒好きは違う見方をするんかな?
何にせよ飲みすぎとか酒乱は自分にも周りにもろくなことは無いからやめとこう。
作者はアルコールより他の中毒に気をつけたほうがよさそうだ、皮肉だけど。

「ジャージの二人」 長嶋有 ★★★☆
---集英社・03年---

群馬の山荘で何日か過ごすことにした父子、離婚歴二回で三度目の結婚も
微妙な父と、妻が他の男に恋している主人公。特に何もない避暑地のボロ山荘で
何となくダラダラと過ごす二人を描いた物語。「ジャージの三人」との二本立て。

ちょっとした問題を抱えつつも「別にいいや」的思考で深く思いつめないような二人が主人公。
説明が難しいのだがとりたてて書くほどでもないことを書いている小説だ。犬の散歩したり近所の人と
会ったり…そんなことばかりなので一歩間違えれば退屈なのだがなぜか愉快。山荘で過ごす時間に
流せるような空気。ブカブカのジャージみたいなたるみ具合が心地よくてニヤけてしまうし
二人のとぼけた会話が引き立てている。どこが面白いとかではなくて全体に漂うゆるい感じが
味わい深いとでも言うべきか。何故か知らないがこのグダグダ妙におもろい。何でやろ。

「タンノイのエジンバラ」 長嶋有 ★★★☆
---文藝春秋・02年---

四編による短編集。表題作→何やら切羽詰まった事情があるらしい隣家の女性から
娘を預かることになった。ご飯を食べさせ、世代が違うながらも会話をしてみるのだった。

純文系の人だから面白いという表現は違うかもしれないがにやけてしまう空気感が好きだな。
娯楽小説がゴールデンのバラエティだとすると、長嶋有は深夜のタモリ倶楽部のようなゆるさが
売りだと思う。「安室は今でも好きだよ。でも小室は嫌い」「同じ『むろ』なのにな」「関係ないよ、そんなの。
馬鹿じゃないの」…なんて失業したオタク男と隣家の女の子との小道具を交えた妙な会話が笑える。
バーモントカレーの話とかデビルマンに出てくる妖鳥などとぼけた空気を出しておかしい。人間同士の
距離感も好きだなぁ。表題作の男も隣家の女性の事情は気にしないし、「夜のあぐら」でも弟が
学校をやめた理由が「いじめたのか・られたのか」どちらか正確には知らない。別に相手を気遣って
聞かないというより自分から聞くほどでもない…という自然な感じだ。四編ともそういう人物が多くて
その距離感がリアルに感じられていいな。そう思うと普段読んでる娯楽小説はいかに「知りたがる」
内容かと気づくね。だからたまにこういうたるんだ空気の小説が読みたくなるんだろうなぁ。

「猛スピードで母は」 長嶋有 ★★
---文藝春秋・02年、芥川賞---

すまないが「文学です」といったものを理解していない私には本書は何がいいのかわからなかった。
何を描いていたのだろう。「ジャージの二人」のようなゆるくて適当な味わいもあまりしなかったし
好きじゃないね。普通に退屈してしまった。だからとりあえず読んだということだけ書いとこう。

実は本書を読んだ日は、十五年以上飼っていた猫が死んだ日とその翌日だった。
苦しそうな顔で死んだ猫という現実の前では純文学系は味気なくてあまり頭に入らなかった。

「くちびるに歌を」 中田永一 ★★★★+
---小学館・11年、本屋大賞4位---

長崎五島列島。合唱部の顧問が産休のため、臨時で柏木先生が赴任してきた。美人の柏木先生目当てで合唱部には男子も
加わることとなる。柏木先生は15年後の自分へ手紙を書くように部員に告げた。そこに綴られた様々な悩みや秘密、中学生達は
それらを抱えて日々を過ごす。まとまりのなかった合唱部は、コンクールに向けて徐々に一体感を取り戻していく。

出た〜〜!!青春ど真ん中ぁぁ!お前はNHK教育かっ。灰谷健次郎かっっ!くわっ!というほどの青春でしたわ。
そんでこんなん大好きだわ。自閉症の兄を持ち、教室でぼっちをこじらせているサトルや、堕落した父の影響で異性嫌いを
こじらせちゃったナズナ、部員の皆がそれぞれに合唱部を通して成長していくわけです。個人的にも、そして合唱部全体の
結束も。教室で話かけられないようすぐ寝たふりをしたり、言葉が詰まったりするサトルが読み終わったときにすごく大きな成長を
見せていることに何とも言えない感動を覚えた。サトルの兄に対する思いが手紙によって明かされる終盤は切なくて切なくて
胸が詰まった。中学生がこんなことって…。前半は普通なんだけど、後半の感動場面のラッシュは勘弁してほしいわ。
コンクールの当日に、産休に入っていた先生が破水して出産間近とか…、ベタな王道すぎるやろっ!と思いつつ…ウルッ。
コンクールの応援に来たサトルの兄が「声を上げて迷惑をかけるから」と会場には入らず、お父さんと外のモニターで
聞いているんだけど、それを知ってからの会場の皆がしたこととか…またウルッ。『誰も切り捨てない。全員で前に進む。
そう決めたんだ』柏木先生のまっすぐな決意の言葉が好きだな〜。一人じゃないから成長できてる。青臭いぜっ!なんかもう
こんなストレートな話に感動する自分が恥ずかしいけど、読んでよかったわ。五島列島の青空のようなさわやかで清々しい
小説でした。バカ青春(2・10)進呈。本読みは知ってると思いますが中田永一は乙一の別名義です。
本作は映画化もしたみたいですな、ガッキーが柏木先生かぁ。なかなかイメージ合うわぁ。
 
「私は存在が空気」 中田永一 ★★★☆
---祥伝社・15年---

六編の短編集。「少年ジャンパー」→とんでもない顔で引きこもり気味な僕は、駅のホームで転落した同じ学校の少女を
能力を使って助けたが仕方なく能力を明かすことになる。「私は存在が空気」→自在に自分の存在感を消せる私は、誰かと
同じ部屋にいても気づかれない。私は友人の頼みで憧れの先輩を調査することになった。その理由は先輩が犯罪に
関わっているかもしれないからだ。………ってなわけでどの短編も超能力があって、それを隠しながらも生活している彼らが
何やら事件に巻き込まれ切り抜けるような物語が多かった。高校生が多いのだけれども、超能力でやりたい放題ってわけでもなく
わりと持て余して生活している。バレたら大事だから当たり前か。能力はスゴイんだけど、世界を救うようなことじゃなくて
近くの友人とか狭い世界で完結している。どれも軽妙でコミカルで、居心地の良い超能力物語だ。こんな力があったらな…
っていうくらいの。ただすごーく軽いので「おもしろかった!」と思ってすぐ忘れるだろうなぁ…。人生を変えないタイプの本だ。
小中学生の読み物としてオススメしたいな。こういうのから読書好きになればいいと思う。文豪のやつじゃなく。
個人的には「ファイアスターター湯川さん」が好み。ボロアパートに越してきた色白湯川さんが能力を使って、管理人の僕を
助けてくれてアパートの人とも和気あいあい…からの大バトルに発展するのは必見だ。落差スゴイな。バカSF(4・7)
「霊厳村」 中原文夫 ★★
---ハルキホラー文庫・01年---

昭和30年代の村が見たいと岡山にやってきた徹は霊厳村に迷い込んでしまう。
霊厳村ではいきなり感情が爆発したりする変な人間ばかり。おまけに呪いによって夢を
見ることができないらしい。村で夢を見たことを知られた徹は訳もわからず捕えられる。

夢を見れない人の他にずっと夢うつつで生活しているのもいたりする変な村。
ホラーなんだけど怖いんだかふざけてるんだか…「夢」ってのがキーワードになっていて
ちょっとハチャメチャでわかりにくいかも。「世にも奇妙な物語」にありそうな話でした。

「銃」 中村文則 ★★★☆
---新潮社・03年---

昨日私は川原で死体を見つけた。側には銃が落ちている。私はそれを拾って帰った。
いつもと変わらぬ日々だが銃を手にし、撃つことができる権利を得て生活は変わった。
そして射撃をする機会を経て私は銃の持つ非日常の力に興奮を覚え、とりつかれてしまっていた。

銃を手にした大学生が変容していく様を描くわけで、純文学系にしては直球という印象ですね。
誰に言うでもないけど持ってるだけで「撃つ」選択肢があるだけで高揚していき、徐々に実際に
行動したくなる衝動はわかる気がするのが不気味だ。そういえば主人公像も不気味であった。
他者に対する感覚の希薄さや上から見るような観察が気持ち悪い。親子の再会場面でドラマみたいな
台詞を本当に吐く親に突然嫌悪感を覚えたり、面白くするためや目的を達するために計算して喋ったり
という人間味の薄さがうっすらと描かれるが、主人公が銃を撃った後の表情やラストの行動で一気に
不気味さが読者に浸透してくる。鬼に金棒、変質者に拳銃…徐々に本領発揮する狂気にゾクッとした。
隣家の虐待する親、される子、拳銃を持っていることを見抜く警察官など印象に残る人物たちが
話を面白くしていたが最後まで活躍せず残念。物足りなさもあったのでもっと壊れた内容でも良かった。
「遮光」 中村文則 ★★★☆
---新潮社・04年、野間文芸新人賞---

恋人が死んで以来、他人から見ると異常なものを小瓶に入れて持ち歩いている私。平気で嘘を
並べたて美紀が生きているように振る舞い、会話でもケンカでも自分が演技をしているような
隔絶感があった。喪失感から来る不安や捨て鉢な気持ちを意識しつつも止められないのだ。

作者の小説は三冊目だが共通したテーマのようなものが見えてきました。本書でも辛い経験をした
主人公が心中の鬱屈した何かを探る物語だ。辛い経験の象徴が今回で言う小瓶への執着である。
本当は恋人の死と自分の孤独感は知っている。でも怒っても自分がキレてる演技をしている気がするし
嘘をつくことに高揚感を覚えている。真実を認めたくない気持ちゆえに、ホントは真実を理解しながら
現実的ではないことを無意識にやったり、本当の自分を探しているような気分になる。矛盾である。
自分の感情を肯定したくて、でも否定したくてその間に挟まってもがいてる。うっすら自分でも
気づいてるがその殻を破れない。相変わらず暗いが本書はわりとわかりやすい。シブ知(4・9)
「土の中の子供」 中村文則 ★★★☆
---新潮社・05年、芥川賞---

親に捨てられ遠い親戚のもとで虐待された記憶のあるタクシードライバーの私。暴力の
記憶のためか、ぼんやりとしたまま危険な目に遭ったり暴力を受けるような場面に自ら赴こうと
してしまう。虐待をすりこまれた意識を抱えて私は日々を生きる。短編「蜘蛛の声」も収録。

暗い話って好きなんですよね。苦い記憶や恐怖・苦痛は意識しないくらい脳の奥深くにあって
人間の生き方に影響している気がするからだ。人間の根源である気がするし抗うことのできない
力があるように思う。本書はそれを真っ向から書いちゃった小説だ。自分の性格の形成に影響した
虐待という過去に翻弄されている主人公が、暗い衝動と過去との因果やつながりを無意識的に
探っていく。それが手に届きそうで届かなくてもどかしい。人間というものは死ぬような状況でも
本能的に体が防御して生きようとする。物語中に変な衝動のせいで階段から落下しそうだった
主人公が無意識に助かる場面がある。物語の終盤にまたまた酷い目に遭う主人公が土壇場で
強く思った事柄が、肉体だけでなく精神も無意識に生きようとする力を秘めていることを暗示
していると思いたい。とても暗い話だけど、暗い部分を本当に見つめないと乗り越えることは
できないんじゃないか、そう訴えているようにも思えた。シブ知(5・8)進呈。
「悪意の手記」 中村文則 ★★★☆
---新潮社・05年---

難しい病に侵され死を感じた私は、死の恐怖から「この世はくだらない」と否定することで
恐怖を遮断しようとした。その後私は病から生還した。しかし一度軽蔑した現実の生活へ戻ることは
容易ではなく、死を意識し生とは隔たりがあるまま親友を殺してしまう。私の心にあった虚無とは。

病から死を考え世界を軽蔑する思考に囚われ、そこから病が治っても戻れない学生時代の
苦悩を描いた『手記1』は迫力があって面白かった。世の中に魅力を感じないが、死ぬ恐怖は
まだ残っていて、心に巣くう虚無の正体に動揺する心を丹念に綴っている。相変わらず暗いが
漠然と濁す純文学の中でわかりやすく描こうとする作風は好きです。しかしどうせ死ぬのだと
前半でいいながらなんだかんだ進学して生活しちゃってる後半『手記2』『手記3』はイマイチかも。
親友を殺害しながら生きている卑怯さから逃れようとするために、善悪の区別の無い人間に
あえてなろうとして、後戻りできないから自棄になっているような都合のいい理屈に思えてしまう。
前半の「この世はくだらない」という虚無に巻き込まれる私と、後半の悪になろうとしてなりきれず
理屈をこねる私は何か違う気がした。テーマがカミュ「異邦人」に似てるかも。シブ知(5・8)
「何もかも憂鬱な夜に」 中村文則 ★★★★
---集英社・09年---

施設にいた頃から自殺の発作があったり不安定なものを抱えている僕は現在刑務官をしている。
憂鬱を抱えたままの僕の前に、死刑判決を前に控訴しないという青年が収監されてくる。自殺した
知人、倫理を捨てた強姦魔、憂鬱の正体を揺るがす言葉の中で僕が見つけた生きる意味とは。

相変わらず暗く心中の鬱屈を見つめる話である。性や暴力の衝動に襲われながら自分を有害だと
思い自殺した友人の記憶、かつて自分を騙して仮出所し強姦を重ねた佐久間という男が言った
「倫理や道徳から離れれば世界は違って現れる、何かのサービスのように」そして「あなたもこっち側の
人間だ」ともいう言葉が恐ろしい。悪を憎みながらも自分がいつか犯罪や自殺をやらかして
しまうのではないかと考えている主人公の憂鬱がその言葉に揺らぐのが見えて、とてもヒリヒリした
読み味になっている。根源的に生きることや罪に不安定な思いを持っている主人公だが、どれだけ
不安定に揺らごうとも完全に針が振り切らないのは幼少の頃の施設長の言葉があったからなのだ。
その言葉が生きる意味としてつなぎとめている。ちょっと安易な希望のあり方かもしれないけどね。
でも主人公が揺らぎながらも掴んでいるその意味を死刑判決を待っている青年に伝えるラスト近くは
作者にしては珍しくわかりやすくて力強い答えではないかと思った。全体的には憂鬱まみれなんだけど
それを把握しようともがく作風は憂鬱の逆の何かに気づける。この路線、嫌いじゃない。シブ知(5・8)
 「笑え、シャイロック」 中山七里 ★★★★
---角川書店・19年---

帝都第一銀行の結城慎吾は、人事異動で渉外部へやってきた。焦げ付きそうな債権を回収する銀行の裏街道である渉外部。
結城はそこで凄腕でくせの強い山賀という社員の下についた。回収が天職のような山賀、知略を使う剛腕野郎
”シャイロック”山賀の姿に、結城も感化される。そしてとある事件が起こり結城は山賀の案件を引き受けることとなる。

銀行の物語…ということで経済用語や銀行用語が出てきてちょっと難しいのかなぁと思いきや何とも読みやすい。
経済音痴の自分でも楽しめた。何より普段内情を知れない一般のお仕事を少し体験できるタイプの職業小説っぽいのは
好きなので、銀行の渉外部というのはワクワクした。本書は長編のようだけど、連作短編といったほうがいいような気がする。
各章ごとに不良債権を抱えた人物が現れて、結城がそれに対して策を弄して回収へこぎつける…という展開だ。とんでもない金額を
借りておいて、どいつもこいつも「ないもんは返せん」だとか「銀行が債権を放棄したらどうだ」とか言ってくるので、「あぁ!?」と
思ってしまうが結城が回収マンとして開眼してグレーの手段ででもバッタバッタと回収するのでスッキリする内容だ。
結城にプライドがあるので読み手としては応援したくなる。貸し剥がしとかどちらかというと銀行側が悪く印象づけられることも
多いですが、自分の道を信じて進むので力強い。現実はこうばかりじゃないだろうが、銀行屋VS悪党みたいな構図で楽しい読物に
なっている。ホントは山賀の活躍がもっと見たかったんだけど、山賀カッコイイ!と思った頃に退場してしまって結城が
主役化してしまったからね。別にいいけど。回収のストーリーの裏で銀行の合併問題と、山賀に起こった事件が進行していく
オマケもついていてミステリーの味も楽しめる本書。エンタメ色が強かった。バカパク(9・5)
「流浪の月」 凪良ゆう ★★★★
---東京創元社・19年、本屋大賞---

両親がいなくなり親戚の家にいた更紗だが、環境にも慣れず義兄から悪戯され家に居場所がなかった。
ある日、近所の公園にいるロリコンと呼ばれていた男子大学生・文の家についていく更紗。誘拐と騒がれていたが
更紗には安らげる時間だった。しかしその時間は長く続かず二人のことが明らかに。そして十五年、犯罪者と
被害者のレッテルが張られ大人になった二人だったが、偶然寄ったカフェで更紗は心の拠り所だった文と再会する。

数年前に本屋大賞をとって話題となり映像化もしてた本書。今さらながら気になって読む。前半からモヤモヤするな。
文が更紗を家へ連れていく。文は何もしないし更紗はむしろ救出されたわけなのだが、それは結果であって
心配する人もいるし、結果的におおごとになって後半生きづらくなったわけで、文はそれはわかってたでしょ、と。
二人が良ければ良い、というのは通用しないぞ、と理性的な部分が読みながら働いて気になってしまうな。
後半の大人パートは二人に同情してしまう。もう終わったことなのに腫物に触るように扱われてしまう。
特に何もされてないのに、と言おうが好奇の目で見られる。更紗は過去に縛られて諦観が染みついちゃっているし
DV男も寄ってくる。二人でいるのが心地よい居場所なのに、誰も自由にしてくれない、そんな閉塞感でいっぱいだ。
身の処し方がへたくそで面倒だなぁと思うところもあるが、二人の繋がりが静かで強くてもうほっといてあげれば
いいのにと言いたくなる。モヤつくところもあるが、物語としてはいいテンポで面倒ごとが出来するので気づけば
一日で読んでしまった。何だかんだ熱中しちゃったんかい。何より読後感の良い終わり方で救われる。バカシブ(8・8)
※周囲に理解されない世界、外側の干渉、朝井リョウ「正欲」に感じが似てますね。
「西の魔女が死んだ」 梨木香歩 ★★★★☆
---楡出版・94年(新潮文庫01年)
日本児童文学者協会新人賞、新美南吉児童文学賞、小学館文学賞---

登校拒否気味になったまいはしばらく母方の祖母の家で過ごすことになった。自然に溢れた
静かな生活、心は様々なものに影響されながらも、まいは祖母の教えで魔女修行を始めた。

優しい場所に優しい祖母、感受性豊かな年代のまいが今の自分をまっすぐ見つめようとする。
読者もまい同様、気持ちが浄化されていくような感覚になるでしょう。児童文学らしい温かさですね。
登場人物・風景ともシンプルで無駄がない。疲れている方、自分を見直し魂をキレイにしてみては
どうでしょう。一応言っときますが魔女ったってほうきで空を飛ぶような話ではありません。
話を聞いていると魔法にかかった気がするのは確かですが…。癒しの小説ですね。
「からくりからくさ」 梨木香歩 ☆挫折☆
---新潮社・99年---
祖母の遺した家で共同生活を始めた4人の女性。染織や機織りなど独特の世界を持つ4人と
「りかさん」という人形。りかさんは今は話さなくなったが以前は管理人の蓉子と話ができたらしい。

結論から言うと残り100ページ程で読むのを止めてしまったのだ。久々の挫折本となってしまった。
4人のゆっくりした静かな生活は良かったのでしばらく読んでいたが、染織の話やキリムの話に先祖の話が
絡んでややこしかった。おまけに植物や色の名前がしょっちゅう出てきてわかんないもんだから混乱。
1日あいだを置いて読んでただけで何が何やらって感じで。興味を持った人や雰囲気にひたった人は
面白いらしく評判はいいようだが、私は読みにくかった。残り100ページまでは読んだんですけどね。
別に続きが読みたいと思ってないことに気づいて止めときました。はぁ…。

「エンジェルエンジェルエンジェル」 梨木香歩 ★★★★
---原生林・96年---

寝たきり気味のおばあちゃんと熱帯魚の水槽がコウコの家にやってきた。夜にトイレの世話を
するコウコだが、おばあちゃんが自分を「さわちゃん」と呼ばせ口調も変化していることに気づく。

おばあちゃんこと「さわちゃん」の学生時代とコウコの現在が交互に描かれていく手法。
おばあちゃんが学生時代の後悔を引きずっている。誰しも後悔ってのはあるんだろうし、年を取っても
解き放たれないこともあるんだろう。そんな心理を優しく包んでくれるのが熱帯魚。と言っても全然
可愛くなくて、コウコ家では凶暴化して同居魚を食してしまう熱帯魚が存在しどんどん水槽からは魚が
減っていくのである。おばあちゃんはその凶暴な魚を極端に嫌うのだけど、コウコは言う。こいつも
好きでこうなったんじゃないんだ、この水槽を作ったのは自分なんだから、って。小さな世界を
俯瞰する視点を持つことで、過去の自分をも慈しみ許せるような癒しとなぐさめがさりげなくて素敵だ。
シンプルで優しく少しばかり考えちゃうようなバランスが良い本だ。中学生くらいにもオススメできるぞっ。
「家守綺譚」 梨木香歩 ★★★★
---新潮社・04年、本屋大賞3位---

訳あって学生時代に亡くなった親友・高堂の実家に住む征四郎、庭のサルスベリに惚れられるし
犬のゴローは不思議な犬だし、河童は訪れキツネに化かされる。あげくに掛け軸の中から死んだ高堂が
ひょっこり会いにくるのである。物書き青年と自然の者達が交わるちょっと不思議な日常。連作短編。

時には人間を惑わす存在、時には印象的な道具として植物がひんぱんに登場する。さらに河童や
キツネや小鬼…。人間・動物・植物。妖怪(?)すべてが主人公で主従ではなく等しく生きる存在として
扱われている。不思議な話なのだが、それらを「ああ、あいつらの仕業か」という具合に普通の出来事として
受けとめている。荒唐無稽と現実の中間点のような不思議さが心地よいな。花や犬など動植物には何か
得体の知れない「力」があるような気がするという感覚を具体化した物語は、多神教や自然崇拝が好まれた
日本人の気質にもピッタリだし、一昔前にありそうな日本風土をゆるゆると描いた味わい深い小説である。
この空気にひたると本を閉じるのが惜しく感じられた。小説全体を通した大きな感動でもあるほうが
好きなんだけど小粒な不思議さを小出しにされる淡々とした感じが雰囲気に合ってて良かった。
一編は十ページ未満で全150P、あっさりと読みやすくて味わい深い一冊。結構オススメ。
「村田エフェンディ滞土録」 梨木香歩 ★★★★
---角川書店・04年---

トルコ文化を学ぶために滞在している村田、その屋敷に住んでいるのは英国人のディクソン夫人と
トルコ人の使用人ムハンマド、学者であるオットーとディミトリス、そして道端で拾われた鸚鵡。
違う宗教と神と文化を許容しあって生きる屋敷で、ゆるやかな時間は過ぎてゆくのであったが…。

タイトルは「村田先生トルコウルルン滞在記」みたいな意味です。文化がまるで違うもの同士で
許容したり配慮したりする様子が楽しく描かれてます。行商の馬が石灰質の壁土を舐めていて
傍らで行商の爺さんが座りながら敷石の過去について語り、ムハンマドは表通りの連中と
仲が悪いのに意地になって表を通る。鸚鵡は前の飼い主の口癖なのか「いよいよ革命だ」とか
「失敗だ」と絶妙の間合いで叫ぶ。日常のトルコの風景が色鮮やかに浮かぶ端正な文ですね。
異国だから会話一つの意味でも文化の違いでわからなくて、だから逆に文化が違う者同士が
暮らすトルコの風景が不思議に思えてくる。西も東も同じなのだということを体現している国の
人間のあるべき姿が心地よい。終盤でそんなトルコも大戦に巻き込まれてしまうのが悲しい。
国や民族、宗教という括りがどうして障害になってしまうのだろうか。穏やかなトルコの屋敷の
住民達の生活を思えばそんな疑問も出てこようというものだ。シブ青春(7・7)
「そして誰かいなくなった」 夏樹静子 ★★★★
---講談社・88年---

クルーザー・インディアナ号に招待された五人の客と二人の乗務員。夕食時に各々の罪を
告発する声が響いた。これはアガサ・クリスティの小説と同じではないか…その心配を
あざ笑うように一人また一人と客は死んでいく。残された者は疑心暗鬼に陥り…。

クリスティの原作にそっくりですがもちろん違うオチもついています。そのオチはどうかね?と
思う人もいるかもしれませんがそれなりに楽しめるはず。何てったって怖いのです、特に後半部分は
恐怖が伝わってきます。展開がわかってるのに怖い。勘ぐらずに普通に読むと楽しいでしょう。
クリスティの「そして誰もいなくなった」は読んだ人のほうがいい…かな?

「こころ」 夏目漱石 ★★★☆
---角川文庫---

私が出会った「先生」と呼んでいる男性、彼はいつも静かで厭世的とも言えるほどであった。
ある時、先生から送られた手紙は先生の過去がつづられていた。

先生と私、両親と私、先生と遺書の3パートに別れるが後半がほぼメインである。描かれるのは
男女の三角関係を背景とした心理描写と苦悩でしょうかね。欲望と嫉妬に翻弄される先生の苦悩と
「K」の気持ちが描かれる。裏切られたK、知らされない先生の妻、後悔する先生、なんかかわいそうな人
ばっかりだな。後半ちょっと読むのに時間かかったけど純文学にしてはわかりやすくて良かった。
ただ世間で評されるほどの心理は味わえてないなぁ。そこまでスゴイ…?まぁまた読むか。

「坊っちゃん」 夏目漱石 ★★★★+
---角川文庫---

東京から地方の学校へ赴任してきた坊っちゃん。山嵐やうらなり君などいい人間もいれば
赤シャツのような不誠実な人間もいる。いやがらせや画策…一本気な坊っちゃんは
赤シャツ達のそんなこそこそしたやり方に憤慨していく。

漱石といえば近代の純文…近代の純文といえば退屈で暗いというイメージがつきまとう娯楽好きの
自分であるが、漱石の「坊っちゃん」は娯楽全開で驚いた。面白い。まず主人公は「単純で無教養で
損をしてでも道理に合わないことはしない」という頑固で融通がきかない坊っちゃん、子供っぽさを
未だに有しているのだ。やたら田舎者を馬鹿にするのは嫌な感じだがそれ以外は好きなタイプだった。
しかし本書は坊っちゃんがいかに生きにくいかを描いた作品だ。権力を自分に良いように使い、
都合のいい理屈を持ち出し煙に巻く赤シャツ…いわゆる世渡り上手な赤シャツを、坊っちゃんは
当然「くだらんやつめ!」と思うわけだが、実際いい目を見ているのは赤シャツだったりするのである。
世の中とはそういうものである。単純や真率な坊っちゃんが笑われる世の中なのだろう。そんなところも
うまく見せてる作品ではないか。「渡世の下手な坊っちゃんだ」とへらへらしてる者達が、結構世の中を
ダメにしているのだ。正義好きな坊っちゃんの魅力と、背景にあるやるせなさが良い小説だった。

…とまあそれはともかく本書は娯楽として一級品なので楽しんで読むことができる。短いながら
ちょい役にいたるまでキャラが濃いし、展開も早くて読みやすい。数々の画策にイライラする
坊っちゃんは見物であり、坊っちゃんが赤シャツに仕返しをする場面は暴力に訴えたとはいえ
痛快でさえある。だが結局は赤シャツの思うつぼになってるのだから完璧に釈然とはしないが。

「文鳥・夢十夜・永日小品」 夏目漱石 ★★☆
---角川文庫---

表題作三つに加え「京に着ける夕」「倫敦消息」「自転車日記」の六編の短編集である。
しかし読みにくかった。読む人が読めば文学的に感ぜられるかも知らんが、一般現代人の私にとっては
時代が違うのだから甚だ読みにくさが強調される。注釈が多すぎるというのも面倒でならないのであった。
気に入ったのは「文鳥」だ。可愛い文鳥とちらちら程度に気にする漱石のほのぼの空間が面白い。
文鳥はかわいそうだけど。「永日小品」「倫敦消息」はエッセイ色が強くなるのであるが、後者は特に
読みにくくてこれといった魅力も見出せず斜め読み。「自転車日記」は漱石が自転車に挑戦する話だが
乗れなくて苦戦し、ああ吾事休すと言ってしまったり、人間万事漱石の自転車などおかしげな場面や表現が
多くてユーモアある短編になっている。長さも丁度良い。総合してはそんなに楽しめず。
 「七つの海を照らす星」 七河迦南 ★★★★+
---東京創元社・08年、鮎川哲也賞---

児童養護施設の七海学園、ここで勤める北沢春菜は様々な謎に出会う。死んでしまったはずの少女が後輩のピンチに
現れる第一章から始まり、優等生の優姫が進学のために用意したお金の出所の謎と、学園近くにある廃屋に少女の
幽霊がいるという噂が絡み合う第二章など、様々な生徒の事情と七不思議。春菜が困って相談するのは、児童相談所の
海王さん。いつもニコニコ海王さんは、春菜の話を聞き意外な真実を突き止める。七編の連作短編集。

なにぃ、これがデビュー作だとぉ。嘘こけ!と言いたくなるうまさですね。読みやすいし、伏線の配置の妙と回収。
今まで見たことない謎!ではないんだけど、叙述トリックや消失トリック、誰もいないトンネルで聞こえる声などが七不思議のような
ファンタジックさで登場する。その一方で児童養護施設なので、虐待や複雑な家庭という現実的な問題が多く、そこで働く春菜の
奮闘ぶりはとても現実的である。二つの妙なバランスが作品の雰囲気につながってて素敵だ。とがってて他を寄せ付けない葉子、
おしゃべりで噂好きな亜紀、学園の卒業生の俊樹と美香など登場人物との関係も良くて、日常の謎ミステリとしてのやわらかさも
持っている。一編一遍でいちいち「やられたぁ!」となっているのに最終章でまとめてくるもんだからひっくり返ってしまった。
直接絡んでない海王さんの安楽椅子探偵でもあるし、遊び心満載な仕掛けもたっぷり。ミステリなのであまり語れないけど
バラエティに富んだ謎が登場する「連作の日常ミステリ系作品の模範回答」といえそうだ。最近は意外となかった気がしますね
正統派の日常連作ミステリって。ミステリらしいミステリをお探しの方にオススメ!バカパク(9・9)
 「アルバトロスは羽ばたかない」 七河迦南 ★★★★☆
---東京創元社・10年、このミス9位---

児童養護施設で奮闘する北沢春菜。母親に殺されかけた少年の過去、大事な色紙の盗難事件、刑務所上がりに自分の
娘を強引に引き取りに来る父親との対峙、悪戦苦闘しながら懸命に働く春菜だが、文化祭で高校の屋上から転落事件が
起きてしまう。事件か事故か、目撃情報や今年起きた出来事の春菜の日記をもとに、あの日の真実に迫る。

日常ミステリ「七つの海を照らす星」の続編である。まったくクオリティは下がってない、前回面白かった人はオススメですね。
さりげなく伏線を配置して物語をおもしろく進めてくれる。施設なんで重たい事情を抱えた子供が多いが、春菜の前向きさと
ユーモアある文章なので楽しい読み物になっている。でも今回は事件が事件だし、瞭というなかなか打ち解けられない女の子や
莉央という死に取りつかれたような子の話に、売春絡みなども出るので前作よりもヘビー。転落事件にかかわるパートは特に。
そしてその先に待っているのが、驚きの真実である。打ちのめされるような真相をあれこれ想像してたけど、終盤のあの一行で
想像以上に打ちのめされてひっくり返った。マジかぁぁ、ばんなそかなぁぁ…!まさかの真実。そこまでの仕掛けの反則スレスレの
際どさ(笑)わりと思い込みを反転させて明るい、前向きな真実を明らかにして読後感の良さにつなげてきた作者だし、本書でも
それは健在なのだが…ヘビー級パンチだった。施設や春菜に愛着を持ってほしいので前作からがオススメ。明るさでは前作で
骨太感では本作に軍配が上がる。ちなみに、今回はあまり海王さんが活躍しません。バカパク(8・10)
「同窓生」 新津きよみ ★★★
---角川ホラー文庫・00年---

史子は大学の友人とのミニ同窓会に参加した。しかし話に「鈴木友子」という人が出てきたのだが
史子にはそれが誰なのかどうしても思い出せない。一番仲良かったはず、と皆は言うのだが…。
その後、史子も同窓会メンバー達も「鈴木友子」に悩まされることになる。鈴木友子とはいったい?

登場人物は女性が多いです。つかみはOKだが後半はそれほどでもなかったような。
もっと怖い話だと思ってたけどさほどでもない。女性が多いのでドロドロした関係とか
よく書いてあるのだが、そっちの方がよっぽど怖いと思うよ…。

「二つの陰画」 仁木悦子 ★★☆
---講談社文庫・81年---

アパート満寿美荘の大家が殺害され、しかも密室になっていた。殺される前に電話を受け
誰かと会う予定だったようだが…その頃アパートの住人達は電話をしている者が多かった。
住人の誰かなのか、それとも。おまけに大家の遺言状で、遺産が赤の他人へ渡ることになりそう。

典型的な推理小説。ただ人物が多くって全員把握することは困難です。真相は驚きですが
ちょっと強引でないの?ミステリだから仕方ないけどさ。わざわざ住人の隠れた動機や
怪しい行動を書いたりしなくても良かったんじゃ?いかにも煙に巻こうとしてる感じ。もっとスマートに
なっていれば良かったのに。探偵役が若夫婦でどことなくユーモラスで読みやすかったです。

「赤い猫」 仁木悦子 ★★★
---立風書房・81年---

車椅子の老婆に雇われた多佳子、しばらくすると老婆はなかなか聡明なのだと気づく。
多佳子は母が殺された過去について老婆に話して見るのだが・・・。六編収録。

表題作は安楽椅子っぽい雰囲気です。その他誘拐ものや、「子とろ女」という怪談の女を
めぐる話、過去の事件について偶然集まった人が推理したり…で、どれも犯人が明らかに
なったりするわけです。一つ一つそんなに長くないし、いろいろあるので楽しめました。
ただ妙に複雑だったりする話があるのはちょっと嫌だったかも。

「夏の終る日」 仁木悦子 ★★★
---角川文庫・83年---

5編の短編集。探偵をしている三影潤、ある時は依頼を受けて調査している時、
ある時は休暇で伊豆へ来ている時、どうも殺人の気配のする事件に関わってしまう。
いくつもの名刺や尾行、探偵らしく調べていき事件の真相に肉薄していく。

しっかし、やりたい放題です三影潤。死体見つけても通報しないし、あちこち自分で
嗅ぎまわるし。まあそこが面白いんですけど。どれも読みやすかったです。

「クビキリサイクル」 西尾維新 ★★★★
---講談社ノベルス・02年---

孤島に住み続ける有名財閥の娘が、絵描きや占いの天才達を島に呼び寄せた。
しかしうち一人が首なし死体で発見された、容疑者は一名隔離されるのだが…。

天才達の集う島、首切り死体に密室、どことなく森博嗣シリーズを彷彿とさせますね。
そこにキャラを着色した感じです。天才を育てる機関があったりだとか軽いファンタジーな
設定でもあります。でも孤島でもあるし感覚は綾辻系の新本格の流れも入ってる感じでしょうか。
謎解きに関しては簡単です。伏線もあるし(ある意味正統派だ)トリックも犯人もオマケの
サプライズも大体の所は読めますね。なので「物足りないぞぉ」なんて偉そうにしてたんですが
その後の「後日談」でビックリ、ちょっと不明瞭な所もすべてひっくり返して明かされました。
謎を解いた気になって作者に踊らされてるような敗北感〜な読後でしたよ。うまかったですね。
リアリティはないけど、ミステリのパズル要素はふんだんに楽しめる作品でした。ただ文章や
キャラにクセがあるので苦手意識を感じる人もいるだろう。「うに〜」とか「僕様ちゃん」とか
サンキューを「さんくー」と言うとことかメイドがいたり髪が青かったり…そこは正直寒かったです。

「ダブルダウン勘繰郎」 西尾維新 ★★☆
---講談社ノベルス・03年---

蘿蔔むつみは日本探偵倶楽部ビルの前で双眼鏡を覗く勘繰郎と出会った。どうやら探偵
志望者らしい彼はビルの前にいる怪しい車を気にしているらしかった。そこには車体に
眼球が描かれ「殺眼」という文字のある怪しい車だった。

探偵志望の勘繰郎が過去の探偵大量殺戮事件の続きに関わることになるというわりと派手な
物語。ライトノベルだし登場人物が漫画に出てきそうな感じですね(「おうよ」とか言うし)。それゆえに
破天荒なこともできてしまうし都合の良い部分も許せてしまうし大きな物語も違和感なく
できる利点がある、が一方でどうしても緊迫感を出し切れない面もある。ライトノベルの抱える
ジレンマなのでしょう。本書もそんな印象です。スピード感もあるし大きな物語なのだが
探偵と元探偵と探偵を志す者の中で収束してるので少々物足りなさを感じる読後でした。
P130ほどで軽く読めたので損したとまでは思わないかな。濃いキャラで楽しめる人には良しか?
「DEATH NOTE アナザーノート ロサンゼルスBB殺人事件」 西尾維新 ★★★★
---集英社・06年---

FBIで失態を犯し休暇中の南空ナオミの元へ伝説の探偵Lから接触があった。LAで起こっている
連続殺人の捜査を自分の手足となって行ってほしいという。ナオミは早速被害者宅に向かったが
ベッドの下を調べようとすると『竜崎』と名乗る変な少年がノコノコと現われ、ともに捜査することになる。

大ヒットした漫画「DEATH NOTE」の小説版。原作では早めに消えた南空ナオミが主役ですが
原作以前にLとナオミが関わった事件を追ったもので、名前を書いたら殺せるデスノート自体は
登場しません。死神の目は少し出ますが。原作を読んでない人には楽しい話ではないと思います。
物語は一見わからない被害者間の繋がり(ミッシングリンク)を解こうとする展開、次の事件を予告する
犯人の我の強さやBへのこだわりから次の被害者をナオミと竜崎が探します。強引な見立てなんかは
舞城王太郎っぽいですね。腕と足がもがれた死体や壁に打ち付けられた藁人形なんて。原作が
理屈っぽかったのでミステリ風の談義も原作の雰囲気に近くて面白かった。そして最後の被害者に
たどり着いた後の意外な仕掛けも驚いた。思ったよりミステリだったんだな。残念ながら原作では
冷静な知的美女っぽい南空ナオミが何だか軽い感じなのが違和感あった。あんまり原作と関係ないし
詳しく言えないがLの活躍というより南空ナオミばかりの話なので、原作のオマケ程度に考えるが
よろしかろうと言ったところ。もっといろいろ出てほしかったな。バカパク(7・7)
 「漁港の肉子ちゃん」 西加奈子 ★★★★
--幻冬舎・11年--

母親の肉子ちゃんと、北の町の漁港に住み始めた小学生のキクりん。肉子ちゃんは見た目はブサイクだし変な服ばかり着ていて
変な男に惹かれる、そして底抜けに明るい。奔放な肉子ちゃんのことが少し恥ずかしい年頃だけど、肉子ちゃんの働く「うをがし」の人々や
小学校のみんな、母娘は漁港の田舎町で打ち解けて暮らした。キクりんは入院をキッカケに肉子ちゃんと過去のことを話すことになり…。

初めての西加奈子作品である。小説って最後まで読んでみないとわかんないことが多いけれど、最初の10ページを読んだだけで
わかった。リズムのいい読みやすさ、キクりん目線のユーモラスな肉子ちゃんの描写、全体の雰囲気がそこに凝縮されてました。
漁港の町に住む人達が生き生きしててリアルに感じられて良い!肉子ちゃんだけはリアルでいられると引くほど濃いけど…。
日常系が多かったので、どうやって終わるんだろうと思ったけど、キクりんの誕生するあたりの過去が描かれる、後半の畳みかけが
早かったわ。変な服、変な言葉、変なイビキ、変変づくしの肉子ちゃんは母親としては絶対お断りするけれど、明るさの中にある底無しの
愛情が浮かび上がってきて、いつしか好きになってしまいました。一歩引いて冷静な感じの小学生キクりんも、母娘がお世話になってる
「うをがし」のサッサンも、肉子ちゃんも、みんながみんな優しいお話だ。ありのまま、全力で、迷惑かけて突き進む生き方なんて
現実はできないけど、なんか力をもらえた気がする。楽しく少し人情系、バカシブ(10・3) 他の西作品も読んでみよう。
 「きりこについて」 西加奈子 ★★★
--角川書店・09年--
両親から可愛がられて育ったきりこは、親戚から悪い部分をかき集めたようなぶすである。自分はかわいいと思っていたきりこは
ある時ぶすと言われショックを受ける。私のどこがだろう?やがて引きこもるきりこ、かわいいって何なのか。人間は見た目なのか
中身なのか。悩みが消えぬままきりこは、予知夢のようなものを見たことから、猫のラムセス2世とともに外へ出る。

世界のことは知っている猫のラムセス2世から語られる。世界は肉球より丸い、お尻の匂いが良ければ良い、猫の基準からすると
人間なんていろんなものを比較してんだろね。本書では、小学生の頃から見た目でまわりからの扱いが違ったりする同級生たちも
描かれていく。確かに、、、小学校低学年ではあまり気にしなくても、年が経つにつれて見た目によって変わるものかも。自分の立ち位置、
どうやってふるまったら効果的か。のちにAV女優になる近所のちせちゃんや、漫画の中で自分を美少女に描いているみさちゃんなど、
みんな翻弄されている。主人公のきりこはブスなんだけどフリフリな服を着てかわいいと思ってたのに、その世界が崩れていってそれが
理解できなくて戸惑う。周りから見ればいわば勘違いちゃんだったわけだ。でもそれを疑問に思って、ブスだから隠れるように生きるのか?と
自問自答する部分が残っている。そこから打開していく物語、といっていいのかな?ちょっとハートが強すぎるし、とんとん拍子な気もするが。
西作品は2つめだけど、ありのままに強く生きることを描くことが多いのかな。バカ青春(3・6)くらいかな。
 「i」 西加奈子 ★★
---ポプラ社・16年---

シリアで生まれ、アメリカ・日本の両親のもとへ養子にきたアイ。世界で起こる悲劇を前に、自分はなぜか選ばれてしまって
恵まれた環境にいることに罪悪感を感じていた。自信が持てずに自分の意見もなく、恵まれた境遇で育つアイにつきまとう
疎外感。親友のミナや恋人のユウとの出会い、アイは自分の存在を世界に認めることができるのか。

はぁ…。合わないなぁ。読んでてイライラしてしまった。自分が養子であったり、他と違う見た目であったりと
いろいろと気にして考えすぎて、疎外感と罪悪感に苛まれているアイに共感できると良い読書になるのだろうか。
世界では多くの死者がいて、それぞれが名を持ち自身の人生を持っている。自分はそんな世界でのうのうと
恵まれて生きていることに誰しも感じることはあるだろう。そこに悪いことなんて何もないし、何かができれば良いと
思うが、そう簡単なことではないし自身の人生を生きるのでとりあえず精一杯だろう。アイはとても恵まれた環境にいて
ずっとウジウジ考えていて、割りきれもせずその環境を享受しているのが、なんだかなぁ…と冷めた目で思う。
だったら何かしないのか。自意識過剰すぎないかと思うシーンが多くて全然入っていけない。親友ミナとの関係も
ベタベタしていて苦手だ。最終的に「大好き」とか言っちゃうし。これは現実の物語なのか?その後もいろいろありまして
自分のルーツや罪悪感と戦うアイがたどり着いた答えは…というよりその行程が見どころなんだと思う。なんだか普通の
結論のような気がしたなぁ。アイは変わるのか。世界は何も変わらないと思うが。ラストシーンが鮮烈で印象的だけど
読んでててっきりアイの結論がもっと衝撃的なやつかと思った。そのほうが良かった。シブ知(3・7)

小説って物語の面白さ+登場人物を客観的に見ていつの間にか自分に影響あるっていうとこが好きなので
本書のように物語展開自体よりドストレートに書いてる自分の思いがメインっぽいのが合わない要因かな。
 「世界の果ての庭」 西崎憲 ★★★☆
---新潮社・02年、日本ファンタジーノベル大賞---

元々はショートストーリーズという名の小説。その名の通り様々な話が短く交互に
繰り返されます。作家リコとスマイスの出会い、人斬り、庭園史、若返る病気になった
母親、不思議な世界に迷い込んだ脱走兵…わずかに繋がる部分があるかなと思いつつも
全然違う話です。短編集と思えばいいかな?正直つまんないな〜と思う話も中にはありましたが
べらぼうに面白いのが脱走兵の話、上も下も横も無限に続くこの世界には人は住んでいるものの
どこかからやってくる機関車と駅しかないのだ。機関車のやってくる恐怖のトンネルや、捕まると
消えてしまう影など不思議な魅力の世界だった。他のを削ってでもこれだけもっと読みたかったなぁ。
若返っていく母親を見る娘の話も良かった。この小説はそういう不思議が自然に感じられる庭だった。

「解体諸因」 西澤保彦 
---講談社・95年---

九編入った短編集。とにかくいろいろな形にバラバラにされた死体の話です。なぜ切断されたかが
毎回推測されます。そして推測だけで真実は闇の中、といったふうに終わることが多かったですね。
この小説では人間を完全に記号化しています。生々しさは影も形もありませんでした。
小説としてはあまり好みではない人が多いんじゃないかなぁ。

「七回死んだ男」 西澤保彦 ★★★★
---講談社ノベルス・95年---

渕上家の関係者が集まった正月、遺産問題の縺れからか祖父が殺害されてしまう。
同じ一日を反復してしまう性質のある久太郎は、殺人の起こった日にその時間にはまったらしい。
どう足掻いても祖父が殺される反復を久太郎は止めることができるのか。

SFミステリとして読みやすくて楽しい作品である。登場人物こそ多いけれど反目しあう姉妹や
片思いなどでわかりやすくて一日で読める。同じ展開が続くので退屈する懸念もあったけれども
毎回違って飽きなかった。おそらくミステリ読みの人には多かったと思うけど、肝心の「なぜ殺人が
起こってしまうのか」は想像ついたので快感が薄れちゃったけど、特徴的な設定における推理は
普段味わえない謎解きの感覚なのでおもしろい。クセのあるミステリをお探しならうってつけ。
「麦酒の家の冒険」 西澤保彦 ★★☆
---講談社・96年---

大学生仲間の四人が迷い込んだ山荘。そこにはベッド一つとビールが山ほど入った
冷蔵庫があるだけ。この山荘は何なのか?なぜベッドと冷蔵庫だけ?四人の推理が始まった。

この小説の大部分はひたすら推理し続ける場面です。だから読んでいても情景としては
数回しか変化しません。”いっしょに考える”という点では頭をひねらされますよ。
読者もいっしょに推理する小説。

「彼女が死んだ夜」 西澤保彦 ★★★★
---角川書店・96年---

箱入り娘のハコちゃんがやっと手にしたアメリカ旅行、しかしその前日、家に帰ってみると女性が
倒れている。旅行にこだわるハコちゃんは別の場所に捨てるよう友人たちに頼み…。

いやいやひっくり返される所が数ヶ所。一見バラバラのものがパズルのように合致する時は快感。

「複製症候群」 西澤保彦 ★★★☆
---講談社ノベルス・97年---

高校に進学した下石貴樹が友人と語っていると突如として空から巨大な円柱が降ってきた。
どうやら七色に光るそれは触れた生物をコピーしてしまうというのだ。

円柱に触れると自分がもう一体できるから外に出られない、という状態で起こる事件という
SFミステリです。コピーもその時までのオリジナルの記憶をそのまま持ち「自分はオリジナルだ」と
思っているという想像だに嫌な物語。しかしコピーである自分の心理を突き詰めすぎずに
ミステリの要素として使っているので身構える必要はないです。後半は殺人を交えた凄惨話へと
移っていき、どうしても人間味や現実感に乏しくなるのは(この作者の特徴かも)ネタがネタだけに
仕方ないですかね。でもミステリ風パズルの部分で楽しめる内容でした。それにこういう
普通ではない着想をすること自体が面白くて好きですね。もっと色々やってほしいです。
同一人が増える複雑な設定ながらわかりやすくスイスイ読めるのもグーでした。

「異邦人 fusion」 西澤保彦 ★★
---集英社・01年---

二十三年前にタイムスリップしてしまった影二、その日が父の殺される四日前であることに気づく。
父の死により結婚することになったレズビアンの姉、その人生をも変えられるかと影二は父を救おうとする。

タイムスリップしたのに焦りもしない、説明くさい会話もある、と全体的にリアリティはない。
平面世界に時間ループなどややこしい、結局納得できずまだ矛盾があるような気がする、何となく
煙にまかれたような…。謎解きもバレバレでした(笑)…なので何か釈然としない読後感。
タイムスリップもの、これを読むなら東野圭吾の「トキオ」を読んだ方が良いと思いますよ。

「神のロジック 人間のマジック」 西澤保彦 ★★★★☆
---文藝春秋・03年---

マモルは両親の元から離れ、謎めいた学校生活を送っていた。生徒は6人、学校の周囲は
何もなく孤立している。外国だと思われるのだが…。謎の生活の正体を考えながら過ごす生徒達、
しばらくして新入生がやってきた。新入生が来ると邪悪なモノが目を覚ますんだと言う生徒も
いるのだが…。まだ新入生を受け入れたことのないマモルには理解できなかった。

日常生活は平穏に過ごせるものの、生徒達が誰一人この学校がどこにあり何のために学習
するのかわかっていないというところが好み。生徒以外は校長など職員3人しかいない世界。
一体何なのか宙ぶらりんに放っておかれるようで、もどかしくて仕方ない。SFなのか現実的な話
なのかも判然とせず、気になってるうちにこの世界に引き込まれていました。気になるもんだから、
生徒達の議論にも参加してる気分で飽きなかった。最後まで外との接触がないため、内輪だけの
隔絶された不気味な空気(終盤の凄惨さも)が損なわれずにページを閉じられるのも気持ちが良かった。
損しているな、と思ったのはあの作品を先に読んでしまっていることですね…。それでもこの作品は
真相が世界を崩しきらず、恐ろしさや奥行きが深まったように感じてグーです。好みでした、この雰囲気。
「九月が永遠に続けば」 沼田まほかる ★★★
---新潮社・05年、ホラーサスペンス大賞---

ゴミ捨てに行った息子が失踪。うろたえる私だが、関係のあった犀田という男も電車に轢かれて死亡。
元夫の再婚相手・亜沙美の連れ子・冬子は、犀田の死に関わっていそうで、かつ息子とも会ったことが
ありそうで…あ、もういいや。まだまだ変な因果を抱えた登場人物がワンサカ出るのであらすじに
まとめられん。元夫の再婚相手が何度も陵辱事件に遭った女で、気が狂っていた時期が長くて
男を呼ぶような怪しさがあって、その女の兄は産んだ子供を憎んでる。息子が失踪以来関西弁の
隣人が頻繁に訪れ鬱陶しいけど読者としては事件に一枚噛んでそうで気になる。一方学校では
息子のことが好きな女の子がいて、相談相手の先生は過去に変態事件を起こしてて・・・ダメだこりゃ。
説明してると迷路にハマるくらい因果が絡み合いクチャクチャなんである。轢死事件の犯人だったり
息子の失踪の原因だったり意外っちゃ意外だけど、それ以前に何が何やら。もう誰が何やったって
驚かんよ。いま振り返れば登場人物ほぼヤな奴じゃないか。亜沙美の狂気をはじめ、因果が因果を
呼ぶようなドロドロな話。ちょっと無理にこじらせてる感あり。読者を誘う技術はあるようだけども
釣竿を引っぱられたわりに釣ってみたら食べられない魚だったような読後感だ。
「彼女がその名を知らない鳥たち」 沼田まほかる ★★★★+
---幻冬舎・06年---

八年前に別れた男が忘れられず鬱屈した気持ちを抱える十和子は、現在陣冶と住んでいる。
陣冶は濁った咳をし不潔でガサツなので十和子を苛立たせるが、心底十和子に惚れているのだ。
しかし陣冶の好意と裏腹に、十和子は陣冶を嫌悪し他の男にはコロッと騙される危うい女であった。

汚い部屋に住み、人付き合いもろくにできず心も通ってない二人の男女。読み始めてすぐ陣冶の
ガサツさに辟易して、口汚く罵る十和子にうんざりさせられて共感できそうもないと思ったのだが、
読むにつれ共感など必要ないことがわかった。十和子は身勝手で最低だし陣冶が惚れる理由も
サッパリだけど、生活における心理描写が巧みで二人の心がどうなっていくのか目が離せない。
どんなに罵倒されても浮気されても、十和子が自分勝手に迷走しても陣冶の好意は変わらない。
その変わらなさにいつの間にか圧倒されてしまう。話の展開は薄々読めるが、あの幕の引き方には
参った。仰天した。呆気に取られた。何だか凄いものを読んだと思った。盲目とも呼べる献身に
『現代版春琴抄・関西編』と呼びたい。最初は眉をひそめた陣冶の咳、汚い部屋、卑屈な態度、
読み終わってみれば何だか懐かしい。登場人物をこんなに好きになれないのに心に残る小説だ。
前作の詰め込みすぎから一転、シンプルな設定をじっくり煮込んで味を出た、そんな一冊。
(関係ないけど作中のエッチなオモチャ「タコパンテェー」っていったい何なのか気になる(笑)
「猫鳴り」 沼田まほかる ★★★★
---双葉社・07年---

第一部、子供を流産したことのある伸枝、ある日家の前で猫が捨てられていて…。
第二部、父との二人暮しで鬱屈し、子供を見ると暴力的な衝動が出る行雄は父から子猫を渡される。
第三部、伸枝の夫藤冶もだいぶ年を取り猫のモンも年を取った。二人は一緒に住んでいた。

三編にわかれているが統一感がないね。一・二部はコンプレックスなど心境がメイン。猫は
あまり関係がなくて、猫がキッカケとなって心の空洞を埋める何かに気づくような物語であった。
イチオシは第三部の愛猫モンの終末を一緒に過ごす老人。ただ「悲しいやろ」ではなく猫を飼う者の
哀歓がよく伝わる。老いて死が近づく猫を見て、猫に構いながら自分の老いと最期をそれとなく考えてしまう
バランスが絶妙でうまいな。猫の描写もうまい。撫でたり遊んだりすると嬉しそうにする可愛さと、人が恐れる
死や痛みを既に知っていると言わんばかりの態度、猫と育った私もうまいと思わずにいられない。
いつのまにか飼い主ばかりが必死になってしまうのだ。逆に自分が見送られているような気がしてそれが
また悔しい。いつだって何でも知っているくせに何も教えてくれないのだ。全体的に人が持つ寂しさを
描くせいかトーンが落ち着いている。静かに読みたい本である。オススメするがこれは猫好き限定で。
著者はきっと猫を飼ったことあるな。やりおる。町田康「猫にかまけて」の次点に位置する話だな。
「アミダサマ」 沼田まほかる ★★★
---新潮社・09年---

何者かの気配やコエに呼ばれた坊主の浄鑑と会社員・悠人。やってきた廃車置場の冷蔵庫から
発見されたのは幼い少女だった。少女ミハルは浄鑑に引き取られ成長するが、浄鑑の住む村が
悪意に満ちた不穏なものとなる。一方の不思議な体験から悠人はミハルを忘れられずにいた。

導入部がうまくて引き込まれてしまいましたが、何だかグダグダに終わってしまった感じだ。
猫が死んでしまったことを契機に、ミハルが不思議な現象を起こし始めるわけで「うわぁ何だろう」なんて
今後に期待を思わせる出だし。悪意のある噂を始めたり妄想に取り付かれて実行したりと明らかに
村の様子が変になるわけだ。じわじわ見せられる変化はいいんだけどもいつまで経ってもミハルの能力が
一体どういうもので結果どういう影響があるのかまったく明示されないので読んでてスッキリしなかった。
ただ浄鑑の母・千賀子が超人オババになる件だけは間違いなく笑えるくらい恐ろしかったけど。
ミハルと浄鑑の物語と平行して進むのが悠人の物語だが、これが不要だった気がする。いろんな男と
繋がりを持ちながらわずかな生活費を得ている律子に苛立ちながらも、常軌を逸した献身さに
離れられない悠人。作者の「彼女がその名を…」の陣治を想起させる献身の律子だが、そもそも
この話ミハル浄鑑サイドと関係なくて微妙。一応最終的には一つにまとまる話ではあるのだけれど。
ミハルの能力や存在が阿弥陀様のように論理的な言葉にならずわからなくて、モヤモヤ読後だが
文章力は上手いと思った。次回は強引にまとめて終わらないで。SFサスペンス(6・4)
 「ユリゴコロ」 沼田まほかる ★★★★+
---双葉社・11年、このミス5位、文春6位---

母が交通事故死して二か月、実家の押し入れから手記のようなノートが発見された。そこには幼少の頃から人を殺しながら
成長する女性が記録されていた。これは事故死した母の記録なのか…それとも創作なのか。小さい頃、母親が入れ替わった
ような記憶は関係があるのだろうか。狂気的なノートを読み進めた僕は家族の本当の姿を知ることになる。

母親が交通事故死、父親は末期がんで余命いくばくもない。ドッグランつきのカフェをやっているけど一緒に立ち上げた
恋人は失踪中…とまぁ不幸つづきなんだけど、そのうえ怪しい手記まで出てくるので暗くて悲しい雰囲気が漂ってしまう。
作者の文章が落ち着いているのですごくマッチしてますね。人を殺すことに抵抗のない少女の謎の手記が前半の
大部分ですけども都市伝説か怪談を聞かされているような感じで淡々としている。警察の捜査とか全然迫ってこないし
バレないのかよ、と現実的にはツッコミたくなるところだが、警察やスマホやテレビといった俗的なものがあまり登場しないから
時代感覚が薄いからかなぁ。独特な空気でグイグイ読まされちゃう。母親が入れ替わったのか?という謎こそあれど
ミステリというかサスペンスだなぁと思っていたが、はたしてそれは目眩ましであった。終盤でいろいろと反転させる
罠があった、、暗くて狂気的だった物語がどうして美しい物語を読んだような読後感に変貌するのだろう。こんなに人が
死んでいるというのに…。不思議な作家だな。「彼女がその名を…」と同等の代表作ではなかろうか。タイトルの
「ユリゴコロ」自体はあまり関係なかったですねぇ。サスペンスでありミステリだね。サスパク(8・8)
「高円寺純情商店街」 ねじめ正一 ★★★☆
---新潮社・89年、直木賞---

正一少年は江州屋乾物店の一人息子だった。彼の目に映る乾物屋の生活、
家族や商店街に生きる人々を描いた古き良き下町の物語。

はっきり言ってたいしたことは起こらない。すごい事件と呼べることはない。なのに面白いのだ。
殺人事件に遭遇しドキドキして恐れるといった感情よりも身近で当たり前の感情を呼び起こさせて、
親しみを感じるからかもしれない。描写がうまいというのもあるだろう。商店街の生活や
店同士のつながりが温かく思えるのも良い。少年の素朴で純情な視点も良いと思う。何だか
読んでてこっちまで純情になっちゃいそう。普通なのに面白いという点ではサザエさんを
見ている感覚に通ずるかもしれません。読み終わると商店街に親しみを覚えていました。

「高円寺純情商店街 本日開店」 ねじめ正一 ★★★★
---新潮社・90年---

早い話が↑の続きものである。商店街の中の「江州屋乾物店」に住む正一の物語。
今回はスーパーが進出してきて隣の魚屋が引っ越して別の商売を始めることにしたりします。

二冊目なので馴染んでいるというか、愛着があるのですんなり商店街話に入れました。
今回は正一のばあさんが脳溢血で倒れるわスーパーが進出して商店街が慌てるわと
変化が描かれてます。どえらい事件は起きないんですけど、やはり父親や商店街の人々の
微細な気持ちを日常を使って見せるのがとても上手いですね。特に最後の短編「本日開店」で
隣りの魚政が引っ越してしまう話が上手い。長年の付き合いである隣りの小さな女の子ケイ子と
正一の微妙な心理が良かった。引っ越す側、越される側ともの寂しさが表れて切なくなってしまう。
ここに商店街が変わっていくという寂しさも見え隠れしているのも絶妙だ。最後も空になった
魚政で「本日開店」と締めくくり、暗くなることなく気分よく本を置くことができて良かった。

「青春ぐんぐん書店(風の棲む町から改題)」 ねじめ正一 ★★★☆
---日本放送出版協会・96年---

拓也の父親の家業は長く酒田で営業してきた本屋である。ところが新店舗を出した矢先
大火事が商店街を襲い、店舗が二つ焼けてしまった。商店街が復興に向けて動き、拓也の
父親も目まぐるしく働いた。そして拓也も様々な友人に影響されて成長していく。

ねじめ作品は安心して読めますね。ちっとも気取らない素直で素朴な感情が文章を
伝わるので、鼻につかない。普通は人の一生で”事件”と言えば、推理でもなく
アリバイ崩しでもなく、家が火事になったとか友人と喧嘩したとか家出したとかであり
それが思い出になったりするわけです。この小説はそういう若い時分の揺れる心が
成長していく様をうまく感じさせてくれます。作者の描く暖かな目線も心地よい。
過去にあった友情などのつながりの深さが描かれるラストは心が温まる思いだった。

「慟哭」 貫井徳郎 ★★★★
---東京創元社・93年、このミス12位---

連続幼女失踪事件が起こり警察は頭を悩ませていた。キャリア・ノンキャリアの
警察内のゴタゴタ、さらに私生活のことで捜査一課長は苦悩する。

警察内部の部分と新興宗教にのめりこんでいってしまう男の部分が交互に描かれます。
捜査一課長・新興宗教男の部分、両方ともの苦悩はなかなか読みごたえがあった。文章が
上手かったし、次々読みたくなりました。胸に迫るほどではなかったけど。しかし・・・読んだ人なら
わかるだろうが「あの展開」はバレバレですぞ。それほど完成度が高いとは思わなかった。
でもわかっていても面白かったな。もう少しラストがスッキリしてたら嬉しい。つまり、あれだけ
書いたのに結局〜〜ごにょごにょ〜〜はわからんという気持ち悪さが残った点ですね。

「天使の屍」 貫井徳郎 ★★★
---角川書店・96年---

中二の息子・優馬が飛び降りた。父親・青木は理由に心当たりがなく同級生に聞いて
回ることにした。自分の論理を持つ中学生達に青木は困惑する。そうしているうちにまた一人・・・。

父親の視点で若者相手に話を聞き真相を知ろうとするのですが、微妙な年齢なのは
わかるがそこまで「訳のわからないもの」のような書き方は好きになれない。いかにも大人の視点
なのが嫌でした。でも読みやすくて一気読みできる作品です。途中から思ってたけど、岡嶋二人の
「チョコレートゲーム」にそっくり。現代版って感じでしょうか。でも似たような話を書かれてもねぇ…。

「プリズム」 貫井徳郎 ★★★
---実業之日本社・99年、このミス18位---

小学校の女性教師が死体となって発見された。事故か殺人かわからない状況
窓はガラス切りの痕跡、睡眠薬入りのチョコと謎は多い。被害者の周りの人間が独自に迫る。

四人が独自に推理を展開していきます。その人の見方によって人の印象が
全然違うところが面白いんかな?言えないけど、この終わり方は好きじゃない…。
他に言うことが思いつかない。普通な印象。

「さよならの代わりに」 貫井徳郎 ★★☆
---幻冬舎・04年---

ひよっこ劇団員の僕は、劇団を出たところである女の子と出会った。劇団のファンだという
その女の子は劇団のことをアレコレ尋ねてくる。そして彼女は僕におかしな頼みごとをしてきたのだ。
劇中の出番が終わったらある控え室の前にずっと立っていてほしいというものだった。

殺人事件が起こるミステリ筋と、出てくる女の子は何なのか?という謎筋と、僕を主人公とした
ちょっとした恋愛ものなどハッキリしたジャンルがないですかね。正直個人的には苦手ですね〜。
さわやか系物語がお寒くて入り込めなかった。文章と人間でうまくクサみを消してほしいな。
ミステリ部分に関しては「なんじゃそりゃ」ですね。これ以上コメントしようがない(笑)。ミステリファンは
あまり期待しないように。…なのでこの小説のミソはラストでしょうね。あるネタによって切なく終わるの
ですが、この部分は良かったです。もう一つなのはネタ勝負になってしまってる所、もっと文や展開とかで
グイグイ心揺さぶってほしかったです。雰囲気が今までと違って片山恭一・市川拓司系統のテイストが
強いですがミステリ色が入って恋愛小説っぽく、どっちつかずでピンぼけしてたような印象。

「神のふたつの貌」 貫井徳郎 ★★★★
---文藝春秋・01年---

牧師の息子として生まれた早乙女、普通の女である母と厳格な牧師であり続ける父の元で
育てられた早乙女は神の声が聞きたいと思っていた。身近な人の死を受けて、父の教えを聞き
早乙女は神の福音について解釈をした。その救いは許されざるべき道であった。

「神の沈黙」という根源的な問いを持つ牧師の息子を主人公にしている。重苦しい雰囲気を醸し出しているが
その答えにしては短絡的かも。早乙女の考える筋道があまり多くなく、単純な悩みに終始している感がある。
信仰に関する小説としては物足りないが、小さな町を舞台として周りで起こる人間関係は閉塞的であり
一部では教会に転がり込んできた朝倉という男と早乙女の両親、三部は娘に過剰に関わった挙句
結婚に失敗すると罵倒する母などグイグイ読ませる面白さがあった。そこに神について懊悩する早乙女が
絡み物語は人間の異常性ばかりが目立つ重厚さになっている。ミステリのような手法も使われているが
これは特筆することは無い。驚くことでもない。宗教小説としてもミステリとしても中途半端な気がするが
なんだかんだ一気に読んだし物語の進め方・描き方はうまいのかもしれない。話は異常ながら最後まで
神について思考する早乙女はマジメな牧師そのものだ。傍から見ると全然救われてないような気がするが。
「殺人症候群」 貫井徳郎 ★★★★+
---双葉社・02年---

未成年や病気を理由に犯罪を起こしながらすぐに社会復帰している者達が次々と殺される事件を
特殊チームが調査することに。チームの一人は調査を抜け独自で動き出す。息子のために殺人を
犯す母と、復讐の殺人者達、独断で動く男、それぞれが求める殺人はやがて凄惨な結末を迎える。

文庫の裏に「復讐は悪か」「この世の正義とは」などと大仰に書かれてあるので期待しちゃったけど
予想に反してその問いを深く突き詰めた作品ではなかった。…が、予想に反してエンタメとしては
めちゃくちゃ面白く700Pも軽く読んでしまった。内容的には復讐譚。現代版「必殺仕事人」いや、
このうらぶれた雰囲気から「必殺仕業人」と呼びたい。職業殺人者と臓器欲しさに人を殺す看護婦、
複雑な気持ちを持ちながら殺人者を追う特殊班、お互いが自分の存在(行動)を隠しながらなので
ハラハラした。ころころと視点が変わって次々問題が出来するので上手。やってることは異常でも
心情的には理解できる部分もあった。ひどい事件を起こしつつ全然反省せずに生きてるようなのは
「人間の屑」だと思っちゃうし、そいつが殺されようがボコボコにされようが読んでて気分悪いわけ
でもない。本書では復讐に対し、同情したり正当化したり間違いと知りつつ行ったりそれぞれに
心の揺れがある。そのへんが妙に感じ入って良い。親を殴り人をいたぶるのが好きなプッツン男と
独断で動く倉持のキャラが際立ってスゴイ!残忍なシーンなんかもサラッと書きやがりますぜ。
とにかく抜群に読ませる娯楽作としてグー。オススメ。
「乱反射」 貫井徳郎 ★★★☆
---朝日新聞出版・09年---

一人の人間の命を奪った事故は、犯罪とは言えない小さなモラル違反から起こった。
自分の見栄のための反対運動、空いている夜間診療へ訪れる大学生、腰痛から犬の糞を
放置した老人、病気を隠し仕事をしていた男性、小さな罪悪感が計ったかのように連鎖していく。

世の中モラル違反が多いですよねぇ。家庭ごみをコンビニに捨てたりさ、タバコのポイ捨てとかさ。
それ自体はたいしたことなくても何かの引き金になったり、真似してそういう人が増加することによって
大きな害が生まれたり…本書はまさしくそれ。わずかの身勝手や甘い判断が引き起こす結果を描いている。
群像劇のようにコロコロ変わる登場人物個人個人は犯罪を起こしてないけど、身勝手っぽくてちょっと
イヤなやつに描かれてますね。物語は-44章から始まり事故当日である0に近づいていく形式だが
0の後にも原因を探す被害者側が描かれていく。果たして事故の原因は見つかるのかどうかは
読んでのお楽しみだが、締めくくり方はなかなかオツでした。作中で車の運転が苦手な女性が
出てくるのだけど、彼女の家は道路に面してて自分の家に入れるのに交通を遮断しなきゃ
いけないんですよね。でも下手だから何度も切り返す、そうこうしてるとクラクションが鳴らされ
車が渋滞していく。…で、余計にあせってパニクるんですけど、何と言うかプレッシャーに弱い自分と
しては読んでて「ヒー!」ってなりました。同情するわ。こういう細かい設定がうまくて500ページも
スラスラ読めた。物語の先が読めるので損してるとこはあるかな。インパク知(7・6)ってとこか。
「後悔と真実の色」 貫井徳郎 ★★★
---幻冬舎・09年、山本周五郎賞---

女性が殺害される事件が相次ぎ、指が持ち去られていることから連続犯と目され合同捜査本部が立ち上がった。
捜査一課のエース西條、西條が大嫌いな機捜の綿引、人当たりのいい三井ら刑事が捜査を行う。情報の取り合い
プライドのぶつかり合いをしながら犯人<指蒐集家>に迫るが、次々と犠牲者は増えていく。ネットでの実況など捜査を
嘲笑うやりくち、そして西條のプライベートの情報まで流出。<指蒐集家>は警察の近くに存在しているのか…。

わりと長めの警察小説とミステリの中間のような小説である。山本周五郎賞ということで期待したんだけどもあまり
楽しめなかったかな。視点を変えながら刑事の捜査を描く序中盤が冗長すぎたし、癖が強すぎてリアルな刑事さんとして
感じられなかったな。子供じゃないんだからもっと協力して仲良くやれよ、と思った。職業意識や倫理が絡んだ男気溢れる
ドラマの警察小説なら好きなんだけどなぁ…。物語は後半にエース西條が罠にかかって、とんでもない扱いになってからは
面白かった。堕ちっぷりが予想以上。そこから犯人へ迫るまでの流れは良いのだけれども犯人の正体と、犯人の動機に
まつわる人物造形と、どちらも手垢のついた薄い感じでしたかねー。ミステリ読みにはガッカリな展開だったかな。
10年以上前なのでネットの扱いも古く感じちゃった。巨大掲示板にかかれるのを普通の刑事さんががんばって
読んで、それらしい投稿を見つけては踊らされるって…。バカパク(4・4)
「破線のマリス」 野沢尚 ★★
---講談社・97年、江戸川乱歩賞、文春3位---

江戸川乱歩賞受賞。テレビ番組を編集している遙子。彼女のもとに汚職を感じさせる
ビデオがもたらされる。彼女はビデオをもとに事件に深入りして行き…。

テレビ報道に関してよく書かれています。「簡単に信用していいの?」ということを作者は
言いたかったのでしょうか。でも最近の視聴者って簡単にテレビ信用しないし疑ってますからね、
特に真新しいとは感じなかったですが…。小説はそれに気づかなかった女の転落していく様子です。
あまり事件として「解決」という感じがなくスッキリしませんでした。でも私もテレビではなく写真や
ハンディカメラの映像なら信じちゃうかも。改めて考えて見るのも良いのでは?

「魔笛」 野沢尚 ★★★
---講談社・02年---

新興宗教「メシア神道」の教祖が死刑判決を受けたその日、渋谷で爆弾テロが起こり多くの命を
奪った。犯人は以前公安がメシア神道内部に送ったスパイ照屋礼子。立場上闇のうちに葬りたい
公安、そして犯罪者と獄中結婚し昇進の見込みのない鳴尾という刑事が照屋の存在に気づく。

参考文献からわかるようにオウムをベースに作られた物語である。だから公安の潜入も含めて
どこまで真実に沿って書かれているか気になってしまう。そのわりに物語は派手で公安が極秘に
始末しようと動き、数秒前の爆弾の解体があったり、銃を持った超人的な相手に刑事が泥臭く
戦うなんてドラマ的に作られている。そのギャップが違和感ありますね。それに公安として潜り込み
メシアに毒された照屋礼子がなぜ殺戮を行うかが全然理解できない。刑事・鳴尾を挑発して事を大きくして
捕まって滅びたい、なんだそりゃって感じだ。新興宗教に毒される心理、人を殺した時の自分の心理、
これらを突き詰めるように見せておいて実際は爆弾魔と一匹狼刑事と今時やりすぎな公安の派手な
サスペンスに過ぎないのかもしれない。そう割り切って読めばもっと楽しめたのかもしれない。
作品通じて犯人照屋礼子の一人称なのに、鳴尾の視点を中心に複数の視点で事件を語るというのが
すごくわかりづらい。事件後取材したからって言われても実際見てないんだし。サスパク(6・3)
「幸福な食事」 乃南アサ ★★★★
---新潮社・88年---

推理サスペンス大賞優秀作。女優を目指す志穂子、しかし彼女そっくりの女性がデビューした。
絶望のふちで人形遣いとして生きる彼女はどんどん壊れていった。

女性の心理をこと細かにつづっていました。凄惨な雰囲気でどうなんの?どうなんの?とハラハラしました。
不気味な世界を垣間見た気分です。緻密な描写に入っていけるかがカギですかね?私は好き。

「鍵」 乃南アサ ★★
---講談社・92年---

近所で連続して起こる通り魔事件。犯人は意外な形で明らかになるが
事件には続きが・・・。両親を亡くした一男二女にも事件は絡んでくる。

ミステリーだね、普通の。でもリアリティないな、そんなことで人殺すなよな。
それよりこの小説は兄妹の人間ドラマがメインなんだろう。兄と妹がちょっと仲が悪いような
雰囲気になり事件を通して心を通わせていくって話。…しかし私はクサい芝居は好きではない。
額を指で小突いて「コラ」…なんてあり得ないくらいにクサい。下手な少女漫画かよ〜

「凍える牙」 乃南アサ ★★★
---新潮社・96年、直木賞、文春10位---

ファミリーレストランで男が炎上?事件を扱う警視庁機動捜査隊員、貴子はやがて
野獣の影を知る…。貴子とコンビを組む男の刑事や貴子自身の心理描写がこれでもかと
描かれています。この描写がきつい、という人も結構いるかもしれません。しかしがむばって
読み進めると後半からのスピード感も良かったし…なによりラストシーンは感動です。

「雪密室」 法月綸太郎 ★★
---講談社・89年---

法月警視は招待客として山荘を訪れた。そこで殺人が起こる。
被害者のいる離れまでは雪が積もり、足跡はなかった。

被害者に動機を持った人が集まっています。シンプルというか典型的というか…。本格にはよく
あることだけどこれがまた綱渡りなトリックでして。こういう本はいっぱいあるな、と退屈してしまった。
普通のミステリって印象です。法月親子の話が好きな人ならどうぞ。挑戦状つきの本格もの。

「一の悲劇」 法月綸太郎 ★★★★
---祥伝社・91年、このミス19位---

山倉家にかかった電話は「息子を誘拐した」というものだった。しかし肝心の息子は
部屋で寝ている。どうやら犯人は同級生の子供・茂を誘拐したらしい。身代金を手に走る山倉、
しかし茂は遺体で発見され…。

↑いきなりストーリーを暴露しているようですが遺体発見から始まりますので。
序盤は生臭い男女の関係話や山倉の心理描写が続く重〜い展開でした。しかし終盤
いろいろな場面でいろいろな人物がいろいろな犯人を指摘し、理路整然と話を次々ひっくり返し
そして行きつく真相には驚愕あなたは真相のカギである単純な盲点に気づけますか?
おもしろいけど全体的にドロドロした作品です。

「頼子のために」 法月綸太郎 ★★★☆
---講談社・90年、このミス16位---

愛する娘が殺された。通り魔事件とされた結果に疑問を抱く父親は犯人と目される人物を
殺害し自殺を計る。その一連の経過を綴った手記を探偵法月綸太郎が調べ始める。

父親の手記をめぐり法月綸太郎が調査し推理することで話が進んでいきます。ラストは驚きで
ちょっと悲しいような…人間の隠れた暗部を描いています。ただ…「お昼のドラマかコレ」と途中で
思ってしまいました。「最初の現実、真相の昼ドラ」 たぶん私しか思ってないですけどね…
法月作品では人気の高い作品、新本格というよりハードボイルドという声が多いようです。
怪しい人物達に細かな構成、果たして真相は?

「生首に聞いてみろ」 法月綸太郎 ★★★
---角川書店・04年、このミス1位、文春2位---

病を患っていた彫刻家・川島伊作が亡くなった。遺作となったのは一人娘の江知佳をモデルにした
石膏像。しかし無人になった隙に何者かが石膏像の首を切り取り盗んだらしい。殺人予告かと案じ
綸太郎が調査することになった。調べてみると伊作の元妻は、自殺した妹の夫と再婚しているなど
因果な関係が浮き彫りに。石膏像の首は一体何の目的で切られたのか。首には何があったのか?

質朴。このミスこれが1位かよっ。たいして楽しめず。P500あるわりにいまひとつ。期待しすぎ?
内容はよくできた「いかにも本格」なんだろう。石膏像の首が切られた理由、過去の事件と関わりあい
芋蔓式に真相が明らかになる形式、家族間の秘密や第三者の思惑が交錯するややこしい展開など
誰の視点から見ても(たぶん)矛盾のない一連の事件を構成したことはすごいと思う。、しかし小説として
面白いかと言えばそうでもなくて、例えば文章が説明的にすぎてつまんない。必然的に展開がゆるい。
起伏が無いんだよねぇこの話。ジャーンと事件が起こってビローンと第二の事件が発生し、ババーンと
衝撃の事実が判明し「犯人はお前だぁ!」とビシィッと決めろとまでは言わんが、もうちと劇的に
見せなければさすがに眠いですぞ。サプライズが小粒なのもイマイチ。大きな驚愕を期待してたし。
彫刻に関する話はなかなか興味深く読めたが、私の嫌いな家族間のドロドロ話が多いのもげんなり。
精緻な骨格の巧さに唸る本格好きに薦める本。物語展開や文体・雰囲気を楽しむ人には薦めない。