「しょっぱいドライブ」 大道珠貴 ★★☆
---文藝春秋・03年、芥川賞---

三編の短編集。表題作は三十女がジイサンと薄弱ながら密接に過ごしている様子を描いたもの。
人間は選択肢を掴みながら生きていき、時には自分で選択肢を作ったり思い切った道を選んだりするが
本作は目の前の選択肢から何となく向かう方向を決めてる適当さがある。人が良いジイサンと物憂げに
流れて生きるような女性だ。そんな自分を冷静に感じながら生きていく、これが文庫裏表紙によると
「人間と人間関係を描ききった」らしい。しかしながら芥川賞など理解せん私にはなんてこたぁない話だった。
女同士の腐れ縁を描いた「タンポポと流星」のほうがまだ好きだった。嫌だなぁ煩わしいなぁと思いつつ
時が経って何でまだ一緒にいるんかな、という関係。主人公の友人・毬子、人のことを何かと知りたがり
口を出したくなる人っているよなって、わかるような気が…せんでもない。まとめよう。特徴的な世界観を
好意的に実感してないのが残念。肌に合わなかっただけかもしれんが印象が薄いかな。
「素晴らしい一日」 平安寿子 ★★★☆
---文藝春秋・01年、オール読物新人賞---

会社が倒産、恋人は使い込みをして雲隠れ、散々な幸恵はまず以前に貸した二十万円を返して
もらうために昔の恋人で、現・甲斐性なしの友朗を尋ねた。友朗は知人に少しずつお金を借りて
幸恵に返そうと考え、幸恵もそれに同行することになった。借りる先は様々な女性達で…。

家出した娘になりきって病床で瀕死の父に謝ってほしいという身代わりのドタバタに巻き込まれる話など
全体的にコメディ風の現代劇だ。登場人物が自分勝手・浮気性など最悪なのであるが、なぜかドロドロせず
明るい雰囲気なのが特徴的な作風だ。強引だったり勝手だったり…常識的な主人公の場合「まったく!」と
思うんだけども、相手があっけらかんとして全然悪びれないもんだから「まったく…どうしようもねえな」って
呆れた笑いが出てくるのである。勝手と自由は表裏一体、茫洋として気侭な登場人物達に振り回されると
常識が剥がれ落ちて楽しい気分になるのかも。どの短編もあまりいいことは起こらないが、いつの間にか
笑ってしまって不思議と前向きな気持ちで締めくくられてしまう。「このろくでもない、素晴らしい一日」と
缶コーヒーのCMのような文句がピッタリな小説だ。現実に関わるのは勘弁願いたい人達なのは確かだが。
「グッドラックららばい」 平安寿子 ★★☆
---講談社・02年---

片岡家ではある日、母がふらっと家出した。何となく旅役者一座についていったらしい。そのうち帰る
だろうと暢気なのは倹約が趣味の〈文鎮〉と渾名される父、姉はダメ男と寝ることに熱中し、家族で唯一
熱い中学生の妹は、家出した母と暢気な家族に苛立ちながらも人より上であろうと努力を開始する。
家族各々が自分の道を進み、何だかんだで母は二十年もフラフラと帰ってこなかったのである。

家族と言ったってあくまで個人だし尊重されるべきというのは同意するが、ここで描かれた人物達は
単なるわがままなようであまり好ましく読めなかった。家出母はいろいろ移り歩いて連絡もあまりせず
男に抱かれたりもしてるのに、残してきたうちの夫や家族はすぐバラバラになるほどヤワじゃないから
大丈夫なんて信頼してる風な口を利く。わりとパワフルで暢気な家族達だから成立してるが自分本位な
考え方が多くて気になる。わがままを〈自分に素直に生きる〉とか言っちゃうタイプだなと思った。
人の評価ばかり気にして生きるよりは清々しいけれどもね。バラバラな方向を向いてるんだけど
分解しない不思議な強さを持つ片岡一家に勇気付けられるというよりはウンザリしちゃったなぁ。
それぞれの人生を書いててちょっと長くて途中飽きかけた。バカシブ(6・4)
「13階段」 高野和明 ★★★★☆
---講談社・01年、江戸川乱歩賞、このミス8位、文春2位---

傷害致死を引き起こした純一は約二年の服役を経て仮釈放となった。ところがその翌日
純一のもとへ刑務官が現れ「高報酬の仕事をしてみないか」と言ってきた。その仕事とは
記憶を失くしたまま死刑判決を受けた死刑囚の冤罪の可能性を探るものだった。

おもしろ~い!タイムリミットありで死刑囚の冤罪…とても制作者側には都合のいい設定だが
そんなことは気にならなかった。新人とは思えぬ安定した文章力がまず良いし、登場人物が
おざなりになっていないね。傷害致死事件を起こしたせいで賠償金に苦しみながら普通に振る舞う
家族や、逆に嫌悪感を出す者、被害者遺族に対する純一の心境…などが描かれているため
生きた人間として感じられ安っぽくなっていないところが上手い。中でも刑務官が死刑を執行する
場面は刑務官の苦悩と死刑囚の苦しみなどが生々しく迫ってくる。そのしっかりした土台に
加えてミステリーの基本である二転三転する意外な展開やサスペンスも盛り込まれて
娯楽に仕上げている点も好きだ。どいつもこいつも怪しくてハラハラしっぱなしだった。
ラストで暗めになり読後感がサッパリしないのが好きではないけど大満足でした。


「グレイブ・ディッガー」 高野和明 ★★★★
---講談社・02年---

真っ当に生きるため骨髄ドナーとなった悪党八神、しかし手術当日、殺人事件に巻き込まれ、
変な輩が追ってくる。病院に行かなければ患者の命はない。なぜ追われるのか?
追っ手は誰なのか?中世暗黒時代の伝説の死者とは?八神の疾走劇が始まった。

 ストーリー展開の速さ、そして上手さは特筆ものだが…設定を含めて「そんな馬鹿な」と
つっこみたくなる部分やご都合主義を感じる部分があった。一言で表すと「最後まで
突っ走った作品」です。一気に読むと面白いです。細かいことにこだわらない人にお薦め。

「K・Nの悲劇」 高野和明 ★★★★
---講談社・03年---

ようやく仕事が当たった夫と新居のマンションへ越した夏樹果波は、妊娠していることを知る。
しかし経済的な問題もあり中絶をすることになるが、その頃から果波は別の人間が取り付いたような
状態になった。心の病か、憑依か。妊婦だというもう一人の人間とは誰なのか。

妊娠・出産は神秘的でいて畏れの対象となるものでホラーにはたまに使用される題材なんであって
本書もその例に倣ってます。中絶の処置中に発狂したようになって、家に帰ったら玄関チャイムがなって
「私が誰かわかる?」なんて声が聞こえたり…。ホラーの定番っぽいけど夜中に読んでるとかなり怖い。
風呂に入って髪を洗ってたら明らかに誰かの手が頭を触ってて、振り返ったら…ってイヤすぎる。
物語は妊娠が進むにつれて、女性が何なのかがわかってきて夫とともに頑張ってた精神科医の
ほうの筋もうまい具合にまとまってきて、やはり佳境は盛り上がって…と予想を裏切るような点がなくて
残念だったのであるけれどもここまで定番ネタで読ませる力量はすごいぞ。結構ハラハラしたもんなぁ。
しょーもない夫ではあったが男性読者のほうが一緒になって恐怖できると思いますぜ。
 「ジェノサイド」 高野和明 ★★★★★
---角川書店・11年、山田風太郎賞、このミス1位---

難病の子供を持つ傭兵のイエーガーは、医療費のためにも機密レベルの高い任務を受けた。致死率の高いウィルスを
地域の外に出さないために、コンゴのある民族の一集団と、そこに帯同する人類学者を殲滅する作戦だった。しかしそれは
表向きの作戦、大国の狙いと危惧している事態があった。一方日本では、薬学専攻の大学院生が、急死した父の遺した
メッセージにより薬物の合成をすることに。しかし「すべての通信は盗聴されていると思え」というメッセージもあり
自分を探す追手も現れた。日本とアフリカ、そしてアメリカを結ぶのは人類を脅かす存在との闘いであった。

めちゃくちゃおもしろーい!メタルギアソリッドかを思わせるアフリカでの傭兵達の息詰まる行軍、命をかけた闘い。
一方で日本での冴えない大学院生の父が遺した謎の数々、謎のパソコン謎のアパート謎の指令…。一方は命がけの暗殺や逃避行
一方は平和な日本、全然危機感は違うようだが気にならないくらいどちらの舞台もスピード感があってまったく異なる二つの物語の
関わりが見えてくる。世界を舞台にしたことも、人類という存在自体を扱ったこともすごいスケール感、全貌が一歩ずつ見えてきて
まとまっていくんだから読む手が止まらなかった。薬学という難しい分野もわかりやすく、荒唐無稽になりがちなとこもリアリティがあり
非常にエキサイティングな物語だった。海外の登場人物が苦手だとか、ウィルスとか薬学の話なのかなぁ、600ページ近くあるなぁ
などと迷っているくらいなら読んだほうがいい。途中から寝る時間が惜しいと思って一気読みしてしまった。
近年のエンタメ小説はこれを読まずに語れない!バカパク(10・10)
「バトル・ロワイヤル」 高見広春 ★★★★☆
---太田出版・99年、このミス4位、文春5位---

大東亜共和国で毎年中学校の一クラスを対象に行われる「プログラム」、孤島に連れて行かれ
武器を渡される。首についた爆弾のため逃げることも抵抗することもできない状況下で、24時間以内に
残り一人になるまで闘い続けるのだ。ゲームに乗る者、自殺する者、42人のプログラムが始まった。

爆弾つきで武器渡されて一人ずつ教室から出される、プログラムに反対すれば即射殺。生きるためには
勝ち残るしかない。何とまぁ理不尽な話である。噂通り42人の闘いなので人がバタバタ死んできましたね。
開始前の説明でもう政府側に一人殺されたし。大人数だから誰が誰か訳わかんないかもという懸念も一掃、
各人に性格やエピソードが書かれるのでわかりやすかった。人影を見たら声をかけたいけど信頼できるか
わからないから恐ろしいですね。完全に殺しに来るやつとかいるし…最初からハラハラしっぱなしでした。
ゲームに乗ってるやつがいると知りつつ理解を得ようと大声上げる生徒には「うわぁやめとけよぉ」と思った。
自分ならどうするだろう。信ずるに足る友人といてもいいけど絶対武器は渡せない(笑)。そういう人間心理の
多用さが心理テストみたいで面白かった。気になるのは知識・思考が絶対中学生じゃないってこと。
そんなやつおらへんやろ~。あともう一つ。表現が変なこと。クサいセリフだったり真面目に書いてんだか
ジョークなんだかわからない例えの記述が多いし(こうやって度々カッコで説明するのもウザい)。一流の
ホラーサスたりうる作品であったが、しかし読みやすくて良いと言うべきかそれとも品を下げているという
べきかは難しいが文章のおかげでホラサスが緩和されている。でも単純に楽しめる一冊なのは確か。
「最優秀犯罪賞」 鷹見緋沙子 ★★★☆
---立風書房・75年---

炭鉱がつぶれ東京に出てきた四人組。四人のうち莫大な遺産を手にしたという一人は
残りの三人に「最も世間を騒がした者に遺産を多めに分ける」と持ちかける。不運な人生の彼らには
悪どいことをやって私腹を肥やす、恨みのある人間がいた。足がつかないよう交換殺人に決まり
三人は各々最優秀犯罪賞を目指し計画する。やがて事件は世間を騒がす。

鷹見緋沙子って誰って話ですが、天藤真・大谷羊太郎・草野唯雄の三名による共同覆面作家で
三作品発表しています。そのうち『わが師はサタン』は現在天藤真の名前で創元推理文庫で
出ており明らかになってますのでこの作品は大谷・草野両氏のどちらかの作品ということになります。
内容ですが困民党を名乗る者による事件を犯人側と警察側の両面から描いたものです。
犯人側も内部で騙し騙されたりわからない部分が出てきたりゴタゴタするあたりが
飽きさせないですね。ただ都合よかったり軽いタッチでリアリティに欠けたり
事件が派手なだけにあっさりしてるのが違和感があるような。ま、楽しめたんですけどね。

「マークスの山」 高村薫 ★★
---早川書房・93年、直木賞、このミス1位、文春1位---

昭和五十一年、南アルプスで事件が起こる。そして十年後東京で起こる事件。様々な人間が殺された。
被害者の共通点は?マークスとは?十年前の事件とは何だったのか?

「白熱の警察小説、感動はやまない」と帯に書いてあり世間様の評価も異様なまでに高い。
これは読まねば!と意気込んで…撃沈。緻密な警察の描写、正直つかれました。
重いしページ数以上に時間がかかる。骨だらけの魚を無理に飲みこんだ気分。
やっと終わった~、という読後でした。読書の初心者にはオススメできません。
私にもこれ読んで感動がやまなくなる日は来るのだろうか?

「李歐」 高村薫 ★★★
---講談社(文庫のみ?)・99年---

無気力なアルバイト吉田一彰はある時殺し屋に出会った。殺人の補助役を任せられ
気がつけば公安やヤクザ、中国など国家的な抗争に巻き込まれていた。しかし一彰の興味は
殺し屋の李歐だけ。大陸へ行くことを夢見て一彰は生きていく。

小説中、長い年月が経過しています。何年にもわたる大きな抗争の中で必死でもなくゆっくり
生き続ける男の話でした。しかし、高村薫の文章はやはり苦手で全然進みませんでした。「重い~重い~」
とか言いながら読みました。でも後半で描かれる守山親子の姿は泣けてきまして、きっと描き方がうま
いんでしょう。読みやすけりゃもっと良かったと思うんですが…高村作品を普通にスラスラ読める人に
オススメの一冊。でも結局男たちがわがままだっただけじゃないか、と素直に一彰を認められなかった。

「コンセント」 田口ランディ 
---幻冬舎・00年---

兄の死体が発見された。死後二週間、体は腐り臭いを発していた。兄の部屋は掃除機の
コンセントがつながり掃除をしようとした時のまま止まっていた。兄はなぜ生きることをやめたのか。
疑問を持つユキはなぜか別の場所で兄の死臭を感じるようになる。

主人公は兄の姿を見たり臭いを感じたりするのでカウンセラーにかかります。で、兄はどうして…
私はなぜ…ということを考えていきます。それにしても何だろうなぁ自分に酔っちゃってるような文章。
ホントに心の底から悩んでんの?概略は主人公が悩んで自分なりの解釈を見つけて…私はこうなのよ
ホホホみたいな話か。観念や精神系の部分が多く、漠然としたものを扱うだけによほど同調でもできなきゃ
つまらないだけだと思うな。しかしベタ褒めする人もいるし直木賞候補にもなってるし…ハマれる人は
トコトン好きなのかも。読むなら天国か地獄か、真っ二つではないかと思うのだが…。私は地獄行き。

「ドリームタイム」 田口ランディ ★★★
---文藝春秋・05年---

十三編の短編集。小説ではあるが主人公が女性作家なのでエッセイ風である。人間であることが
辛くてロボットになることにしたピエロの話が好きだ。人間の心の寂しい部分を際立たせて描くのは
寒くて美しい。それから人類滅亡時にシェルターに入れる七人の人間を、政治家や知的障害者・牧師など
十人から選ぶという心理テストの話は発想が面白い。いろいろと理由を考えてしまって価値観が
浮き彫りになる。シェルターから外れた後の物語を書くという趣向もなかなか魅力的で楽しめた。
ただ短編集の後半は苦手だった。なぜかってシャーマン・生霊・魂といった宗教臭さの多い精神系の
話になってくるから。特に押し付けはないし強引な解釈もなく読みやすいけどやっぱり苦手。それに
いろいろあって節操がないから特定の精神世界を強く感じるような凄みがないのでイマイチだなぁ。

「人間失格」 太宰治 ★★★
---筑摩書房・48年---

三枚の写真と三冊の手記、そこにはある男の半生が綴られていた。嘘をついていると感じながら
道化を続ける少年時代、他人が恐ろしかったその後のことなどが描かれていた。

率直な感想を言えば「気が滅入った」だった。笑いたくないのに拳を握って顔に皺を寄せて笑顔を作ろうと
する子供ってのがまた気が滅入る。この男の人生はいろんなことが(特に人間とか)理解できぬまま
ウロウロして変な方向へ進んでいるようでした。悲しい話というより「むなしい」というか「空恐ろしい」
という印象か。苦しみを正面から描き、主人公に自分を見る人は多いらしい。どれほど有名でどれほど
崇拝されているかは、そっち方面に疎い私はよく知らないが永遠の青春文学と謳われる名作だ。
でも個人的にそこまでの名作とは思われん。そんなに深いのだろうか。思春期にでも読めばまた
違ったのか?あと「作者の自伝的遺書である」という事実を含めて読むのは好きじゃない。

「走れメロス」 太宰治 ★★★☆
---新潮文庫---

いろいろ詰まった短編集。気に入ったのは「女生徒」と「駆込み訴え」。女生徒の一日を追った話と
イエスを売ったユダの話なのだが、独白文というのか女生徒やユダの思考・感情が垂れ流される
ようであり勢いや焦りなどを感じられる文体がいい。まともにした町田康みたいな文体が心地よい。
「女生徒」…様々につらつら考える若い心理も上手く、普通の一日なのに文体も相俟って面白い。
「駆込み訴え」…<旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。
生かして置けねえ。>…というようにユダの狼狽、混乱、葛藤が焦りとして感じられスピード感があって
止まらない。これは傑作。友情と己との闘いを描いた表題作や「満願」もシンプルで良かった。しかしその他
特に後半の「東京八景」「帰去来」「故郷」など私小説的な部分は何が宜しくて何処が文学的なのやら
わからなかった。愚図な自分をどこか気に入っているようで気に食わないなぁ。私小説風なのは苦手かも。

「きりぎりす」 太宰治 ★★★★
---新潮文庫---

14編の短編集。気に入ったのをいくつか紹介。『黄金風景』→私のもとに昔仕えていた女中が
主婦となって現われる。昔はたちが悪くてこの女中をいじめていた記憶がを持つ私は会いたくないと
避けるのだが、実際には女中は良い思い出を胸に訪れただけであった。悪い記憶に塗れた私に比べて
実に美しい風景であった。『畜犬談』→犬が恐ろしくて大嫌いな私、ピストルでもあったらドカンと
射殺したいくらいであるが、ある日黒い犬(たぶんダックスフント)が家までついてきた。嫌がりつつも
飼っているが、やはり殺してしまおうと薬を買ったのだが…という話。嫌がりすぎな「私」がおもしろいし
最終的に大好きなんだか大嫌いなんだかわからぬ心持ちになっている。非常に楽しい一編である。
『皮膚と心』→今度は肌のブツブツが異様に嫌いな女が主人公。昔から筋子だとか牡蠣の貝殻だとか
ブツブツ系が嫌いで皮膚病にだけはなりたくなかった私が皮膚病になって「ひぃぃぃ」となっていたが
無口な職人の旦那に連れられて病院へ行く話。ブツブツ嫌いを力説するもんだから、読んでいて肌が
痒くなりそうなほど。でも必死な妻をよそに落ち着いて気遣う旦那が優しくて何だか暖かい短編でもある。
他には、画家として少し名が売れた夫が見栄を張ったり金に執着したりし始め、倹しくとも芸術に
向き合うかつての姿と変わったことに失望した妻の独白「きりぎりす」などがある。『走れメロス』に
収録の『女生徒』『駆込み訴え』のような独白文が多くて非常にパワフルで面白い作品が多かった。
滑稽であったり人間の業であったり作者の中ではわかりやすく面白い短編集だと思う。オススメ。
大物作家と中堅作家の往復書簡『風の便り』や作家がブラブラ佐渡を旅している『佐渡』なんかは
作者の体験や思考を描いているんであろうか。こういうのはあまり好きではない。シブ知(7・8)
「斜陽」 太宰治 ★★★☆
---角川文庫---

元・華族であったが没落してしまったお母様と私は伊豆へ引っ越した。そこへ徴兵されていた弟が
帰ってきた。貴族意識が抜けずに生活力がないうえ病気の母を抱える私達一家は困窮にあえぐ。
弟は麻薬や酒に溺れる生活、そして私は、私のために恋に生きることにしたのです。

華族という方達が本当にこのような生活をしていたか存じないですけれど、冒頭はとてもお上品で
セレブな生活が描かれて、のっけからお母様のスウプの飲み方が美しいことを語り出しますし
「お海苔で包んだおむすびをお上がりになった」なんて文体が何だか珍妙でおもしろく読みました。
そのうえ「意地わるね!」なんて言われたら思わず「うふふっ」なんて気味の悪い笑い方をして
しまいそうになります。と言っても物語はずっとそんなおセレブでもなく、時代の影響もあって
貧困に逼迫してきた生活力のない私・かず子が、生きるために今までの貴族生活で染み付いた
概念と闘うべく、先の見えない恋に生きようとする話である。言わば貴族である自分よりただの自分に
生きようとしたかず子。しかし一方で弟・直治は自らの貴族の概念に苦しみ絶望していくのである。
人の稼いだお金で飲み食いすることが恐ろしくてできず人が遊んでいたら自分も貴族として、正しく
遊ばなければならないのではないかなどと貴族に捕らわれ最後まで逃れられなかった弟。
今の時代はこの貴族の上層意識はわずかに想像するしかないし、苦労が見えてても個人として
生きようとする私・かず子の意識が当たり前に正しいような気がするが…。そこまで貴族の意識とは
別種のものだったのだろうか。冒頭とは違い、後半は全然お上品な感じじゃなくなってましたね。
当時はベストセラーだったそうな。ちょうどいい長さだし展開的にも読みやすい。シブ知(5・7)
「ヴィヨンの妻」 太宰治 ★★★☆
---新潮文庫---

八編の短編集。好きなものだけ紹介。「親友交歓」→津軽に疎開していた時に覚えの無い
自称・親友がやってくる話。図々しく酒を呑み嫁にちょっかいを出すこの親友とやらにイライラして
読んでいたのであるがこの親友は帰り際にさらに一言叫んで帰るのだ。思わず「お前だろ!」と
突っ込んでしまうユーモア系の一編。「トカトントン」→何をしてても金槌の音がすると虚しくなって
しまう男の悩み。音でなくとも確かにあるかもね。何もかもつまらないことに思える瞬間。
それが頻繁に訪れたらたまらない。これだけ作中でリズミカルにトカトントンと言われたら頭に
染み付くよ。しかしその悩ましい手紙も「気取った苦悩ですね」で片付けられてしまうのだが(笑)。
「家庭の幸福」→いやね、家庭を大事にすると仕事がおろそかになって社会的にダメなんですよぉ
ということを官僚が主役の短編を思いついて語るという妄想系の一編。町田的なくだらなさがおもしろい。
「桜桃」→最初は何だかわからなかったが意外と良い一編かも。発育の遅い子供と子育てに大変な妻を
抱えた夫、夫婦喧嘩をしたり日々辛いのだ。贅沢な桜桃を食べさせたいという道徳的な思いがあるが
その思いをねじ伏せて子供よりも親が大事とつぶやき桜桃を喰らう。何だか強がりのようで八方塞り
みたいな夫なのだ。その心境が痛い。しかし肝心の表題作がわからない。わけわからん親父に
強い妻の話だが魅力が不明だった。何でタイトルがヴィヨンの妻なのかさえ謎だ。自分が馬鹿なのかと
心配になるな。なかなか面白く手に取りやすい短編集だと思うが、全体的に家庭の物語がワンパターン
なのが残念。ややこしくなるよ。シブ知(6・8)だがちょっとバカが入ってる気もした。読みやすい。
「汚名(文庫は「離愁」に改題)」 多島斗志之 ★★★
---新潮社・03年---

学生時代にドイツ語を習いに行っていた叔母は、誰に対しても心を開かずに無関心に毎日を
過ごしていた。叔母が死に、私は叔母の過去に何があったのか探ることにした。知人の手記や
家族の話から浮かび上がった事実、叔母は昭和の大きな事件に関わっていたのだ。

し、しぶい。長い手記と長い独白により少しずつ明かされていく叔母の姿。構成的には地味だ。
間接的にではあるがゾルゲ事件に関わったことにより、辛い思いをしてきた叔母。その心が
固くなっていく様子が伝わってくる。完全に巻きこまれた形の叔母だが、自分の信じた者のために
口や心を閉ざして生きていく姿が強くもあり切なくも感じられる。そして叔母がそっけなく過ごさねば
ならなかった理由がもうひとつ隠されていることが判明する仕組みになっている。ゾルゲ事件に
関わってしまった一人物と特高警察らによる人間模様が、大戦前後の世相とともに語られていく
地味だけども端正な作品だ。読み終わると愛想のなかった叔母の姿がまた違ったものに見えるのだ。
それにしてもゾルゲ事件なんて全然覚えてなかったね。そもそも習ったのかな?それすら怪しい…。
本書は「このミス」の20位に入ってるんですね。ミステリって感じじゃないが…。シブ知(6・6)
「黒百合」 多島斗志之 ★★★☆
---東京創元社・08年、このミス7位、文春8位---

昭和二十七年の夏、私は父の友人の紹介で六甲の避暑地で過ごすことになった。
友達になった一彦と、別荘に住む香。淡い恋心の混ざった三人の一夏の思い出。
そこで起こった一つの事件。その発端は意外な過去にあったのだが…。

十四歳の頃の私と一彦が、香という女の子に同時に魅かれていく物語が中心となっている。
一彦よりも香に好かれたいけど、一彦は友達だ。友情と恋が顔を出し合って両立する淡い初恋の
感じが微笑ましいですな。うふふ。なんて思っていると別の話が挿入される。十年以上前の「私の父」が
ベルリンで出会った女性や、香の別荘にいる女性の過去とそこで起こった殺人…何となく気になりつつ
舞台は再び現代へと移る。そして終盤に現代で起きたある事件によって、霧が晴れたように過去も
現代も繋がっていくミステリなのである。しかしあくまで本書は少年達の恋という仮面を被っている。
物語の語り手である私も最後まで事件の犯人が誰か知らずにいるし、大して考えてすらいないのだ。
でも読者にだけは答えが見えている。犯人は誰それであれは誰それだっ!と気づくわけ(何じゃそら)。
本書の肝というのは、普通の小説と思わせておいてその裏側で別の小説を作っている点なのだ。
組まれた構造は見事で拍手もんだが、評価が伸びないのはメインの物語が地味だから。
ちょっとアンフェアだしね。もうちょっと二の筋が絡んでくれれば面白かったんだけど…。
ミステリながらシブパクの(7・5)。わかりにくいところもあったのでネタバレページも作りました。
「それでも警官は微笑う」 日明恩 ★★★
---講談社・02年、メフィスト賞---

何年か前から押収されていた小さな拳銃。おそらく大きな組織で作られていると思われるのだが
いまだ突き止められていない。鬼畜と呼ばれる無口な武本と、茶道の家柄に生まれたペラペラ喋る
潮崎のコンビも事件を追うが、そこに以前起こった麻薬取締官の事件も絡んでくる。

拳銃を追う刑事と、麻薬取締官の登場する警察小説。最初のうちはなかなか警官達がいい味出してて
面白いじゃんと思ってたんですが、読むに従って横山作品や雫井脩介「犯人に告ぐ」に比べると
見劣りするなぁと思えてきました。臨場感のあるものが書きたいのかドラマのノリで書きたいのか
どっちつかずで味が薄まった感じです。小説好きでええとこの坊っちゃんの潮崎警部補がいくらなんでも
浮きすぎでは?あと説明くさい文章と、必要性の薄い描写が目について話に乗っていけなかったです。
説明せずとも、行動や微細な動きで読ませるくらいでなきゃね…。でもデビュー作だし、上手いと思う。
警察小説にしても事件の裏にしても、それぞれいい面もあるのに全体でぼやけてしまった感がある一冊。

「笑酔亭梅寿謎解噺」 田中啓文 ★★★★
---集英社・04年---

元担任教師に連れられ落語家に弟子入りすることになった竜二、乱暴者で飲んだくれの
師匠のもとで嫌々ながら過ごす。事件を師匠の代わりに解く日々の中、山あり谷あり落語の
黒白を知り竜二は次第に頭角を現していく。竜二には落語の才能もあったのである。

よくある短編ミステリの趣だけどもきっつい関西弁と独特の雰囲気のある落語界という舞台が
おもろいな。はちゃめちゃな師匠やとかお笑い芸人ら個性的でパワフルな人達ばかり出てきて
笑いや噺のことばっかりやから現代劇やのに違う空間みたいな感じがする。不良の竜二が簡単に
落語に魅せられ、師匠らとも絆がありーの、トラブルがあってもなんだかんだうまぁ~くまとまる。
できすぎやろって感じですが逆にそこが良い。まるで吉本新喜劇の舞台のような感じでポンポンと
進んでいくのが気持ちよくてずっと浸っていたいぬるま湯チックな短編っていうのかな。落語の噺と
謎解きの事件がマッチするところも楽しい。人殺しの内容もあるけれども人情ものを読んだような
ほのぼのした感じでしたね。手軽な読物をお探しならオススメだ!
「ジョゼと虎と魚たち」 田辺聖子 ★★
---角川文庫・87年---

表題作は妻夫木聡・池脇千鶴で映画化されている。足が悪く車椅子の生活のジョゼと、近所の
大学生・恒夫との微妙な位置で動く男女の関係を描いている。ワガママを言うジョゼとそれを扱う
恒夫が自然な感じが良い。最近人気の純愛小説と言えそうな一編で私も嫌いではなかった。

他に八篇あり、どれも女性が主人公である。昔の男が訪ねてきた時、妹の婚約者が
来る時などの女性の姿を映し出している。…のだが、正直私には魅力がわからなかった。
共感できなかったし、心を動かされるような内容でもない。解説の山田詠美氏に言わすと『女達に
頷かせたり指を鳴らさせたり、自分のことを言い当てられたように驚かせたり、切ない声でそうよ、
と言わせたりする』らしいのだが…。あまり男性向きの読物じゃないよなぁ、これ。

「春琴抄」 谷崎潤一郎 ★★★★
---新潮文庫---

幼い頃に盲目となった三味線師匠の春琴、そして彼女に仕える佐助。気難しい春琴はワガママを言い
周囲に厳しく当たるが、佐助は文句も言わず付き従う。互いになくてはならぬ存在になった二人…しかし
春琴の顔が傷つけられる事件が起こる。佐助は春琴の酷くなった顔を見ぬために自ら盲目の世界へ…。

何故なのであろうこの二人の関係が美しく思えるのは。世話し世話される完全な主従の関係、春琴は
三味線師匠として乱暴・叱責、しかし佐助は憧憬の念を抱きこれを厭わない。信頼し合っているのに
傍から見れば主従にしか見えない所や、子供ができても佐助なわけがないと頑なに否認する所が
かえって二人だけの世界を感じさせる。結婚もせず常に主従の関係であり続ける春琴のワガママな
気位の高さが佐助と小説全体を包んでいて、嗜虐・被虐の性質がある二人の形よなぁと思い読んでいると
思わず「痛たたた」と呻いてしまうあの衝撃の行動により、性質どころか信仰みたいなものだと気づか
されるのだ。佐助が自らを犠牲にしてまで尽くす姿が美しいのかと言えばそうではなく、佐助の行動に
躊躇や決心の描写など皆無であり、佐助は当然のようにしている。尽くし尽くされることが自然な事として
行われる関係、ゾッとするほど二人の間で完結しきっている鎖が理解できずとも美的とさえ思われるので
あろう。盲目となった後の二人寄り添う姿がまた印象的である。句読点を少なくした文体も特徴的。
「猫と庄造と二人のおんな」 谷崎潤一郎 ★★★☆
---新潮文庫---

猫のリリーが大好きな庄造、しかし妻は猫以下の扱いを受けたように思い憤慨して猫を前妻に
引き取ってもらうように言う。また前妻は元夫への未練から猫を引き取りたいと手紙を送った。
結果猫は前妻の元へ行くのだが…。猫を巡って男女がそれぞれの思惑を交錯させる滑稽な物語。

猫を溺愛する覇気の無い庄造…他人とは思えない親近感を覚えるなぁ、何でやろなぁ。猫好きにとって
猫が人間同等なのは当然だが、庄造はそれ以上で猫尊人卑精神を持っている。そこで納得しないのが
女達であって猫に嫉妬するのである。阿呆やなぁと庄造派の私は思うわけで、猫に対してと人間に対しては
別種の愛情だから比較できない位置付けだってのを女達はわかってないなぁという気持ちになるのである。
庄造は猫が気になって仕方なくて女はヤキモキするが、前妻などは画策があってリリーを引き取ったのに
飼ってると良さがわかって以前邪険にしてた私って鬼のような女だったなんて思うようになる。要するに
一匹の猫の持つ魔力には、人間の矮小な感情など雲散霧消するという様子を滑稽に描いた猫中心の
小説なんやね、きっと。文庫解説では隷属の拒否とかリリーの名は純粋性だとか言うとりますけども、
はは、庄造阿呆だなリリー可愛いなって感覚で単純に読める一冊だ。薄いので読みやすい。
「硝子の塔の殺人」 知念実希人 ★★★★★
---実業之日本社・21年---

ミステリフリーク神津島が建てた円錐形の硝子館。重大発表があると集められた、名探偵・作家・霊能力者・刑事らいかにも
それらしい面々。医師の一条はある事情から神津島を毒殺を決行した。しかしその後、一条が関わらない第二・第三の
事件が密室で起こる。雪崩で道は塞がれ、外部との連絡も取れない状況。この中に犯人がいるのだろうか?一条は
自分の罪も被せられないかと思いつつミステリマニアの探偵・碧月夜とともにもう一人の殺人犯を探す。

こんなもん好きに決まってるやろうがっ!「ミステリを愛するすべての人へ」という帯は間違ってなかったな。
これまで手を変え品を変えいろんなパターンの本格ミステリが出てきたけど、本書は変化球じゃなくてど真ん中直球。
どこかで見たような…というマイナスに思われがちな点を逆用してきた。何かありそな建物に奇天烈な行動を取る探偵など
皆が想像しそうなベッタベタなところを強調して「こんなのが読みたかったんでしょ?」と言わんばかりである(まったくそのとおり!)。
登場人物に「まるで本格ミステリの小説に入り込んだみたい」とまで言わせてしまうメタ的な怪しさもあるし、他にもてんこもりで
地域の神隠し伝説を生き延びた殺人鬼、密室、血文字、踊る人形、読者への挑戦状…ミステリのフルコースだ。
ミステリマニアが多く、特に探偵がたびたび話を脱線させてミステリの歴史や名作について熱く語りだすことも多くて
クイーン・クリスティ・カー・綾辻・島田など、今までの本格ミステリを振り返る雑談的な面白さもある。そんな作風だから
パロディ的な空気もあるため、クローズドサークル作品にしてはいつ殺人犯に襲われるかわからない恐怖感をあまり
感じなかったのが少し残念だけど、決して軽い作品というわけではなく本格としての骨格がしっかりしてて、真相を解明した
と思いきやのさらなるどんでん返しも力強かったし王道感は損なわれてない。長さもちょうどよかったし、とにかく楽しかった。
こんなど真ん中ミステリが読みたかったんだなぁ自分は、、と久々に気持ちよかった。

ミステリの脱線話も自分には懐かしさも含めて楽しかったけど、ミステリ読まない人は名作の話とかされても
つまんないのかなぁ?ベタベタな設定も逆にどっかで見たような凡庸な感じに映るのかもなぁ。このベタベタ感を
楽しめる人向け、まさにミステリ好きのためのミステリだ。バカパク(10・9)
「3000年の密室」 柄刀一 ☆挫折☆
---原書房・98年---
密室状態で縄文時代のミイラが発見された。しかも背中に斧、殺人であるらしい。
このミイラはどこから来たのか、なぜ密室なのか、学界に波紋が広がる。

感想もお薦め度もなし!なぜかって言うとちゃんと読まなかったから。もう退屈で退屈で。
3分の2を読んでも考古学・解剖学の世界ばかりで、ミイラがどの年代かとか西日本か東日本か
って話ばかり。考古学にロマンを感じる人にはたまらない内容だと思うが、私にはとんとつまらなかった。
興味ない人にも読ませるくらいのものを書いてほしいってのはワガママかな~。あと文章のつまらなさも
要因かな。地味なせいで読みにくくて全然進まなかった。それに推理小説にする必要があるのかな~
とも読んでて思った。考古学や解剖学の小説じゃダメだったのだろうか。というわけで内容・文章とも
肌に合わず挫折でした。ちなみに密室のオチだけ、途中飛ばして確認しました。グフフ。

「アリア系銀河鉄道」 柄刀一 ★★☆
---講談社ノベルス・00年---

四編+おまけ作品の短編集。ミステリといえる内容で、奇想を用いたものばかり。例えば地の文で
考えたことが実体化する世界で起こった濁点が存在しない部屋での殺人や、ノアの方舟に探偵役が
乗り込み不可能状況や進化の過程に関する回答を導くなどとんでもない設定ばかりなのである。
星座や言語や精神といった題材を使う壮大なスケールには驚かされる。だがアイディアや設定が
先行しすぎなのかマニアックな人ばかり喜びそうな内容であまり面白くはなかった。ただ滅多に読めない
奇想ミステリであることは確かだ。他にも多重人格の探偵が自らの身体を殺そうとした犯人を
探るものなど全編風変わりな内容。柄刀ファン及びSF系本格ミステリに興味ある人ならOKか。

著者の作品は三作目だがやはり読みにくさは否定できない。言葉を知ってても描き方・使い方が
下手なんだと思う。説明的すぎて読みにくく大損している。あと伏線のわかりにくさは残念だ。
作者があとがきや蛇足をもって説明しなければならない伏線(しかも見てもピンとこない)ってどうなの。
「凍るタナトス」 柄刀一 ★★
---文藝春秋・02年---

医療が発達した将来に復活するために遺体を冷凍保存する考え方が出てきた日本、その考え方を
広めた会社の理事長が殺された。犯人がわからないうちに今度は理事長の息子まで殺された。
そして冷凍保存されていた遺体も破壊されてしまう。冷凍保存者にとっての「殺し」は何を意味するのか。

まず内容より文章が苦手だ。以前も挫折したことを思えば単にヘタなのか余程肌に合わないかだろうな。
入り組んだ関係なのに、登場人物が似たような感じでわかりにくい。おまけに心が感じられなくて、おそらく
泣かせるのであろう場面も陳腐に映る。地味な捜査報告みたいな進行も眠くなるばかり。言葉に拘っている
というよりただただ読みにくいぞ(ひどい言いよう…好きな人スミマセン)。ミステリとしてもイマイチ。
冷凍保存という考え方や倫理問題は追求されなくてあまり深く感じられなかったかなぁ。謎解きもね…
齟齬はないはずだけどあまり面白くもない。斬新な設定がメインにしては視点や倫理を突き詰めてないし
本格ミステリにしては設定を生かしたとてつもない作品ってことはない。どちらも中途半端な印象。
ファン以外にはオススメしないですな。とにかく内容以前に文章と構成をどうにかしてほしいんだが…。
「欺す衆生」 月村了衛 ★★★★☆
---新潮社・19年、山田風太郎賞、このミス7位---

詐欺による巨額の被害を出した横田商事事件。横田の末端にいた隠岐は普通の会社に就職、細々と家族を養っていた。
そこへ横田の残党・因幡に声をかけられ会社を興すことになる。原野・和牛、価値のないものや存在しないものを売る
詐欺ビジネスを足がつかないよう繰り返す隠岐達。裕福になり詐欺のスリルに憑りつかれ、近づいてくる極道とも手を組み
国家規模の事業へと発展する。騙し騙され、負けたら消える。命をかけた詐欺ビジネスの底に行き着いた隠岐は…。

最低なやつらの熱い騙し合い。面白くって読み始めたらじわじわとやめられなくなった。会社へ行ってビジネスの話してたまに
家族のもとへ帰って、別の会社へ行って…。ビジュアル的には何とも地味なのだが、実は展開が早い。次から次へと難敵が
登場するのでスピード感があるし。社長の因幡が主人公を「僕のパートナーは君だけさ」とか言いつつ、横田の残党を会社に
入れたりするうえ、その残党も何を企んでるかわからない。ヤクザが詐欺に目をつけてたかってくるし、変な女も入ってくるし
ビジネスが危なくなればすぐ合法的に会社を畳む。少しでもしくじったら終わり感が常にあってハラハラさせてくれる。
後半になると暴力的なところも見えてきて、悪人だらけの凄惨な感じのする世界感に。こうなるともう抜けられないどん底である。
最初は因幡に誘われて会社の一員になり、因幡に振り回されて利用されているように見える隠岐が、気づかないうちに
大物詐欺師のように変わっているのがうまい。最初は「それじゃ横田と同じだ」とか「人として一線を越えてる」とか
言ってなかったっけ~?派手さこそないが面白い本書、惜しむらくは終盤で出てきて隠岐ら全員をハメようとした詐欺師の
結末がちょっとなぁ…。あっさりまとめられたなぁという印象。パッとしない主人公と一緒にバレないように用心深くしながら
詐欺ビジネスを始めて結果を出すとワクワクして命がけのピンチも平静を装って切り抜けアドレナリンが出てしまう…
そんな良くない読書体験であった(笑) 現実はこんな息苦しい生き方はしたくないやね。真っ当に生きるのが良きかな。
現実の豊田商事事件がモデルであり、時折ホリエモンとか実名を出して現実っぽさを入れてあるのがいい味。サスペン知(10・8)
「青空のルーレット」 辻内智貴 ★★★☆
---筑摩書房・01年、太宰治賞---

二編収録。音楽や小説や漫画など夢を持ちながらビルのガラス拭きのアルバイトをしている
男達を描いた物語。都会に出てきてもガラス拭きばかりしているなぁと思いながらも夢を持っている
ことの大事さも感じている仲間との友情を扱った物語。読んでて恥ずかしくなるかどうかのスレスレで
回避できているのは作者が堂々と書いているからだろうなぁ(笑)。それくらいド直球の良き青春譚。
「多輝子ちゃん」⇒簡単にいうと報われなかった初恋と、その後の多輝子ちゃんを救った一人の無名の
ミュージシャンの話。これまたスレスレだ(笑)。ありがちな気がするけど、人生の意味なんてことも
語ってくれるド直球の良き話。若い時分ならもうちょっと普通に読めたかも。いまだと照れますわ。
最初の数ページをめくるとわかるけれど、文体にテンポがある。詩を朗読しているような文体が
たまに感じられるのが特徴。物語がもっと新しさを感じられればなぁ。いや逆に今時貴重なのかも。
 「十の輪をくぐる」 辻堂ゆめ ★★★★
---小学館・20年---

スポーツクラブの会社で働く泰介は、バレーボールで活躍する高校生の娘と妻、認知症を患った母と暮らしていた。
思った仕事ができず部署内でも浮いた泰介は、母のこともあり家庭でもギスギスしていた。ある日、母がテレビを見ていた時に
「私は東洋の魔女…」と言い出した。そんな話は聞いたことがなかったが、幼少期からバレーを教えられてきた泰介は
母の過去を知らないことが気になり始める。母どのように生きてきたのか。自分の過去を語らない理由とは。

何となく昔バレー選手だった母の熱い物語が展開されるかと思ったら全然違った。女工時代からの母・万津子の
一生が描かれていく。集団就職してお見合いが合って、乱暴なダンナに当たったり、息子はきかんぼうだったり。
何より女性の立場が圧倒的に弱いんですね。現代で読んでると意味わからない理不尽さが横行している。万津子は
それを耐えて生きていく。健気で強い…というか強くあらねばならなかったからだ。そんな辛い時代の空気間に触れられるのも
読みどころで、時代を耐えてきた万津子の物語がしっとりと胸打つのだが、それと交互に2020年現代の泰介も描かれていくのだ。
こいつは幼少期から問題児で万津子がどれだけ苦労して育てたんだかわかってんのか、思いやりもない勝手なダンナに
なっちゃっているので読んでてイライラする。家族だったら嫌だし職場で嫌われそうな男である。この二つの物語が
どう収まっていくのかと心配になっていたが、意外にも読後感は良いのである。泰介のイライラ、母が過去を語らなかった理由、
バレーボールが見事にリンクしていた。泰介の周りには母と妻と娘と大きな愛に囲まれていたのだ(ヨシタカくんにも)。
それに気づけて良かったじゃないか泰介。家族の物語である一方で二つの東京のオリンピックの間に変わったことが
背景になっていてうまいですね。日本は経済成長して裕福になり自由も増えた。女性の立場も昔よりは良くなった
(世界基準では低いけど)。わからなかったことに名前がついて対処できるようになった。理解がなかった時に
親子の絆の力だけで乗り切った万津子の苦労と偉大さに感動する。バカシブ(5・10)
「冷たい校舎の時は止まる」 辻村深月 ★★★★
---講談社ノベルス・04年、メフィスト賞---

上中下巻(文庫は上下)。雪の学校へ閉じ込められた8人。現実とは違う、飛び降り自殺した
クラスメートの精神世界のようだがなぜか誰も自殺した者が誰なのか思い出せない。一枚の写真から
本当は7人のはずのメンバー。自殺した当人が紛れ込んでいるようなのだが…。自殺の真相とここに
閉じ込めたこの世界の「ホスト」が誰かわからないまま一人ずつこの世界から消されていくのだった。

何をしたら終わるのかも謎だし、なぜか大事な思い出せないという特殊状況がおもしろい発想だ。
あと時間になると誰かが消される設定がジワジワと怖い。消される時だけはホラー調になるので
夜に読むとドキドキ(余談だけどカバーの作者写真がこっち見てるのも怖い)。物語の大部分を占める
登場人物の記憶のエピソードが良かった。自殺当日のよりも、普段からの友人関係の悩みや
心の拠り所としている良い記憶の描き方が秀逸。 メンバーの菅原や梨香なんて読むほどに人間味が
増してきて好き。女性的すぎてクサい表現も多いが、この各エピソードのおかげで長い物語も読める。
おまけに伏線が散りばっているから後々までおいしい。メンバーに絡みそうな教師がなぜいないのかや、
自殺したのが誰なのかとなぜ一人多いのかの解答は怪しいと思う部分はあったけど全然わからなかった。
この作者は内面描写の文章により好き嫌いあるだろうなと思う。個人的には好きだね。
「子どもたちは夜と遊ぶ」 辻村深月 ★★★☆
---講談社ノベルス・05年---

大学の論文コンクールで二強である浅葱・狐塚を上回った匿名の「i」。それから二年…「i」と「θ」による
交換殺人が始まった。悲しい過去を引きずる殺人者に、狐塚と仲の良い月子も加えた片思いの連鎖が
交わり事件は収拾がつかなくなっていく。残酷な事態を止める術は?「i」とは一体誰なのか。

キャラの書き分けのせいか相変わらず読みやすくて上下巻もペロリだ。大学生四人が中心となり
過去の虐待の記憶であったり、友人に対しての接し方など内面もしっかりと綴るのが特徴。
今回は繊細さや鬱屈が多かったので読んでて苦しい点もあってあまり気分の良いものではなかった。
そのせいで少々冗長に感じられたけど、少々大げさなくらいの内面描写が作者の肝であると思うし
これだけ読まされたのだし、まぁ良し!ミステリとしての評価は微妙かな。ミスディレクションは巧妙で
その誤認もここぞの場面で切ない感じで生きてきて登場人物と同じくして「今頃気づいたのかよオレ!」
って感じに。しかし肝心の見せ所に持ってきたネタがイマイチ。小説読みは満足しないであろう結末。
あれだけの良い引っ張り&盛り上がりを見せてそれか、と。着地が見事ならミステリとしても絶賛かも。
ちなみに助演男優賞、秋山教授がお気に召した方は是非是非傑作「ぼくのメジャースプーン」↓へ。
「凍りのくじら」 辻村深月 ★★★★
---講談社ノベルス・05年---

失踪したカメラマンの父がいて、病気の母がいて、ドラえもんが大好きで…ちょっと冷めてる高校生の
理帆子。謎の青年別所や郁也少年らと関わり、少しずつ温かみを取り戻していく理帆子。
一方で自己愛の強い元彼・若尾を見捨てきれないのだが、徐々に若尾の人格はひどくなっていく。

周りを観察してSF(少し・何とか)と頭の中で属性をつけて遊ぶ。内心馬鹿にしながら遊び仲間に群れる。
すげぇ嫌な感じの主人公であって★二つで終わりそうな出だしであったが読み終わってみればオマケでは
あるけれども★四つ。嫌な思考でも自分の内にもあるリアルな嫌さなんだろうな。腹立つけど理解もできる。
自己愛性人格障害な元彼でさえ、そんなやつ実際にいるように思えてしまう怖さだったのである。小学生の頃に
図書の本を借りる際に先生に言われたことの記憶、友達や同級生を冷静に観察すること、完全に子供だと
見下している元彼を結局甘やかしてしまうあやふやさ、うまく立ち回ってるけど孤独なんだよな。馬鹿にしてるけど
自分も同じなんだよな。そんな揺れて痛い高校生の心境の描き方として秀でていると思った。いろいろあって
話の肝がどこなのかわからないまま終盤まで読んだ。ひょっとしたら鬱屈した理帆子の心境こそ肝かも
しれない。ジャンルが難しいけれどミステリでちょっとホラーでドラえもんで青春な不思議小説である。
関係ないけど私は「のび太の恐竜」が大好きだ。成長したのび太にラストはもう泣けて泣けて…。
「ぼくのメジャースプーン」 辻村深月 ★★★★☆
---講談社ノベルス・06年---

残忍な犯人により学校で飼育していたウサギがバラバラにされてしまった。その事件のせいでウサギが
大好きだった幼馴染みのふみちゃんは心を閉ざしてしまう。僕は不思議な力を持つ「声」を犯人に使い
罰を与えたいと思い、同じ力を持つ先生のもとへ向かう。人が量る罪と罰、正義とは何なのか。

本書は考える小説である。人を裁く力を持った時、どうするのか。主人公の「僕」は小学生ながら
しっかりと思考する。復讐とは誰のためか、動物と人間、相手の悪の見極め、罰すること。そんな「僕」を
秋山先生が色々な例えを出して導いていく話である。序盤は事件あり、ふみちゃんの素敵な紹介ありで
進むけれど、それからは「僕」と先生の会話や思考ばかりになる。でも全然飽きなかった。なぜなら
「僕」が誰かの痛みを考えられる心を持っていたからだ。だから平等に正義に、覚悟を持って罰を与えたいと
考えている。その真摯な思考は読者の心に届くはず。一生懸命に考えた、そんな子が声の力を使うなら
許せる気がした。もしも自分なら躊躇はあるだろうが復讐をする。本書である男の言った「自分のために
必死で間違ったことをする誰かがいると、自分のかけがえの無さを思い出す。そうすることで傷は癒える」と
いうような言葉が共感できた。しかしながら人それぞれに意見と思考が出てくるし正答は無いんだろう。
やはり考える小説なのである。「罰すること」が主題というと大仰だが、本書は子供でもOKな読みやすさも
持っている。展開が激しくないわりにここまで読ませるのはスゴイ。考えることが好きな人はオススメ。
魅力的な「僕」とふみちゃんの二人が幸せになるといいなぁなんて…真剣にしみじみした読後。
「スロウハイツの神様」 辻村深月 ★★★
---講談社ノベルス・07年---

人気作家チヨダ・コーキと脚本家の赤羽環を筆頭に画家や漫画家の卵が集うスロウハイツ。
現実の事件によって一度表舞台から姿を消したコーキと、それを救った手紙。そしてコーキの
物語と進行軌道を一にする別の作家。そして新顔の加賀美莉々亜。どこか不穏な雰囲気の漂う
スロウハイツだが、未熟な彼らの目標に向けた挑戦と落胆がぶつかり合いながら毎日は続いていく。

スロウハイツに住むそれぞれが淡々と描かれていく。他人と関わりが薄く執筆ばかりのコーキと
気が強く他人に本音を言う環や、誰かに依存してしまうスー。それぞれが自分の弱さと闘いながら
答えを模索している。クドい描写は作者らしいが今回はキャラが濃すぎるというか、その痛々しさが
少女漫画かよっ!って感じがして入り込めなかったぞ。前半はこれといった筋とか謎が無いもんだから
退屈しちゃったが、後半は届くはずの無い物がスロウハイツに届いたり引っ張り要素はあるんだけど
もうオチまで読めちゃって楽しめなかったさ。それぞれが出した行き先と、明かされた事実に
ニヤリとできれば、全体通して連続ドラマのような楽しい読物と言えるかな。バカパク(5・5)
「ロードムービー」 辻村深月 ★★★
---講談社・08年---

クラスの人気者だったトシとそうでなかったワタル、それはトシがワタルと仲良くし始めてから
一変する。トシがいじめられはじめたのである。でもワタルのトシに対する信頼は揺るがなかった。
そして現在、理由あってトシとワタルは家出をし遠くを目指していた。表題作含む三編の中編集。

あぁ~イライラする。表題作に出てくる根回しして仲間はずれにしようとする女の子。あんな陰湿で
男らしくないやつはバコーンと飛び膝蹴りを食らわしたい。でもこういうやつが小学校時代は一番
恐ろしいタイプなのであろう。いじめに負けずに立ち向かうトシも立派だし、児童会長選挙戦でトシを
支えるワタルの演説には涙ちょちょ切れますなぁ。自分の不安だとか素直な感謝とか、できない
トシがほろ苦いけど一番いい話でした。「道の先」という中編は中学校の女の子が主人公
塾の講師にも好き嫌いが激しくて嫌いな講師には徹底的に反抗して辞めさせるやつだ。周りを
振り回してさ、自分は悩んでますって感じでたまにメソメソしてさ。小説にはよく登場するタイプだが
度が過ぎると「お前は何様だ~!」ってイラッときませんか。今回はイラッときました。三編通して
子供の頃の変な心の揺れというか、素直になれない心って自分のことも思い出してもどかしくて
腹立ちますね。青春小説でありつつミステリ要素もちらっと含まれているので青春パク(7・4)
これ「冷たい校舎の時は止まる」と関連してるらしい。覚えてないから気づかなかった。
「太陽の坐る場所」 辻村深月 ★★★☆
---文藝春秋・08年---

高校を卒業して十年、クラス会や同窓会で話題になるのは女優キョウコのことだった。当時の教室で
女王のようだった響子とその周囲。キョウコの話をしながら彼らは今の境遇を顧みる。誰かに勝ちたい。
見栄を張りたい。欲望のためなら何でも利用する。過去に捕らわれ今を見失う者達の痛い物語。

タイトルに太陽が入ってるけど喪服みたいな群青色の制服くらい暗いわ。表紙が制服の集団なので
学園物かと思いきやメインは十年後。過去のことが頻繁に出てくるんですけどね。テレビに出て
芸能人となっているキョウコと小劇団にいる自分を比べて「こんなはずではなかった」と悔やむ聡美。
昔から自分をある程度見限り傷つけられないために哀れまれまいとしてきたが、同級生の男と
関係を保つことで初めて誰かに勝てると思った、その幻想が打ち砕かれた時の自分の哀れさに
傷ついた紗江子。過去に囚われていろいろと必死な響子。暗すぎるし痛々しすぎるぞ。五編の
連作短編だが【出席番号一番】の里見紗江子の物語がいいな。見栄を張ったり人の目を気にして
頑張ってる自分が、素直に正しく生きてる人間を前にして何ともちっぽけに見える瞬間は涙が出るね。
さらにミステリ的な手法もラストに炸裂して物語を盛り上げたし好きな一編。でも連作の後半はちょっと
暗すぎるかな。全体通したサプライズもあるんだけど読者の感情的に効果的ではなかったし…。
同窓会やクラス会って同じスタートラインだからこそ嫉妬や見栄や拘泥が入り込むのかもしれないね。
こんなドロドロしたやついるのよかと登場人物の同世代としては思うが。疲れた時には読まないほうが
いいキツさです。さわやかさは微塵もないけどシブ青春(6・4)。同窓会は数年に一度が丁度いいな。
「名前探しの放課後」 辻村深月 ★★★★
---講談社・07年---

タイムスリップしたように三ヶ月前に戻った高校生の依田いつか、三ヶ月の間であったことといえば
同級生の誰かが自殺したこと。きっとこの現象に関連がある。いつかはその同級生を救うため
信頼できる友人に打ち明け自殺を防ごうと画策する。メンバー五人は河野という生徒に目をつける。

依田いつかとクラスメイトの坂崎あすなを中心に語られる物語、ジャスコの屋上で会ったり坂崎家の
洋食屋で集まったりと何気ない日常を描いている。河野という同級生に自殺をさせないために水泳を
始めるのだが、坂崎あすなも依田いつかも水泳に関わる事で自分のことを乗り越えようとする。
学生時代に何人かで同じゴールを向くという清々しさと青春臭さを持っている作者らしい一冊である。
自殺日のクリスマスイブまで幾多の危機を乗り越えて自殺回避に向けて団結する。みんなで集まる
クリスマスイブの洋食屋の一夜は素晴らしい思い出だ。特に坂崎あすなのおじいちゃんのほっこり加減と
いったらたまらない。丁寧な口調と礼儀正しさと孫愛。ステキだす。何だかわからんがこのままほっこりと
終わるのかなと思いきや……これ以上は言えんけれどまさかの展開が待ち受けているのである。
正直これがあり得ないほどの出来事なのでツッコミどころ満載なのだが、それにしたって驚いた。
それまでの変な記述や表現がああそういうことねっというミステリ的快感で繋がるのである。

しかしながら、さらに『ぼくのメジャースプーンを読んだ人でないとわからないオマケどんでん返し』
という何とも嬉しい仕掛けがついている。が、未読の人には??のはずで不親切でもある。
知らなくても本編は楽しめるのだが…。それについてはネタバレページで。相変わらず無駄に長い
物語でこれも上下巻。評価は『ぼくメジャ』既読者だからこその★★★★です。青春パク(5・9)
「ふちなしのかがみ」 辻村深月 ★★★☆
---角川書店・09年---

五編の短編集。表題作→サックスを吹く高校生・高幡冬也に憧れてクラブへ通う香奈子。
未来が映る鏡の噂を聞き実行すると、女の子の姿が映る。彼との子供だと直感するのだがあまり
幸せな未来ではないと気づく。香奈子は未来を破棄するやりかたを友人に問い詰めるのだが…。

学校に現われる花子さんやコックリさんに似たキューピッドさん、自分とは違う町に住む人気者の友達という架空の話、小さな頃に近くに
あった物語が現実に侵入してくるホラーである。ミステリを書いてるだけに超常現象ながら物語展開などは論理的に読ませてくれる
「ふちなしのかがみ」や「踊り場の花子さん」が好み。花子さんに箱をもらってはいけない、嘘をつくと呪われる、などのルールを前提に
行われる一対一の会話の駆け引きがスリリングである。彼女は花子さんなのか、自分は呪われるのかという恐怖が上手い。祖母の家を
掃除に行ったら犬小屋や押入れから死体がわんさか出てくる「おとうさん、したいがあるよ」のような現実と非現実の交錯というのも
怖いんだけれども作者の魅力ではない気がする。子供の頃のホラー。青春サスペンス(6・6)
 「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」 辻村深月 ★★★★
---講談社・09年---

おとなしかった同級生のチエミが仲の良かった母親を殺して逃げる事件が起こり、数か月が経っていた。神宮寺みずほは引っかかっている
ものがあって同級生らに会いチエミを探していた。みずほと違い地元に残ったチエミはどう過ごしていたのか。仲の良かった母親と
何があったのか。恋愛、友情、親子関係、関係者の証言や思い出からチエミの姿が浮かび上がってくる。チエミは今どこに…。

関係者と次々会いながらその場にいない人を描写していく、というのはよくある設定なんだけど実にねちっこくてうまいですなぁ。
内気で純情で、いい年齢になっても親との距離が近く依存していること、そして同級生やみずほ自身もそれに苛立ってしまうこと。
一つ一つのエピソードが刺さる。明らかに遊ばれてる感じの相手にしがみついてつなぎとめてしまうチエミ、この男のリアルな
クソ野郎っぷりもあいまってイライラする。女同士の友情や結婚による負け組勝ち組みたいな雰囲気もあって、女子向き?と
思ってたけどなんてことはない。男でも似たようなことはあるさ。関係者達のキャラが濃かったし、はまって一気読み。
友達の恋愛関係とか家庭のこととか、自分も含めてだけども、ある程度は「おかしいな、気持ち悪いな」と思ってもそれぞれに
生き方があるのでうなずいて聞くだけだったりスルーしたり、相談しなかったりする。当事者にしかわからないからね。でも何かを変えたり
助けたりするには踏み込むことも必要なわけで…。言ってもいいと思いますが、終盤の第二章でチエミは登場します。悲しい逃避行、
悲しい理由が明らかになる。でも、みずほが踏み込んできてたどり着いたことで、チエミは救われたんじゃないかなと思う。
明るく楽しい読み物じゃない、でもラストの二人のシーンは感動した。読んでよかったと思う。シブ知(9・5)だね。
学園ものとか若さ溢れる話ばかりじゃないんだねぇ、作者は。
 「朝が来る」 辻村深月 ★★★☆
---文藝春秋・15年---

不妊治療の結果が出なかった栗原夫妻は、特別養子縁組で息子を迎えた。特に隠すこともせず我が子として6歳まで
成長した息子。そんな折、産みの母と名乗る者から「息子を返してほしい、でなければお金をくれ」という電話がかかり
会うことに。しかし栗原夫妻は産みの母に一度面会したことがあった。目の前でうつむいている女は別人だと直感する。
あの母はそんなことを言う人間ではない、と。夫は尋ねた。「あなたは、誰ですか?」

幼稚園での出来事を交え、息子への愛が伝わってくる日常を描きながら、謎の脅迫電話で不穏な空気が発動。
…というつかみの部分がめちゃ面白くてワクワクした。文庫カバーに映画の配役が出ているので栗原夫妻を主役として
想像していた。前半は栗原夫妻のこれまでの歩みが描かれていて、辛い不妊治療へ夫婦で取り組んだり、特別養子縁組の
団体の説明会に行ったり…普通の夫婦なんだろうけど、養子を自分の子として育てるという強い気持ちに親近感が湧いてくる。
一つ一つの行程と気持ちの変化が興味深く読めた。…と、思ってたんだけども後半からもはやほぼ出てこなくて別の人間が
主人公になってしまった。どういうことだ。特別養子縁組で提供する側の若い子の転落人生が描かれていくのだ。
少しばかり無知で、人に頼れない性格や環境で、あれよあれよとろくでもないことに巻き込まれて転落していく。
栗原夫妻の光と、後半の闇、特別養子縁組というテーマで繋がっているけど何だか別の話のようであった。
前半部分をもっとストレートに読みたかったな。事件っぽくしなくて良いのに。本書のタイトルは「朝が来る」、
その名の通り読後感は悪くない。ラストシーンが劇的で印象的だったので救われた気がする。バカシブ(5・6)
 「かがみの孤城」 辻村深月 ★★★★★
---ポプラ社・17年、本屋大賞、このミス8位---

中学一年の安西こころは、一学期早々にクラスメートとのトラブルで不登校になってしまった。ある日部屋の鏡が光を放ち、こころは
鏡の中に吸い込まれた。そこには大きな城とオオカミの顔をした少女、男女七人の中学生が集められていた。期限内にカギを見つけると
願いを叶えることができるというのだが…ゲーム好き、食いしん坊、サッカー留学少年、明るい子、おとなしい子…この七人の共通項とは。
学校に行けないこころにとって、期限付きのこの城は心の拠り所となる。仲間に会うため、カギを探すために通い始める。

本屋大賞を受賞した本書だけども、作者らしさがいろいろ詰まったまさに代表作といった感じの一冊となっている。
不登校のこころが受けたいじめ、外に出て同じ学校の制服がいるとドキドキして下を向いてしまうイタイ心の傷の描写も作者らしい。
恋愛体質の男子ウレシノ君を疎ましく思ったり髪を染めた上級生アキに気後れしたり、若い七人の仲間同士の中の距離感も作者の持ち味かな。
前半はおとなしめの展開で、中盤にようやく出てくる「謎」もすぐ読めてしまうので、全然気づかない登場人物達にオオカミ少女と一緒に
「なぜ気づかん…」と嘆いてしまったが…終盤になりルールを破った者がオオカミを暴れさせてしまうところからは一気読みだった。
ファンタジー設定なんだけど、その城が何なのか、オオカミ少女、呼ばれた七人、終わりの時…すべてがリンクして明らかになるように
できている。こころが主人公のこの物語、終盤に明かされる事実にホントは他にも主人公がいたんだなぁ…と思っていたらエピローグを
読んでさらにビックリ。こんなとこにも主人公が…。とても素敵な物語、すべてが繋がって広がっていく物語だ。一年間の閉じた世界、
彼らの心の支えになっていくだろうと強く思える。前を向ける結末なのが良いですね。読後感最高~。個人的ベストだった
「ぼくのメジャースプーン」を超えたな。手法的にはありなんだけどミステリっぽくないんだよねぇ…青春SF(10・10)かな。
「傲慢と善良」 辻村深月 ★★★★+
---朝日新聞出版・19年---

「あいつが家に来てる、助けて--」ストーカーに怯え電話で助けを求めてきた婚約者の真実と同居するようになって
二か月、突然真実は姿を消した。ストーカーは過去に交際を断った人かもしれないという情報のもと、可能性を
探るうちに真実の過去が浮き彫りになっていく。親の干渉、生真面目すぎた若い頃、結婚相談所への登録、
真実のことがわかり始めた頃に、失踪の前日に起こった残酷な事実を知る。失踪の原因とはいったい…。

ストーカー、失踪事件、なんてミステリっぽい名前に惑わされそうだが全然それは見せかけだけであって
その実は今を生きる我々一般人の心にある傲慢さと善良の歪みを言語化して見せつけてくるのでとても辛い。
本書はそれまで結婚してこなかった二人の物語だ。タイミングを逃しいざ結婚しようとなって相手を探しても
ピンと来ないと思っている男性、親の言うままに良い子に生きてきて狭い価値観から抜け出せずに世渡りが
うまくない女性、この具体的でリアリティある設定が上手で心当たりあるような心境のオンパレードである。
特に結婚相談所のオバサンの話が良い。『高望みなんかしてない。ささやかな幸せでいい--皆さん、謙虚で、
自己評価が低い一方で自己愛は強い。傷つきたくない。変わりたくない。---そして傲慢なのに、善良な人ほど
自分がない』グサッ。『ピンと来ない、の正体は自己評価額です。無意識に自分につけた点数に見合った相手でなければ
人はピンと来ないといいます。私の価値はこんなに低くない、と』グサグサッ。自分の傲慢なところ、善良であろうと
思うがゆえに動かないところ。歪んでいることに気づかされる。傲慢になってやしまいか、善良すぎないか、
客観的に確認して生きていかねば。物語は前半が調査と会話ばかりで少しおとなしくて物足りないと
思うかもわからない。でもこの男女の心理が刺さる人にはハマるよなぁ。後半になると真実が善良でもろいことを
知っているがゆえにつらい展開。いや、真実も悪いけどね…でもつらいわ。終盤の意外な展開と温かいラストで
読後感は良かった。「あの人たちのことが大嫌い」と言えるようになった真実に何か感動した。シブ知(9・6)
「富豪刑事」 筒井康隆 ★★★☆
---新潮社・78年---

キャデラック、1本8500円の葉巻、富豪刑事こと神戸大助が解決のためにとんでもない作戦を
提案し、巨額な金をつぎ込み次々に事件を解決していく。お金を使うことは、過去の悪事を悔いて
社会のためにお金を使うことが罪滅ぼしだと思っている富豪刑事の父の願いでもあるのだ。

面白い話でした。お金を使いまくる富豪刑事に豪快な父親、事件に少しずつ関わる微妙な関係の美人秘書、事件が解決すると
踊りながら登場する署長がいたりと、とてもユーモラスな人物達。リアリティは全然ないですが、刑事達もお話の中の刑事を演じきっている。
「ここが小説の便利なところだがたちまち当日だな」というセリフまであるくらいだ。金銭強奪・密室・誘拐・暴力団と4つの事件を富豪刑事が
お金を大量に使った作戦で解決するところを楽しんで読めるでしょう。謎解きはメインという感じではないですね。笑える作品。

「ロートレック荘事件」 筒井康隆 ★★★★
---新潮社・90年、このミス11位、文春7位---

事故で下半身の成長が止まったおれは友人と別荘へと招待された。この別荘は
かつて父が所有していた別荘でもあった。ロートレックの作品や三人の恋人候補の美女達に
囲まれた優雅なバカンス、しかし拳銃による惨劇が起こる。犯人は…動機は…?

ロートレック荘だけが舞台です。真相はまったくわからず。警察がウヨウヨいる中でも事件が起こるし、全員にできそうもないし大混乱に
導かれました。おや?と思うこともあったけど真相に手が届きそうで届かなかったんだな~無念。この作品はアンフェアという人もいるんだとか。
まあ危ういっちゃ危ういか?目くじらたてる程じゃないと思うけど…。ネタバレが怖いのでこれ以上は何も言わないってことで…。

「わたしのグランパ」 筒井康隆 ★★
---文藝春秋・99年---

中学生の珠子のおじいちゃんが刑務所から戻ってきた。刑務所へ行っていたのに近所でも「ゴダケン」と
呼ばれ人気があるようだし、なぜかお金も持ってて謎めいたおじいちゃんだ。でも学校の暴力生徒にも
ヤクザにも堂々と対峙する正義漢だ。しかしある時おじいちゃんの金目当てに珠子が拉致されてしまう。

140ページなのですぐ終了。内容もあらすじ以外書くことがないなぁ。常に命懸けで何でもやろうとする
ちょっとヤクザなおじいちゃんは格好良いし、読んでる間はそれなりに楽しいけどあっさりしすぎで
物足りないなぁ。パパッと読めるんだけど話自体はどうでもいいかな~と思う。感想も特に出てこない…。
中学生でも読めるし考え込む必要のない軽めの本をお探しならOK。映画化もしたんだそうだ。

「夜市」 恒川光太郎 ★★★★+
---角川書店・05年、日本ホラー小説大賞---

幼い頃に夜市に紛れ込んだ裕司は人攫いに弟を売り野球の才能を買うことで、夜市を抜け出す
ことができた。それから十年が過ぎていた。裕司は高校の同級生を誘い、弟を買い戻すために
再び夜市へ向かった。幾許かの現金と覚悟を携えて…。表題作と「風の古道」の二編が収録。

まいりました。怪しげな物が売っている夜市の胡散臭さも魅力だけども、話の展開の見事さに
脱帽だ。人攫いに出会いスリリングな駆け引きが待っているのだが、それ以上に魅力的な
物語がまだ待っている。短編でこの展開と幕引きのうまさは一読に値する。何と切ないことか。
「風の古道」は現実の境目にある謎の空間に紛れ込んだ少年達の物語で、レンという人と出会い
出口を目指すのだが、とある事件のせいで甦りの秘法を持つという「雨の寺」を目指すことになる。
こちらも場所特有のルールを絡めて、過去の事件と現代が意外な形で結びつく因縁めいた物語に
なっている。夜市ほどの切れ味はないが、こちらも浸れる幻想的な雰囲気。シブSF(8・9)
「雷の季節の終わりに」 恒川光太郎 ★★★★
---角川書店・06年---

雷の季節には鬼が人を連れ去り、現世と繋がる唯一の道「墓町」には門番が立ち死者を追い払う。
そんな【穏】という土地に住む賢也は、ある事件が元で【穏】側から追われることとなり、墓町を抜けて
別世界を目指す。賢也に取り付いた「風わいわい」の助けもあり、墓町を奥へ奥へと進んでいく。

鬼とか穏とか異世界情緒ある小道具が雰囲気だしてていいですな。最後まで「風わいわい」という
単語には馴染めず読むたびニヤっとしまいましたが。物語のもう一つの筋として、現世日本側の
茜という少女が描かれる。義母の仕打ちに行き場を無くしたところを【穏】側へと連れ去られてしまう。
その二つが巧みな絡み方をして【穏】で謎だったことが明らかになる仕組みである。後半から妙に
ムゴい話になるのが残念だが、すごく幻想的な雰囲気が良い。神隠しのような、不可思議なことが
信仰のように残っている神話の町、深い森の奥で静かに存在する【穏】の魅力だけでかなり高得点。
そこを追われて少年が一人旅立つというのもファンタジーゲームにありそうな設定でゲーマーとしては
ウキウキしてしまった。設定が光るシブSF(6・9)を進呈。他の作品も楽しみな作家だ。
「秋の牢獄」 恒川光太郎 ★★★★+
---角川書店・07年---

「秋の牢獄」→何をしてもなぜか11月7日を戻り繰り返している私だが、同じリピーター達が
集まっていることを知る。五百回以上繰り返している者もいるのだが…。中には突然消えてしまう
人もいる。「神家没落」→藁葺き屋根の家に閉じ込めたられた僕は仙人のような生活をすることになる。
別の人間を入れれば出られるらしい。時が経ち、別の人間を入れて逃げたのだがその人物は…。
「幻は夜に成長する」→祖母に幻術を伝授されたリオ、自分にしか見えぬ幻はやがて人にも伝えられる
ようになる。気味悪がられたりした幼少期を経て、今は幽閉され客に接見する日々なのだが…。
おもろーい。設定はどっかで読んだ内容なんだけど、空気感であるとか締めくくりの淋しさが味だ。
繰り返しの話も、集まった仲間も少なくなったり空しくなったりしてバラバラになっていく。きっと失踪と
関係があると思われる「北風伯爵」という白い“何か”の存在も幻想的で良い。「神家没落」もわりと
のんびりと藁葺きの家で過ごしていたし、別に入れ替わる人間は子供がいない方がいいとか
考えていたのんびりした主人公だったが、まさかあんな凄惨な感じの後半を迎えるとは。日常の
すぐ横に口を開けている不条理な設定に加えて、街の風景や季節感なんかも描かれて違和感なく
読者をその世界に誘ってくれる。朱川湊人に幻想さをプラスしたような作風。三つとも読みやすいし
穴がないから最初に手に取りやすい短編集だと思う。シブSFの(8・7)はいってますね。
「草祭」 恒川光太郎 ★★★★+
---新潮社・08年---

田舎町・美奥には今も不思議な話が多く残る。入ると化け物に変わってしまう<けものはら>
ふと入った道から通じる苦解きのための宿があり、屋根の上には守り神に選ばれた者、
別の生命体へと変化を遂げる秘薬<クサナギ>、五編の連作短編集。

時代や世代の違う独立した五編ながら少しずつリンクしている美奥物語。美奥の住人が
日常の中で、美奥の神秘に巻き込まれる物語が中心である。複雑な事情が多いので悩みを
抱えている人ほど入り口に迷い込みやすいのかもしれない。「けものはら」は失踪した同級生・春を
探しに、秘密の場所けものはらに行った主人公が、春と母親の死体を見つける。そして春に戻ろうと
促すのだが、春は変化を遂げようとしており死体も腐敗せず黒くなっていた。けものはらに通じる
水路はもはや春の目には地面にしか見えておらず戻れない…ちょっと寂しくて不思議な設定。
いきなり引き込まれる短編であった。「天化の宿」の盤上で森羅万象の因果を扱うゲームも
また面白そう。すぐ終わることもあれば何時間も続く時もある。<狩りの目、猪のカード獲得。
猪を合わせて捨てて、作物を得る。雨の目、作物は育つ。雨の目、また雨。降りすぎだ。作物は
駄目になる。飢える。あーあ、猪を合わせて捨てるんじゃなかった。飢えなかったのに。>
カードが無くなるまでやって、九局行うと苦が解けるらしいのだが。主人公同様すごく熱中しそう。
でも怖いだけの異界ではなくてそこにある運命を自然と受け入れたり、異界からまた元の美奥の
世界に戻ったりもする。すぐそこにあってこれからも存在するんだろうなという異界。まだまだ
想像の予知を残す奥行きがある世界観である。シブSF(8・9)はいってますな。
「金色の獣、彼方へ向かう」 恒川光太郎 ★★★★
---双葉社・11年---

 四編の短編種。鎌倉、現代、森の中、人への憑依…時代設定も違えば各章ごとに起こる不思議な現象も違うが
そこには人の力を超越したモノの存在がある。それはたいてい金色のイタチのような形をしていた。

出ましたな、ツネさま節ですな。現実と同居する異界、怖さをはらんだ不条理。独特ですことよな。
毎回あらすじや雰囲気を説明したいけど説明しにくい作家なんだけど、とりあえず最初の二編が秀逸なので紹介したい。
「異神千夜」→元寇があった時代、宋で貿易の仕事をしていた日本人の仁風は騒動に巻き込まれ、元の使い手として
逆に日本へのスパイ潜入の任を与えられてしまう。日本へ同行した者たちの中に、神の使いの鼬を持っている鈴華という
女性がいた。日本を蒙古が襲う混乱の中、処世に長けた鈴華は周りの男をうまく使い生き延びる。いつしかそれは人をも操る
人智を超えた力となって仁風に襲い掛かる…。この話はおもしろかった。歴史への興味あるなしは関係ないので読みやすい。
ジワジワと現れてくる鈴華の力と、決着をつけんとするクライマックスへの持っていきかたもリーダビリティあってたまらん。
「風天孔参り」→山々を歩いていると時折風の集まる場所が現れる。そこへ入ると姿が消滅してしまい、天へ向かえるのだという。
その風天孔の出現を待ち、山を歩く集団がいる。この山で宿泊所兼レストランをやっている『私』と、宿泊所にいついて働いている
何やら訳ありの月野優。ある時、月野優が、風天孔参りの集団についていってしまった…。この話が一番ツネさまっぽいの
ではないかと思います。寂しくも怖くもある。死ぬのかどうなるかも明かされるわけではない『風天孔』たまりませんな。
後から思ったけどこの話だけ金色の獣はあまり関係ない浮いた話でしたな。別にいいけど。シブSF(7・8)

 「滅びの園」 恒川光太郎 ★★★★☆
---KADOKAWA・18年---

仕事が憂鬱だった鈴上誠一はある時ふいに電車を降りる。気が付くとそこは謎の世界、東京の存在すら誰も知らない。
「最果ての丘駅」や「精霊の森駅」があり、時折現れる魔物と対峙しながら仕事をして静かに暮らす絵本のような世界。
誠一もこの世界で穏やかに暮らし家庭も持ったが、時折「異空間事象対策本部」から手紙が届く。その手紙には
地球にプーニーという存在がはびこり、上空で「未知なるもの」が地球に巣食っているのだという。そして「未知なるもの」の
核の近くに取り込まれた人類が一人、それが誠一だと書かれていた。幻想の世界に囚われず地球を救うために
核を破壊してほしいと手紙は訴えてくるのだが…。一方地球ではプーニーに毒され人々が消えていくなかで
耐性値の高い者がいた。ごく普通の中学生・相川聖子は強いプーニー耐性のため、人命救助のチームで活動していた。

あらすじをもっと書きたいくらい設定がおもしろい。幻想の世界と、とんでもないことになった地球が描かれている。
プーニーを誤って食べてしまうとプーニー化して消滅。気が触れてしまう人も多数で、家族も友人も消えていく。
そんな凄まじい状況なんだが、「プーニー」というマヌケな名前と白くてふわっとした様態がまた恐ろしいような
恐ろしくないような感じである。地球は誠一のいる未知なるものの幻想世界への「突入者」を募り勝負に出るという
後半なのだが、実におもしろかった。いろんな登場人物が出てきて読む手が止まらん。大掛かりな大作にしても
良さそうな内容なのに、あらすじを追うようにとんとん拍子に物語が進行。ウェットな部分はそこそこに流して
展開していくし、年月もどんどん経過する。おもしろいのにもったいないとすら思う。最後の決戦のようなところが
省略レベルで描かれないのは残念だったなぁ。それでもめちゃおもしろい楽しい読み物でしたけどもね。
300ページちょいにまとまって一気に読んでしまった。終わり方もやるせなくて読者の心に切なさを残すね。
こういう特殊なSF設定が好きな人にはオススメだわ。作者って日本的な幻想神話っぽいのが得意な
印象なのにこんな突飛なのもうまいのかぁ。まいりました。アニメ化しそうな雰囲気。バカSF(9・10)
 「化物園」 恒川光太郎 ★★★★
---中央公論新社・22年---

七編の短編集だけれども、前後半でだいぶ毛色が違うなぁ。前半はダメだったけど、後半は満点だな。
空き巣の女の悶着、引きこもりの男が父親が死んでどうしようもなくなり逃亡する話など、前半はあくまで
現代劇であってその過程で妖怪のような存在が顔を出すようなくらいで、作者らしい異世界感があまり感じない。
やはり後半の三編がべらぼうに良い。異国であり、ファンタジーであり、時代も違って異世界にひたれて心地よい。
「胡乱の山犬」→心のうちに残虐を抱えた私は、弟を殺そうとしたことから村を追われ陰間茶屋に売られることに。
残虐の欲を満たしながら生活していたが、ある女に身請けされ茶屋を出て暮らす。しかし成長するにつれて…。
壮絶な過去、異常者達の暮らし、短い間に男の一生が描かれて濃密だ。「日陰の鳥」→ある港町、ダウォンという
妖魔の出没に人々は怯えていた。言葉のわからぬリュクはある時、ダウォンに遭遇し撃退した聖なる子供だと
いうことになり、寺院へ連れられ他の子供らと過ごすことになるが、ここへ連れてきた者こそダウォンそのものだった。
何とも不思議な話だ。ダウォンが何者で何をしたいのか、王国の末路、歴史の一端にいる妖魔が味わい深いなぁ。
「音楽の子供たち」→完全なファンタジー。乳母に育てられ音楽の英才教育を受けた12人の子供達、風媧と
呼ばれる宙に浮いた存在に時折音楽を披露することで、高評価が得られれば食事を得ることができる。
またこの世界にはいろんな箱がある。「術理は何?」箱をあけるには術理を解く必要がある。子供達は
様々に音楽を工夫して演奏する一方で、この世界の謎を知るために、新しい場所へ行くために術理を解くが…。
この短編が最高に好きですね。謎の世界で生きる子供達、音楽と箱、謎の存在・風媧、何でこんな
物語を思いつくのか。安寧、自由への探求、どちらの魅力もバランスよくある世界観。SFサスペンス(10・6)
「妖都」 津原泰水 ★★☆
---講談社・97年---

見える人にしか見えない「死者」が東京に溢れていた。彼らのせいで東京は自殺者や
変死者が増えていく。死者が見える少女らは恐怖に巻き込まれるが、ある時CRISISという
バンドの先日自殺したボーカル・チェシャが何か関係しているのではないかと思いつく。

混乱する東京や登場人物が巻き込まれるホラー場面はとても怖かった。一級のホラーか!と
思ったんですが長編のストーリーとしては散漫な印象がありますね。視点がコロコロ変わるのは
読みにくくて気が散ってつまらなくなってしまう。混乱の東京や「死者」や両性具有の人間
…いろいろ出てくるんですがまとめずに終わってるのでスッキリしなかった。解説に「風呂敷を広げて
混沌の渦にぶち込んでいる」という言葉が言い得ているが、そこが魅力なのだとは思えなかった。
一つ一つの素材や場面は美味しいが混ぜて煮こんだらよくわかんない味になっちゃってそのまま
「どーん!」って感じです。作者の感覚についていけるような人ならこの混沌にハマるかも。
「綺譚集」 津原泰水 ★★★☆
---集英社・04年---

15編の短編集。死・エロス・奇妙・ホラーなどが渾然一体となった怪奇集である。
不思議な能力を持つ者の話や死んだ後から始まる話など、現実にも繋がる様々な異世界を
描いている。『夜のジャミラ』『約束』『アクアポリス』など奇妙ホラー系は話としてキレイに
まとめてあるので面白かったのだが、「それはどういうこと?」と思える結末の短編もあった。
しかし不気味とも言える独特の薄暗い世界観は上手ですね。さすがに美しいとまでは感じないが
何か不気味な物を見たと思いつつも、ついついまた見てしまうような感じだった。ただ乙一の
『GOTH』にも通ずるような感覚的に悪趣味の域を出ない部分もあったので
万人にオススメするかどうかは微妙だが、ホラー好きにはオススメではないかと思う。

「二十四の瞳」 壺井栄 ★★★★★
---新潮文庫・57年---
小豆島の分教場に大石先生が赴任してきた。そこにいた12人の生徒達。
貧しさや世相に苦しみながらも健気に生きた教師と生徒の物語。

名作だ。もう文章が良い。新しい先生が来てワクワクしたり慕ったり怪我をした時に心配したりする様子が
生き生きして描かれる。後半、大人になった先生と生徒が描かれるのだがここもまた絶品である。
戦争に翻弄された時代、先生は年を取り生徒の何人かは戦死、苦労して生きてきたものも多い。
戦争でいろいろなことが変わってしまった空しさがそこにあるが、それでも根底は変わらない生徒達の姿が
非常に清らかに感じられた。戦争を皮肉ったりしているが暗くならない作品。影の中の光のような作品だ。
文章は若干ひらがなが多いがそれもいい味に思えた。ラストを読めただけでも良かった。感動したぁ!

「母のない子と子のない母と」 壺井栄 ★★★☆
---新潮文庫・58年---

戦争の最中埼玉の家を失い、父の故郷小豆島にやってきた一郎たち。苦労の耐えない一郎たちの
一家、「おとら小母さん」と近所の農村の子供達はそんな一郎たちを仲間に入れて一緒に過ごす。
戦争のあった厳しい時代の悲しみをバックに、それでも寄り添って生きていく人間の暖かい物語。

小豆島での子供の生活を方言を用いてありのまま写実的に描いている。近所同士で助け合い
季節になれば大人達の麦刈りを手伝い、寒ければおしくらまんじゅうをする。「二十四の瞳」同様
作者の子供の心理や描写は非常に上手かった。そしてそこには現代の育ち方との違いも読める。
大きな違いは「個より集団」だろうな。子供達の溌剌とした姿とそれを見守る大人という地域ぐるみの
生活により、人間の持つ暖かさを描いた作品だが戦争の影響で集団で助け合わなければ生きにくかった
という側面もある。物資も豊富で不自由なく個人で生きられる反面、味気なさもある現代とどちらが
幸福だろうなんて思った。それは一長一短のように見えるが、戦時中からすれば間違いなく現代は
幸福の極みであろう。羨ましく見えるのは現代人の「ないものねだり」でもあるのだろうな。
「ビオレタ」 寺地はるな ★★☆
---ポプラ社・15年---

会社を辞め結婚間近という段階で彼氏と別れることとなった妙、菫という女性に拾われ雑貨屋で働くことに。
小物の他に小さな棺桶も売っている「ビオレタ」、棺桶に大事なものを埋めるという風変わりな雑貨屋で
菫さんと、菫さんの元ご主人のボタン屋さん千歳さん、彼らとの付き合いで妙の心も回復し成長する。

うーむ。普通、という感想。予定調和。設定が面白そうで、小川洋子が書けばヒンヤリした何かになりそうだけども
本作はとってもユーモラスな文章で明るい。千歳さんも底抜けに優しいし、主人公の周辺はこぞって思いやりがあって
綺麗な世界に生きている感じだな。こんな感じで終わるんだろうなぁ…というどっかで読んだことあるような展開に
終始しちゃった。最後に「夢の種」という漫画家志望の男性がペンを棺桶に埋めに来るおまけ短編があるけど、
これくらいしゅっと短いのがわかりやすくて良い。人が死んだり命をかけて世界を救うため奮闘する話を読みたい
気分の時に読むものじゃなかったかー。ほんわかした雰囲気の中で、妙と一緒に雑貨屋で働くうちに前向きな
気分になりたい人は読むといい。読後感もいいんだけな。作者なら「大人は…」をオススメ。シブ青春(5・4)
 
 「大人は泣かないと思っていた」 寺地はるな ★★★★+
---集英社・18年---

七編の連作短編集。九州の田舎町で老いた父と暮らす「男らしくない」けど常識的な時田翼は、庭のゆず泥棒の一件から
小柳さんという女の子と知り合う序盤。なついてくる小柳さんと、ほっとけない翼の二人を中心に回っていくのだけれども
本書の主人公は七編とも違う。翼の幼馴染の「鉄腕」、家を出ていった母親、翼と同じ農協に努める平野さんら様々。
しかし共通しているのは、世間体だったり「男らしさ」「女らしさ」だったり家族とはかくあるべき、といった少し古めの
固定観念に翻弄されている点だ。「鉄腕」くんの回では、鉄腕くんは恋人を家族に紹介するが、バツイチだし物をハッキリいう
タイプの恋人は好かれないだろうと気にしていて、彼女もそれを気にしていたりする。「平野さん」の回では、内気で小さな声の
平野さんは、常に誰かにどう思われているかを気にし、自分の意思より妥当かどうか気にしてばかり(でも絶対翼のこと好きだろ)。
わかりやすいのは「鉄腕の親父さん」の回だ。完全に時代の価値観の変化に取り残されている。男は豪快に、女なんて控えめに
下がっていればいいんだと思い、困ったらとりあえず大きな声を出せばいいというタイプだ。でも理解できない考え方が増え
子供に嫌われてるし控えめだった妻も少しずつ変わってきた。「たくさんの責任を重たい外套のように着こんで、ふうふう
言いながら歩いていくおれの脇をかろやかに通り過ぎていく……過去という外套を、あっさり脱ぎ捨てていく者たち」に
置いていかれているのだ。そんな登場人物もちゃんと放置しない作者の優しさよ。誰しもがそういう場面はあるだろうから
すごく身近に感じられることばかりだ。本書の主人公達は自分たちの近くに、そういった古い鎖に縛られない人が存在していて
新しい価値観を見せることにより主人公たちにも影響を与えていく。本書の主人公二人も翼って合理的で親の面倒も
見てて優しく、小柳さんは自分の信じることは進むし、タイプの違う二人だから補完して合っている気がする。昔の男らしさが
悪いんじゃない、なよなよしていても内気でも、家族のことを気にしていてもそれが悪いんじゃない。でも可能性を潰したり、
自分を否定してないかな?というメッセージが物語から溢れだしてくる。誰もが主人公で、誰もが否定されるべきではない、
前向きで清々しい物語だ。大事件なんて起こらないし小説としてもよくあるスタイルなんだけど、登場人物たちを
幸せになってほしいと思ってしまうようなあったかく面白い心の栄養本。読みやすいし。バカシブ(8・9)
「孤独の歌声」 天童荒太 ★★★☆
---新潮社・94年---

一人暮らしの女性が誘拐され、死体となっている事件が続いていた。犯人の目的は真の家族を
手にすること。警察の朝山女性刑事は、過去に自分の友人に起きた事件を引きずる影響で
この連続事件に興味を持っていた。そんな中、犯人は朝山刑事とその隣人の女子大生を狙い始める。

登場人物は何らかの孤独を感じて悩んだり分析してみたりと、心象を描いていることが多かった。
とは言え大筋はサスペンスである。連続失踪事件ともう一つの事件、そして犯人が微妙に絡んでくる展開が
普通ではあるが飽きさせない。終盤の盛り上げ方もなかなかだし犯人の気味悪さも最悪でした…。
女性のある部分を切り取ってポケットに入れて触っているなんて…ゾーッ。犯人が異常者という事件と
孤独感という独特の雰囲気がうまい具合に交わっている話ってとこでしょうか。登場人物の孤独感に
もう少し共感できればもっと良い作品になってたかなぁ、惜しい。でも別の作品も読んでみたくなったな。
「家族狩り(オリジナル版)」 天童荒太 ★★★★
---新潮社・95年、山本周五郎賞、このミス8位---

父親の虐待事件から救ってくれた馬見原を慕っている母子、馬見原は自分の家族が崩壊し妻が
精神を病んだことに負い目を感じつつも母子とも会っている。両親に反抗心を起こす亜衣と、亜衣に
関わった教師・須藤浚介、親子関係に苦しむ家族を救おうとする活動をする者達。世間では子供が
家族を残虐に拷問の果てに殺害し自殺してしまう事件が起こった。家族とは何か。必要な物とは…。

いくつもの崩壊家族が登場し家族のあり方を問う物語。実に直球である。子供は露骨に荒れるし
親は露骨に自分勝手だし、精神が不安定な人達は露骨に狂っていくのである。人間というのは
もっと複雑ではないかと不満に思うのだが、堂々とくさい台詞を放つところや「愛」を語っちゃう
ところなど、何となく直球の球威に押し負けた感じです。病院から出てきた自分の妻が不安定と
知りつつよその母子に「お父さん」と呼ばれ、何度も行く馬見原は実に最低であるし、母親に押し付け
子育てをしない父親も駄目だし、かといって期待をかけすぎる親も駄目だしだからって嫌がらせのように
荒れる子供も最悪である。ここにある家庭は現実にあるだろう。どんな価値観が絶対的に正しいのか
ではなく親子が正面から対することが大切であり、それがなかなか難しいという痛いことを描いている。
だって人間は素直じゃないし意地や見栄もあるからね。それにしても崩壊した家族や病んでしまった
子供には読んでて途方に暮れてしまう。これを皆が読んだら少子化がますます進行しそうな小説だ。

そんな本書だが家族小説でありながらグロテスクなシーン満載のサスペンスの側面も持っている。
生きたまま燃やされたり身体を切り取られたりとかなりグロいです。無理に凄惨な感じにせんでも
いいとは思ったんですが。まぁいろいろと極端な小説ですからな。シブサス(8・7)くらいかな。
どうでもいいけど飼い犬殺されたお宅かわいそうやから何かフォローくらいしたれよ。放置ですか(笑)
「永遠の仔」 天童荒太 ★★★★
---幻冬舎・99年、このミス1位、文春2位---

親の問題もあり児童精神科にいる優希は二人の少年と出会う。自分の苦しみと闘いながら信頼を深める
三人は聖なる山で優希の父を殺害した。そして看護婦や警官、弁護士として大人になった三人だが
傷が癒えたわけではなかった。再会した三人の思いがぶつかりあい過去の傷痕が一気に広がり開く。
優希の弟や母も交えながら現在の凄惨な事件の連鎖を生み出していく…。

重いな。そして痛いな。読者を飽きさせぬよう過去と現在を交互に描き、事件の真相をうまく隠しながら
進むけれどもミステリというより心の傷を描くことを主眼にしている作品であった。そのせいで全体的に陰鬱で
底なし沼でもがいている印象ばかりだ。過去のトラウマに関連することを恐れて生き、自分の過去を恥じて
未来を向こうとしない。でも、やはり救われたい、誰かに救ってほしい。虐待の余波が事件を招き、
その事件が本人や周りに罪悪感として残った場合の最大値を描ききった作品だ。一度地獄を見たら
救いを求めて歩き続けなければならないのか、主人公三人の鬱屈した精神が読者を叩きのめす。
三人の生き方や思考を見ると一貫して過去が絡んでいる。その描き方が強烈でうまいのだと思う。
さらに幼少時のパートで、勝手な解釈をし子供の心を踏みにじる親の姿が苛立たせるのである。
子供は親を選べない。心を作る過程で及ぼされた影響は大人になってもそこから逃れられない。
結局「親」と「子」の物語であったのだろうか。呪縛が皆無の親子はいない、しかしその呪縛ができると
人の心がそれを解き放つのは難しいのだ。それを考えると幼少時に虐待を受けた母親の面倒を見る
笙一郎の心境はいかばかりだったであろう。作品としてはもうちと短くしてほしかったなぁ…。
内容のせいもあるけど長くてグッタリすることがあったよ。痛み・重さを受け止める気構えで読んで。
「包帯クラブ」 天童荒太 ★★★
---筑摩書房・06年---

通称ワラの笑美子は同級生の友人達と共に傷ついた思い出のある場所に包帯を巻く活動を始めた。
誰もが持つ小さな傷に巻かれた包帯を見て気持ちを癒され乗り越えるという活動は共感を呼び、次第に
広がっていく。ワラは中学時代、進学のおりグループ別になり袂をわかった友人達にも紹介するのだが…。

いやっ、恥ずかしい。何かいろんなとこが恥ずかしい。まず最初に登場するディノという男の子。
世界で辛い思いをする人々を少しでも理解したいと、絶食したり真冬に下着で走ったりするのである。
もうわけわかんない。奇矯なふるまいしてる自分好きなタイプっぽくて恥ずい。主人公のワラ達も
各地の方言を調べて仲間うちの秘密のように使ったりしてるわけだ。包帯クラブにしてもそうだけど
人と違ったことをしたり自分で良いと思い何かに熱中したりっていう若さゆえの価値観が目立って
結構これは恥ずい。自分もこう見えてたのかしらんってな感情というか。逆にそれは作者の技かも
しれないけど。過去の場所に包帯を巻くという発想は変わってて面白いんですけれども、いまや
おっさんになろうかという年ですから読んでても一歩引いて子供の遊びに見えてしまうしそのノリに
お付き合いできない。「お願いだから包帯は片付けて帰ってね」とかそっちが気になっちゃう。
本の裏にも書いてあるけど若い人向けかもしれない。シブ青春(5・4)くらい。
「遠きに目ありて」 天藤真 ★★★☆
---創元推理文庫・92年(初収録81年)
---
五編からなる短編集。真名部警部が知り合った障害者の少年は重い麻痺を持ち、タイプを打つのも
一苦労、話をするにも顔を歪ませる状態だ。ある日警部は約束を破ったおわびに事件の話を聞かせた。
すると少年は座ったまま事件を鋭く見抜いていく。頭がいいとは気づいていたが・・・。

天藤作品の中では本格色の強いものだと思う。事件の概要を読者に提示し、解かせるという作者との
知恵比べの色合いが強い。大勢の目撃者・消えた被害者など一風変わった設定からの謎解き、少年が
真相を探るときの目のつけどころは驚きでした。複雑な本格ながら「余裕のある観察(解説引用)」からなる
文章はやはり天藤真を感じさせる。短編集ですが意外に重かった、一つ一つじっくり読むといいかな?
「陽気な容疑者たち」 天藤真 ★★★★
---創元推理文庫・95年(63年)---

組合側との対立の激しい鉄工所経営者、吉田辰造。彼は強固な扉や濠に囲まれた倉を持ち
そこで眠る偏屈な人間だ。彼がその要塞のような倉に入り応答がなくなり十数時間が経った。
村の人や仕事で来ていた経理事務員の「私」も警察を呼ぶことに…。

素直に面白いと言いたい作品。密室も出る本格作品であるが、文章がユーモラスなので楽しんで読める。
ユーモラスで密室以外のところで楽しませるが本格の雰囲気を壊さず安っぽくならない。これが天藤真の
上手さなり。読後も優しく印象的なのが良かったです。山奥の村が舞台でほのぼのとした雰囲気。
それほど長くないし誰でも楽しんで読める作品でしょう。天藤真入門編という意味でオススメしたい一冊。

「鈍い球音」 天藤真 ★★★☆
---創元推理文庫・95年(71年)---

弱小チームの東京ヒーローズをリーグ優勝した。功労者は移籍してきた桂監督だった。その監督が
自慢のヒゲとベレー帽を残し東京タワーから消えた。親友のピッチングコーチから頼まれた新聞記者が
謎の失踪を追い始めた。そして日本シリーズ開幕、監督不在のヒーローズは苦戦を強いられることに。

ミステリとしての骨格は堅牢ながら柔らかな手触り。「柔軟剤が入ってるのか?」と聞きたくなるほど
読みやすく読者を楽しくさせる軽快な会話達。作者らしい雰囲気をそのまま持っている本書は簡単に言うと
野球ミステリである。と言っても球場が舞台いうだけのミステリではなく謎が野球に直結しているし
日本シリーズの展開と個性的な選手達の活躍も面白く野球ファンも虜にする二度おいしい本なのだ。
真相が明らかになる終盤まで謎の種明かしはないため、球団オーナー・賭け屋の有無・監督・コーチらの
思惑など疑わしいことが多すぎてパラパラと気楽に読んでいたら私の頭脳では収拾がつかなくなって
しまって終盤を読み返して「あぁ、そうか」とわかったくらいである。裏舞台では黒い陰謀などもあったけれど
表舞台のグラウンドでは選手たちが懸命に白球を追いかけ健全な野球が遂行された。だから読者も
気持ちよく本を閉じることができる。誰も知らない苦労人・脇田の活躍が…というか人となりが笑えた。
少し人気に陰りのある昨今だけど初版当時は野球は花形スポーツだったろうなぁ。その熱さが伝わるね。
「皆殺しパーティ」 天藤真 ★★★☆
---創元推理文庫・97年(72年)---

悪趣味にホテルの隣室を盗聴していた野方英吾は、富士川市の事業王こと吉川太平の殺害計画を
聞いてしまう。そしてその人物を追い英吾は殺害される。英吾の彼女の早苗は、殺害計画を立てた
犯人を捕らえようと吉川太平の元へ押しかける。しかし複雑な家庭環境の吉川家では次々と惨劇が…。

吉川太平は四番目の妻と住み、過去の妻との子供が三人いてそれぞれ夫婦となっているという
どうなってるんだという環境だが、それもそのはず。富も権力も持ちえた吉川太平はやりたい放題。
恨みを持っていそうな物をピックアップしようとすると、仕事を奪った者や強引に手込めにした女など
出るわ出るわ。それを力も魅力もある自分なら当然だと言わんばかりに自慢げな吉川太平なのである。
というと嫌な野郎っぽいが、何だか突き抜けててあっぱれなやつに思えるのは作風というやつだろうか。
意外性のある結末こそあるが本格ミステリとしての説得力や怖さが評価の対象というよりも、真相を
隠しながらも、この憎みきれない悪党と周囲の事件をハラハラ楽しむ古き良き探偵小説という味が
魅力だろうな。カーチェイスあり爆発あり毒殺ありとと結構派手だしね。物語は殺害予告を受けた
吉川太平の手記めいた形で始まるので、読者としてはどういう着地点なのかと考えてしまうが
なるほどという締めだった。バカパク(7・6)。環境や話言葉は何となく昼ドラみたいだった気が…。
「死角に消えた殺人者」 天藤真 ★★★
---創元推理文庫・00年(76年)---

車に同乗し崖下に転落死した四人、その一人塩月まつ江の娘・令子は母親に死の原因があるのではなく
誰かの巻き添えになったと考えた。しかし遺族同士の集まりでも死んだ四人に関わり合いはまったくなし。
個人個人でも特定はできぬ事件に警察も困惑。令子も独自に母の無念を晴らすべく調べを続ける。

主人公令子が作者らしい性質である。一生懸命なんだけどちょっと世間知らずで危なっかしい。
全体的にほのぼのとまではいかない雰囲気でしたけど、わかりやすいキャラが多いですね作者は。
遺族同士のお坊っちゃんと作戦を立てたり親族とやりあったりする令子目線で物語は進み、読者としては
うまく口車に乗せられたり怪しいやつを信用する令子にヒヤヒヤしつつ読むわけであるが、全体的に
少し冗長ではないかなとも思った。ミステリのネタとしても特筆するほどではないかなぁと思う。どこにも
動機の欠片が見つからない事件のオチとして納得するかというとそうでもない。やっぱりさ、四人が死ぬ
わけであるから説得力も必要だよね。普通のミステリかな。天藤真なので後味は悪くない。
「大誘拐」 天藤真 ★★★★
---創元推理文庫・00年(78年)、日本推理作家協会賞、文春2位---

刑務所仲間の三人組は大富豪の誘拐を企てた。山の中から誘拐の時を探り始め決行に移す。
三人組と老婆との少しおかしなかけひきの始まりである。

評価の高いこの作品。それほどなのかなぁと思いました。おもろいけどね。感動した、とかドキドキした
というよりよくできてるなぁ~というところ?また出てくる人は天藤真らしく「善人で愉快な人」ばかり。
最後もやはり目を細めて読める暖かさでした。

「炎の背景」 天藤真 ★★★★+
---創元推理文庫・00年(76年)---

新宿で酔いつぶれたはずの小川兵介、通称おっぺが目を覚ますとそこは別荘の屋根裏。
しかも側には見知らぬ女と死体が共に眠っていた。別荘が火事になるわ暴力団が追ってくるわで
災難続き、一体誰が自分達を陥れようとしているのか。2人は危機を乗り越えられるのか。

 元々1976年に出版された本なのでヒッピーとか大学紛争とか時代を感じさせる言葉はあるものの
実に読みやすい。女嫌いの男おっぺと男嫌い女ピンクルの二人が協力し合って追っ手からひたすら
逃げる話ですね。必死に逃げつつくっついたり離れたり、徐々に理解が深まっていくなんてラブコメ
みたいな展開でした。極悪暴力団も出るし死に直面してばかりの物語なのに、どこか楽しげになってしまう
のは天藤真の作風のせいだろう。天藤作品は人物が痛快な奴等だから、いかにも悪党って登場人物さえも
憎めなくて安心して見れる。水戸黄門みたいな感じ。笑っちゃうくらいの不器用なキャラクター達の
逃避行だけでグイグイ読ませますし、謎解きの比重は少ないので意外な展開を楽しむ作品かな。
しかし真相を明かし物語がまとまって終わろうというその瞬間に作者のうまさが待っている。
明るい作風で散々楽しませておいて絶句するほど寂しくなるようなラストを用意して終わるのだ。
トリックなんかじゃない。幕の引き方がうまいんだ。この後味は忘れられない味になった。

「わが師はサタン」 天藤真(鷹見緋沙子名義) ★★
---創元推理文庫・00年(75年)---

鷹見緋沙子名義でも出版されたようですが、創元推理文庫で天藤真の名で出ています。
私は天藤ファンなんですが…話に気持ちが入っていかなかったし、盛り上がりにも欠けたなぁ…。
天藤作品は魅力的な登場人物が多いんですけどこの作品はイマイチ。本当に天藤真が書いたのか
疑いたくなりますね。天藤真を初めて手に取る人にはあまりお薦めできないです。

「われら殺人者」 天藤真 ★★★☆
---創元推理文庫・01年---

1960年代に書かれた11編の短編集。表題作→父が死んで苦労している内山君の元に現れた人達。
内山君の父を殺した人間を突き止めたと言う。そして彼等もまたその人物に痛い目に遭わせられていた。
四人は結託し、アリバイを作りつつ殺害を成功させようと計画する。計画は成功…かに見えたのだが。

殺害同盟にストーカー、劇団内の連続殺人など様々な舞台でミステリーを楽しませてくれる。
推理という点もだが人物設定や終わり方が印象的な所が好きだな。特に表題作、全員がコタツを囲んで
集結し互いを疑いあう展開と鮮やかなラストは秀抜だ。そして三編収録されたジュブナイル。ユーモアが
漂う小説が人気の作者だけに中高生向けくらいは非常に上手い。中でも短編「恐怖の山荘」が好き。
別荘へ遊びに行った子供達が三人組のギャングと遭遇し危機を脱しながら活躍する物語。ほほえましくて
ワクワクする。できれば子供の時に読みたかったよ。ややわかりにくいかな~という作品もあり
傑作とは言わないけれど作者らしさは沢山。超短編から中編、清々しいのから重苦しいのまで
不揃いに詰まっている一冊。国定一家の登場する異色の時代短編「真説・赤城山」もあり。
「背が高くて東大出」 天藤真 ★★★★☆
---創元推理文庫・01年---

創元推理文庫から出ている天藤真の全集16番目の短編集。表題作だけ紹介しておこう。
「背が高くて東大出」→頭脳明晰なエリートと結婚した女性が、彼の本性に苦しめられていき…。
天藤真にしてはブラックな展開。ケチで人を見下す最悪な夫が見ものだが、最後にやはり
天藤真らしいラストが用意されていて気持ちよく読み終われる。短いながらの技術がうまい。

長編のほうが人気の作者だが短編でも健在である。70年代に書かれていても色褪せない
面白さ。文章の読みやすさ。論理の確かさ。どれをとっても作者はイイネ!そして謎が提示され
解決するというお決まりのパターンだけでなく、様々な物語を持ち効果的な見せ方を心得ているのが
本作だ。時には犯罪者の視点、時には犯罪の傍らにいる人物など様々な角度で楽しませてくれる。
まさに粒揃いである。もちろん天藤作品に共通する心地よさも感じられる。読後感の良さもそうだが
登場人物が純朴だったり一生懸命だったりするところが天藤風だ。作者の人の良さなのかな?
謎の扱い方一つで事件がひっくり返りそうで面白く短編ながら最後の1ページまでわからない
「三枚の千円札」や100Pの中編だが長編並みの満足感の「死神はコーナーで待つ」など長短様々。
わかりにくいのもあったが天藤短編集の中では一番好きな一冊。多少のひいき込みで四つ星半。

「犯罪は二人で」 天藤真 ★★★☆
---創元推理文庫・01年---

短編集です。新品を創元推理で買い、しばらくして姉が古い本と勘違いしフリマで五十円で
売り飛ばしたという悲劇の本(根に持つ)。表題作→盗人稼業が忘れられない男が奥さんとともに
盗みに挑むのですが、次々と問題が発生し…。とてもユーモラスに描いた一作。個人的には
「運食い野郎」とか好きでした(過去形なのが悲しい)。天藤真は読んでいてほっとすることが多い、
安っぽいわけじゃなく。もっとこういう作家が増えると嬉しいと思います。

 「冬雷」 遠田潤子 ★★★★
---東京創元社・17年、未来屋小説大賞---

孤児で養護施設にいた代助は田舎の名家・千田家の跡継ぎとして養子に迎えられた。その村は鷹を飼育する千田家と
鷹櫛神社の二つが村を守っていた。代助は鷹匠として千田家で過ごしていたが、千田家に跡取り・翔一郎が誕生したことで
代助の居場所がなくなってしまう。ある時翔一郎が失踪し、関与を疑われた代助は町を追われることとなった。そして十二年後
遺体が発見され、かつての恋人が疑われている状況で代助は葬儀のため村へ戻るが、村人たちの視線は冷たい。

日本海側の港町が舞台で、代々からの家筋や血統を重んじており、千田家や鷹櫛神社は鷹に仕えたり神楽を舞うなど
儀式のために受け継いできている。その儀式とは、かつて村を滅ぼそうとした怪魚に纏わる言い伝えが関係しているらしい。
そして千田家と鷹櫛神社は決して結ばれてはいけない……って、いつの時代なんだい!ってツッコミたくなりますな。
昔のミステリのようで次々と連続殺人が起こりそうな舞台設定である。しかし本書は血なまぐさいことはあまりなく
主人公の代助に好意を持ちストーカーまがいのことをした挙句自殺した女の子のことと、跡継ぎ坊やが行方不明に
なったことくらいで怖さはない。それより千田家の当主だから、神社だからとウザがられ嫌がらせされたり、〇〇家のくせに…
といった村の閉塞感が強烈だ。そんなことでいろいろ諦めたり苦しんだりする必要があるんだろか、昔は本当にあったんだろうねぇ。
それにしても千田家と結ばれない鷹櫛神社の巫女・真琴がかわいい。美人で凛としてて素敵だわー。代助も惚れるわな。
でも十二年後に村に戻ったらまるでよそ者のように他人行儀に接されてしまうからヘコむ代助、および読者。
代助に好意を持ってストーカーになる子もぶっ飛んでて怖いし、登場人物にあまり現実感はないけどこのいかにもな
舞台設定にピッタリな皆さんなので、かえって世界観にひたれたから好材料となってる。あまり謎解き感がないのだけど
一応ミステリかな。自殺した子の遺書の違和感だったり、血筋を巡るややこしやの真相は読者的にも推測の余地が
あると思われるので。この時代にこの世界観を持ってきたのが何よりすごい。盛り上がりもあったし楽しめた。バカパク(9・6)
 「オブリヴィオン」 遠田潤子 ★★★★+
---光文社・17年---

妻を死なせ服役していた吉川森二を待っていたのは二人の兄。ヤクザである実の兄・光一は、森二の持つある奇跡の能力に
目をつけていたが、その能力で家族が壊れたことを許せずにいた。妻の兄・圭介は、若い頃に道を外れた森二が立ち直る
手助けを兄妹でしてくれて以降、仲が良かった。だが事件後、娘・冬香を引き取ってくれたが、圭介からも冬香からも恨まれている。
罪を償い、孤独に生きる森二を誰も放っておいてくれない。過去に囚われる森二は、前に進むことができるのか。

ずっと重たい空気だった。けど読みやすく先が気になったので面白くすぐ終わった。ろくでもない環境で育った森二が
過去と決別するためにマジメに勉強して家庭を持ったのに、事件で服役。誰も彼もから疎まれ、絡まれ、恨まれている。
娘の冬香も心に傷を負っているようで子供らしくない歪な態度でなじってくる。ヤクザも森二の能力を巡って絡んでくる。
死んだ妻が残した娘に関する重大な謎もわからぬまま服役……いやぁ、ヘビーなことしかない。恨みつらみばかり
登場する。でもそこには家族の話があって、悔恨が見え隠れしているから単なるブラックな小説にはなっていない。
みんな隠し事をして、自分が嫌いで、すれ違って、嫌な方向へ回っていくような話で、誰か一人でも不満や事実を
話してればこうはならなかったと思うんだけど。登場人物みんな寡黙なんだよなぁ、幼少の頃から。ひねくれてるのか。
でも作風のせいかあまり気にならなかったな。「冬雷」でもあったけど作者は家族の話、逃れられない血筋の話や
秘密の話が好きなのかもしれない。すごく範囲は狭くって登場人物も限られるなかで、複雑に作ってストーリーを
走らせるのはすごい。些細なセリフや性格などが、後から伏線のようになっているのも見事だな。物語の根本に
「森二の起こす奇跡」の能力があるのだけど、いつでも使えるわけでもなく場所も限られるので、SFのような
不思議系の物語とは全然感じられない。どちらかというとミステリーの読み味ではないかと思う。癖になるわぁ。
それにしてもお兄ちゃん…あんた最初と最後全然イメージ違うな(笑)ベジータか。バカシブ(8・8)
「燃えよ!刑務所」 戸梶圭太 ★★★
---双葉社・03年---

刑務所の収容率が大きく100%を越えている日本、この打開策を一人の警察官僚が打ち出した。
囚人は罪人なんだから三食与えてないで働かせろ!囚人をこき使って利益を出す民間刑務所を
作るんだ!こうして誕生した民営の刑務所を描く壮大な(?)社会派小説(??)

凶悪犯を集めていろいろな方法でお金を稼がせるんです。待遇をかけて本気で闘う「囚人プロレス」
囚人をエキストラで使うアクション映画…凶悪犯を見下してこき使うのは不思議といい気味で
ストレス解消になってたかもしれません。でも読んでると自分の頭も壊れちゃいそうで怖いぞ。
話には死神は出てくるわ爆弾埋め込まれるわ、ありえなくてもやりたい放題な本。性と暴力と
バカ満載でしたね。表紙の裏まで「醜い!酷い!汚い!バカ!それでも人間か!」と書かれた
囚人プロレスの広告になっているあたり笑えました、わざわざ撮影したのかよ、これ(脱力)。
面白いかどうかはバカさ加減にどこまでノッていけるかでしょうかね。私はついていけない
ことも幾度かありながら、民営化した後の第二部は勢いのせいか一気読みしてしまいました。

 「線は、僕を描く」 砥上裕將 ★★★★+
---講談社・19年、メフィスト賞---

両親を事故で亡くし心を閉ざしていた青山霜介は、大学のイベントで水墨画の巨匠・篠田湖山と出会った。経験もないのに
どういうわけか見込まれ弟子にすると言われ、水墨画の道へ。孫娘ら湖山の弟子たちに教えられながら、ひたむきに線を
描く練習をし、水墨画の奥深さを痛感していく。画に命を吹き込むための鍛錬は、霜介の心にも変化をもたらしていく。

おぉ~、水墨画という特定の世界をみっちり小説を通して感じさせてくれる一冊。最初は何もわからない初心者の霜介が
次第にわかってくる過程は読者的にも順を追ってるようでわかりやすい。技術的な部分と、心理的な部分を並行して
見せてくれるところがいい。湖山先生や弟子達の技術は小説なのでビジュアルでは見えないが個性が伝わってくるし
「現象とは外側にしかないのか?」という先生との問答のような水墨画の真理を探るのが面白い。周囲にも自分にも
意思を無くしていた霜介が、水墨画を知ろうとするにつれ心が戻ってくるのが伝わってきて「いつも何気なく見ているものが
実はとても美しいもので、僕らの意識が捉えられないだけじゃないか。絵を描き始めてようやく何かを見ることができるように
なった…p298」とまで思うようになって何だか嬉しくなる。弟子達も、情熱はあるが技術や余白に何かが足りない孫娘・千瑛や
精密機械のような技術だが命がない斎藤さん、飄々としてるが実は凄腕西濱さんなど個性爆発の書き分けである。
何より湖山先生の霜介に対する思いにはすごく泣けてしまうし、愚直に水墨画と向き合った霜介がいつの間にか
手にしていたものに感動する。登場人物も最小限って感じだしホントに水墨画の話だけだな、、と前半は思っていたけど
いつの間にか引き込まれていたし、読後感のさわやかさったらたまらない。何だか洗練された気分。シブ青春(8・9)
「名探偵は千秋楽に謎を解く」 戸松淳矩 ★★★
---朝日ソノラマ・79年(創元推理文庫・04年)---

小さな相撲部屋もある下町で奇妙な事件が相次いだ。相撲部屋に大砲の弾が撃ち込まれ
牛乳には石見銀山混入、おまけに町内に住む作家の小説に同じ内容の出来事が書かれていた。
あげくには奇妙な要求の誘拐事件も発生し、相撲部屋を中心に我が町は大騒ぎ。

中高生向きと解説にあるように読みやすい。一つの町を舞台に様々な事件が起こりますが
町内の様々な人がワイワイ騒ぐ様子がどこかユーモラスで面白いですね。緊張がないとも言えますが。
謎も魅力的でした、大砲の弾が相撲部屋に飛んできたりだとか『身代金を渡さなくていいから
町内から一歩も出ずに使い切れ』という誘拐犯だとか、類似する小説だとか…どんな収束が
待っているのか期待させられました。でも真相は強引な印象かも。そんなことでこんな
大それた事件を起こしたのかよと思えなくもないですね。軽く読めてそれなりに
面白いんですがそれ以上の感動を求めてはいけない作品かも。

「桃源郷の惨劇」 鳥飼否宇 ★★
---祥伝社文庫・03年---

ヒマラヤ奥地の小民族を取材に行った日本人スタッフ、彼らには新種の鳥を撮影しようという
目的があった。しかし首長は「神の領域」に属するため撮影は駄目だと言う。「神」とはイエティだと
言うのだが…。ともかくスタッフ達は村人に気づかれないように新種の鳥の撮影を始めた。

400円で買える書下ろし。それなりに殺人が起こってそれなりに謎が明らかになるわけです。
普通です。腹立つわけではないけどぜひ買って読もう、というものではない。ささっと読める本を
探している人やあらすじに魅かれた人ならどうぞ。ところで最後の方でイスラムの五行を
説明するために、とある仕掛けがある短い小説を読まされる。これが肝かもしれんが
…凝ってるけどわざわざやる必要なかったんじゃないかと思えて仕方ない

「痙攣的」 鳥飼否宇 ★★★★
---光文社・05年、このミス12位---

五編の短編集。「鉄拳」のライブ会場での死体登場&メンバー消失事件や、落雷を使用した
パフォーマンス中に瞬間移動&刺殺事件などに、芸術活動に関する評論を生業にする寒蝉主水が
居合わせる。しかしなぜかどの事件にも漢字は違えど「あいだあきら」という人物が登場している。

最初の三編からすると普通のミステリかと思って欠伸交じりだったけども、四編目「電子美学」で
痛烈なしっぺ返しが待っていた。今までの三編に共通していた寒蝉主水やあいだあきらが
何だったかも明らかになるが「電子美学」自体の設定がすごい。イカを媒体として五人の被験者の
五感をバラバラに割り振る状況での殺人という不可解極まるもので、例えば今の視覚はおそらく
Aさんで聴覚はBさんで触覚は…みたいな。それがコロコロ入れ変わる中で、一人ずつ死んでいく。
誰かの視界で死体を見てたり、あらぬ方向を見てるのに突然喉元を刺された感覚があったり
聴覚を頼りにした話し合いに参加してこない人間もいたり…意外と怖いです。しかしこの話にも
トンデモなオチが待っていてもう痙攣するしかなかったです。おまけの五編目の「人間解体」も
もはや何も言うことはない。ただただ阿呆だ。普通のに飽きたミステリ好きにはオススメ…か?